世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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第89話:開示の時、来たれり

「ぶえっくしょん――!!」

 

 なんだかよく分からないけれど、特大の悪寒と共にくしゃみが出た。

 誰かが僕の噂でもしているのだろうか。

 

「大丈夫? 優斗君」

「うん。風邪でも引いたかな?」

 

 なんて言ってみたが、多分それはない。

 悪魔王の檻から脱出した今、僕の身体は原種の吸血鬼に戻っている。

 常時超回復が発動しているようなこの身体で風邪を引くなんて、吸血鬼の恥さらしもいいところだ。

 ……まぁ、後天的に吸血鬼になった身なので、別に誇りなんてないんだけどね。

 

 閑話休題。

 

「ま、何はともあれ、ようやくお帰りくださったか……傍迷惑な王様だったな」

 

 裂け目に吸い込まれるようにして魔界へ強制送還された悪魔王がいた場所を見遣り、僕はようやく一息ついた。

 

「お疲れ様、我が愛しの契約者様。今回も見事な機転を利かせてくれたね」

「こら、ひっつくな……!」

 

 軽妙な口調で誉めながら、馴れ馴れしく肩を組んでくるメフィラ。

 隣の璃奈が絶対零度の視線でメフィラを睨みつけ、銃口を持ち上げたのを見て、僕は妙に力の強いメフィラの絡みを必死に引き剝がした。

 

「――っていうか、お願いしておきながらなんだけど、お前、四騎士に戻って良かったのか……?」

「ん? 別に構わないよ。元から気まぐれで辞めただけだし」

「そ、そう……」

 

 おかしいなぁ。

 原作だと、バルナハルトにしつこく説得されて滅茶苦茶嫌がっていた気がするんだけど……まぁ、戻ってくれたお陰で助かったのだし、余計なことは言わないでおこう。

 

 それよりも。

 

「璃奈、大丈夫……?」

 

 僕は悪魔王に心臓をぶち抜かれていた璃奈へ駆け寄った。

 “悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”で傷一つない状態になっているはずだが、それでも心配は心配だ。

 

「私は大丈夫だよ。ありがとう。優斗君も大丈夫……?」

 

 ニコリと微笑む璃奈に、僕はホッと安堵して頷いた。

 

「うん。大丈夫だよ。さっきのくしゃみの原因はよく分からないけれど」

 

 そんな穏やかな空気の中――

 

「……私は、大丈夫じゃないけどな」

 

 ぶっきらぼうな声が後ろから聞こえた。

 振り返ると、赤髪褐色肌の少女がいつもの無表情で――心なしか恨めしげな視線を向けてきていた。

 

 確かに、彼女は全然大丈夫ではなかった。

 右腕は切断され、顔も体もボロボロ。

 恐らく、時間停止という反則技を使える悪魔王に一方的にボコボコにされていたのだろう。

 

 僕たちの到着が少しでも遅れていたら、あのまま殺されていたに違いない。

 

「うえっ? ……あっ、ごめん……!」

「おやおや、かわいそうに。僕が治してあげよう」

 

 慌てて駆け寄ろうとした僕より先に、メフィラが少女の傍へ行きニヤニヤと笑う。

 少女は不機嫌そうに顔を顰めた。

 

「……お前は嫌だ!」

「お前“は”ねぇ? 我が愛しの契約者様ならいいのかい?」

「ッ! お前、殺すッ!」

「はいはい、可愛いねぇ。治してあげるから、じっとしていなさい」

 

 駄々っ子のように暴れる少女の頭を撫でながら、“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”で治療を始めるメフィラ。

 

「全く、手酷くやられたねぇ。父上も容赦がないなぁ」

「……似た者親子だな」

「おっと、手が滑った」

「痛ッ⁉ お前、悪魔か⁉」

「悪魔だけど?」

 

 ギャーギャーと騒がしくじゃれ合う二人の悪魔。

 こうして見ると、親子か姉妹のようにしか見えない。

 

 しかし少女の正体を知っている僕からすると、それはとても奇妙な光景だった。

 とても奇妙で――あり得ない、幻想のように映った。

 

「さて、こんなものかな。これなら戦えるだろう?」

「……まぁな」

 

 ぼんやりと二人の様子を見つめていたが、メフィラの“悪魔の屁理屈”によって、少女の傷はあっという間に全て治ってしまった。

 

 僕はホッと胸を撫でおろす。

 この少女は今回の戦いにおける重要人物だ。

 万全の状態でいてもらう必要がある。

 

「……おい、お前」

「ん?」

 

