世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件 作:赤坂緑語
オリジナルのメフィラと鏡の大公による戦いは、まさに熾烈を極めていた。
鏡の大公は、メフィラの天敵である死王女の力を惜しみなく振るい、膨大な魔力を背景に“死の線”を乱れ撃ちにする。触れただけで死に至る理不尽な一撃。
その線は、不死身の能力を二つも持つ地藤優斗すら追い詰めた代物であり、元四騎士のメフィラであっても無傷では済まないはずだったが、メフィラは冷静だった。
パチン、と乾いた音が響く。
次の瞬間、彼女の視線の先にあった鏡がひび割れ、砕けた破片が宙へと舞い上がる。破片はまるで意志を持つかのように彼女の周囲へ展開し、守護の陣を形作った。
「
メフィラはニヤリと不敵に笑う。
鏡の大公が放った死の線は、彼女が浮遊させた鏡片に直撃し、その言葉通り反射されて大公自身へと跳ね返った。
『ッ!』
舌打ちと共に鏡の大公が腕を振るう。反射された死の線は霧散し、跡形もなく消えた。
「やっぱりね」
メフィラは周囲に浮かぶ鏡片を操りながら、死の線を受けて黒く染まった破片を足で踏み砕く。
「君は鏡の特性をそのまま持つ悪魔だ。だから、鏡の法則には逆らえない」
地藤優斗の致命傷と地面に散らばった鏡を見たメフィラは確信していた。
確かに鏡の大公はこの世界において途轍もない力を発揮する悪魔ではあるが――逆らうことができない法則も存在するのだと。
「皮肉なものだね。折角、姉上の力をパクれたというのに、鏡に邪魔をされるとは」
『……確かに、自分の力を悪用されるとは思っていなかったよ。だが――』
鏡の大公の瞳が細められ、浮遊するガラス片を指先で弄ぶメフィラを鋭く射抜く。
『――鏡を使えるのがお前だけだと思うなよ?』
大公が指を翳すと、再び死の線が放たれた。
メフィラは鏡片を前へ滑らせ、即席の盾とする。
反射された死の線は大公へ跳ね返るが――大公もまた近くの鏡を割り、その破片を宙に浮かせて同じように反射し返した。
「へぇ?」
飛来した死の線を、メフィラは首を傾けるだけで躱し、乾いた視線を向ける。
『そちらが鏡を使うなら、こちらも使うだけだ。これで鏡の消耗は二倍――いや、それ以上か。お前が保つのは、あと何分だ?』
「十分もあれば十分さ。儀式はもう始まっている」
『儀式……だと?』
怪訝な表情を浮かべた大公は、ようやく気づいた。
ホテルの外で、莫大な魔力が渦を巻いていることに。
『なんだ、この気配は――』
「そら、余所見をしていていいのかい?」
背後から響いた艶やかな声に、大公は目を見開く。
メフィラは目の前にいる。なのに、なぜ背後から――。
振り向いた瞬間、強烈な蹴りが顔面に突き刺さった。
ピンボールのように弾き飛ばされ、いくつもの壁を貫通してようやく止まる大公。瓦礫を蹴り飛ばしながら立ち上がり、血走った目でメフィラを睨みつけた。
立ち昇る白煙の向こう――
そこには、メフィラが
「虚像だよ」
ニヤリと、二人のメフィラが同時に笑う。
だが、その笑みは左右非対称だった。
「鏡を使えば、もう一人の自分が映るものだろう? 君の世界の理を、少し真似させてもらったよ」
片方のメフィラが右手を上げれば、もう一人は左手を上げる。
鏡合わせの二人は、悪戯っぽく片目を閉じた。
「――おっと、鏡の大公様には無粋な高説だったかな?」
“鏡”を司る大公を――いや、この世界そのものを嘲るような挑発。
怒りに任せ、大公は死の線を解き放った。
反射、反射、反射、反射、反射――。
鏡で跳ね返される線を、大公もまた鏡で反射する。
