世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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第69話:外の世界は退屈ね

 

 天羽璃奈は、今まさに不機嫌の真っ只中にいた。

 

 理由は言うまでもない。

 愛する地藤優斗のそばを離れ、ひとりで行動しているからだ。

 

 以前までの璃奈は一人で過ごすことになんの不都合もなく――なんなら、一人でいることに落ち着きを感じるようなタイプだったはずだが、その価値観はとっくに塗り替えられてしまった。

 幸いにも彼女には悪魔王から授かった力があるため、璃奈が用意した“優しい鳥籠”から飛び立つことはまずないが……それでも、近くにいられないというだけで、胸の奥に不安がじわじわと積もっていく。

 

 おまけに、今いる場所も最悪だった。

 

 “学校”――なんて退屈で、くだらない場所なのだろう。

 

 興味のない人間が大勢いて、少し考えれば分かりそうな問題に皆で取り組んでいる。

 かつては学校随一の優等生として振る舞っていた璃奈だが、最近になって気付いてしまった。

 自分は、この“クラスメイト”なる存在に対して、欠片ほどの興味も抱いていないことに。

 

 いや、クラスメイトだけではない。

 璃奈は“学校”というシステムそのものに、もはや関心が持てなくなっていた。

 とはいえ、“学校”は国が運用する制度の一つだ。

 

 いくら天羽家が裕福で、悪魔から“永遠”を授かっていようとも、卒業していないと後々面倒が生じる。

 特に、地藤優斗を養っていくためには、安定した収入が必要だ。

 エクソシストに学歴が必須というわけではないが、ここまで通っておいて卒業しないのは費用対効果が悪すぎる。

 合理主義で完璧主義の璃奈は、そうした非効率を何より嫌っていた。

 

 そんな事情もあり、彼女は渋々いつもの“優等生の仮面”を被り、学校生活に溶け込んでいる。

 もっとも――文化祭以降、その羊の仮面は徐々に剥がれ、内側の凶暴な狼が露わになりつつあり、周囲からは以前より距離を置かれているのだが……周囲に興味のない璃奈は、その変化に気付くことすらなかった。

 

 聖西学園は(建前上は)進学校ということもあり、新年早々から授業を詰め込んでくる。

 璃奈はイライラを押し殺しながら椅子に座り、拷問のような時間を耐え忍んでいた。

 ――こんなことなら、部屋に監視カメラを設置して、いつでも彼の姿を見られるようにしておけばよかったと思いながら。

 

(そうだ。今日の帰りに監視カメラを買って帰ろう……!)

 

 地藤が聞けばムンクの叫びのような顔になりそうな計画を思いつき、璃奈はこっそりと口元を緩めた。

 そのまま地藤のことをあれこれ妄想しながら午前中の授業をどうにか乗り切った彼女は、昼食を取るために食堂へ向かう。

 普段はお弁当を持参しているが、今朝は彼の朝食と昼食を用意していたせいで時間が足りなかったのだ。

 

 きっと、食堂は混雑しているだろう。

 混んでいるということは――天羽璃奈に視線が集まるということだ。

 その想像だけで、彼女はわずかに眉を寄せた。

 自分が注目を浴びる存在であることは理解している。

 理解したうえで、心底うんざりしていた。

 

 だが、この状況も長くは続かない。

 

 卒業に必要な出席単位さえ確保してしまえば、あとは学校に来る必要などない。

 そうなれば、璃奈はずっと彼と一緒にいられる。

 あの部屋で、二人きりで、永遠に――

 

「天羽先輩」

 

 背後から声を掛けられ、璃奈は足を止めた。

 反射的に眉が動きかけたが、すぐに表情を整えて振り向く。

 

「唯ちゃん。どうしたの?」

「いえ、お久しぶりにお顔を拝見したので、挨拶をさせていただいただけです」

 

 ――うそつき。 

 

 璃奈は心の中で静かに呟く。

 彼女は優秀なエクソシストである。それが十六夜唯だとは予想していなかったものの、誰かが接触を試みていること自体は察していたのだ。

 一方、十六夜唯という少女は、璃奈でも到底及ばないほどの強大な力を持つ。

 それほどまでに死王女の力は絶対的だが――しかし、力以外は驚くほど“普通の女子高生”で、尾行の仕方も、気配の消し方も知らないようだった。

 

