世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

6 / 85
第6話:モブにはモブの立ち回り方がある件

 

 十六夜唯の日常が崩れ去る――その少し前、彼女には不思議な出会いがあった。

 

「すいません。ちょっと良いですか……?」

 

 病院の中庭で本を読んでいた彼女に声が掛けられる。とても穏やかで優しい声だった。だから、彼女はいつもより少し緩い警戒心で顔を上げた。

 そこにいたのは声と同じく、とても優しそうな顔をした同い年くらいの少年だった。

 

「なんでしょうか?」

 

 かと言って、完全に警戒心を解いたわけではない。読んでいた本を畳み――いざとなったらその角で相手の顔面を殴打できるように構えながら――要件を尋ねる。

 

 少年は少し困ったような表情で尋ねた。

 

「こっちへ杖を付いたお爺さんが来なかったですか? 白髪で、多分片手に本を持っていたと思うんですが……」

 

 唯は少し記憶を遡った。ここへ来たのは恐らく20分程前のことだが、読書へ集中していたこともあり、そのような人物を見かけた記憶はなかった。

 

「ごめんなさい。見かけていません」

「そうですか。ありがとうございます。失礼しました」

 

 素直に回答すると、少年は礼儀正しく笑顔で頭を下げてから唯から距離を取った。

 これで要件は終わったかと思い、唯は本の続きを読もうとするが、先程の少年は唯から少し離れた場所でキョロキョロと辺りを見渡しながら「参ったな……」と呟いている。

 

「……はぁ」

 

 唯は開きかけていた本を再び閉じ、中庭のベンチから立ち上がった。

 

「すいません」

「は、はい」

 

 キョロキョロとしている少年に後ろから声を掛ける。振り返った少年は不思議そうな表情を浮かべている。

 

「お爺さんを探されているんですか?」

「はい。そうなんです。病室にいなかったのでどこかで読書をしているのかと思ったんですが、どうにも見当たらなくて……」

 

 困った表情を浮かべる少年。

 唯は改めて彼の姿を見る。間近で見て確信に至ったが、やはり彼が身に纏っているのは聖西学園の制服だった。

 聖西学園――唯が休学中の学校で、そして最愛の兄が通っている学校。

 

 同窓生としての情か。それとも、最近胸を締め付ける強烈な罪悪感を紛らわせるためか。

 唯はこんなことをするなんて珍しい、と自分自身で思いながら口を開いた。

 

「良ければお手伝い、しましょうか?」

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 少年の名は地藤優斗というらしい。

 

 制服の通り聖西学園の生徒であり、おまけに彼女の兄のことも知っているらしい。何でもクラスメートなんだとか。

 

「お兄さん、イケメンさんだよね。それにめっちゃ優しいし、クラスでも人気者だよ」

 

 唯が蓮の妹と知ると、地藤優斗は笑顔で兄のことを語ってくれた。

 あまりにも絶賛しているのでお世辞かと思ったが、最愛の兄が人に褒められて嬉しくないわけがない。

 

「……あの兄さんにも人に褒められる点があるのですね」

 

 素直に嬉しいと口に出せばいいだけなのに、唯はいつものように棘のある言い方をすることしか出来ない。自分のどうしようもなさに腹が立つが、地藤は唯の物言いを気にすることもなくニコリと笑った。

 

「いっぱいあるよ。本当に優しい人でね、よく人助けをしているところを見るよ」

「……あのお人好し」

 

 自分以外の人間に優しくしているという事実に腹が立つと同時に、彼が彼らしくいてくれることに嬉しさや誇り高さもあって、複雑な表情を浮かべる唯。

 

「あの……兄は、私の兄はいつも忙しそうですか……?」

 

 彼が優しそうな人間であったからだろう。

 唯は、気になって仕方がないことを尋ねた。

 お金を稼ぐために日夜頑張り、それでいて自分の為に時間を割いてくれている兄。

 そんな彼の負担になっていないかどうか。それが彼女の最大の悩みだったから。

 

「うん。忙しそうだね。問題が起きればあっちへ、こっちへ、困っている人がいればすぐに手を差し出す。君も言った通り、生粋のお人好しなんだろうね」

「そう、ですか……」

 

 地藤優斗は素直に答えてくれた。予想通りの答えとはいえ、忙しい兄に時間を取らせている事実を他人の目を通しても自覚することになり、焦燥感が余計に募っていく。

 

