世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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第24話:悪魔の親切

 

 ニンニクたっぷりの餃子を食した翌日、無難に授業を終えた僕は璃奈と一緒に生徒会室へ直行した。

 昨日の余計な電話で話していた通り、生徒会室には既に霧島先輩がおり、神妙な面持ちで僕たちのことを待っていた。

 

 挨拶もそこそこに、すぐに話し合いに移る。

 

「――まぁ、そういうわけで璃奈にも契約のこと含め、事情を説明したのでよろしくお願いしますね」

 

 僕は単刀直入に璃奈に全てを説明したことを話した。

 霧島先輩は何とも言えない複雑そうな表情を浮かべた後、

 

「……そうか」

 

 その言葉だけ口にした。

 生真面目な人だ。色々と思うところがあったのだろう。

 彼女は僕ではなく、璃奈の方を向いて彼女と視線を合わせた。

 そして――

 

「天羽……すまなかった」

「それは、何に対しての謝罪ですか?」

「全てだ。半吸血鬼であることを隠していたこと、お前の彼氏を襲撃したこと、そして契約のこと……全てを隠していて、すまなかった。お前にはとても、不誠実なことをしてしまったと思う」

 

 真剣な表情で深々と頭を下げる霧島先輩。

 彼女に対して思うところがありそうな璃奈だったが、流石にそこまで真摯に頭を下げられて怒れるタイプではない。

 困ったような表情で渋々と首を振った。

 

「頭を上げてください、先輩。確かに隠し事の内容が内容ですし、優斗君に傷を負わせたことに対する怒りはまだありますが……一先ず、貴女を許します。これまで積み上げてこられた、貴女の誠実さに免じて」

「……すまない。そして、ありがとう」

 

 どちらも根は優しくて律儀な人物だ。

 思っていたよりもあっさりと璃奈は霧島先輩を許し、そして霧島先輩はその許しの意味を深く受け止めていた。

 

「ただ、覚えておいてください。次、優斗君を傷つけたら――貴女を絶対に許さないと」

「……肝に銘じておこう」

 

 だが、釘を刺すことを忘れないあたり、色々と思うところはあったらしい。

 霧島先輩は璃奈の殺気を浴びせられ、顔色が少し悪くなりながらも強く頷いた。

 

「さて、それじゃあ今後のことについて話し合いましょうか」

 

 これから行動を共にするわけだし、二人にはもう少し仲良くなってもらいたいところではあるのだが、生憎と諸々の事情であまり余裕がない。

 僕は急かす様に話題を切り替えた。

 

「先輩と僕は新しく契約を結んだわけですが、皆さんご存じの通り、契約の効果は重複しません。だからこそ、以前の契約を何とか破棄しなければなりません」

「そういう話だったな。……だが、具体的にはどうするつもりだ?」

「簡単ですよ。前の契約が果たせなくなる状況にすればいいんです。先輩、今の契約の内容を教えていただけますか?」

「……霧島レイは()()()()を用いて血の大公を1()1()()1()5()()()()()()()()()()()()()()()。その代わり、血の大公は霧島レイの弟を蘇生させることとする――以上だ」

「シンプルですね」

 

 目的、手段、タイムリミットが明確で実にシンプルだ。

 そして、シンプル故につけ入る隙が少ない契約でもある。

 

「優斗君、吸血鎖陣ってなに?」

「血の大公が用意した儀式結界のことだよ」

 

 首を傾げる璃奈に説明をする。

 

「どうしてそれを……いや、お前に隠し事は出来ないんだったな」

 

 驚いていた霧島先輩だが、すぐに諦めたように溜息をついてから顔を上げた。

 

「この契約を果たせなくするようにするということは……吸血鎖陣を破壊するということか?」

「その通りです。この契約は非常にシンプルですが、シンプルであるが故に柔軟性に欠けている。吸血鎖陣を用いて血の大公を現世に降臨させることが絶対条件ですが、逆に言えば()()()()()()()()()()()()()()というわけです」

「なるほどな……」

 

 納得したように頷く霧島レイに対し、僕は提案を持ちかける。

 

「それじゃあ先輩、案内してもらえますか? 吸血鎖陣の結界の柱まで」

「今からか? お前はいつも唐突だな……」

「善は急げと言いますから」

 

 困惑している霧島レイだが、こうして急に提案を持ちかけているのにも理由はある。

 血の大公による妨害を防ぐためだ。

 彼の君は基本的に現世に大した干渉は出来ないが、それでも余計なことを言って霧島レイの心を乱してくる可能性はある。

 ハッキリ言ってしまうが、僕は今の段階での霧島レイを()()()()()()()()()()

 

 何かあればコロッと裏切るくらいには願望に対して盲目的で、余裕がなく、中途半端な状態なのだから、信用しろという方が無理な話だ。

 だからこそ、迅速に決着をつける必要がある。

 