メフィラは鏡片の配置を瞬時に組み替え、立体的な角度から反射を仕掛けてくる。
複雑な軌道を描き迫りくる死の線。
その攻撃は、メフィラの圧倒的な空間把握能力と数学処理能力があってこそ成立するもので、並の悪魔では到底対処できない。
やむなく死の線の連射を中断した大公は、次なる策を選んだ。
『
大公の背に、黒剣が幾つも生まれる。
『光の線でないなら、反射はできまい?』
「ふむ、確かにそうだね。いやはや、君、性格悪いって言われない?」
『お前にだけは言われたくないッ!』
怒号と共に腕が振り下ろされ、黒剣が一斉に解き放たれる。
この剣は鏡では反射できない。メフィラは身を翻そうとするが、黒い刃が容赦なく全身を貫く――が、死の呪いが発動するより早く、彼女の姿は幻影のようにふわりと霧散した。
『……虚像か』
押し殺した怒気が滲む声。
鏡の大公は破壊し尽くされた部屋を見渡し、煙のように消えた悪魔の気配を探る。
『だが、この剣が有効なのは確かだな』
挑発めいた言葉を吐いていたメフィラが姿を隠した事実――それこそが何よりの証拠だ。
勝ち筋を掴んだ大公は黒霧となって天へと舞い上がり、ホテルの屋上で再び実体を結ぶと、両腕を大きく広げた。
『
満月を背負う夜空に、黒剣が次々と生まれていく。
召喚、召喚、召喚――止まる気配のない黒い奔流。
死の呪いを宿した剣が空を埋め尽くし、降りしきる雪よりも多いと錯覚するほどの密度で広がっていく。
その総数は、優に数千本。
一本でも複数の部屋を貫通する死の剣が、数千。
ホテルを丸ごと更地にしてなお余るほどの暴力を生み出した大公は、ゆっくりと右腕を掲げた。
数千の剣群が一斉に矛先をホテルへ向ける。
これを受けて無事でいられる者など存在しない。
それは、あのメフィラでさえ、例外ではない。
『悪い子に、とっておきのプレゼントだ。死ね、メフィラ』
振り上げた右腕が振り下ろされる。
剣群が稼働し、放たれようとしたその刹那――翡翠色の光が大公の視界を塗りつぶした。
「
自身の身長にも匹敵する巨大な異形のライフルを構えた少女が、背から翼を広げながら放つ一撃。
かつて暴走した血の大公を撃ち落としたあの一射が、今回もまた寸分違わぬ精度で、天に佇む傲慢な星を撃ち抜いた。
『ぐ、が――』
鏡の大公は悪魔である。
対悪魔に特化した翡翠色の光は、容赦なくその身を焼き、深い傷を刻み込んでいく。
(この攻撃は……天羽璃奈か⁉)
地藤優斗の記憶から生まれた皮を被っている鏡の大公は、当然この攻撃を知っている。
十銀銃・第三形態――
天羽璃奈の奥の手にして、悪魔殺しの狙撃砲だ。
(僕が殺した地藤優斗の復讐か……厄介だな。彼女は何をしてくるか分からない)
こと、潜在能力において、天羽璃奈という少女が持つポテンシャルは計り知れない。
霊力総量や切り札においては十六夜蓮の方が上だが、彼はまだエクソシストとしては初心者もいいところだ。
真に恐るべきは、経験豊富で、かつ切れたら何をするか――何が目覚めるのか分からない天羽璃奈の方である。
鏡の大公は空中で体勢を立て直し、吸血鬼の再生力で焼け焦げた肉体を瞬時に修復する。
そして地上で巨大なライフルを構える少女を、黄金の瞳で睥睨した。
(彼女を殺すのは心苦しいが……仕方ない、か)
地藤優斗の思考回路の皮を被っている影響か、鏡の大公は少なからず彼の感情面においてリンクするところがあった。
天羽璃奈に対する感情もその一つだ。
彼女を切り捨てるように誘導しながらも、確かに“情”のようなものは感じていたのだ。
しかし、大公の邪魔をするというのであれば仕方がない。
