世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件 作:赤坂緑語
己の技を封じられ、魔力放出だけで何とかその場を凌いでいる死王女モルヴェリアには、相当なストレスが掛かっていた。
絶対的な力があるはずなのに、それを振るえない鬱憤が胸の内で膨れ上がっていく。
『おい! そこのバルナハルトに似た小娘! もっと数を増やせんのか⁉』
八つ当たり気味の怒声が、鏡のバルナハルトへ飛ぶ。
言われた本人は呆れたように眉をひそめた。
「……無茶を言うな! これでも全力でやってる。オリジナルの方が異常なんだよッ!」
『役に立たんのォ!』
「……魔力放出しかできないお前には言われたくない」
『なんじゃとこの餓鬼ッ!』
空中で罵倒が飛び交う。
必死に刀を振るい権能を弾いていた霧島レイは、深々と溜息をついた。
「おい、仲良くやれないのか? こういう時くらい協力しないと、全滅するぞ?」
『ふん、悪魔に何を求めておるのじゃ。儂らが団結しておったら、人間界なぞとっくに滅ぼしておるわい』
「それは胸を張って言うことなのか……?」
呆れながらも、レイは死王女の言葉が的を射ていることを理解していた。
死王女と紅の戦君が仲良く手を取り合って攻め込んでくるなど、悪夢以外の何者でもない。
「とはいえ、今は団結してもらわなければ困る」
権能を弾きながら、レイは淡々と合理的に告げる。
だが――
『それはあの餓鬼に言えッ!』
「……頑固ババア」
『誰がババアじゃと、このクソ餓鬼ァッ!』
「おいおい……」
相性の悪さまで再現されてしまったのか、鏡のバルナハルトと死王女の間に歩み寄る気配はまるでない。
レイは呆れたように首を振った。
このまま団結することなく空中分解するかと思われた、その時――
「――霧島先輩の言う通りですよ。ここは、仲良くしていただかないと」
二人の間を取り持つように、一人の少年が翼を広げて現れた。
「ユウト!」
レイは滅多に上げない歓喜の声を上げた。
その顔には輝くような笑みが浮かび、正しく喜色満面といった様子だった。
普段からそういう顔をしていればもっとモテるだろうに――そんな感想を抱いた地藤だったが、口には出さなかった。
「――私もいるよ」
「あ、天羽……」
ぬるりと地藤の背後から顔を出す、純白の翼を持つ美貌の少女――天羽璃奈。
彼を守護する騎士のように浮遊するその姿は、レイをしっかりと牽制するような瞳を向けていた。
『なんじゃ、小僧。生きておったのか』
女性陣による熾烈な争いなど歯牙にもかけないモルヴェリアが、皮肉交じりに地藤を揶揄う。
地藤は肩を竦めた。
「えぇ、死王女様と唯ちゃんが戦ってくれていたお陰で、何とか復活できましたよ。ありがとうございます」
素直に感謝を述べると、死王女の頬がわずかに赤く染まった。
(こら、ユイ! 頬を染めるでない! 儂が照れているみたいではないか!)
