世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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第78話:反則

 

 佐々木が頭部ごと粉砕され、肉片すら残さず消し飛んだあの瞬間から、海浜公園はもはや戦場と呼ぶことすら生ぬるい、悪夢そのものの空間へと変貌していた。

 

「来るぞッ! まだ終わってない!」

 

 誰かの叫びが夜気を裂く。その声に重なるように、空間が抉れた。

 再び巨大な鉄の棒が飛来したのだ。

 エクソシストたちは咄嗟に飛び退き、凶悪な攻撃を避ける。

 命が助かったことに安堵したのも束の間、体勢を立て直す間もなく、次の攻撃が飛来した。

 またしても鉄の棒である。

 シンプルな攻撃ではあるが――そうであるが故に、シンプルな破壊力を秘めている。

 

「くそっ……何本あんだよ⁉」

 

 攻撃は止むことを知らない。

 まるで降りしきる雨のように、情け容赦なくエクソシストたちを付け狙って放たれ続けている。

 

「くっ……! 結界を張り直せッ!」

 

 祓器を構えたエクソシストが叫ぶが、鉄の棒は結界に触れた瞬間、火花を散らしながら弾け、衝撃波が地面を抉り、砂と瓦礫を巻き上げて視界を奪う。

 

「数が……増えてる……ッ!」

 

 誰かが悲鳴のような声を上げた。実際、鉄の棒の生成速度は明らかに上がっていた。

 一本一本が高速で、重く、鋭く飛来する。

 それらを投げているのは、門の前に立つ痩せた人影ただ一体。

 

「避けろッ! 正面に立つな!」

「無理だッ! 速すぎるッ!」

 

 エクソシストたちは散開し、祓器で弾き、結界で受け、地面を転がりながら必死に回避するが、鉄の棒はまるで意思を持つかのように軌道を変え、逃げる者を追い、地面に突き刺さり、爆ぜるように砂煙を巻き上げる。

 遠距離からの一方的な攻撃。

 防戦一方のエクソシストたち。祓器を構えても、結界を張っても、鉄の雨は止まらない。

 おまけに、彼らは運悪く近接戦主体の集団であり――この攻撃に対して有効な手立てを持っていなかった。

 

「ぐっ……! このままじゃ嬲り殺しにされて終わりだ! 接近するぞ!」

 

 10名――いや、9名のエクソシストを束ねる男、長谷川仁は普段の冷静さをかなぐり捨てて怒鳴った。

 

「近づけるわけないでしょ⁉ 自殺行為よ!」

 

 リーダーの発言に異を唱えたのはピンクツインテールの少女、八馬継メイだ。

 彼女は手に持つ祓器――三節棍を華麗に振り回して鉄の棒を弾き飛ばしながら叫ぶ。

 

「瘴気が酷いし、この弾幕をすり抜けていくなんて絶対無理っ!」

「うるせぇぞピンク女! このままじゃあ、どの道全滅だから前に出るしかねぇって話だろうが!」

 

 鬼の金棒のような祓器を振り回して鉄の棒を弾き飛ばしながら反論する獅子頭宗岡。

 彼らの意見はどれも正しい。

 このままでは全滅は必至ではあるが、突進は無謀。

 じりじりと迫りくる死の予感。

 絶望的な状況の中、止むことがない攻撃に晒されたエクソシストたちの体力と集中力は徐々に削られていく。

 そして、遂に――

 

「がああああああああッ!」

 

 咆哮のような悲鳴が上がる。

 飛来した鉄の棒が、眼鏡姿の青年――柳沢流の片腕を吹き飛ばしていた。

 

「ッ! 獅子頭!」

「はいっ!」

 

 失った左腕を抑えて蹲る柳沢を見た長谷川は、咄嗟に大柄な獅子頭に指示を飛ばした。

 リーダーに忠実な獅子頭は即座に動き出し、片腕で柳沢を担ぎ上げた。

 動けない柳沢を狙って鉄の棒が飛来するが、フォローに入った長谷川と八馬継が必死に二人を守ろうと祓器を振るう。

 

「一旦離脱するぞッ! 殿は俺が務める!」

 

