世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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第86話:兼務は悪魔のシステムな件

 

「君、つまらなそうな顔してるね。悪魔なら、嗤っていなきゃ」

 

 ――それが、あの女と出会って最初に聞かされた言葉だった。

 

 随分と失礼なことを言う奴だな、という当然の感想が浮かぶ。

 女は自分が失礼なことを言った自覚がないのか、腰に手を当てた尊大なポーズのまま、不敵な笑みを浮かべている。

 唇が吊り上がった性悪な笑い方だが――妙に、そんな顔が似合う女だった。

 

「ほらほら、そうやって眉間に皺ばかり寄せていたら仏頂面になっちゃうよ~?」

「……」

 

 白魚のような人差し指でツンツンと額を突かれる。

 攻撃性がないので放置しているが、正直、その指をへし折ってやりたい。

 

「だんまり、ね」

 

 女はつまらなそうな溜息をついた。

 

「父上が随分と買っているみたいだから期待していたけれど、その感じじゃあ、僕の合格点は上げられないかなぁ」

「……誰がお前の合格点が欲しいと言った」

 

 あまりにもふざけた態度を取って来るものだから、つい反論を口にしてしまった。

 相手はあの悪魔王様のご息女だというのに、我ながら失礼極まりない。

 慌てて口を塞ぐが、逆にあの女は面白そうな表情を浮かべた。

 

「へぇ? 黙って突っ立っているだけの木偶の棒かと思えば、結構言うじゃないか。いいねぇ、そう来なくっちゃ」

 

 ケラケラと肩を揺らして笑う様は、顔立ちも相まって悪魔王様そっくりだ。

 けれど、身に纏う雰囲気や、よく見ると違う顔が、全く違う個体であることを認識させる。

 

「……あなたも、四騎士になる、のですか? モルヴェリア様と、同じように」

 

 気が付けば、俺は自分から口を開いていた。

 慣れない敬語を駆使しながら。

 

「フフフ、敬語は要らないよ。君には似合わないからね」

「……」

「質問への答えだけれど、多分なるとは思うよ。だけど、すぐに辞めることになるだろうね」

「……どうしてだ?」

 

 どうして誉れある四騎士になることをそんなに軽々しく言えるのか。

 そして、どうしてそんなにも簡単に、その立場を手放すであろうことを予見するのか。

 訳が分からず問い掛けると、女は答えた。

 

「退屈だからさ」

「……不敬だぞ」

「僕は悪魔王の娘だよ? どちらかというと、不敬なのは君の方だ」

「……」

 

 こういうのを人間界では“ドラ娘”というのだろうか。

 己の立場を良い事に好き勝手言う様は頭にくるが、同時にどことなく悪魔王様を連想させる。

 せめて、顔が似てなければ良かったのに――

 

「代わりに姉上が長く四騎士に留まると思うよ。というか、史上最強の四騎士になるだろうね」

「……最強は、俺だ。俺が、いつか最強の四騎士になってやる」

「はい、王族への不敬罪ね。父上に言いつけちゃおっかな~」

「……」

 

 悪魔界は理不尽だ。

 この女を殴っていい法律がないのだから。

 

「冗談だよ、冗談。父上が好きなのは分かったから、そんな不安そうな顔をするんじゃない」

「……不安そうな顔などしていない」

 

 どちらかというと、この女への憤りで顔を顰めていただけだ。

 

「フフフ、つまらない奴だと思っていたけれど、存外、弄り甲斐があるじゃないか」

「……」

 

 もはや、何を言ってもコイツに弄られるだけだと分かったので、口を堅く結ぶ。

 意地でも喋ってやるものか。

 

「そういえば、姉上が君と決闘をしたいと言っていたな。勝ったら君を四騎士に推薦してくれるって――」

「ほ、本当か⁉」

「嘘だよ」

「……」

 

 今度こそ誓う。

 この女とは、金輪際、絶対に口を利かない。

 

「やれやれ、君といい、姉上といい、どうしてそんなに四騎士の座に固執するのやら……理解ができないよ」

 

 理解できないのはこの女の方だ。

 どうして、そんなにも四騎士の座を軽んじることができるのか。

 この悪魔界の中で、あの悪魔王様に認められるのに。

 

