世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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長らく続いた第三章もこれにて完結となります。


第66話:エピローグ

 

 サラサラと――逆さまになった砂時計のように、世界が静かに解けていく。

 

 触れれば崩れ落ちそうなほど脆く、しかしどこか美しさすら宿した終焉の光景だった。

 観測者の“眼”が地藤優斗へと引き寄せられ、彼のいる世界へ移動したこと。

 そして、鏡の大公が行った無茶な干渉。

 その二つが重なり、この世界は音もなく、誰にも気づかれぬまま終わりへと傾いていた。

 

 消滅の只中にありながら、しかし人々は何も知らない。

 今日もいつもと同じように朝が来て、いつもと同じように仕事へ向かい、

 いつもと同じように笑い、怒り、泣き、そして眠る。

 悲壮感も、憂いもない。

 ただ、日常の延長線上で、ごく自然な感情を抱えたまま――

 彼らはゆっくりと、世界に飲み込まれるように消えていった。

 

 そんな中で、ただ一人、世界の終わりを真正面から見つめる者がいた。

 

 白い髪。白い瞳。白い肌。色彩を奪われたようなその姿は、まるで世界の崩壊を映す鏡のようで――彼/彼女こそが、鏡の大公であった。

 如月メフィラによって「消滅した」と報告されていた大公ではあるが、実際にはまだ消えていなかった。

 理由は単純で、この世界そのものが鏡の大公の創造物であり、世界が完全に滅びるまでは、創造主である彼/彼女もまた消えきれないからだ。

 

 それは“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”にも似た強引な理屈ではあったが、事実として、鏡の大公は辛うじて生き永らえていた。

 

 だからこそ。

 

「やぁ」

 

 背後から響いた軽やかな声に、大公の白い瞳が大きく揺れた。

 その悪魔――如月メフィラが「大公の消滅を確認した」と言ったのは、()()()()()だったのだ。

 そして今、彼女の手が真っ赤に染まっているのは、彼女の想定通りであった。

 

『■■■■■■■――ッ!』

 

 鏡の大公は、声にならない悲鳴を上げる。

 胴体を貫くのは、背後から伸びた艶めかしいほど白い腕。

 その腕は、まるで恋人を抱くような優雅さで大公の身体を貫き、掌には――鏡の大公の“(コア)”とも呼べる物体がしっかりと握られていた。

 

「随分と手こずらせてくれたね」

 

 メフィラは、血に濡れた手を見下ろしながら、楽しげに微笑んだ。

 その笑みは、慈愛にも似て、しかし底知れぬ悪意を孕んでいる。

 

『メ、フィラ……!』

 

 血を吐きながら、鏡の大公は下手人の名を呼んだ。

 その声には怒りも憎しみもあったが――それ以上に、理解できないという戸惑いが滲んでいた。

 メフィラは、そんな大公の表情を見て、さらに口角を上げた。

 

「鏡の世界での君があんなに強いとは思わなかった。君、条件次第では大公の中で一番強いんじゃないかい?」

『何が、目的だ……!』

「何って――これに決まってるだろ?」

『ぐぅ⁉』

 

 メフィラの右手が、握りしめていた“(コア)”をさらに深く締め上げた。

 鏡の大公の身体がびくりと震え、砕ける寸前の鏡のように軋む音が響く。

 

「出不精の君を引っ張り出すのには苦労したよ。ただ――この世界の完成度を見るに、その価値はあったと判断して良さそうだ」

 

 艶やかな声は、まるで恋人に語りかけるように甘く、しかし底には冷たい愉悦が潜んでいた。

 世界が崩れ落ちていく最中だというのに、彼女だけは楽しげですらある。

 

『き、さま……! まさか、最初からこれが目的で――』

「これから死ぬ君が知る意味、あるのかい?」

『ッ!』

 

 鏡の大公は瀕死の状態ながら、最後の力を振り絞った。

 空間が削り取られるように歪み、四方に鏡面の壁が立ち上がる。

 地藤優斗を追い詰めたときと同じ、鏡の世界特有の結界だ。

 