「あ、だけどさ」

 

 落ち込む唯に対し、地藤優斗は何気ない口調で言った。

 

「十六夜蓮君はいつも楽しそうだよ。誰かと関わって、誰かの役に立つのが楽しそう。それに言っていたよ。――自慢の妹がいるって」

「えっ」

 

 その言葉は、唯にとって衝撃的であった。

 

 だって、自分は邪魔ものだと思っていたから。

 兄から幸福を根こそぎ奪い取っている疫病神だと思っていたから。

 

 しかし、同じ学校に通う兄の同級生――それも、余計な先入観がなさそうな人――は兄が楽しそうに日々を過ごしていると証言する。

 幸せそうだと語ってくれる。

 しかもあろうことか、こんな唯のことを自慢の妹だなんて――

 

「辛い境遇なのに、いつも自分に気を遣わせないために気丈に立ち振る舞っていて、とても強い女性だって言ってたよ。……できれば、もうちょっと甘えて欲しいとも言っていたかな」

「……」

 

 兄が……あの兄が、そんなことを言っていたのか。

 

 ふわり、と胸に暖かい気持ちが満ちる。

 何故か、少しだけ身体が軽くなった気がした。

 

 病院という狭い箱庭の中でただ兄の来訪を待つのみだった少女は、外の世界から齎された情報で少しずつ凝り固まった偏見を溶かしていく。

 

 もしも。自分は邪魔もの――ではなかったとしたら?

 兄から幸福を根こそぎ奪い取っている疫病神――ではなく、自分のことなんか関係なく兄は幸福なのだとしたら?

 そして、こんな自分でも兄は誇りに思ってくれていたとしたら?

 もっと――甘えてもいいのだとしたら?

 

 それはとても、良いことのように思えた。

 

 唯は自分の心がスーッと軽くなったのを感じる。

 

(そうか……兄さんは楽しく過ごしてくれているんですね……)

 

 寂しさや嫉妬のような感情がある。だが、それ以上に唯は心底兄の幸福が嬉しかった。自分が重荷だと思っていたが、兄はとても力持ちで、自分なんかひょいと持ち上げてすいすい先に進んでいける人だったのだ。

 

「地藤さん」

「はい」

「ありがとうございます。兄のことを知れて、嬉しいです」

「どういたしまして」

 

 ニコリと微笑む彼に自然と笑みを返す。

 それは、十六夜唯にしては珍しい、本当の意味でリラックスした姿だった。

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 親交を深めながら地藤優斗の祖父を探して病院内を練り歩いていた2人だったが、なかなか見つけることが出来ず手詰まりになっていた。

 

「一度病室に戻ってみませんか? どこかですれ違いになっている可能性もありますし」

 

 このまま探していても埒が明かないと判断した唯は、優斗に一度病室に戻ってみることを提案した。

 灯台下暗しとも言うし、彼の祖父が既に病室に戻っていることに賭けたのだ。

 

 結果的に、彼女の提案は正しかった。

 

「あっ、じいちゃん! いつの間に病室に戻ってたの?」

「ユウ! 来てたのか。今日は学校じゃねぇのか?」

「じいちゃんが居なくなったって知り合いの看護師さんから連絡があって飛んできたんだよ……どこに行ってたの?」

「おう、そうかそうか。ちと散歩にな。近場を歩いていたつもりだったが、気が付けば知らねぇとこにいたわ! 悪かったな!」

 

 ハハハハハ! と豪快に笑う白髪の男性。

 

 呆れたような表情で肩を落とす地藤優斗を横目に見ながら唯はホッと一息ついた。

 そして同時に思う。こうして人の役に立つのも悪くないものだ、と。

 最愛の兄が人助けばかりをしている理由が少しわかった気がした。

 今日は兄のことについて新しく知ることばかりで嬉しくなる。

 

「ところで、そこの別嬪さんは誰だい? お前のこれか?」

 

 野次馬根性丸出しで興味津々に唯を見る。ニヤニヤと笑いながら小指を立てる仕草を見た優斗は大きな溜息をついて首を振った。

 

