世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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第87話:あの女

 

「四騎士になったんだってね。おめでとう」

 

 あの女――メフィラからの祝いの言葉は簡素で、心が籠っていないことはすぐに分かった。

 とはいえ、悪魔はだいたい全員そうだ。

 情など持ち合わせず、自分が成り上がることしか考えていない。

 人間どもの仲良しごっことはわけが違う。

 

 だからこそ、こうして建前とはいえ、祝いの言葉を口にするこの女は、悪魔の中ではかなり異端だった。

 

「……あぁ」

 

 形だけの誉め言葉に対し、俺は二音しか返せなかった。

 もっと気の利いたことを言ってやりたかったが、俺は普通の悪魔だし……メフィラのように口が達者なわけでもない。

 皮肉が飛んでくるものだと思って身構えていたこともあり、情けない醜態をさらすことになってしまった。

 

「おやおや、あまり嬉しそうではないね。あれだけ焦がれていた地位だというのに」

「……嬉しいさ。だが、それを上手く表現できないだけだ」

「なるほどね。君らしいといえば君らしい。しかし、これからは同僚というわけか。君のことは弟のように思っていたけれど、もうそういった扱いも止した方が良さそうだねぇ」

「……」

 

 弟として見られていたことすら今知ったばかりだ。

 俺は何と返せばいいのか分からず、ただ黙り込むしかなかった。

 喜んでいたのか、戸惑っていたのか――それは後から振り返っても分からない。

 

「ま、短い間だろうけど、よろしく頼むよ」

「……お前、まだ四騎士を辞めると言っているのか?」

 

 以前にも呟いていたが、あまりにもサラリと言うので真意が読み取れない。

 メフィラは肩を竦めた。

 

「まーね。こんなもの、ずっとやっていても仕方がないしね」

「……辞めた後はどうするつもりだ?」

「さぁね? 現世で暇つぶしでもしていようかな」

 

 頭の後ろで手を組みながら呑気に将来設計を語る悪魔王の娘。

 俺は思わず額に手を当てた。

 こんな放蕩娘を授かった悪魔王様が可哀そうで仕方がない。

 

「そういう君こそ、四騎士をずっと続けてどうするつもりなんだい?」

「……どうするも何も、最強を目指すだけだ」

「姉上に勝つつもりかい? 相性的に無理だと思うけどねぇ」

「……だからこそ挑み甲斐があるというものだ」

 

 俺は最強を目指す。

 四騎士の中でもさらに頂へと至るのだ。

 

「ふーん、意欲があっていいことだね」

 

 恐らく、思ってもいないことを口にしたのだろう。

 言葉の響きは恐ろしく空虚で、俺を見つめる黄金の瞳は乾いていた。

 

「じゃあ、最強になった後はどうするんだい?」

「……決まっている。現世へ侵攻し、人間どもを皆殺しにして悪魔の新世界を創りあげる」

「フフフ、悪魔の新世界、ね……」

 

 どこか含みのある言い方だった。

 小馬鹿にするような――絶対に実現不可能な夢を嘲笑うような。

 

「……悪魔王の娘であろうとも、そういった態度を取るのは不敬にあたるぞ。他の連中に見られたら、あらぬ噂を立てられることになる」

「おや、心配してくれているのかい? お優しいことだね」

 

 ケラケラと肩を揺らして笑うメフィラ。

 

「……そういうわけじゃない。俺は、ただ――」

「分かっているよ。余計なことを言えば魔界を追放されかねないからね。僕も口を閉じることにするよ」

 

 ウインクをしながらそう言ったメフィラだが――

 彼女にその発言を守る気がなかったことは、すぐに明らかになる。

 

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

 

 流星群のように降り注ぐ権能の数々。

 

 そのうちの一つでも直撃すれば、エクソシストたちの命は瞬く間に散るだろう。

 滅びの星を見上げる彼らの視界を、黒い線が横切った。

 

 その黒を見るだけで背筋が凍る。

 無理もない――それは、“死”そのものなのだから。

 

死王女の指先(モル・ヴェス)

 

 生まれついての圧倒的な強者であるが故に、普段は己の力を抑える傾向にある死王女モルヴェリア。

 だが今回に限っては、そのリミッターは完全に外れていた。

 最大出力に近い黒の極線が、天に輝く数多の権能を根こそぎ薙ぎ払っていく。

 線に触れた権能は片っ端から消滅し、空間が悲鳴を上げる。

 