 エクソシストとして何としてもあの“門”を破壊しなければならないことは分かっていたが、このままでは全滅して戦うどころではなくなってしまう。

 長谷川は合理的に判断し、撤退を決断した。

 即座に動き出す仲間たち。

 しかし、そんな彼らの退路を塞ぐように天から飛来した鉄の棒が、檻のように彼らの周囲をぐるりと囲った。

 彼らの実力であれば数秒もあれば突破できるような檻ではあるが――この戦場では、その数秒が命取りとなる。

 

「しまっ――」

 

 長谷川は天を仰いだ。

 頭上に輝くのは星空――ではなく、巨大な鉄の棒の集合体。

 負傷した味方を庇うという動きが読まれていたのだ。

 

「……これまで、か」

 

 長谷川は死を覚悟しながら静かに祓器を構えた。

 彼はここで死ぬだろうが、せめて若いエクソシストたちだけでも守らなければならない。

 その覚悟で祓器を握り締める。

 

 生き抜くことを一切諦めていない八馬継もまた歯を食いしばりながら祓器を構え、獅子頭も負傷した柳沢を庇いながら祓器を天へ突きつける。

 

 風切り音と共に迫りくる鉄の棒。

 エクソシストたちは覚悟と恐怖で歯を食いしばりながら、必死に迎撃をしようとして――

 

『やれやれ、世話が焼けますね』

 

 ――天から降り注いだ禍々しい光が鉄の棒を消滅させた。

 

「はっ……?」

 

 呆気にとられた表情で長谷川は乾いた声を漏らす。

 夜空には星空と幾つかの雲が広がっている。

 目を凝らしても、何も見えない。

 だが、あの光は確かに天から降り注いだ。

 

 まるで、救世の光のように。

 彼らが信仰する、主の啓示のように。

 

「ッ! 何がなんだか分からんが、とにかく撤退するぞ!」

 

 自分たちを取り囲む鉄の棒を粉砕しながら、長谷川が鋭い声で指示を飛ばす。

 揃って固まっていた隊員たちは、はっと我に返ったように慌てて動き出した。

 撤退するその背に向かって、再び鉄の棒が投擲されてくる。

 殿を務める長谷川が命懸けで弾こうとするが――

 

「――すいません。遅くなりました」

 

 凛とした、涼やかな声が戦場に響いた。

 次の瞬間、冷たい風が彼らの間をすり抜ける。

 それは銀色の霧だった。

 夜気を切り裂くように流れ込み、やがて霧は人型へと収束し――刀を構える少女へと変貌する。

 

「はぁッ!」

 

 抜刀した刀が神速で振るわれる。

 飛来していた幾つもの鉄の棒は、まるで紙細工のように弾かれ、四方へと散っていった。

 

「貴女は――!」

「霧島レイ、現着いたしました」

 

 銀色の髪に真紅の瞳を持つ少女が名乗りを上げる。

 霧島レイ。

 長谷川が最も頼りにしていた、強大な力を持つエクソシストの一人だ。

 追い詰められていた隊員たちの間に、安堵の空気が一気に広がる。

 だが、援軍は彼女だけではなかった。

 

「見せ場を取られてしまいましたねぇ」

 

 再び放たれた鉄の棒が、どこからともなく飛翔してきた槍に弾かれる。

 銀色に光り輝く槍は空中でくるりと回転し、まるで意思を持つかのように持ち主の元へと帰還した。

 

「ユリウス・ヴァン・アーデルハイト殿……!」

 

 霧島レイと同じく、真っ先に救援要請を送った存在。

 “教会”本部でも若手エースとして注目されている絶世の美少年は槍を手に不敵な笑みを浮かべていたが、左腕を吹き飛ばされた柳沢を目にすると、その表情は一瞬で引き締まった。

 

「負傷されている方がいますね。僕に見せていただけませんか?」

「その前にここから退いた方がいいでしょう。瘴気がどんどん近づいてきている」

 

 レイが指摘した通り、“門”から垂れ流されている瘴気はその範囲をじわじわと広げている。

 エクソシストと言えども、あの瘴気に晒されれば無事ではいられない。

 負傷者がいるのであれば尚のことだ。

 

「それなら、俺の出番ですかね」

 

 力強い声が響いた。

 全員が振り返ると、そこには端正な顔立ちの少年が立っていた。

 

「君は……?」

「俺は、十六夜蓮――」

 

 名乗りを上げた少年は、蒼穹の空をそのまま閉じ込めたような青い瞳を静かに輝かせ、誇りを胸に言った。

 

