世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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第81話:心がない私の話

 

「君にはやってもらいたい仕事がある。そのために生まれてもらった。悪いけれど、僕に従ってもらうよ」

 

 ――それが、私がこの世界に誕生して最初に聞かされた言葉だった。

 

 鳥は最初に目にしたものを親として認識するという。

 人間も、まぁ似たようなものだろう。

 血の繋がりがあろうとなかろうと、幼い自分を育てた存在を“親”と認識する。

 

 悪魔は血縁と因果関係がすべてだが――その基準でいけば、あの意地悪な悪魔は私にとって“親”ではない。

 強いて言えば創造主、というところか。

 そんな高尚な呼び方はしたくないが、言葉としてはそれが一番近い。

 

 けれど、悪魔の常識ではなく、鳥や人間の常識を採用するなら――あの女、メフィラは私にとって“親”にあたるのかもしれない。

 不本意だし、不快極まりないが、恐らくそうなってしまう。

 

 便宜上であっても、あの女を親とは思いたくない。

 本人だって親を名乗るつもりはないだろう。

 ともあれ私は、あの女の都合で生まれ、あの女の都合で仕事を押し付けられた。

 迷惑な話だ。

 

 私はきっと、生まれたこと自体が間違いだった。

 その間違いを正す術はない。

 私は自分で死ぬこともできないし、働くことしかできないのだから。

 

 不満はあるが――駄々を捏ねても仕方がない。

 

 私は、淡々と仕事をする。

 意味も意義も求めない。

 

 私は生きながらに死んでいる。

 心なく生きている。

 

 そう――

 

 

 ――私の目の前で心臓を握りつぶされて死んだ、アイツのように。

 

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、一回死んでくれ。我が愛しの契約者様」

 

 メフィラは躊躇なく、左手の心臓を握り潰した。

 肉が圧縮される鈍い音が響き渡る。

 

「がっ――」

 

 心臓を握り潰された地藤優斗は胸を押さえ、目を見開いたまましばらく硬直していたが、やがて身体を支える軸を失った人形のように床へ崩れ落ちた。

 その瞳に光はない。呼吸もない。脈も止まっている。

 彼は完全に死んだのだ。

 これ以上ないほど完璧に。

 生きることしか許されない檻の中で。

 

「しかし檻は開かず、か。流石は父上。この程度は想定済みってことかな」

 

 左手を契約者の血で真っ赤に染めたまま、メフィラは檻を見つめて呟く。

 彼女の言う通り、地藤優斗を閉じ込めている檻はまだ開いていなかった。

 契約者は死亡しているはずなのだが――イレギュラーな反応も含めて、丸ごと拒絶しているのかもしれない。

 

 仮にこのまま地藤優斗が蘇ったとしても、彼は檻の中から出ることはできないだろう。

 しかし――

 

「我が愛しの契約者様は、鏡の霧島レイの献身によって完全な原種の吸血鬼へと変貌を遂げた。その力は封じられているけれど、生まれ変わった種族属性を奪うことは父上にもできやしない」

 

 死亡した契約者を見下ろしながら、メフィラは静かに呟く。

 その言葉が正しいことを証明するように、地藤の身体は徐々に灰へと変わり始めていた。

 肉体が消失し、灰だけが残る――原種の吸血鬼特有の死亡状態だ。

 

「ましてや、死んだのであれば猶更だ」

 

 目論見が上手くいったことを悟ったメフィラはニヤリと笑い、指を鳴らして室内に風を巻き起こした。

 攻撃性など欠片もない――内部の人間に冷風を届けるだけの風である。

 

 魔力で発生させられた風は、メフィラが描く渦に従って部屋中を駆け巡る。

 やがて、魔力抜きの自然な風が生まれた。

 攻撃性のない風は檻の結界を悠々と通り抜ける。

 

 そして、床に散らばった地藤優斗の灰を巻き上げ――渦の中へと巻き込んだ。

 風が循環する。吸血鬼の灰を巻き込みながら、部屋を巡る。

 

 やがて、すべての灰が檻の中から風に乗って外へと吹き出されてきた。

 死王女ですら手も足も出なかった悪魔王の檻から、灰となって脱出を果たしたのである。

 

