世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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第45話:クールが熱血になると違和感がある件について

 

「霧島、先輩……?」

「おう! こんばんは!」

「こ、こんばんは……」

 

 白い歯をニッと見せて、元気いっぱいに挨拶してくる霧島先輩。

 元の世界でのクールな彼女を知っている分、そのギャップは凄まじい。

 唯ちゃんもなかなか強烈だったが、この先輩は普段との差が一段と激しい分、衝撃度はさらに上だ。髪型まで変わってしまっているしね。

 

「こんなところで何してんだよ?」

 

 ベンチに腰掛けながら、頼れる姉御のような口調で尋ねてくる。

 さりげなく後ろから腕を回そうとしてくる彼女が怖くて、僕は少しだけ距離を取った。

 

「いや、ちょっと考え事がありまして……」

「イヴに考え事とは穏やかじゃないな。まぁ、お前のことだから色々あるんだろうが、外で悩むのはやめときな。風邪引いちゃうからな!」

 

 性格が変わっても、面倒見の良さは変わらないらしい。

 霧島先輩は頼もしげな笑みを浮かべながら、ドン!と僕の背中を叩いてくる。

 膂力はそのままらしく、普通に痛い……。

 

「ゴホッ! た、確かに外で悩むのは良くなかったですね……そういう霧島先輩は、ここで何をしているんですか?」

「夜の散歩中にお前の()()がしたから駆けつけたんだ!」

 

 へへーん、と得意げに形の良い鼻をひくひくと動かしながら腕を組む先輩。

 揺れるポニーテールも相まって、大型犬のようだ。

 

「匂いって……」

「私は夜行性だからな。夜は感覚が鋭敏になるんだよ」

 

 ……本当に犬みたいだ。

 

「まぁ、私とユウトは眷属としてペアリングされてるから、普通よりも強くお互いのことを認識できてるってのもあるだろうな!」

「あぁ、なるほど……」

 

 納得したように頷いてみたものの、その説には懐疑的にならざるを得ない。

 なにせ、僕はこの世界の“僕”ではないのだ。

 皆の性格が反転、屈折している世界。自分だけが例外だなんて、思っていない。

 

 だからこそ、この世界の霧島先輩との間に“眷属としてのペアリング”が成立している可能性は、極めて低いだろう。

 

 それにしても、この世界の地藤優斗はどんな奴なんだろう。

 

 元の僕が勇猛果敢、聖人君子、温厚慈愛に満ちた人物であるからして、その真逆の人間に違いない。

 

 悪逆非道、鬼畜外道、大嘘つき野郎。

 ――嫌だな、そんな地藤優斗。

 

 きっと、平気で嘘を重ねて悪魔みたいな顔で笑っているメフィラみたいな奴に違いない。そんな奴に成長しなくて良かったと思うばかりだ。

 

 ……ただ、一方で解せないことがあった。

 

「ん? どうしたんだユウト。私の顔をじっと見つめて。あぁ、腕相撲したくなったのか⁉」

 

 違います。

 解せないのは、先輩のその反応だ。

 

 この世界の僕は――悪逆非道…かどうかはさておき。

 鏡の世界である以上、元の僕とは少なからず性格が異なるはずだ。

 

 だというのに、霧島先輩の態度に変化がなさすぎる。

 

 性格こそガラリと反転しているが(自分で言うのもなんだけど)、地藤優斗に対して少なからず好意を持ち、世話を焼こうとしてくれるその姿勢は、まさしく僕の知る霧島レイそのものだ。

 

 先輩だけじゃない。

 

 先ほど遭遇した、やたらめったら可愛――素直な唯ちゃんにしてもそうだ。

 

 彼女は僕に対して――いや、この世界の地藤優斗に対して、悪感情を見せるどころか、「会えて嬉しい」とまで言っていた。

 「結婚したい」とまで言っていた。(※言っていない)

 

