世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件 作:赤坂緑語
目覚ましの音で目が覚めた。
目は覚めたが、まだ眠い。
僕は枕もとのそれを押して煩い音を止め、それから再び惰眠を貪ろうとベッドに潜り込み――
「おはよう、優斗君」
「……おはよう、璃奈」
上から掛けられた優しい声で怠惰な意識を覚醒させ、そしてゆっくりと広いベッドの上で上体を起こした。
目の前に広がるのはお高そうなアンティーク家具。年代を感じさせるそれらがどれほどの価値を持つのか僕には分からないが、気軽に触れてはいけないことだけは分かる。
さらに、それらの家具に混じって最新の空気清浄機やエアコンが完備されており、伝統がありながらも現代科学による快適さも実現した高級ホテルのような雰囲気だった。
僕はベッドの横でニコニコと幸せそうに微笑む璃奈に対して、若干引き攣った笑みを返した。
ここは天羽邸。昨日、璃奈に丸め込まれた僕は屋敷で寝泊まりをする生活を始めていた。
まぁ、端的に言えば“同棲”である。
起こしに来てくれた璃奈に礼を言い、彼女が一階に戻っていくのを確認してからすぐに彼女が綺麗に直してくれた制服に着替え、二階の洗面所で身嗜みを整える。
身嗜みに問題がないことを確認してから朝食を取るべく、ダイニングルームに向かった。
既に何度も遊びに来ている場所ではあるものの、相変わらず部屋数が多くて迷いそうになるな……。
先程の洗面所だって一階と二階に分かれて二つ存在しているし、トイレも二つある。
客室も無数に存在しており、「気分次第で別の部屋に引っ越してもいいよ」なんて言われている。
掃除が大変だろうから丁重にお断りしておいたが、本当にここまで来ると高級ホテルと相違ない気がする。
ダイニングルームは八人くらい座れそうなデカいテーブルが置かれた――これまたホテルの一室みたいなところだ。
璃奈はいつもこの広すぎる場所で一人食事を取っていたらしい。
テーブルの上には既に璃奈お手製の朝食が準備されていた。
こんがりと焼けた美味しそうなパン。
アボカド、トマト、キュウリ、レタスとキャベツに特別製のドレッシングが掛かったサラダ。
ふんわりと完璧に焼かれたベーコンスクランブルエッグ。
野菜たっぷりのコンソメスープ。
デザートにはヨーグルトと、イチゴなどのフルーツ盛り合わせ。
淹れたてのコーヒー……。
璃奈には何度か朝食を御馳走されているが、相変わらず凄まじいクオリティだ。
「あっ、優斗君。先に座っておいて~」
「いや、手伝うよ」
キッチンから聞こえてきた声に返事をし、彼女が運ぼうとしていたケチャップなどの調味料を代わりに運ぶ。
「ありがとう」
「こちらこそだよ。相変わらず豪華な朝食だね……」
二人で向かい合って席をつき、改めてテーブルの上を眺める。
何度か泊まりに来た時にご馳走になっていたものは特別気合いを入れてくれていたのかと思ったが、どうやらこれが彼女のデフォルトらしい。
「紅茶も用意してあるから、必要だったらすぐに言ってね。あっ、やっぱり和食が食べたくなったら遠慮なく言ってね。おかずはストックしてあるし、ちょっとだけ時間をもらうことになるけどご飯とお味噌汁も準備できるから」
「……」
重い。
朝食の量もだが、愛が重い……。
「いや、大丈夫。この内容に不満なんてあるはずないよ。いただきます」
辛うじてそんな言葉だけ返し、僕は手を合わせてから朝食を食べ始めた。
「うん! 美味しいよ!」
流石は原作でも指折りの料理上手と言われていた璃奈だ。
全部の料理がとんでもなく美味しい。
「ありがとう。食べたい物があったら遠慮なく言ってね? 何でも作るから」
「献立は璃奈に任せるよ……っと、違った。それじゃダメなんだ」
危ない、危ない。
昨日決めたばかりなのに、早速怠惰な発言をしてしまっていた。
「家事は分担するって決めたんだし、明日は僕が作るよ」
璃奈の料理は本当に美味しい。本当に美味しいが、このまま流されていたら、本当に自分で何もしないダメ人間に仕立て上げられる気がする……。
流石にそれは回避せねばなるまい。
これでも一人暮らしの経験は結構長い。
ある程度の料理は出来るし、掃除洗濯もお手の物だ。
ルールは決めたものの具体的な分担は決めていなかったら、今ここで決めてしまおう。
