世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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大変長らくお待たせいたしました......!



第44話:ツンデレが素直になると違和感がある件

 

 引っ張られていく。

 

 ここではないどこかへと、引っ張られていく。

 

 視界は滅茶苦茶で、走馬灯のように次から次へと色んな光景が流れては消えていく。

 

 上下左右の判別も出来ないぐちゃぐちゃな空間の中、洗濯機に放り込まれた洗濯物のように振り回されながらどこかへと誘われていく。

 僕は碌に抵抗も出来ないまま――それでも璃奈へのプレゼントだけは離さないようにギュッと抱きしめていた。

 

 グルグルと回る視界。

 

 特別三半規管が強いわけでもないので、いい加減に気持ち悪くなってきた……。

 恰好が付かないが、このままではこの謎空間で戻してしまうかもしれない。これでも一応主人公なので、絵面的にそれはアウトだろう。

 気合だけで何とか堪え続けること(体感で)数分。

 いよいよ限界に達しようかというその時――遂に、“境界”を飛び越えた感覚が全身に駆け巡った。

 

「ッ!」

 

 フワッと身体が軽くなる。

 そして次の瞬間、僕は地面に尻もちをついて着地をしていた。

 

「痛てて……」

 

 上空から放り出されたというわけではないが、それでもタイミングが読めない着地だったせいでお尻が痛い。

 僕はズボンについた汚れを払いながらゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡した。

 

 赤と緑で縁取られたお店。

 キラキラと輝くイルミネーション。

 冷たい空気。

 

 間違いなく、先程まで僕がいたクリスマスの街並みだった。

 

 後ろを振り返れば、メフィラが眺めていた世界的に有名な二台巨頭のファッションブランドの店舗があった。メフィラ……そう、メフィラだ!

 

「アイツは……って、いるわけないよなぁ」

 

 騙し討ちのようなことをしてくれやがった己の契約者を探すが、不敵な悪魔の姿はどこにもなかった。

 自分で放り込んでおきながら、さっさとその場から退散するその身勝手さ。

 通常運転ではあるのだが、やはり腹が立つ。ムカつく。

 思わずその場で地団駄を踏んでいたが、周囲から奇異なものを見る視線を向けられていることに気が付き、渋々やめた。

 

 ――危ない、危ない。

 人前で地団駄するなんて、唯ちゃんのような変人認定されるところだった。

 

「ふぅー、冷静に、冷静になれ、僕。まずは状況把握からだ」

 

 周りからの視線とヒソヒソ声がしんどくなってきたので、僕は璃奈へのプレゼントを抱えて歩き出した。

 

 原作知識を引っ張り出しながらチラチラと周囲を見渡す。

 メフィラによって鏡の中に引きずり込まれたっぽい僕だが――やはり周囲の景色は、取り込まれる前の世界と特段変わりがあるようには見えない。

 先程の現象はただの幻で、メフィラによって質の悪い催眠を掛けられただけのような気もしてくる。

 

「だけど、そんなことあるわけがないよな……」

 

 あの悪魔に限ってそんな無駄なことはしないだろう。

 悪戯にも全て意図が込められているのがあのメフィラだ。今回のことも、僕の予想が正しければ碌でもないことになっているに違いない。

 

「ったく、早く帰らなきゃいけないのに……」

 

 人混みをスルスルと避けながら足早に目指すのは天羽邸だ。

 何が起きたのか大よそ予想はついてはいるものの、実際にこの目で確認するまでは信じられない。――せっかくのクリスマスイヴに変なことに巻き込まれたということを自覚したくない、現実逃避したい気持ちもあり、僕は帰るべき我が家に向かって歩みを進めていた。

 

「きゃっ!」

「おっと、すいません」

 

 と、足早に、考え事をしながら歩いていたせいで、前から歩いてきていた人とぶつかってしまった。

 だが、こんな人込みでは足を止めているだけで周りの人の迷惑になる。声の感じからしてぶつかった相手は女性のようだったし、申し訳なさはあったが、僕は軽く謝罪をしてから先へ進もうとした。

 

「――あれ? 先輩?」

 