 不意に少女から声をかけられた。

 視線を向けると、いつもの無表情のまま――猫のような黄金の瞳で僕をじっと見つめたり、逸らしたりしながら、何やらもじもじしている。

 

 どうしたんだろう。

 いい意味でも悪い意味でも、思ったことをズバズバ言うタイプだと思っていたから、言葉に詰まっている様子が妙に新鮮だ。

 そして何故か、比例するように隣の璃奈の視線が鋭くなっているのを感じて首を傾げていた、その時。

 

「おや?」

 

 空間が、揺れた。

 

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

 

 

 堕ちていく。

 

 堕ちていく。

 

 この身体が、堕ちていく。

 

 地へと落下していく。

 

 この感覚は久々だ。

 魔界で四騎士最強に上り詰めてからというもの、意識を飛ばされるような攻撃を受けること自体がなくなっていた。

 

 全ての攻撃に耐性を持ち、

 全ての攻撃をコピーし、

 全てを自分のものとしてきた。

 

 今なら悪魔王にさえ勝てるのではないか――そう思うほどに、バルナハルトは完成されていた。

 事実、彼の側近たちはしきりに、バルナハルトに新たな悪魔王として魔界に君臨することを望んでいた。

 

 だが、バルナハルトは悪魔王の座に興味はなかった。

 

 というより、彼は大よそ全てのことに興味を失っていた。

 最強の座も、現世侵攻も、四騎士も――どうでもいい。

 

 彼はもう疲れていた。

 

 だから、もう終わってもいいかと思って目を閉じ――不意に、悪戯っぽく微笑む女の顔が脳裏に浮かんだ。

 そして、その女が見知らぬ男と手を握っている姿を幻視した。

 

『地藤優斗、じゃ』

 

 カッと火が燃え上がる。

 消えかけていた種火が、業火へと変貌していく。

 

 そうだ。

 この感覚――久々に思い出した。

 

 己の全力で気に食わないものを叩き潰し、その頭を踏みつけて愉悦に耽る、あの甘美な瞬間。

 バルナハルトには敵がいなかった。

 だから張り合いを失い、空虚になっていたのだ。 

 

 だが、敵がいるのであれば――彼は蘇る。

 

 苛烈なる非情の戦場王として、復活することができる。

 

『地藤、優斗――!』

 

 バルナハルトは立ち上がった。

 久々の闘争心が、微かに心の燃料を与えながら。

 

 その憎悪と闘争心が、なぜ生じているのかに目を向けることなく。

 

 空虚さの原因――己が本当に欲しているものの正体から、目を逸らしながら。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

『むっ……』

 

 再びゼロ距離で己の必殺技を叩き込むことに成功したモルヴェリアは今回は一切慢心せず、地上へ堕ちていくバルナハルトを確実に仕留めるべく追撃に移ろうとしていた。

 だが――不意に、その動きが止まる。

 

(モルヴェリアさん?)

 

 不自然に固まったモルヴェリアの様子に、唯が内側から首を傾げながら声を掛ける。

 

『……遅かったか』

 

 何かを感じ取ったモルヴェリアは低く呟き、同じく追撃に移ろうとしていた霧島レイの肩を掴んで制止した。

 

「ッ! なにをする! 今が絶好の機会だろう⁉」

 

 動きを止められたレイは激昂しながら振り返る。

 モルヴェリアはゆっくりと首を横に振った。

 

『いいや。手遅れじゃった』

「なにを……」

 

 諦観に満ちた声。

 常に大胆不敵で過剰な自信を纏う死王女らしからぬ声音に、レイは事の重大さを直感する。

 

『儂の一撃を喰らう直前、奴にしては妙に大人しかったと思うておったが……どうやら、この世界との適合を優先させていたらしい』

 

 死王女は堕ちていく紅の戦君バルナハルトを見下ろしながら、厳かに告げた。

 

『――奴が、本気を出すぞ』

 

 次の瞬間。

 

 世界が、揺れた。

 

「こ、これは……!」

 

 原因不明の振動に震える世界を見渡しながら、レイは全身を襲う悪寒の正体に気づく。

 墜落していたはずのバルナハルトが恐ろしい勢いで天へと昇っていた。

 モルヴェリアとレイの元まで迫り、さらに二人を追い越して、上へ、上へ。

 やがて、全てを見下ろす位置まで到達した紅の戦君バルナハルトは、レイと死王女の連携攻撃で罅の入った紅蓮の兜に手を当て、邪魔だと言わんばかりに片手で砕いた。

 

 砕け散った兜が宙に霧散する。

 

 露わになった素顔は――冷たさと空虚さに満ちた、美貌の青年だった。

 

