世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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第70話:プレゼントを買って帰ろう

 

「ただいま。ごめんね、遅くなっちゃった」

 

 特にやることもないので、サブスクで映画を見ながらソファでだらけていると、璃奈が部屋に入ってきた。

 この部屋の扉が開くまでまったく音がしなかったことを考えるに、やはり防音結界が張られているのは間違いないようだ。

 

「おかえりー」

 

 僕はいつものように挨拶をする。

 ――変な出来事があったとは、悟らせないように。

 

「学校はどうだった?」

「退屈だったよ」

 

 溜息をつきながら、璃奈は鞄と袋をテーブルの上に置いた。

 以前の彼女であれば考えられなかった台詞だ。

 僕はへらへらと笑いながら言う。

 

「僕と一緒に行けば楽しいかもよ?」

「もうっ、何かあったらすぐ外に出ようとするんだから。油断ならないね」

 

 璃奈は腰に手を当て、呆れたように言った。

 口調とは裏腹に表情は明るい。

 何やら、機嫌が良さそうだ。

 

「えっと……なにか、良いことでもあったの?」

「うん。実はね、とびっきりの名案を思いついたの。退屈を紛らわせるための、とっておきの方法を」

「へぇ……なんなの?」

「じゃんっ」

 

 ニコリと微笑みながら、璃奈は茶目っ気たっぷりの動作で袋の中からそれを取り出した。

 学校からの帰り道、お店で購入したらしい――“監視カメラ”を。

 

「……えっ?」

 

 思わず唖然とした声が漏れる。

 璃奈は輝くような笑顔を浮かべながら言った。

 

「これで二十四時間三百六十五日、どこにいても優斗君のことを見ていられるよ」

「――――」

 

 僕の脳裏に、褐色肌の少女の姿が浮かび上がる。

 まずい。

 せっかく外の世界と意思疎通するための方法を見つけたというのに、これではメモ用紙による文通(?)すらできなくなってしまう。

 あの少女の存在に気づいて監視カメラを急いで用意した――というわけではなさそうだが、これは非常にまずい。

 

「そ、その……僕もさすがにプライベートが欲しいというか、璃奈本人ならともかく、監視カメラはちょっと遠慮させてもらいたいかな? なんて、言ってみたりして……」

 

 僕は慎重に言葉を選びながら、監視カメラ導入反対を訴える。

 謎の少女との出会いがなかったとしても、やはり四六時中監視されているというのは落ち着かない。

 これではまるで――ペットのようだ。

 

「……今日ね、学校で唯ちゃんと会ったの」

「え? あ、あぁ……それがどうしたの?」

 

 急に話題が変わったことに戸惑いながら尋ねる。

 璃奈は紫の瞳に冷酷な光を宿し、じっと僕を見つめていた。

 

「優斗君に会いたがっていたよ。会いたくて、会いたくて、仕方がないって顔をしていたよ」

「へ、へぇ……」

「嬉しい?」

「いや、嬉しくは、ないかな」

 

 本心はどうあれ、ここで「嬉しい」なんて言えばどうなるか――僕みたいな馬鹿でも容易に想像がつく。

 璃奈はニコリと微笑んだ。

 

「だよね。だけど、優斗君が嫌がっていても、彼女の方からこの家に来る可能性はあるよね。優斗君の安全のためにも、君から目を離すわけにはいかないの」

「な、なるほど……」

 

 いや、なにが「なるほど」だ。

 流されるな、僕。

 

「だ、だけど、この檻がある以上は、問題はないんじゃないのかな……?」

「学校でね」

「あっ、うん」

「霧島レイにも会ったの」

 

 ちなみに霧島先輩は璃奈より年上で、僕たちの先輩だ。

 そんな人の名前を呼び捨てで――しかも、ありったけの憎悪を込めて口にする璃奈の顔は、能面のように無表情だった。

 美人が怒ると怖い――とはよく言われるが、璃奈はその最たる例だろう。

 普段が穏やかでニコニコしている分、その落差が凄まじい。

 

「アイツも、言ってたよ。優斗君に会いたいって。……図々しい話だよね」

「……」

「嬉しい?」

「い、いえ……」

 

 ギロリと紫の瞳で睨みつけられ、反射的に首を横にブンブンと振った。

 

「うん。そうだよね」

 

 璃奈はようやくニコリと微笑んでくれた。

 

