世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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第77話:出陣

 

 海浜公園より異常な魔力反応を検知した10名のエクソシストで編成された精鋭部隊は、市内のホテルから現場へ急行した。

 到着時間:21時26分。

 

「……なんだ、これは」

 

 そこにあったのは、“門”としか呼びようのない異形の構造物だった。

 全長は軽く20メートルを超えているだろうか。高さは小規模なビルに匹敵し、横幅も10メートル近くある。

 海浜公園の中央に突如として出現したその“門”の周囲には、複数の人間が倒れ伏していた。

 生気がなく、魂を吸われたとしか思えない状態だ。

 救助に向かいたい気持ちは全員にあったが、それが無意味であることもまた、全員が理解していた。

 

 あの“門”。

 

 骨と血肉で象られたような凶悪な造形からは、“死”の瘴気が絶え間なく漏れ出している。

 訓練を受けたエクソシストであっても、加護なしに近づけば危険だろう。

 まして一般人が無事でいられるはずがない。

 部隊員たちは、民間人の救出を即座に断念した。

 

 より多くを救うために、少数を切り捨てる。

 それがエクソシストというものである。

 

 ゆえに、焦点は“門”そのものへと移る。

 

「こんなに早く完成するとは、聞いていなかったのだがな……」

 

 教会の制服を着た壮年の男性が眉間に皺を寄せながら呟く。

 彼の名は長谷川仁。

 10名からなる西日本部隊のリーダーだ。

 急な事態に驚きはしていたが、長谷川は極めて冷静だった。

 すぐに携帯端末を取り出し、教会の専用アプリを立ち上げ、至急のメッセージを送信する。

 

『海浜公園にて“門”の出現を確認。至急、急行されたし』

「皆川、田中、二人は電話を頼む」

「「はい」」

 

 緊急性を強調するため、隣の部下二人にも直接の連絡を指示する。

 連絡を終えた長谷川は、距離を保ったまま再び“門”へ視線を向けた。

 巨大な“門”はまだ開いてはいない。

 だが、それが時間の問題であることは誰の目にも明らかだった。

 

「対悪魔用の兵器は?」

「バズーカ砲を持参しました。ただ、この距離では威力が落ちます。もう少し近づく必要がありますが、あの瘴気の中に踏み込むには装備が心許ない状況です」

「あとは各々の祓器次第ってところですかね。ただ、うちは皆、脳筋近接ですから……」

 

 部下たちの報告に、長谷川は静かに頷いた。

 ここにいる10名は間違いなく精鋭だ。

 “門”を破壊するために日本全国――いや、世界中から選抜された部隊なのだから当然である。

 しかし――

 

「……このまま、応援が到着するまで待機だ」

 

 長谷川仁は静かに命じた。

 

「隊長、“門”を破壊しにいかないんですか~? このまま黙って見てたら、悪魔たちが湧きだしてくると思うんですけど~」

 

 緩い口調で異を唱えたのは、10名の中でも最年少の少女――八馬継(やばつぎ)メイである。

 ふわふわのピンク色のツインテールに、ネイルを施した長い爪、濃いメイク。

 派手な出で立ちだが、眼は浮ついておらず、冷静に“門”を見ていた。

 

「長谷川さんの指示の意味を考えろよ、ピンク女。“門”を破壊したいのは山々だがぁ、俺らだけじゃどうしようもねぇって話だろうが」

 

 見下すような口調で返したのは、教会の制服の上から毛皮付きのコートを羽織った大柄な男――獅子頭宗岡だ。

 鍛え上げられた体に、両腕の刺青。

 エクソシストというよりかは、裏社会で暴れ回っていそうな風体である。

 

「んだとテメェ! ヤンキー風情があたしに指図してんじゃねぇぞッ!」

「そういうテメェの方がヤンキーだろうがッ!」

「まぁ、まぁ、二人とも。落ち着いて」

 

 喧嘩を始めた二人を、眼鏡姿の青年――柳沢流が慣れた様子で宥める。

 彼はきっちりと制服を着こなし、手には杖のような祓器を持っていた。

 困ったような表情が板についており、普段からこの2人に挟まれて苦労しているであろうことは想像に難くない。

 

「実際のところ、どういう判断なんですか、長谷川さん」

 