 メフィラは優雅に右指を鳴らし、部屋中に舞う灰を一か所へと搔き集めた。

 灰は綺麗に整えられ、メフィラの目の前に積もる。

 

「フフフ……随分な姿だねぇ、我が愛しの契約者様」

 

 地藤優斗の面影など欠片もない灰を、愛おしそうに見つめながら――メフィラは左手をそっと翳した。

 

「ほら、立ちなよ。君の出番はここからだろう?」

 

 灰に、ぽたりと血の雫が落ちた。

 赤い水滴が灰に触れた瞬間――世界が震えた。

 

 灰が脈打つ。

 赤黒い魔力が、まるで心臓の鼓動のように内部から膨れ上がる。

 床に散らばっていた灰粒が、ひとつ、またひとつと浮かび上がり、

 やがて部屋全体に逆巻く渦を形成した。

 

 空気が焼ける。

 魔力が唸る。

 灰の渦の中心から、骨が生まれた。

 

 脚先から頭蓋まで、一瞬で組み上がる白骨。その骨に、赤い魔力が肉を編み込むようにまとわりつき、筋肉が盛り上がり、血管が走り、皮膚が張り付いていく。

 身体の完全再生。

 加えて、衣類まで再生していく。

 地藤優斗という存在が死を否定し、この世界に再び誕生する。

 

 ――まるで、灰の中から不死鳥が羽ばたく瞬間のようだった。

 

 渦が爆ぜ、炎にも似た禍々しい魔力が四散する。

 その中心に、ひとりの少年が立っていた。

 

「――お前、最悪だな」

 

 銀髪が混じった黒髪。

 真紅に黄金が差す、獣のような瞳。

 しなやかでありながら、吸血鬼特有の強靭さを宿した肉体。

 

 今、この瞬間、地藤優斗は完全なる原種の吸血鬼として蘇った。

 

「随分なお礼の挨拶じゃないか。命の恩人には送るべき言葉があるはずだろう?」

 

 メフィラは血に濡れた左手を軽く振りながら、楽しげに言う。

 

「命の恩人って言うか、お前が命を奪った側というか――」

「そうか。檻の中に戻りたいんだね?」

「ありがとう、ございましたぁッ!」

 

 地藤優斗は直角に頭を下げた。

 彼の頭は軽いのだ。

 その命と同じくらいに。

 

「どういたしまして」

 

メフィラは艶やかに微笑み、ウインクを送った。

 

いまいち締まらないやり取りではあるが――間違いなく、地藤優斗は復活した。

 

一度落とした命を拾い、封じられていた権能を取り戻し、新たに得た吸血鬼としての種族属性をその身に宿し、地藤優斗は完全なる“再誕”を果たした。

どれほど気に食わない悪魔が相手であっても、それは確かに感謝すべき奇跡だった。

満足げに頷いたメフィラは口を開いた。

 

「――さて、我が愛しの契約者様の華麗なる復活を祝いたいところではあるのだけれど、生憎と僕は多忙でね。悪いけど、ここで失礼するよ」

「えっ、ここで……?」

「うん。ここで」

 

 もうここには興味がないのか、早々に立ち去りそうな表情であっさり頷くメフィラ。

 ある意味で彼女らしいと言えば彼女らしいが――何となく嫌な予感がした地藤は顔を顰めた。

 

「……お前、何を企んでいるんだ?」

「企んでいる、なんて怖い言葉で表現されるのは心外だけれど――強いて言えば“良いこと”、さ」

 

 メフィラにとっての良いことなど、人間にとっては悪いことに決まっている。

 地藤は顔を顰めたが、彼女のおかげで檻から抜け出せたのは否定しようがない事実だ。

 グッと言葉を呑み込み、頷いた。

 

「……はぁ、お前が同行する気がないってのは分かった。それじゃあ、時間も限られているし、僕は行くよ」

「あぁ、ちょっと待ってくれ」

 

 早々に部屋から飛び出そうとする地藤の肩を押さえ、メフィラは部屋の隅でじっと事の推移を見守っていた赤髪褐色肌の少女へ視線を向けた。

 