「分かった。お前とは契約を結んでいることだし、言われた通り結界の柱の場所まで案内しよう。だが――」

「分かっていますよ。13柱あるうちのどこへ案内すべきか、ということですよね?」

「……そこまで知っているなら、私に案内させる必要もないんじゃないか?」

「いや、残念ながら細かい場所までは分からないんですよ」

「柱の数は分かるが、場所は分からないのか……不思議な能力だな」

「悪魔の屁理屈ですから。大雑把なんですよ、色々と」

 

 首を傾げる霧島レイを適当な発言で煙に巻く。

 ちなみに、僕は本当に柱の位置を知らない。

 なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので。

 

「そういうものか……分かった。であれば、1柱ずつ案内しよう。――あんなものは早く破壊するに限るからな」

 

 一つ頷き、霧島先輩は立ち上がった。

 その後に続くべく、僕と璃奈も立ち上がって彼女の後に続く。

 

「ところで地藤、出発前にちょっといいか?」

「はい?」

 

 ちょいちょい、と手で呼ばれて首を傾げる。

 彼女は小声で僕に耳打ちした。

 

「お前、昨日何を食べた?」

「えっ?」

「……あまり言うのは酷だがな、少しニンニク臭いぞ?」

「あぁ……あはは、ちょっと餃子を食べていたんです……」

 

 ちなみに、餃子は昨夜だけではなく、その残りが今日の朝食にも出てきた。「ごめん。余っちゃった」なんて言っていたが、あれは間違いなく確信犯だ。

 「十六夜のエクソシスト」に登場する吸血鬼は、現代で語り継がれている吸血鬼の特性をオーソドックスに持ち合わせているケースが多い。

 半吸血鬼とはいえ、霧島レイも例にもれず(我慢できないほど酷いものではないらしいが……)太陽の光とニンニクが苦手らしい。

 

 顔を顰める霧島先輩の後ろでは、璃奈がニコニコと楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

 ……璃奈さんの作戦が功を奏したようで何よりです。

 

 ただ、これでも年頃の男子としてのプライドは持っている。

 僕は絶対に道中のコンビニでブレスケアを買おうと、しょうもない決意をするのだった。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 原作「十六夜のエクソシスト」において、霧島レイは“弟の蘇生”という己の目的を叶える為に霊力と魔力を集めて回っているわけだが、そもそも集めて回っていた理由は彼女が取引した悪魔――血の大公ヴォルフェンハイトとの契約によるものだ。

 

「血の大公程の大物ともなれば現世に降臨する為に面倒な手段を踏む必要があるようでな。その手段が“吸血鎖陣”なわけだが、発動させるためには大量の霊力・魔力が必要なんだ」

「だから先輩は僕に襲い掛かってきたわけですね」

 

 璃奈、僕、霧島先輩の三名は着替えるのも面倒ということで、制服のまま街中に繰り出していた。

 目的地へ向かう道中、璃奈への説明も兼ねて彼女の口からそもそもどうして僕へ襲い掛かったかを説明してもらっている。

 

「そうだ。……その節はすまなかったな」

「別に僕は気にしてないのでいいですよ。……だけど、僕みたいな小物を襲ったところで総量なんてたかが知れていますよね?」

「そう自分のことを卑下するな」

「でも、少なかったんですよね?」

「……多くはなかったな」

「酷い!」

「私はどう答えればよかったんだ⁉」

 

 別に卑下しているわけでもなく、僕は魔力の総量が低い。

 元々、霊力も魔力も感知できない一般人だったのだから、それは当然のことだ。

 

「でも先輩は非効率って分かっていながら、どうして僕みたいな小物を襲ったんですか?」

「……本当は、メインターゲットがいたのだ。彼の霊力を奪うことが出来ればすべてが解決する。その予定だったんだ。だが――」

「彼――十六夜蓮君には、十六夜唯ちゃんが傍にベッタリ張り付いていて、襲う隙がなかったと。そういうわけですか」

「……お前は、本当に何でも知っているんだな」

 

 呆れたような、それでいてどこか僕を恐れているような視線を向けてくる先輩。

 やっぱり僕の予想は当たっていたようだ。

 気分がよかったので、僕は肩を竦めて言ってやった。

 

「何でもは知りませんよ。知ってることだけ」

「???」

「優斗君……」

「……すいません。忘れてください」

 

 盛大に滑ったので、今のはなかったことにする。

 ゴホン、と咳払いしてから仕切り直して尋ねる。

 

「じゃあ、先輩は最初から蓮君が狙いだったわけですか」

「あぁ……ハッキリ言ってしまえば、この学園に入ったのだって彼が目的だった。あの常軌を逸した霊力量……あれを手に入れることが出来れば、私の悲願は叶うだろうと思ってな」

 

 知ってます。原作でもそうでしたから。

 なんて言えるはずもないので、僕は真剣な表情で頷いた。

 

「なるほど。ストーカーってわけですか」

「何か言ったか?」

「……いえ、何も言っておりません。すいません」

 

