世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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第7話:主人公とヒロインはやっぱり絵になる件

 

 通常、悪魔は初級であっても素手で軽く人体を破壊できる凶悪な存在である。

 

 ただ、魔界ほど魔力が濃密ではない現世ではその力を十全に発揮することが難しく、特に夜でなければ初級悪魔は活動すら碌に出来ない状態となるのだが、それでも一般人には到底太刀打ち出来ない膂力を有している。

 

 さらに中級ともなれば、人類の兵器でも打ち勝てないような個体が現れ始める。

 流石にミサイルやロケットランチャーを撃ち込めばダメージは通るだろうが、拳銃程度では傷をつけることも出来ない。

 概念的に通常兵器が通じない存在もいるため、武器があるからと言って勝てると断言できるわけではないのだ。

 

 その常識を持っている者であれば断言できるだろう。

 これは……この光景は、“異常”であると。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

 蝶が舞っていた。

 

 美しい蝶だ。

 銀色の翅で華麗に舞いながら、翡翠色の燐光を振りまく。

 

 実に神秘的な光景ではあるが、蝶を取り囲む魑魅魍魎たちはお世辞にも美しいとは言えなかった。

 

 人体と蜘蛛を組み合わせたような歪な生命体がいた。

 山羊の頭を持つ人体がいた。

 数体の狼を継ぎ接ぎにしたような混沌生物がいた。

 醜悪で巨大な蝙蝠がいた。

 

 多種多様な化け物のパレードは美しい蝶を取り囲み、涎を垂らしながら放出されている濃密な霊力を体内に取り込もうとする。

 

 だが、飛んで火に入る夏の虫というべきか。

 美しい蝶に魅入られた化け物たちは皆、その数秒後に頭を吹き飛ばされていた。

 

 ひらひらと舞う蝶から放たれた、翡翠色の光によって。

 

 蝶が持つ毒に気が付いた化け物たちは怒り狂いながら特攻を仕掛ける。その質量と迸る魔力に身を任せ、我先にと突撃する。

 殺到する悪魔の数、およそ120体。

 廊下いっぱいに敷き詰められた巨大な肉の壁を前にして、しかし蝶は――天羽璃奈は欠片も怯まない。

 

 冷徹な目で銀色の二丁拳銃を左右へ向け、凄まじい速度で引き金を引く。銃口より発射される翡翠色の光は確実に悪魔たちの息の根を止めていく。

 

(す、凄ぇ……)

 

 姿を隠している十六夜蓮はその光景を見て内心息を呑んでいた。

 悪魔と戦う覚悟でここへ乗り込んできた彼だが、正直この光景を前にすると自分の発言が如何に浅はかだったのかが分かる。

 

 次元が違う。生物としてのレベルが違う。

 身のこなし一つを取ってもそうだ。ここまで蓮をお姫様抱っこで運んできたことからも分かる通り、天羽璃奈の身体能力は驚異的だ。

 四方八方を囲まれ、容赦なく飛んでくる敵の攻撃を全て躱しながら確実に悪魔の眉間を撃ち抜いていく。

 神業と表現するに相応しいアクションを実行しながら、しかし彼女にはまだ余裕があるように見える。

 さらに、異次元なのは彼女だけではなかった。

 

(あれが、祓器……もう拳銃って次元じゃないぞ……)

 

 天羽璃奈の手に握られた二丁拳銃は銃弾の嵐を巻き起こしている。

 そんな出鱈目な速射を繰り返していればすぐに銃弾は尽きるはずだが、彼女の銃弾は尽きるどころか、リロードをする素振りすら見せない。

 それもそのはず。

 彼女の銃に実弾は必要ない。その銃口から放たれているのは全て彼女の霊力であり、彼女の霊力が尽きぬ限り、弾丸もまた尽きることはない。

 

 天羽璃奈は華麗にして苛烈に悪魔の陣地をかき乱していた。

 

『トツ……ゲキ……!』

 

 中級悪魔がしゃがれた声で命じる。

 