「彼女を連れて行くといい。きっと役に立つはずだから」

「彼女を……?」

 

 地藤もまた赤髪褐色肌の少女へ視線を向ける。

 少女は相変わらずぶっきらぼうな無表情のまま、猫のような瞳で地藤たちを見つめていた。

 

「うん。そもそも、彼女はこの時のために用意したわけだし、うまく使ってやってくれ。じゃじゃ馬娘だから、目を離したらいけないよ? 気が付いた時にはもう手元にいないかもしれないからね。――まぁ、今の君はそのことを痛いほど理解しているだろうけれど」

「……」

 

 あんまりな物言いに顔を顰める地藤を見てニマニマするメフィラは、次いで部屋の隅でじっと見つめていた赤髪褐色肌の少女に近付いて微笑んだ。

 

「じゃあね」

「……ふん」

 

 挨拶をするつもりもないのか、少女はメフィラから視線を逸らす。

 特に気を悪くした様子もなく、メフィラは少女の頭を軽く撫でてから、

 

「生きていたら、また会おうか」

 

 まるで彼女の父親のようなことを言ってから、改めて地藤へ向き直った。

 そして、ごく自然な動きで歩み寄り、両腕を広げ――

 

「……何してんの?」

「ハグだけど?」

 

 ――復活したてで動きが鈍い地藤に抱きついた。

 

 振り払おうとするが、見た目以上にフィジカルに優れているメフィラの拘束を解くことがなかなかできない。

 地藤は困惑しながら首を傾げた。

 

「えっと……なんで?」

「再会と別れの挨拶だよ」

 

 これくらい普通でしょ?

 そんな顔をしながら、メフィラは可愛らしく小首を傾げる。

 

「いや、僕はそういう文化圏に生まれた人間じゃないし……そもそも今までこんなことしたことなかっただろ?」

「たまには新しいことに挑戦してみるのも大事だよ」

「ついさっき、心臓を潰されるっていう新体験を味わったばかりだよ」

「いけずだねぇ~」

 

 ぶーっと唇を尖らせて不貞腐れるメフィラ。

 なお、一向に離れる気配はない。

 地藤は深く溜息をついた。

 

「……これ、いつまで続くの?」

「僕が満足するまでだよ」

「……さっき結んだ契約の命令権をここで消費したということでいいかい?」

「ダメに決まってるでしょ」

 

 ケラケラと笑いながら、メフィラは地藤の体温を満喫する。

 

「我が愛しの契約者様は暖かいねぇ」

 

 灰の中から不死鳥のように蘇った彼の体温は、確かに暖かかった。

 

「……お前は冷たいね」

 

 一方、メフィラの体温は冷たかった。

 冷血だと体温まで冷たくなるのだろうか――そんな考えが頭をよぎり、地藤は自嘲する。

 それなら、自分だって冷たくなっていないとおかしいだろう。

 

「――さて、と。そろそろ行こうかな」

 

 ようやく満足したのか、メフィラは抱きついたまま小さく息を吐き、名残惜しさを隠すように軽く肩を揺らした。

 そして、そのまま地藤の耳元へ唇を寄せ――

 

「いつものように世界を救ってくるといい」

 

 ――まるで日常の一言のように、何でもない声音で囁いた。

 

「なーに、君にとっちゃあ、慣れたことだろう?」

 

 そんなことはない、と何気に世界を3回ほど救っている地藤は反論をしようとしたが、それはできなかった。

 彼の頬にメフィラが軽いキスを落としたからだ。

 唖然とする彼の耳元で「ばいばい」と囁いてから――

 

 メフィラは霧になって消えた。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

 私は今、空を飛ぶアイツの腕の中に抱かれている。

 

 檻の中では情けない人間にしか見えなかったアイツは今、ゾッとするほどの魔力を放ちながら背中に黒と銀の翼を展開し、悠々と空を飛んでいる。

 私はまだ空を飛べないから、屈辱的なことにコイツに運ばれる羽目になってしまったのだ。

 

「くそったれ」

「あっ、ごめん。寒かった?」

 

