世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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今話は作者のやらかしによって色々と作りに甘いところがありましたので、改定をいたしました。
詳細は活動報告に乗せていますので、そちらをご覧いただけますと幸いです。

※大まかな流れに変更はありません。


第27話:迷宮へようこそ

 

 血の大公ヴォルフェンハイト。

 

 魔界貴族十二柱の一角にして、魔界において絶大な権力を誇る上級悪魔。

 四騎士には及ばないものの、その存在を侮ることなど到底許されない――まさに“格”が違う存在だ。

 

 原作では、どのルートにも必ず登場する皆勤賞の悪魔として知られている。

 

 まだ力を制御できない主人公たちの前に立ちはだかる、超高難度の壁。

 

 “血の大公”の異名の通り、彼は血を媒体とした魔術に秀でており、生命操作にも通じる深い知識を持つ。

 一説には、吸血鬼という種の原点――すなわち“始祖”であるとさえ囁かれている。

 

 悪魔に“寿命”という概念は存在しない。何千年と生きる存在は珍しくないが、ヴォルフェンハイトはその中でも特に古い。

 この世界では、存在が古ければ古いほど“格”が上がり、同時にその力も比例して増していく。

 その意味において、彼の持つアドバンテージは計り知れない。

 

 原作でも、彼は数えきれない人々の命を奪い、プレイヤーの心を何度もへし折った。

 「十六夜のエクソシスト」が“鬱ゲー”と呼ばれるようになった、その発端こそが他ならぬこの男だった。

 

 ファンの間では愛と諦めを込めて、

 

 “十六夜のパイオニア”

 “鬼畜の大公”

 “鬱の始祖”

 

 などと揶揄され、ある意味で愛されてもいた。

 

 僕もプレイヤーとして、その憎たらしさ込みで彼のことは嫌いじゃなかった。

 

 ――けれど、それは飽くまでも画面の向こう側にいる存在として、だ。

 

 彼の恐ろしさを誰より知っているからこそ、僕は何としてもその降臨を阻止しようと動いてきた。

 霧島レイと契約を結び、召喚に必要な術式も、結界の柱も、すべて潰した。

 もう彼は現れない。そう信じていた。

 心の底から、安心して文化祭を楽しんでいたというのに――

 

 

「やれやれ、ようやくか。待たせてくれたな」

 

 

 染まりゆく空の下、異様なまでに静かな声が響いた。

 そしてそこに、いた。

 白銀の髪、鈍く輝く黄金の瞳。中世の宮廷を思わせる黒と深紅の衣装に身を包み、浮遊したまま腕を組むその姿は、見下ろすことに何のためらいもない“支配者”のそれだった。

 

 黒い霧が地を這い、渦を巻き、中心に一人の影を形作る。

 実体化した霧島レイは騎士のように片膝をつき、崇高な忠誠を示していた。

 

「お待たせし申し訳ありませんでした。血の大公ヴォルフェンハイト様」

「……まったくだ。随分と待たせてくれたな」

 

 そう応えた男――血の大公は、唇の端をわずかに吊り上げた。

 尊大で、冷酷。

 駒が役目を果たしたことなど当然の結果でしかない、とでも言いたげなその声は、何もかもを下に見る者の声だった。

 

「褒美をやりたいところだが――生憎、今は少々……空腹でな」

 

 静かに、だが確かに、空気が凍る。

 その黄金の眼が、滑るようにこちらへと向けられる。

 それはまるで、肉を品定めする視線だった。

 

「まずは……()()といこうか」

 

 その言葉と同時に、空間がざわめく。

 ただでさえ歪んでいる世界が、さらに捻じれ始めたことを感じる。

 

「ッ! 璃奈、手を!」

 

 反射的に、僕は彼女に向かって手を伸ばした。

 璃奈も即座に応じ、二人の指が、ぎゅっと強く絡み合った――その瞬間。

 

「精々、もがいて見せるがいい。家畜ども」

 

 ヴォルフェンハイトの声が落ちた。

 

 次の瞬間、地面が崩れた。

 僕たちが立っていた屋上の床が、まるで最初から存在しなかったかのように掻き消える。

 

「なっ――」

 

 足元から世界が消える。

 驚きの声を漏らした次の瞬間、僕と璃奈は落下を開始した。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 落ちる、落ちる、落ちる、落ちる。

 

 どこまでも、落ちていく。

 

 上か、下かも分からない。

 

 掴まる場所もなく、着地できる地面も見えず、僕たちはただ何も見えない奈落の中を落ち続けていた。

 

 色々と衝撃の体験をしてきた身ではあるが、流石に紐なしバンジーは初めての経験だ。

 思わず恐怖に身が竦むが、強く握られた掌から伝わる璃奈の温もりが辛うじて僕に冷静さを与えてくれていた。

 

「くっ……璃奈!」

 