 羊を狩る狼のような視線を向けられ、反射的に謝る。

 この間の夜で十分に分からされたが、僕はこの人に勝てないのだ。

 “契約”で縛っているのだから万が一にでも襲われる心配はないが、それでも殺気を向けられれば普通に怖い。

 もっと笑えばいいのに……なんて気障な台詞が思い浮かんだが、やめておいた。

 多分、もっと怖い顔になるだろうから。

 あと、隣の璃奈も怖い顔をするに違いない。

 

「先輩が狙っていたことは分かりましたが、唯ちゃんは蓮君にベッタリですし、狙うのは難しいと思いますよ?」

「だろうな。だが、実際のところ十六夜蓮の霊力を吸収できなくとも問題はなかったのだ。元より、血の大公を召喚させる手段は別にあったからな」

「その言い方だと、十六夜君はセカンドプランだったということですか?」

 

 璃奈の質問に対し、霧島先輩は静かに頷いた。

 

「あぁ。吸血鎖陣の本来の力があれば、彼の霊力は必要なかったのだ。……もっとも、絶対に使いたくはない手段だったがな」

 

 俯きながら語る彼女の声からは苦悩が滲み出ている。

 無理もない。

 霧島レイは吸血鬼ながら人間として真っ当な倫理観を持っていて、なおかつ生真面目な性格だ。

 そんな彼女が吸血鎖陣の真価を発揮させるために準備を進めるというのは、心をやすりで削られるようなものだったに違いない。

 

 ――実際に、原作では計画が実行され、精神崩壊を起こしかけていたわけだし。

 

 そういった感じで霧島先輩から色々と聞き出しながら歩みを進めていると、見慣れた場所に到着した。

 

「着いたぞ」

「ここは……海浜公園ですか?」

 

 たどり着いたのはこの街の最南にある海に面した海浜公園だった。

 以前に紅の戦君の先兵が現れ、過剰戦力でボッコボコにした場所である。

 放課後の時間帯、つまり夕方である現在、オレンジ色に燃える夕日がもうすぐ地平線の向こうへ沈みそうだった。

 

「おぉ……いい景色……」

「綺麗だね、優斗君」

「こっちだ」

「あっ、ちょっと!」

 

 なかなかの絶景を前に璃奈と二人、見惚れていたのだが、霧島先輩は一切目を向けることもせず公園のさらに奥――小さな桟橋の方へと向かっていく。

 慌ててその背中を二人で追いかける。

 

「先輩、もう少し風情ってものを――」

「そんなものはどうだっていい」

 

 僕の提案を冷たく切り捨て、桟橋の奥までたどり着いた彼女は桟橋の奥を指さした。

 

「あれが結界の柱だ」

 

 そこには一見するとただの虚空に見える。

 だが、瞳に魔力を集中させて目を凝らすと、微かに赤い印のようなものが浮かび上がって来た。

 死王女が病院で展開した結界の柱とよく似ている。

 これが悪魔の扱う結界のデフォルトらしい。

 

「こんなところに、こんな強力な結界の柱があったなんて……」

 

 璃奈が唖然とした表情で呟く。

 エクソシストとしてこの街を守護している彼女にとって、ここまでの結界の柱が設置されていることに気が付けなかったのは衝撃だったのだろう。

 

「気が付かぬも無理はない。これは、血の大公が持つ悪魔の戯具だからな」

 

 戯具。

 それは特定の悪魔が所持している道具のことで、“戯”なんて字が入っているが、それぞれ凶悪な能力を宿した武具だ。

 

「高度な隠蔽力を持つが故に、発動するまでは感知は出来ないだろう。この街の最南に設置されているのだから、猶更な」

「この結界はどういった効果があるのですか?」

「それぞれに然るべき量の魔力を充填すれば結界は発動し、血の大公を現世に降臨させることが出来ることになるそうだ」

「なるほど。死王女が病院に展開していたのと同じような効果ということですね」

 

 璃奈が所感を口にする。

 何故か、その言葉が引っ掛かった。

 そういえば、あの結界は――

 

「いや、それよりも質が悪い結界だ。何せ――」

 

 僕の思考を遮るように、ギリッと強く歯を食いしばりながら、霧島レイは言葉を絞り出した。

 

「――この街にいるものたち全員を生贄とするのだからな」

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 霊力と魔力。

 

 度々、分けて表現されており、一般的に“霊力”を持つのがエクソシストで、“魔力”を持つのが悪魔というのがこの世界の常識だが――正直、そこまで差異がないのが実状だ。

 

 強いて言えば、血液型における“A型”と“B型”みたいなものか。輸血をするのであれば血液型の違いは重要だが、しかし無理に押し通せないわけでもないというのが“霊力”と“魔力”の違いだ。

 

 そしてどちらの種族にも属していない“半吸血鬼”である霧島レイはというと、霊力を魔力に、魔力を霊力に変換することが出来るという特殊体質の持ち主だ。

 この半吸血鬼特有の能力が孤立に拍車を掛けているという説もあるのだが――それは一旦置いておくとして。

 

