世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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第38話:血戦【中編】

 

 銀、黒、そして赤。

 

 混ざり合うことのない三色の霧が、迷宮の広間を駆ける。

 空間が軋む。剣戟が弾け、魔力が噴き、地が裂ける。

 

 それぞれの霧を纏った非人間たちの戦いはその勢いを増していた。

 地藤優斗の機転により、再生能力を超越した“不死性”を手に入れた霧島レイは攻勢を強め、心臓を預けている主の期待に応えるべく、刀を振るう。

 

 地藤もまた剣を振るう――だけではなく、剣の投擲も交えながら、確実に大公の隙を潰していく。

 

 声を掛け合うまでもなく、完璧に繋がる連携。

 まるで一つの生き物のように見事な連携をみせる地藤と霧島レイは、攻撃こそ最大の防御と言わんばかりに大公を攻め立てていた。

 

 見事な連携を披露する二人だったが――それでも、大公は単体で璃奈とレイを一瞬で戦闘不能に追い込めるだけの実力を持つ、絶対的な存在である。

 彼らの怒涛の攻撃を真正面から押し返すべく、大公は迷宮全体から魔力を搔き集め始めた。

 

 地藤たちと大公との間に横たわる戦力差――それは、単なる肉体的な膂力の違いだけではない。

 根本的に扱える魔力量に絶対的な格差があるのだ。

 そもそも、“死王女”や“メフィラ”といった異能の存在が常識外れの力を振るえるのも、その権能を行使するために必要な魔力を彼女たちが有しているからに他ならない。

 一番の強みである魔力で押し切られてしまうと、地藤たちは途端に不利になってしまう。

 

 “悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”――発動。

 

 故に、地藤はみすみすそれを許すつもりはなかった。

 

『誇り高い血の大公が、魔力供給を亡者たちに頼るなんて情けない真似をするわけないじゃないか。彼は自分の力だけで僕たちと戦うつもりだよ』

 

 大公の膨大な魔力源を断つべく、彼が迷宮の魔力ラインを起動させた瞬間を狙って放たれた屁理屈。

 大公は一瞬、眉を顰めて――哂った。

 

『馬鹿め! メフィラ様ならいざ知らず、貴様のような小物の呪言が効くものか! そも、ここは俺の迷宮――即ち、この迷宮の魔力もまた俺の“力”なのだッ!』

 

 屁理屈が通らない。

 世界を捻じ曲げに掛かっていた地藤の“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”は、呆気なく霧散した。

 

「そう簡単にはいかないか……!」

 

 地藤は舌打ちをしながら黒霧となり、すぐに大公から距離を取った。

 次の瞬間、先程まで彼がいた場所が抉れた。

 霧化を解除する魔術を行使しながら大公が振るった爪が飛来したのだ。

 

 この状態の大公を相手にするのはまずい。

 地藤とレイは霧になって戦線からの一時離脱を図る。

 

『ハハハ! 逃げ回ってばかりでこの俺に勝てると思っているのか⁉ 貴様らが戦わぬというのなら――別の者に相手をしてもらうだけのことよ!』

 

 邪悪な笑みを浮かべた大公の黄金の瞳が広間の端へ向けられる。

 そこには、現在戦線から離脱している二人がいた。

 

「させん――!」

 

 霧島レイは実体化し、背後から大公に斬り掛かった。

 

『犬が吠えるな。決めるのは俺だ』

「ぐっ……!」

 

 だが、彼女の動きが読めていた大公は魔力で強化した腕でなんなく刃を受け止め、霧化を解除する魔術を纏った左腕で彼女を殴り飛ばした。

 死に至る――程ではないが、傷を負って一時的に行動が止まるレイ。

 殺してしまってはすぐに復活する。

 “悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”の仕組みを理解した厭らしい手加減だった。

 

『さて、後はあの鬱陶しい小僧を――ぬっ』

 

 ある意味で、この場にいる誰よりも厄介な少年を始末するべく、大公が視線を動かす。

 彼はすぐに見つかった。黒霧となって空を飛び回っていたのだ。

 