 僕は死んでも復活できるが、璃奈は別だ。

 建物よりも高く飛び上がり、無傷で着地できる彼女の脚力なら大丈夫だとは思うが、流石にこれだけ落ち続けていて無事に済むとは思えない。

 僕は右腕に力を込め、繋いだ手を引っ張って璃奈を引き寄せてそのまま抱き着いた。

 

「ゆ、優斗君⁉」

 

 何やら興奮した様子の声を聞きながら、僕は空中で自分の背中を下にした。

 よし。これで地面に叩きつけられても僕の身体がクッションになってくれるだろう。

 僕は彼女を強く抱きしめたまま、先が見えない落下の衝撃に備えて――

 

「……あれ?」

 

 思わず惚けた声を出してしまったのも仕方がないことだろう。

 背中から地面に叩きつけられると思い込んでいた僕たちは、いつの間にか地面に着地していた。

 いや、着地したというよりかは、唐突に地面が現れて、最初からそこに倒れ込んでいたと言うべきか……。

 おかしな話だが、ロードに時間が掛かるゲームを起動したときの感覚に似ていた。

 処理が追い付かず真っ黒な空間に放置されていたが、突然何事もなかったかのように正常な世界に着地させられるような感覚。

 

「ここは一体……」

「璃奈、悪いけど取り敢えず降りてくれる?」

「……分かった」

 

 名残惜しそうに僕の上から降りて立ち上がった璃奈の手を借りて僕も立ち上がる。

 先程の何もない真っ暗空間ではないが、今いる場所もよく分からない空間であった。

 

「さて、ここはどこだろう?」

 

 僕たちの周りを囲っているのは、血のように赤い壁だった。

 四方八方覆われている――のではなく、二か所だけ先が見えない暗闇が奥に続いている。

 

 これではまるで、

 

「迷宮?」

 

 璃奈が小首を傾げながら呟く。

 その単語を聞いた僕は、唐突に甘いアルトの声を思い出した。

 

『――たっぷり迷宮を楽しんでね☆』

 

「……そういうことか。あのクソ悪魔め」

「優斗君?」

 

 情けないことに霧島レイの心境変化、そして現在の状況まで何一つ理解できていなかったが、ようやく分かってきた気がする。

 僕は溜息をつきながら、現状を説明すべく、璃奈の方を振り向いて――

 

「璃奈、伏せて」

「ッ!」

 

 僕の言葉を一切疑わず身を屈めた彼女に感謝しながら、唐突に出現した下級悪魔に向かって剣を投擲した。

 

「アァァァァ……」

 

 不快な悲鳴を上げながら、頭蓋に剣が突き刺さった悪魔が後退していく。

 霧島レイには簡単にへし折られたので鈍らというイメージがあるかもしれないが、これでも教会からもらったエクソシストの正式な武器だ。

 破魔の呪文がぎっちりと書き記されたその剣は、下級悪魔程度なら容易く葬ることが出来る。

 

 ――はずだった。

 

「アァァァァ!」

 

 だが、悪魔は後退しただけで、息絶えてはいなかった。額に剣が刺さっていることもお構いなしにこちらへ近づいてくる。

 

「コイツ、亡者か……!」

 

 亡者。決して強くはないが、ずば抜けた生命力を誇る生命体である。

 

「優斗君! 下がって!」

 

 僕を庇うように前に出た璃奈は召喚した銃で亡者を撃った。凄まじい威力の霊力弾によって下半身を丸々吹き飛ばされる。

 額には剣が刺さり、下半身は既にない。

 普通ならこれで終わりだ。僕なら死んでいる。すぐに生き返るけど。

 

 だが――

 

「ッ!」

 

 亡者はそれでもまだ生きていた。下半身が再生することはないが、それでも残った上半身を動かしてジタバタと藻掻いている。

 璃奈はさらに追加で数発撃ち込んだ。その存在が塵と化すまで、徹底的に。

 僕の剣が刺さっていた額までなくなり――ようやく、亡者はその活動を停止させた。

 

「優斗君、これは……」

「璃奈。色々と疑問はあるだろうけど、今は一先ず逃げよう」

「逃げるって……あっ」

 

 顔を上げた璃奈は唖然とした声を上げ、ついで顔色を青くした。

 僕たちの視線の先には、いつの間にか亡者の群れがわらわらと出現していた。

 あれほどの生命力を持つ個体が、何体、何十体と。

 

「璃奈! 行くよ!」

「う、うん!」

 

 僕は剣を拾い、近づいてきた亡者の首を斬り落とし、群れの中にシュート! してから璃奈に告げる。

 彼女は一瞬で数十体に銃弾を浴びせ、頷いた。

 流石に璃奈がどれほど強かろうと、これだけ強靭な生命力を誇る亡者たちを相手にし続けていればすぐに体力切れになる。

 幸いにもこいつ等の脚は早くないから、ここは逃亡するのが吉だ。

 