 聞き覚えのある可憐な声。相手の姿をちゃんと見ていなかった僕は、そこで初めてぶつかった相手の全身を見た。

 鮮やかな赤髪。整った顔立ち。普段は黒を基調とした衣装が印象的な彼女だが、今日は冬らしい白のコートを纏っている。

 皆さんご存じ、毒舌と皮肉のスペシャリスト、プリティツンデレ娘である十六夜唯ちゃんがそこにいた。

 

「あぁ、唯ちゃん。奇遇……ちょっと、こっちへ出ようか」

 

 この人混みではのんびり挨拶を交わすこともままならない。

 僕は彼女の手を取って人混みを抜け出し、道の端にまで出てきた。

 

「さて、改めて――奇遇だね、唯ちゃん」

 

 思わぬ人物との遭遇に驚きつつも、いつものように(?)爽やかに挨拶する。

クリスマス前の買い物に来ていたのだろうか。浮かれた様子の唯ちゃんは、ぱっと花咲くような笑みを見せた。

 

「はい! イヴに先輩と会えるなんて……嬉しいです! 今日の私はラッキーですね!」

 

 ……んん? ……ん、…………んん?

 

 おかしいな。いつもの唯ちゃんなら――

 

『奇遇? ……えぇ、確かに奇妙な巡り合わせですね。まさかクリスマスイヴに先輩とお会いすることになるとは。まぁ、クリスマス本番ではなかったあたり、聖キリストも配慮してくれたようですね。あぁ、すいません。忘れてください。お互い、悪魔ですから神の配慮など受けられないんでした』

 

 ――的な感じで、強烈なジャブを刺しこんでくるはずなんだけどな……。

 

 こんな、理想の可愛い後輩みたいなムーヴをするはずが……あぁ、なるほど。クリスマスも近いのだし、今回は少し泳がせておいてから強烈なストレートを放つつもりだな? 

 ふむ。唯ちゃんも成長したもんだ。

 であれば、こちらもその心意気に応えてやらねばやるまいて。

 

「いやぁ、こちらこそ唯ちゃんと会えるなんて、幸運の極みだよ」

「本当ですか⁉ ありがとうございます!」

「もちろん本当だよ。僕が嘘をついたことがあったかい?」

「ないです!」

 

 嘘つけ。めっちゃ嘘ついてるだろうが。いや、ついてないけどね。

 

「は、ハハハ……と、ところで唯ちゃんはここで何をしていたんだい?」

 

 なかなかカウンターパンチが飛んでこない状況に逆に困惑しつつ、無難に話題を逸らす。

 

「買い物に来ていたんです! 明日、みんなでクリスマスパーティーをする予定なので!」

「へぇ、それは楽しそうだね」

「絶対楽しくなりますよ! 先輩は……やっぱり、無理そうですか……?」

「い、いや、僕は――」

「ご、ごめんなさい! 天羽先輩と過ごされるんですよね! 本当にごめんなさい! 私ったら、なんて差し出がましいことを……」

 

 唯ちゃんは赤くなった顔を片手でパタパタと仰ぎながら、恥ずかしそうに俯いた。その眼には罪悪感のようなものと、悲しみが満ちており、落ち込んでいることがビシビシと伝わってくる。

 

「差し出がましいなんてとんでもない。お誘いありがとう。そうだな……行けたら行かせてもらうよ」

 

 いつもの唯ちゃんなら――

 

『結局、来ないってことですよね? だったら最初からそう言ってほしいものですね。お互いの時間を無駄にするとは……流石は先輩。イヴなのに抜かりがありませんね』

 

 ――なんて言いそうなところだが、

 

「本当ですか⁉ ありがとうございます! 是非来てください! 先輩ならいつでも大歓迎です!」

 

 この唯ちゃんは素直に言葉を受け取って、満面の笑みを浮かべた。

 キラキラ笑顔が胸に突き刺さる。

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ。飛び入りでも良ければ、顔だけでも出すようにするよ」

 

 流石にこれで全く顔を出さないのも申し訳なくなったので、挨拶だけでも行こうと決意する。

 唯ちゃんは嬉しそうに笑った。

 

「是非! 兄さんも喜びます!」

「あっ、そういえば蓮はどうしているの? アイツが唯ちゃんを一人で買い物に行かせるとは思えないんだけど……」

「あはは! 兄さんもそこまで過保護ではないですよ。今は外に出るのが面倒くさいからって、家で引きこもってゲームしてます」

 