 大公は笑みを浮かべ、彼を撃ち落とすべく手を上に広げて――黒霧から射出された五本の剣を見て眉を顰めた。

 これまでも剣を投擲してくることはあったが、五本同時は初めてだ。

 やけになったか――大公は鼻で嘲笑いながら、蠅を払うような仕草で右腕を振るった。

 それだけで剣はあっさりと弾かれた。

 

 標的を失った剣がくるくると宙で虚しく回転する。

 

 だが――

 

()()()

 

 黒霧の中から、低く凍てついた声が響いた。

 次の瞬間、空中の剣の刀身が微かに輝く。

 幾何学的な魔術式が浮かび上がり、閃光とともに――()()()()

 

『なに――!』

 

 咄嗟に両腕を構えて防御の姿勢を取る大公を爆炎が包む。

 簡単にポキポキ折られているので説得力に欠けるかもしれないが、これは教会のエクソシストの主武装である十字剣だ。

 籠められている霊力はかなりのものである。必然、その爆撃の威力も高くなる。

 主力武器でもあるその剣をまだ予備があるとはいえ、爆発させるという奥の手を切った地藤は、さらなる追撃を加えるべく大公に接近する。

 

『――なんて言うと思ったか? 間抜け』

「ッ!」

 

 白煙の向こうで邪悪に笑う血の大公。奥の手も、目くらまし程度にしかならない。

 足を止めようとする地藤だが、少し遅かった。

 煙を振り払いながら肥大化した大公の腕が振るわれる。

 咄嗟に剣を盾にした地藤だが、踏ん張ることも出来ずに吹き飛ばされた。

 

『そこで転がっていろ。そして、目に焼き付けるがいい!』

 

 もはや障害となる者はいない。

 彼らが立ち上がるにしても、数秒は要するだろう。

 大公は悦に満ちた笑みを浮かべながら、大きく腕を振り上げ――

 

『恋人が無惨に殺されるところをな……!』

 

 ――身動きが取れない天羽璃奈と十六夜蓮に向かって振り下ろした。

 

 膨大な魔力で練られた巨大な斬撃が二人に向かって直進する。

 治療中で身動きが取れない璃奈は顔を青ざめさせ、それでも何とか抵抗しようと霊力で障壁を作りあげた。

 回避が間に合わないのであれば、せめてダメージを減少させるほかない――と。

 

 地藤は地面から立ち上がろうとしながら、その光景を見ていた。

 突き進む爪の斬撃が璃奈の張った結界に直撃し――

 

 呆気なくそれを切り裂いて二人を切り刻んだその瞬間を。

 

「――――」

 

 遅れて爆音が響く。立ち昇る白煙。大公が放った一撃は璃奈たちの後ろにあった壁に大きな爪痕を残していた。

 地藤は見つめ続ける。恋人がいた場所を。

 白煙の中から、彼女がなんだかんだ、無事に姿を現してくれることを祈って。

 

 だが。

 

 白煙が晴れた時、そこに愛しの彼女はいなかった。

 いや、彼女だけではない。

 一緒にいたはずの十六夜蓮もまたいなくなっていた。

 彼女たちは人の姿を保てていなかった。

 塵となっていたのだ。

 大公の刃に切り裂かれ、無惨な塵に。

 

「璃、奈……」

 

 地藤は、絶望したようにゆっくりと俯いた。

 

『ハーーハハハハハ! 愉快! 愉快! なんとも素晴らしい光景だなァ!』

 

 大公は嗤った。

 楽しくて仕方がないと、腹の底から嗤っていた。

 人間たちの絶望を嘲笑っていた。

 

『地藤優斗! 貴様があれだけ守りたがっていた女は呆気なく死んだぞ! ただの()となり……』

 

 と、そこで大公は言葉を止めた。

 もう一度自身の斬撃が着弾した箇所に視線を向ける。

 よくよく考えれば、()()()()()()()()()()()()()

 

 人間というのは、もっと汚い血肉を撒き散らしながら死ぬものだ。

 

