世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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第51話:悪魔が天使になっていると違和感がある件について

 

 世界を救う。

 ――僕たちの世界を、滅ぼして。

 

 妄言としか思えない、ふざけた発言だ。

 口にするのも恥ずかしく、そして恐れ多い。

 問題なのは、それを口にしたのが他ならぬ“僕自身”であるという事実だった。

 鏡の僕は、至極真剣な表情で剣を構えている。

 

「……本当はね、君を関わらせたくはなかったんだよ」

 

 ぽつりと、鏡の僕が言葉を漏らす。

 

「不死身の能力。感情の振れ幅が激しく、平気で人を騙す悪魔性。おまけに妙な悪運まで持っている。地藤優斗が渦中に飛び込んで碌なことになった記憶がない以上、君を巻き込むだけで僕の計画は狂うに決まってる」

「……流石は僕。よく分かっているじゃないか」

「そりゃあ、君は僕だからね」

 

 鏡の僕は肩を竦める。

 

「そんな厄介極まりない僕――地藤優斗を無効化する手段は2つだけだ。1つは、事件に関わらせないこと。起きていることに気づかせず、徹底的に蚊帳の外に置いて隔離する。これが一番穏便で、確実な方法だが……それはそちらのメフィラに防がれてしまった」

 

 鏡の僕は苦々しい表情で語る。

 そうか……今回もアイツの悪戯に巻き込まれただけだと思っていたが、実際には“世界を救うための行動”に繋がっていたらしい。

 にわかには信じがたいが、鏡の僕の言葉を信じるなら、そういうことになる。

 本人にその意識があったかはともかく――僕たちの世界が消えれば、メフィラも困るのだろう。

 

「だから、もう1つの手段を講じるしかなくなった」

 

 剣を構えながら、鏡の僕は鋭い眼光で僕を射抜くように睨みつける。

 

「地藤優斗は不死身である。これは、君にも、僕にも共通する事実だ」

 

 悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)による理不尽な蘇生能力。

 吸血鬼化による超回復。

 ――世界中を見渡しても、これほど殺しにくい存在はそういない。

 

「殺されたら状況がリセットされ、またゼロからのスタートになる。この能力の特性上、まともにやり合って得られるものなんて一つもない。だから、僕は結論を導き出した。地藤優斗は殺すのではなく――生かしたまま、拘束するしかない」

 

 鏡の僕が口にした言葉は、冷静で理に適っていて、論理的には正しい。

 もし僕が“地藤優斗”という存在を完全に無効化しようとするなら、確かにそれは最も合理的な手段だろう。

 剣を構えたまま、鏡の僕は冷徹な目で僕を見据える。

 

「そんなわけで、悪いけど君を拘束させてもらうよ」

「……そう簡単に出来るとでも?」

 

 膝をついていた地面から跳ねるように跳躍。

 反射的に距離を取った僕は同時に懐へと手を伸ばし、鏡の僕と同じように剣を抜き放つと、刃を出現させて構えを取った。

 

「僕たちは同じ存在だ。戦ったとしても、堂々巡りになるだけだぞ?」

「確かにそうかもね。だけど、君を拘束する為に僕だけが頑張る必要はないだろう?」

「なに?」

 

 “悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)――発動”

 

「出来れば会わせたくなかったんだが、こうなったら仕方ない。僕の家の()()()()()()()()

 

 鏡の僕がそう告げた瞬間、虚空に蒼銀の霧が渦を巻いた。

 巨大な魔力の気配が空間を満たし、思わず身構える。

 霧はゆっくりと人型へと変化し――そして、彼女は現れた。

 

「――あら? 私の愛しの契約者様が2人いらっしゃるのね……?」

 

 艶やかなアルトの美声が、空気を震わせるように響く。

 聞き慣れたはずの声なのに、そこに宿る神聖さと可憐さには、まるで覚えがない。

 

 彼女は、まるで夜明けの光を纏ったような存在だった。

 

 肩までの髪は淡い銀色で、光の角度によってはほんのりと青みを帯びて見える。

 瞳は黄金に輝いているが、ギラギラとした野心や邪悪さは感じられず、まるで太陽の欠片を閉じ込めたような穏やかな光を湛えていた。

 その身に宿る気配は、悪魔的なメフィラとは対照的に、柔らかく、優しく、そしてどこか儚げだ。

 