「嬉しいわけがないよね。あんな奴に会いたいって言われても」

 

 その声には、怒りとも不安ともつかない感情が滲んでいた。

 璃奈の霧島先輩に対する憎悪は、どうやら想像以上に根深いらしい。

 

「でも、これで分かったでしょう? 優斗君がどう思っていても、向こう側は優斗君に会いたくて仕方がないんだってさ。……()()()()()()?」

「い、いや……」

 

 なんて返したらいいか分からず、曖昧な相槌を打つ。

 璃奈は少し不機嫌そうに唇を尖らせながら続けた。

 

「優斗君は“プライベートが”なんて言っているけれど……ちょっと認識が甘いかな。この屋敷の周りは地雷だらけなの。周囲には敵が潜んでいて、いつ襲い込まれてもおかしくない状況なんだよ。だから――」

 

 箱の中から監視カメラを取り出した璃奈は、微笑みながら小首を傾げた。

 

「分かってくれるよね、優斗君」

「え、えっと……」

「――分かって、くれるよね?」

 

 璃奈はすっと距離を詰めてきた。

 キスができそうなほど近い。

 僕は無意識に後ずさりしそうになり、必死に踏みとどまった。

 ここで逃げたら――“璃奈から逃げた”と受け取られたら、また彼女の歯止めが効かなくなる。

 

「……分かった」

 

 結果的に、僕は首を縦に振ることしかできなかった。

 他に、なんて言えばいいんだ?

 静かに頷く以外の選択肢が見つからない。

 璃奈は満足そうにニコリと微笑み、監視カメラを手に取った。

 

「不満があるのは分かるけれど、私は優斗君のことが心配で仕方がないだけなの。目を離したら君がいなくなっていそうで……心配で、心配で、仕方がないの」

 

 紫の瞳に、漆黒の闇と歪な黄金が揺れる。

 その視線は、愛情と恐怖と執着が混ざり合った、危うい光だった。

 

「だから、不安要素は全部潰すね。蝿一匹、この屋敷には踏み込ませない」

 

 そう言い残し、璃奈は監視カメラを取り付けるために檻の外へ出ていった。

 

 僕はその後ろ姿を見つめることしかできない。

 まるで、犬のようだ。

 

 飼い主に首輪を掛けられ、ドッグタグに名前を刻まれ、犬小屋に鎖で繋がれている。

 美味しい餌を与えられ、遊び道具を手渡され、心配だからと監視カメラまで設置され、居心地の良い空間で、大事に大事に飼われている。

 全てを思い通りに動かせている璃奈は、とても楽しそうで――

 だけど僕には、不安で仕方がない少女が無理をして笑っているようにしか見えなかった。

 嬉々として檻を監視できる位置にカメラを取り付ける璃奈を横目に、僕はチラリと窓の外へ視線を向ける。

 

 あの不思議な少女の姿は、どこにもなかった。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

「唯のやつ、どうしたんだ……」

 

 十六夜蓮は夜道を一人で歩いていた。

 学校を終え、その後バイトに行き、勤務を終えた帰り道である。

 もう慣れたいつものルーティンだが、今日はいつもと違う点があった。

 

 ――妹のことである。

 

 バイトへ向かう前、蓮は家で妹の唯と顔を合わせたのだが、彼女は見たことがないほど落ち込んでいて、「もう寝ます」とだけ言って部屋に閉じこもってしまった。

 そんな姿を見るのは初めてで、蓮は心配になって扉越しに声を掛けたが、返事は返ってこない。

 

 体調が悪いのかとも思ったが――唯には悪魔の最強格、死王女が憑依している。

 あらゆる病原菌を滅殺し、人間も悪魔も容赦なく滅ぼす彼女がいる以上、唯が体調不良に陥ることはまずないだろう。

 

 つまり、返事をしない理由は体調ではなく、機嫌の問題ということになる。

 

 理由は分からないが、今は構わないでほしいという空気を感じ取った蓮は、後ろ髪を引かれる思いでバイトへ向かった。

 

 今にして思えば、入院中でさえ唯は弱音を吐かなかった。

 痛みや不安を抱えていたはずなのに、いつだって気丈に背筋を伸ばし、蓮に心配を掛けまいとしていた。

 だからこそ――今日の唯の様子は蓮にとって衝撃的だった。

 彼の知る妹は、どんなことがあってもふてぶてしい態度を貫き、嫌味を言って自分を奮い立たせ、凛と立ち向かう強い少女だったのだ。

 