 呆れたような笑みを浮かべながらそんなことをいう唯ちゃん。

 妹に一人で買い物に行かせて、自分は引きこもってゲームをする十六夜蓮――まずいな。彼も()()()()か。

 

「まぁ、家でゲームをしていたい気持ちもよくわかるよ」

 

 家に居れば、厄介ごとに巻き込まれることもなかったからね。

 

「うちに来ればたくさんゲームがありますよ~?」

「勧誘熱心だねぇ、唯ちゃん」

「あっ、ごめんなさい。ちょっとしつこかったですか……?」

「まさか。ますます、十六夜家にお邪魔したくなってきたよ」

「やった! 作戦成功ですね!」

 

 嬉しそうにはしゃぎながら小さくガッツポーズをする唯ちゃん。

 

「ハハハ! 今日の唯ちゃんは、なんていうかこう、あれだねぇ……」

「あれ?」

「こう、なんていうか……服装といい、言動といい……」

「?」

 

 “変だね”なんて言ったら、サンタさんが来てくれない気がして――僕は悩んだ末に珍しく適切な言葉を選んだ。

 

「可愛いね」

「かっ……――――!」

 

 唯ちゃんはパクパクと口を動かす。まるで水面に餌を探す金魚みたいに。

 顔を真っ赤にして、もじもじと髪を手櫛で整えながら、上目遣いで僕の目をじっと見つめてきた。

 

「……本当に、そう思ってますか?」

 

 赤い瞳が潤んでいる。

 僕は何とも言えない気持ちになりながら――カウンターパンチがいつ飛んでくるのかビクビクワクワクしながら頷いた。

 

「うん。本当にそう思っているよ。今日の唯ちゃんは普段とは印象が違うけど、とても可愛らしい」

 

 まぁ、実際のところ、今日の唯ちゃんはとんでもなく可愛かった。

 言動はもちろんのことだが、衣装もまた同様に。

 普段は黒を基調とした衣装が多い唯ちゃんだけど、今日の白いコートは彼女の赤髪にもよく映えていて、素直にそう感じたから褒め言葉を贈った。

 さぁ、どう出る――⁉

 

「かわいい……」

 

 赤髪赤目の少女は頬を赤くし、

 

「やったー!」

 

 と嬉しそうに片手を突き上げて喜んだ。

 

「先輩に褒められちゃった! えへへ、買い物とはいえ、お洒落してきて良かったです!」

 

 ぴょんぴょんと跳ねながら、全身で喜びを全身で表す。

 カウンターパンチを警戒してガードを上げていたが、リングには既に試合終了のゴングが鳴り響いていた。

 

 …………………………………………ふむ。

 

 いったん、冷静になろうか。

 僕は静かに深呼吸をしてから――直角に首を傾げた。

 

 

 誰? この子。

 

 

 いや、知らないんだけど。誰、この子。こんな素直な後輩、僕は知りません。皮肉を挟まず、嫌味を言わず、素直に感情を表現して一喜一憂する。誰? 誰なのこの子⁉ 滅茶苦茶可愛い後輩じゃねーか! いや、別に普段の唯ちゃんが可愛くないと言っているわけではない。そういうわけではなくて、シンプルにストレートな喜びの表情と、素直な言葉と、恥ずかしそうな表情が五臓六腑に染み渡るのだ。べ、別にツンデレ唯ちゃんが可愛くないって言っているわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね⁉

 

 ――って、僕は一体誰に向かって言い訳をしているんだか……。

 

「あの子にせめて、今の唯ちゃんの百分の一でも素直さがあればなぁ……」

「はい?」

「いや、なんでもない。ままならない現実に打ちひしがれて、人生の無情さを噛み締めていただけ」

「この短時間で何があったんですか⁉」

 

 君にすっかり魅せられてしまったんだよ。アナザー唯ちゃん。

 

「まぁ、人生を見つめ直す機会はどこにでも転がっているということだよ、唯ちゃん」

「は、はぁ……なんか、こう……深いですね」

「ありがとう。君には、色々と救われたよ」

「ど、どういたしまして……?」

 