「違うよ。この人は十六夜唯さん。僕の同級生の妹さんで、この病院に入院しているんだ。爺ちゃんを探すのを手伝ってくれたんだよ」

「おー、そうかそうか。そりゃあ、失敬。手間を掛けさせて悪かったな、嬢ちゃん」

「いえ、お気になさらないでください。私も暇をしていましたから、兄の同級生の方のお役に立てて嬉しかったです」

 

 唯は偽りない本心を述べる。

 白髪の男性――地藤正孝は楽しそうに笑った。

 

「おぉ! 心優しい上に謙虚と来た! お前もなかなかやるじゃねぇか、ユウ。ひ孫が出来たらまた来てくれや」

「話が飛躍しすぎだよ! あと、ひ孫とか関係なくいつでもお見舞いには来るからさ」

「いや~野郎だけで見舞いに来られてもなぁ~」

「酷いっ!」

 

 病室の中が一気に騒がしくなる。

 

 地藤正孝は見た目の通りかなり豪快な人物らしく、通常だったらデリカシーがないと言われそうな発言を躊躇なくしていく。

 一方、彼にはあまり似ていない優しそうな風貌の地藤優斗は、祖父の滅茶苦茶な発言にあたふたとしながらもどこか楽しそうにアウトな発言にツッコミを入れていく。

 

 その漫才じみた光景をぼんやりと眺めながら唯は思う。

 楽しいな、と。

 

 唯の世界には兄がいて、いつもの先生と看護師さんがいて、それで回っていたが……こうして知らない人と出会うことがこんなに楽しいことだとは思わなかった。

 

 唯はまた一つ、新しいことを知った。

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

「唯ちゃん!」

 

 その後、暫く談笑を続けたのちに地藤正孝の病室を後にした十六夜唯は、後ろから掛けられた声に振り向いた。

 お節介な祖父の助言もあり、年上ということもあって名称が「唯さん」→「唯ちゃん」に半ば強制的に変更させられた地藤優斗が少し小走りで彼女に近づいてきていた。

 

「地藤さん。どうされたんですか?」

「引き留めちゃってごめん。そういえば、せっかく手伝ってくれたのに何もお礼が出来てなかったと思って」

「お礼なんか結構ですよ。私も楽しい時間を過ごさせていただいたので」

「いやいや、そういうわけにはいかないよ。地藤家の家訓でね。恩には報いたいんだ」

 

 朗らかに笑って、彼は制服の内ポケットに入れてあったそれを取り出した。

 

「はい。近所の教会でもらったものだけど、良ければどうぞ」

「これは……十字架ですか?」

「そう。僕が持っていても仕方がないし、出来れば唯ちゃんに持っておいて欲しいな」

「いえ、私はそういうのはちょっと……」

 

 急に宗教チックなことを言い始めた彼に内心引きながら両手で押し付けられた十字架を押し返す。

 

「まぁ、まぁ、そう言わずに。貰うだけなら無料(ただ)だからさ。要らなくなったらメル○リで売ればいいんだし。純銀で出来ているから、結構高く売れるじゃない?」

「それでいいんですか⁉」

「宗教なんてそんなもんだよ」

「先輩今、とんでもない数の人を敵にしましたよ⁉」

 

 温厚で、優しくて、兄のことを教えてくれた彼のことを敬意を込めて「先輩」と呼び始めた唯だったが、急に明らかになった無茶苦茶な一面に抱いていた敬意が揺らぎ始める。

 

「大事なのは思い込み……じゃない、信じることだから。ほら、プラ……なんとか効果ってあるでしょ?」

「プラシーボ効果です! あと、それは有効成分が含まれてない薬でも、思い込みで服用したら効果が出たことが始まりで――」

「つまり、宗教でしょ?」

「一回黙って下さい! あなた、本当に殺されますよ⁉」

 

 へらへらと笑いながら無茶苦茶を言う先輩にツッコミを入れる。

 

「いや~、唯ちゃんツッコミ上手だね」

「……先輩がボケ過ぎなだけです」

 

 さらりと失礼なことを言うが、唯は言い過ぎだとは思わなかった。だって、現に目の前の先輩は相変わらずニコニコへらへらと笑っていたから。

 

「2人でM-1出られるね」

「出ませんよ!」

「残念」

 

 ちっとも残念じゃなさそうな口調で言いながら、地藤優斗は「ところでさ」と何気ない口調で切り出した。

 