 霊力と魔力、どちらを吸収しても必要な方へ変換できる霧島レイは、とにかく種類には拘らずに“量”を求めていた。

 そこで目を付けたのが十六夜蓮だったわけだが、先程説明してくれたように彼には死王女と十六夜唯がいるので襲撃は困難を極める。

 

 そこで彼女は血の大公により準備された結界術式――「吸血鎖陣」の本来の力を発動させることを決めた。

 

 この術式の効果は極めて単純だ。その範囲内にいる存在の霊力・魔力を吸収すること。それも、その存在が死ぬまで絞りつくすという極めて悪辣な術式だ。

 霊力・魔力を持っていない一般人でも、この世界に生まれている以上、潜在能力として大なり小なり力の片鱗は持っているものだ。それこそ、死ぬまで絞られれば微かでも霊力・魔力を生み出すこともあるだろう。

 

 塵も積もれば山となる。この術式は発動すれば最後、膨大な霊力・魔力を生み出すだろう。――この街に住む者たち全員を生贄として。

 

 ちなみに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして、数多くの一般人を死に追いやり、主人公たちに戦うことの意味とその責任の重さを感じさせる、一種の成長イベント的な存在となっていた。

 精神を崩壊させながらも結界を起動させた霧島レイは血の大公に己の悲願を叶えてもらう――が、最終的にはボロ雑巾のように嬲り殺しにされ、己が引き起こした惨状と、罪深さに絶望しながら息絶えていた。

 

 あまりにも悲惨な運命を辿る彼女だが、唯一の例外がルート③である。

 ルート③における霧島レイは十六夜蓮への襲撃を成功させ、その膨大な霊力を奪うことに成功する。

 十六夜蓮の霊力総量は異常であり、この街全員の霊力の総量よりもなお多いというイカレた貯蔵量を誇っている。

 そんな彼の力を奪ったのだから、街の人間を犠牲にすることなく計画を進められる。

 喜ぶ霧島レイだったが、ここで誤算が生じる。

 

 彼女は、あろうことか十六夜蓮に惚れてしまったのだ。

 

 不意打ちでの吸血で奇しくも縁が出来た二人は度々衝突と話し合いを繰り返し、互いのことを知っていく。

 十六夜蓮の真っすぐな性根と、あまりに人間らしい魂の在り方を知った霧島レイは惹かれてしまい――やがては己の執念と、彼への愛情との間で揺れ動いていくことになる。

 

 悪魔に魂を売り続け、弟の蘇生という悲願を叶えるか。

 それとも、妄執ともいえる己の悲願を捨て、十六夜蓮と共にやり直すことを選ぶか。

 

 苦悩する霧島レイだが、時間は彼女に決断する暇を与えてくれなかった。

 彼女の生まれ持っての力は運命を最悪の方向へと捻じ曲げ――そして、世界は混沌状態へ陥っていくこととなる。

 

 これがルート③の正体。

 このルートは、吸血鬼として悪魔と人間の間で揺れ動き続ける一人の少女――“霧島レイ”の願いと罪の物語なのである。

 

 さて、そんな最悪のルートではあるが、実は阻止するのはそう難しいことではない。

 彼女の苦悩の原因となっているのは大勢の命を奪うことになる結界術式なのだから――それを破壊してしまえばいいのだ。

 

 具体的には、この結界の柱を。

 

「確かに、無関係の人間も含めて全員から霊力・魔力を強引に搾り取るとは……なかなか質が悪い結界ですね」

「あぁ。そして、これに関与していた私も質が悪い吸血鬼、というわけだ。……軽蔑しただろう?」

 

 どこまでも自身を卑下し、自嘲しながら尋ねてくる霧島レイ。

 僕は特に反応を見せず無感情のまま肩を竦めた。

 

「悪魔と契約しているような質の悪い人間に聞かないでくださいよ。己の罪に向き合いたいなら、教会に行くことをお勧めします」

「……フッ、お前は存外、冷たい人間なんだな」

「軽蔑しましたか?」

「いや……寧ろありがたいよ。今はその冷たさがありがたい」

 

 霧島レイはこの術式を完成させるため、文字通り己の身を削っている。それこそ、自身の生命維持に必要な魔力を削ってでもこの術式の完成に命を懸けていた。

 それをあっさりと手放すあたり、この結界にいだいていたであろう忌避感の程が伝わってくる。

 

「この柱を破壊すれば、術式の発動は止められるんですか?」

「いや、地藤も言っていたように柱は全部で13柱ある。これを破壊しただけでは術式は止まらない。だが……1柱ずつ破壊していけば結界は発動できなくなる」

 

 この柱はそれ自体が効果範囲を持っており、それを連鎖的に発動させることで街全体を覆う仕組みになっている。

 地道な話だが、霧島先輩の言う通り1柱ずつ破壊していけば効果範囲が狭まっていき、最終的には術式の発動も出来なくなるだろう。

 

「魔力の充填状況はどうなっているんですか?」

「……大して進んではいない。だからこそ、結界が発動すればこの街の住人の命はほぼすべて魔力に還元されてしまうだろう」

 