 僕は別に鈍いわけではない。

 元の世界の唯ちゃんがツンケンしながらも、本気で僕のことを嫌っていないことくらいは分かっている。

 それどころか、軽口を叩き合える相手として、それなりに懐を開いてくれているとさえ感じている(多分、間違ってないはずだ)。

 

 そうしたことを踏まえると、浮かび上がってくるのは――霧島先輩も唯ちゃんも、元の世界と比べて地藤優斗に対する好感度に、さほど違いがないということだ。

 

 おまけに、しばらく会話をしてみた感じでも、僕の言動に違和感を覚えている様子はない。

 それを考えると――もしかすると、この世界の地藤優斗は、僕とほとんど性格が変わらないのかもしれない。

 

「あの、霧島先輩。ちょっとお聞きしたいんですが……」

「おう、なんだ?」

「……僕、いつもと比べておかしなところがあったりしませんか?」

「おかしなところ?」

「例えば、喋り方が変だとか、仕草が違うとか……性格が違うとか」

 

 霧島先輩はぱちりと目を瞬かせた後――

 

「いや、いつも通りだと思うぞ!」

「そ、そうですか……」

 

 どうやら違いはないらしい。

 つまり、僕は反転しても素晴らしい善人であったということか……さすがは僕。

 

「……ん、いや? あれ、なんか変だな……」

「先輩?」

 

 しかし、僕だけが適用外というのは、逆に解せないところもある――と考えていると、霧島先輩が急に僕の顔をじっと見つめながら唸り始めた。

 

「変だなぁ……おかしいなぁ……」

 

 変だと思った時にそんな独り言をする人は初めて見たが……それはともかく。

 どうやら、何かしらの違和感を覚えているらしい。

 

「どうしたんですか?」

「あぁ、いや……なんか、こう……ユウトはいつも通りのはずなんだが、そうじゃないような気もしてきたというか……」

「はい?」

「私も上手く説明できないんだけどよぉ……ユウトは間違いなくユウトなんだけど、いっつもこんな感じだったかって言われると、違ってたと思うんだ……」

「……なるほど」

 

 心底不思議そうに首を傾げる霧島先輩。

 だが、逆に僕は理解しつつあった。

 

 恐らく、この世界の僕は、元の世界の僕から反転――あるいは屈折しているのだろう。

 それがどんな性格かはさておき、間違いなく“別人レベル”の違いがあったはずだ。

 

 しかし、唯ちゃんも霧島先輩も、当初はその差異にまったく気づいていない様子だった。

 いや、正確には――気づく必要がなかったのだろう。

 だって、この僕は紛れもない“地藤優斗”本人なのだから。

 

 これはあくまで推測だが――()()()()()()()()()()()()のだと思う。

 同じ人物が二人いるはずがないというパラドックスを成立させるために、世界がうまく整合性を取っていたのだ。

 

 だが、他ならぬ僕自身がその違いを指摘したことで、補正にブレが生じた。

 霧島先輩は今、その違和感に悩んでいるに違いない。

 

「すいません、先輩。変なこと言っちゃいました。僕はご覧の通り、いつも通りですよ」

「……あれ? 確かにそうだな。私は何を悩んでたんだ……?」

 

 違和感の起点であった僕自身が発言を撤回したことで、再び“補正”が正しく働いたようだ。

 霧島先輩は首を傾げつつも、先ほどのように悩む様子はなくなっていた。

 

 ……しかし、改めてとんでもない世界だな。

 単純に性格が反転・屈折しているだけでなく、個々人の“認識”までもが巧妙にコントロールされている。

 例えるなら、この世界全体に強めの“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”が掛けられているようなものなのだろう。

 多少の違和感があったとしても、帳尻さえ合っていれば、どんな無茶も押し通せる。

 

「あっ、そうだ」

 

 考察の途中で思い出した。

 僕にはその“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”――能力があったのだった。

 ……まぁ、この流れからして多分ダメだとは思うけど、念のため、能力を発動させてこの世界から脱出できないか試してみた。

 

 結果は、もちろんNO。

 イベントを工夫してクリアするのはOKでも、イベントそのものをひっくり返すようなルール違反は嫌うメフィラだ。

 今回も、“悪魔の屁理屈”に制限を掛けているのだろう。

 つくづく、碌なことをしない悪魔だな……。

 

 ……あれ、っていうか……。

 

 まさかとは思うけど、この世界を創ったの、メフィラじゃないよな……?