「……四騎士、騎士。所詮は、駒じゃないか。永遠に父上の都合で戦わされるだけのお人形――」

「そこまでにしておけ」

「おや、口がきけるのかい?」

 

 この女と口を利くつもりはなかったが、自分の憧れを馬鹿にされたとなれば話は別だ。

 俺は不敬であることを承知の上で、悪魔王の娘である女を睨みつけた。

 

「四騎士を軽んじるような発言は許さない」

「ハハハ! 許さない――許さないときたか!」

 

 女の黄金の瞳がギラりと輝いた。

 

「君、どうしてそんなに四騎士に憧れているんだい?」

「……理由などない。俺はただ、自分が最強の悪魔であることを証明したいだけで――」

「理由、あるじゃないか」

「えっ」

 

 淡々とした口調に面食らう。

 女は平然とした表情で俺を見つめながら言った。

 

「認められたいんだろう? 父上に。他の悪魔たちに」

「……」

「可愛い理由じゃないか。ま、確かにそれなら否定してしまうのは申し訳ないね」

「……そういうのじゃ、ない」

「証明したいって君が言ったんじゃないか」

 

 呆れたように言いながら、女は片目を閉じた。

 後にそれを“ウインク”と呼ぶことを知った。

 

「――ま、せいぜい頑張りたまえ。特に応援はしてないけれど、暇だったら見ていてあげるよ」

「……」

 

 最初から最後まで恐ろしく尊大で、身勝手。

 

 それがあの女――如月メフィラとの初対面だった。

 

 

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

 

 

 人手不足が深刻な会社では、“兼務”という制度が導入されることがある。

 

 本来ならA部署の課長をしている人が、同時にB部署でも役職を持つ――そんなやつだ。

 当然、両方の部署の責任を背負うことになり、本来の業務に集中はできなくなってしまう。

 正直、褒められた制度ではないが、適任者がいないなら仕方がないのだろう。

 

 そして驚くべきことに、この世知辛い制度は悪魔界にも存在するらしい。

 適切な人材(悪魔材?)がいないなら、適性のある悪魔が複数の役割を担うしかない――そういう事情だ。

 

 原作でそれを知った時は「可哀想に」と半笑いで流していたが、いざ目の前で見ると、そんな余裕は吹き飛ぶ。

 今の率直な感想を言うなら――勘弁してくれ、だ。

 

「はッ!」

 

 刀を影に向かって振り下ろす。

 影はするりと腕らしき部位を持ち上げ、銀の刀身をあっさりと受け止めた。

 

 暗黒空間に火花が散る。

 のんびり鍔迫り合いする気も、お喋りする気もない。

 刀身を押し上げ、横薙ぎに胴体を切り裂こうと踏み込む――

 

『おいおい』

 

 ――次の瞬間、時間が()()()

 

『鈍いなァ』

「がっ……⁉」

 

 真正面にいたはずの悪魔王の声が背後から聞こえたと思った瞬間、僕の胸から腕が生えていた。

 僕の動きが悪かったとか、相手が加速したとか、そんなチャチな話じゃない。

 もっとヤバいものの片鱗を――ジョジョネタはここまでにしておくとして、事実、僕の胸は悪魔王の手刀によって背後から貫かれていた。

 

 真っ赤に染まった腕を見つめながら、悪魔王は不思議そうに首を傾げる。

 

『あァ? テメェ、心臓ねェのかよ。さては、メフィラに持ってかれたな?』

「優斗君――!」

 

 激痛と吐血で視界が揺れる中、悪魔王の間延びした声と、璃奈の絶叫が重なる。

 翡翠色の魔弾が発射された瞬間、再び時間がズレたような感覚が走り、背後にいた悪魔王は煙のように姿を消した。

 

「優斗君……! だ、大丈夫っ……?」

「……あー、まぁ、なんとか……」

 

 駆け寄ってきた璃奈に抱えられ、ゆっくりと立ち上がる。

 普通なら即死の攻撃だが、生憎と僕は普通じゃない。

 我ながら呆れるほどの回復力で、胸の大穴はあっという間に塞がっていた。

 

 不死身の吸血鬼様様だな……。

 