(まだ付け入る隙はあるのかもしれないな)

 

 璃奈は心の中で冷静に十六夜唯の戦力を分析しつつ、その思考を一切表情に出さず、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。

 

「確かに久しぶりだね。元気だった?」

「えぇ。相変わらず元気すぎる兄と一緒にいるお陰で、それなりに元気ですよ」

 

 聖西学園の制服を身に纏った赤毛の少女は、いつものように皮肉めいた口調で答えた。

 

「ところで、冬休み前に学校をお休みされていたみたいですが、体調不良か何かですか?」

「まぁ、そんなところかな。ちょっと、面倒な悪魔を相手にしていたからね」

「なるほど。エクソシストは大変ですね」

 

 悪魔の最上位――四騎士をその身に宿す少女は、のほほんとした調子で呟く。

 璃奈は内心でイラッとしつつも、表情には一切出さず微笑みを保った。

 

「実はまだ後始末が終わってなくてね。しばらく掛かりそうだから、また学校を休むことになるかもしれない」

「それはそれは……お勤めご苦労様です」

 

 自分には関係がないと分かっているのか、唯はどこか他人事のような口調で労いの言葉をかけてくる。

 

「アハハ、唯ちゃんの言う通り、エクソシストも大変だよ。それじゃあ、私はこの辺で――」

「あ、あの……!」

 

 会話を切り上げて立ち去ろうとした璃奈を、慌てた声が引き留めた。

 何を言われるのか察していた璃奈は、一瞬だけ振り向くのをためらう。

 しかし、ここで無視すれば後がもっと面倒になると理解していたため、渋々振り向いた。

 呼び止めた本人である唯は、もじもじと指先を擦り合わせている。

 璃奈の苛立ちが限界に達しようとしたその時、唯は頬をわずかに赤らめながら口を開いた。

 

「あの……殺しても死ななさそうな先輩は、大丈夫ですか……?」

 

 ――ほら、やっぱり来た。

 

 璃奈は心の中で舌打ちする。

 結局のところ、この赤い少女が気に掛けているのはそれだけなのだ。

 その一点にしか興味がなく、だからこそ璃奈の後をつけていたのだ。

 

「うん。優斗君は大丈夫だよ。ピンピンしてる。――少なくとも、()()()()()()

「そ、そうですか。身体の方は――えっ?」

「心の方がね、少し疲れちゃったみたいなの。燃え尽き症候群というか……もしかしたら鬱病に近い感じかもしれない。動きたくないんだって」

「――――」

 

 唯は息を呑んだまま、赤い瞳を大きく見開いた。

 その反応を、璃奈はまるで他人事のように眺めている。

 

 ――入念に準備した嘘。

 彼を守るための嘘。

 そして、唯を遠ざけるための嘘。

 璃奈はそれを、まるで真実を語るかのような自然さで口にする。

 

「お医者さんにも聞いたんだけど、今はあんまり悪魔とか、エクソシストとか、そういうものと関わらない方がいいんだって。だからね、少しリフレッシュしようかなと思って。今度から、私と二人で海外に行くつもりなの」

「かい、がい……?」

「うん。だってほら、この街は霊力が豊富で、色んな悪魔をおびき寄せるじゃない? だから思い切って、全く縁もゆかりもない――悪魔がいない国で羽を伸ばしてみることにしたの」

「……」

 

 唯は、理解が追いつかないといった様子で固まっていた。

 その表情には驚愕と困惑が混ざり、まるで足元の地面が突然消えたかのような不安定さが滲んでいる。

 璃奈はそんな唯を冷静に観察し、そして淡々と告げた。「だから――」

 

「だから、暫くは優斗君には会えないと思う。――うぅん。違うな。ハッキリと言うね。暫くの間、()()()()()()()()()()()()()()。理由は、分かるよね?」

「ッ!」

 