 

 脳裏に浮かぶのは、不敵な笑みを浮かべるあの悪魔。

 いや、でも流石にそれはないか。

 本気を出せばできるのかもしれないが、ハッキリ言ってメリットが何もない。

 メフィラが手を出す領分ではないはずだ。

 

 クソ、こういう時に原作知識があれば、すぐにでも答え合わせができるのにな……。

 

「なぁ、ユウト」

「なんですか、先輩」

 

 霧島先輩に話し掛けられ、慌てて考察を中断する。

 彼女は元気いっぱいの笑顔――ではなく、真剣な目で僕のことを真っすぐに見つめていた。

 

「結局のところ、お前は何に悩んでいるんだよ? 私はお前の主で先輩なんだから、遠慮なく話してみろ。人に話すことでスッキリすることもあるかもしれないぞ?」

「それは……」

 

 話したところで、世界から修正が掛けられるかもしれない以上、話すだけ無駄になってしまう――なんて考えが頭を過っていた。

 そんな僕の葛藤を見抜いたわけではなかろうが、先輩はさっきと同じように僕の背中をドン!と叩いた。

 

「痛っ⁉」

「一人で悩んでいたってしょうがないだろ? こういう時こそ人を頼るんだよ! そりゃあ、私じゃ頼りにならないかもしれないけど、三人寄れば……なんちゃらって言うだろ?」

「三人寄れば文殊の知恵、ですかね。……三人どころか、二人しかいないんですが……」

「細けぇーこと気にすんなよ!」

 

 はっはっは! と元の世界ではしなかった豪快な笑い方をする霧島先輩。

 

「二人でも話をしていれば、なんか思い浮かぶかもしれないだろ? いいから話せ! 全部吐き出せ! さぁ!」

「な、悩み事ってこんなテンションで聞き出すことでしたっけ……?」

「テンションなんか関係あるか! 悩んでいる奴がいる! 話を聞きだす! 元気づける! それで十分だろ⁉」

 

 凄まじい勢いでグイグイとこちらへ迫って来る先輩。

 思わずベンチの上で後退りながら……しかし、彼女の言葉にも一理あるような気がしてきていた。

 

「大丈夫だ! どんな悩みでも私は笑わない! 疑わない! この世界が終わるって言われても、私はお前の言葉を信じるぞ!」

「せ、先輩……!」

 

 思わず『姉御ォ!』と呼びたくなる貫録を発揮する彼女の言葉に完全に流された――わけではないが、しかし彼女の言葉にも一理ある。

 間抜けなことに脱出方法を欠片も思い出せない以上、どうにかして帰る為の手段を見つける他ないだろう。となれば、重要なのは“情報収集”だ。

 より正確にこの世界のことを把握し、そして作戦を練る必要がある。

 目の前の霧島先輩(ポニーテールバージョン)もこの歪な世界の一住人に過ぎないのだから、どこまで核心的な情報を持っているのかは不透明だが、話を聞いておいて損はないだろう。

 

 僕は彼女のお誘いに便乗することにした。

 

「例えば……例えばの話ですけど、先輩は、目が覚めたら同じようで全く違う世界にいた時、どうしますか?」

「同じようで違う世界? それってどういう意味だ?」

「例えば、いつもはツンツンしている人が急に優しくなっていたり、普段はクールな人が熱血になっていたり――」

「なんだそれ。変だな」

 

 アンタのことだよ。

 

「……ともかく、姿形は殆ど一緒なのに、僕の知っている人たちの性格が反転しているんです。早く元の世界に帰りたいんですが、肝心の方法が思いつかなくて……」

「あれはどうなんだ? ほら、さっきも言っていたお前の能力の……なんだっけ? 悪魔の屁?」

「悪魔の屁理屈ですね」

 