流石にこのクオリティには遠く及ばないが、璃奈の負担を減らすことは出来るだろう。
「えっ……私のご飯は食べたくないってこと……?」
だが、僕の発言を聞いた瞬間、璃奈は急に泣きそうな表情になり、手に持っていたスプーンを落としてしまった。
「い、いや違う! そういうわけじゃないんだけど……」
「酷い! 酷いよ優斗君! そんなに私のご飯が食べたくないなんて……」
慌てて弁明するも、ショックを受けたらしい璃奈はそのまま両手で顔を覆ってしまった。
「頑張って、作ったのに……! 献立も一週間分考えていたのに……!」
「ご、ごめん! 本当にごめんて!」
「食べたくないんだ……もう私のご飯は食べたくないんだ……」
「食べたい! 滅茶苦茶食べたい! 璃奈が作ったご飯以外は食べたくない!」
「そうなんだ。あー、よかった。じゃあ、私が作るね」
「わ、分かった! ……って、あれ?」
なんか、どこかで似たようなやり取りをしたことがあるような気がして首を傾げる。
勝ち誇ったように笑うエクソシスト――改め、小悪魔。
……なるほど。
どうやら、一年前の意趣返しをされたらしい。
僕は敗北を認め、苦笑いをしながら淹れたてのコーヒーに口を付けた。
♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰
「ねぇ、今日も休んでもよかったんじゃない?」
豪華な朝食を終え、余裕をもって準備をしてから僕たちは屋敷を出た。向かう先はもちろん学校だ。
昨日の夜から今日は登校すると断言したのだが、まだ僕のことが心配そうな璃奈から問い掛けられた。
ちなみに、手を繋ぎ、しっかりと密着した状態で、だ。ここは通学路なので、登校中の同級生たちがたくさんいる。
周囲から突き刺さる目線を務めて無視しながら、僕は答えた。
「いや、昨日休んだからもう十分だよ。それに、蓮君たちに伝えなきゃいけないこともあるしね」
「……例の襲撃者のこと?」
「うん。あの死王女様がいる限り、大丈夫だとは思うけど、念のためにね」
原作では真っ先に狙われていた十六夜蓮だが、今は唯ちゃん&死王女という激強ボディーガードがついている。
霧島レイは強いが、ハッキリ言って死王女には遠く及ばない。襲い掛かったところであっさりと返り討ちにされるだろう。
ただ、原作からそうだったが、死王女はその強力すぎる力のせいで些か隙が大きい人物でもある。
油断していたところを僕のように不意打ちされてしまう可能性は十分に考えられる。
念のため、注意喚起くらいはしておこう。
誠心誠意、協力し合うという“契約”も結んでいることだしね。
「だけど、どうして十六夜君が襲われると思ったの?」
「昨日の襲撃者は霊力や魔力を収集しているみたいだったから、唯ちゃんがいるとしても心配で……いや、違う――?」
よくよく考えれば隙が大きかろうが、死王女の力は誰の目から見ても圧倒的だ。
原作では死王女&唯ちゃんのコンビが健全な形で成立している場面すらなかったので想像できていなかったが、仮に僕が霧島レイの立場だとして、あそこまで圧倒的な存在が傍についている男を狙いに行くだろうか?
答えは否だ。仮に隙をついて霊力の吸収に成功したとしても、すぐに死王女様の攻撃によって消し炭にされる可能性が高い。
リスクとリターンがあまりにも釣り合っていないその選択肢を、賢い霧島レイが選ぶとは思えない。
だからこそ――
「
「優斗君?」
だとすれば、僕が襲われたことの辻褄は合う。
元は霊力・魔力など一切持たない一般人だった僕だが、メフィラと契約したことで一定の魔力を運用できるようになっている。
だが、実力は大したことない上に、隙だらけときた。
霧島レイから見れば、何とも都合がいい餌だったことだろう。
積極的に関わって未来を変えてやると意気込んでいたが、この章は死王女様と唯ちゃんの共存が成功した時点で、既にぐちゃぐちゃに壊れてしまっていたということらしい。
十六夜蓮が襲われることを前提に作戦を立てていたので、完全に盲点だった。
十分に予想し得る展開だったろうに、予想できていなかったことが悔やまれる。
だが――
「なんか、引っ掛かるんだよな……」
僕が襲われたことの辻褄は合っているが、それだけではない気がする。
襲われた時の発言を見るに、僕が不死身なことは知らなかったようだし、明確な意図がないのにこんな雑魚を襲う理由があるのか?