「急に呼び出して悪かったな。アイツは、本体の地藤優斗だ」

「なるほど。いつかは出会えると思っていましたが……やはり、()()()()が連れてきたのですね」

 

 冷たい風を浴びながら、彼女はどこか儚げに微笑む。

 まるで、深窓の令嬢のような佇まいだった。

 

「え、えーと、鏡の僕さん。その、隣にいらっしゃる可憐なお嬢さんはどちら様で……?」

 

 脳みそが混乱しきっている僕は、拙い言葉で尋ねる。

 鏡の僕は不思議そうに首を傾げた。

 

「見て分からないのか?」

「分かるけど分からないから聞いてんだよこのタコ」

「きゅ、急にどうした……?」

 

 どうもこうもあるか。

 混乱の極みにいるんだよ、こっちは。

 

「ま、まぁ……せっかくだし、自己紹介はしてもらってもいいけどさ」

 

 困惑しながら鏡の僕が促すと、隣の美少女は一歩前に出た。

 純白のワンピースの裾を摘まんで軽く持ち上げ、貴族の令嬢のように慎ましく――嫋やかに礼をする。

 

()()()()()()()()()()()。どうぞよろしくお願いします。異なる世界の、愛しの契約者様」

「……」

 

 

 嘘だろ、おい。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰ 

 

 

 

 

 如月メフィラ。

 

 その名前を聞くだけで頭痛が走る僕は、恐らく如月メフィラ恐怖症に違いない。

 しかし、それも無理からぬことだろう。

 

 奴にはどれだけの迷惑を被ってきたか、考えたくもない。

 その一方で、助けられても来たのだから、一概に断定することのできない奇妙な関係が構築されているのが現状だ。

 

 傲岸不遜にして、悪逆非道。

 邪悪邪道、鬼畜外道。

 この世のありとあらゆる不名誉を一身に体現しながら、どこか誇らしげにそれを着こなす――

 ある意味で、悪魔の理想形とも言える存在。

 

 それが如月メフィラである。

 

 ちなみにその出自は、魔界を支配する悪魔王の娘であり、四騎士の一人・死王女モルヴェリアを姉にもつ紛れもない王族だ。

 彼女自身も四騎士に匹敵する力を持つ実力者であり、その万能に近い権能もあって、敵に回すと非常に厄介な人物だ。

 ……ちなみに、味方にしても厄介極まりないので、彼女とは関わらない方がいい。絶対に。

 

 そんな、悪魔の教科書があったらまず見本にされそうな彼女が反転した存在もまた、この鏡の世界には存在するという。

 正直なところ、メフィラに対して抱いているある種の畏怖というか、

 「絶対にコイツだけは言う通りに動かせない」という嫌な信頼もあってか、

 奴のアイデンティティが変貌するところは、欠片も想像できていなかったのだが――

 

「これは、流石に驚いたな……」

 

 僕は思わず、まじまじと目の前にいる美少女を舐めるように眺めていた。

 姿形は間違いなくメフィラだ。

 声だって、奴のものに違いない。

 だというのに――服装や仕草、表情だけで、こんなにも別人になるとは思わなかった。

 

「あ、あの……」

「なんですか、お嬢さん」

「その、そんなにジロジロと見つめられてしまうと……照れてしまいます」

 

 薄く頬を染めながら、恥ずかしそうに視線を逸らすご令嬢。

 あまりに可憐で、思わず胸が苦しくなる。

 

「これは、これは、失礼いたしました。ご無礼をお許しください、お嬢さん」

「いえ、いいのです。私が、恥ずかしがり屋なだけですから……」

「そんなことはない。僕が不躾なだけでした。非礼を詫びると共に、どうか顔を上げてください、お嬢さん。僕は、貴女とお話がしたいのです」

「あら……」

 

 ふんわりと顔を上げる少女。

 改めて見ると、とんでもなく美しい顔立ちをしている。

 きっと、“完璧な顔立ち”というのは、この人のことを指しているのだろう。

 ……まぁ、璃奈の方が可愛いのだが。

 

「ところでお嬢さん、良ければ『如月メフィラ』なんて名前は捨てて、新しい名前で僕の世界に――」

「何してんだ、お前」

 

 美しいご令嬢との会話に水を差す、無粋な声。

 僕はとびっきりの軽蔑の視線を送った。

 

「何って、お話ししているんだよ。横から口を挟まないでもらえるかい?」

「いや、お話しって……なに呑気なことしてんだよ。さっきまでのドシリアスな展開、もう忘れたのか?」

「覚えてるわけないだろうが。引っ込んでろ」

「えぇ……?」

 