 首を傾げながらも必死に理解に努めようとするアナザー唯ちゃん。

 もう一度ありがとう。

 その心遣いだけで、あと数か月は戦っていけそうだよ。

 

「さて、名残惜しいけれど、そろそろ行かないと」

 

 いつまでも彼女と話していたいところだが、生憎とそういうわけにもいかない。

 冷静に見えてその実、絶賛混乱中の身の上でもあるので、そろそろ一人で考える時間が欲しいところだ。

 ――この世界への考察も進めたいことだしね。

 

「そうですか……残念ですが、いつまでも先輩を引き留めるわけにはいかないですよね」

 

 しゅん、と項垂れながら何ともいじらしいことを言ってくれる唯ちゃん。

 すぐに先ほどの言葉を撤回して、日が昇るまで彼女とお喋りしたい衝動に襲われるが、歯を食いしばって己を律する。

 我慢しろ、僕。

 

「それじゃあ、寒いから体調には気を付けてね、唯ちゃん」

「はい! 先輩も気を付けてくださいね! それから、明日はお忙しいようであれば無理しなくて大丈夫ですからね……? もちろん、来ていただけると嬉しいんですが……!」

「大丈夫だよ。例え、この街の住人が立ち塞がっても全員の首を撥ねて駆けつけるから」

「覚悟決まりすぎでは⁉」

「僕の覚悟を舐めないで欲しいな」

 

 冗談だと思ったのか、楽しそうに笑う唯ちゃんだが、僕の発言はガチだ。なにせ、嘘を一度もついたことがない男だからね。――嘘だけど。

 さて、いつまでも茶番で引き留めているわけにはいかない。

 

「それじゃあね、唯ちゃん」

 

 僕が軽く手を振ると、唯ちゃんもぱっと笑顔を見せて――

 

「はい! お話しできて嬉しかったです! 先輩!」

 

 ぺこりと頭を下げた彼女は、くるりと身を翻す。

 そして、最後の最後まで皮肉をひとつも口にすることなく――

 

 素直で、可憐な少女は、軽やかな足取りで人混みへと消えていった。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

 ノベルゲーム「十六夜のエクソシスト」には本編のみならず、外伝作品も幾つか存在している。そのうちの一つが、「十六夜のエクソシスト――Remnant in the mirror――」である。

 

 物語は、一年のドタバタを終え、新年を迎えた直後から始まる。

 お正月。初詣の帰りに鏡から妙な世界に飛ばされた十六夜蓮はそこで、普段と全く性格が異なるヒロインたちと遭遇する。

 困惑しながらも、彼女たちと新年を祝う十六夜蓮。だが、あまりの変化に戸惑う彼はこの世界について疑いを持ち始める。

 やがて、この世界への違和感がピークに達した時、彼はこの世界を仮想世界と想定し、脱出することを目指す――それが大まかな話の流れだ。

 

 外伝作品らしく、本編のファン向けに制作されたこの作品のコンセプトを一言で表すなら、「性格改変されたヒロインたちとわちゃわちゃする、ちょっと不思議な新年イベント」と言ったところか。

 本編にはあまり影響を及ぼさないように注意を払いつつ、ファンなら嬉しい仕掛けを随所に施して、いつもと違うヒロインたちの様子を楽しむ。それがこの外伝の醍醐味である。

 

 ちなみに、タイトルとこの世界への入り方からして、勘の鋭い人ならお気づきかもしれないが、ここは“鏡の世界”である。

 

 とある悪魔によって創造させられたこの世界は、現実を元に創造された“虚構世界”なのだ。

 よく勘違いされるのが、ここは決して“並行世界”ではない。

 

 何をどうやっても辿り着くことがない世界。

 一切の可能性が生じない矛盾だらけの世界。

 それが、鏡の世界だ。

 

 例えば、先程会った唯ちゃんがいい例だろう。

 

 彼女はこの世界では、明るくて、素直で、可憐で……あらためて言うまでもなく、非常に可愛らしい(いや、元から可愛かったけどね? そこは念のため補足しておく)。

 けれどその変化は、“並行世界における可能性”などではない。

 あくまで、元の性格からの「反転」や「屈折」によって作られた姿なのだ。

 

 ツンデレは素直に。

 冷たいは温かいに。

 クールは熱血に。

 