何かもっと、他の理由がある気が――
「ちょっと優斗君! 話聞いてくれてる……?」
「あ、あぁ……ごめん。ちょっと思考に埋没してた」
頬を膨らませて不満そうな璃奈に謝りながら思考を現実へ回帰させる。
「それで、蓮君を狙いそうな理由だったよね?」
頷く彼女に説明――という名の原作知識を活かした考察を口にする。
「そりゃあ、やっぱり彼の霊力量が桁違いだからだよ」
「……優斗君も気が付いていたんだ」
「一度、彼が力を解放する瞬間を見たことがあってね、あれには驚かされたよ」
この世界の行く末を左右するほどの力を持つ彼の霊力量は、ハッキリ言って
璃奈も相当多い方だとは思うが、十六夜蓮はそれを軽く凌駕する。
数倍……いや、数十倍はあるかもしれない。
「そういえば、優斗君、十六夜君にエクソシストにならないか勧誘してたよね?」
「うん。してたよ。『お前もエクソシストにならないか?』って」
「お前もって……優斗君、悪魔側でしょ?」
「いやいや、僕はエクソシストだよ。一緒に死王女と戦ったでしょ?」
ニヤリと笑って答えれば、璃奈は苦笑を浮かべた。
「お得意の屁理屈だね」
「事実と言って欲しいな」
気障に返したつもりだったが、何故か璃奈は途轍もなく嫌なものを見たような顔をした。
そして、不安げな声で一言。
「……優斗君、あの悪魔にちょっと似てきてない……?」
「やめてくれ。その悪口は僕に効く」
思わず真顔で返答してしまった。
メフィラに似てきている? 冗談じゃない。そんな、許しがたい屈辱を受けることになるなんて……!
多分、滅茶苦茶嫌そうな顔をしていたのだろう。
不安げだった璃奈の表情が少し緩んだ。
「これを悪口と捉えられるなら、大丈夫そうだね」
「当たり前だよ。……あの悪魔のことを心底理解できるようになったその瞬間が、僕の人間としての最後だろうから」
「……」
肉体は既に化け物じみた不死身となっているが、僕の心まで堕ちたその時こそが、人間“地藤優斗”の終わりだろう。
そして、如月メフィラがそれを狙っているであろうことは何となく分かる。
そうならないよう、最大限警戒していきたいところだが――今はとにかく目の前の問題を一つずつ片付けていくしかないだろう。
「ごめん。話が逸れたね。確か、蓮君のことだったっけ?」
「うん。彼にエクソシストになるように勧めた話だったね。結局、どうだったの?」
少し沈んだ空気を払拭するように、元の話題に戻る。
乗っかってくれた璃奈の質問に対し、これまた憂鬱な気分になりながら僕は答えた。
「残念ながら、断られたよ」
「えっ……意外だね、十六夜君なら乗り気になりそうなものだけど」
「彼自身は乗り気だったんだけど、どうにも唯ちゃんと死王女様のガードが固くてね……」
「あぁ……彼女、エクソシスト嫌いだもんね」
複雑そうに呟いた璃奈の言葉通り、唯ちゃんと死王女のエクソシスト嫌いは筋金入りだ。
今だって、“契約”で縛っていなければ璃奈とすぐにでも殺し合いに発展していたくらいには。
コッソリと十六夜蓮にエクソシストとしての訓練を受けてもらっても構わないのだが、その場合は全力で妨害にくるだろう。
おまけに、それを機に契約にケチをつけてくる可能性もある。
ぶっちゃけ、唯ちゃんは口先三寸で何とかできる自信があるが、死王女に本気になられると何が起こるか見当が付かない。
そんなわけで。
口惜しいことこの上ないが、原作をぐちゃぐちゃにしてしまった代償か、十六夜蓮は未だにエクソシストを名乗れずにいた。