(……あの顔、どこかで……)

 

 一度も見たはずがないのに、何故か既視感を覚えるレイ。

 だが状況は、思考する暇を与えない。

 露になった黄金の瞳で眼下を見下ろしながら、紅の戦君は両腕を広げた。

 

 そして――

 

戦君の帝国領域(ウォー・ドミニオン)

 

 紅の戦君が、領土拡張を終えたことで使用可能となった己の究極権能を発動させた。

 

 その瞬間、再び世界が悲鳴を上げた。

 

 地面が震え、空が軋み、空間そのものが波打つ。

 炎の奔流が地平線を覆い、夜空が裂け、星屑が展開される。

 まるで世界の構造が一度解体され、バルナハルトの帝国として再構築されていくかのような感覚。

 桁違いの魔力を以てとんでもない権能を発動させたことは分かるが――しかし、何も起きない。

 

「……何も起きないが、奴はいったい何をしたんだ……?」

 

 レイが油断なく刀を構えながらモルヴェリアへ尋ねる。

 同じ四騎士である死王女は簡潔に答えた。

 

『分からぬ』

「はっ?」

『分からぬ、と言ったのじゃ。――なんだ、あれは……』

 

 最初は揶揄われているのだと思ったレイだったが、すぐにその認識を改めた。

 驚愕に見開かれた黄金の瞳が、死王女自身の理解不能を物語っていたからだ。

 レイは未だに何も起きない周囲を見渡しながら首を傾げる。

 

「では、紅の戦君は今、貴女すらも知らない技を行使したということか?」

『そういうことになるな。まぁ、とはいえ――』

 

 空を見上げれば、再び星屑の権能たちがレイたちに向かって発射されていた。

 モルヴェリアは権能の雨を睨みつけながら、自身の人差し指を翳した。

 

『――丸ごと全て消し飛ばしてしまえば関係のない話よッ!』

 

 死の線が放たれる。

 レーザービームのような黒い線はいつものように迫りくる権能を消し飛ばした。

 モルヴェリアは第二射を放つべく、人差し指を翳して――

 

『なん、じゃと……』

 

 再び驚愕に目を見開いた。

 

「ッ! どうした! 早く撃ち落とさなければ蜂の巣だぞ⁉」

 

 レイが怒鳴る。

 だがモルヴェリアは、唖然と己の掌を見つめながら呟いた。

 

『……できぬ』

「はぁ? 一体何を――」

『できぬと言ったのじゃッ!』

 

 焦りを隠せない表情で叫ぶ。

 

『儂の技が、()()()()()()()()()()()ッ!』

「――――」

 

 今度はレイが目を見開く番だった。

 ほぼ唯一、真正面から紅の戦君に対抗できるはずだった技が発動できなくなっている。

 威力が減衰させられたとか、飛距離の問題とかではなく――そもそもの発動すら許されなくなってしまった。

 

 目の前が真っ暗になる。

 それは、彼女たちの敗北を確定させる絶望の知らせだった。

 

「いや、まだだ! 死の剣をッ!」

『ッ! 言われなくても分かっておる!』

 

 モルヴェリアは一気に大量の剣群を生み出し、空から堕ちてくる権能にぶつけて相殺させた。

 先ほどまで幾度となく見た光景。

 何とか攻撃を防いだモルヴェリアは内心で安堵し、次の攻撃に備えるべく死の剣を量産しようとして――

 

『……なるほど、そういうことか』

 

 紅の戦君バルナハルトが何をしたのかを悟った。

 

「どうした?」

『死の剣も発動できなくなっておる。察するに……奴が発動させたのは、()()使()()()()()使()()()()()()()()()()、といったところじゃろうな』

「なっ――」

 

 レイは絶句し、言葉を失った。

 武器を取り上げる――どころの騒ぎではない。

 無茶苦茶にもほどがある。

 

「だが、それなら、紅の戦君も――」

『そんな生温い権能だと思うか? 当然のように奴の“戦君の勲章(ウォー・バッチ)”だけは使用可能なんじゃろう。空を見上げてみるがいい』

 

 死王女は自虐的な笑みを浮かべながら、億劫そうに空を指さした。

 嫌な予感に駆られながらレイが夜空を見上げれば、そこには無限にも思える数の星屑が広がっていた。

 

 星屑――バルナハルトの権能だ。

 つまり、一度使った技が封じられることになったこの世界において、彼だけはこれまでと変わらず能力が使用可能らしい。

 

「そんな、ことが……」

 

 思考を回す余裕をなくしたレイが、唖然と呟いた。

 反則、なんて言葉では足りない。

 これは、勝ち目のない戦いだ。

 立ち向かうことすら許されない、圧倒的な差が広がっている。

 