 重苦しい表情で語る霧島レイ。

 なるほど。やっぱり僕程度の魔力では柱を埋めるには至らなかったらしい。

 

「だったら、早急に壊しちゃった方がいいですね。――璃奈、お願い」

「任せて」

 

 璃奈が召喚した銃を構えながら頼もしい返事を返してくれる。

 

「……私も手伝おう。これに手を貸していた身として、何もせず見ているだけというわけにはいかない」

 

 契約条件は飽くまでも『()()()()を用いて血の大公を11月15日までに現世に降臨させること』だ。

 吸血鎖陣の破壊を手伝うなとは言われていないわけだし、ペナルティはないだろう。

 

 並び立つ「十六夜のエクソシスト」の二大ヒロイン。

 その背中は、とんでもなく頼もしい。

 僕? ここで応援してます。

 遠距離攻撃手段なんて、剣投げるくらいしかないからね。

 

「二人とも頑張って! ――さて、どうなるかな」

 

 先程も言ったように実は原作ではこの柱を破壊している場面は一度もなかった。

 発動するか、全くしないか二場面しか描写がなかったからだ。

 故に、この結界を破壊するという描写は基本的に二次創作の中でしか存在しておらず、僕もこの結界の柱を見たのは初めてだった。

 

 原作で描写がなかったことへの挑戦ということで一抹の不安はあるが――原作からの乖離なんて今更の話だ。

 これが一番犠牲が少なく済む方法であることは間違いないのだから、やらない理由はない。

 璃奈と霧島先輩の力なら破壊出来ないということはないだろうし、彼女の火力頼みというのは情けない話だが、仕方がない。

 

「十銀銃」

 

 二丁拳銃を構えた璃奈の銃口に膨大な霊力が蓄積されていく。

 

「斬霞刀」

 

 居合の形で銀色の刀を構えた霧島レイに膨大な霊力が収束していく。

 

 その力が最大限を突破した瞬間、璃奈はその引き金を引き、

 霧島レイは抜刀して斬撃を放った。

 発射される霊力の奔流と、斬撃。

 美しい翡翠色の霊力弾と銀色の一太刀は柱に命中し――

 

「えっ――」

 

 璃奈の惚けたような声が響く。

 彼女は珍しく、目を開いて口を半開きにしながら驚いていた。

 かく言う僕と霧島レイも同じだ。

 

「そんな、まさか……」

 

 あっさりと破壊できたと思われた結界の柱はしかし、無傷でそこに健在だった。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

「こりゃあ、参ったね」

 

 その後、璃奈と霧島先輩は多種多様な技を柱に向かって繰り出し続けたわけだが――柱を破壊するには至らなかった。

 もちろん、僕も何もしていなかったわけではない。

 微力ながら剣を振ってみたが、もちろん結界は破壊できなかった。

 

 だが、色々試したお陰で分かったこともある。

 

「この柱、()()()()()()()()()()みたいだ」

 

 もう一度僕の剣を振ってみたが、剣は何にも触れず虚空を切った。

 

「でも、病院に設置されていた結界は十六夜君が破壊できていたよね?」

「あれは結界が発動していたからじゃないかな? この世界にないものを無理やり現世と繋ぐための結界だったから、発動してその境目が曖昧になった後だから壊せたんだと思う」

「なるほど」

 

 璃奈は納得したように頷いた。

 結界は何度か原作で登場していたが、物語の展開上、それを破壊しに行く描写がなかったので知らなかったが、恐らく考察に間違いはないだろう。

 ちなみに、破壊しに行く描写がなかったのは、そうしないと物語が進まないというメタ的な大人の事情と思われる。

 

「道理で、璃奈の攻撃も先輩の攻撃も通らないわけだね。ここに存在しないものに攻撃は当てられないから」

「ごめんね、優斗君……」

「どうして璃奈が謝るの? これはこんな悪辣な結界を仕掛けた血の大公が悪いよ。うん。全部、アイツが悪い」

 

 落ち込んでいる璃奈の肩を軽く叩いて励ます。

 実際のところ、触れられない物を壊せるはずもないので璃奈は全く、微塵も悪くないし、そもそもこんなものを設置した奴が一番悪いのは明らかだ。

 

 ちなみに、この結界の設置に手を貸した先輩は気まずそうに顔を逸らしていた。

 ……ん? 設置に手を貸した……?