 二人で肩を揃えて走りだす。

 

 ――こうして、血塗られた迷宮での試練が幕を開けた。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

「ハハハ! 逃げ惑うがいい家畜共! そうして逃げ疲れ、疲弊したところを喰らってくれる!」

 

 血の大公ヴォルフェンハイトは、浮遊する玉座のような石座から、結界の迷宮を見下ろして哄笑した。

 映し出されているのは、無数の亡者から逃げる地藤優斗と天羽璃奈の姿だ。

 悪魔は人の負の感情を好む。

 恐怖、憎悪、後悔、恥辱――それらは、悪魔にとって最高の味付けとなる。

 

 腹を満たすだけならすぐにでも出来る。

 だが、どうせ満たすのであれば、極上のスパイスで味付けをなされた美味を食したいというもの。

 血の大公はその悪辣な本性を露わにするように、これから苦しむであろう人間たちを高みから見物していた。

 

「時に、貴様は不服そうだな、霧島レイ」

 

 その後ろで黙して騎士のように佇んでいた彼女に声を掛ける大公。

 

「いえ。そのようなことは、決して……」

 

 霧島レイは感情を覆い隠した声で否定をする。

 しかし、血の大公の黄金の瞳はすでに彼女の内心を見透かしていた。

 

「フン。見え透いた嘘を。弟の蘇生が後回しにされて不満なのだろう?」

「……」

 

 反論の余地はなかった。

 それは、彼女が心の奥で叫び続けていた本音だったからだ。

 

「ハハハ! やはり素直な奴よ。貴様はそうでなければ面白くない」

 

 大公は機嫌をよくしたように笑い声を響かせるが、レイの心は沈んだままだ。

 どれだけ忠誠を誓おうと、望みの手前でずっと踊らされているだけ――その現実が彼女の心を少しずつ蝕んでいく。

 

「焦るな。お前は願望を叶えられるその一歩手前まで来ているのだぞ? もっと鷹揚に構えたらどうだ?」

 

 焦るレイに釘を刺すように、穏やかでありながらどこか威圧的な空気で言葉を紡ぐ大公。

 レイは頭を下げ、苦虫を嚙み潰したような表情が見られないように注意を払いながら口を開いた。

 

「……恐れながら大公、この狩りが終わった暁にこそ、我が悲願を叶えていただけるという認識でよろしかったでしょうか」

「その認識で相違ない。先程も言ったが、俺は腹が空いているのだ。この状態では碌に魔術など使えぬ。特に、生命操作など論外だ。己の望みを叶えたいのであれば、疾く俺に魔力を貢ぐことだ」

「ッ!」

 

 “契約”と違う! と叫びそうになったレイだが、何とかその言葉は呑み込んだ。

 結界の柱の破壊に手を貸し、本来の契約から逸脱したのは彼女が先だ。

 今は耐えるしかない。霧島レイは歯を食いしばりながら頭を下げ続ける。

 

 そんな彼女の姿を見て、ふいに何かを思いついた大公は笑みを浮かべた。

 

「そうだ。貴様も“狩り”に参加するか?」

 

 血の大公の言葉に、霧島レイは一瞬だけ目を見開いた。

 

「……私が、ですか?」

「一刻も早く弟を蘇らせたいのだろう? ならば、貴様もゲームに加わるといい。優勝賞品を手早く持ち帰れれば、望みもすぐに叶えてやろう」

 

 大公はニヤリと、邪悪な笑みで彼女に囁く。

 

「賞品は破格の三つ……地藤という小僧では腹は満たせぬが、あの女――天羽璃奈と、男――十六夜蓮は別格だ。どちらか一人を捕らえて、俺の前に引きずり出せ。そうすればすぐにでも弟を蘇らせてやろう」

 

 ぐらり、と霧島レイの中で揺らぎが生じる。

 

 これは、試されているのだろう。

 結界の柱の破壊を易々と許したことについて、血の大公が何も思っていないわけがない。

 彼は、霧島レイが裏切っていないか勘繰っているのだ。

 

 であれば、ここで忠を示さねばならない。

 

 躊躇う理由などない。

 

(……そうだ。私は、もう選んだ。選んでしまったのだ。)

 

 心の奥底で叫ぶ声を、レイはゆっくりと押し殺すように沈めていく。

 立ち止まることは、赦されない。

 ここで“否”を告げれば、全てが無に帰す。

 

「……承知しました。では、彼らを捕えてまいります。その暁には、私の願いを……」

「あぁ。分かっている。貴様の望みを叶えてやろう」

 

 葛藤を無理やり断ち切ったかのように研ぎ澄まされた瞳。

 彼女は静かに一礼し、銀光を帯びた斬霞刀を抜く。

 闇を裂くように、迷宮の空へと身を躍らせる。

 

 玉座からその背中を見送り――

 