『貴様はここで殺す! まかり間違っても――我が主君に手出しはさせないッ!』

「主君……紅の戦君バルナハルト、か」

 

 メフィラはその名を、懐かしむように、しかしどこか侮蔑を含んだ声音で呟いた。

 鏡の大公の主――四騎士の一角にして、魔界最大勢力の頂点に立つ悪魔。

 

「物騒なことを言うなよ。彼に手を出すつもりなんてないさ」

『下らぬ嘘をつくな! 貴様と我が主君との確執は魔界中に知れ渡っているぞ!』

「誤解だよ。アイツとは幼馴染みたいなものでね。ちょっとじゃれあっていただけさ」

 

 メフィラは飄々と肩を竦めた。

 

『戯言を……! 貴様が我が主君の目論見を妨害し続けているのは知っているぞ! これもその一環であろう⁉』

「偶然さ」

 

 ニヤリと不敵に笑いながら、メフィラは鏡の大公の肩にそっと手を置いた。

 

「鏡は余計なことを気にせず、ただあるがままの真実を映せばいいんだよ」

『……確かにこの身は鏡だが、悪魔としての矜持もある。貴様の好きにはさせんぞ! メフィラ――!』

 

 鏡の大公は、崩れゆく鏡世界の中心で――死王女の権能を解き放った。

 反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射――

 

 無数の鏡面が空間を埋め尽くし、死の光が幾重にも跳ね返りながら増幅していく。

 世界そのものが巨大な光学兵器と化し、メフィラの視界は死光で完全に覆われた。

 だが、彼女は迫りくる姉の力をただ静かに見据え――

 いつものように、右手の指を軽く鳴らした。

 パチン、と乾いた音が響いた瞬間。

 奔流のように押し寄せていた死の線は、まるで存在を否定されたかのように一斉に霧散した。

 

『な、に……』

「なかなか面白い見世物だったよ」

 

 唖然と立ち尽くす鏡の大公に、メフィラは心底楽しそうな声で告げた。

 全ての攻撃を無効化された大公は、震える声で問いかける。

 

『貴様、私との戦いでは、手を抜いていたのか……?』

「まさか。本気だったよ。ただ――」

 

 メフィラは不敵な笑みを浮かべた。

 

「――何度も同じ手を使い過ぎだ。あれだけ連発すれば、僕だって対策くらいするさ。鏡が弱点だと分かったのなら、幾らでもやりようはある」

『ッ!』

 

 余裕綽々の悪魔を前に、鏡の大公は悔しげに唇を噛みしめた。

 その様子を見て、メフィラはまるで慰めるかのように、大公の肩を軽くポンポンと叩いた。

 

「そう落ち込むことはないさ。君はよく頑張った。主命に従ってこの世界を創造し、おまけに僕たちをここまで追いつめたじゃないか。よくやった。誰も君のことを責めやしないよ」

 

 不自然なほど甘く、優しい声音が、鏡の大公の脳髄に直接染み込むように響いた。

 

「だけど」

 

 メフィラの頬がゆっくりと吊り上がる。

 その笑みは、慈悲の欠片もない――邪悪そのものとしか言いようがなかった。

 

「我が愛しの契約者様へのあれは、少しやりすぎだったね。あのような狼藉は、とても許されるものじゃない。許されないことをした者には罰が必要だろう? だから、僕が君に罰を与えることにするよ」

 

 淡々と、まるで日常の雑務をこなすかのように言い放つ。

 その瞬間、メフィラの右手に宿る力がわずかに膨れ上がった。

 

『ぐっ⁉』

 

 握り込まれた“(コア)”が軋み、鏡の大公の身体が大きく震えた。

 人間でいえば心臓を直接握り潰されているようなもの――苦痛は想像を絶する。

 大公の膝が折れ、鏡の床に血のような光が滴り落ちる。

 その苦悶の表情を見て、メフィラは満足げに目を細めた。

 そして、瀕死の悪魔の耳元へ唇を寄せ、囁く。

 

「じゃあね。これは、僕が有意義に使わせてもらう」

『待っ――!』

 