彼は必死に彼女が大事だと訴えかけてくる地藤優斗の意思を無視し、彼女を殺すことを決断した。
鏡の大公にとっての大事なものは、彼女ではなく――この世界の方だったから。
『死王女の――』
数千の黒剣を放ち、全てを破壊し尽くす――その瞬間。
鏡の大公は気が付いた。
地上から、何かが飛翔してくる。
それは、奇妙な生命体だった。
銀の翼と黒の翼。
真紅の瞳が爛々と輝き、降りしきる雪を逆巻くように両翼を羽ばたかせ、一直線に空へと駆け上がる。
黒髪の毛先は銀に染まり、その手には黒い刀。
鏡の大公の心臓がドクンと跳ねた。
その顔を知っている。
それは、死んだはずの男の顔だ。
死んでなければならない男の顔だ。
唇を震わせながら、大公はその名を口にする。
『地藤、優斗……!』
「メリークリスマス――」
軽やかな挨拶と共に、地藤優斗は空中で黒刀を構えた。
禍々しい刀身に黒銀の光――破魔の力が満ちていく。
霧島レイの斬霞刀と酷似したその刀を見て、大公の瞳が驚愕に見開かれた瞬間。
「――悪い子からプレゼント没収しに来たよッ!」
不敵な笑みを浮かべ、地藤優斗は霊力を纏った刀を両腕で振り下ろした。
黒銀の斬撃が雪を裂き、空を裂き、一直線に鏡の大公へと奔る。
命中すれば、ただでは済まない。
本能で危険を悟った大公は、咄嗟に黒霧へと変じて軌道を逸らす。
致命傷こそ避けたものの、左肩が深々と裂け、霧化が強制的に解かれて実体へと戻された。
『ッ……!』
破魔の力が傷口を焼き、じくじくと痛みが広がっていく。
顔を歪めながら治癒を試みる大公。その隙を逃すまいと、地藤優斗は歪な翼を広げて追撃に移ろうとした。
『動くなッ!』
「おっと」
大公が右手を翳すと、数千の黒剣が一斉に切っ先を向ける。
さすがの優斗も、これには翼を大きく広げて空中で静止した。
仕切り直しの空気が漂う中、傷を癒し終えた大公は黄金の瞳で優斗を射抜く。
『――で、どうして生きているんだ、お前』
死王女の力の絶対性を知る大公にとって、目の前の存在は“あり得ない”の一言だった。
優斗は肩を竦め、軽く笑う。
「サンタさんから、プレゼントを貰ったんだ」
『それで生き返ったと? ……聖夜の贈り物にしては、出来過ぎだね』
冗談としか思えない返答。
だが――その“プレゼント”という言葉が、妙に引っかかる。
階位が跳ね上がったかのような圧倒的な存在感。
背に広がる、異なる色の霧で構成された歪な翼。
銀色に染まった毛先。
赤の割合が増した真紅の瞳。
そして何より――黒く染まった、見覚えのある刀。
鏡の大公は、ようやく理解した。
『……霧島レイ、か』
「あぁ」
先ほどまでの飄々とした雰囲気を消し、優斗は静かに頷く。
己の命と引き換えに“全て”を託してくれた彼女の姿が脳裏に浮かび、黒刀の柄を強く握りしめた。
「この世界の霧島先輩が、僕に全部くれたんだ。それを無駄にしないために――僕は今、ここにいる」
真紅の瞳が爛々と輝く。
剣の切っ先をまっすぐ大公へ向け、地藤優斗は堂々と宣言した。
「――そんなわけで、お前の野望はここまでだ。悪い子は、さっさとお家に帰って寝なさい」
『さっきまで瀕死だった奴が随分と吠えるじゃないか! この剣群が見えないのか⁉』
鏡の大公は鼻で笑い、誇示するように両腕を広げた。
背後に控える数千の死の剣が、今にも獲物へ飛びかかろうと震えている。
「見えないのかって……それ、君の力じゃないだろ?」
『馬鹿を言うな。僕の力で再現した、僕の力だ』
「屁理屈言うなよ」
『……お前にだけは、言われたくないなッ!』
怒気を露わにしながら、大公は右腕を振り上げ――今度こそ、何の妨害もなく振り下ろした。