「……あぁ。叶えてやろうとも。貴様の願い、をな」

 

 大公はゲラゲラと笑った。

 品など欠片もない、下品な笑い方で、ゲラゲラと。 

 霧島レイという少女の全てを嘲笑するように、彼女の血を吐くような葛藤に唾を吐きかけるように。

 

 ゲラゲラと。

 ゲラゲラと。

 

 

「――おやおや。随分と楽しそうですね、大公」

 

 

 美しいアルトの声。艶やかで、軽妙で、しかし不気味な声。

 大公の顔から笑みが消える。

 彼は警戒心を滲ませながらゆっくりと振り向いた。

 

「これはこれは、メフィラ殿。如何されましたかな?」

 

 そこには、地藤達と同じ聖西学園の制服を下品にならない程度に着崩し、美しい微笑を浮かべる麗人がいた。

 凡そ全てを見下している血の大公をして、敬意を払わざるを得ない悪魔の中の貴種。

 如月メフィラは肩を竦めた。

 

「確認に来ただけですよ。僕が提供した()の具合はどうかと思って」

「それはもう、素晴らしい出来ですよ。流石はメフィラ殿」

 

 媚びるような気持ちが悪い笑みを浮かべながら、大公は語る。

 

「まさか――モルヴェリア様が降臨された結界の戯具を()()し、私の迷宮を再現して見せるとは……恐れ入ります」

 

 形だけでの敬語を続けていた大公だったが、その言葉には確かにメフィラに対する感心が込められていた。

 実際のところ、この結界がなければ血の大公はこうして現世に降臨することも出来なかったのだから、メフィラの功績はかなり大きい。

 

「喜んでいただけたようなら何よりですよ。ちなみに、先程はダウンロードに時間が掛かってラグが生じていましたが、今は完全にテクスチャが定着したのでああいったことはもう起きないでしょう」

 

 優斗と璃奈が何もない暗黒空間を落下していた際の事象を説明しながら、メフィラは下に視線を移した。

 そこでは、彼の愛しの契約者が恋人と共に迷宮の中で奮闘している様子が映っている。

 メフィラは笑みを深くした。

 

「……もっとも、予想外の出来事はこれからも起きるでしょうがね」

「それはこちらで対応しますとも。お気になさらないでください」

 

 メフィラの笑みの意味を理解できていない血の大公は呑気に笑った。

 

「ところで、メフィラ殿のお気に入りの人間もあの中に放り込んでしまいましたが、本当によろしかったのですか……?」

「構いませんよ。寧ろこっちからお願いしたことなんですから、注文通りの光景です」

「はぁ……お気に入りの玩具が壊れても構わないと?」

 

 困惑した表情を浮かべながら尋ねる大公。

 メフィラは悪魔の中でも一際美しい黄金の瞳で真っすぐに優斗だけを見つめながら、大公の疑問に答えた。

 

「壊れてしまうならそれまでの器であったというだけです。彼も、そして僕も」

 

 血の大公は目を見開いた。

 何でもない、ただの人間に、悪魔としての誇りを委ねるというのか。

 

「……随分と、あの人間に入れ込んでおられるのですな」

「フフフ、そうかもしれませんね」

 

 興が乗ったのか。メフィラは機嫌が良さそうに言葉を紡ぐ。

 

「僕はね、知りたいのですよ。底を見せない器の底を。果たしてそれは、僕が求めるものを背負うに相応しいものなのか。その強度を、その広さを、その源を、知りたいのです。知りたくて知りたくて、堪らないのです」

 

 まるで、恋する乙女のように熱い吐息を漏らしながら彼女は語る。

 

「知って、どうされるというのです?」

()()()()()

「強く? 人間を、強くさせるのですか?」

「えぇ。だって――」

 

 美しい黄金の瞳を細め、彼女は語る。

 

「――勇敢な騎士には、然るべき剣が与えられるべきでしょう?」

 

 最初から共感など求めていなかったのだろう。

 彼女の独り言は人に聞かせるためのものではなく、己の内面を整理するために吐露されたものであった。

 

「……ふむ。そういうものですか」

 

 弱い者を一方的に苛めることを快楽にする血の大公にとって、それは理解し難い感覚であったが、メフィラの機嫌を損ねないために曖昧な相槌を打っておく。

 

(相変わらず、このお方のことは良く分からんな……)

 

 心の中で溜息をつきながら、早々に理解を放棄する。

 なにせ、このメフィラという悪魔は、悪魔王の娘でありながら四騎士の座を放棄し、魔界で混乱を引き起こした悪魔の異端児なのだから。

 はなから大公に理解できる存在ではない。

 

 どこか不気味なものを見るような視線を向ける大公に対し、メフィラは機嫌良さそうなまま口を開いた。

 

「ところで、姉上の方はどうです?」

「指示いただいた通り、別空間にお入りいただいていますよ。これから説得に向かおうと思っていたところです」

「そうですか。交渉は慎重にされることを勧めますよ」

 