『ほォ? 原種の吸血鬼の力を受け継いでんのか。随分と女たらしだなァ、小僧』

「そういうアンタはモテなさそうだな」

 

 横から向けられる璃奈の鋭い視線に怯えつつも、口喧嘩で負けるわけにはいかないので悪魔王を煽る。

 影に包まれた王は肩を揺らして笑った。

 

『ハハハ! 生憎と、俺様は大モテ男だぜェ。王様だから、当然だろォ?』

「……それは、周りの悪魔たちが配慮してくれているだけなのでは?」

『そういう性格の悪いことばかり言うテメェの方がモテなさそうだがな』

「だから、さっきも言っただろ?」

 

 璃奈とアイコンタクトを交わし、互いの意思を確認してから悪魔王に向き直る。

 刀を構え、魔力を高める。

 

「――僕はもう、モテる必要ないんだよッ!」

 

 全力で魔力を放出し、一気に悪魔王へ距離を詰める。

 悪魔王はゆらりと右手を持ち上げ――

 

『そうかい。じゃあ――』

 

 ――彼の娘とよく似た動作で指を鳴らした。

 

 乾いた音が響くと同時、再び時間がズレる。

 

『もう思い残すことはねェな?』

 

 背後から声。

 勢いよく刀を振り上げていた僕には、悪魔王の奇襲を避ける術がない――

 

「十銀銃――!」

『ッチ』

 

 翡翠色の光が暗黒の世界を照らす。

 背後から殺到した魔弾を前に、悪魔王は舌打ちしながら姿をブレさせて離脱した。

 

「優斗君、大丈夫……⁉」

 

「うん。ありがとう、璃奈」

 

 僕はすぐに後退し、銃を構えながら璃奈に微笑む。

 

『なるほどなァ。俺様の動きを捉えられないなら、最初から自分を囮にしてお嬢ちゃんに仕留めさせようってわけか。不死身とはいえ、随分と思い切ったことするじゃねェか』

 

 早々にこちらの作戦を見抜いた悪魔王が感心したように声を上げる。

 僕は溜息をついた。

 

「……感心してくれるなら、その反則じみた能力なしで戦ってくれないか?」 

 

 四騎士を始めとする上位悪魔たちは皆、各々が司る“特性”を持つ。

 

 “鏡”を司る鏡の大公。

 “死”を司る死王女。

 “戦争”を司る紅の戦君。

 

 そして悪魔たちの頂点に立つ王、ベルファルドが司る特性は――

 

 “支配”。

 

 時間、空間、人間、悪魔――全てを己の意のままにするのがベルファルドだ。

 正しく王。

 認めるのも癪だが、悪魔たちの王に相応しい人物ではあるだろう。

 

『殺し合いの場で反則も卑怯もあるかよ。無力なテメェを恨みなァ』

「チッ、王様なら玉座で踏ん反り返ってろよな……!」

『俺様だってそうしたいのは山々なんだけどよォ、生憎と悪魔不足でな――』

 

 全てを支配する魔王は、憂鬱そうに溜息をついた。

 

『――こうして俺様が四騎士も()()しないと回らない状況なんだよ』

 

 悪魔王ベルファルド――またの名を、“四騎士ベルファルド”。

 そう。冒頭の話に戻るが、彼は“兼務”しているのだ。

 

 よりにもよって、魔王と四騎士を。

 

 どこの世界も人手不足、悪魔不足が絶えないらしい。

 世知辛い話である。

 

『あのドラ娘が「四騎士飽きた」なんてほっぽりださなきゃ、俺様も管理業務だけに集中できたんだけどなァ……』

「……適当な悪魔を四騎士にすればいいじゃないか」

『んなことできるわけねェだろ。四騎士の称号舐めるんじゃねェよ。――ったく、メフィラの奴め。こっちの気も知らねェで好き勝手しやがって……』

 

 お互い、あのふざけた悪魔に振り回されている立場らしい。

 こういうことがなければ仲良くなれたかもしれないな。

 

『まァ、現状を嘆いても仕方がねェ……俺様にはまだ仕事が残ってるんでな。さっさと、死んでくれや』

 

 生憎と、そう簡単にやられるわけにはいかない。

 

「“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”――発動」

 