凍結を解かれた死の剣群が、一斉に放たれる。
過剰ともいえる暴力の奔流に対し、地藤優斗は新たに得た力で迎え撃つ。
先ほど大公へ放った黒銀の斬撃を次々と繰り出し、迫る剣を撃ち落とす。
さらに歪な翼を振り抜いて軌道を逸らし、跳ね上がった魔力を爆発させて幾つもの剣を吹き飛ばした。
鏡の大公は目を見開く。
地藤優斗は元より弱くはなかったが、以前の彼は“柔軟な発想で戦況をひっくり返すジョーカー”のような存在だった。
圧倒的な火力を持たないがゆえに、戦略と奇策で勝負するタイプ――それが、これまでの地藤優斗だ。
だが、今の彼は違う。
純粋に凶暴な魔力が渦巻き、己の力を本能のままに振るうその姿は、生まれつきの強者そのもの。
鬼神の如く暴れまわるその戦闘スタイルは、かつての彼とはまるで別物だった。
しかし――いかに強化されていようと、数千の剣群をすべて捌き切るのは至難の業。
鏡の大公は真正面から放つだけでなく、制御下の数百本を別角度へと回し、死角から優斗を狙わせていた。
力の限り暴れまわる地藤優斗であっても、撃ち漏らしは避けられない。
『隙あり、だ』
「ッ!」
音もなく迫っていた一本の剣が、背後から優斗の身体を貫いた。
鉄壁にも思えた嵐の防御に、深い亀裂が走る。
その瞬間を逃さず、死の剣群が殺到した。
黒銀の翼が散り、血飛沫が雪に溶ける。
あっという間に、地藤優斗の全身は剣群に貫かれ――その命は、静かに途絶えた。
“
『無駄だよ。メフィラの力じゃあ、死王女には抗えない』
発動しようとする悪魔の権能を、鏡の大公は嘲笑う。
だが。
“原種の吸血鬼”――起動。
奇妙な現象が起きていた。
全身を死の呪いに侵されたはずの地藤優斗の肉体が、急速に再生を始めたのだ。
まるで奇跡のように。
白雪が降りしきる中、銀と黒の翼に包まれ――地藤優斗は莫大な魔力と共に、死の淵から蘇った。
『……馬鹿な』
鏡の大公は唖然と目を見開く。
信じがたい光景が、目の前で現実となっているのだ。
驚愕するのも無理はない。
『馬鹿な! こんなこと、あってはならない! 死王女の力が克服されるなど――!』
「――おいおい、今夜は聖夜だぜ?」
全身に圧倒的な魔力を身に纏いながら、地藤優斗は不敵に笑う。
「奇跡の1つや2つ、笑って受け入れろよ」
『ッ!
未知の存在への恐怖か、鏡の大公は焦りを露わにしながら反射的に人差し指を翳し、死王女の権能を放つ。
だが、地藤は翼をひらりと動かし、光線を軽やかに回避した。
当たったところで死にはしないが、わざわざ自分から殺されに行く趣味はない。
ひらり、ひらりと翼をはためかせながら、地藤優斗は鏡の大公へと迫る。
『く、来るな――!』
最大にして最強の切り札が通じない。
その事実は、鏡の大公の心を大きく揺らしていた。
本物の地藤優斗なら、ここで性格の悪い反撃方法を思いつくのだろうが――所詮、借り物の顔で戦う大公にそんな芸当はできない。
「斬霞刀・黒――!」
翼による圧倒的な機動力で懐へ飛び込んだ地藤優斗は、霧島レイから譲り受けた祓魔器に適当な名前をつけながら、その刃に霊力を纏わせて上段から振り下ろす。
『ッ!』
咄嗟に十字剣を構えた鏡の大公が斬撃を受け止める。
だが、一撃でその刃に罅が走った。
(膂力まで跳ね上がっているのか――⁉)
驚愕する暇もなく、砕け散った刃の向こうで、大公の胴体が深々と切り裂かれる。
『ぐぅ――!』
追撃だけは避けようと、大公は傷を治癒しながら右手を振り翳す。
『
(死王女の呪いは克服されたとはいえ、再生には時間が掛かる……! 今、隙を作るしかない……!)