 落ち着いた雰囲気のエクソシスト、佐々木が問いかける。

 長谷川は短く息を吐き、低い声で答えた。

 

「先ほど、この街にいる教会のエクソシスト――霧島レイ嬢に連絡を取った。彼女は聖騎士の座を狙えるほどの実力者で、以前には“血の大公”を撃破した実績もある。彼女の助力を得られれば、これほど心強いことはない」

「霧島レイ……あぁ、あの混じり者か」

「なによ、このご時世に種族差別ぅ? ダッサ」

「んだとテメェッ!」

「はいはい、落ち着いて。そういえば、他にもエース級が投入されてるって話でしたよね?」

 

 柳沢が話題を変えると、長谷川は頷いた。

 

「あぁ。本部所属のユリウス・ヴァン・アーデルハイト殿だ」

「ユリウス……あぁ、あのもやし野郎か」

「テメェは誰なら素直に褒めれんだよッ!」

 

 八馬継と獅子頭の言い争いはさらにヒートアップするが、周囲の隊員たちは慣れたもので、誰一人として止めようとしない。

 

「他の部隊も至急で向かってきているようですが、行動開始はそのお二人が到着してから、ということですね」

 

 佐々木の確認に、長谷川は静かに頷いた。

 

「あぁ。それまではここで待機だ。……下手に刺激して“鬼”が出てきても、我々だけでは対処しきれない」

 

 長谷川の判断は冷静だった。

 彼らは日頃、九州地区を中心に悪魔の出現が比較的少ない地域で活動しており、自分たちの練度が十分ではないことを理解している。

 だからこそ、判断は正しかった。

 

 彼らはただ、運が悪かっただけだ。

 

「……ん? なんか、“門”が動いていませんか……?」

 

 最初に異変に気づいたのは、双眼鏡で“門”を監視していた佐々木だった。

 彼の視界の中で、巨大な“門”が――ほんのわずかだが、確かに動いていた。

 牛歩のような速度だが、確実に開こうとしている。

 

「まずいな……。一先ず、周囲に結界を張れ。それから、悪魔が現れたら各自迎撃開始。あの瘴気には近づくな」

 

 長谷川は即座に指示を飛ばし、自身の祓器を構えて“門”を睨みつける。

 隊員たちも次々と祓器を展開し、空気が一気に張り詰めていく。

 その最中、佐々木の双眼鏡の先で“門”がゆっくりと開き――

 次の瞬間、動きがピタリと止まった。

 

「あれ……?」

「どうした?」

「急に門の動きが止まりました。あれじゃあ、人が一人抜けるくらいしか……あれ?」

 

 佐々木の声が震えた。

 双眼鏡の先に映った“何か”を見て、彼は息を呑む。

 

「人……人影のような存在が見えます! あれは、悪魔か……?」

「地獄の門から現れるのは悪魔以外にいないだろう。全員、気を抜くなよ。人型ということは、上級悪魔の可能性も――」

 

 長谷川はそこまで言いかけ――次の瞬間、全身の毛穴が総立ちになるほどの危機感を覚えた。

 

「――回避ッ!」

 

 怒鳴り声というより、爆発音に近かった。

 経験が脳を殴りつけ、理屈より先に本能が叫んだ警告だった。

 隊員たちは反射的に飛び退く。

 しかし――動けなかった者が一人いた。

 双眼鏡を覗き込んでいた佐々木だ。

 彼は見てしまった。

 “門”の隙間から現れた人影が、手にした槍のような武器を軽く構え、そして――こちらへ向けて投擲する瞬間を。

 飛来物は音すら置き去りにして迫り、次の瞬間、隊員たちが待機していた高台が轟音とともに粉砕された。

 

「佐々木ぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

 長谷川は大きく飛び退きながら振り返り、部下の名を叫んだ。

 しかし返答はない。

 佐々木の姿は――どこにもなかった。

 飛来物の直撃を受け、木端微塵に吹き飛ばされ、

 五体どころか、形を留めるものすら残っていなかった。

 

「ッ……!」

 

 歯を食いしばりながら、長谷川は周囲を確認する。

 幸いにも、他の隊員たちはギリギリで回避に成功していた。

 だが――

 

「どれだけ離れていたと思っているんだ……!」

 