 僕は己の中にある悪魔の権能を発動させる。

 

【悪魔王ほどの格の存在が、こんなに気軽に姿を現していいはずがない。他の四騎士たちと同様――いや、それ以上の対価を支払って現世に姿を現すべきだ】

 

 死王女モルヴェリアも、紅の戦君バルナハルトも、莫大なコストと時間を掛けて現世へ降臨している。

 であれば、それ以上の格を持つ悪魔王なら、より高度な代償が必要なはずだ。

 つまり――

 

【貴方は、ここにいる資格がないッ!】

 

 屁理屈という名の真実を突きつける。

 悪魔の権能が世界に正当性を訴える。

 影が揺らぎ、悪魔王の姿がゆっくりと薄れて――

 

『馬鹿が。んな雑な屁理屈が通るかよォ』

 

 影が濃く戻る。

 

『俺様は今、ここに“四騎士”として来てんだよ。しかも、その能力の大部分を封じてな。ついでに言うと、俺様はここに来るにあたって自分の姿を晒せねェって代償はちゃんと払ってるぜェ? 正当性は俺様の方にあるはずだ』

 

 ……クソッ。

 流石はメフィラの父親。

 娘の能力をよく理解してやがる。

 

『万策尽きたかァ? そんじゃァ、さっさと死んでくれや……と言いたいところだったが、テメェは不死身だったな、小僧』

 

 悪魔王は僕を見つめ、悩ましげに声を漏らす。

 その黄金の瞳が――ふいに僕の隣へ向けられた。

 

 ゾクリ、と全身に悪寒が走る。

 本能が叫ぶ。

 “まずい”と。

 

 僕は咄嗟に隣を見る。

 そこには僕が世界で一番大事な、天羽璃奈がいた。

 蠢く影の中、美貌の王が悪辣な笑みを浮かべる。

 

『――そこのお嬢ちゃんは、どうだ?』

「ッ! 璃奈!」

 

 僕は咄嗟に璃奈を抱き寄せようとした。

 だが、僕の手が届くよりも先に――世界が、ブレた。

 

「ゆう、と、くん――」

 

 僕の手は届かなかった。

 そして、僕に手を伸ばしてくれていた璃奈の手もまた届かなかった。

 背後に出現したベルファルドの手刀が、彼女の胸を貫いていたからだ。

 紫の瞳が大きく見開かれ――光が失われていく。

 

「璃奈――‼」

『あァ? お嬢ちゃんも心臓ねェのかよ。どいつもこいつも心臓抜きやがって……流行りなのかァ?』

「テメェッ!」

 

 頭の中が瞬時に沸騰する。

 怒りが視界を真っ赤に染める。

 

 今すぐ、あのふざけた影をこの世界から消し去らなければならない。

 僕は怒りに突き動かされ、ベルファルドを殺すために刃を突き出す。

 

 だが――銀色の刃が影を串刺しにする寸前、再び世界が()()()

 

『馬鹿が。こっちだよ』

 

 移動した形跡もなく姿を消したベルファルドの小馬鹿にするような声が背後から聞こえるが、どうでもよかった。

 僕は刀を仕舞い、崩れ落ちる璃奈を抱きしめる。

 そして――

 

「“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”――発動! 天羽璃奈の心臓は僕が持っている! だから……甦れッ!」

 

 血の迷宮で交わした契約。

 僕は彼女から預かった心臓を取り出し、鼓動を刻むそれを翳しながら悪魔の権能を発動させる。

 

 悪魔の詐術が世界を騙す。

 無茶苦茶な屁理屈が認められ――璃奈はあっという間にこの世界へ蘇った。

 

「璃奈……!」

「ゆうとくん……わたし、は」

「……ごめん、油断してた」

 

 僕は璃奈を抱きしめたままゆっくりと立ち上がり、蠢く黒い影――ベルファルドを睨みつけた。

 

『ほほォ? なるほどなァ。小僧がそこのお嬢ちゃんの心臓を預かってんのかァ。やれやれ、不死身のカップルとは、恐れ入ったぜェ』

「――お前、楽に死ねると思うなよ」

『ハハハ! 人間の小僧が不死身になった程度で粋がるんじゃねェよ』

 