「ただ、昨日の襲撃者が現れた以上は唯ちゃんも悠長なことは言っていられないと思う。これを機にもう一回お願いしてみようか」
「了承してくれるかな?」
「まぁ、あれだね」
僕は嵐のような赤い少女を思い浮かべながら言った。
「唯ちゃんの機嫌次第かな?」
♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰
「昨日、突然の欠席をかましておきながら躊躇なく後輩を屋上へ呼びだす自分勝手な先輩。私に何の用事ですか?」
「唯、開口一番にそれはないだろ……」
午前の授業を順調にこなし、迎えたお昼休みの時間。
屋上の扉を乱暴に開きながら随分と拗ねた様子の唯ちゃんが早口で皮肉を発しながらやってきた。
隣にはやんちゃな妹に振り回され続けている哀れな兄にして原作主人公の十六夜蓮がいる。
残念ながら、ご機嫌は斜めだったようだ。
「先輩を労わる様子も見せない薄情な唯ちゃん。元気そうで何よりだよ」
「おや、心配して欲しかったんですか?」
唯ちゃんは冷たい視線を僕に投げながら、わずかに顎を上げて応じる。
「当然だよ! 優しい唯ちゃんなら心配してくれるものだとばかり思っていたから」
ピクリ、と唯ちゃんの眉が動いた。
「私は、然るべき相手に対して、然るべき対応をしているだけです。まぁ、鏡のようなものだと思ってください」
「……それは遠回しに僕の性格が悪いと言っているのかな……?」
目を細めて言う僕に、唯ちゃんは涼しい顔で小さく首を横に振った。
「まさか。私はただ思ったことを口にしただけです」
「口は禍の元という諺、知ってる?」
「自業自得って諺、ご存じですか?」
「ハハハ! これは一本取られたなぁ……ところで、僕も然るべき相手には然るべき対応を取ることにしているんだ。唯ちゃんとお揃いだねぇ」
またピクリ、と唯ちゃんの眉が動いた。
「先輩と一緒だなんて、光栄です」
「こちらこそ光栄だよ。唯ちゃんと同類だなんて」
「面白い偶然だね」
「えぇ、面白いですね」
「ハハハ……」
「フフフ……」
「「ハハハハハーー!!」」
「……なぁ、なんであの二人は顔を合わせる度にあれなんだ?」
「さぁ? よく分かんないな」
乾いた笑い声をあげ、全く笑っていない瞳で睨みあう地藤優斗と己の妹を見ながら思わずぼやく十六夜蓮。
隣にいた璃奈は不機嫌そうな表情でそっぽを向いた。
外野に置かれている二人をよそに、ジャブを打ちあって満足したらしい唯ちゃんは真剣な表情で口を開いた。
「――で、用件はなんですか?」
こうしてわざわざ呼び出されたからにはただ事ではないと察していたのだろう。先程までのおふざけの気配はない。
僕もまた表情を改め、彼女をここへ呼び出した理由を口にした。
「昨日休んだ理由にも繋がるんだけど、実はちょっとしたトラブルに巻き込まれてね」
「またですか……」
呆れたような唯ちゃんの視線を華麗にスルーし、言葉を続ける。
「唯ちゃんたちにも被害が及ぶかもしれないから、警告しにきたんだ」
「警告?」
訝し気な視線を向けてくる唯ちゃんに対し、僕は一昨日の出来事を説明した。
全身を黒い霧で覆った正体不明の存在に突然奇襲されたこと。
璃奈のお陰で何とか退けることが出来たが、非常に敏捷性が高く厄介な人物であったことを。
「――そんなわけで、僕は負傷させられた上に魔力と血を吸収されて散々な目に合ったから、唯ちゃんたちにも警告しておこうと思ったんだ。どう? 心優しいでしょ?」
「この私とモルヴェリアさんが不覚を取るとでも?」
「……あー、うん。警告にきて正解だったみたいだね」
慢心全開じゃねーか……!