 驚きと、困惑。

 兄として、どう声を掛けるべきなのか。

 悩みながら街を歩いていた蓮は、不意に甘い匂いに足を止めた。

 視線を横に向けると、この街でも人気のケーキ屋がある。

 何気なくショーケースを眺めていた蓮の脳裏に、ふと名案が浮かんだ。

 

 唯は甘いものが大好きだ。

 死王女のおかげでカロリーを死滅させることができることもあり、一時期は馬鹿みたいに甘いものを頬張っていたが、

「たまに食べるから美味しいんだろ?」と蓮に諭されてからは控えていた。

 

 だが、今日くらいはいいだろう。

 いや、むしろ今日のような日にこそ食べるべきだ。

 少しでも妹に明るい顔を取り戻してほしくて、ささやかなプレゼントを購入すべく、蓮はケーキ屋に入店した。

 

「いらっしゃいませー」

「さて、どうしようかな……」

 

 店員さんの挨拶を受けながら、蓮は宝石のように並べられたケーキに目を向ける。

 

(どうせなら俺の分も買って帰るか。二人で一緒に食べたほうが美味しいもんな。……あっ、そうだ。モルさんの分も買って帰らないと不機嫌になるか。それじゃあ、三人分だな)

 

 唯の中にいる同居人、死王女モルヴェリアもまた甘いものが大好きだった。

 蓮が唯に「しばらく甘いものを控えなさい」と言ったときなどは、『この家を吹き飛ばしてくれるッ!』と大暴れしだす寸前まで発展したくらいだ。 

 

 唯が「たまに食べるからいいんですよ」と蓮の言葉をそのままドヤ顔で口にすると、『確かにそうじゃな。唯は賢い!』とすぐに収まったが。

 

「唯はイチゴ味が好きだったはず。モルさんはチョコレートだったかな? よし」

 

 蓮はニコニコと見守っていた店員さんに「すいません」と声を掛け、ケーキを一つずつ指さした。

 

「このイチゴのムースと、チョコレートケーキと、それからモンブランをください」

「かしこまりました」

 

 店員は丁寧にトングでケーキを摘み上げ、トレーの上に載せていく。

 ふと、店員は蓮の後ろに視線を向け、小首を傾げた。

 

「こちらで召し上がっていかれますか?」

「はい?」

 

 言われてから、蓮は店内を見渡した。

 少し狭い店内だが、奥にはテーブルと椅子が置かれている。

 壁にはお洒落な文字で紅茶のメニューも記載されているので、店内で食べることもできるのだろう。

 

「いえ、持ち帰りでお願いします」

 

 どうして一人の蓮にその提案をしてきたのか少し不思議に思いつつ、

 最近は“おひとり様”が流行っていることを思い出し、勝手に納得した蓮は、三つのケーキを持ち帰る旨を伝えた。

 

「――いや、ここで食べる」

「ん?」

 

 不意に、背後から聞いたことのない声がして、蓮は反射的に振り向いた。

 そこには、見知らぬ少女が立っていた。

 褐色の肌に、光を吸い込むような黄金の瞳。

 妹とは微妙に色味の違う赤髪が肩にかかり、真冬の寒さだというのに、くたびれた灰色のパーカーと黒いTシャツ、黒のズボンという薄着。

 やる気のなさそうな無表情と、どこか影のある佇まいが妙に様になっている――ミステリアスな少女だった。

 

 そこで蓮はようやく気づく。

 店員が先ほど「店内で召し上がりますか?」と尋ねたのは、この少女が蓮のすぐ後ろにぴたりと張りついていたからだ。

 つまり、二人連れだと勘違いされたのだ。

 それなら納得はいく。

 

 だが――今、この少女は何と言った?

 

 店内で食べる?