 

「あの、先輩。血の大公は現世に来られないので、先輩がこれを設置したんですよね? だったら解除の仕方とか分からないんですか?」

「……それが分かっていれば苦労はしない。私はただ、大公に言われた通りにここで術式を血で描き、呪文を唱えただけだ」

「だったら、その術式を読み解けば――」

「すまないが、悪魔の魔術には詳しくないんだ……分析には時間が掛かるだろう」

「そうですか……」

 

 やはり何事も思い通りにはいかないということか。

 かなりいい手だと思ったが、これでは手詰まりだ。

 

「悪魔の魔術か……」

 

 さて、どうしたものか。

 顎に手を当てて考え込む。

 こういう時、悪魔の魔術に詳しくて、現世にないものでも壊せそうな人がいればなぁ。

 でも、そんなに都合がいい人――いや、いたな。

 

 

「――お困りのようだね。手を貸してあげようか?」

 

 

 僕たちが悩んでいたその時、背後から聞き覚えのある艶やかなアルトの声が響いた。

 奇しくも、僕が契約を交わしたあの日と同じセリフで。

 振り向かなくとも分かる。背後に誰がいるのか。

 

「はぁ……どうして毎度毎度、お前はややこしい時に出てくるんだ……!」

「そりゃあ、悪魔だからさ。我が愛しの契約者様」

 

 嫌々振り向いた先には案の定、奴がいた。

 艶やかな藍色の髪。輝く黄金の瞳。同じ学園の制服を凛々しく優雅に着こなし、海風を浴びて佇む姿は麗人にしか見えない。

 最悪にして災厄の悪魔。

 そして、僕の共犯者でもある如月メフィラが不敵な笑みを浮かべてそこに立っていた。

 

「お前……!」

「ッ! 誰だ!」

 

 璃奈が凶悪な表情を浮かべながら二丁拳銃を構えた。

 あまりにも異質な気配を目にし、霧島レイもまたすぐさま臨戦態勢に移る。

 すぐにでもその首を刎ねられるように居合の型を取った。

 

「璃奈、先輩、落ち着いてください。あれは、僕が契約している悪魔です」

「なに……?」

 

 僕とメフィラを交互に見遣る先輩。

 しかし、すぐにどこか納得したような表情で少しだけ臨戦態勢を解いた。

 ――ちょっと、どういう意味ですかそれ?

 

「如月メフィラです。以後よろしく、お嬢さん」

 

 もしかして、あの悪魔と同類だと思われてる……?

 あまりにも嫌すぎる想像をしている僕をよそに、メフィラは友好的な笑みを浮かべて挨拶をした。

 

「……霧島レイ。お前の契約者と取引をすることになった者だ。よろしく頼む」

 

 臨戦態勢は緩めたものの、警戒は全く解いていない先輩が静かに名乗り返す。

 

「おやおや! 我が愛しの契約者様、また契約を増やしたのかい? 悪い人だね」

「何も悪いことはしてない。ちゃんと話し合って、お互い同意の上で結んだ契約だから」

「へぇー?」

 

 思わず反射的に言い返したが、メフィラはニヤニヤと全てを見透かすような嫌な笑みを浮かべるのみ。

 クソ、やりづらいな。

 だからコイツ、嫌いなんだ……。

 

「まぁ、我が愛しの契約者様の思惑がどうあれ、彼と契約を結んだのであれば貴女は僕の仲間と言うことになる。これから末永く、仲良くしようじゃないか」

 

 絶対に仲良くなってはいけないオーラを放つメフィラからそんなことを言われても嬉しくはないだろう。

 

「……善処する」

 

 先輩は苦虫を嚙み潰したような表情で、それだけ口にした。仲良くなることを丁寧にお断りされたメフィラだが、特に気分を害した様子もなくニコニコ笑顔で「うん」と頷いた。

 

「優斗君」

「分かってるよ。――それで、何の用? こっちも暇じゃないんだ。冷やかしなら帰ってくれない?」

 

 小声で忠告してくれた璃奈に頷き、メフィラに問いを投げかける。

 コイツのペースで喋らせていたら、ずっと主導権を握られ続けることになる。 

 

「冷やかしなんてとんでもない。僕は我が愛しの契約者様の危機に馳せ参じただけだよ」

 

 結構強めに「帰ってくれ」と言ったのだが、僕のお願いを華麗にスルーし、メフィラはその白く長い人差し指で僕たちの背後を指さした。

 

「その柱を壊したいんだろう? 手を貸してあげようか?」

「……何を企んでいるんだ?」

「企むだなんて失礼な。僕はただ、無辜の民が犠牲になることを阻止したいだけなんだ」

「嘘つけ‼」

 

 絶対に、微塵も、1㎜たりとも思っていないことをいけしゃあしゃあと言ってのける悪魔を睨みつける。

 

「嘘だなんて酷いな。確かに思ってもないことを口にはしたけれど、柱の破壊に協力してもいいのは本当のことだよ」

「……お前にこれを壊せるのか?」

「もちろん」

 

 不敵に微笑む如月メフィラの姿が青い霧に包まれる。

 ふわりと霧散した次の瞬間――

 

「――僕を誰だと思ってるのさ?」

「うわっ⁉」

「ッ! お前!」

 

 彼女は僕の真後ろで再び実体化し、耳元で囁いた。

 突然艶やかな声を送り込まれ、思わず右耳を抑えながら後退る。

 本気の殺意を帯びた璃奈に銃口を向けられ、メフィラは「怖い、怖い」と両手を上げながら距離を取った。

 