 誰よりもよく知る自身の血縁者のことを思い浮かべながら、メフィラは言った。

 

「姉上は、よく分からない悪魔ですから」

「……」

 

 いや、アンタにだけは言われたくないと思う。

 

 ――大公は意地でその言葉を飲み込んだ。

 

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰ 

 

 

 

 

「ふむ……ふむ、ふむ」

 

 十六夜唯は、クラスの文化祭用に用意されたTシャツをきちんと着こなし、頤に手を添えて実に興味深げに何度もうなずいていた。 

 

「アァァァァ……」

 

 彼女の目の前に現れたのは、血の気のない顔に半ば崩れかけた体躯、呻き声を上げながらよろよろと歩く――どう見ても“亡者”。

 

「ふむ……なかなか出来が良いではありませんか。クオリティが高い……!」

 

 まるで評価員のような真剣な眼差しで、頭のてっぺんから足の先までを観察し、彼女は大きくうなずいた。

 

「昨日の時点ではなかった衣装だと思いますが、今朝になって準備をしたのですか? 見上げた向上心です。褒めて差し上げましょう」

「アァァァァ……」

「その呻き声もなかなか臨場感がありますね。角待ちでいきなり襲い掛かればかなりのサプライズになりそうです」

 

 唯たちのクラスは、お化け屋敷の完成度を文化祭レベルの枠に留めない本気仕様で仕上げていた。

 隣の三組の教室までも使い、暗幕と装飾で構築されたその空間は、日常とは切り離された“恐怖”を演出する異空間だ。

 

 死王女という恐怖の専門家から直々にアドバイスを受けていたこともあり、クオリティは凄まじく、

 

 「怖すぎて泣いた」「心臓に悪い」「もう二度と入りたくない」といった悲鳴のような感想が、逆に話題を呼び、外には長蛇の列ができていた。

 そんな大盛況により、急遽ヘルプに駆り出された唯も、忙しく案内係として暗い室内を歩いていたのだが――

 

 そこで“例の亡者”と出くわしたというわけだ。

 

 唯の中で起きていた死王女は、深いため息をついた。

 

『……唯。こやつらは主のクラスメートではない。本物の亡者どもじゃ』

「え……えぇ⁉」

 

 亡者が触れ――る前に、その身体が粉々に吹き飛んだ。

 唯は何もしていない。

 ただその身に宿っている死王女が少し魔力を放出しただけで亡者は存在することすら許されずに消滅したのだ。

 

「あっ、確かによく見たら人間じゃありませんね……」

 

 その光景に驚くこともなく、唯は地面に散らばった亡者の塵を見ながら呑気そうに呟く。

 

「……あれ? っていうか、よく見たらここ教室じゃありませんね。どこですか?」

 

 結界の中に取り込まれたことにも気が付いていなかった唯が辺りを見渡しながら首を傾げる。

 暗い教室の中で忙しく働いていたのは分かるが、流石に鈍すぎる。

 

『唯……』

 

 死王女は思わず呆れたような声で主の名を呼ぶ。

 その声に宿る感情に気が付いた唯は慌てて弁明し出した。

 

「わ、分かってましたよ⁉ 分かっていたうえで、敢えて! 敢えてギャグで言ってみただけですから!」

『……なんじゃろうな。ワシは最近、主の兄の気持ちが分かるようになってきたわ』

 

 悪魔にあるまじき溜息をつきながら、死王女は依り代にして最愛の主である唯の天然ぶりに頭を痛めた。

 人間とは異なる生命体である死王女だが、流石にこれだけ長い間人間の内側で過ごしていれば少しずつ影響は受けてくる。

 原作とは違い、十六夜唯が身体の主導権を持っているのだから、猶更だ。

 

 世話焼きな姉のように頭を抱えるモルヴェリアと、そそっかしいやんちゃな妹。

 そんな関係を構築しつつある二人のもとに――

 

「お久しぶりです。死王女様」

 

 上空より、高慢な声が降って来た。

 見上げれば、そこには貴族のような衣装を身に纏った男性が浮かんでいる。

 

「……知り合いですか? モルヴェリアさん」

『あぁ。随分と、懐かしい顔じゃ』

「代わりましょうか?」

『頼む』

 

 唯は目を閉じ――すぐに開いた。

 その瞳は禍々しい黄金に切り替わっている。

 

『久しいな、ヴォルフェンハイト』

「おぉ! その声……やはり死王女様に相違ありませんな。魔界を離れられてより久しく、ご無沙汰しておりましたが――ご健在と知れて、何よりでございます」

『ほざけ。思ってもいないことをペラペラと……相変わらず、よく口が回る男だ』

「ハハハ! 手厳しいお言葉、痛み入ります。やはり、姿は変わられてもその魂に揺らぎはないご様子」

 