 しかも、蓮の注文の途中で当然のように割り込んできた。

 マナー違反も甚だしいが、蓮が注意しようと口を開くより早く、少女は指を伸ばした。

 指先が示したのは、クリスマスにでも頼みそうな、大きなホールケーキ。

 

「私はそれ食べる」

「い、いや、ちょっと――」

「死王女の妹がいるな、十六夜蓮」

「ッ!」

 

 囁きは小さかった。

 だが、その一言で蓮の背筋に冷たいものが走る。

 少女は感情の読めない黄金の瞳で蓮を射抜き、淡々と続けた。

 

「お前に話がある。私と一緒にケーキ、食うよな?」

「……」

 

 睨み合う二人。

 店内の空気が一瞬で冷え込む。

 やがて、蓮は観念したようにゆっくりと頷いた。

 

「……分かった」

「うん。よし」

 

 少女は無表情のまま小さく頷くと、困惑して固まっている店員の方へ向き直り、指を二本立てた。

 

「紅茶も二人分追加」

「か、かしこまりました」

 

 妙な空気をまとった二人に戸惑いながらも、店員は慌てて準備を始める。

 その様子を横目に、赤髪の少女は親指で蓮を指しながら、当然のように言い放った。

 

「――支払いは、全部コイツがする」

「はぁ⁉」

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

「美味い。美味いぞ、これ。予想以上だ」

「……」

 

 蓮は、すっかり薄くなってしまった財布を見つめながら深く溜息をついた。

 向かいの席では、謎の少女がバクバクとホールケーキを頬張っている。

 相変わらず無表情だが、ケーキの甘さが効いているのか、どこか雰囲気が柔らいだようにも見えた。

 

「お前は食わないのか?」

「家に帰ってから妹と一緒に食べるよ」

「そうか」

 

 少女はほんのわずかに残念そうな表情を浮かべた。

 もしかすると、蓮のケーキも食べたかったのかもしれない。

 紅茶を啜った蓮は、警戒と呆れが入り混じった視線を向けながら少女に問いかけた。

 

「……それで、君は一体何者なんだ?」

 

 少女は蓮と同じように紅茶を口にし、淡々と答える。

 

「名前は言えない。ただ、お前に頼みがあるから来た」

「頼み?」

「いや、正確に言えば頼まれたから、来た」

「はぁ……」

 

 要領を得ない返答に、蓮は思わず首を傾げる。

 名前すら名乗らない少女は、表情を一切変えないまま、さらに続けた。

 

「地藤優斗からの伝言だ」

「優斗から……?」

 

 冬休み前に会ったきり、まったく顔を合わせていない友人の姿が脳裏に浮かぶ。

 学校で会えるかと思っていたが、今日は欠席していた。

 だが――伝言とはどういうことだ?

 携帯の番号は交換している。

 普通なら直接連絡してくればいい。

 それなのに、見知らぬ少女を介してメッセージを送るなんて、どう考えても異常だ。

 蓮の胸に警戒心がじわじわと広がっていく。

 そんな彼の心境とは裏腹に、少女はやはり感情の欠片も浮かばない顔で、静かに言葉を落とした。

 

「アイツは今、天羽璃奈の屋敷に閉じ込められている。黒い檻の中にいて、声が届かなかった。だからお前、なんとかしろ」

「……はぁ?」

 

 一気に情報を詰め込まれ、蓮は思考が止まった。

 屋敷に閉じ込められている……?

 それは一体どういう意味だ。

 優斗は今、天羽璃奈と一緒に暮らしているはずだ。

 ――蓮が思いを断ち切った、あの少女と。

 

 なのに、その屋敷に“閉じ込められている”?

 しかも“黒い檻”?

 理解が追いつかない。

 

「え、えっと……その、これはどういう種類の悪戯なんだ?」

 

 蓮は困惑した表情で首を傾げた。

 申し訳ないが、もし蓮にドッキリを仕掛けたいのなら、目の前の少女は人選ミスだ。

 表情が変わらないせいで緊迫感がないし、非現実的な設定を現実味ある話に昇華できていない。

 蓮は周囲に隠しカメラがないか探し始めた。

 

「むっ、悪戯とは失礼な奴。私は冗談なんか言っていない。地藤優斗は天羽璃奈に監禁されている。そして、お前に助けを求めている」

 

 少女は心なしか不機嫌そうに眉を寄せながらも、淡々と同じ内容を繰り返す。

 ――いや、内容は先ほどより悪化している。

 

 “地藤優斗が、天羽璃奈に監禁されている”。

 

 なんだ、それは。

 蓮は「質の悪い冗談はやめろ」と言おうとして――言葉を飲み込んだ。

 少女の黄金の瞳が、真っ直ぐに蓮を射抜いていた。

 その眼には、揶揄も嘘も浮かんでいない。

 ただ、事実を告げる者の静かな光だけがあった。

 