原作でもそうだったが、純粋無垢な唯ちゃんはとにかく色んなものに影響されやすい。
己の半身であるモルヴェリアの影響を受けるのは当然のことではあるが、他人事ながら将来が心配になってしまう。
「むっ、なんですか? その自分の尻尾を追いかけてぐるぐる回る子犬を見るような視線は……」
「いや、唯ちゃんの将来が楽しみだなって思っただけだよ」
「なぜでしょう。そこはかとなく馬鹿にされている気がします……」
馬鹿にするなんてとんでもない。
僕は唯ちゃんの将来が楽しみです。
……本当だヨ?
「……ふん、まぁ、いいでしょう。私のことが心配で警告しにきたという先輩の殊勝な心掛けには感謝しています。褒めてあげましょう」
「ありがたきしあわせ」
胸に手を当て、女王様に首を垂れる。
誠意を示したつもりだったのだが、何故か「ふざけないでください」と脛を蹴られた。
痛い……解せぬ……。
「……しかし、実際のところ、先輩からの忠告は意味のあるものだったかもしれません」
「というと?」
「実は最近、妙な視線を感じることが多いのです。モルヴェリアさんはそんな小物捨て置けと言っていましたが、先輩の話を聞く限り、その黒い霧の怪物は私たちも餌にしようとしているのかもしれませんね」
……なるほど。
やはり原作通り、霧島レイは十六夜蓮を狙うつもりだったんだろう。しかし、復活した死王女と唯ちゃんコンビが強力すぎて、様子を見るしかなかった……そんなところだろう。
あーあ、もう少し早く気が付けていれば、一昨日のように不覚を取ることも……まぁ、霧島レイが相手なら僕程度では警戒しても無意味だったかもしれないな……。
「なら、尚更注意をしておいてね。蓮君は絶対に唯ちゃんの傍を離れないこと」
「あ、あぁ……悪いな、唯。守ってもらってばっかりで……」
「そんなことを言わないでください。兄さんはこれまで私のことを守ってくれていました。今度は私の番です」
「唯……」
麗しき兄妹愛を見せつけてくれる二人。
原作をプレイしていた身としては、あまりにも輝かしい光景過ぎて逆に眩しい……!
というか、唯ちゃん、お兄さんにはそんなにストレートで優しいのね。
僕にももうちょっと優しくしてくれない? ……って、頼むだけ無駄か。
「ところで、そんなに蓮君のことが心配なら、今からでもエクソシストとしての訓練を――」
「不要です」
今ならいけるだろうと思い、しれっと提案してみたが、案の定バッサリと切って捨てられてしまった。
「唯、俺は――」
「兄さんは黙っていてください。……この話は前にもしましたが、兄さんのことは私が守ります。ですから、二度と彼を私の敵にするような提案はしないでください」
「……」
赤い瞳がギロリと僕を貫く。
今はまだ警告で済ませてくれているが、次にまた余計なことを言えばその瞳は黄金に変わるだろう。
契約上、僕に危害を加えられないことは分かっているが、それでもあの瞳は何度も拝みたいものではない。
「はぁ……勿体ないなぁ……蓮君なら立派なエクソシストになれるのに」
未練がましくそんな台詞を吐きながら、チラリと十六夜蓮を観察する。
彼は彼なりに葛藤しているようだった。間違いなく、彼はエクソシストになりたがっている。そして、その力で人々を助けたがっている。
だが、その一方で原作よりもストレートに感情表現するようになった唯ちゃんのことが心配でならないのだろう。
僕たちとの関係もあり、あまり強く言い出すことが出来ずにいるといったところだろう。
そんなことを考えながら二人の様子を観察していると、不意に唯ちゃんの赤い瞳がこちらを向いた。
次いで、そっぽを向きながら腕を組んで――
「と、ところで、先輩は一人で大丈夫なんですか? 前に襲われて全く歯が立たず、無様に地面を這いずり回りながら命乞いをし、切腹もののみっともない敗戦を晒したのでしょう?」
急にもの凄い勢いで僕のことをディスり始めた。
「いや、そこまで言われるほどの敗戦じゃなかったと思うけど……」
「先輩一人暮らしなんですよね? 家に一人でいたらまた襲われるかもしれませんよ?」