 宙に浮かびながら、品よく笑って見せる大公。

 その心のうちはどうあれ、振る舞いは確かに貴族そのもの。

 死王女は舌打ちをし、不機嫌そうに眉を顰めた。

 

『それで? 何の用じゃ。斯様な世界に――それも、ワシの結界を使って閉じ込めたことへの釈明か?』

「正しくその件でございます。まずは謝罪を。突然の無礼、大変失礼いたしました」

 

 空中から地に降り立ち、腰を折って謝罪の意を示す血の大公。

 死王女は鼻を鳴らして腕を組んだ。

 

『全くじゃ。せっかくワシ考案のお化け屋敷の売上も好調で、唯も上機嫌だったというのに、とんだ水を差してくれたものだ』

 

 憮然とした声に、ヴォルフェンハイトの眉が僅かにぴくりと動いた。

 だが表情は崩さず、作り笑いを浮かべたまま続ける。

 

「実は、本日は一つ提案を携えて参上いたしました。かの死王女様にこそ、ぜひお聞きいただきたく」

『ふん、提案とな?』

 

 あからさまに胡散臭そうな声に、大公は誇らしげに胸を張った。

 

「えぇ。貴女にとっても有意義な提案のはずです」

 

 ニヤリと笑い、大公は説明を開始した。

 

「まず、私はこの通り、現世への降臨を果たしました。魔界の身体を保ったまま、この地に足を踏み入れることが叶ったのです」

『……確かに、随分と状態がいいと見える。ワシの結界を改造したか』

 

 死王女の視線が少しだけ鋭くなる。

 その問いには敢えて答えず、大公は言葉を続ける。

 

「これより私は、人間界への進軍を開始する所存。文明を焼き尽くし、魔の領土と化すまで踏み躙るつもりです。それこそが、悪魔の本懐であるが故に」

『……』

「ただし」

 

 そこで大公はわずかに声の調子を変え、慎重に言葉を選ぶ。

 

「私一人でこの快楽を貪るというのは、先に降臨されていた死王女様に対して無礼にあたるというもの。貴女様への敬意があればこそ、ここは本能を抑えてでも礼を尽くすべきと考えました」

『……ワシへ礼を尽くそうという殊勝な姿勢は認めてやる。で、貴様は結局何が言いたいのだ?』

「我らと共に来てください。死王女モルヴェリア様」

 

 血の大公は右手をそっと前に差し出した。

 死王女がその手を握ってくれると信じて。

 

「共に悪魔王へ忠誠を誓った身の上ではありませんか。ここに四騎士と大公が揃っているのは偶然ではありませぬ。必然です。今こそ、悪魔としての本懐を果たす時です。我ら、二人で――」

『くだらぬ』

 

 一言だった。

 だがその言葉は、数百語に勝る威力を持って、ヴォルフェンハイトの誇りを踏みにじった。

 大公の顔が引きつる。

 

「……今、何と仰いました?」

 

 震える声で問い返す大公に、死王女はにやりと笑い、あえて一語ずつ区切って答えた。

 

『く・だ・ら・ぬ。お主一人ではエクソシスト共に勝てぬから、ワシを引き込もうという魂胆が透けて見えるわ。飾り立てた言葉も虚しく響くわい。つまらぬ、つまらぬぞ、ヴォルフェンハイト』

「ッ……!」

 

 ヴォルフェンハイトの額に怒気が滲む。

 

 メフィラ、モルヴェリア。

 なぜこの姉妹たちは揃いも揃って――!

 

「……つまり、貴女は人間側につくと?」

『戯け。ワシは唯の味方じゃ』

 

 吐き捨てるように言うその声音に、ヴォルフェンハイトは目を見開く。

 

『唯が人間側につくならば、ワシもそうするし、悪魔側に堕ちるというなら、付き従う。それだけのこと。ワシを二元論で括るな、下郎』

「なんとも厄介な……」

 

 呆れたように溜息をつく大公。

 だが、シンプル故に分かりやすい。

 血の大公は思考を切り替え、改めて問いを発した。

 

「では、十六夜唯様。貴女に直接お伺いしましょう――我々と、来ていただけますか?」

 

 その瞬間、死王女の瞳が閉じられ――そして開かれる。

 本来の紅の色を取り戻した瞳が、ヴォルフェンハイトを真っすぐに射抜いた。

 

「……その前に、一つだけ答えてください」

「ええ、なんなりと」

 

「私の兄――十六夜蓮は、今どうしていますか?」

 

 その問いに、大公の口元が緩んだ。

 根本的に“人間”を理解できていない彼は、空腹状態ということもあり、つい口を滑らせてしまった。

 

「あぁ、あの男ですか。実に芳醇な霊力を持っておりましたよ。ええ、今まさに、狩りの最中です」

 