(ご、ごめんなさい……)
心の内で交わされる微笑ましいやり取りなど知る由もない地藤は、鏡のバルナハルトへ視線を向けた。
「やぁ、元気?」
「……いや、元気じゃない」
権能弾幕を維持しながら、仏頂面で答える鏡のバルナハルト。
その平常運転ぶりに、地藤は苦笑を浮かべた。
「悪いね、君にばかり負荷を押し付けることになってしまって」
「……この日、この時のために私は創られたんだから、気にするな。気にされても、気持ちが悪いだけだ」
「そっか。じゃあ、遠慮なく頼らせてもらうよ」
鏡のバルナハルトはコクリと頷いた。
口数は多くないが、それが彼女なりの誠意の示し方だと、地藤は短い時間で理解していた。
「とはいえ、このままじゃ埒が明かないのも確かだから、ここから先は僕たちも戦線に加わるよ。それから、下にいたエクソシストの人たちと、この状況をひっくり返すための作戦を考えたんだ。実行までにどうしても時間が掛かるから、引き続き時間稼ぎをお願いできるかな?」
「……あんな弱い人間たちに何かできるのか?」
「できるよ」
地藤は力強く断言し、偽りの夜空を見上げた。
「一つ一つは小さくとも、星々を束ねれば、きっと夜空まで届くよ」
「……詩的だな。ポエムに目覚めたか?」
「うん。実は、将来の夢はポエム作家だったんだ」
適当な嘘をつく地藤に呆れた視線を送りながら、鏡のバルナハルトは溜息をついた。
「はぁ……分かった。私だけでは決定打に欠けているのも事実だし、時間稼ぎは引き受けてやる。ただ、奴は私の力に順応し始めている。一人で注意を惹きつけ続けられるかどうかは分からないぞ」
「うん。分かっている。奴の注意を惹けるかどうかは、僕の方でも何とかやってみるよ。……まぁ、僕みたいな小物に意識を割いてくれるかどうかは分からないけれどね」
地藤が自嘲気味に呟いた、その瞬間だった。
絶え間なく浴びせられていた権能による爆撃が、ピタリと止んだ。
そして――
『……おい、そこの小僧』
低い声が響き渡る。それは間違いなく、紅の戦君バルナハルトの声だった。
突然の呼びかけに驚きつつ、この場で唯一の“小僧”である地藤は、バルナハルトへ向き合う。
「なんですか? 紅の戦君バルナハルト」
バルナハルトは地藤をじっと見つめた。
銀が混じった黒髪。
優しげな風貌。
真紅の瞳。
引き締まってはいるが、戦士のように頑強には見えない身体。
ところどころ特殊な因子は見られるものの、総じてただの小僧にしか見えない。
だが、これまでの流れを踏まえると、この小僧こそが自分の怒りに火をつけた“燃料”である可能性が高い。
だからバルナハルトは慎重に――今にも爆発しそうな怒りを必死に堪えながら問い掛けた。
『……貴様、名をなんと言う』
一方の地藤は困惑していた。
張り詰めた空気の中で何を聞かれるのかと思えば、「お名前はなんですか?」である。
拍子抜けもいいところだ。
――普段の地藤なら、敏感な危機察知能力が働いて嫌な予感に気付けたかもしれない。
だが今の彼は、とにかくバルナハルトの注意を惹くことだけに集中していた。
故に、自分に視線が向いているなら好都合だと、何の警戒もなく口を開く。
隣で死王女が『あっ、ヤベ』とキャラ崩壊しながら呟いていることも知らず――ごく普通に名乗りを上げた。
「
『―――――』
時が止まった、気がした。
息が詰まるような静寂。
容易に動くことを許さない、地獄のような空気が流れる。
(あ、あれ……?)
ここでようやく、地藤は自らのミスを悟った。
(これ、もしかして……名乗ったらダメだったやつ……?)
絶対に名乗ってはいけない相手だった。
だが、もう遅い。
地藤優斗は明確に――これ以上ないほど確実に。
『――殺す』
バルナハルトの地雷を、踏んだのだ。
『貴様はッ! 必ず殺す! 確実に殺す! 全てに差し置いても殺すッ! 肉体を切り刻み、粉々にし、復活しようとも無限に殺し続けてくれるッ!』
「えっ」
『不死であることに感謝するがいいッ! この俺が! 四騎士最強の騎士であるこのバルナハルトが! 貴様に生き地獄を見せてやると言っているのだッ!』
「いや、あの……」