 怪訝な表情で璃奈たちがいた場所を見る大公は気が付かなかった。

 俯いている地藤の口元が弧を描いていることに。

 

 “悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”――発動。

 

『ここは偽物が横行する虚偽の迷宮だ。実際に僕も偽物に遭遇した。だから――璃奈と十六夜蓮の偽物がいたっておかしくないよね?』

 

 剣の爆破によって大公の視界が遮られたあの瞬間、地藤は密かに己の能力を発動させていた。

 この迷宮の構造をそのまま流用し、璃奈と十六夜蓮の偽物を複製。

 そっくりそのまま、同じ体勢であの場所に置いておいた。

 

 地藤の意図を汲んだ()()()()()()()()()は十六夜蓮を連れてその場から離脱して、聖言によってその姿を隠し――

 

「十銀銃」

 

 大公が隙をみせたその瞬間に隠形を解き、その頭部を背後から撃ち抜いた。

 

『ぐっ……!』

 

 予期していなかった一撃に大公がぐらつく。

 その隙を逃すわけにはいかない。回復した地藤とレイは地面を蹴った。

 左右から迫る吸血鬼二体。

 そして、容赦なく銃口を構えるエクソシストの少女。

 

『舐める、な――!』

 

 大公はその身に貯め込んでいた魔力の何割かを解放した。

 赤黒い魔力が衝撃波となって広場に広がる。

 地藤と霧島レイは霧となって上空に逃れ、璃奈は大きく飛び上がって後退した。

 迷宮が揺れる程の衝撃波を放った大公は状況が仕切り直しになったことを確認し、殺気の籠った瞳で地藤を睨みつけた。

 

『小僧、貴様……!』

 

 地藤は非常に腹の立つ透かし顔をしながら、飄々と肩を竦めた。

 

「この偽物だらけの迷宮を作ったのは大公でしょう? 僕はそれを活用しただけなのに、どうして怒っているんです……?」

『黙れ! 貴様のような下等生物がこの俺の迷宮を利用するなどと……身の程を知れッ!』

「酷いなぁ、僕はメフィラさんのアドバイスを実行に移しただけなのに……」

『……』

 

 その名前にはどうしても強気に出ることができず、押し黙る大公。

 地藤はペロッと舌を出してから、お茶目に言った。

 

「まぁ、嘘なんですけど☆」

『……よし、決めた。貴様は殺す。絶対殺す。何が何でも殺してやる……!』

 

 憤怒の炎を燃やしながら、大公は血走った眼で地藤を睨みつけた。

 殺意マックス状態の大公はその腕を振り上げ――

 背後から飛来した翡翠色の閃光を撃ち落とした。

 

「――今、誰のことを殺すと言ったの?」

『天羽、璃奈……!』

 

 二丁拳銃を構え、紫色の瞳で大公を睨みつける彼女はすっかり回復した様子だ。

 これでは、どこかに隠されている十六夜蓮も回復させられたと見て間違いないだろう。

 地藤は頼もしい彼女の復活に笑みを浮かべ――チラリと向けられた意味深な目に肝を冷やしながら、目下の問題である大公に向けて不敵な笑みを浮かべた。

 

「さて、3対1の状況ですが……まさか、誇り高い血の大公は卑怯、だなんて言いませんよね?」

『フン。当然のことだ。貴様らのような蠅が何匹集まったところで何も変わらん。纏めて蹂躙してくれよう……!』

 

 血の大公は、肩を震わせながら全身に魔力を漲らせ、牙を剥いた。

 肌の下で渦巻く赤黒い魔力が噴き出しかけている。濃密な圧力が空気を歪め、石床にひびを走らせる。

 

 彼の優位は――崩れていない。

 数では劣っても、質において自分の方が上であるという自負は揺らいでいない。

 

 天羽璃奈は確かに有能なエクソシストではある。だが、所詮は小娘。牙を一突きすれば終わる程度の存在に過ぎない。

 

 だが、それは「単体」の話だ。

 今、広場に立つ三人。霧島レイ。天羽璃奈。そして地藤優斗。

 