先ほどの規模には及ばないが、数百の黒剣が空に咲く。
鏡の大公は飛翔してくる“鳥”を撃ち落とすべく腕を振り上げるが――彼は致命的な事実を失念していた。
翼を持つ者が、もう一人いることを。
「
眩い光の翼を広げ、六つの光球を背負い、銀白の鎧を纏った少女が空を裂く。
双剣を構えたその姿は、まるで天上から降り立った戦乙女。
『ッ!』
気配に気づいた大公は咄嗟に黒剣を掴み、迫る斬撃を受け止めた。
光と闇の刃がぶつかり合い、火花が散る。
鏡の大公は歯を食いしばりながら、女神のように君臨する少女を仰ぎ見た。
『天羽、璃奈……!』
「偽物風情が、気安く私の名前を呼ばないでくれる?」
紫の瞳に宿る氷の光。
璃奈は流麗な剣技で双剣を操り、鏡の大公を追い詰めていく。
『僕は、仮にも地藤優斗の顔と思考をトレースした存在だぞ! 少しは手加減してくれてもいいんじゃないか……⁉』
「ふざけたことを言わないで」
地藤優斗の表情を真似て隙を狙う大公。
だが、璃奈はその浅ましい企みを一刀の言葉で斬り捨てた。
「優斗君は、世界に一人だけよ」
身体をひねり、双剣の連撃が嵐のように襲いかかる。
弾き飛ばされた黒剣――その直後、大公の顔面に 天羽璃奈の美麗な脚が突き刺さった。
『ぐ、う……!』
吹き飛ぶ大公へ、容赦なく光球が追撃する。
爆ぜる光の中、璃奈は再び肉薄し、双剣を振り翳した。
「――だいたい、優斗君をあんな目に遭わせた奴を、私が許すはずがないでしょ?」
低く、怒りを押し殺した声。
振り下ろされる双剣――。
『そうか。なら、仕方がないな』
「ッ!」
璃奈は本能で察し、光翼を広げて一気に離脱した。
次の瞬間、彼女がいた空間を死の線が焼き尽くす。
『ここでオリジナル共々、死んでもらおうか』
空中で人差し指を翳し、黄金の瞳で璃奈を射抜く大公。
再び迫る死王女の力を前に、璃奈は双剣を構え、冷たく呟いた。
「全く……最近は、質の悪い偽物ばかりで辟易するわ」
血の迷宮に続き、また偽物ときた。
うんざりするほどの不快感が璃奈の胸を満たす。
睨みあう両者の戦いの火蓋が切られようとした、その瞬間――
大公の横合いから、巨大な黒銀の斬撃が飛来した。
『ッ!』
「優斗君!」
咄嗟に死王女の盾を召喚し、斬撃を受け止める大公。
その攻撃の主を悟った璃奈の瞳に喜色が灯り――同時に、ギラリと戦意で輝いた。
地藤の不意打ちを無駄にしない為、光翼を広げ、閃光のような速度で突進していく。
『舐めるなッ!』
鏡の大公は即座に死の線を放ち、璃奈の接近を阻もうとする。
だが、雑な狙いなど彼女には届かない。
ひらりと身を傾け、最小限の動きで光線を抜けた璃奈は、そのまま懐へ滑り込み、双剣を閃かせた。
大公は黒剣を召喚して受け止め――衝撃を利用して後方へ弾き飛ばされた。
今の大公の適正戦闘距離は、中・遠距離だ。断じて近距離ではない。
距離を取った大公が剣群を召喚しようとした瞬間、地藤の十字剣と、璃奈の六つの光球が同時に飛来した。
轟音と共に着弾。
大公は咄嗟に盾を展開して防いだが、剣群を呼び出す時間は完全に潰された。
「璃奈っ!」
「うんっ!」
視線が交差した瞬間、二人の翼が同時に広がる。
息を合わせ、左右から鏡の大公へと急襲を仕掛けていく。
大公は歯噛みしながら死の線を剣のように振り回した。
触れれば即死の攻撃――だが、今の二人には恐怖など微塵もない。
地藤は黒銀の翼で空気を裂き、璃奈は光翼で舞うように滑空する。
死の線の隙間を縫い、二人は同時に刃を振り下ろした。
『ッ!』
大公は両手を翳し、死王女の盾を召喚して受け止める。
だが、二人の猛攻はそんな苦し紛れの防御を許さない。
振り下ろし、横薙ぎ、突き――
怒涛の連撃が嵐のように襲いかかる。
黒い盾に、細かな亀裂が走り始めた。
『
大公は盾を維持したまま死の線を放つ。
しかし、二人は軽やかに躱し、再び翼を広げて距離を詰める。
剣戟に蹴撃を織り交ぜ、二人は一瞬たりとも大公に反撃の余裕を与えない。
黒銀と光の翼が交差し、絡み合い、離れ、また重なる。
その姿はまさに――比翼の双翼。
別々の存在でありながら、一つの生命、一つの意志として動く二人の攻撃は、もはや芸術の域に達していた。