 中距離で勝ち目がないのであれば懐に潜ればいいだけのこと。

 これだけの悪魔を揃えているのだ。味方を盾にすれば銃弾の嵐を潜り抜けることも不可能ではない。

 極めて合理的な判断を下し、悪魔は身内を肉盾にして天羽のもとへ着実に接近していく。

 四方を囲まれながらも冷静に戦局を見ていた天羽は敵の意図に気が付き、すぐに盾にされている悪魔ごと外道を撃ち抜こうとするが、身内を盾どころか捨て駒にした悪魔は撃ち抜かれた死体の横から飛び出し、天羽を切り裂こうと迫りくる。

 

「天羽――!」

 

 危機的状況の中、天羽はやはり冷静だった。

 

 勝利を確信した悪魔の目の前で銀の光が煌めく。

 一瞬の光に気取られた時間は僅か。濃密な霊力を求め、一歩を踏み出した悪魔は徐々にズレていく視界を前にその意識を永遠に失った。

 

 天羽璃奈の戦闘距離(バトルレンジ)は近中距離である。

 

 中距離は銃弾で。

 そして、近距離は銃に取り付けられている刃で対応することが出来る。

 

 懐まで近づいたはずの悪魔は、拳銃に取り付けられた銀色の刃であっさりと首を斬り飛ばされて絶命した。

 その後も無謀な突撃を繰り返す悪魔たちだが、近中距離を支配した彼女に近づくことすらできずに射撃と剣戟を合わせた独特の戦法に歯が立たない。

 

 次々と仲間が眉間を撃ち抜かれていく。

 間合いを潰されて首を斬り飛ばされていく。

 心臓を貫かれていく。

 その流動的な動きは芸術的なように見えてその実、どこまでも合理的な動きによって構成されていた。

 文字通り血を吐くような努力の末、合理性を突き詰めたが故に会得された彼女の技術は、見る者を魅了する芸術性も手に入れていた。――惜しむべきは、当人は戦いの中での芸術性になど欠片も興味を抱かないことだろう。

 

 辺りを見渡し、悪魔がこれ以上出現しないことを確認した天羽は虚空に向かって話しかけた。

 

「良し。2階も殲滅出来たよ。3階に行こうか」

「あ、あぁ……」

 

 虚空が歪み、中から十六夜蓮が現れる。

 天羽の聖言に保護されていた彼は、彼女がすぐに助けられる間合いでじっと息を殺しており、「無双」という表現がピッタリの大立ち回りを最前列で見ていた。

 

「どうしたの? 顔色良くなさそうだけど。悪魔の瘴気にあてられちゃった……?」

 

 どこか歯切れが悪い蓮に心配そうな表情で天羽が尋ねる。

 彼は首を横に振った。

 

「いや、体調は大丈夫だ。ただ……天羽、本当に凄いんだな。あんなに速い動きで、的確に悪魔を撃ち抜いて……本当に凄いよ……」

 

 絶賛する言葉には感銘を受けた熱と同時に、どこか悔しさのような感情も乗っていた。

 無理もない。十六夜蓮は可憐な女性に戦わせて一人端っこで縮こまっていることを良しとする人間ではなかったから。

 

「そんなに褒めても何も出ないよ。それより、ここから先は妹さんが入院しているフロアになるから用心して」

「分かった。……悪いな。引き続き、頼む」

「頼まれました」

 

 蓮が天羽を一人で戦わせていることに罪悪感を抱いていることを感じ取った彼女は、少しコミカルな表現で回答しながらニコリと微笑んでみせた。

 余裕のある彼女の表情を見て蓮の顔も緩む。彼は頷いて天羽の後ろに下がった。

 

「よし、行くよ」

 

 囚われの少女を救うため、2人は慎重に3階へと昇っていく。

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 十六夜唯。

 

 それは「十六夜のエクソシスト」において極めて重要な役割を果たすメインヒロインの名だ。

 天羽璃奈と並んで非常に人気があるキャラクターであり、そして作中で2番目に警戒をしなければならない危険人物である。

 ルート②のヒロインであるといえばそのヤバさが伝わるだろうか。

 