 愉悦を滲ませながら語った瞬間――

 パシン、と音がした。

 次の瞬間には、ヴォルフェンハイトの姿がその場から霧のように掻き消えた。

 爆発ではない。衝撃波でもない。ただ、存在が「消された」。

 

「貴方、私の()ですね」

 

 人差し指一つでその現象を引き起こした唯は冷たい声で断言した。

 そこに迷いは一切ない。

 死王女は愉快そうに主人の中で笑った。

 

『そういうことじゃ。……今、貴様はワシらの敵になった。無礼を以て迎えてやろう、小僧』

 

 今、消滅させられたのは大公の本体ではなく、ただのアバターだ。

 何らダメージなく、再びアバターを召喚させた血の大公は冷え切った目で微笑んだ。

 

「……では、あなた方には、ここで亡者となっていただきましょう」

 

 宙に浮かび上がった大公のアバターが指を鳴らす。

 その瞬間、大量の亡者たちがあちこちから出現してきた。

 

『貴様、このような雑魚共にワシを止められると思うてか?』

「いえいえ。流石にそこまで侮ってはいませんよ。人間の身体に憑依し弱体化したとはいえ、貴女は四騎士。こちらもそれなりの準備をして参りました」

 

 “悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”――発動。

 

 “人間たちに迎合し、俗世で現を抜かしている死王女の力が全盛期程強いはずがないじゃないか”

 “しかも死王女は人間と身体を折半している。その力は半減しているに決まっている”

 “おまけに人間の男一人も殺せないときた。そんな彼女では、亡者にも勝てないだろう”

 

『むっ、これは――』

 

 唯から身体の主導権を譲り受けた死王女は己の掌を見て、怪訝そうに眉を寄せた。

 まるで重力が数倍に跳ね上がったような、体全体を蝕む異常な負荷。魔力の流れが鈍く、制御の効かない鈍重な感覚――

 自身の力が、まるで半減したかのような違和感だった。

 

「これはこれは、ご機嫌麗しゅう」

 

 どこからともなく、鼻にかかった慇懃な声が響く。

 

『……貴様か、愚妹』

 

 その声の主に即座に気づいたモルヴェリアの声は、冷えきった殺気を帯びていた。

 

「えぇ、僕ですよ。姉上」

 

 虚空が揺らめき、青い霧と共に如月メフィラが現れた。

 もちろん本体ではなく、アバターだ。

 

『何の真似だ、貴様。互いに危害を加えぬと誓った契約を忘れたとは言わせんぞ?』

「危害……ですか? 姉上、ひょっとしてその状態を僕による被害だとでも?」

『貴様の細工によってワシの魔力は明らかに削がれておる。これを危害と言わずして何と言う?』

 

 モルヴェリアの声に怒気が混じる。だがメフィラは、飄々とした調子を崩さず答えた。

 

「僕がしたのはただの“現状確認”ですよ」

『なんだと……?』

 

 怪訝な表情を浮かべる実姉に対し、メフィラは出来の悪い生徒に教える教師のように言葉を紡ぐ。

 

「人間の中に憑依し、悪魔としての本懐を為さず、僕の契約者を殺すことすら敵わない。――どうです? 何か否定できる要素がありますか?」

『……』

 

 ずらずらと並べられた言葉は確かに事実かもしれない。

 だが、言い方に悪意がある。

 死王女が指摘しようと口を開こうとするが、メフィラはさらに言葉を重ねる。

 

『もう一度言いますが、僕は現状確認をしただけです。危害なんて加えていませんよ。だって、姉上だって分かっていたのでしょう? 自分の力が全盛期から劣っていることくらい」

 

 否定したいところではあるが、確かに事実ではある。

 死王女は嘗ての己の絶対的な力を知っているが故に、現状に対する客観的な視点として、メフィラの言葉の一部を心の中で()()()

 

 認めて、しまった。

 

 “悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”――発動。

 

「はーい、隙あり。姉上、今()()()()()()?」

『き、貴様……!』

「死王女たるもの、己の弱さなど認めぬ――少なくとも、僕はそう思っていましたよ? いやぁ、残念ですね。まさか姉上がお認めになるとは!」

 

 その言葉は、愉悦に満ちていた。

 それはもう、邪悪な愉悦に満ちていた。

 

『……つくづく、不快な奴だな、貴様は』

「お褒めに預かり光栄です」

 

 メフィラは胸の前に手を当て、指揮を終えた奏者のように、優雅に腰を折った。

 

「では姉上、僕はこれで失礼します。どうか――存分に苦しまれますよう」

 

 丁寧な口調で言い残し、メフィラの気配はあっさりと霧散した。

 後に残されたのは、苛立ちに染まった黄金の瞳だけ。

 昔からそうだったのだ。

 あの妹はいつもいつも、あれやこれやと屁理屈を捏ねて邪魔をしてくる。

 

『出来の悪い妹を持つと、姉は苦労するな』

 