「――エクソシストです」

 

 正史において、史上最強のエクソシストへと至る素質を持った少年は今、自らの意思で戦場へと脚を踏み入れた。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 視力強化を実施すれば双眼鏡並みの視界を得ることができるエクソシストたち。

 そんな彼らですら視認できない位置――超高度に、その少女はいた。

 豪奢な黒のドレスを風に靡かせながら、赤と黄金の瞳で眼下を見下ろすその姿は、さながら天空を支配する女王のようだ。

 少女――十六夜唯は人形のように端正な顔立ちを崩さないままじっと下を見つめていたが、やがて呆れたように溜息をついた。

 

「まったく……兄さん、随分と気合が入っているようですね……目立ちすぎですよ」

 

 エクソシストたちでは雲の中にいる彼女を視認することはできないが、少女の方は違う。

 人間を超えたエクソシストを遥かに凌駕する力を持つ彼女は、映画でも観るようにハッキリと地上での出来事を視認していた。

 現在は、巨大な十字架の大剣を手に持った彼女の兄が蒼い斬撃を広範囲に飛ばし、“門”から垂れ流されている瘴気を浄化させている光景が映っている。

 兄がエクソシストを目指しているのは知っているが、悪魔側に立っている唯からすればそれはあまり歓迎できないことだった。

 だが、今となっては考えても仕方がないことだと割り切っていた。

 他ならぬ彼女自身が、悪魔たちの侵攻を食い止めるためにここへ飛んできたのだから。

 

「しかしまた、悪趣味な門ですねぇ……」

 

 骨と血肉でデコレーションされた門を眺めながら率直な感想を漏らす唯。

 彼女の中にいるモルヴェリアは悪魔的な価値観であの門を結構イケてると思っており、内心でかなり落ち込んでいたのだが――そんなこと知る由もない唯は、静かに眼下へと人差し指を向けた。

 

「――汚物はさっさと消し飛ばすに限ります」

 

 建前がどうであれ、今から彼女がしようとしていることは間違いなく同胞である悪魔への裏切りである。

 少し前の唯であれば、悪魔と共存する立場である己への責任感から攻撃を躊躇していただろうが、今は違う。

 他でもないモルヴェリアが唯の好きにしろと言ってくれたのだ。

 その言葉は唯にとって非常に重要なものだった。

 そもそもにおいて、唯自身のスタンスは“今の生活を守る”というものが第一にある。

 その生活を脅かすものがエクソシストであり、故に敵対していたのだが――悪魔が彼女の生活を脅かしてくるというのであれば話は違ってくる。

 

 唯は己の大事なものを奪う者に容赦などしない。

 

 死んだように生きていた彼女にとって、今の生活は天国そのものなのだ。

 何人であったとしても、それを侵すことは許さない。

 例え、それが同胞である悪魔であろうとも。

 

死王女の指先(モル・ヴェス)

 

 少女の可憐な指先から放たれた死の線が地上へと直進する。

 彼女の攻撃は超遠距離狙撃も可能とする抜群の精度を誇っている。

 攻撃は狙い通り“門”へと直撃した。

 触れたもの全てを死滅させる死王女の権能。

 しかし、“門”は破壊されることはなかった。

 

「むぅ……」

 

 不満げに頬を膨らませる唯。

 地藤優斗を閉じ込めていた檻もそうだが、最近は自分たちの力が通じないものが出てきて、彼女はご立腹だった。

 彼女とモルヴェリアは、最強なのだから。

 

『やはり、四騎士が創っただけあって頑丈じゃな。しかし、全く効いていないというわけではなさそうじゃ。このまま攻撃を命中させ続ければ破壊できるぞ』

「本当ですか⁉ 流石はモルヴェリアさん! それじゃあ、ここから撃ち下ろし続けますね」

 

 己の内側にいるモルヴェリアの言葉を受け、すぐに機嫌を直した唯は、再び人差し指を門へ向け、超高度からの射撃を再開させた。

 次々に着弾する死の線。

 その一発一発が、上級悪魔たちが命懸けで絞り出す会心の一撃に相当する――いや、それ以上の威力を秘めている。

 

 死王女モルヴェリア。

 