 その構成を見て、大公の背筋にごく微かな違和感が走った。

 

 ――霧島レイ。原種の吸血鬼。反応速度と剣技において、大公と瞬間的に拮抗できる攻撃型戦士。

 ――天羽璃奈。中遠距離を制圧する射撃技術と確かな戦闘IQ、エクソシストとしての聖力を持つ万能型戦士。

 ――地藤優斗。ド畜生のクソ悪魔。

 

 個々の戦闘能力は大公に及ばなくとも、この三人が手を組んだ時、何が起こるのか――

 大公は己の中に生じた微かな警鐘を無視することが出来なかった。

 

 だからこそ、彼は魔力を放出しながら考えた。

 力任せに戦っていたこれまでと異なり、その明晰な頭脳をようやく戦闘に活かし始めたのだ。

 

 じりじりと距離を測りながら仕掛けるその時を狙っている三人組を睨みつける。

 その全てに注意を払いつつ、やがて――何かに気づいたように視線を止める。

 そして、ゆっくりと口角を吊り上げた。

 

『……そうか』

 

 悪趣味に濡れた笑み。

 それは、獲物の喉元を見つけた獣のそれだった。

 

『地藤優斗。貴様には感謝している』

「えっ、なに急に気持ち悪いこと言っているんですか……? 気持ち悪いですよ」

 

 二回にわたって罵倒を吐く相変わらずの少年に青筋を立てつつ、しかしこれから起こる混乱を予期して大公は何とか気持ちを静めて笑った。

 

『なに。貴様が調子に乗ったお陰で、いい()が思いついたのでな』

 

 そう呟いた大公は次の瞬間、赤い霧となって弾けた。

 縦横無尽に広間の中を飛び回りながら魔力を放出する。

 飛び回る大公の赤霧と魔力はやがて、巨大な竜巻のようになって地藤たちに襲い掛かった。

 

「くっ……!」

 

 思わず腕で顔を塞ぎながら、竜巻に耐える。――が、踏ん張りが効かずに吹き飛ばされてしまった。咄嗟に地藤とレイは霧となる。

 当然、竜巻に巻き込まれて宙を舞うが、実体がないお陰で深刻なダメージを喰らうこともない。

 霧になることが出来ない璃奈は防御術式を展開し、銃剣の刃を地面に突き刺してその場に何とか留まっていた。

 十六夜蓮はまだ眠ったままだが、隠形と防御術式で守られており、この広場の中心から離れた場所にいるからまだ安全だろう。

 何とかこの竜巻をやり過ごそうと璃奈は力を込める。

 

 やがて、大公が引き起こした竜巻は収まった。

 元より魔力をむやみやたらに放出するような行為だった為、無限に続けられるはずもない。

 地藤とレイは地上に降りたって実体化し、璃奈は防御術式を解いて顔を上げた。

 

「大丈夫? 優斗君」

「「「「「うん。何とか大丈夫だったよ」」」」」

「……ん?」

 

 彼の声が幾つも重なって聞こえた気がして、璃奈は首を傾げた。

 竜巻で発生した白煙が徐々に晴れていく。

 璃奈が見つめるその先には――

 

「「「「「どうしたの? 璃奈」」」」」

 

 重なる声。

 小首を傾げているのは間違いなく地藤優斗の顔だ。

 それだけなら問題はない。

 問題は――その彼が、少なくとも20人以上、いたことだ。

 

「こ、これはまさか……」

 

 まるで画面をコピー&ペーストしたかのように“量産”された地藤優斗が、広間を埋め尽くしていた。

 いや、地藤だけではない。

 

「「「「「優斗君!」」」」」

「「「「「大丈夫か⁉ ユウト」」」」」

 

 地藤を含め少数しかいなかった迷宮の広間は今や、同じ顔をした地藤優斗と、天羽璃奈、そして霧島レイで溢れかえっていた。

 

『ハハハハハ! やはり俺の迷宮はこうでなくてはな!』

 