 彼らは“門”から1km以上離れた高台にいた。

 決して目立つ位置ではない。

 それなのに、現れた敵は一瞬で彼らを捕捉し、正確無比な奇襲を放ってきたのだ。

 

「全員、気を引き締め直せ」

 

 長谷川は祓器を構え、低く、しかしはっきりと告げた。

 

「少しでも間違えれば……死ぬぞ」

 

 視界の先で、人影がゆらりと動く。

 

 そして、地獄が始まった。

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 教会が多大な人員と費用を投じ、何としても破壊しようとしていた悪魔たちの“門”。

 その突然の完成と出現という最悪の知らせを受け、天羽邸には重い沈黙が落ちていた。

 そんな中、最初に動いたのはユリウスだった。

 

「Ms.レイ、現場へ急ぎましょう」

 

 顔色こそ悪いものの、その態度は毅然としている。

 彼の瞳には、エクソシストとしての使命感が強く燃えていた。

 

「あ、あぁ……」

 

 一方で、レイの返事は歯切れが悪い。

 肯定しながらも、視線は檻の中の地藤優斗へと向けられていた。

 彼のことが心配でならないのだ。

 ユリウスが優先順位を説こうと口を開きかけた――その前に、優斗が静かに言った。

 

「霧島先輩、行ってください」

「ユウト……しかし、」

「“門”のことは璃奈から聞いています。危険な代物なんですよね? ……本当は僕も行きたいんですが、生憎このざまですし……」

 

 檻に囚われ、力を使うことすらできない自分を見下ろしながら、優斗は自嘲気味に笑う。

 

「だから、霧島先輩が何とかしてきてください。これはお願い……いや、()()です」

 

 レイの瞳が大きく見開かれた。

 

 彼女は優斗に誓った。

 自分は彼の“剣”になると。

 返しきれない恩に報いるため。

 己の罪を償うため。

 そして何より――この少年の役に立つため。

 

 だが、優斗がレイを“剣”として扱うことはほとんどなかった。

 レイが頼み込んでも、彼は困ったように微笑むだけだった。

 そんな彼が、今はっきりと命じた。

 

 “剣”として敵を討て、と。

 

「……承知した。我が主よ」

 

 その命令に逆らう理由などない。

 逆らいたいとも思わなかった。

 レイは胸に手を当て、深く頭を下げる。

 その姿は、まさに一振りの“剣”だった。

 

「ユリウス殿。行きましょう」

「え、えぇ……」

 

 さっきまでの迷いが嘘のように、使命感に満ちた瞳で促すレイに、ユリウスは思わず戸惑う。

 彼はちらりと、レイの態度を一変させた優斗へ視線を向けた。

 顔色は悪く、表情も優しげで、害などなさそうに見える。

 だが――その黒い瞳だけが異様に輝いていた。

 

 それは、支配者の眼だった。

 

 人を駒として扱い、戦局を動かす指揮官の眼。

 ドクン、と胸が跳ねた気がしてユリウスは首を傾げたが、今はそれどころではないと気持ちを切り替え、レイの後を追って歩き出した。

 

「ユウト……戦いを終わらせたらすぐに戻って来るから、それまで待っていてくれ。戻ってきた時には、必ずお前をそこから出してやる」

「期待していますよ」

 

 薄く微笑んだ地藤の言葉に力強く頷き、レイはその身から銀色の光を放ち始めた。

 霧化して現場に急行するつもりなのだろう。

 

「待ってくれッ!」

 

 2人のエクソシストが家を飛び出そうとしていたその時、鋭い声が響いた。

 ユリウスとレイは脚を止めて振り返る。

 十六夜蓮だった。

 

「俺も連れて行ってくれ」

 

 青い瞳に力強い光を宿しながら、蓮は真っ直ぐに宣言した。

 

「……十六夜。気持ちはありがたいが、恐らくかなり激しい戦闘になる。経験が少ないお前では――」

「分かってます。俺はまだ、エクソシストとしては未熟もいいところだ」

 

 桁違いの霊力量を誇る十六夜蓮ではあるが、その力を完全に制御しきれているとは言い難いのが現状だ。

 

「だけど! 強くなろうと思って、血の迷宮以来、天羽と訓練を重ねてきたんです……!」

 