 悪辣なる悪魔王はケラケラと肩を揺らして笑い、指を鳴らした。

 乾いた音が響くと同時、黒鉄の棒が何本も出現し、まるで羽のように背中で浮遊し始める。

 

『お前さんは忘れちまったようだが――テメェの能力を封じていた檻を、誰が創ったと思ってんだァ?』

「ッ!」

『よーやく思い出したかァ。俺様がその気になれば、テメェらはすぐに死ぬことを』

 

 パチンッ、と再び指が鳴る。

 浮遊していた黒鉄の切っ先が、すべて僕と璃奈に向けられた。

 

 そうだ。確かに忘れていた。

 悪魔王は“支配”の力で大抵の能力を無効化できる。

 つまり、あの黒鉄には――僕たちを本当に殺す力があるのだ。

 

『テメェはそれなりに見込みがあったからよォ、お嬢ちゃん共々生かしてやろうと思っていたが……もう止めだ。こんなに鬱陶しいなら、生かしておく意味はねェ』

 

 悪魔王が腕を持ち上げる。

 

『俺様は忙しくてなァ。王の椅子を守る為に色々とやることがあんだよ。だから――』

 

 指が擦り合わされる。

 

 あれに貫かれれば最後、権能も無力化され、僕と璃奈は完全に死ぬ。

 それはダメだ。

 璃奈は――いや、僕だってまだ死ねない。

 

 絶体絶命の危機。

 頭が高速で回転し始める。

 まるで今まで眠っていたみたいに、思考が一気に研ぎ澄まされる。

 

 刻々と迫る絶望の中、僕だけがのろまな世界に取り残される。

 

 考えろ。考えろ。

 悪魔王のように時を止められない以上、この刹那に賭けるしかない。

 

 原作の悪魔王の設定を思い出す。

 その最後を思い出す。

 奴の天敵、奴の目的、奴が唯一“嫌がる存在”を洗い出す。

 

 幾つもの選択肢が生まれ、そして消えていく。

 最後に残ったのは――たった一人の名前。

 

 結局、いつも呼ぶことになる、アイツの名前。

 

「……“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”――発動」

『あァ?』

 

 僕は悪魔王の指が鳴らされる直前、滑り込むように権能を発動させた。

 

「……お前の親父が傍迷惑なんだが、家族関係の問題ならお前が出てきて何とかしろよ。お前はあのクソ野郎の家族で、僕の契約者なんだろ? なぁ――」

 

 ベルファルドが困惑していることをいいことに、最後の望みをかけてその名を呼ぶ。

 

「――メフィラッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やれやれ。そんなに大きな声を出さなくても、聞こえているよ」

 

 

 少しの沈黙の後。

 艶やかなアルトの声が暗黒空間に響き渡った。

 

 同時に、どこからともなく蒼銀の霧が渦巻き始める。

 霧は優雅に人の形を取り――やがて、僕と璃奈の目の前に貴人を装った悪魔が降臨した。

 

 如月メフィラ。

 悪辣なる悪魔。

 元四騎士にして、悪魔王の娘。

 そして――僕の契約悪魔だ。

 

「やぁ、我が愛しの契約者様。お困りのようだから、手を貸しに来たよ」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、いつもの決め台詞を少し改良して口にするメフィラ。

 さらに彼女は背後を振り返り――

 

「そしてお久しぶりです、父上。不肖の娘メフィラ、参上いたしました」

 

 己の父親である悪魔王に向かって、恭しく――剰なほどに(つまり馬鹿にしているほどに)胸に手を当てて頭を下げた。

 

『ハッ! これはこれは……うちのドラ娘が男の呼び出しに粛々と応じるとはなァ。嫁入りは確実とみて間違いないかねェ?』

「そうですね。式にはお呼びしますよ、父上」

 

 勝手に僕とメフィラの結婚を前提に話を進める、身勝手極まりない悪魔親子。

 僕がツッコミを入れる暇もなく、会話は進んでいく。

 

『それは結構なことだが……テメェ、どうして出てきた? この身が“影”に過ぎないとはいえ、テメェじゃあ勝ち目がないことは分かってんだろォ……?』

 