 しかし、その光景を見守るバルナハルトに焦りはない。

 紅蓮の甲冑に包まれた指を持ち上げ、“戦争”を司る騎士は静かに告げた。

 

死王女の指先(モル・ヴェス)

 

 一度受けた相手の能力をコピーする――それが紅の戦君の破格の能力。

 対象は死王女の権能とて例外ではない。

 過去に一撃でバルナハルトを殺しきれなかった時点で、この攻防は必然だった。

 

 真正面から衝突する黒と黒。

 空間が軋み、世界が震える。

 

『えぇい、小癪な小僧めッ! 猿真似ばかりしよってからに――!』

 

 己の技をパクられたモルヴェリアは激怒し、さらに出力を上げる。

 最近、やたらとパクられたり無効化されたりと、いいところがない死王女の権能だが――彼女にもプライドというものがある。

 

 二つの死の線がぶつかり合い、空間が裂けるような異音が響き渡る。

 交差する四騎士たちの死線と視線。

 互いの殺意と魔力が空間を満たし、世界そのものが震え始める。

 

 張りつめた空気が限界まで膨れ上がり――

 ついに、決着の瞬間が訪れる。

 

 爆ぜるような衝撃とともに、どちらか一方の黒が弾け飛んだ。

 勝利したのは――

 

『モルヴェリアさん……!』

『ふん、猿真似小僧が本物の死王女に勝てると思うてか……!』

 

 真正面からの競り合いを制したモルヴェリアは、鼻高々に勝利を誇示する。

 一方、死の線を押し返され、その奔流を浴びたバルナハルトは――

 

『……』

 

 ほとんど無傷のまま、天に浮遊していた。

 

 微かに傷ついた紅蓮の甲冑の肩を見下ろし、まるで見せつけるように片手で軽く払う。

 埃を払うようなその動作だけで、鎧は瞬時に修復された。

 己の攻撃が全く効いていないことをこれでもかと見せつけられたモルヴェリアの額で、ブチッ、と何かが切れる音がした。

 

『あんの小僧ォォォォォォ! 儂を舐めておるなッ⁉』

『も、モルヴェリアさん! 落ち着いてください! あれはただの挑発です!』

 

 自身も挑発に乗りやすい性格ではあるが、他人事なら冷静になれるのか、唯が必死に相棒を諭す。

 

『むっ、そうか、挑発か……危ない、危ない。乗るところじゃったわ』

 

 世界で最も大事な契約者の言葉を聞き、モルヴェリアは空中で地団駄を踏むのを止めた。

 そして、冷静な瞳でバルナハルトを睥睨する。

 

『しかし、あの小僧……儂が魔界を留守にしている間に、随分と力をつけたらしいのぉ』

『あの人、強くなっているんですか?』

『あぁ、間違いなくな。……一体どれだけの悪魔と人間を喰らったのやら』

 

 バルナハルトはその性質上、戦えば戦うほど強くなる。

 全盛期を過ぎ、さらに復活したばかりで現世を満喫していたモルヴェリアとは、今や明確な差が生まれていた。

 

『先程の一撃でも致命傷を与えられんとなると……ちと火力が足りんのぉ』

『魔力を増やす手段は……ないんですか?』

『お主の仲間を喰らえば多少はマシになるじゃろうが、それは嫌なのじゃろ?』

『はい。それは、ダメです』

 

 以前は地藤たちに対して“悪魔と共に生きる”ことを宣言していた唯ではあるが、やはりその性根は善良な少女であることに変わりはない。

 加えて、自身も悪魔の契約者でありながら、人の為に尽くすことを良しとする地藤優斗の姿勢もまた、彼女に少なからず影響を与えていた。

 

『ふん、そう言うと思っておったわ』

『……すみません、モルヴェリアさん。中途半端で……』

『謝るな。お主はお主のやり方で戦えばよい。儂は儂のやり方で、お主を勝たせるだけじゃ』

『モルヴェリアさん……』

 

 改めて、自身がどれほどの幸運に恵まれたのかを知り、唯は笑みを浮かべた。

 

『――となると、至近距離から最大出力を叩き込むしかないのぉ。……かなり危険じゃが、構わんか?』

『もちろんです。私の身体のことは気にしないでください。やるなら全力で』

 

 唯は迷いなく頷いた。

 この戦いがどれほど厳しいものか理解しているからこそ、覚悟はとうに決まっていた。

 

『よし。ならば――久々に本気を出すかの……!』

 