 血の迷宮の戦いで祓器を覚醒させたものの、己の未熟さを痛感した蓮は戦いの後、血の迷宮内での約束通り、天羽璃奈に訓練をつけてほしいと申し出た。

 その話を地藤優斗に共有したところ、なぜか一番嬉しそうにしたのは優斗で、即決で「やりましょう」と話が進み、蓮は不定期で璃奈の指導を受ける流れになった。

 

 当初の璃奈はあまり乗り気ではない様子だったが、いざ訓練が始まると、教え方は驚くほど理路整然としていた。

 基礎を押さえたうえで堅実に力を伸ばすメニューを組み、追い込みすぎないギリギリのラインで蓮を追い詰め、力の抑制と覚醒を同時に引き出していく。

 

 なお、その光景をニコニコ笑顔の地藤優斗が楽しそうに見学しており、それを見た天羽璃奈は何故か少し不機嫌になるという、よく分からない謎にギスギスした空間だったため、肉体的にも精神的にも大いに疲労が蓄積する訓練であったが――その成果はあったはずだと、蓮は自負している。

 

「この街の人たちが犠牲になるかもしれないのに、何もせずここで待っているなんて、俺にはできません! だから、俺を連れて行ってください!」

「十六夜……」

「いいんじゃないですか」

 

 何とも言えない表情で蓮を見遣るレイに対し、軽い口調でGOを出したのはユリウスだった。

 

「彼は血の迷宮でMs.レイと一緒に血の大公を撃破した立役者の一人なのでしょう? ポテンシャルは十分。やる気も十分ですし、訓練も積んだ。もう立派なエクソシストです。――ですよね?」

「あぁ、もちろんだ」

 

 小首を傾げながら問い掛けるユリウス。

 蓮は力強く頷いた。

 ここまでのやり取りを見せられて、断れるはずもない。

 レイは溜息をついてから、頷いた。

 

「分かった。ただし、私かユリウス殿から離れないようにしてくれ。そして、指示には必ず従うこと。いいな?」

「はいっ!」

 

 嬉しそうな表情で頷く蓮は、ユリウスに視線で礼を送る。

 その視線に華麗なウインクで答え、ユリウスは妖艶に微笑んだ。

 

「――唯ちゃんは、どうするの?」

 

 三人の出陣が決まり、いよいよ天羽邸を出ようとしたその時、檻の中から優斗が声をかけた。

 突然の問いに、十六夜唯は腕を組んだままビクッと肩を震わせ、不機嫌そうにそっぽを向く。

 

「どうするもなにも、ここでこのムカつく檻をぶっ壊す方法を考え続けていますよ」

 

 彼女は、自分の全力でも傷一つつけられなかった黒い檻を忌々しげに睨みつける。

 優斗は苦笑した。

 

「まぁ、この檻のことは後回しでもいいでしょう。幸い、僕は生活に困ってるわけじゃないしね。それより、唯ちゃんは蓮についていった方がいいんじゃない? お兄ちゃんのこと、心配なんでしょう?」

「は、はぁ⁉」

 

 唯は大声を上げ、キッと優斗を睨む。

 

「何を言ってるんですか! 私は悪魔なんですよ⁉ エクソシストの味方なんて、できるわけがありません!」

「それは唯ちゃんが勝手に決めてるルールでしょう? 悪魔がエクソシストの味方をしちゃダメ、なんて決まりはないよ。僕だって、その一人だし」

「で、でも! モルヴェリアさんに申し訳が……!」

 

 唯が駄々をこねるように言いかけたところで、ふと動きが止まった。

 そして、不審そうに自分の内側へ呼びかける。

 

「モルヴェリアさん……?」

 

 次の瞬間、唯は虚空を見つめながらブツブツと呟き始めた。

 

「えっ、いいんですか? 私の好きにすればいいって……でも、同胞じゃないんですか……? え、本当にどうでもいい? っていうか、悪魔嫌い? 私の方が好きって……そんなぁ……」

 

 最初は怪訝な表情だったのに、徐々に頬が赤くなり、最後には照れたようにくねくねと身体を揺らし始める。

 事情を知らなければ完全に不審者である。

 

「えーと、唯ちゃん……?」

 

 このままでは延々と死王女と百合百合トークを続けそうだったので、優斗が遠慮がちに声をかけた。

 

「はっ⁉ す、すみません。ちょっと話し込んでました……」

 