 悪魔王の言葉に合わせ、空中で待機していた黒鉄がメフィラへと向けられる。

 あの黒鉄には、“悪魔の屁理屈”も“原種の吸血鬼”も無力化する力が込められている。

 例えメフィラであろうとも、どうにかできる代物ではない。

 

「ふむ。確かに、僕では父上に勝つことは難しいでしょう」

 

 珍しく、自分の不利を素直に認めるメフィラ。

 だが、その口調はいつも通り軽い。

 

「ですが、父上はお忘れになっているようですね。僕は、何の勝算もなく勝負に出たりはしませんよ」

『この状況に勝機があるって言いてェのかァ?』

「えぇ。だから、僕を呼んだんでしょう? ねぇ、我が愛しの契約者様」

 

 その顔には、いつものふてぶてしい笑み。

 

 こちらへ振り返ったメフィラの黄金の瞳が、僕をじっと見つめる。

 その瞳が言っていた。「ほら、秘策を話してごらん」と。

 

 見透かされているのは癪だが、今は我儘を言っている場合じゃない。

 

「メフィラ――」

 

 僕は真っ直ぐに契約者の瞳を見つめ、尋ねた。

 

「――()()()()()()()()()()()?」

「……んん?」

 

 メフィラは困惑したように首を傾げる。

 僕は慎重に、しかし急いで言葉を繰り返した。

 

「四騎士の座に、戻ってくれるよな?」

「……」

 

 詳細を説明する時間はない。

 話せば悪魔王に悟られる。

 今この瞬間でさえギリギリだ。

 

 だから、汲み取ってほしい。

 いや、汲み取れ。

 お前ならできるだろ?

 

 だってお前は――僕の契約者なんだから。

 

「ハッ――」

 

 乾いた音が響いた。

 

「――ハハハハハ! そうきたか! 流石は、我が愛しの契約者様。そうこなくっちゃねッ!」

 

 身体をくの字に折り曲げ、腹を抱えて笑いながら、メフィラは宣言した。

 

「いいよ。僕は君の望み通り、()()()()()()()

 

 何とも軽い調子で――かつて捨てた称号を再び手にすることを。

 

『あァ? テメェ、どういう風の吹き回しだァ?』

 

 気まぐれなドラ娘の我儘に振り回されてきた悪魔王が、怒り混じりに声を上げる。

 メフィラは笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら父親に向き直った。

 

「僕は、己の契約者の忠言に従い、今この瞬間から四騎士に戻っただけです。父上も嬉しいでしょう? あの放蕩娘が真面目に働こうとしているのですから」

『……テメェ、何を――』

悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)――発動。おめでとうございます! 悪魔王様!」

 

 悪魔王ベルファルドが僕の罠に気づく前に、僕は元気よく割り込んだ。

 そして、特大の笑顔で事実を突きつける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!」

『――――』

 

 影で顔は見えないが、奴が目を見開いているのは分かった。

 そう。奴は言っていた。

 

【こうして俺様が四騎士も兼務しないと回らない状況なんだよ】

【あのドラ娘が四騎士飽きたなんてほっぽりださなきゃ、俺様も管理業務だけに集中できたんだけどなァ……】

 

 四騎士が足りないのだと。

 その資格を持つ悪魔がいない――正確には、資格を持つ悪魔(娘)が勝手に辞めたせいで自分が兼務しているのだと。

 

 だが、今その問題は解決した。

 

 四騎士の枠は埋まった。

 メフィラがその座に返り咲いたのだ。

 懸念事項だった悪魔不足は解消された。

 

 つまり、彼は王様業務に専念できる。

 いや、()()()()()()()()()()()

 

 なぜなら――

 彼は今、“四騎士ベルファルド”としてここに来ているのだから。

 

 遊びは終わりだ。

 王様はあるべき場所に戻らなければならない。

 

 玉座に、帰らなければならない。

 故に――

 

『……おいおい、マジかよ』

 

 “悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”が発動し、ベルファルドの背後に空間の裂け目が生まれた。

 悪魔王が権能を無力化できる力を持っていることは分かっているが――同時に、彼自身が権能の影響を完全に無効化できるわけではないということも分かっている。

 

 そうでなければ、僕が璃奈を取り戻せた説明がつかない。

 