『おのれ……ぬかったわ。まさか、奴がこんな技を習得していたとはのぉ……』

 

 死王女は星屑が浮かぶ夜空を見上げながら、

 

『すまぬ、ユイ』

 

 己の主へ、静かに謝罪の言葉を送った。

 十六夜唯が何を返したかは分からない。

 それでも、モルヴェリアの顔にはどこか満足げな笑みが浮かんでいた。

 

 そして――死王女と唯は、降り注ぐ権能に貫かれて堕ちた。

 

「モルヴェリア! 唯ッ!」

 

 他にも技は持っていたはずだ。

 それでもあっさりと己の敗北と“死”を受け入れたのは、死王女としての矜持だったのかもしれない。

 

 レイは二人を救うべく動き出したかった。

 だが、バルナハルトの権能が放たれた今、彼女とて余裕など全くない。

 

 必死に降り注ぐ権能を弾きながら、何とか二人の救助に向かおうとする。

 しかし、ほんの少し目を逸らした瞬間、防御が甘くなり――左肩を権能に貫かれた。

 

「ぐっ……⁉」

 

 一体何の権能だったのか。

 急激に力が失われていくのを感じる。

 

 それでも気合で剣を振るっていたレイだったが、すぐに限界が訪れた。

 腹に、膝に、右腕に攻撃を喰らい、多様な能力に苛まれ、視界がブラックアウトしていく。

 

(いま、意識を失う、わけには――)

 

 必死に意識を繋ぎとめようとするが、歯を食いしばることすらできず、意識が遠のいていく。

 

(すまない、ユウト……)

 

 脳裏に浮かぶのは、返しきれないほどの恩を与えてくれたあの少年。

 きっと、「返す必要ないですよ。与えたつもりもないですし」なんて困ったような顔で捻くれたことを言うのだろう。

 それが彼なりの優しさであることを、レイは分かっていた。 

 

 もうあの困ったような優しい笑顔は見られなくなるのか――

 そう思いながら、レイは目を閉じた。

 

「――諦めるのは、まだ早いですよ……!」

 

 落下するレイの身体は地面に叩きつけられる――のではなく、何かに優しく抱き留められた。

 

 聞き覚えのある声が、耳に心地よく響く。

 掠れる意識の中、ゆっくりと目を開くと、そこにはもう見られないと思っていた、あの困ったような優しい笑顔が広がっていた。

 

「ユウ、ト……?」

「はい」

 

 自身と同じ真紅の瞳。

 銀色が混じった黒髪。

 鋭くなった犬歯を見せて笑みを浮かべながら、地藤優斗は静かに頷いた。

 

「遅くなってすいません」

「……いや、お前はいつも間に合ってくれているよ。本当に大事な時に、な」

 

 霧島レイは、自身を抱える少年に微笑みかけた。

 その視線には、絶大な信頼が籠められている。

 くすぐったい気持ちでその視線を受け取りながら、地藤はチラリと下へ視線を向けた。

 

『むっ、貴様は……』

「無事みたいですね。良かったです。貴女にはこれから役に立ってもらわないといけないですから」

 

 その身に攻撃を受け、落下していた死王女もまた空中で抱きかかえられていた。

 純白の翼を生やした天使のような少女――天羽璃奈に。

 

 流石に因縁浅からぬ仲ということもあってか、空気は決して友好的ではない。

 それでも、璃奈がレイを救出に行くよりはマシだろうという地藤優斗の判断だった。

 相変わらず、妙なところで気が回る男である。

 

「ッ! ユウト!」

 

 地藤優斗に助けられた安堵と高揚感を噛み締めていたレイは、不意に頭上を見上げ、

 自身を抱き上げている少年に警告の声を発した。

 

 星屑のような権能。

 それらが、新たな侵入者ごと葬るべく凶悪な輝きを放っている。

 

「分かっています! “悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”――」

「気を付けてくれ! 紅の戦君バルナハルトの権能の影響で、一度使った技は使用できなくなっているんだッ!」

「はぁ⁉ ……って、そういえばそんなインチキもありましたね……」

 

 原作知識を思い返し、地藤は深く溜息をついた。

 今まさに放たれようとしている星屑を見上げながら、呟く。

 

「であれば、仕方がありません。()()にお願いしましょう――」

 

 見上げた視線の先には、一人の少女がいた。

 宙に浮く、小柄な少女。

 なんてことはないその姿を見たバルナハルトは、少女ごと全てを殲滅すべく、権能を解放しようとして――

 

『……』

 