 唯は顔を赤くしながら現実に戻り、優斗へ向き直る。

 赤と黄金の瞳がまっすぐに優斗を捉えた。

 

「……モルヴェリアさんは、私の好きにしていいって言ってくれました。だから、私は私の意思で決めます」

「うん。分かった。それじゃあ――」

「はい。私も行きます。悪魔と、戦いに行きます」

 

 生まれつきの赤眼と、悪魔の黄金が使命感に燃える。

 唯は、自分の意思で悪魔と敵対する道を選んだ。

 

「……まぁ、血の迷宮でも血の大公と戦ってましたし、今更といえば今更なんですけどね」

 

 ちょこんと舌を出し、悪戯っぽく笑う唯。

 確かに、彼女とモルヴェリアは既に悪魔でありながら悪魔と戦っている。

 ただ、あの時は襲いかかってきた火の粉を払っただけに過ぎない。

 今回は違う。

 唯は自分の意思で、悪魔と戦うことを選んだのだ。

 

「頑張ってね、唯ちゃん」

 

 優斗は柔らかく微笑み、そっと彼女の背を押す。

 唯は照れくさそうに微笑み返し、力強く頷いた。

 

「唯……」

「なんですか、兄さん。その顔は。私は私で決めたんですから、あれこれ説教しないでくださいよ」

「……説教なんてしないさ。ただ、ありがとうって言いたかっただけだ」

「受け取っておきます、その言葉。私が行くんですから、兄さんは遠くから適当にあのバカでかい剣をブンブン振っていてください。それで片がつきますから」

 

 胸を張って断言する唯に、蓮は苦笑しながら頷いた。 

 

「……まさか、死王女が味方になってくれるとは……」

 

 その様子を見ていたユリウスは、困惑したように呟く。

 エクソシストとしての価値観を持つ彼にとって、四騎士が人間側につき悪魔と敵対するなど、常識では考えられないのだ。

 

「ユイ。協力してくれるのはありがたいが……あまり前に出過ぎないようにしてほしい」

 

 一方、冷静に状況を見ていたレイが注意を促す。

 四騎士の力は圧倒的だが、唯はあくまで“悪魔”である。

 ユリウスとレイは事情を知っているが、現場のエクソシストたちは知らない。

 説明したところで理解を得るには時間がかかるだろうし、混乱を招く可能性も高い。

 

「分かっていますよ」

 

 唯は肩を竦めて答えた。

 

「あんまり前に出てエクソシストの人たちに狙われても困りますし、空から援護射撃するくらいにしておきます」

「それだけでも十分だ。ぜひ頼む。お前がいれば百人力だ」

 

 レイは微笑んで告げる。

 実際には“百人力”どころではない戦力なのだが――いずれにせよ、士気が大きく上がったのは間違いない。

 レイは手を叩き、全員の注意を集めた。

 

「――よし。それじゃあ現場に向かうぞ。十六夜は私が運ぶ。ユリウス殿は地上ルートから。ユイは空から頼む」

「分かりました」

「了解です」

「はい」

 

 リーダーであるレイの指示に、三人は力強く頷いた。

 

「みんな、気を付けてね。行けなくて申し訳ないけれど……ここから応援しているから」

「任せてください、ユウト。すぐに片をつけて戻ってきます」

「ゲームでもしながら、私たちの武運を祈っていてください」

 

 申し訳なさそうに見送る優斗へ、レイと唯が言葉を返す。

 そのやり取りに、優斗は微かに笑みを取り戻し、力強く頷いた。

 

「分かった。武運を祈っているよ」

「よし、行くぞ!」

 

 レイの声を合図に、天羽邸に集った面々が次々と出発する。

 蓮は銀の霧となったレイに抱えられ、夜空を飛翔する。

 ユリウスは地上を凄まじい速度で駆け抜け、唯は発見されないほど高い上空から現場へ向かった。

 

 檻の中から仲間たちの出立を見送った優斗は、静かに部屋の隅へ視線を向ける。

 

「君は行かないの?」

「行くわけないだろ、ばーか」

 

 不貞腐れたような声で返したのは、最初から一切誘われなかった赤髪褐色肌の少女だった。

 本名も目的も不明で、悪魔であることはほぼ確実。

 そんな存在を戦場に誘えるはずもなく、話し合いが始まった時点で彼女がここに残ることは決まっていた。

 