『泣き叫び、苦悶の声を上げ、絶望に打ちひしがれながら、この世に生まれてきたことを後悔するがいいッ!』
怒り狂う瞳。
煮えたぎる殺意。
バルナハルトからありったけの憎悪を向けられた地藤優斗は――
「な、なんで⁉」
――めっちゃ困惑していた。
地藤の疑問の答えを知る死王女は、冷や汗をかきながら全力で顔を逸らしていたため、この場で彼の疑問に答えられる者はいない。
哀れ、地藤優斗。
これも全部、メフィラって奴のせいなんだ。あと、死王女。
「僕、またなんかしたっけ……?」
“またなにかやっちゃいましたか――?”の悪いバージョンを素で行く地藤は、自分が再び何かやらかしたのだと考え、必死に頭を回転させる。
今回ばかりは彼は何も悪くないのだが、これも日頃の行いというやつなのだろう。
(バルナハルト、バルナハルト、バルナハルト……何も接点はないはずじゃ……いや、待てよ)
――と、そこで遅まきながら彼は原作知識を思い出した。
「あ、あぁ! そういうことか……!」
ポン、と手を当てて地藤は笑みを浮かべる。
そして、
「メフィラのことか!」
思い出してスッキリした、と言わんばかりの顔で、再びバルナハルトの地雷をぶち抜いた。
『ッ! メフィラ(を惑わせていること)などどうでもいい……!』
「えっ、メフィラ(にちょっかいを掛けられている)のことはどうでもいいの……?」
困惑する地藤だが、これまで何の接点もなかったバルナハルトに恨まれるとすれば、それ以外の理由が思いつかない。
であれば、奴に直接話をさせる方が早い。
地藤は辺りを見渡して――ようやく、気が付いた。
「っていうか、メフィラいなくない……?」
「……お前、今更気が付いたのか」
呆れた視線を向ける鏡のバルナハルト。
地藤は今にも襲い掛かってきそうなバルナハルトを視界に収めながら尋ねた。
「アイツ、どこ行ったの……?」
「さぁな。ただ『要望通り四騎士に戻ったせいで余計な用事が増えた』って言ってたぞ」
『なに――?』
二人の会話を聞いていたバルナハルトは思わず声を上げた。
メフィラが四騎士に戻る――そう言ったのか?
バルナハルトの脳裏に過去の記憶が蘇る。
『ふざけたことを言ってないで、いいから四騎士に戻れッ! 今ならまだ間に合う! 俺から悪魔王様へ言ってやるから……!』
『あのねぇ……四騎士を辞めると言ったのは僕だよ? 言葉を取り消すつもりはないし、戻るつもりなんて毛頭ないよ』
あの時、メフィラは確かに言っていた。四騎士に戻るつもりなんてないのだと。
どれほどバルナハルトが引き留めようとも、彼女は一考することすらなかった。
だというのに――今更になって四騎士に戻るだと……?
しかも、あのメフィラが人の“要望”に従って――?
バルナハルトはもう一度、地藤優斗と名乗る少年を見る。
吸血鬼特有の気配に混じって悪魔の気配もあった。
それは間違いなく、バルナハルトが探していた女のもので――
ブチッ、と何かが切れた音がした。
『
「だからなんで⁉」
話が通じないことを悟り、顔を引き攣らせる地藤。
状況はよく分かっていないが、地藤を徹底的に痛めつけると宣言され、激怒している天羽璃奈と霧島レイ、鏡のバルナハルトが彼を守るために動き出す。
そんな中、元凶の一人ともいえる死王女は心の中で合掌していた。
『さらば、小僧。儂の代わりにぶち殺されてくれ』と。
絶対の殺意を剥き出しにしながら、紅の戦君バルナハルトは進軍を開始した。
♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰
「――始まったようです。行きましょう」
ユリウスの合図に、エクソシストの面々は力強く頷いた。
そして静かに砦の跡地を抜け出し、走り出す。
頭上では再び、神話の如き戦いが繰り広げられていた。
幾千もの星屑が飛び交い、その中を剣士たちが駆け抜け、刃を交えていく。
「地藤さんは約束通り、しっかりと注意を惹きつけてくれているようですね」
死王女モルヴェリア、霧島レイ、天羽璃奈、鏡のバルナハルト。