 悪魔王は超越者だが、決して無敵ではないのだ。

 だからこそ、“悪魔の屁理屈”は通じる。

 筋の通った屁理屈により、ベルファルドの身体は裂け目へと吸い込まれていく。

 

 魔界の玉座へと、強制的に引き戻されていく。

 

『ハハハ! なるほどなァ! こりゃあ、一本取られたぜェ!』

 

 怒りとも愉悦ともつかない笑い声が響く。

 影が徐々に裂け目へ吸い込まれていく最中、黒い影の隙間から黄金の瞳がギラギラと輝いた。

 

『俺様を嵌めたのは大したもんだが、そう簡単にいくと思うんじゃねェぞッ!』

 

 ベルファルドが吠えると同時、黒鉄の棒が空間に無数に召喚された。

 圧倒的な魔力に空間が震える。

 さらに、それだけでは終わらない。

 気味の悪い振動を感知。

 これは恐らく――時間を操作しているに違いない。

 

「往生際の悪い奴だ……! 璃奈! メフィラ!」

「うんっ!」

「いいよ」

 

 偶然と屁理屈で生み出した千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。

 僕は二人に声を掛け、翼を広げて悪魔王へ突進する。

 射出された黒鉄棒が雨のように降り注ぐが――

 

「十銀銃!」

 

 後方から飛来する翡翠色の光弾が、黒鉄を次々と撃ち落としていく。

 さらに――

 

「申し訳ないね、父上」

 

 まったく申し訳なさそうではない声で、メフィラが指を鳴らした。

 紫の魔弾が翡翠色の弾丸と競うように黒鉄を撃ち落としていく。

 

 黒鉄に対しては“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”が無効化される以上、純粋な魔力攻撃に切り替えたのだろう。

 搦め手以外の能力も普通に高いのが、この悪魔の憎いところだ。

 

「――さて、そろそろお帰りの時間ですよ、王様」

 

 二人が切り開いた道を突き進む。

 弾幕をすり抜けて迫る黒鉄は、僕が刀で次々と斬り払いながら前へ進む。

 ベルファルドは必死に時間を操作し、この世界に留まろうとしているが――甘い。

 

 問題は時間ではなく、“理”だ。

 お前自身が生み出した、“兼務”という悪魔システムのツケだよ。

 

『小僧……!』

 

 距離が縮まる。

 接近する僕を睨みつけ、悪魔王が怒りの声を上げながら腕を振り下ろす。

 瞬く間に暗黒世界に黒鉄が生成されるが――射出される前に、刀を投げて迎撃を済ませる。

 

 武器はなくなった。

 だが、問題はない。

 

 僕は疾走しながら、右腕を引き絞る。

 

 ラスボスだか何だか知らないが――流石に、好き勝手しすぎだ。

 

 さっきも一発殴らせてもらったが、あんなものでは全く足りない。

 何より、コイツは璃奈を一度殺した。

 僕の怒りは、今まさに頂点に達している。

 

 だから――

 

「今度、人の彼女を痛めつけてくれたお礼参りに行くからさ……!」

 

 再び生成された黒鉄が射出され、何本か身体を貫通する。

 だが、そんなものはどうでもいい。

 痛みよりも、怒りの方が遥かに強い。

 

 目指すはただ一つ。

 あの黒い影――その中心にいる、バカな王様だ。

 

 振り絞った右腕に、全ての力を籠める。

 

「今はお家に帰りな……!」

 

 解き放たれた渾身の拳が、悪魔王の顔面に突き刺さった。

 

 最後の踏ん張りを断ち切られたのか、影に包まれたベルファルドは裂け目へと吸い込まれていく。

 

『ハハハ! 本っ当にふざけた餓鬼だなァ――!!』

 

 完全に裂け目へ飲み込まれながらも、笑い声だけが響き渡る。

 暗黒世界の向こう側から、獣のような黄金の瞳がこちらを睨みつけていた。

 

『――テメェの顔は覚えた。覚悟しておけ……!』

「はいはい」

 

 僕は悪魔の王に最大限の敬意を払い――

 

「――せいぜい、玉座を温めときな」

 

 中指を突き立てて、その雄姿を見送った。

 

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