「……仮に、もし仮に優斗が閉じ込められているとして……それは、何故なんだ?」

 

 蓮は考え方を切り替え、慎重に問いかける。

 少女はホールケーキの一番上に載っていたイチゴをパクリと口に含み、無表情のまま答えた。

 

「知るか。天羽璃奈に聞け。アイツが犯人なんだから」

「……どうして、そう思う?」

「天羽璃奈の屋敷に閉じ込められていて、天羽璃奈はそこに毎日帰っているんだぞ? 犯人に決まっている」

「だ、誰か別の犯人が優斗を捕まえていて、天羽はそいつに脅迫されているとか――」

「ない」

 

 少女は即答した。

 その声音には、揺らぎが一切なかった。

 

「あの屋敷にはあの二人しかいない。だいたい、天羽璃奈の眼を見れば分かるだろ。アイツは――異常だ」

 

 蓮は激昂すべきだった。

 友人を貶すなと、椅子から立ち上がるべきだった。

 しかし――できなかった。

 何故なら、蓮もまた心の底では気づいていたからだ。

 

 天羽璃奈は、どこかおかしいことを。

 

 

 血の迷宮でのことを思い出す。

 偽物の地藤優斗と天羽璃奈に誘導され、のこのこと迷宮の中央まで歩かされていた蓮は、壁をぶち破って現れた本物の彼女によって救われた。

 その時の天羽璃奈は修羅のようで――偽物の地藤優斗を駆逐することに一切の躊躇がなかった。

 おまけに、どうして偽物だと分かったのかと尋ねた際には――

 

「優斗君はね、普段はボーっとしているように見えるけど、本当は誰よりも賢くて鋭い人なの。だから、不測の事態が起きて驚いた表情をしていても眼光は冷静だし、オーバーリアクションを取る時は敢えて隙を見せている時だから、必要もなくあんなリアクションはしないんだよ。隙を見せた割には何も仕掛けてこないし、それこそ本物の優斗君なら私に蓮君を攻撃させて真偽を確かめようとするはずだよ。判断遅すぎ。理解が追い付いていないなら話術で時間稼ぎをするはずなのにそれもなかったしね。それから剣の構え方もちょっと変だったな。優斗君、努力しているのを見られるのを恥ずかしがる努力家だから誰にも言わないけど、本当は休みの日に公園で剣の練習しているんだよ? 最近では構えも様になってきているのに、あんな適当な構えしないよ。重心を置いている脚も逆だったし、剣の握り方も適当すぎ。優斗君は自分ルールで生きているように見えて、郷に入っては郷に従えというか、ちゃんとした型やルールがあるならそれに従う人だからね。ルールを破壊する側の人なのに、根は保守的なの。全然分かってないね。偽物にしても再現度が低すぎるよ。それから、眼の感じも違っていたな。本当の優斗君はもっと優しさと冷たさの割合が1:1の割合で綺麗にブレンドされているのに、冷たさが全然感じられなかった。あんなの、ただ優しいだけの木偶の坊だよ。やる気あるのかな? 耳たぶの感じも全然違う。ダメだよあれじゃあ。私がプレゼントしたピアスをちゃんと再現しているところは評価してあげてもいいけど、本物はもっと柔らかさを感じさせるもっちりした形をしているんだよ。あの触り心地が全然形に反映されてなかった。偽物を名乗るのもおこがましい。まだまだ判断材料はあるけど、取り敢えずはこんなところかな」

 

 ――あり得ない長文で推測を語ったのだった。

 

 信じられないほどの深い愛情。

 それが地藤優斗に一心に向けられていることを悟った蓮は己に勝ち目がないことを認め、彼女への想いに区切りをつけたのだった。

 

 話を戻そう。

 天羽璃奈が地藤優斗を監禁する可能性があるかどうか――蓮は少し目を閉じ、静かに考えた。

 

 

「………………ある、なぁ…………」

 

 

 あるか、ないかで言えば、多分ある。

 本当は友人に対してそんなことを思いたくはなかったが……過去の出来事を思い返すと、蓮は認めざるを得なかった。

 

 あの少女は、多分()()