 どこからともなく大公の高笑いが響き渡る。

 だが、彼の姿がどこにも見当たらない。

 恐らく、この急に出現した偽物たちの中に紛れているのだろう。

 

『――さぁ! 真偽のほどを見極めて見せるがいい! 人間ども!』

「チッ! 面倒な真似を……!」

 

 地藤は舌打ちをしながら、自身の周りに集う天羽璃奈と霧島レイの群れを見た。

 

「どれが本物かなんて……」

「優斗君、どうする? 取り敢えず、私が偽物たちを駆逐していくから、ここで待っていて――」

 

 不機嫌そうな表情で自分と同じ顔の偽物たちを見ながら璃奈が近づいてくる。

 地藤は溜息をつき、近づいてきた彼女の心臓を剣で貫いた。

 

「……まぁ、分かるは分かるんだけどさ、璃奈の形をしたものを傷つけるのは良心が痛むなぁ」

「ゆ、優斗君……」

 

 口から血を、瞳から涙を零す天羽璃奈――の形をした偽物。

 地藤は心臓から剣を引き抜き、そのまま偽物の首を撥ねた。

 

「あまり舐めないでくれるかな? 璃奈の真偽くらい分かるよ。だけど――」

 

 幾つかの要素で彼女が偽物であることを見抜いた地藤だが、視線の先には数えるのも億劫になる偽物で溢れかえっている。

 

「本物の璃奈がいることが厄介なんだよな……」

 

 纏めて全員消し飛ばしたいが、そのまま本物の璃奈まで攻撃してしまう可能性もある。

 

「取り敢えず、黒霧になって上空に避難しようかな? そうすれば本物だと証明できるし……いや、僕の偽物が霧化を使える可能性もあるのか。クソ! 面倒なことになったな……」

 

 大公のことだ。そういう小賢しい仕掛けを用意していても不思議ではない。

 地藤は舌打ちをしながら、偽物の璃奈と、ついでに霧島レイを切り裂いた。

 面倒だが、こうして一体ずつ真偽を確かめながら処理していくしかないだろう。

 その過程で紛れている大公のことも見つけられるだろうし、非効率的で嫌気が差すが、それが最善であれば仕方がない。

 

 ――そう思っていたが、本物との再会は、予想よりもずっと早く訪れた。

 

「偽物、あれも偽物。これも偽物。お前も偽物だな?」

 

 翡翠色の閃光とともに、刃が舞う。

 黒髪の少女が一瞬たりとも止まることなく、次々と偽物を切り捨てていく。

 識別速度と処理速度がどうかしている。

 あれでは本物が混じっていても分からないのではないか?

 鬼神のような恋人を見た地藤の顔が引き攣る。

 だが――

 

「――あっ、本物の優斗君だ!」

 

 不機嫌そうだった紫の瞳が、本物を目にした途端ぱっと明るくなり、笑顔が咲いた。

 流石は璃奈。

 一瞬目が合っただけだが、すぐに真偽を見抜いてくれたらしい。

 さらに――

 

「どけ! 貴様は偽物、貴様も偽物! 貴様ら! 私の主をどこにやった⁉」

 

 銀閃が閃き、風を裂くように駆け抜ける。

 怒り心頭の様子で、霧島レイはまるで草刈り機のような勢いで“自分以外の地藤”の首を片っ端から撥ねていく。

 その首たちは、まるでバグったガチャマシンのカプセルよろしくポロポロと地面に転がり、音もなく塵となって消えていった。

 

 複数の自分の生首が転がっているというなかなかにトラウマな光景を前に、地藤は思わず自分の首に手を当てた。

 良かった。

 まだ繋がってる。

 

「全く、キリがないな……うん? おぉ! 本物のユウトか! 探したぞ」

 

 無慈悲な首狩り武者と化していたレイだったが、璃奈と同じく一瞬――ほんの一瞬だけ目が合った地藤をすぐに本物であると判断し、安心したような表情を浮かべて駆け寄ってきた。

 

「優斗君!」

「ユウト」

「……」

 