「唯ちゃん知ってる? プラシーボ効果の語源になったプラセボっていう言葉はラテン語の『placeo』が語源でね、色々あって牧師さんたちが死者への祈りで使っていた言葉なんだよ」

「えっ」

「僕も詳しくは知らないけど、日本で言うところのお経みたいな感じで使っていたんだって」

 

 初めて聞く雑学に唯の目が丸くなる。

 地藤優斗は穏やかな笑みで話を続ける。

 

「お経ってさ、亡くなった人を極楽浄土に導くためのものだけど、それ以上にその言葉を必要としている人の為にある言葉だと思うんだよね。誰だと思う?」

「……遺族の方々、ですか?」

「うん。僕もそう思う。亡くなった大事な人があの世でも幸せであって欲しい。私たちの悲しみを癒してほしい……そんな、遺族の方々の為の言葉だったんだと思う」

 

 実際にどうだったかはよく分からないけどね。

 苦笑しながら地藤優斗は話を続ける。

 

「でも、不思議だよね。死によって大切な人を奪われた人たちの為にあった言葉が、こんな風に変化していったんだから」

「……どこまでいっても生者の為の言葉というわけですか」

 

 皮肉気な唯の感想に「その通りだね」と笑いながら同調する地藤優斗。

 

「で、プラシーボ効果の話に戻るけど、唯ちゃんの話だと効果がない薬に効果があると信じて服用したら本当に結果が出た……そんな笑い話みたいなものなんだよね?」

「はい。私の知っている話では、そうです」

「それって凄く面白い話だし、間抜けな話に聞こえるけど……同時に、人間の可能性を教えてくれるいい話だと思うんだ」

「人間の可能性、ですか?」

 

 話のスケールが大きくなってきたことに驚きつつ、しかし知的好奇心を刺激された唯は少し前のめりな姿勢で聞き返す。

 

「うん。だって、心を騙せれば身体にも効果が出るんだよ? 人間の心すげェってなるじゃん。そもそも語源からして、人を安心させるための願いの言葉であるわけで……人間には祈りがあれば非科学的なことでも実現できるってことになるんじゃないかな」

「……だから、祈ることにも意味はあると?」

「そう。別に祈ったから罰金が取られるわけでもあるまいし、無料(ただ)なら祈ればいいよね。ま、初詣みたいにお金払って祈るのも自由だけどさ」

 

 良いことを言っていたかと思えば、急に不貞腐れたようにゲスな物言いをする。

 この先輩のことを理解するのには時間が掛かりそうだと思いながら、唯は尋ねる。

 

「で、結局先輩は何が言いたいんですか?」

「話のオチは一つだよ。この十字架貰ってほしいな」

「……貰ったところで、私は神に祈ったりしませんよ」

 

 唯は神を信じない。

 信じるものがあるとすれば、それは自分と――兄だけだ。

 

「別にそれでも構わないよ。代わりに僕が祈るから」

「先輩が? 何を祈るというのですか」

「そんなの1つに決まっているでしょ」

 

 言いながら、地藤優斗は押し返された銀色の十字架を改めて十六夜唯の両手にゆっくりと握らせた。

 

「――どうか、神様が君にもっと優しくなってくれますように」

「……」

 

 祈ってもいいんじゃないか。投げやりにそう言っていた彼はしかし、敬虔なる信徒のように力強い祈りを小さな銀色の十字架に込めた。

 今日出会ったばかりの後輩に幸運が降り注ぐことを、ただただ願って。

 

「先輩」

「ん?」

「気が変わりました……これ、ありがたくもらっていきます」

「うん。要らなくなったらメル――」

「分かりました! 分かりましたから……その、」

 

 ちょっと躊躇してから、でもギュッと十字架を握り締めた彼女は先輩を真っすぐに見つめて微笑んだ。

 

「ありがとうございます」

「――こちらこそ。君に幸多からんことを。アーメン」

 

 そう言って彼は手慣れた動作で宙に十字架を切った。何度も繰り返したであろうその動きは美しく、唯は思わず目を奪われる。

 

「十字架を切るのがお上手ですね」

「毎週、日曜日に教会に行ってやっているからね」

「信心深いんですね」

「いや……」

 

 少しだけ恥ずかしそうに顔を伏せてから、彼は言った。

 

「その銀色の十字架が欲しくてさ」

「……フフッ、そんなことだろうと思いました。おかしな先輩ですね」

 