 その本当の恐ろしさは死の権能そのものではない。

 その力を、まるで呼吸のように無造作に放ち続けられるほどの魔力量と、技の効率の良さこそが、彼女を最強たらしめているのだ。

 常に一定の出力で必殺技を撃ち続ける。

 シンプルだが、恐ろしく暴力的で、そして何より恐ろしく効果的だ。

 だからこそ、死王女モルヴェリアは魔界において最強だったのである。

 故に、弱体化しているとはいえ、このままいけば唯と死王女によってその“門”は破壊される――はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おいおいおい。こういうゲーム盤を丸ごと破壊するような真似をされると困るんだよなァ……ったく、我が娘ながら強すぎて泣けるぜェ。こんなの()()だろォ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここではないどこかで、闇が蠢く。

 闇は的確に戦況を見定めており、己の不利を早々に悟っていた。

 とはいえ、この程度で引き下がるような存在ではない。

 

『お嬢ちゃんは、どう思う?』

 

 恐ろしく整った顔に邪悪な笑みを張りつけながら、美丈夫はチラリと隣に視線をやった。

 そこには少女がいた。

 美しい少女だ。

 しかし、その美しい顔には苦痛が浮かんでいた。

 

 少女――天羽璃奈は鎖に繋がれているのだ。

 

 両腕を高く吊り上げられ、鎖に固定されたその身体は、わずかな動きすら痛みに変わるほど無理な姿勢を強いられていた。

 さらに、彼女の白い肌には紫色の刺青が絡みつくように広がっていた。それはまるで虫のように、ゆっくりと、しかし確かな意思を持って蠢き、肩から胸元、腹部へと移動していく。

 動くたびに微かな痛みが走るのか、少女の呼吸は浅く乱れていた。

 それでも紫の瞳だけは、鋭く、強く、男を睨みつけていた。

 

「反則というなら、貴方もいい勝負じゃない。……騙したわね」

『騙すゥ? まさか。俺様はただ、お嬢ちゃんの願いが破壊されそうになっていたから、親切心で手を貸しただけだァ。そんなに睨まれる筋合いはねェなァ』

「ふざけないで! 貴方は、私と優斗君が一緒にいられるという契約に合意したはず! 邪魔をするなんて、契約違反よ……!」

 

 怒気と殺意を滲ませながら、璃奈は悪魔王ベルファルドを睨みつける。

 痛みで震える身体を必死に支えながら、それでも視線だけは決して逸らさない。

 ベルファルドは飄々と肩を竦め、あっさりと彼女の殺気を受け流した。

 

『じゃあ、なんだ? お嬢ちゃんはあのまま小僧の言う通り、檻を解放しても良かったってのかァ? 当初の願いと反してるじゃねェか』

「……」

 

 璃奈は静かに俯いた。

 彼の言う通りだ。

 あそこで悪魔王が現れなければ、璃奈の願いは叶わなかった。

 永遠に、地藤優斗と二人きりで過ごすという、切なる願いが――。

 

 だが。

 

「……優斗君は、信じてって言ってた。自分のことを信じて欲しいって」

『その言葉を素直に信じたのかァ? 信じられないから、俺様を頼ったとばかり思っていたが』

「私は……ただ、怖かっただけなんだと思う。優斗君を信じるとか、信じないとか以前に、優斗君が私の前からいなくなるのが怖くて……怖くて、話し合いも出来ていなかった」

 

 鎖に吊られたまま、璃奈は苦痛に耐えながらも静かに言葉を紡ぐ。

 その声には、後悔と決意が入り混じっていた。

 だから――

 

「だから、優斗君と話し合いをちゃんとしようと思ったの。それで、今度は()()()()()()()()()()、あの檻の中二人で過ごすの……!」

『……』

 

 紫の瞳に狂気を宿しながら、璃奈は微笑んだ。

 その異様な気迫に、悪魔王ですら一瞬動きを止め、しみじみと彼女を眺める。

 

『お嬢ちゃん……ガチ、なんだなァ』

「私は本気よ。あと少しで、優斗君と本当に分かり合えた上で、二人きりの世界を築けていたの! ――貴方の邪魔さえ入らなければね」

 

 キッと悪魔王を睨みつける。

 彼女にとってベルファルドは、楽園の提供者であると同時に、

 気まぐれでそれを奪っていく簒奪者のような存在だった。

 