 ……人間の性格がそんな単純なものではないのは重々承知しているが、そこはゲームとしての仕様、ということで目を瞑るとして。

 ともかく、この世界は元の現実をベースに、まるで鏡のように“反転”や“屈折”を加えることで構築されている。

 

 したがって、ストーリー上の辻褄や整合性は完全無視。

 辻褄が合わなかろうが知ったことか。

 大人の事情(売上)と、大人の事情(外部ライター)と、大人の事情(ネタ切れ)によってこの世界は成り立っているのだ。

 

 さて。そんなこの世界についての記憶の整理と推察も終えたところで、そろそろ本題へと踏み込まなければならないだろう。

 それ即ち――

 

「どうやって脱出するよ、これ……」

 

 僕は公園のベンチに腰かけたまま、頭を抱えていた。

 今こそ、原作の知識を活かしてスパッと事態を解決すべきだ――そう思っている読者諸氏の気持ちは、痛いほど分かる。

 僕だって、もしそちら側だったら、同じような感想を抱いていただろう。

 

 だが、生憎とそれは出来ないのだ。

 何故なら――

 

「もう覚えてねぇよ! 外伝のことなんて……!」

 

 ――忘れちゃったから☆

 

 繰り返すが、ここは本編とは一線を画した“外伝作品”の世界。

 ファンが楽しむためだけに生み出された、お祭り的な番外編である。

 確かに僕も一ファンとして購入して楽しませてもらったが……細かいところは覚えていないのが正直なところだ。

 そりゃあ、作品の肝である各キャラの反転、屈折具合と印象的なシーンくらいは覚えているが、ストーリーに関しては殆ど覚えていない。

 なにせ、結構ふわっとしていたというか……楽しいだけで、激熱展開があるとかでもなかったので、ハッピーエンドだったことは覚えているのだが、そこに至るまでの細かい経緯がマジで思い出せない。

 何してたっけ? お約束のように性格が違うキャラたちを集めて何かをしていた記憶はあるのだが……あぁ、やっぱりダメだ。全然思い出せない。

 

「ヤバいな、これ……」

 

 これまで天才的な閃きと鮮やかな手腕で数々の事件や異変を乗り越えてきた僕様ではあるが、結局は原作知識頼みであったことを様々と思い知らされる。

 せめて、攻略の糸口くらいは思い出したいのだが――

 

 公園のベンチで一人、頭を悩ませていたその時だった。

 

「――おっ! ユウト!」

 

 威勢のいい、凛とした声が響いた。声に聞き覚えはあるが、台詞に聞き覚えがない。

 そちらを振り向こうとしたところで、()()()()――と何か柔らかいものに顔面が衝突した。

 ん? ふにゃん?

 心地よい感覚と、鼻腔を刺激する甘い匂い。

 咄嗟に動こうとする僕をがっちりとホールドしている、肩から回された腕。

 横からいきなり肩組みされたのだろう――とぼんやり推測する。

 この体格と身体の柔らかさからして、パーソナルスペースガン無視で絡んできたこの人は女性だろう。声も低めとはいえ、女性のそれだったし。

 

 で、あるならば。

 

 お隣の人が女性であるならば。

 僕の顔面に衝突している()()()()の正体は――

 

「――って、うわぁ! いきなり何してんすか⁉」

 

 瞬間、脳内に答えが浮かび上がり、全力でその人物を押し返した。

 勢いのままにけっこう強く押してしまったのだが、彼女は微動だにしない。

 その姿勢の安定感からして、体幹がめちゃくちゃ鍛えられているようだ――なんて、場違いな感想が頭をよぎる。

 

 そんな僕の慌てた挙動を見て、彼女は豪快に笑っていた。

 

「はっはっは! 元気いいな! 落ち込んでいるように見えたが、安心したよ」

 

 彼女と距離を取ったことで、ようやく全身が目に入る。

 鋭く整った顔立ち。

 スタイルのいい肢体。

 ベンチの背もたれに腕を掛け、脚を組んで座るだけで絵になる造形美。

 

「イヴに会うなんて、奇遇だな!」

 

 トレードマークである銀髪をポニーテールに纏めた少女――霧島レイは明るい笑顔を浮かべていた。

 

 

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