 叫びは最後まで届かなかった。

 メフィラは一切の躊躇なく、(コア)を握った右腕を引き抜いた。

 (コア)を奪われた鏡の大公は、天を仰いだ姿勢のまま硬直する。

 その身体に、細かな罅が走り始めた。

 最初は一本の線だった亀裂が、蜘蛛の巣のように全身へ広がっていく。

 メフィラは興味深げにその様子を眺め――人差し指で軽く、コツンと大公の胸元をつついた。

 その瞬間、鏡の大公の身体は限界を迎えた。

 砕け散る鏡のように、無数の破片となって空中へ舞い上がり、光の粒となって消えていく。

 

「なかなか綺麗じゃないか。いい散り際だったよ。やっぱり、終わりは美しくなくちゃね」

 

 メフィラは手に入れたばかりの(コア)を、消えゆく鏡世界の月へと翳した。

 ドクン、ドクン――

 鏡の大公の核は、人間の心臓のように脈打ち、

 その鼓動が崩壊の静寂に不気味なリズムを刻む。

 

「――いい月だ」

 

 惚けるような、しかしどこか妖しく艶めいた笑みがメフィラの唇に浮かぶ。

 その姿は、滅びゆく世界の中でひときわ鮮烈に輝き、

 誰もが見惚れる魔性の色気を放っていた。

 やがて、メフィラの身体は蒼銀の霧となり、消えゆく鏡世界から静かに退去し始める。

 その最中、彼女はぼそりと呟いた。

 

「さて、それじゃあ、そろそろ始めようか――」

 

 目的の物は手に入れた。

 役者は揃い、祝福の鐘が鳴り、舞台の幕は上がる。

 

「――僕たちの戦争を、ね」

 

 悪魔王の娘にして、元四騎士・メフィラは嗤った。

 

 それは、実に悪魔らしい笑みだった。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

 如月メフィラの指が鳴らされ、視界が真っ白に染まった。

 天羽璃奈は、ようやく再会できた愛しい地藤優斗と共に――

 そのまま元の世界へ帰れるはずだった。

 

「なに――?」

 

 真っ白な空間に、ふと、ノイズが走る。

 手を繋いでいたはずの地藤優斗の姿はなく――天羽璃奈だけが、この空間に取り残されていた。

 

『よォ、お嬢ちゃん。ちょっと今、いいかァ?』

「ッ! 誰⁉」

 

 声は、空間のどこからともなく響いた。

 次の瞬間、白一色の世界に、異質な“黒”が滲むように現れる。

 影――としか形容できない存在が、滑るように璃奈の前へと入り込んできた。

 璃奈は反射的に二丁拳銃を召喚し、影へと突きつける。

 影は両手を上げ、まるで人間のように肩をすくめて笑った。

 

『オイオイ、そんな物騒なもん出すなよォ。俺様は怪しいもんじゃない』

「……ここまで説得力がない台詞もないわね」

 

 目の前の存在が“怪しくない”と言うのなら、この世に怪しいものなど存在しない――そう断言できるほど、その影は異質だった。

 眼も、鼻も、口もない。体格すら曖昧で、輪郭は常に揺らぎ、深淵の闇そのものを引きずってきたような禍々しい気配を纏っている。

 それでいて、影は飄々とした調子で笑い続けていた。

 

『傷つくぜェ。俺様だって、好きでこんな姿してるわけじゃないんだぜ? 無理やり割り込んだ代償って奴だ。無茶な行動にはリスクが伴う。リスクは甘んじて受け入れなきゃなァ』

 

 その声は軽い。だが、軽さの奥に潜む“何か”が、璃奈の背筋を冷たく撫でた。

 飄々としているのに、どこか威圧的で――遥か高みにいる存在が、気まぐれにこちらを覗き込んでいるような威厳があった。

 璃奈は拳銃を握りしめたまま、気丈に問いかける。

 

「……何者?」

『なぁに。俺様の正体なんざ、この後すぐに分かる。生憎と、俺様をもってしても時間がないんでな。手短に要件に入らせてもらうぜェ』

 

 影は、まるで空気を押し分けるように右手を突き出し、璃奈へと告げた。

 