 ②愛する人だけいればいい。超絶嫉妬深いヒロインと文字通り世界が滅ぶ真ん中でキスする「君だけいればいいルート」。

 

 幼い頃より原因不明の体調不良に悩まされ、病院で一人、兄の来訪だけを心待ちに生きていた十六夜唯はある日、とある事件に巻き込まれたことで隠されていた潜在能力を開花させ――凶悪な悪魔をその身に宿してしまう。

 

 以前から兄へ許されざる恋慕を抱き、しかし愛する彼を自分が苦しめていると強く思い込んでいた彼女は身体の内に宿した悪魔に唆され、徐々に狂っていく。

 そして、最終盤で遂に暴走。

 彼女はその力で立ち塞がる全てを殲滅した。人間も、悪魔も、神も、文字通り全てを消し飛ばした。

 更地になった世界の中心で、唖然と涙を流す十六夜蓮とキスをし、兄と妹は人類の新たなアダムとイヴになるのだった――。END

 

 最初にあのエンディングを見た時は流石に開いた口が塞がらなかった。

 いや、確かに不穏な空気は序盤から漂っていたが……まさかあそこまで徹底的にやるとは予想もしていなかった。

 

 あの結末を見てしまった以上、十六夜唯には非常に申し訳ないのだが、絶対に彼女と十六夜蓮をくっつけることは容認できない。

 いや、悪魔さえ何とか出来れば大丈夫かもしれないが……それでも、彼女が生まれた時から持っている能力は危険極まりない。

 このまま大人しくしてもらうのが最善手だろう。

 

 幸いなことに、性根が腐っている如月メフィラと違い、彼女はあくまでも運命に翻弄されただけの少女であり、間が悪かっただけの善人である。

 兄との恋路は邪魔させてもらうことになるが、その不幸な運命から救うことは可能だ。というか、救わなければ世界が滅ぶ。

 

「……まぁ、あの感じからして上手くいったっぽいな」

 

 彼女を救う上で焦点になるのは、彼女が心に抱えている兄への罪悪感と、自己肯定感の低さだ。

 あとは然るべきタイミングに、然るべき対応ができれば彼女は救われる。

 

 だから僕は偶然を装って彼女に接触し、さり気なく十六夜蓮に対して罪悪感を持つ必要はないこと、そしてそこまで思い詰める必要がないことを刷り込んだ。

 病院という箱庭から殆ど出たことがない彼女は皮肉気な口調とは裏腹に眩しいくらい純粋無垢で、思っていたより苦労はしなかった。というか、想像以上に上手く事が運んで逆に驚いているくらいだ。

 流石は数々の二次創作で救済パートが一瞬で終わる少女――通称、「チョロ唯」と言ったところか。

 ちなみに、そこから恋愛関係に発展したい場合は、世界さえ滅ぼせる究極のシスコン主人公の壁を乗り越えなければならないわけなんだが……僕には関係ない話だったな。

 

 さて、幾らか顔が明るくなった十六夜唯ではあるが、もちろんまだ油断はできない。

 寧ろ、本番はここからだろう。

 

 この病院は今から戦場になるのだから――。

 

「……始まったか」

 

 ゾクリと背筋が凍るような感覚。僕は直感的にこの病院に結界が張られたことを感じ取った。

 念のため、先程教えてもらった十六夜唯の病室へ足を向けるが、予想通り彼女はそこに居なかった。悪魔たちに連れ去られたのだろう。

 

 こうなることを知っていながら先程知り合った後輩を実質見捨てたことに胸がチクリと痛むが、どのみち僕では悪魔たちから彼女を守りきることは出来ない。

 悪魔たちが彼女に危害を加えないことは知っているし、()()()も渡してある。

 僕がやるべきはこの先の展開に備えることだけだ。

 

 病院内を移動しながら、先の展開に思いを馳せる。

 