 不意に、奇妙な違和感がバルナハルトの全身を貫いた。

 権能を解放しようとしていた手が、空中で固まる。

 鬱陶しい兜を破壊したことでクリアになった視界が、“それ”を鮮明に捉えた。

 

 赤髪の短髪。

 褐色の肌。

 黄金の瞳。

 

『……馬鹿な』

 

 思わず、言葉が漏れた。

 無意識のうちに自分の顔へ手を当てる。

 

 赤髪。

 褐色の肌。

 黄金の瞳。

 

 全く同じ色合い。

 

『馬鹿なッ!』

 

 そんなこと、あるはずがない。

 あっていいはずがない。

 世界の理が否定するはずだ。

 これは何かの間違いだ。

 間違いでなければならない。

 

 だが――少女は静かに言葉を紡いだ。

 

「……紅の戦君バルナハルトがいる戦場。現世ではない場所。契約条件は満たされた」

 

 動揺する紅の戦君を見上げながら、少女は己の契約に従い、淡々と言霊を綴る。

 

「開示の時、来たれり」

 

 この決戦のために生み出され、

 この決戦のために力を封じられていた少女が――

 遂に“役目”を果たす瞬間が訪れた。

 

「私は、私の名を告げる」

 

 黄金の瞳が、自身と同じ色合いの男をまっすぐに見上げる。

 

 今も少女は、自分が“生きる意味”を見つけられていない。

 正直、見つけられる気もしない。

 けれど――今はそれでもいい、と思っていた。

 

 少なくとも今はやるべきことがある。

 少女自身が求められている。

 ならば、応えるだけだ。

 

 たとえば。

 

 少女はチラリと視線を下へ落とした。

 銀色の吸血鬼を抱きかかえた少年が、真っすぐに少女を見上げていた。

 

 “君の出番だよ”とでも言うように。

 

「……」

 

 少女はプイっと視線を逸らし、再び動揺する紅の戦君を見上げた。

 

「……まぁ、助けられた借りくらいは、返さないとな。これでも悪魔だし」

『いや、そんな馬鹿な話があるはずがない! あっていいはずがない! 消えろッ! 小娘! 戦君の勲章は星屑のように(ウォー・バッチ・スターダスト)――‼』

 

 空に散りばめられた星屑たちが輝き、主の命に従って落下を開始した。

 空が落ちてくる。

 流星が降る。

 世界が焼け落ちる。

 

 その壮観を見上げながら――

 少女は己の名を開示した。

 

()()()()()()

 

 条件が整い、封印が解除される。

 

「私の名は、バルナハルトだ――‼」

 

 そして、少女は己の名と共に封印されていた力を取り戻した。

 

 破格の権能。

 規格外の魔力。

 世界を滅ぼし得る四騎士の力。

 

 紅の戦君バルナハルトと、全く同じ力を。

 

戦君の勲章は星屑のように(ウォー・バッチ・スターダスト)――‼』

 

 赤髪褐色肌の少女――いや、紅の戦君バルナハルトの反転個体である“鏡のバルナハルト”は掌を翳し、オリジナルと同じ能力を発動させた。

 

 鏡合わせのように星屑が生まれ、空中で真正面から衝突する。

 天変地異のような轟音が戦場を揺らし、空が鮮烈な光で染まった。

 星屑同士がぶつかり合うたび、空間が悲鳴を上げる。

 

 バルナハルトの攻撃は苛烈だった。

 だが――鏡のバルナハルトは、その全てを正面から相殺してみせた。

 

「……悪いね、オリジナル」

『貴様……!』

 

 鏡の大公を手に入れたメフィラの魔改造によって誕生した少女――鏡のバルナハルトは、怒りに震える四騎士へ静かに告げる。

 

「私はこの時の為に創られた特別性だ。簡単に倒せると思うなよ?」

『ッ!』

 

 兜が破壊されたことで露わになった美貌――少女とよく似た顔が、憤怒で壮絶に歪む。

 修羅のようなその顔を見ながら、鏡のバルナハルトはコキリと首を鳴らした。

 

 生きる意味は、まだ見つからない。

 けれど少女には、契約という名の“仕事”が残っている。

 自分探しの旅は――それを終えてからだ。

 

「……恨み言があるなら今のうちに言っとけ。鏡として、聞いてやるよ」

『――死ね、偽物が』

 

 星屑が生み出される。

 鏡合わせのように同じ星屑を生み出しながら、少女は掌を翳した。

 

「それはムリな相談だ、オリジナル」

 

 そして――二人のバルナハルトによる、世界を揺るがす壮絶な戦いの幕が上がった。

 

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