 どこで区切ってんすか。

 

「一応、さっきダメもとで試してみましたが、元の世界に帰れそうな気配はなかったです。能力自体は普通に発動しているみたいなんですけどね……」

「そうか。私からすれば今が正常な状態だから、帰る方法と言ってもなかなか思いつかないな」

 

 うーん、と腕を組んで首を傾げる霧島先輩。

 彼女の言葉は正しい。仮にこちらの世界のポニーテール先輩が僕たちの世界に来て「この世界は間違っている! 元の世界に帰りたい!」と言われたところで首を傾げるしかないだろう。

 

 こうやって小馬鹿にすることなく話を聞いてくれて、さらに一緒に考えてくれているだけ、ありがたいことに違いない。

 

「もしかして、さっき“いつもと違う”とか色々聞いてきたのも、それに関係してるのか?」

「はい、そうです。何か元の世界に帰るためのヒントを見つけられればと思っていたんですが……」

「ヒント、ねぇ……」

「まぁ、そんな簡単に見つかるはずもないですよね。鏡の世界だなんて、馬鹿げた世界の攻略方法なんて……」

「ん? 今なんて言った?」

 

 霧島先輩の声音が少し変わった。

 僕はもう一度、言葉を繰り返す。

 

「いや、だから“鏡の世界”の攻略方法なんて……」

「鏡の世界って、どういうことだ?」

「あっ、そういえば言っていませんでしたね……」

 

 僕は慌てて、先輩に説明を始めた。

 自分が別の世界から来たこと。

 買い物の途中、クソ悪魔によって鏡の中に引きずり込まれたこと。

 ここは恐らく“鏡の世界”であり、元の世界をベースに“反転”や“屈折”が加えられて誕生した世界であること。

 

 ……よくよく考えれば、この世界の住人である霧島先輩にとっては、かなり酷な事実かもしれない。

 だが僕は、焦りからか、そんなことにも気づかずペラペラと話してしまっていた。

 

 腕を組んで話を聞いていた霧島先輩は、僕の話が終わると、怪訝な表情で口を開いた。

 

「……それ、()じゃないか?」

「変って、どういうことですか?」

「いや、だって――」

 

 霧島先輩は首を傾げながら言った。

 彼女にしか言えない――彼女だからこそ気づいた盲点を、静かに口にする。

 

「――私たち、吸血鬼じゃないか」

「あっ」

 

 

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

 

 

 吸血鬼にはさまざまな伝承があるが、そのうちの一つに「鏡に映らない」というものがある。

 

 鏡は古来より、象徴的な意味を持つアイテムとして扱われてきた。

 嘘や欺瞞を暴き、真実を映し出すものとしての側面があるという。

 また、ヨーロッパでは邪悪な存在を追い払う道具とされていたらしい。

 そのため、魔性の存在である吸血鬼のような邪悪な存在は、自らの“真実”を映し出すことができず――鏡には映らないという説がある。

 

 何度か描写されている通り、この世界の吸血鬼たちは、オーソドックスな特性を有している。

 

 日光が苦手。

 ニンニクが苦手。

 血が好き。

 

 これらのことから考えるに、「鏡に映らない」という特性もあって然るべきだろう。

 鏡だけ例外というのは、筋が通らない。

 

 だというのに、僕は平然と鏡に映り、あまつさえ鏡の世界の中に取り込まれてしまった。

 吸血鬼失格もいいところだ。

 

 しかし、曖昧な僕の記憶が正しければ、原作外伝でも霧島先輩はこんな感じの性格で登場していたはずだ。

 どうにも定義がよく分からない。

 

「まぁ、私はハーフだし、お前に至ってはもうよく分からないことになっているから、そこら辺の判定は緩かったのかもしれないな!」

「なんですか! そのガバガバ設定は! ふざけないでくださいよ!」

「いや、お前の設定の方がガバガバだろ」

「返す言葉もございません」

 