『ハハハ! それは悪いことをしちまったなァ……だが、俺様にも事情があってな。急ピッチで駒を用意する必要が出てきたのさ』

 

 ここではないどこかに黄金の瞳を向けながら、悪魔王はポツリと呟く。

 

『まァ、遅かれ早かれ、お嬢ちゃんには俺様のために働いてもらう予定だったし、それが早まっただけだと思ってくれや』

 

 ニヤリと不敵に笑いながら、悪魔王は掌を翳した。

 

「ッ! ぐぅ……」

 

 天羽璃奈を蝕んでいく呪いが、その強さを増していく。

 苦痛に顔を歪めながら必死に身体を捩る璃奈だが、彼女を拘束する鎖が軋むだけで、逃げ出すことはできない。

 その様子を眺めながら、悪魔王は愉快そうに口を開いた。

 

『なんでエクソシストが悪魔と契約を結んじゃいけねェのか、知ってるかァ?』

「……あなたみたいな、クソ野郎が多いからでしょ……!」

 

 全身を苦痛に蝕まれながらも、その意思に陰りは見えない璃奈が強気な言葉を返す。

 それは、彼女なりの処世術でもあった。

 己の気を保ち、痛みによって思考を奪われないようにする。エクソシストとして生き延びるための技である。

 そしてその技は、かつて母から訓練と称して受けさせられた――実際には拷問そのものだった行為の中で身につけたものだった。

 

『フフフ、威勢の良い返事だ。嫌いじゃない。だが、理由はもうちょっと真面目なもんでな』

 

 必死に抵抗を続ける璃奈を面白そうに眺めながら、悪魔王は語り始める。

 

『そもそも、お嬢ちゃんたちが持っている“祓器”に力を与えているのが誰か、知ってるかァ?』

「……主、でしょう」

『正解~。じゃあ、賢いお嬢ちゃんに追加の質問だ。主は、なんでお嬢ちゃんたちにそんな強い力を授けてるんだァ?』

「……あなたみたいな悪魔を、殺すため」

『またまた正解だ。お嬢ちゃんたちが頭をぺこぺこ下げてる“主”なる奴はなァ、俺たちをぶっ殺すために、お嬢ちゃんたちにわけの分からん巨大な力を授けているわけだ』

 

 ベルファルドは肩を竦め、続ける。

 

『だが、一歩間違えばその力、悪用されかねないよなァ? 乱心したエクソシストが自分たちに武器を向けてくる可能性だってゼロじゃねェよなァ?』

 

 そこで悪魔王は指を一本立てた。

 

『だから、“主”は考えた。これも()()扱いにしてしまおうってな。頭良いよな~』

「……なんですって?」

 

 璃奈の瞳に疑問が浮かぶ。

 

()()は悪魔の特権じゃ――」

『おっと、喋りすぎたか。まァ、ここから先の話はお嬢ちゃんが知る必要はない。忘れな』

 

 悪魔王は軽く笑い、話を煙に巻く。

 

『問題は、だ。主がお嬢ちゃんたちに武器を付与するにあたり、どんな契約条項を定めているか、なのだが――もう、言わなくても分かるよな?』

「ッ!」

 

 天羽璃奈は聡明な少女である。

 故に、すぐに答えに辿り着いた。

 悪魔を殺すために授けられた武器。

 そこに“契約”が存在するのだとしたら――

 主が記す条項は、ただ一つ。

 

『裏切り者には死を。……まァ、殺すまではいかなくとも、加護は外すわな。リソースは無限じゃねェんだ。使えない奴は切り捨てるに限る』

「……」

『つまり、今のお嬢ちゃんには――俺様ですら手を出しづらかったエクソシスト特有の加護がない状況ってわけだ』

 

 悪魔王が齎した呪いが、無防備な天羽璃奈の全身に浸透していく。

 澄み切った霊力が、じわじわと魔力へと変換されていく。

 

「……契約、は――」

『契約違反ではないぜ。悪魔と契約し、主の加護を失ったのはお嬢ちゃんの自己判断だからなァ。まっ、自業自得ってやつだ!』

 

 ケラケラと笑いながら、悪魔王は告げる。

 