 楽しそうに笑った十六夜唯は、優雅な仕草で頭を下げた。

 

「さようなら、先輩。また会いましょう」

「うん。また会おうね、唯ちゃん」

 

 穏やかに笑った彼は楽しそうに手を振った。それに小さく手を振り返してから、唯は背を向けて今度こそ自分の病室に帰るべく廊下を歩き出した。

 

(地藤優斗さん、か)

 

 歩きながら出会ったばかりの先輩と、彼に貰った十字架のことを考える。

 悪い人ではないと思う。いや、寧ろいい人なのだろう。

 ただ、どこか変で、歪んでいるような気もするが……それでも唯は、彼が十字架に込めた祈りが偽物だとは到底思えなかった。

 

 だからこそ思う。

 また会ってみたいと。

 そうだ。兄に言えば、一緒にお見舞いに来てくれたりするかもしれない。

 

「甘えて欲しいって言ったのは、兄さんですからね」

 

 ルンルンと、彼女の知り合いの看護師が見れば腰を抜かしそうなほどに上機嫌で、唯は楽しい未来を妄想しながら病院の廊下を歩いて行った。

 

「……アーメン」

 

 一方、十字架を握り締めて立ち去る後輩の背中を見送る地藤優斗の視線は慈悲に満ちたものであったがしかし、同時に底知れない冷たさのようなものも含まれていた。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

 

 病室戻った僕は、部屋に入るなり祖父の皮肉気な笑みに迎えられた。

 

「――で、儂を使ってナンパとはやるじゃねぇか、ユウ」

「ごめんね、一芝居に付き合わせちゃって」

「構わねぇよ。楽しかったしな!」

 

 そう言ってこの世界での僕の祖父である地藤正孝はケラケラと笑った。

 

「最初に女を連れてくるから、散歩していたふりをしろと言われた時は面食らったが、上手いことやったもんだな。おまけにあんな別嬪さんを捕まえるとはな。見直したぜ」

「どーも。それもこれも爺ちゃんのお陰だよ」

「ハハハハハ! もっと俺を崇めな!」

 

 上機嫌な祖父が高笑いする。

 が、不意にいつも元気な表情が陰った。

 

「あのお嬢ちゃんも魅力的だが……儂は、お前には璃奈ちゃんの方がお似合いだったと思うがな」

「……」

 

 僕の唯一の身内である祖父と彼女は一度だけと顔を合わせたことがある。

 この祖父は天羽璃奈のことをえらく気に入ったらしく、こうしてお見舞いに来るたびに進展はどうだと尋ねてくるのだ。

 

 当時は少し鬱陶しく感じる瞬間はあれど、それもまた幸福の一部としてとらえていたのだが、今はただひたすらに辛いだけだ。

 

「璃奈ちゃんと縒りを戻して結婚することになったら教えな」

「……多分、そんなことにはならないと思うよ」

「おいおい、あんだけ相思相愛でラブラブだったのに何があったんだよ」

 

 しかし、僕はその問いに答えられなかった。

 答えられるわけがない。

 世界の為だと言い訳して、彼女に一方的に別れを告げたことなど。

 今もこうして、祖父をも利用しながら猪口才な小細工を仕込んでいることなど。

 

「酷い顔してるぜ、お前」

 

 内心の葛藤が表に出ていたのか、祖父は真剣な表情で告げる。

 僕はやっぱり祖父の言葉に何も答えることが出来なかった。

 いつもは賑やかな祖父の病室に沈黙が訪れる。

 やがて祖父は諦めたように溜息をついた。

 

「……ま、若いんだから色々あらぁな」

 

 歳を重ねた者特有の威厳と諦観を漂わせながら祖父はベッドに身を沈める。

 

「俺ァ、寝る。何を企んでいるのか知らねぇが、お前も帰って寝ろ。人生は長いんだからよ、偶には休まねーとな」

「……うん。分かった。またね、爺ちゃん」

「おう」

 

 ぶっきらぼうに返事をして祖父は目を閉じた。

 それが彼なりの気遣いであると悟った僕は、彼に少しだけ頭を下げ――彼の枕元に銀色の十字架を置いてから病室を後にした。

 

「……ごめん。爺ちゃん」

 

 生憎と、今日はまだ帰れない。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。