 唯は唇を強く噛みしめ、視線を落とした。

 理由など彼女自身が一番分かっている。

 彼女は、ハッキリと選んだのだ。

 己の内に宿る死王女と共に生きることを。

 

 “悪魔”と共にあることを。

 

「それじゃあね、唯ちゃん」

「天羽先輩!」

 

 立ち去ろうとした璃奈を、唯の震える声が呼び止めた。

 璃奈は振り返る。

 今度は、隠そうともしない露骨なうんざり顔で。

 それでも唯は、赤い瞳を揺らしながら、必死に璃奈を見つめていた。

 その瞳には、悔しさも、悲しさも、そしてほんの少しの祈りのようなものも宿っている。

 

「地藤先輩に伝えてください。ゆっくり、楽しんでくださいと。それから……元気になられたら、また一緒に遊びましょうと」

「……分かった」

 

 璃奈は短く答え、今度こそ背を向けた。

 その歩みは迷いがなく、振り返る気配もない。

 

 そして――

 

 唯が託した言葉は、璃奈の脳裏に届いた瞬間から、静かに霧散していった。

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

 混みあった食堂でどうにか昼食を済ませ、午後の授業も気力で押し切った放課後。

 チャイムが鳴ると同時に、璃奈は鞄を掴んで立ち上がり、迷いなく教室を出た。

 

「天羽」

 

 廊下を颯爽と進む背中に、凛とした声が届く。

 その瞬間、璃奈の表情がわずかに歪んだ。

 声だけで誰か分かる。

 そして、その人物は――今の璃奈が最も顔を合わせたくない相手だった。

 

 以前までは如月メフィラが璃奈の“苦手ランキング”の不動の一位だったが――鏡の世界での出来事を経て、その座は背後の人物に奪われたのだ。

 

「……霧島先輩」

 

 霧島レイ。

 吸血鬼でありながら教会に所属するエクソシストという異端の存在。

 銀髪に赤い瞳、凛とした立ち姿――誰が見ても目を奪われる、完璧な美貌。

 

 そして何より、異なる世界とはいえ――愛しい人と“本当の意味で一体化”した女。

 胸の奥で、冷たい棘がゆっくりと刺さる。

 彼女が好きになれないのも必然と言えた。

 璃奈はいつもより少し棘のある声で問い掛ける。

 

「何のご用ですか?」

「いや、なに。久しく顔を合わせていなかったからな。偶然見かけて挨拶をしただけだ」

 

 ――うそつき。

 

 璃奈は心の中で吐き捨てる。

 背後に“突然”現れた気配には気付いていた。

 放課後のタイミングを狙っていたのだろうが、璃奈が想定以上に早く移動したため、慌てて霧化して建物の影をすり抜けてきたのだろう。

 人目がないとはいえ、随分と大胆な真似をする。

 そういうところが、また気に食わない。

 

「確かにお久しぶりですね。お元気でしたか?」

「あぁ。……とは言っても、あちらこちらへ出張だらけで碌な冬休みは過ごせなかったがな……」

 

 レイは遠くを見るような目をした。

 その表情は、まるでブラック企業に勤める社畜が年末年始の愚痴をこぼしているかのようだ。

 実際、彼女は冬休みの間中、教会からの命令で各地を飛び回り、悪魔退治に駆り出されていた。

 休暇らしい休暇など一日もなかったのだろう。

 教会勤めの厳しさが、その一言に滲んでいた。

 

「天羽はどうだった?」

「それなりに充実していましたよ」

 

 璃奈は淡々と答える。

 だが実際は“それなり”どころではない。

 四六時中、あの部屋で優斗と一緒に過ごしていたのだ。

 彼の呼吸を感じ、声を聞き、同じ空間にいられる――璃奈にとっては、人生で最も充実した冬休みだった。

 

「そうか。それは羨ましい限りだ。……ところで――」

 

 レイは長い銀髪の毛先を指先で弄びながら、ちらちらと璃奈を伺うように視線を向けてくる。

 普段の彼女からは想像しにくい、どこか落ち着かない仕草だった。

 

 ――またその話題か。

 

 璃奈は内心でうんざりしつつ、予測済みの言葉が口から出るのを待った。

 