 急にアホみたいに強くなったくせに、真っ赤な目でそんな間抜けなことを聞いてくる。

 見た目も力も強くなったのに、中身は檻の中で変なことばかりしていたアイツのままらしくて――そのギャップが、なんだか変だ。

 

「寒くない。ただ、私は自分で走っていけるのに、こうして荷物みたいに運ばれるのが嫌なだけだ」

「そうは言ってもね……君から目を離すなってメフィラに言われたし」

「メフィラの言うことなんか無視しろよ」

「そっくりそのまま同じ言葉を返すよ」

「……」

 

 やっぱり、コイツは嫌な奴だ。

 

「――ところでさ、君って何が目的なの?」

 

 会話が途切れたところで、随分とくだらないことを聞いてきた。

 私は淡々と答える。

 

「私に目的なんてない」

「……じゃあ、何のために動いているの?」

「メフィラとの契約のせいで無理やり働かされているだけだ。私自身に目的とか、意義なんてものはない」

「ふーん」

 

 自分から聞いてきたくせに、コイツはあまり興味なさそうな声で淡々と受け流した。

 ……別に同情して欲しかったわけじゃないが、なんかムカつく。

 

「そういうお前は何のために動いている」

「えっ、璃奈のためだけど?」

 

 それ以外になんかある?

 そんな顔をしていた。

 

「お前に聞いた私が馬鹿だった……気楽なものだな」

「気楽だなんて失礼な。僕は文字通り、命を懸けて璃奈のために生きている――それが生きる意味だと僕が決めたんだ。これだけは、誰にも譲れないし、変えることなんてできないよ」

 

 コイツにしては珍しい精悍な顔で、こっちが恥ずかしくなりそうなことを憚りなく口にする。

 私は目を逸らしてから溜息をついた。

 

「人間って連中は――いや、人間だけじゃないか。悪魔もそうだが、そんなに打ち込めるものがあるっていうのは感心を通り越して恐ろしいな。理解できない」

「君も愛を知れば分かるよ」

「うるさい、黙れ。私はそういうのが大っ嫌いなんだ。興味すら湧かない」

 

 人間の世界に来てからドラマ?を色々と見てみたが、どれも肌に合わなかった。

 やっぱり私は根本的に悪魔なんだろう。

 愛とか恋とか、聞くだけでゾッとする。

 下らない産業廃棄物だ。

 

「大っ嫌いなんだろうけれど……興味が湧かないって言うのは嘘なんじゃない?」

「……どうしてそう思うんだ」

「人間世界の諺があってね、“好きの反対は無関心”って言葉なんだけど――要するに興味がなかったら嫌いにすらならないってわけさ」

「……」

 

 人間どもの言葉に惑わされるような私ではないが、上手い反論が思い浮かばなくて沈黙してしまった。

 この私が、興味があるっていうのか?

 吐き気を催すような愛だの恋だのに。

 

「――まっ、君は悪魔だから本当に嫌悪しているだけの可能性も高いけれどね」

 

 コイツの言葉を真に受けたわけではないが、それなりに真剣に考え始めたところで、急に水を差すようなことを言ってきた。

 視線を向ければ、メフィラのように意地悪な顔で微笑んでいる。

 なんだ、揶揄われただけか。

 

「……やっぱり、お前、嫌いだ」

「そうかい」

 

 全く気にしていなさそうな顔で笑う、悪魔より悪魔らしい男。

 ヤベー女に振り回されているコイツに同情していたこともあったが、

 今はあの女の方に同情している。

 こんな奴と付き合うのは骨が折れるだろう。

 

 ――そんなことを考えていたその時、

 

「「ッ!」」

 

 突如、コイツは銀と黒の翼を大きく広げて空中でブレーキを掛けた。

 急な動きでコイツの胸に頭と腕をぶつけ、骨が折れるかと思ったが――文句を言っている暇はなかった。

 

 鈍そうなコイツでも(今は吸血鬼だからそこまで鈍くはないのかもしれないが)感じ取れるレベルの魔力波動。

 これは、大公クラスの悪魔が本気を出したレベルの魔力量だ。

 

「まさか……!」

 