 一応のベースは人間。

 だけど悪魔の契約者で、心臓がなくて、能力上はエクソシストとしての登録もあって、ダメ押しに原種吸血鬼の眷属でもある。

 すべての種族に浅くタッチしていて、どこにも属さない――いや、属せないこの感じ。

 まるでミーハーみたいじゃないか。

 いや、種族ミーハーってなんだよ。

 

「僕のアイデンティティはどこにあるんだ……」

「どこでもいいんじゃないか? 吸血鬼なら嬉しいが、お前はもはや、“地藤優斗”っていう種族だからな!」

「それは、褒められているという認識でよろしいですか……?」

「んにゃ、私にもわかんねー!」

 

 ハハハ! と豪快に笑い飛ばす霧島先輩。

 もしかして、知能まで反転しているんじゃ――なんて、とんでもなく失礼な考えが一瞬だけ過ったが、よくよく思い返せば、元の彼女もけっこう緩い人だったなと気づく。

 

 天然というか、直感的というか……。

 論理的な思考回路を持つ理系で秀才の僕には、理解しづらいタイプの人間だ。

 

「話を戻すが、私は普段から鏡に映っているし、日光だって苦手だが外に出られないわけじゃないし、ニンニクだって苦手なだけで食べられないわけじゃないんだ。つまり――」

「鏡に映らない特性は有しているはずだが、その血が薄いからどうにかなっている――ということですか?」

「多分な!」

 

 確証はねーけど、と謙遜する霧島先輩だが、彼女の発言はかなり的を射ているように感じた。

 ということはつまり――

 

「吸血鬼としての特性を強くすることが出来れば、自動的にこの世界から脱出することが出来るってことか……!」

 

 早速、“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”を使って吸血鬼としての側面を強くしようとした僕だったが、

 

「そうかもしれないが、そこら辺はちょっと慎重になった方がいいかもしれないな」

 

 鋭い声で制止されて先輩の方を見た。

 彼女は真剣な――深刻な表情を浮かべていた。

 

「鏡に映らなくなるってことは、この世界から消滅するってことだろう?」

「えぇ。だから――」

「でもその後、元の世界に戻れる確証があるわけでもないんだろう?」

「あっ」

 

 言われてみればそうだった。僕はあくまでもこの世界に(メフィラの手によって)引きずり込まれたのだ。

 この世界からの消失=元の世界への帰還と結びつくわけではない。

 危ない、危ない。

 危うく、何も考えずにこの世界から消失して本当の意味で帰り道を失うところだった。

 

「まぁ、上手くやれば帰れるのかもしれないけど、もうちょっと色々考えてからの方がいいんじゃないか?」

「……そうですね。確かにその通りです。ありがとうございます」

「いいってことよ!」

 

 霧島先輩はニッと笑った。

 何とも頼りになる、姉御のような笑みだった。

 

「取り敢えず、もう少しこの世界のことを見て回って情報を集めてから適切な帰り道を見つけたいと思います」

 

 原作では間違いなくこんな裏技みたいなやり方で帰っていない筈だし、正規ルートで帰れるならそれに越したことはないだろう。

 それに――癪な話だが、あのメフィラがわざわざ僕を連れ込んだということは、それなりの理由があるだろうという嫌な信頼があった。

 

「おう! そうしろ、そうしろ! 私に手伝えることがあったら何でもいいな!」

「ありがとうございます。先輩、やっぱり頼りになりますね……!」

 

 俺は最初から信じていましたよ。霧島先輩。

 貴女がとんでもなく頼りになる人だということを。

 

「よせやい、照れるだろうが……!」

「痛っ!」

 

 ニマニマ笑いながら俺の背中を叩く。

 頼りになるのはいいんだけど、このスキンシップだけは何とかならないもんかね……?