 死王女モルヴェリアは宣言とともに、ゆっくりと両腕を広げた。

 

死王女の麗鎧装(モル・グラシア)

 

 豪奢な黒のドレスが、まるで脱皮するように形を変えていく。

 足先まで覆っていた長い衣は音もなく裂け、黒い霧となって消えた。

 胸元や腰を飾っていた重厚な装飾は次々と剥がれ落ち、黒い光の粒子へと変わる。

 

 残されたのは戦うためだけに研ぎ澄まされた、死王女の戦装である。

 

 黒のミニスカートが脚線を露わにし、背中は大胆に開いている。

 そこから蝶の羽を思わせる四枚の黒翼が広がり、身体の要所には軽量化された黒の鎧が装着されていた。

 

 死王女の麗鎧装(モル・グラシア)

 

 普段は豪奢なドレスを好む死王女が、自らの誇りを捨ててまで機動力に振り切った姿である。

 今回は固定砲台ではなく、敵の懐に踏み込み、至近距離で死を撃ち込む必要があるため、普段は使わない形態を引っ張り出してきたのだ。

 

『行くぞ! ユイ!』

『はいっ!』

 

 身軽になった死王女コンビが一斉に動き出す。

 モルヴェリアは空中でグッと足を折り曲げ――次の瞬間、風となった。

 先程までの動きが霞むほどの素早さ。

 圧倒的な魔力量と、効率的すぎる魔力循環が生む異常な加速力に物を言わせ、音速を軽々と突破した死王女は、バルナハルトの弾幕を紙一重で潜り抜け、一瞬でその懐へと飛び込んだ。

 

 だが、そのままやられる四騎士ではない。

 

戦君の剣(ウォー・ソード)

 

 武骨な剣を召喚したバルナハルトが、飛び込んできた獲物の首を刎ねるべく剣を振り抜く。

 “戦争”を司る彼の真骨頂は遠距離爆撃だが、近接戦闘もまた一流。

 その剣速は、常人なら視認すらできない。

 

 だが――

 

『儂に近接戦が出来ぬとでも?』

 

 死王女は手元に創り出した“死の剣”で、その一撃を軽々と受け止めた。

 死の線を活かした遠距離特化の砲台と思われがちだが、モルヴェリアは性格が悪い妹と同様に、全距離対応の万能型である。

 

 身軽になった身体を活かし、黒い残光を引きながら蝶のように舞い、蜂のように鋭く剣を突き出す。

 バルナハルトは卓越した剣技で淡々といなすが、攻め手に欠けているのも事実だった。

 この距離では大規模爆撃は自爆に繋がる――つまり、戦君の最大火力が封じられている状況だ。

 

 その隙を見逃す死王女ではない。

 

死王女の乱舞(モル・ヴェラ)

 

 モルヴェリアが剣を振るうと同時に、背後に黒い剣群が次々と生成される。

 蝶の羽のように広がる死の剣群を従えながら、モルヴェリアは命令を下す。

 

『やれッ!』

 

 一斉に射出される剣群。

 バルナハルトは盾を生み出す――ことはせず、己の背後に攻撃型の権能を生成し、迎撃に回った。

 だが、全てを捌き切るには生成時間が足りない。

 数本の剣が紅蓮の甲冑を穿ち、爆ぜる。

 

『やはりか……!』

 

 モルヴェリアの口元に笑みが浮かぶ。

 

『貴様、相も変わらず()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!』

 

 太古より争ってきた四騎士同士。

 その弱点は熟知している。

 

 バルナハルトは攻撃特化の悪魔だ。

 防御手段は乏しく、それを補うのが、一度受けた攻撃のダメージを低下させる紅蓮の甲冑『戦君の紅蓮甲冑(レッド・アーマー)』だが――それだけでは限界がある。

 

 死の剣群の一斉掃射を受け、バルナハルトの体勢が大きく崩れた。

 明確な隙。

 モルヴェリアは一気に距離を詰め、人差し指を翳した。

 

『この距離なら、威力軽減も高が知れとるじゃろう……!』

 

 死王女が高らかに力を解き放つ。

 

死王女の指先(モル・ヴェス)――‼』

 

 ゼロ距離で放たれた“死の線”。

 紅の戦君バルナハルトといえども避ける術はなく――

 

 死王女渾身の一撃が、直撃した。

 

 

 

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

 

「メフィラッ!」

「あぁ、君か」

 