『提案だ、お嬢ちゃん。俺と()()()()()()()?』

「……エクソシストに悪魔との契約を持ち掛けるとは、大した度胸ね」

『俺様が悪魔ってことは直ぐに分かったか』

「当然でしょう。それから、何となく貴方の正体に察しがついてきたわ」

『流石に賢いなァ。物分かりのいい女は嫌いじゃない』

 

 ケラケラと笑いながら、影は奥に潜む黄金の瞳を細めた。

 

『そんだけ賢いお嬢ちゃんなら分かるだろう? 神のしもべなんてつまらねェことやってないで、もっと自由に生きようぜ? 例えば――先に帰ったあの小僧と永遠に、一緒に暮らす、とか』

「ッ!」

 

 璃奈の心が大きく揺れた。

 胸の奥がきゅっと締め付けられ、息が詰まるほどの衝撃が走る。

 その提案は、どうしようもなく――今の彼女にとって甘美で、喉から手が出るほど切なく、抗おうとすればするほど心が軋むほどに魅力的な願望そのものだった。

 

『おう。乗り気になってくれたようで嬉しいぜ』

「ッ! 勝手なことを言わないで!」

 

 璃奈は二丁拳銃を突きつけ、影を睨みつけた。

 だが影は、銃口など意にも介さず、飄々と肩を竦める。

 

『だが、それがお嬢ちゃんの望みだろう? 俺様はただ、お嬢ちゃんの望みを叶えてやりたいだけだ。けど、流石に無料(ただ)ってわけにはいかない。その代わり、お嬢ちゃんにも俺様の望みを叶えて欲しい――どうだ? 釣り合っているだろう?』

「……」

 

 天羽璃奈は拳銃の引き金に力を込めた。

 彼女はエクソシストだ。

 いつだって、それを誇りにして生きていた。

 母から譲り受けたその意思を体現しようと、己の矜持の真ん中に置いてきたのだ。

 

 だからこそ、悪魔の誘いに乗るなど言語道断。

 絶対にあってはならないことだ――と、これまでの天羽璃奈なら考えていた。

 そう考え、何の意思もないまま反射的に引き金を引いていただろう。

 

 ――だが。

 

 今の彼女は、もう昔の天羽璃奈ではない。

 地藤優斗と出会い、戦い、失い、取り戻した。

 その過程で、彼女の価値観は静かに、しかし確実に変わっていた。

 

「……貴方の条件はなに?」

 

 そっと銃口を下ろし、璃奈は静かに問いかけた。

 影は上機嫌に肩を揺らし、愉悦を隠そうともせず笑った。

 

『ハハハ! まさか、高潔なエクソシストの卵が悪魔の話に耳を傾けるとはねェ。真に恐るべきは愛の力ってやつか』

「御託はいいから、さっさと話しなさい。何もないなら、貴方はここで討つ」

『怖い女だねェ。だが、ますます気に入った。一途で頑固なのはいい女の証拠だ。……そういや、前にもそんな女がいたっけな。弟共々、なかなか面白い奴だった』

 

 どこか懐かしむような声で語る影。

 天羽は無言で再び銃口を持ち上げ、引き金に指を掛けた。

 

『おぉ、悪い、悪い。ついつい昔話をしちまった。年寄りになると話が飛ぶわ、思い出話がしたくなるわで、碌なことがねェなァ。時間がないと言ったのは俺様の方だし、条件を言うぜ。一度しか言わないからよく聞いときな。俺様の条件は――』

 

 影は淡々と、しかしどこか愉悦を含んだ声音で“条件”を告げた。

 璃奈は静かに目を閉じ、その言葉を脳内で反芻する。

 胸の奥に渦巻く葛藤が、ゆっくりと形を成していく。

 やがて、彼女は紫の眼を開いた。

 

「分かったわ。その条件を呑む。その代わりに――」

『あァ。地藤優斗と永遠に一緒に居られるようにすればいいんだろう? 任せておきなァ。“原種の吸血鬼”も、メフィラも、俺様からすれば赤子も同然よォ。――おっと、メフィラの奴はもう赤子って歳でもなかったか。やれやれ。とんでもねェ、()()()に育ちやがって……』

 