 

「いやー、それにしても鏡の世界とはねぇ。奇怪な物もあるもんだ!」

「吸血鬼の先輩からすればそうでしょうね」

「お前も吸血鬼だけどな! まぁ、一番驚いたのは、私が鏡の世界の住人だったってことだがな!」

 

 ハハハハハ! とこれまた豪快に笑う霧島先輩。

 この世界の霧島先輩だから笑い飛ばせていることだけど……これって笑い飛ばしていいことなのか?

 

「ん? どうした。また暗い顔してるじゃないか?」

「えっ……あぁ、いや。よくよく考えれば、僕、とんでもないことを言っていたなと思い返しまして……」

「とんでもないこと?」

「だって、この世界の住人である霧島先輩に向かって、この世界は偽物だって言ったも同然なんですよ?」

 

 本来であれば、“鏡の世界”について説明した時に考慮しておくべきだったのだ。

 普通に考えれば、自分の住んでいる世界を偽物呼ばわりされて嬉しい人間なんていない。

 先輩が寛大で、大らかだったから許されただけであって、相手によっては殴られていてもおかしくはなかっただろう。

 

「……ていうかそもそも、僕の言葉を疑わないんですか?」

「あぁ? なんでユウトの言葉を疑わなきゃいけないんだ?」

 

 察しの悪い先輩に微かな苛立ち――とも違う感情を抱きながら答える。

 

「だって、僕の言葉が正しければ、先輩たちは鏡の中だけに存在する虚像だ――って、そう言っているのも同じなんですよ?」

 

 ベースとして存在する元の世界を、屈折・反転させて創られたこの世界。

 結局、元の世界ありきの“鏡の世界”だ。

 

 確かに、この世界の人々はちゃんと生きている。

 けれど、その姿はあくまで“虚像”に過ぎない。

 それは僕の認識でしかないけれど、この世界に生きる人々にとっては、不快極まりない考え方だろう。

 自分たちの存在を“偽物”だと言われているようなものなのだから。

 

「あのなぁ、さっきも言っただろ。私はお前の言葉を笑わないし、疑わないって」

「確かに言っていましたけど……」

「お前は地藤優斗だ。例え、何かが違っていたとしても、お前はお前だ。私はユウトの言うことなら信じる。そう決めているんだ」

 

 何の迷いもなく、霧島レイはそう言い切った。

 ポニーテールを揺らしながら、快活な笑みを浮かべる彼女の姿に、ふと元の世界の彼女が重なる。

 

 “お前は地藤優斗だ。例え、何かが違っていたとしても、お前はお前だ”

 

 彼女の言葉が重く響く。

 そうだ。どれほど性格に違いがあろうとも、この人は霧島レイなのだ。

 頑固で、世話焼きで、真っすぐな――霧島レイその人なのだ。

 

「……先輩」

「うん?」

「ありがとうございました。もう、大丈夫です」

「おう! いい顔になったな! やっぱりお前はそうでなくっちゃ!」

 

 霧島先輩が腕を振りかぶる。

 またしても背中を叩かれる――前に僕は自分の手を差し出した。

 

 パチンッ!

 

 彼女の手と僕の手が重なり、冬の公園に乾いた音が響き渡った。

 

「ハイタッチ。偶にはいいものですね」

「あぁ! これ、いいな!」

 

 痛みを回避するための咄嗟の動作だったが、思わぬ快感だった。

 僕は嬉しそうな先輩を見て自然と微笑みながら、ゆっくりとベンチから立ち上がった。

 

「行くのか?」

「はい。もう行かせてもらいます。――確かめるべきことが、ありますので」

 

 こうなったら、徹底的にやるしかないだろう。

 知識がない未開同然の地で気分が落ち込んでいたが、先輩のお陰でモチベーションが上がって来た。

 

 クリスマス本番まではまだ時間がある。

 ベンチで悩んでいる時間は終わりだ。

 さっさと攻略して、璃奈の待つ家に帰ろう。

 

「さっきも言ったけど、困ったことがあればいつでも言うんだぞ! 私はお前の味方だからな!」

「はい。ありがとうございます」

 