豪華絢爛な面々が並ぶ中、何故かバルナハルトが執着しているのは地藤優斗だけに見えた。明らかに彼だけを狙って権能を放ち、剣を手に直接殺しに向かっている。
上空で何が起きているかなど欠片も知らないユリウスは、地藤が上手く役目を果たしているのだと解釈した。
気掛かりではあるが――地藤が約束を守っている以上、ユリウスたちも自分たちの約束を果たさなければならない。
無言で瓦礫の中を疾走し、この空間の中央にそびえる砦の本体を目指す。
彼らには空を飛ぶ力はない。
あの超高度に届く攻撃手段も、不死の権能も持ち合わせていない。
ただの無力なエクソシストに過ぎない。
それは、伝説級の才能を秘めている十六夜蓮も同じだった。
覚醒も修練も足りない今の彼では、バルナハルトの脅威には到底届かない。
だが――だからといって何もせず、全てが終わるまで砦の跡地で待つことを良しとする者は一人もいなかった。
ユリウスはその事実を誇りに思う。
誇り高き同志たちの覚悟に報いるため、決意を新たにした。
地面を蹴って跳躍し、目的地――この世界の中央に存在する鉄の要塞へ到達する。
側面を蹴り上がりながら、要塞を駆け上がるユリウス。
後に続くエクソシストたちも、優れた身体能力を活かし、あっという間に要塞の頂上へと到達した。
「さて……では、始めましょうか。皆さん、準備はいいですか?」
振り返り、仲間たちへ問いかける。
ここは建築物として最も標高が高い場所。
おまけに、
けれど、今のままでは届かない。
彼らの脚力はビルを蹴って登れるほど優れているが――その脚力をもってしても、あの夜空にはまったく届かない。
しかし、それで諦めるような心構えなら、そもそもここまで辿り着いてはいない。
届かないのであれば――届かせればいいだけのこと。
「獅子頭ッ!」
「おうよッ!」
八馬継メイは、いつもの喧嘩相手である筋骨隆々の大男の名を呼んだ。
普段ならそのまま口喧嘩に発展する二人だが、この瞬間だけは違う。
獅子頭は力強く応え、自身の祓魔器である金棒を召喚。
両手でしっかりと握り、腰を落として先端を地面へ向けた。
その先端に、ピョン、と八馬継メイが飛び乗る。
小柄とはいえ数十キロの荷重が金棒にのしかかる。
金属がわずかに軋む音がしたが――獅子頭の筋肉はそれをねじ伏せる。
人を乗せた金棒が、ゆらりと持ち上がる。
そして――
「お――らァァァァァァ‼」
獅子頭は下から掬い上げるように、全身の力を一点に集約して金棒を振り抜いた。
八馬継メイの身体は弾かれたように空へと打ち上がる。
空気を裂く音が耳を打ち、彼女はまるでロケットのように宙を突き進んだ。
「次ィッ!」
「お願いします!」
一打で腕が壊れそうになるほどの衝撃。
獅子頭の腕の筋肉が痙攣し、皮膚の下で筋繊維が悲鳴を上げる。
だが彼は痛みを噛み殺し、再び金棒を構えた。
その先端に乗り込んできたのはユリウス。
獅子頭は息を荒げながらも、再び渾身の力を振り絞る。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――‼」
金棒が空気を裂き、ユリウスの身体が真っ直ぐに飛翔する。
宙を駆けるように進み、先に飛んでいた八馬継へと追いつく。
一方、八馬継は上昇の頂点を過ぎ、徐々に高度を落とし始めていた。
二人の軌道が交錯する。
「八馬継さん!」
ユリウスが名を呼ぶと、八馬継は八重歯を見せてニヤリと笑った。
空中で身体を捻り、自身の祓魔器である三節棍を召喚する。
「歯ァ、食いしばりなッ!」
八馬継は空中で三節棍を振り抜き、ユリウスの足裏へ渾身の一打を叩き込む。
衝撃がユリウスの身体をさらに上空へ押し上げ、彼は空を飛べぬ人間とは思えない高度へと達した。
だが――まだ足りない。
「ラス、トォォォォォォ――!」
ぶちっ、と獅子頭の腕の筋が切れる音がした。
痛みが脳天を突き抜ける。
それでも彼は歯を食いしばり、最後の力を振り絞って金棒を振り抜いた。
託された最後の一打に乗っていたのは少年――十六夜蓮。
青い瞳が鋭く輝き、身体が矢のように空へと突き進む。
「八馬継ッ!」
地上で待機していた長谷川がロングソードを投擲した。
ブーメランのように回転しながら飛翔する祓魔器。