 困惑している鏡の僕を手で「しっしっ!」と追い払う。

 まったく、鏡の自分ながら呆れてしまう。

 会話の空気も読めないとは。地藤優斗の片隅にも置けない奴だ。

 

「喧嘩ですか? 自分同士で喧嘩は、よくありませんよ?」

「喧嘩だなんてとんでもない。僕はただ、皆と仲良くしたいだけです。当然、貴女ともね」

「あら、お上手ですね」

 

 口元に手を当て、コロコロと笑う麗しの君。

 僕は何故か、泣きそうになっていた。

 理由は分からないが、何となく心が「こっちがいいッ!」って叫んでいる。

 

「こっちがいいッ!」

「はい?」

 

 あっ、やべ。声にでちった。

 

「ゴホンッ! 失礼、つい願望が口から飛び出してしまいました」

「はぁ……」

「いやぁ、隣の芝生は青く見えると言いますか……貴女が契約者なのが羨ましくて仕方がないですよ」

「そんな、私なんてただの猪口才な悪魔に過ぎません。過大評価は止してください」

「こっちがいいッ!」

「あら、またですか?」

「えぇ、発作のようなものでして。うるさくてすいません」

 

 胸に手を当てて謝罪する。

 全く。ちょっと自省しないといけないな。

 確かにこのご令嬢は美しい。おまけに、謙虚で、素直で、健気で、皮肉なんて言わなくて、邪悪な気配もなくて、寧ろ爽やかな気配があって、主人公陣営の真っ当なヒロインっぽさがあって、話していて楽しくて、穏やかで、嫋やかで、裏切りを警戒するあまり、逆に信用するみたいなところもなくて、ややこしくなくて、大体どこでも黒幕なわけではなくて、事情を説明せずに渦中に放り込むような悪質性もなくて、どこか儚げな雰囲気があるだけの女性じゃないか。こっちで良くね?

 

 ――っていうか、こっちが良いんですけど⁉

 

「えーと、顔が百面相だが、大丈夫か? 本体の僕」

「大丈夫です。ぼくは、だいじょうぶです」

「それは良かった。じゃあ――」

 

 鏡の僕は軽く首を鳴らしてから、鋭い視線で僕を睨みつけて来た。

 

「――そろそろ、茶番は終わりでいいか?」

「ッ!」

 

 空気が、変わった。

 さっきまでの柔らかな空気が、まるで嘘だったかのように張り詰める。 

 

 鏡の僕の瞳が真紅に染まり、吸血鬼としての力が解放される。

 油断なく構えられた剣。

 その刃先は、いつでもこちらへ飛びかかってくる準備ができていた。

 

「……おいおい、もうちょっと楽しませてくれても良いだろ?」

「そういうわけにもいかない。好き勝手に時間を稼がせていたら、一気に形勢をひっくり返されかねないからな」

「……流石にバレてたか」

「当たり前だろ。僕は、君なんだから」

 

 先ほどまでの弛緩した空気は、もうどこにもない。

 鏡の僕は冷徹に、淡々と命令を下す。

 

「メフィラ。本体の僕を拘束してくれ。絶対に脱出することができない、異空間へ」

「……分かりました」

 

 静々と頷き、鏡のメフィラは申し訳なさそうな表情で僕を見る。

 

「申し訳ありません、異なる世界の契約者様。ですが、この世界を救うための戦いを、貴方に邪魔されるわけにはいかないのです」

「ッ! 僕たちの世界を滅ぼすことになろうともか⁉」

「そうです」

 

 力強い瞳で、断定するメフィラ。

 彼女は白魚のように美しい指を持ち上げ、僕を指さした。

 

「――どうか、大人しくなさってください。そして、全てが終わった時、私を裁いてくださいませ」

「身勝手なことを……!」

 

 僕は叫びながら、身体を黒霧へと転じさせる。

 一先ず、状況は把握できた。

 この場は一時撤退が吉だろう。

 

 しかし。

 

「ッ! 霧化が……!」

「申し訳ありません。それは、防がせていただきます」

 

 空へと舞い上がるはずだった僕の身体は、霧になることなく、地に縫い止められたように留まっていた。

 何が起きたのか、一瞬理解できず、足元に視線を落とす。

 霧化は発動しているはずだった。

 だが、身体は粒子にならない。

 