 あの狂ったように愛に生きる少女であれば、恋人への愛情が行き過ぎて監禁くらいなら平然とやってのけるだろう。

 急に冷や汗が滲み、蓮はおしぼりで額を拭った。

 そして、ホールケーキを九割方平らげた少女に視線を向ける。

 

「……疑って悪かった。いや、今でも確証を持てたわけではないけれど、一旦は君の言葉を信じることにする」

「そうか。遅かったな」

 

 遅かった――状況を呑み込むのが遅かった、という意味だろう。

 独特なコミュニケーションを取る少女である。

 蓮は思わず首を傾げた。

 

「君は、どうして天羽邸に優斗が閉じ込められていることを突き止めたんだ?」

「地藤優斗に用事があった。でもインターフォン押しても来ないから、屋敷の外側から見て回っていたら、二階に閉じ込められているのを見つけた」

「な、なんでそうなるんだ……?」

 

 普通、インターフォンを押して反応がなければ「今日は留守なのかな?」と思って後日に改めるものだ。

 だが、目の前の少女は我慢しきれず屋敷の外周をぐるりと見て回り、さらには二階にまでよじ登って確認したという。

 変なところで行動力がある少女だ。

 

「急ぎの用事があった。屋敷には結界が張ってあって、第一層までなら悟られずに潜り抜けられるが、それ以上は無理だ。私は器用じゃない。壊すことはできるが、そうしたら地藤優斗まで殺してしまう。殺すのは本意じゃない」

「……」

 

 蓮は紅茶を一口飲み、気持ちを落ち着けてから少女の言葉を一つずつ咀嚼した。

 天羽邸には結界が張られている。

 “一層”という言い方からして、何層にも分かれているらしい。

 目の前の少女は、そのうち一層だけなら突破できるということだ。

 話しぶりからすると、それ以上の層も“破壊”という手段であれば突破できなくもない――が、それでは優斗を巻き添えにしてしまう。

 

 それが事実かどうかは別として、そう豪語する以上、少女にはそれだけの力が秘められていると考えていい。

 そして、少女ははっきりと言った。

 

 “殺すのは本意ではない”。

 つまり――少女もまた、地藤優斗を助けたいと思っている。

 そのために、蓮の力を必要としているのだ。

 

「……俺に、何をしろと?」

「知るか」

「えぇ……?」

 

 大事なところで投げやりになる少女だ。

 蓮が困ったような声を上げると、少女はポケットに手を突っ込み、新品らしいメモ帳を取り出した。

 

「声でのやり取りが出来ないから細かいことは分からないが、地藤優斗は“お前に助けを求めろ”と紙に書いて訴えていた。軽そうな頭も下げていた。私は、仕方なく従ってやっただけだ」

「優斗が、俺に……」

「お前、友達なんだろ? だったら、何とかしろ」

 

 相変わらず投げやりな口調で言い放つと、少女は完食したホールケーキの皿にフォークを置いた。

 

「ごちそうさま。思ってたよりも美味かった」

「それは、何よりだ」

「美味い物には対価を払わないとな。ちょっと待て。確か、金が……」

「いや、別にいいよ。君が誰かは分からないけれど、ケーキを奢るに値するだけの情報を持ってきてくれたから」

 

 蓮は飲み切った紅茶のカップを皿の上に置いた。

 

「正直、まだ色々と納得できていないところはあるけれど、一先ず状況は理解した。ありがとう。お陰で、友人の危機を知ることができた」

「……お前たちは、よく頭を下げるな」

「お前たち?」

「人間のことだ」

「……ということは、やっぱり君は――」

 

 蓮が確信を口にしようとした瞬間、それを遮るように少女はすっと立ち上がった。

 

「私は仕事した。後はお前たちで何とかしろ。お前には、頼りになる妹もいるんだろう?」

「ま、待ってくれ――!」

 

 背を向けて歩き出していた少女は、ふいに脚を止め、振り返るとテーブルの上を指さした。

 

「釣りは要らない。とっておけ」

「えっ……?」

 

 少女の指先を追い、蓮は机の上に視線を落とす。

 そこには、無造作に置かれた、くしゃくしゃの一万円札があった。

 

「ちょ、ちょっと、こんなには受け取れない――あれ?」 

 

 振り返った蓮は目を丸くした。

 褐色肌のミステリアスな少女の姿は、跡形もなく消えていた。

 

 まるで煙のように、気配ごと立ち消えていた。

 

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