「フフッ、可愛い反応するね」

「揶揄うな! ……で、話を戻すが、お前ならこれを破壊できるのか?」

「そうだよ。ただし、()()()()()

 

 その言葉を聞き、僕は逆に安心してしまった。

 

「そうくると思ったよ……悪いけど、お断りだ」

 

 もちろん返答は決まっている。

 お断り。これ以外、あり得ない。

 メフィラは不満そうに頬を膨らませた。

 

「まだ内容を何も言っていないじゃないか」

「聞く前からアウトだよ、そんなもの」

「柱を壊せなくてもいいのかい?」

「問題ないよ。もう解決策は思いついたから」

「へぇ?」

 

 驚いた表情を向けてくる璃奈と霧島先輩。

 僕はその答えを口にした。

 

「死王女様と唯ちゃんだよ。あの二人なら、間違いなく結界の柱を破壊出来るだろう」

 

 餅は餅屋に。 

 悪魔の術式は悪魔に。

 

 思えば簡単なことだった。

 十六夜蓮と霧島レイを接触させたくないあまり、選択肢から消してしまっていたが、彼女たちであれば確実に破壊できるだろう。

 純粋な悪魔であり、尚且つ“死”を司る四騎士なのだから。

 

「あーあ、つまらないな。気が付いちゃったのか」

 

 唇を尖らせながら不満を述べるメフィラ。

 同じ理論で行けば、間違いなくコイツにもあの柱は破壊出来るのだろう。

 

 だが、もう最適解は見つかったのだから、コイツに頼る必要もない。

 

「先輩、せっかく連れてきてもらったところ申し訳ないんですが、この柱の破壊は明日でも大丈夫ですよね?」

「あ、あぁ……特に問題はない」

 

 別に結界が発動しているわけでもあるまいし、一日遅れるくらいどうということはないだろう。

 

「そういうわけだから、今日のところはもう帰ってくれ」

「なるほど。確かに、僕はお呼びじゃなかったようだね」

 

 メフィラは残念そうに肩を竦めた。

 これにかこつけてどんな条件を飲ませるつもりだったか知らないが、コイツの思い通りになることだけはまずいことだけは分かる。

 何かをさせる前に追い返すに限る。

 

「――じゃあ、僕が必要な盤面に整えようか」

 

 ポツリと呟かれた囁き。

 その言葉を聞いた瞬間、何故か背筋に悪寒が走った。

 同時に頭が高速で回転し始める。

 

 思えばコイツ、なんでこんなタイミングで顔を出してきたんだ? 

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思わせるようなタイミングで――

 

 顔の横に持ち上げられた右手が見覚えのある形を取る。

 まずい。

 

「待っ――」

「待つわけないじゃん。悪魔なんだから」

 

 邪悪な笑みを浮かべながら――

 メフィラは躊躇なく、その指を鳴らした。

 

 パチンッ

 

 その瞬間、宙にぼんやりと浮かんでいただけの結界の柱が紫色に染まり、どす黒い瘴気を発しながら辺りの空間を塗り替え始めた。

 

「こ、これは……結界が発動した⁉」

 

 悲鳴にも近い声を上げながら霧島先輩が状況を説明する。

 僕らが呆気に取られている間にも紫色の空間は広がり続けていた。

 ここから少し離れた、街中の方まで。

 

「ま、まずいぞ! このままでは連鎖的に結界が発動してしまう!」

 

 顔面蒼白になりながら事態の深刻さを語る霧島先輩。

 僕はとんでもないことをしでかした元凶を睨みつける。

 

「メフィラ! お前……!」

「フフフ、すまない。手が滑ってしまった。ところで――僕の提案を聞く気になってくれたかな?」

 

 柱から発せられる邪悪な風を全身に浴びながら、実に愉しそうに――邪悪に微笑む悪魔。

 クソッタレ! コイツやっぱり最悪だ! 最低最悪の悪魔だ! だから、こんな奴とは話すのも嫌だったんだ!

 ありとあらゆる罵詈雑言が浮かんでくる。

 

 ――いや、熱くなるな。冷静になれ。ここは感情的になって当たり散らす場面じゃない。まずはこの結界を止めなければならない。でないと――とんでもない数の人が死ぬことになる。

 

「優斗君!」

「大丈夫! すぐに唯ちゃんを呼ぶから!」

 

 今からすぐ唯ちゃんに電話を掛けて、急ぎここまで来てもらおう。

 他人頼みとは情けないが、これ以外に方法はない。

 慌ててポケットから携帯を取り出そうとするが――

 

「あ、あれ……?」

「優斗君?」

「地藤! 何をしている⁉」

「いや、携帯が……」

「お探しの物はこれかな?」

 

 ハッと顔を上げる。

 僕が探していた携帯はメフィラの人差し指と親指に挟まれ、ひらひらと顔の横で振られていた。

 

「いつの間に……!」

 

 いや、急に霧になって僕の背後に近付いた時に盗んでいたのだろう。

 ――最初から、こうなることを見越して。

 