盾の亀裂は、じわじわと広がっていく。
『……クソっ』
ピシリ、と乾いた音。
それは――終わりの合図だった。
『クソォォォォォォ!』
黒刀と光の双剣が同時に叩きつけられる。
盾は粉々に砕け散り、黒い破片が雪の中へ舞い落ちた。
無防備になった鏡の大公へ、二本の祓魔器が同時に突き刺さる。
黒銀と光が交差し、悪魔の身体を深々と貫いた。
♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰
言うまでもなく、祓魔器は悪魔にとっての天敵である。
それはどの悪魔であっても例外ではない。
あの死王女ですら瀕死寸前の状態で現世に潜伏していたことが、その証左だった。
故に、鏡の大公にとっても祓魔器は紛れもない天敵であり――致命傷となる。
『ぐぅ……このォォォォォォ!』
「ッ! 璃奈!」
胸を貫かれた鏡の大公は空中で身を捻り、全身から凶悪な魔力を噴き上げた。
地藤は即座に璃奈の手を掴み、翼で庇いながらその場を離脱する。
二人が見守る中、大公は苦悶の叫びを上げながら地上へと落下し、ホテルの屋上へ叩きつけられた。
『まだ……ま、だだ……!』
黄金の瞳が爛々と輝き、生への執着が滲む。
大公は震える声で魔法の言葉を紡いだ。
『“
地藤優斗に擬態しているからこそ使える、鏡の大公の特権。
鏡のメフィラと契約している“ことになっている”ため、彼は不死性を得ていた。
例え、祓魔器に貫かれようとも、あの悪魔の力は彼を救ってくれるはずだ。
『あ、あれ……?』
鏡の大公は首を傾げた。
“
『ど、どうなっている……⁉ なぜ発動しないんだ……!』
世界を騙すための建前を叫んでも、
己の心臓を如月メフィラに握られていると主張しても、
傷は一向に塞がらない。
吸血鬼化の力で辛うじて命を繋いではいるものの、悪魔として受けた致命傷を癒すには、決定的な一手が欠けていた。
『このままだと、死ぬぞ……⁉』
治癒しない傷口を睨みつけながら、大公は恨み言のように権能の不発を嘆き続ける。
――その時だった。
視界の端に、純白のワンピースが揺れた。
顔を向けると、そこには深窓の令嬢のように優雅に佇む貴人がいた。
『……メフィラ?』
救いを見つけたかのような声で、麗人の名を呼ぶ大公。
鏡のメフィラは静かに掌を掲げ、その上にひとつの心臓を出現させた。
言うまでもなく、鏡の地藤の心臓である。
『おぉ! メフィラ! いいぞ! 早くお前が直々に“
不調の原因を探る余裕すらない鏡の大公は、藁にもすがる思いで叫んだ。
その声は必死で、惨めで、悪魔らしからぬほど追い詰められている。
対するメフィラは、掲げた心臓をそっと揺らしながら、小首を傾げる。
その仕草は、まるで舞踏会で相手の言葉を聞き返す令嬢のように優雅だった。
「私は“
『こんな時にまで冗談か⁉ いいから、早く僕のことを治してくれ――!』
「申し訳ないのですが、それは出来かねます」
メフィラは、事務報告めいた、淡々とした口調で告げた。
『……なに?』
鏡の大公の表情に、理解不能という色が浮かぶ。
彼はまだ気づいていない。
自分がどれほど滑稽な勘違いをしていたのかを。
メフィラは、静かに、冷たく、言葉を落とした。
「私、貴方様の方へつくと申し上げたことは、一度もございませんので」
『――――』
その瞬間、大公の瞳にようやく“理解”が宿る。
これまで味方だと信じていた存在が。
協力者だと思い込んでいた彼女が。
最初から――誰の側に立っていたのか。
『貴様ァァァァァァ!』
憎悪が爆ぜ、大公は獣のような形相で駆け出した。
黄金の瞳は血走り、もはや理性の欠片もない。
だが、メフィラは微動だにしない。
「失礼ながら――」
白い指先が、掲げた心臓をそっと包み込む。
その動作は、花弁を摘むかのように繊細で、どこまでも美しい。
「――悪魔なのであれば、最後まで嗤っておくべきかと存じます」
そして――
あまりにもあっさりと、しかし優雅に。
鏡のメフィラは手の中の心臓を握りつぶした。
次回・第64話は 12月24日(クリスマスイヴ)22:00、
次々回・第65話は 12月25日(クリスマス当日)22:00 に公開予定です。