「ユウトは、元気か? 今日も学校に来ていないようだが……」

「元気です、と言いたいところですが――正直なところ、そうとはいえない状況です」

「なに?」

 

 レイの表情が一瞬で変わった。

 紅い瞳が細められ、空気がぴんと張りつめる。

 さっきまでの疲れた社畜のような雰囲気は跡形もない。

 エクソシストとしての鋭さが、全身から立ち上る。

 

「ユウトに何があったんだ?」

 

 紅い瞳が、まっすぐに璃奈を射抜く。

 その色は深く、鋭く、そしてどこか焦りを含んでいた。

 赤、紅、赤。

 十六夜唯に引き続き、視界に広がる赤の色彩に、璃奈は心の中で小さく溜息をつく。

 

 ――本当に、赤ばっかり。

 

 けれど、彼に憑いていた“赤”はすでに取り除いた。

 あの忌々しい色は、もう優斗のそばにはいない。

 残るのは――目の前にいる、この紅だけ。

 璃奈の胸の奥で、静かに黒い感情が渦を巻いた。

 

「実は――」

 

 璃奈は頭の中で事実を反芻し、呼吸を整え、表情を完全に整える。

 そして、唯に語ったのと同じ嘘を、今度は霧島レイへ向けて淡々と紡ぎ始めた。

 

 レイの反応は、ある意味で予想以上だった。

 最初はただ黙って聞いていたが、

 話が進むにつれ、彼女の顔色はみるみる青ざめていく。

 紅い瞳が揺れ、眉間に深い皺が刻まれ、

 やがて俯いたまま腕を組み、落ち着きなく貧乏ゆすりを始めた。

 

 普段の彼女からは想像できないほど、露骨な動揺。

 璃奈はその様子を、冷静に、どこか冷ややかに観察していた。

 全てを聞き終えたレイは、長い沈黙の後でようやく口を開く。

 

「……そうか」

 

 その声は、地の底から絞り出したように重かった。

 普段の凛とした響きは消え失せ、代わりに、どうしようもない無力感が滲んでいる。

 

「そういった状況ですので、霧島先輩も暫く優斗君への接触は控えていただければと思います。……今の優斗君には、元のただの男の子としての時間が必要なんです」

「……分かった」

 

 レイは短く答えた。

 その声はかすかに震えていた。

 彼女がどれほど優斗を気にかけているか――その事実が、逆に璃奈の胸に黒い影を落とす。

 

「私に出来ることがあれば、何でも言ってくれ。必ず力になる」

 

 レイは顔を上げ、必死に言葉を絞り出した。

 その瞳には、焦りと後悔と、どうしようもない祈りのようなものが混ざっている。

 だが――璃奈の心は微動だにしない。

 

「……分かりました」

 

 璃奈は淡々と返し、静かにレイへ背を向けた。

 

 “そんなものはない”“あなたの出る幕はない”――なんて言葉をぶつけて彼女の心をへし折っても良かったが、この霧島レイという少女は追い詰められると何をするか分からない怖さがある。

 璃奈の冷静な部分がむやみやたらに刺激するなと告げていた。

 直感に従い、璃奈は十分な牽制を出来たと判断して歩き出す。

 

「天羽、待ってくれ。すまない。もう一つだけ話があるんだ」

 

 その背に再び掛けられる声。

 璃奈はうんざりしたように目をぐるりと回しつつ、そんな感情は露ほども見せずに振り向いた。

 

「なんでしょうか?」

 

 霧島レイは沈んだ表情ながら何とか背筋を伸ばし、口を開いた。

 

「実は、教会から新しいエクソシストが来るらしくてな」

「新しいエクソシスト……?」

 

 璃奈は眉をひそめた。

 

 “エクソシスト”。

 

 かつて天羽璃奈が誇りと自信をもって名乗っていたその肩書きは、今では口にすることすら避けるべき危険な言葉へと変わってしまった。

 