「ッ! 璃奈! 携帯を貸して!」

「優斗君、ごめん……!」

「すまない! 私もだ……」

「えっ?」

 

 残念そうに首を振る璃奈の視線を辿ると、如月メフィラが不敵に微笑みながら僕の携帯をスライドさせ、いつの間にか盗んでいた璃奈と――さらに先輩の携帯を見せびらかしていた。

 抜かりがないな……あの一瞬で二人の携帯も盗んでいたのか。

 

「さぁ、時間はないよ。僕の手を借りなければ、この街の人間の命は贄として捧げられることになる。それが嫌なら、僕の提案を吞むことだね」

「クソっ……!」

 

 なりふり構わない手段。

 クソッタレ! 何を考えているのかは知らないが、コイツ、今回はとことんやる気か……!

 

「望みは、なんだ……!」

「なに、大したことじゃないさ」

 

 ニヤニヤと、勝ち誇った笑みを浮かべながらメフィラが要求を口にしようとする。

 このまま、またコイツにしてやられるのか。

 何もできないまま、ズルズルと理不尽な契約を結ばされることになるのか。

 

 ――それは、嫌だ。

 

 それは人間じゃない。

 ただの奴隷だ。

 悪魔の愛玩動物だ。

 

 考えろ。

 僕は人間だ。

 考える脳みそを持っているんだ。

 僕には今、何が出来る――?

 

 頭が高速で回転し始める。

 まるで今まで眠っていたみたいだ。

 刻々と迫る絶望的な時間の中、僕だけがのろまな世界に取り残される。

 考えろ。考えろ。

 

 地藤優斗が持っている手札は何だ?

 

「僕の望みは――」

「いや、待て!」

 

 メフィラが望みを口にするのを遮る。

 僕は膝から崩れ落ちそうな霧島先輩の方を振り返った。

 

「先輩、さっき血の大公に言われて結界を設置させたと言いましたね?」

「あ、あぁ……言ったが……」

「なら、貴女には結界を破壊出来ます」

「なに?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうでしょう?」

 

 “悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”――発動。

 

「だ、だが――」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んですよ? 悪魔の仕掛けた結界くらい、壊せるに決まっています」

 

 “悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”――発動。

 

「しかし! 私はあの時の呪文も思い出せない――」

「呪文は必要ありません。だって、()()()()()()()()()()()()()()ですよ? 貴女の剣で斬れないはずがありません」

 

 “悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”――発動。

 

 ぐにゃり

 ぐにゃり

 ぐにゃり

 

 現実が歪んでいく。

 捻じ曲がっていく。

 あらゆる要素を搔き集めて屁理屈を重ね、重ね、重ね、現実を有利な方向へと改変する。

 

「ほう? なかなか面白い使い方をするじゃないか。だけど、前にも言ったよね? 我が愛しの契約者様。君にそれは――」

「如月メフィラが否定した後も僕は“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”を使い続けている。今更使えなくなるというのは理屈に合わないんじゃないか?」

「持ち主が許可を出していないのだから、従僕が使えるはずがないだろう」

「いいや。お前は許可を出している。じゃなきゃ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――」

 

 メフィラは目を見開いた。

 次いで、身体をくの字に折り曲げ――

 笑い転げた。

 愉快なものにしてやられたように。

 

「フッ――フハハハハハ! 面白い! これは一本取られたよ! なかなかやるじゃないか! それでこそ我が愛しの契約者様だ!」

「満足したか? 今回は僕の勝ちだ」

「あぁ、そのようだね。どうやら、君を甘く見ていたようだ」

 

 メフィラは爽やかな表情で肩を竦める。

 色々と読めない奴ではあるが、こういった勝負事には誠実なことは知っている。

 今後の動向や、今回の襲来の背景は相変わらず不明だが、一先ずこの事態に幕を下ろすとしよう。

 

「――先輩、お願いします」

「……承知した」

 

 “悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”の重ね掛けによって現実は改変された。

 今の彼女であれば結界の柱を破壊できるだろう。

 

 霧島レイは居合の構えを取り――刀を振り抜いた。

 

 刹那、先ほどまで触れることすらできなかった結界の柱が、何の抵抗もなく真っ二つに斬り裂かれる。

 紫色の瘴気に蝕まれていた空は、ゆっくりとその暗さを失い、清浄な空気を取り戻していく。

 

「……綺麗な夕日だね」

 

 結界の崩壊とともに現れたのは、ちょうど沈もうとする夕日だった。

 オレンジ色の光が僕たちを優しく包み込む。

 

「うん。本当、綺麗な夕日だね……」

 

 璃奈がそっと僕の隣に寄り添ってくる。

 その手が、自然と僕の手に触れ、指を絡める。

 この美しい夕日を目に焼き付けるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前たち、実は結構大物なのか?」

 

 先程までの攻防から一転し、あっという間にいちゃつき始めた二人を前に霧島レイは遠い目をした。

 彼女の皮肉は、二人の世界にいる地藤と璃奈には届かなかった。

 

 

 

 

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