「じゃあ、何をするのさ」

「別に。ここで、待ってる」

 

 少女はそのまま床に腰を下ろす。

 表情は完全にだらけており、働く気など微塵も感じられない。

 

「それが、君の仕事なの?」

「まぁ、そんなところだな」

()()()()()随分と大雑把な指示を出すね。君も苦労してるだろう」

「あぁ……あのクソ悪魔は本当に――」

 

 そこで、少女の黄金の瞳がわずかに見開かれた。

 

「……おい」

「なんだい」

「私、お前に言ったか?」

「だから、なにを?」

「私の、その……」

「雇い主のこと?」

「……」

 

 少女はゆっくりと立ち上がり、明確な敵意と警戒を宿した瞳で優斗を睨みつけた。

 

「お前、一体いつから――」

「檻の中に一人でいると暇でね。色々考えるんだよ」

 

 優斗は肩を竦めてみせる。

 その飄々とした態度には、先ほどまでの弱々しさは微塵もない。

 少女はふと、雇い主からの忠告を思い出した。

 

『――それからね、我が愛しの契約者様については、弱っているように見える時こそ気を付けなくちゃダメだよ。同情なんてしたら、喉元かっ切られるからね』

 

 落ち込んでいたのは嘘ではない。

 身動きが取れない自分を歯痒く思っていたのも本当だろう。

 

 だが、()()()()()()()()

 

 地藤優斗は考え続けていた。外の世界の流れを。何が起きているのか。何をすべきか。少女の正体と、その背景にいる存在について。

 

「君の行動は、僕がよく知る“アイツ”の思考回路にそっくりだ。生かさず殺さず、然るべき時に利用する……霧島先輩が言っていた通り、君の目的は僕の監視なんだろう?」

「……」

 

 少女は答えない。

 今は何を言っても、この男に情報を与えるだけだと理解していた。

 

「図星ってところかな。……まぁ、アイツが裏で糸を引いてるのは今更だから驚きはしない。いや、良くはないけどね。ただ分からないのは――君のことだ」

「……正体は言わないぞ。言えないんだ」

「いや、いいよ。もう何となく分かったから」

「――――」

 

 赤髪褐色肌の少女は目を見開き、それから静かに目を閉じた。

 

「……お前のこと、少し見くびっていた」

「そうなんだ」

「口が良く回る性格が悪いペテン師だと思ってた。メフィラみたいな」

「ふざけんなよこらッ!」

 

 カッと頭に血が上り、地藤は怒鳴った。

 彼が言われたくない、一番嫌なタイプの悪口だった。

 

「……で、私の正体まで見破っておいて、何が分からないんだ」

「アイツの目的さ」

「それは私の知ったことじゃないな」

「だろうね。だから、君に聞いたんじゃない」

 

 優斗は少女の背後へ視線を向けた。

 

「いるんだろう? いい加減、出てきなよ――メフィラ」

「ッ!」

 

 少女の背筋にゾクリと悪寒が走る。

 反射的に振り返ると、罅が入っていた。

 “鏡”の中に。

 璃奈が化粧をするために使っている鏡台の鏡――その表面に、細い線のような罅が走っていた。

 最初は髪の毛ほどの細さだったそれが、まるで内側から押し広げられるようにじわじわと広がり、罅はやがて大きな亀裂へと変わっていく。

 

 ピシリ、ピシリと乾いた音が部屋に響く。

 鏡の中だけが異様に暗く沈み、そして鏡面が破れた。

 砕け散るのではなく、中心から左右へ割れ、その裂け目の奥から、一人の麗人がゆっくりと姿を現した。

 

「――やぁ、久しぶり。我が愛しの契約者様」

 

 甘く、低く、耳の奥をくすぐるような声が部屋を満たす。

 現れたのは、黒いコートに黒い服、そして黒いブーツを身に着けた邪悪な女――

 如月メフィラ。

 

 闇をそのまま纏ったようなシルエット。

 人間離れした美貌。

 そして、瞳の奥に宿る底知れぬ悪意と愉悦。

 

 地藤は溜息をついた。

 

「久しぶり……会いたくなかったよ」

「嘘をつけ」

 

 そう言って、メフィラは笑った。

 それは、何とも悪魔的な笑みだった。

 

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