 凛と背筋を伸ばし、優雅に歩みを進める背中に声を掛ける。

 ゆっくりと振り向いた女――メフィラの顔には、いつもの不敵な笑みが張りついていた。

 

「……お前、四騎士を、辞めるのか……?」

「うん、そうだよ」

 

 なんでもないことのように。

 ただの事実を認めるように、メフィラは俺の言葉を肯定した。

 

「な、なぜだ……! どうして、辞めるんだ……! こんなにも恵まれた地位を、どうして捨てる……⁉」

「飽きたから」

 

 答えは簡潔で。

 悔しいくらい、コイツらしいものだった。

 だが、そんな下らない理由で納得できるはずもない。

 

「飽きたから辞めるだと⁉ ふざけるなッ!」

「ふざけてなんかないよ。君こそ、さっさとやめた方がいいと思うけど?」

「バカを言うな! 俺はまだ、最強に至っていない……!」

「やれやれ、あれだけ悪魔たちを殺しておいて、まだ物足りないのかい?」

 

 呆れたように言うメフィラ。

 確かに、彼女と出会ってからそれなりに月日が過ぎ――俺は、片っ端から同族たちを殺しまくって来た。

 だが、

 

「足りない……! こんなものでは全く足りん……!」

 

 俺の飢えは収まらない。

 俺の野心はこんなもんじゃない。

 俺は、こんなところで終わる器じゃない――!

 

「俺はこれからも戦って、戦って、戦って、戦い続ける! だからメフィラ! お前は――」

「戦って、戦って、戦って……その先に何があるんだい?」

 

 俺の言葉に被せるようにメフィラは質問を投げかけてきた。

 俺は当然のように答えを返す。

 

「それはもちろん、悪魔たちの新世界が――」

「くだらない」

 

 メフィラは悪魔たちの悲願を。

 俺たちの夢を、鼻で嘲笑った。

 

「悪魔が世界を支配する? そんなことできるわけがない。()()()()()()()()()()()()のに、どうして気が付かないんだろうね……愚かすぎて、吐き気がするよ」

「な、なにをいって……」

「ただの独り言さ。忘れてくれ」

 

 大よそ全てを見下し、嘲笑っているメフィラだが、先程の顔はどこか鬼気迫るというか――悲壮感のようなものが漂っていた気がしたんだが……気のせいだろうか。

 

「――ま、なににせよ、これ以上四騎士を続ける気はないよ」

 

 いつもの空気感を取り戻すように、あっけらかんとした口調で語るメフィラ。

 

「……四騎士を辞めて、これからどうするつもりなんだ?」

「前にも言ったように、現世で遊んでいることにするよ。もうここにはいられないしね」

「……はっ?」

 

 あまりにも自然に――さらりと口にされたので、聞き逃すところだった。

 

「ここにいられないっていうのは、どういう、意味だ……?」

「そのままの意味さ。父上が煩くてねぇ、『四騎士を辞めるなんて勝手をするんなら、ここに居る資格はねェよ』だってさ。ま、つまり魔界を追放ってわけだね」

「――――」

 

 追放。

 

 その二文字が脳に突き刺さり、身体が凍りつく。

 頭の奥で耳鳴りが響く。

 四騎士を辞めるだけじゃない。

 魔界にもいられなくなる――つまり、もう会えなくなる……?

 

「……だ」

「ん?」

「ダメだ! そんなの、ダメだ!」

 

 気が付けば、俺は感情のまま吠えていた。

 

「ダメ、と言われてもねぇ」

「ダメなものはダメだ! お前は、ここにいなきゃいけないんだッ!」

「……」

 

 メフィラの黄金の瞳が細められる。

 その冷たい光を見て見ぬふりをしながら、必死に言葉を重ねる。

 

「ふざけたことを言ってないで、いいから四騎士に戻れッ! 今ならまだ間に合う! 俺から悪魔王様へ言ってやるから……!」

「あのねぇ……四騎士を辞めると言ったのは僕だよ? 言葉を取り消すつもりはないし、戻るつもりなんて毛頭ないよ」

「ッ!」

 

 取り付く島もない。

 相手にもされていない。

 胸の奥で、何かが焼けるように熱くなる。

 

「メフィラッ――」

 

 気が付けば俺は、メフィラへ手を伸ばしていた。

 理由は分からない。

 ただ、掴んでいなければ、この女はどこか遠くへ消えてしまう気がした。

 

「――おい、君」

 

 伸ばした手は、呆気なく。

 まるで蝿でも払うように、彼女の指先で弾かれた。

 