 影は何やら世知辛い溜息をついた。

 影の正体に薄々気が付いていた璃奈ではあるが、その確信に至るような発言を受け、目を見開いた。

 

「貴方、やはり――」

『おう。そういうことだ。契約相手として不足はないだろう?』

 

 不敵な声で影は囁いた。

 璃奈は眉をひそめ、短く息を吐くと、静かに右手を差し出した。

 

「私、天羽璃奈は、貴方と契約を結ぶわ」

 

 影もまた、ゆっくりと右手を伸ばす。

 

『俺様、()()()()()()()()()は、天羽璃奈と契約を結ぶ。――よろしくなァ、お嬢ちゃん』

 

 エクソシストと悪魔王の手が触れ合った瞬間、

 白い空間に微かな震えが走った。

 その震えは、世界の理がひとつ書き換わった証のようでもあった。

 こうして――契約は締結された。

 

『さて、そろそろ時間だ。元の世界に帰れば俺様の力を行使できるはずだ。まァ、うまいことやりな』

「……言われなくとも」

 

 吐き捨てるような声で璃奈は答えた。

 例え、悪魔と契約を結ぶほどに堕ちてしまっていたとしても――それでも、やはり天羽璃奈は正義のエクソシストなのだ。

 本人が望むと望まぬに関わらず、その魂はそう在るように刻まれていた。

 ベルファルドはそんな彼女を見て、特に気分を害する様子もなく、ケラケラと楽しげに笑った。

 

 だが――次の瞬間、空気が変わる。

 影の輪郭がわずかに揺らぎ、その奥から“王”の威厳が滲み出す。

 声もまた、底を打つように重く響いた。

 

『――己の望みを果たすがいい、天羽璃奈。この世界は所詮、神と悪魔の玩具だ。下らぬ争いに巻き込まれる必要などない。戦いたくないのであれば剣を置き、家の扉を閉めることだ。不吉の嵐は、家の扉を開けぬ臆病者には訪れない』

「……」

 

 璃奈は言葉を返さない。

 その沈黙をどう解釈したのか、ベルファルドは再び飄々とした調子に戻り、軽く笑いながら付け加えた。

 

『――ま、そうはいっても俺様の望みだけは叶えてもらうけどなァ! せいぜい、忘れるなよォ』

 

 からりと空気が軽くなり、悪魔王は手をひらひらと振った。

 

『じゃあな。生きていたら、また会おうぜェ』

 

 その言葉を最後に、異質な黒い影は真っ白な空間からゆっくりと退いていく。

 まるで深淵が静かに引き潮を迎えるように、闇は音もなく消えていった。

 

 残された璃奈の視界は、再び白一色に染まる。

 世界がゆっくりと揺らぎ、どこかへと移動し始めた。

 恐らく、メフィラの力によって現世へと送り返されているのだろう。

 

 あの悪魔は、その()()に干渉してきたのだ。

 ほんの数秒の時間を引き延ばし――そして、“原種の吸血鬼”とメフィラの力さえ無効化する力を天羽璃奈に与えた。

 

 悪魔王ベルファルド。

 やはり、その力は本物だ。

 

 自分が何者と契約を交わしたか自覚した璃奈はその身をぶるりと震わせた。

 恐怖――ではない。

 その頬は、弧を描いていた。

 

「優斗君……」

 

 美しい紫の瞳に、鮮烈な黄金が混じる。

 天羽璃奈は、笑った。

 

「優斗君……!」

 

 それは、実に悪魔らしい笑みだった。

 




 というわけで、第三章が無事に完結いたしました。

 夏から連載を始め、気がつけば作中と同じく本当にクリスマスの時期になってしまいました。ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございます。(決して狙っていたわけではなく、ただ執筆スピードが遅かっただけなのですが……)
 誤字をご指摘くださる皆さま、評価をくださる皆さま、そして感想や「ここ好き」を届けてくださる皆さまにも、改めて心から感謝しています。
 この章について語りたいことが色々ありますので、活動報告にまとめる予定です。ご興味があれば、そちらもぜひご覧ください。

 これにて、2025年の投稿は最後となります。
 皆さま、どうぞ良いお年をお迎えください。

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