 地藤は全く苦労する様子も見せずに合流を果たした明らかに本物な二人を見て、遠い目をした。

 

 そんな一瞬でどうやって判別しているんですか? とか。

 偽物を殺すの、あんまり躊躇しないんですね……? とか。

 

 色々と言いたいことはあったが――

 

「やぁ、二人とも。面倒なことになったね」

 

 余計なことを言うとややこしくなりそうだったので、地藤は口にしかけていた言葉を全て吞み込んで、ただ本物たちと合流できたことを喜んだ。

 彼にしては珍しい、非常に賢明な判断だった。

 

「そうだね。また、見るに耐えない偽物をまた拝まされる羽目になるなんて――ね」

 

 迫真の泣き顔で「信じてくれ璃奈! 僕が本物なんだ!」と叫びながら走って来た偽物の地藤優斗の顔面を拳銃で吹き飛ばし、璃奈が笑う。

 

「全くだ。造形は立派なものだが、肝心の中身がこれではな」

 

 「先輩! 騙されないでください!」と駆け寄って来た偽物の地藤優斗の首を斬り飛ばしながら、溜息をつく霧島レイ。

 地藤は引き攣った笑みを浮かべながら、遠慮がちに近寄って来た天羽璃奈と霧島レイの偽物に剣を投擲した。

 

「まぁ、こうして早々に合流できたのは良かったね」

 

 未だに周囲で騒がしい偽物たちを見渡しながら、地藤は言った。

 

「取り敢えず、僕たち以外は偽物なことが確定したわけだし――手っ取り早く全員吹き飛ばしちゃおうか」

 

 璃奈は頷いた。

 

「うん。賛成。大公もこの中にいるだろうし、さっさとやっちゃおう」

 

 璃奈は二丁拳銃を持ち上げて全身に霊力を漲らせ始めた。

 先程まで不本意な形で戦線離脱になっていたこともあり、色々と鬱憤が溜まっているようだ。

 

「先輩も問題ないですか?」

 

 背中を預ける者として、念のため彼女の意見も確認する。

 霧島レイはただ静かに頷いた。

 

「異論はない。そも、主の命令に逆らうつもりなどないさ」

「――()?」

 

 空気の温度が、す、と一度下がった。

 当然のような顔をしているレイに対し、氷のように冷たい璃奈の視線が突き刺さる。

 地藤は慌てて璃奈とレイの間に割って入った。

 

「はいはい! 雑談は後! 今はとにかく急いで大公を炙りださなきゃ! そうでしょ⁉」

「それは、そうだけど……」

 

 璃奈は頷きつつも、複雑そうな目をレイに向ける。

 レイは彼女の視線を真正面から受け止めた。

 目を逸らすこともなければ、睨むこともせずに。

 ただ、受け止めた。

 

 その実直さ――が、逆に璃奈のモヤモヤを加速させる。

 

 ご機嫌斜めな彼女を前に、地藤は必死に頭を回しながら話し掛けた。

 

「間抜けな悪魔とはいえ、大公が遊び半分でこんなことをするはずがないし、何か目的が――」

 

 そこまで口にしてから、地藤の顔色が変わった。

 高速で脳みそが回転し始める。

 

「優斗君……?」

 

 様子がおかしい恋人を見た璃奈が心配そうに尋ねる。

 彼女は知っていた。

 彼がこういう顔をする時は、とびきりまずいことが起きるときの前兆であることを。

 

「まずい……!」

 

 地藤は辺りを見渡した。

 広間の端まで埋め尽くす偽物たちの群れ。

 こうも偽物で溢れかえっていれば、仮に大公が紛れていて不審な行動を取っていたとしても気が付けないだろう。

 

 ――意識を失ったままの十六夜蓮に接近していたとしても。

 

「璃奈! ()()()()()()()()――⁉」

 

 大公の目論見を看破した地藤が声を張り上げる。

 その一言で地藤の意図と、大公の目的を悟った璃奈は、顔色を青くしながら迷宮の端を指さした。

 

「ッ! あっち!」

「璃奈! 行くよ!」

 

 次の瞬間、地藤は璃奈を包み込みながら黒霧となって飛んだ。

 その後ろに追従する銀色の霧。

 

(そうだ! 最初から大公の目的はそれだったじゃないか……!)