 僕は、同じくベンチから立ち上がった霧島先輩に深々と頭を下げた。

 これは、あれだな。

 時間に余裕があれば、彼女にもクリスマスプレゼントを渡すべきだね。

 この世界でも、元の世界でも。

 

「それじゃあ、先輩。夜行性なのは分かってますが、あまり出歩きすぎないようにしてくださいね。女の子なんですから」

「ハハハハハ! この私を女の子扱いとは恐れ入る。だけど、分かったよ。ユウトにも会えたことだし、この後は大人しく帰るよ」

「そうしてください。それじゃあ、お休みなさい、先輩」

「おう! お休み! いいクリスマスを過ごせよ!」

「先輩も」

 

 ブンブンと大きく腕を振る彼女に、僕も手を振り返しながら背を向ける。

 ――あっ、いけない。言い忘れていたことがあった。

 

「先輩! すいません、言い忘れていたことがありました!」

「んー?」

 

 立ち去ろうとしていた霧島先輩が振り向く。

 その勢いで、艶やかな銀色のポニーテールがひらりと舞った。

 

 僕は笑顔で、素直な気持ちを伝える。

 

「そのポニーテール、最高に似合ってますよ」

「――――」

 

 霧島先輩は赤い瞳を大きく見開き――

 

「ありがとな!」

 

 満面の笑顔を浮かべた。

 夜にこんな表現はどうかと思うが――それはまるで、晴れ渡った蒼穹の空のような、爽やかで澄み切った笑顔だった。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

 公園を後にした僕は、そのまま見慣れた道を歩いていた。

 

 霧島先輩との会話を通じて、この世界の概要はおおよそ掴めてきた。

 けれど、まだまだ情報は足りない。

 本来なら1月1日に開始されるはずのイベントが、なぜか前倒しで始まっているという謎も残っている。

 僕には、まだやるべきことが山ほどある。

 

 原作知識という最強カードが機能しない今、情報は地道に、自分の足で集めるしかない。

 こういう言い回しだと、まるで刑事になったみたいだけど――実態はただの迷子だ。

 どちらかというと、被害者である。

 

 そう。僕は迷子なのだ。

 お巡りさん、助けてください。早く帰りたいです……。

 そう訴えたところで、この世界のお巡りさんは、この世界の住人しか助けられないだろうし――

 やっぱり僕は、自分でどうにかするしかない。

 

 白い息を吐きながら、璃奈へのプレゼントを持ち直す。

 やれやれ、本当にとんでもないイヴになってしまった。

 せっかくリア充になって迎える初めてのイヴだというのに、これでは先が思いやられる。

 

 というか、外伝まで適用されることが分かった今、攻略しなければならないイベントがいくつに膨れ上がったのか――

 考えるだけで、眩暈がしてくる。

 

 まぁ、一人でナーバスになっていても仕方ない。

 元の世界に帰れば、璃奈がきっと慰めてくれる。

 だから今は、帰る方法を見つけるしかない。

 目の前のことから、一つずつ、だ。

 

「一つずつ、ね」

 

 つらつらと考え事をしていた僕は、ようやく目的地にたどり着いた。

 僕が帰るべき場所――天羽邸へ。

 

 とはいえ、“この世界の”という言葉が頭に付く以上、ここは本当の意味で僕が帰るべき場所ではない。

 それでも、今の僕にとっては、確かめるべきことがある場所だった。

 

「……行くか」

 

 僕は深呼吸をしてから、震える指先で、そっとインターフォンを押した。

 家の中でチャイムの音が響いたのが伝わってくる。

 バタバタと人が玄関まで来ている気配が近づいてくる。

 

 らしくもなく緊張しているが、それも仕方ないだろう。

 今回ばかりはまるで頼りになっていない原作知識によれば、これから対面することになるのは反転、屈折した璃奈なのだから。

 いつもの璃奈だと思って接してはいけない。

 

 ガチャリ。鍵の開く音。

 ゆっくりと、扉が開いていく。

 

 

 そして――

 

 

 

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