プライドがちょっと傷つけられたのでなけなしの言い訳をするが、唯ちゃんは華麗にスルーして身勝手に話を続ける。
何故か、もじもじと言いづらそうにしながら。
「その、もし、一人で不安なんでしたら……うちに来ます? 十六夜家はそこそこ広いですよ?」
「えっ?」
「ねぇ、兄さん。今更一人増えるくらい、うちならどうってことないですよね?」
「ま、まぁ……そうだな。優斗一人が来る分には大丈夫だと思うが……」
事前に相談もなかったのか。唐突な妹の提案を聞かされ、しどろもどろになりながらも否とは言わないお人好しの原作主人公。
そこはもうちょっとしっかり妹の手綱を握ってくださいよ、お兄さん……。
「それはありがたい提案だけど、僕のことは心配いらないよ」
「むっ、人の親切を無下にするとは、相変わらず失礼な先輩ですね。次はもっと酷い目にあうかもしれませんよ」
「大丈夫だって。僕には璃奈がいるから」
「……相変わらず、彼女任せとは情けない人ですね、先輩は。でも、天羽先輩と四六時中一緒にいれるわけではないでしょう? だったら、まだうちの方が――」
「四六時中、一緒にいるよ」
これまで静観していた璃奈が凛とした声で淡々と告げた。
急に割り込んできたことに驚きながら、唯ちゃんが璃奈に視線を向ける。
「はい? どういう意味ですか? 天羽先輩」
「言葉通りの意味だよ。だって優斗君、
沈黙。
次いで――
「「は、はぁッ――⁉」」
十六夜兄妹による渾身の絶叫が屋上に響き渡った。
「一緒に住んでいる⁉」
事実を確認するようにもう一度唯ちゃんの怒号が響く。
「ちょっと唯ちゃん、ボリューム抑えてよ……」
「そんなことはどうでもいいでしょう! それよりも、一緒に住んでいるとはどういうことですか⁉ 先輩たち、まだ高校生なのに、もう同棲だなんて、そんなの……」
何を想像したのか、唯ちゃんの頬が真っ赤に染まる。
「そんなの、ダメでしょう――⁉」
「ダメって言われてもな……今、唯ちゃんが言ったばっかりじゃないか。僕は一人だと危険だって」
「いや! それは、そうですけど……でも、年端も行かない男女が早々に同棲なんて間違っていると思います!」
「……自惚れじゃなければ、さっき唯ちゃんからも似たような提案をされた気がするんだけど?」
「こっちには兄さんがいるからいいんです! 天羽先輩も一人暮らしでしたよね⁉ そんなの……絶っ対に間違ってます‼」
「君が間違いだって叫ぶのは勝手だけどね。これはもう決まったことで、優斗君も納得しているの。他所の事情に首を突っ込まないでくれるかな?」
納得する様子を見せない唯ちゃんに手を焼いている中、普段は静観している璃奈が横から参戦してきた。
敵意剥き出しの視線と一緒に。
「なッ――なんですかその言い方は! いくら先輩と言えども、礼儀というものがあるでしょう⁉」
「礼を欠いているのは君の方でしょう? 決まったことなんだから、外野がとやかく言わないでって言ってるの」
「このッ――」
「ちょ、ちょっと! 二人とも落ち着いて!」
争わないという“契約”のことが頭から抜け落ちているのか、本気で殺し合いを始めそうな二人の間に慌てて割って入る。
「蓮君! ちょっと手伝って――!」
「あ、あぁ……」
言い争いが止まない女傑二人を止めるため、原作主人公に救援要請を出す。
どこか上の空の状態だった十六夜蓮だが、すぐに爆発した火山を鎮火すべく、駆け寄ってきてくれた。
普段から冷戦状態だった二人だ。一度火蓋を切ったことで感情が爆発したのか、争いに収拾をつけるにはかなりの労力を要したとだけ言っておく。
♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰
「優斗君、さっきはごめんね……」
結局、お昼休みを丸々喧嘩の仲裁にあてたことで碌にご飯を食べられなかった僕は腹ペコの状態で五限目を乗り越え、疲労困憊の状態で机の上に突っ伏していた。
そこへ隣のクラスからやってきた璃奈がわざわざ謝罪をしに来たのだから、僕はクラス中の視線を一挙に集める羽目になってしまった。
慌てて彼女を連れて教室から脱出し、人影がない階段の踊り場で向かい合う。