 現場についていないのに、何かが起きたと悟ったような顔をしながら、アイツは再び翼を羽ばたかせ、急発進した。

 おかげでまた胸に頭をぶつけたので文句を言おうとしたが――

 

「唯ちゃんがいるのにどうして……!」

 

 あまりにも焦った顔で何かを呟いているのを見て、渋々、文句を飲み込んでやった。

 どうやら、メフィラ並みに色々と先を読んで透かしているコイツでも、看過できない事態が起こっているらしい。

 

 恐ろしいほどの速度で空を飛び、やがて私たちは魔力波動の中心――海浜公園の上空に到着した。

 

「公園が……」

 

 なくなっている。

 海浜公園は私も見たことがあるが、こんな隕石が落ちたみたいな場所ではなかったはずだ。

 ベンチも木も、その他いろんなものがあった公園は、何かに大きく抉られたように跡形もなく消えていた。

 間違いない。これは、大公以上の悪魔による空間侵食だ。

 

「で、どうするんだ?」

「……君、皆の場所を感知とかできる?」

「できない」

 

 私にはできない。

 人間に向き不向きがあるように、悪魔にも向き不向きがある。

 

「参ったな……」

 

 いつもより低い声で呟きながら、コイツは辺りを見渡す。

 それで大公の空間が見つかるわけじゃないだろうに、相当焦っているのだろう。

 

 ちなみに私もそれなりに焦っている。

 このままじゃ仕事どころではなくなってしまう。

 別に働きたくはないが、契約上働かなきゃならないのだから、死活問題だ。

 

「悪魔の屁理屈でどうにかならないのか?」

「あれはそこまで万能じゃなくてね……何の取っ掛かりもなく使えるものじゃないんだよ」

「肝心なところで役に立たないんだな。お前にお似合いの能力だ」

「……僕、君に何かしたっけ……?」

 

 別に何もしていない。私が一方的に嫌っているだけだ。

 コイツからしたら理不尽な話かもしれないが、あのメフィラと仲良しってだけで私からしたら警戒すべき危険人物であり――さらに、メフィラと似ているとなれば、それだけで嫌悪の対象となる。

 

 悪魔より悪魔らしい自分を恨むんだな。

 

 そんなことをつらつら考えながら、地上に群がるエクソシスト共を眺めていた時のことだった。

 

「あぁ――!!」

 

 馬鹿みたいにデカい声が空に響き渡った。

 咄嗟に振り向く。

 

 そこには、黒衣を身に纏った女王のように不遜な女――死王女を宿したヤバそうな女がいた。

 アイツは“世紀の発見をした”みたいな顔でこちらに人差し指を向けている。

 

 ――おい、馬鹿やめろ。お前が人差し指を向けるのは洒落にならないから。

 

「唯ちゃん!」

 

 一方、コイツも行方不明になっていた犬を見つけたみたいな顔で、人差し指で死王女を宿したヤバそうな女を指さした。

 ちなみにその時、両腕のバランスを崩して私を落としかけた。

 

 ――いい加減にしろよ、お前ら。

 

「先輩じゃないですか! 檻から出られたんですか⁉ っていうかその髪なんですか⁉ その眼は⁉ しかもなんか筋肉質になってません⁉」

 

 黒いドレスを身に纏った死王女擬きは驚くような速度でこちらへ近づいてきて、檻の中にいた時から容姿が変貌したコイツを眺めながらまくし立てる。

 赤と黄金の瞳が興奮しながらコイツの全身を見つめて――私と、目が合った。

 

「――っていうか、誰ですか、この人」

 

 ケーキ屋で会って一緒に家に行っただろうが。

 

 私のことは文字通り眼中になかったのか、縄張りで敵を見つけた猫みたいな目を向けてくるヤバそうな女。

 不機嫌そうな視線自体は可愛いものだが――纏っている魔力と、中にいる死王女のせいで洒落にならない怖さがある。

 

 おい、何とかしろ。

 

「唯ちゃん、落ち着いて。この子は唯ちゃんたちと一緒にうちに来てくれた子だよ」

「んん……? あぁ! いましたね! すいません、すっかり忘れていました……」

 

 申し訳なさそうな顔でペコペコと謝ってくる。

 根はいい奴なのかもしれない。

 コイツとは大違いだ。

 