 呆れたように溜息をつくモルヴェリアの姿を見て何を勘違いしたのか。

 血の大公は高らかに愉悦に満ちた笑い声をあげた。

 

「そういうわけです。残念でしたな、死王女様。この空間は貴女の妹君が設計された()()()です! 普段のように気安く力を行使できると思わないことですなッ!」

『……そして、不快な奴がもう一匹か。厄日かのう』

 

 死王女はやってられん、と不貞腐れたように腕を組んだ。

 覇気――というよりかは、やる気に欠けた様子の死王女を見て、血の大公は己の勝ちを確信した。

 

「流石の貴女もこれだけ力を制限されている中で私の手駒たちを相手にするのは骨が折れるでしょう」

 

 厭らしい笑みを浮かべながらさらにもう一度指を鳴らす。

 その瞬間、大量の亡者に加え、3メートルを優に超える腐りかけの巨人や、腐敗臭を漂わせる竜たちが続々と出現した。

 死王女の厄介さを知るが故の、本気。

 

「誇り高き四騎士が一人、死王女モルヴェリア様。貴女のことは尊敬しているが、私と共に来ていただけないというのならやむを得ません」

 

 万を優に超える亡者の軍団と、ただ一人佇む少女を見下ろしながら、己の勝ちを確信した血の大公は邪悪な笑みを浮かべながら言った。

 

「――どうか、惨めに蹂躙されて死んでください」

 

 その言葉を皮切りに、亡者の軍団は突撃を開始した。 

 理性を持たぬ、万を超える亡霊たちが殺到し、少女の身体を飲み込もうと迫りくる。

 死王女モルヴェリアは静かに目を閉じて俯き――

 

 

「――下がりなさい。無礼者」

 

 その声は、決して大きくはなかった。だが、世界の法則にすら命令を下すかのような絶対的な威圧がそこにあった。

 瞬間――風が裂けた。空間が震えた。

 突進していた亡者たちの最前列、数百体が、一切の予兆もなくその場から消滅した。断末魔もなければ、爆発もない。ただ“存在そのもの”が、そこから抹消された。

 亡者たちの足が止まる。理性なき亡霊どもでさえ、その現象を“死”として認識し、本能的に恐怖を抱いた。

 煙一つ残らず、死の波動が空間全体を包み込む。

 そこに立っていたのは、漆黒のドレスを纏い、微動だにしない少女――いや、“王女”だった。

 視線を上げる。赤と金、異なる二色の輝きを宿したその瞳が、万の軍勢を見下ろしていた。視線一つで命を断てる者の眼光だった。

 

「なっ――」

 

 この空間を軋ませるほどの圧倒的な力。

 その力をアバター越しとはいえ、感じ取った血の大公は戦慄した。

 馬鹿な! 死王女は今、その力を削られ、半分以下の出力しか出せないはず! 

 だというのにこれでは、まるで――

 

「侮られたものですね」

 

 モルヴェリアと主導権を交代した少女が粛々と語る。

 

「確かに、今のモルヴェリアさんはメフィラの能力を諸に受けてしまうそうです。全盛期にも及ばない力は、この空間ではさらに半減していることでしょう」

 

 メフィラが仕掛けた“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”はしっかりと彼女に作用しているのだ。

 慢心していた死王女をこの部屋に閉じ込めた時点で、大公とメフィラは賭けに勝っていた。

 

「ですが――」

 

 “赤”と“黄金”の瞳が亡者たちを睨みつける。

 その圧倒的な覇気に、亡者たちが一歩後退した。

 

「――それがなんだというのです?」

 

 その一言は、あらゆる理屈と常識を吹き飛ばす“宣告”だった。

 

 メフィラの術式によって力を削がれ、たとえ全盛期の四分の一に減じようとも、その“一”は常人にとっての“万”に等しい。

 ましてや、二つの魂が一つの肉体で共鳴し合い、揺るぎない意志をもって眼前の敵を睨み据えた時――

 そこに恐れるべきは彼女らではない。

 敵対する者たちの方なのだ。

 

 彼女たちは“死”を統べる者。

 理と法を覆し、因果さえ捻じ曲げてきた存在。

 その圧倒的な“格”の違いを知らぬ愚者に、教えてやらねばならない。

 

 たとえ制限されようと、足枷を填められようと、この場の覇者は誰なのかを――

 

「あぁ、そういえば言い忘れていました」

 

 静かに、だが確かな威厳をもって、少女はドレスの裾を摘まみ上げる。

 その仕草は、まさに高貴なる王族のそれ。

 絶対者に許された唯一無二の優雅。

 赤い瞳と黄金の瞳を持つ少女は不敵に微笑みながら、案内係として招かざる客たちに告げた。

 

「二組のお化け屋敷へ、ようこそ」

 

 そして、死の恐怖をばら撒くお化け屋敷が始まった。

 

 

 

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