「何の許しを得て、僕に触れようとしているんだい?」

 

 低く、氷のように冷たい声。

 黄金の瞳は、徹底した無関心で俺を射抜く。

 

 その瞬間、ようやく理解した。

 

 ――この女は、最初から俺に興味などなかったのだ。

 

 ほんの一欠片の情もなく、関心もない。

 ただの暇つぶしに声を掛けて来ただけで、それ以上の感情などない。

 

 俺は、一人で吠えていただけだった。

 アイツにとっての俺は、『構ってくれ』と叫んでいるだけの餓鬼に過ぎなくて――

 

「ッ! メフィラァァァァァァ――!」

 

 その事実に気づいた瞬間、俺は咄嗟に殴りかかっていた。

 この女を黙らせなくてはならない。

 この女を殴って俺の力を思い知らせなくてはならない。

 

 この女を支配して、俺のものにしなくてはならない。

 

 今まで、ずっとそうしてきた。

 

 気に食わない奴は殴って従わせた。

 舐めてくる奴は再起不能になるまでぶちのめして、その権能を奪ってきた。

 俺が敬うのは、俺を見出してくれた悪魔王様だけだ。――アイツだって、いずれは、俺がぶちのめしてやる。

 

 全員気に食わない。

 だから、全員ぶちのめす。

 

 メフィラ、お前もそうなれ――‼

 

()()()()()()

 

 気が付けば、俺は地を這っていた。

 

「君は、それしか知らないんだね。君はただ、戦い続けることでしか自己を保てないんだ」

 

 いつも笑っているはずの彼女の顔は能面のような無表情で。

 黄金の瞳には、同情の光が宿っていた。

 

「かわいそうに」

 

 低いアルトの声が呪いを紡ぐ。

 

「本当に、かわいそうに」

「やめろッ!」

 

 そんな目で、俺を見るんじゃない――!!

 

「さようなら、()()()()()()。もう二度と会うことはないだろう」

「待てッ!」

 

 俺は立ち上がろうとするが、謎の力で拘束されていて、立ち上がれない。

 

「待てッ!」

 

 手を伸ばすが、届かない。

 

 あの女。

 

 あの女の背中が、遠ざかっていく。

 俺の手が、届かない場所まで――

 

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

 

『やったか――⁉』

『モルヴェリアさん! その台詞はちょっとまず――』

 

 耳障りな声が、遠くで揺れていた。

 

 どうやら、ほんの一瞬だけ意識が飛んでいたらしい。

 甲冑で威力を軽減しているとはいえ、死王女の一撃はやはり堪える。

 だが、魔界で暴れていた頃と比べれば、幾分か軽く感じた。

 それだけ俺が強くなりすぎたのか、それとも彼女が弱ったのか。

 

 ……まぁ、なんでもいい。戦線に戻らなければ。

 

 俺は戦う。戦い続ける。

 これまでずっとそうしてきたし、これからもそうするだけだ。

 

『戦って、戦って、戦って……その先に何があるんだい?』

 

 ――不意に、あの声が脳裏を掠めた。

 

 意識を失っていた一瞬の間、昔の夢を見ていた気がする。

 若く、愚かで、くだらないものに執着していた頃の夢だ。

 

 結局、あの女は魔界から姿を消し、四騎士に戻ることはなかった。

 行方は分からない。

 本人の言葉通り、どこか現世で気ままに生きているのだろう。

 

 一時期、俺も現世へ行こうとした。

 だがその頃には、俺の“容量”は膨れ上がりすぎていて、現世に降りることすらできなかった。

 

 紆余曲折を経て、ようやくこうして現世に近づけたわけだが――今となっては、どうでもいい話だ。

 

 どうでもいい。

 全てがどうでもいい。

 

 最強の座も、どうでもいい。――辿り着いてしまえば、そこには何もなかった。

 魔界も、どうでもいい。――あの場所は、もうつまらない。

 現世も、どうでもいい。――支配したところで、何の価値がある?

 

 どうでもいい。どうでもいい。どうでもいい。

 全部がどうでもいい。

 

 価値も意味も、考えることに疲れた。

 

 戦うことにも、飽きた。

 

 だから俺は――己の欲求のままに、全てを破壊することにした。

 

 これまでと同じように。

 これから先も、同じように。

 

『かわいそうに』

 

 不意に、あの女の言葉が脳裏を掠めて――

 そして、消えた。

 

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