「いやいや、僕も上手くフォローできなくてごめんね? ……にしても珍しいね。璃奈があんなに刺々しく怒るなんて」
「……あのままだったら、あの子に強引に優斗君を持っていかれそうだったから」
「そんなことはないと思うけどね」
「ッ! 優斗君はあの子の危険性が分かってないよ! あの子の力は――」
「いや、そうじゃなくて。僕が璃奈よりも唯ちゃんを選ぶはずがないってこと」
紫色の神秘的な瞳が大きく見開かれる。
僕はどうしてそんなに不安がるのか不思議に思いながら、言葉を続ける。
「僕が好きなのは璃奈だよ。だから、唯ちゃんに何を言われたって、十六夜家にお世話になる気なんて毛頭なかったんだ」
「――――」
「だから、そんなに心配しなくても」
「優斗君!」
話の最中、いきなりバッと真正面から抱き着かれた。慌てて受け止めながら倒れないように踏ん張る。
「り、璃奈⁉」
「……ごめんね。私、一人で勝手に不安になっちゃってた」
「……いいよ。僕の方こそごめん。もっとハッキリ唯ちゃんに断りを入れるべきだったね」
不安にさせてしまったことを謝りながら璃奈の背を摩る。
それで少し落ち着いたのか、璃奈は照れくさそうな笑みを浮かべながら僕から離れた。
良かった。別に璃奈に抱き着かれて嫌なことなんてないのだが、流石に階段の踊り場でいつまでも抱き合っていたら、いつかは人が来ていただろう。
そうなれば校内でバカップル認定されることは想像に難くない。
……いや、既にそう認定されているのかもしれないが、ともあれ公共の場でいちゃつき過ぎるのは良くないだろう。
安堵した僕は平静を取り戻した璃奈と一緒に廊下を歩きながら、何気ない調子で切り出した。
「あっ、そうだ。僕からも話があったんだ」
「なに?」
「クラスの人から聞いたよ。璃奈、全然クラスの出し物の準備を手伝ってないんだって?」
「……」
放課後、いつも僕にべったりくっついており、文化祭の準備で忙しい中どうやって時間を捻出しているのか不思議だったが、答えは単純だった。
僕と会うこと以外の全てを犠牲にしていたのだ。
「僕のことを優先してくれているのはとても嬉しいけれど、クラスの手伝いはしっかりしなきゃダメだと思うよ?」
これでも璃奈に真っ当に人生を歩んで欲しいという願いは変わっていない。だからこそ、僕以外のことを疎かにして周りから孤立して欲しくはなかった。
「で、でも! 優斗君の傍にいないと何が起きるか分からないから、心配で――」
「大丈夫だって。一度襲撃を受けてから、ちゃんと
僕は璃奈を安心させるように微笑んで言った。
「――流石に、学校で襲撃を仕掛けてくることもないでしょ」
♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰
あの後、駄々を捏ねる璃奈を何とか説得してクラスの出し物の準備をしに行ってもらい、終わり次第、生徒会室で待ち合わせすることに決まった。
僕のクラスは幸いにも早々に準備が完了し、後は細部に拘りたい面々が奮起している感じなので、エンジョイ勢の僕は不要だ。
璃奈を待つ間暇なので、いつものように誰もいない生徒会室で一人黙々と作業していると――
コンッ、コンッ――
丁寧なノックの音が響いた。
僕は手を止めてから「どうぞ」と入室を促した。
ゆっくりと扉が開いていく。
「――地藤君」
凛とした声が僕の名前を呼ぶ。
ちらりと生徒会室に設置された時計を見る。来ると思っていた。璃奈が僕の傍を離れるタイミングなど限られている。その一瞬を突いてくるなら、今しかない。
けれど、思っていたよりも遅かったな。
色々と複雑な人だから、直前まで悩んでいたのかもしれない。
僕は微笑みながら、彼女を迎え入れた。
「こんにちは。
その場に立つ彼女は、やはりいつも通り硬い表情を崩さない。だが、心なしか緊張しているように見える。
僕は手に持っていたホッチキスを机の上に置いた。
……さて、この間は不意を打たれてされるがままだったが、今回はこっちのターンだ。
璃奈が来るまで時間もあることだし――
ちょこっと