『それに、契約的にも今回の件は正当だと俺様は思ってるぜェ。願いは等価交換――お嬢ちゃんにも、俺様の願いを叶えてもらわなきゃなァ』

「……でも、貴方の願いは――」

『物事には順序ってもんがあるだろォ? なに、そのうちすぐに分かるさ。俺様の正当性ってやつがな』

 

 悪魔王は右腕を持ち上げ、指と指を擦り合わせた。

 

『それじゃあ、後はよろしく頼むぜェ。ちょいと痛むだろうがァ……まァ、そこは我慢してくれや』

 

 身勝手なことを言いながら、悪魔王は不敵に嗤った。

 

『――願いを叶えるってのは、簡単なことじゃねェんだからさ』

 

 そして、娘とよく似た動作でその指が鳴らされた。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

 その存在を最初に感知したのはモルヴェリアだった。

 圧倒的な権能に加え、膨大な戦闘経験を持つ彼女の直感は、常に正確である。

 

『唯、何か来るぞ! 右じゃ!』

 

 すぐさま己の主へと知らせる。

 信頼するモルヴェリアの言葉を疑うという発想すらない唯は、一度攻撃の手を止め、右へと向いた。

 この超高度まで接近できるとなれば、間違いなく上級悪魔級の存在だ。

 全盛期の死王女であれば視線を向けるまでもなく消滅させられていたが、今はそうはいかない。

 

 夜空の下、唯がじっと注意を凝らしていると――視線の先から翡翠色の光が飛来した。

 なかなかの威力だが、唯にとっては恐れるほどのものではない。

 軽く左手を振って打ち払い、即座に右手の人差し指から反撃の一撃を放つ。

 かなりの速度だったはずだが、命中した気配がない。

 

『唯、上じゃ!』

 

 モルヴェリアの声に従い、唯は即座に上空へ向けて攻撃を放つ。

 しかし、今度も命中した感触はなかった。

 どうやら、空中戦に長けた相手らしい。

 

 唯は慌てることなく、威力よりも数を重視した死の弾を増産し、マシンガンのように連射を開始した。

 戦闘において、数は大いなる力である。

 ましてや、その一弾一弾に死王女の呪いが籠められたそれは、掠るだけでも致命傷になり得る。

 しかし――それは、命中した場合の話。

 

「ちょっと……当たらないん、ですけど……!」

 

 唯は苛立ち気味に呟いた。

 言葉の通り、彼女の攻撃は謎の飛翔体にまったく命中しない。

 黒い翼をひらり、ひらりと羽ばたかせながら、超速で空中を移動し、まるで舞うように攻撃を躱していく。

 

 唯は決して射撃が下手ではない。

 最強格の力を得た今も慢心せず、日々射撃の鍛錬を積んできたのだ。

 こと、人差し指を用いた射撃においては、彼女の腕前は一流である。

 だが、それでも当たらない。

 ここまでくると、飛翔体の動きが凄いというより、唯の動きの癖を知り尽くし、思考を先読みして避けているようだった。

 

 言いようのない不気味さが背筋を撫で、唯は自棄になったように弾幕を増やす。

 だが、それが逆に隙となった。

 

 計算ではなく、感情で形成された弾幕には、致命的な穴があった。

 その隙を逃さず、飛翔体が非現実的な軌道で接近してくる。

 

 接近戦を仕掛けてくるつもりだと理解した唯は、反射的に黒い剣を生み出し、迫り来る影の軌道に合わせて刃を振るった。

 空中で交差した二つの刃が鋭い火花を散らし、夜空に短い閃光を刻む。

 その一瞬の高速戦闘が終わり、相手の姿が視界に鮮明に映り込んだ瞬間――唯は、息を呑むことすら忘れて目を見開いた。

 

「天羽、先輩……?」

 

 それは、間違いなく天羽璃奈だった。

 

 背に広がる翼は漆黒に染まり、

 白い肌には禍々しい紫の刺青が脈打つように這い、

 左目は黄金の光を宿しているが――人形のように整ったその顔立ちを、唯が見間違えるはずがなかった。

 

 しかし、そこにいる璃奈は、唯の知る彼女ではなかった。

 生気の欠片もない無表情のまま、まるで糸で操られる人形のように滑らかに空中で体勢を入れ替える。

 

 そして、驚愕で身体が固まってしまった十六夜唯へ向けて、一切の迷いも、感情の揺らぎすらもなく、ただ機械のように銃の引き金を引いた。

 

 

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