落下途中の八馬継はそれを見て三節棍を振りかぶり、タイミングを合わせてロングソードへ打ち付けた。
金属同士がぶつかり合い、火花が散る。
その衝撃でほんの僅かに滞空時間を延長することに成功する。
見事な身体操作と、連携で手にした僅かな時間と、距離。
無駄にするわけにはいかない。
「準備は――⁉」
「できてますッ!」
力強い返事に笑みを浮かべ、八馬継は十六夜蓮とすれ違いざまに叫ぶ。
「いって、きなァァァァ――!」
悲鳴を上げる筋肉を無視し、三節棍を振り抜く。
十六夜蓮の足裏へ打ち付けた衝撃が、彼をさらに上層へ押し上げた。
「……後は頼んだわよ」
もう彼女には空中に留まる術はない。
上空へ昇っていく二つの星を見上げながら、八馬継メイはそっと微笑んだ。
♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰
「蓮ッ!」
先に飛んでいたユリウスは、地上から追い上げるようにして飛び上がってきた同志の名を叫んだ。
まだ修練が足りず、空中での身体操作は覚束ない。
蓮の顔は引き攣っていたが、青い瞳だけは迷いなくユリウスを捉えていた。
「手を――!」
ユリウスは槍を召喚し、蓮に怪我をさせないよう穂先近くを自ら握り込む。
柄の部分を蓮へ差し出すと、蓮は必死に手を伸ばし――その手が、槍の柄を掴んだ。
「準備は⁉」
「できてるッ!」
空中で向かい合う二人。
風が唸り、重力が二人を引きずり落とそうとする。
その中でユリウスの問いに迷いなく頷き、蓮は笑みを浮かべた。
「了解ッ! それじゃあ――行きますよッ!」
ユリウスは空中で身体を捻り、槍を振り回し始めた。
蓮の身体も遠心力に引かれ、二人は空中で巨大な円を描くように回転する。
空気が悲鳴を上げ、槍の軌道に沿って白い線が走った。
そして――
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――!」
渾身の力で槍ごと蓮を投げ飛ばした。
蓮の身体が矢のように空へ突き進む。
星々の間を切り裂き、夜空へ向かって一直線に伸びていく。
最後の推進力を得た蓮は、仲間たちの姿を思い返した。
獅子頭が苦悶の表情を浮かべながら、それでも自分を空へ送り出してくれた瞬間。
八馬継が無茶を押して後押ししてくれた瞬間。
援護しかできない自分を悔やみながら、それでも祓魔器を投げてくれた長谷川の表情。
そして――全てを託して地上へ帰っていくユリウスの瞳。
(無駄にするわけにはいかない)
彼らだけではない。
蓮の妹も、蓮の友人たちも、皆が必死に戦っている。
理不尽の塊のような悪魔を相手に、誰一人として引くことなく挑み続けている。
そんな光景を前にして、自分だけ何もせず隠れているなど――十六夜蓮にはできなかった。
だから、彼はこの機会が与えられたことを心から嬉しく思っていた。
もちろん、託されたものの重さは感じる。
だが、その重さは彼の飛翔を妨げる錘にはならない。
むしろ、確かな推進力となって、彼を上へ上へと押し上げていく。
十六夜蓮は止まらない。
止まることなく、遂にその地点へ辿り着いた。
皆がどうしても彼を押し上げたかった――その場所へ。
上昇が終わる。
ここから先は、堕ちていくだけだ。
けれど、その前にやるべきことがある。
蓮は自身の祓魔器――十字架を模した巨大な大剣を呼び出した。
不安定な空中で剣を振り上げる。
高度を維持できる時間は少ない。
今、この瞬間を逃せば、射程距離ではなくなる。
だから、彼は全力で集中した。
一秒一秒を惜しみ、己の霊力を全て剣へ注ぎ込む。
刀身が青い光を放つ。
霊力が天井なく上昇し、蓮の身体が震える。
全ての想いを乗せ、少年はその剣を振るう。
「
星々を束ねた渾身の一撃が宙を切り裂き、真っ直ぐに直進する。
青い光が夜空を貫き、世界を照らした。
そして、その一撃は確かに届いた。
『ッ⁉』
紅の戦君バルナハルト――ではない。
彼を命懸けで召喚した鉄の大公。
彼が守り抜いていた、巨大な“門”へと。
目も覚めるような青い斬撃が、地獄の門を――確かに切り裂いた。