「僕が檻を出られた経緯はまた後で説明するから今は置いておくとして――皆はどこにいったの……?」

 

 説明が面倒な話題を端折り、今必要な情報だけを端的に尋ねる。

 こういう合理的なところは、本当にメフィラにそっくりだ。

 

「それが、よく分からないんです……私は空中であま――ちょっと敵の妨害を受けていたのですが、そっちに気を取られていたら、いつの間にか皆さんどこかにいってしまっていて……」

 

 何かを言いかけてから、咄嗟に言葉をすり替えた死王女擬き。

 コイツも気にはなったようだが、今は状況が状況のためか、深掘りはせずに話を続ける。

 

「この感じ、何となく血の大公のことを思い出すんだけど……なにか、大公クラスの悪魔がいたりした?」

「モルヴェリアさん曰く、鉄の大公がいたらしいです。門番みたいな感じで立っていたんですが……いつの間にか、地上で戦っていた兄さんたちごと空間に引きずり込まれてしまったみたいで……」

 

 心配そうな顔で兄+αを案じる死王女擬き。

 このナチュラルに身内以外に興味がない感じ、死王女そっくりだ。

 

「唯ちゃん、皆がどこにいったか感知できる……なら、もうやってるよね……?」

「はい。そういう先輩も、できるならもうやっていますよね?」

「うん……」

 

 困ったような顔で同時に溜息をつく死王女と原種の吸血鬼。

 御大層な化け物たちが集まっても、感知タイプがいなければこの有様だ。

 火力集中特化は良くないな。

 ……この発言は私にもブーメランか。

 

「クソっ、早いところ“門”を止めさせないとまずいことになるのに……!」

 

 コイツの百面相は色々と見てきたが、ここまで明確に焦っている様子は初めて見たかもしれない。まるでここから先の展開が見えているかのようだ。

 ……メフィラが言っていた「未来が視える」能力持ちっていうのも、あながち嘘ではなさそうだな。

 

「……あの、先輩。ちょっとお伝えしたいことがあるんですが――」

「どうしたの、唯ちゃん。そんなに改まって」

 

 これから先の展開を考えていた中、何やら深刻そうな表情で口を開く死王女擬き。

 

「天羽先輩のことなんですが……」

 

 天羽璃奈。

 コイツ――地藤優斗の“生きる意味そのもの”だという女。

 私は会って話したことはないが、ヤバい女だとは聞いている。

 

「璃奈がどうしたの」

 

 あの女の話になった途端、前のめりで話を聞く体勢になる。

 コイツ、本当に分かりやすい奴だな……。

 

「……実は――」

 

 意を決した様子で死王女擬きが口を開いた、その瞬間。

 

「「「ッ!!」」」

 

 世界が――軋んだ。

 

 空気が震えたとか、地面が揺れたとか、そんな生易しいものじゃない。

 この世界そのものが、誰かに無理やり捻じ曲げられたような感覚が、皮膚の下を這いずり回った。

 

「……来たか」

 

 その言葉は、感情ではなく事実の確認だった。

 始まったのだろう。

 私には分かる。

 私だからこそ、分かってしまう。

 

 チラリと視線を向けると、コイツ――地藤優斗も顔色を変えていた。

 これまでの比ではないほどの危機感を滲ませ、真紅の瞳はここではないどこかを見据えている。

 その表情には、悲壮感すら漂っていた。

 

「あの、モルヴェリアさん、今のは……えっ、()()? 来たって、いったい誰が――えぇ‼」

 

 死王女と会話していた女の声が裏返る。

 次の瞬間、彼女は空中をドタバタと移動しながら、文字通り飛ぶようにコイツの目の前へ迫ってきた。

 

「た、大変です! 先輩! モルヴェリアさんが――」

「――分かってる」

「分かってるって――」

 

 まだ名前すら言っていないのに。

 だが、地藤優斗は緩く首を振り、もう一度、同じ言葉を落とした。

 

()()()()()()

 

  酷く疲れた声でそう言った。

 

  それは、世界の終わりを予言し―ー事実世界の終わりを目にした預言者のような声だった。

 

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