 視線を上げると、鏡のメフィラが静かに印を結んでいた。

 その指先から広がる術式の紋様――見覚えがある。

 街の中、メフィラに引きずられて鏡の前まで連れて行かれたあの時。

 僕は、同じように霧化を封じられていた。

 

「クソっ! 同一存在なら、同じ術式は使えて当然か……!」

 

 侮った。というよりも、完全に失念していた。

 僕は歯噛みしながら、霧化に見切りをつけて一気に後退する――が、

 

「これは……結界?」

 

 紫色の膜が、いつの間にか僕たちを囲うように展開されていた。

 空間が閉じられている。 

 逃げ道は、どこにもない。

 

「悪いね。ここから逃がすわけにはいかないんだ」

 

 鏡の僕の声は、冷静だった。 

 まるで、全てが想定通りのような――己の勝ちを確信したような表情。

 

「ふざけんな……!」

 

 怒りに任せて剣を振るい、背後の結界を斬りつける。

 だが、刃は膜に触れた瞬間、鈍く弾かれた。

 まるで、歯が立たない。

 

「……さよならだ、本体の僕。全てが終わった後に、また会おう」

 

 鏡の僕の命令を受け、鏡のメフィラの力が発動する。

 僕の理性は冷静に告げていた。

 これは“詰み”だと。

 

 だが、本能はまだ諦めていない。

 諦めることが出来ない。

 

 絶対に敗北を認めたくない心と、これが“詰み”であると理解してしまう心。

 

 その二つが、胸の奥で激しく衝突する。

 この状況は、僕ひとりでは覆せない。

 僕にはもう、どうすることもできない。

 

 だからこそ、その声が響いたのは、必然だった。

 

 

「――お困りのようだね。手を貸してあげようか?」

 

 

 艶やかなアルトの声が、空気を裂くように響く。

 聞き覚えのある台詞に、思わず顔を顰めるが――今は、猫の手どころか、悪魔の手でも借りたい状況だった。

 

 僕は恥を忍んで、首肯する。

 

「頼む」

「いいよ」

 

 涼やかな声と同時に――

 

 パチンッ。

 

 乾いた音が河川敷に響き渡った。

 それは、悪魔の力が発動した合図。

 この世ならざる、邪悪なる魔の力。

 

「ッ! これは――」

 

 周囲を覆っていた結界はその瞬間、跡形もなく消し飛んだ。

 鏡の僕は鋭い視線で虚空を睨みつける。

 

「貴様……!」

「己の契約者に対して『貴様』というのはいただけないね」

 

 虚空に、蒼銀の霧が渦巻き始めた。

 空間が軋み、魔力の波が静かに広がっていく。

 その中心から、低く、艶やかで、どこか邪悪な響きを孕んだ声が漏れ出す。

 霧はゆっくりと人型へと収束し、輪郭を帯びていく。

 

「――とはいえ、君は僕の直接の契約者ではないわけだから、ここは鷹揚に聞き流しておくべきだったかな?」

 

 揶揄うような口調とともに、霧の中から一人の麗人が降臨した。

 心なしか、僕を庇うような位置に立ち、不敵な笑みを浮かべている。

 

 この世界へ僕を誘った元凶。

 

 如月メフィラが、そこにいた。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰ 

 

 

 

「……己の契約者の危機にノコノコと現れたか。相変わらず、過保護なことだ」

「そりゃあ、ここで彼に死なれたら、僕たちの世界が危ないからね。世界の守護者として、責務を全うする義務が僕にはあるのさ」

「「どの口が言ってんだッ!」」

 

 思わず飛び出したツッコミは、奇しくも鏡の僕と丸被りした。

 ――というか、お前、登場のタイミングからして、最初からずっと見ていただろ。

 そういうところだぞ、マジで。

 

「アハハ! 仲が良さそうじゃないか。何よりだ。同じ存在同士で喧嘩は良くないからねぇ――君も、そう思わないかい?」

「えぇ、同意見です」

 

 メフィラが流し目を送った先にいた少女――鏡のメフィラは静かに頷く。

 言葉とは裏腹に、2人の間で交わされている視線は、決して友好的とは言えない。

 

「ほら、僕たちを見習って君も自分と喧嘩をするのは止しなよ」

「……お前らだって友好的に見えないけどな。それから、その文句はあっちの僕に言え」

「やれやれ。これじゃあ、子供の喧嘩だね」

 