 

 激しい戦闘と突然の奇策に注意を逸らされたが、そもそもそれをさせないために地藤たちはこの迷宮の中央を目指していたのだ。

 

 黒霧と銀霧が、天羽璃奈の指差した方向へ疾走する。

 その先――迷宮の片隅、死角に隠れるように佇んでいたのは、天羽璃奈の姿を完璧に模した偽物だった。

 

 虚空に翳したその手が、空間の膜を破るようにゆらめく。

 ゆっくりと顕になる、意識を失った十六夜蓮の姿。

 伏せられた瞼、力の抜けた指先、剥き出しの無防備な首筋。

 

「璃奈!」

「了解!」

 

 黒霧がたちまち噴き上がり、裂けるように璃奈が飛び出す。

 宙に舞い、回転しながら両手の拳銃を構える。

 空中で一瞬の静止――そして、無数の霊力弾が雨のように降り注いだ。

 標的は、彼女の姿を模した偽物。

 

 人間である十六夜蓮を傷つけない弾丸だからこそ出来る芸当だ。

 しかし――

 

『おやおや、意外と気が付くのが早かったな。小僧共』

 

 ニタリと、本物が絶対にしない笑い方をする天羽璃奈の偽物――もとい、その皮を被った大公。

 霊力弾は、到達する直前で赤黒い壁に阻まれた。

 結界。

 大公の手首から流れた血が、術式として円を描き、空間に魔力の膜を張っていた。

 

『さて、それでは――食事といこうか』

「させるか――‼」

 

 怒声と共に、黒霧が爆ぜた。

 地藤が実体へと戻り、剣を振りかぶらずにそのまま投擲。

 放たれた十字剣は、大公の頭上に達した瞬間――炸裂。

 

 閃光と爆音。

 

 そしてその隙を縫うように、銀の斬撃が唸りを上げて突き抜けた。

 霧島レイ。剣閃が鋭く結界に罅を刻む。

 

 だが――。

 

 爆発と斬撃の直撃を受けながらも、結界は崩れなかった。

 罅は入ったものの、その亀裂は広がらず、音もなく“魔”が壁を修復する。

 大公は両腕を広げて嗤った。

 

『さぁ! この俺を、更なる高みに導け――十六夜蓮よッ!』

 

 叫ぶと同時に、大公はその笑みを鋭い牙へ変えた。

 戦場の中央。

 銃声。爆発音。剣気の唸りが交錯する中。

 大公は――迷いなく、十六夜蓮の首筋に牙を立てた。

 

 喰らいつく。

 深く、確かに。

 血が、流れる。

 

 ゴクリ。

 ゴクリ。

 

 喉が蠢くたびに、十六夜蓮の血が大公の喉奥を伝い、燃え盛るようにその身体を染め上げていく。

 擬態した天羽璃奈の姿のまま、彼の輪郭が微かに歪み始めた。

 肌が軋む。骨が軋む。血管の奥底――細胞の一つ一つにまで、霊力を含んだ“血”が行き渡る。

 

 その血は、ただの栄養ではなかった。

 力だった。深く、濃く、重たい“霊性の核”。

 

 そして、天羽璃奈の顔をした“皮”が、ひび割れていく。

 眼窩の奥でギラリと光る、異様に縦に裂けた瞳孔。

 爪の先が伸び、肩が異常に肥大化し、関節が悲鳴をあげながら反転していく。

 内からの膨張に耐えきれず、擬態の仮面が崩れ落ちた。

 

『オオオオオオオオオッ――!』

 

 獣のような雄叫び声が響き渡る。

 それだけで、空間が軋んだ。

 発せられる魔力の波動がビリビリと空気を震わせ、その存在の巨大さを嫌でも思い知らせる。

 

 遂に、覚醒の時を迎えた血の大公。

 

 血戦の終わりが、近づいていた。

 

 

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