 この章では主人公がやたらと選択を迫られる場面がある。それはそのまま主人公たちの生死に関わることもあれば、ヒロイン分岐に繋がることもあり、非常に重要な選択となる。

 

 あれやこれやと手回しをしているが、僕が関われない局面では彼に全てを託すしかない。

 僕が関われるのは最後の最後、一番大事になってくる選択肢の場面だけだ。

 だから――

 

2()()()()()()()()()()()()、主人公……!」

 

 賽は投げられた。

 モブはモブらしく、地を這えずり回りながら祈ることしか出来ない。

 僕は次の展開の為に病院内を移動し始めた。

 

 だが。

 

 この時、僕は知らなかった。

 知る由もなかった。

 

 

 

 僕という異物のせいで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()――。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

「これで……最後!」

 

 3階に到達した十六夜蓮と天羽璃奈の2名は、これまでの階層と同じ作業を繰り返した。

 蓮が身を隠している間に天羽がその圧倒的な戦闘能力で片っ端から悪魔たちを殲滅していくだけの作業。

 

 弾(霊力)の消費を抑えるため、最後に残っていた1体を拳銃の刃で切り裂いた天羽は辺りを見渡してから一息ついた。

 

「良し。十六夜君出てきていいよ」

「あぁ……相変わらず、凄まじいな」

 

 待機していた消火器の隣から出てきた蓮は真っ赤に染まった廊下を見て若干引き気味に感想を述べる。自分一人では一体倒せるかどうかも怪しい悪魔の死体が足の踏み場がないくらいに広がっているのだ。

 自分の妹を助けるために振るわれている力とはいえ、ゾッとするほどに巨大な力を持つ少女に対して畏怖にも似た感情が湧いてくる。

 

「天羽が味方で良かったよ」

「十六夜君はよく褒めてくれるね。ありがとう」

 

 そういえば、と天羽は思い出す。

 彼も事あるごとに私のことをよく褒めてくれたな――と。

 

「なぁ、それ止めないか?」

「えっ……ご、ごめん。何のこと?」

 

 隙あらば元彼のことを思い出していることを悟られたのかと一瞬焦ったが、どうやら違うらしい。十六夜蓮はどこか不満そうな表情で要望を告げる。

 

「その十六夜君ってやつだよ。これから助けに行く俺の妹だって十六夜なんだし、俺のことは下の名前で呼んでくれないか?」

「あぁ、なるほど……」

「俺も天羽さえ良ければ下の名前で呼ぶからさ」

「……」

 

 天羽は十六夜蓮の申し出を快諾しようとして、言葉に詰まった。

 名前で呼び合う。それ自体に違和感はない。

 彼は共通の目的のために手を組んでいる仲間だし、聖痕を持っていることからこれからエクソシストの後輩にもなる人物だ。

 何も問題はない。寧ろ、積極的に呼び合うべきだ。

 だが――何かが天羽の中で引っ掛かる。彼女は少し自分の中に埋没してその答えを探し、すぐに結論に至った。

 

(名前……優斗君に呼んでもらいたかったな……)

 

 単にきっかけがなかったと言えばそれだけだ。だが、天羽はずっと思っていた。

 彼に名前を呼んで欲しいと。

 お互いに名前を呼び合いたいと、ずっと願っていたのだ。

 

(あぁ……ダメだ、私。また優斗君のことを考えちゃってる……)

 

 考えてはいけないと思い詰めるほどに考えてしまう。

どうしようもない自分に呆れる。

 

「天羽?」

『天羽?』 

 

 不意に、心配そうな十六夜蓮の声と彼の声が重なりかけて――天羽はぐちゃぐちゃな内心を覆い隠して笑顔で頷いた。

 

「うん。いいよ。それじゃあ、改めてよろしくね、蓮君」

「あぁ。こちらこそよろしく。璃奈」

 

 名前で呼び合いながら2人は肩を並べて歩き出す。

 

 その堂々たる背中は、確かに主人公とヒロインのそれだった。

 

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