 呆れたように首を振ったメフィラは、チラリと僕に意味深な視線を送って来た。

 

「……な、なんだよ?」

「別に」

 

 そう言って、ひょいと視線を逸らす。

 なんだよ。

 追加の皮肉が飛んでくると思って身構えていたから、肩透かしになってしまう。

 なんか調子狂うな……。

 

 いつもと少し違うメフィラに首を傾げる僕だったが、ここは、その理由をのんびり考えさせてくれるような場所ではなかった。

 

「――私の愛しの契約者様、どういたしましょうか」

 

 鏡のメフィラが、柔らかくも冷ややかな声で問いかける。

 その声音に、空気が再び張り詰める。

 

「……やることは変わらないさ。寧ろ、目的としていたターゲットが増えた分、好都合だ。2人まとめて捕えよう。やれるな? メフィラ」

「ご命令とあらば」

「本体の僕は、僕が仕留める。そっちは任せたぞ」

 

 鏡の僕の言葉を受け、一歩前に進み出る深窓の令嬢。

 黄金の瞳が、静かにこちらを見据える。

 その視線は、冷静で、容赦がない。

 

「……やれるか? メフィラ」

「やれやれ、仕方がないな」

 

 メフィラは肩を竦めながら、一歩を踏み出す――

 その直前、くるりと僕の方を振り向いた。

 

「……なんだよ?」

「いや、ちょっと、ね」

 

 ニヤニヤと笑いながら――しかし、目の奥は欠片も笑っていないメフィラが、至近距離で圧を掛けてくる。

 その距離感が、妙に近い。

 

「あの、あっちのメフィラがそろそろ仕掛けて――」

「随分と、鏡の僕相手にデレデレしていたね?」

「はっ?」

 

 予想だにしていなかった言葉に首を傾げる。

 メフィラは凶悪な笑みを浮かべながら、黄金の瞳で僕を見つめる。

 まるで、獲物を付け狙う蛇のように。

 

「これから証明してあげるから、そこでしっかりと見ておくことだ。――どっちが、より優れたメフィラなのかを、ね」

「お、おい……」

「それじゃあ、行ってくるよ。あぁ、もうちょっと下がっておいた方がいい」

 

 一方的に言いたいことだけ言い、メフィラはくるりと振り返った。

 

「――うっかり巻き込まれて死にたくはないだろう?」

「ッ⁉」

 

 ゾッとするほどの魔力が、メフィラの身体から立ち昇る。

 空気が震え、地面がわずかに軋む。

 僕は思わず一歩、いや、二歩後退った。

 そういえば、今までコイツの“本気”なんて見たことがなかったから忘れていた。

 

 この悪魔は、四騎士にも匹敵する力を持つ、圧倒的な実力者だったのだ。

 メフィラは戦地へと赴く。

 鏡合わせの自分――虚構のメフィラと戦う為に。

 

「……なんだったんだよ、一体」

 

 固唾を飲んでその背中を見送る中で考えるのは、先程のやり取りについて。

 今思い返しても、妙なところばかりだ。

 メフィラらしくなかったというか、凄く変な感じがした。

 いつものアイツなら、わざわざ自分の方が優れているなんて言葉で言ったりはしないし、機嫌が悪いとしてもあんな直接的な圧の掛け方はしてこない。

 もっと皮肉っぽく、もっと遠回しに、もっと面倒くさく絡んでくるはずだ。

 

 一体どうしたというのか。

 考えられることとしては、鏡の僕か、鏡のメフィラが原因だと思うが……そんな変なこと言っていたかな?

 

 ……いや、言っていたな。主に、僕が言っていた。

 鏡のメフィラのあまりの反転ぶりに感動して、妙な言葉遣いで延々と口説いていたのだった。

 でも、おかしかった点と言えばそれくらいで――

 

 いや、待てよ。

 それは十分な理由になるんじゃないか?

 

 例えば、僕があまりにも鏡のメフィラに言い寄っていたもんだから――

 

 ついつい、()()()()()()()()、みたいな――

 

「いや、ないな。それはない」

 

 僕は浮かんだ考えを笑って一蹴した。

 

 嫉妬? あのメフィラが? 

 ないない。

 そんな可愛い一面があるような奴じゃないだろう。

 

 僕が自分の中で結論を下し、何が起きても大丈夫なように剣を取り出して全身に霊力を漲らせる。

 

 目の前では、2人のメフィラによる戦いの幕が上がろうとしていた。

 

 

 

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