 理由は明白だ。

 彼女の愛する地藤優斗は悪魔と契約した人間というだけではなく、“原種の吸血鬼”という特異な存在へと〈進化〉してしまった極めて特異な存在だ。

 もしエクソシストたちに見つかれば――その瞬間、彼らは迷いなく優斗を殺しに来るだろう。

 いや、もしかするとその特異性からモルモットにされてしまうかもしれない。

 いずれにせよ、璃奈が看過出来ることではない。

 

 そして、天羽璃奈自身もまた、エクソシストとは決して接触してはならない立場になっていた。

 なにせ彼女は、最も忌むべき悪魔――悪魔王ベルファルドと契約を結んだ、史上最悪の裏切り者なのだから。

 

 現役のエクソシストの中でこれほどの背信行為は、おそらく前例がない。

 見つかれば、処刑は免れない。

 それは璃奈自身が一番よく理解していた。

 

 璃奈のことはともかく、優斗のことはよく知っているレイはスッと距離を詰め、周囲に誰もいないことを確認してから小声で囁いた。

 

「その、ほら……ユウトは悪魔と契約を結んでいるだろ? 今はただでさえ安静にしておくべき状況だし、気を付ける必要があると思ってな」

 

 その声音には、心配と焦りが滲んでいた。

 璃奈は霧島レイが大嫌いだ。

 だが――彼女の言葉は正しい。

 そして、齎された情報には確かな価値がある。

 璃奈は渋々ながら(もちろん表情には出さず)小さく頭を下げた。

 

「……ありがとうございます、霧島先輩。仰る通り、なるべく優斗君には近づけさせない方がいいでしょうね。私の方でも策を講じますので、ご協力いただけると助かります」

「あぁ、分かった」

 

 レイは力強く頷いた。

 その真剣さは、璃奈の胸にわずかな苛立ちと、同時に利用価値の高さを再認識させる。

 たとえ心情的に相容れない相手であっても――使えるものは使うべきだ。

 特に、“教会”の勢力はあまりにも大きい。

 悪魔王と契約したとはいえ、正面から敵に回せば璃奈など一瞬で消されてしまう。

 だからこそ、ことは慎重に。

 そして確実に進めなければならない。

 

「では、私はこれで失礼します」

「あぁ。……ユウトに、よろしく伝えてくれ。私は何があってもお前の味方だと。どんなことでも、話して欲しいと」

「分かりました」

 

 璃奈は形だけの返事を返し、静かに背を向けた。

 レイの言葉は歩き出した瞬間に霧散し、彼女の脳裏には――“新しいエクソシスト”という不穏な単語だけが重く沈んでいた。

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

 1月5日。

 

 冬休みが明け、最初の授業日。

 その日、聖西学園には季節外れの転校生がやって来ていた。

 

 新年早々の珍しいニュースに、教室は朝からざわついている。

 誰もが期待と好奇心を胸に、扉の方へと視線を向けていた。

 そして――その扉が静かに開いた瞬間、教室の空気が一変した。

 

「初めまして」

 

 入ってきたのは、ひと目で“只者ではない”と分かる美少年だった。

 サラサラと流れる金色の髪は、冬の光を受けて柔らかく輝き、

 エメラルドのように澄んだ緑の瞳は、まるで宝石そのもののように透明だ。

 中性的で整いすぎた顔立ちは、現実離れした美しさを帯びている。

 

 教室のざわめきが、一瞬だけ止まった。

 息を呑む音が、あちこちから微かに聞こえる。

 

 少年は黒板に歩み寄り、白いチョークを指先で軽く転がすと、滑らかな筆致で己の名前を記した。

 その動作は妙に洗練されていて、まるで長年舞台に立ってきた役者のような無駄のない所作だった。

 そして、くるりと振り返る。

 

「ユリウス・ヴァン・アーデルハイトと申します。よろしくお願いします」

 

 柔らかく微笑むその顔は、完璧だった。

 教室のあちこちで歓声が上がり、女子たちの声が弾む。

 男子ですら、思わず見惚れている者がいた。

 教師が慌てて生徒たちを宥めるのを見ながら、ユリウスは静かに微笑んでいた。

 

 彼の胸元で揺れる銀の十字架が、冬の光を受けて、ひどく冷たく輝いた。

 

 

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