世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件 作:赤坂緑語
『おのれ……ッ!』
切羽詰まった声。
それが紅の戦君バルナハルトの声だなど、少し前なら誰も信じられなかっただろう。
だが今、彼は明確に焦っていた。
理由は単純だ。
彼が依り代としていた鉄の大公――そして鉄の大公が依り代としていた“門”が、蒼い斬撃によって破壊されてしまったからだ。
依り代が消えれば、必然的に影響力は弱まる。
影響力が弱まれば、彼が支配していた空間に隙間が生じる。
「死王女様! 今です! 空間を掌握してくださいッ!」
驚くほど執拗に地藤へ攻撃を集中させていたバルナハルト。
それは地藤にとってピンチであると同時に、最大のチャンスでもあった。
バルナハルトの厄介さは、圧倒的な手数と、相手の手数を封じる徹底した勝者の戦い方にある。その戦い方こそが、錚々たる面々を同時に相手取ってなお優位に立ち回れていた理由だった。
しかし、完璧だった戦術は、地藤優斗の登場によって崩れた。
彼を仕留めることに躍起になるあまり、他への注意が削がれ、全員を圧殺していた力が減少。
さらに攻撃が一点に集中するなら対策もしやすい。
特に地藤の傍には、彼を絶対に守るウーマンが三人以上いる。ある意味、世界で一番安全な場所にいる地藤は、頼りになる女性陣のおかげで致命傷を負わずに済んでいた。
冷静に戦況を俯瞰していた地藤は、エクソシストたちが見事に仕事をやり遂げた瞬間を、確かに見ていた。
だからこそ、バルナハルトの支配が緩んだ瞬間を逃さず叫んだのだ。
『空間を把握じゃと……?』
「支配権を奪い取れば、バルナハルトはもう“
『……そういうことか! でかしたぞ、小僧!』
地藤の意図を悟った死王女モルヴェリアは両腕を広げた。
空間を己の魔力で染め上げるなど、並の悪魔では到底できない。
だが死王女は並の悪魔ではなく、悪魔の頂点――四騎士の一角だ。
バルナハルトにできることが、彼女にできないはずがない。それどころか、四騎士の中でも特に膨大な魔力量を誇る死王女は、散々死の線を放ってなお魔力に余裕があった。
バルナハルトよりも早く空間を掌握すべく、死王女は魔力を放出する。
世界が、死王女の魔力によって染め上げられていく。
バルナハルトの領域が、狭まっていく。
『ッ! ……
『馬鹿め! それはもうやらせぬわ!』
自慢の技を封じられ、鬱憤が溜まっていた死王女は勝ち誇った笑みを浮かべた。
黒い魔力が赤い魔力を洗い流し、空間の支配権が急速に塗り替えられていく。
バルナハルトの世界が解けていく。
『舐めるなッ!』
自身のアドバンテージを奪われかけていることを悟ったバルナハルトは、激怒しながら死王女の侵略に抗うように魔力を放出した。四騎士同士の魔力が空中でぶつかり合い、世界そのものを賭けた攻防が展開される。
その中を、一つの翼が飛翔した。
銀が混じった黒髪。
真紅の瞳。
地藤優斗だ。
憎き地藤優斗が自ら突進してきたことに、バルナハルトは顔を歪める。
剣を振り抜き、地藤の刀と鍔迫り合いになる。
火花が散り、二人の視線が空中で交錯した。
『地藤、優斗ォォォォォォ――!』
「――私の彼氏に何か用かしら?」
涼やかな声が響く。
純白の翼を備えた少女――天羽璃奈がバルナハルトの背後へと滑り込み、その首筋めがけて双剣を振り下ろした。
そのまま首を撥ねるかと思われたが、四騎士は近接戦でも尋常ならざる力を誇る。
完全な奇襲にもかかわらず、バルナハルトは甲冑に包まれた左腕を掲げ、盾のように受け止めた。
『邪魔をするな小娘ッ!』
機動力の高い天羽璃奈に危機感を抱いたバルナハルトは、左腕で彼女を殴りつけようとする――が。
「人の彼女に何やってんだッ!」
鍔迫り合いを器用に抜け出した地藤優斗の右脚が、バルナハルトの顔面に突き刺さった。
天羽への攻撃は強制的にキャンセルされる。
『貴様らッ――!』
激昂するバルナハルト。
だが、その怒りは余計だった。
「璃奈!」
「うん!」
勝機と見た地藤と天羽は、同時に翼を広げて飛び出した。
先行するのは地藤優斗。当然、バルナハルトは憎き男である彼を仕留めようと剣を構える――が、それ自体が罠だった。
バルナハルトの背後には、すでに璃奈が回り込んでいた。
がら空きになった胴体へ向けて、鋭い軌道で双剣が振り下ろされる。
反射的にガードするバルナハルトだが、天羽に注意が向いた瞬間――今度は地藤優斗が正面から猛攻を叩き込んだ。
『下等種族風情が……!』
屈辱に満ちた声を漏らすバルナハルト。
しかし、その怒りは連撃を止める術にはならない。
地藤優斗と天羽璃奈。
互いを思いやるがゆえに、二人の連携は完璧だった。
動きはまるで一つの生き物のように噛み合い、効率的で、的確で、無駄がない。
怒涛の連撃が嵐のようにバルナハルトへ叩き込まれる。
甲冑が軋み、空気が裂け、衝撃波が周囲へ散った。
このまま封殺されることを良しとしなかったバルナハルトは、死王女との陣地合戦に割いていた魔力の一部を強引に取り戻し、全身から爆発的に放出した。
四騎士の魔力放出は、ほぼ範囲攻撃に等しい。
地藤と天羽は連撃を止め、急ぎ距離を取る。魔力の奔流が空間を揺らし、二人の髪と翼が激しく煽られた。
ようやく攻撃を断ち切ったバルナハルトは、怒りに満ちた瞳で反撃に転じようとするが――
「
『ッ!』
数多の権能群がミサイルのように飛来した。
地藤と天羽を巻き込まぬよう遠方から様子を見ていた鏡のバルナハルトによる奇襲だ。
当然、まともに食らえばバルナハルトとて無事ではない。
『
バルナハルトは膨大な魔力を叩きつけ、強引に権能を解き放つ。
空中で星屑同士がぶつかり合い、相殺されていく。
直撃は免れたものの、今の攻防でバルナハルトは魔力を削られた。
魔力の減少は、空間掌握に割けるリソースが減ったことを意味する。
それはつまり――
『フハハハハハ! 隙を見せたな! 小僧ッ!』
傲岸不遜な死王女に付け入る隙を与えたということだ。
“紅”で染まっていた空間に、“黒”が混じる。
空間の所有権が強引に奪われていく。
傲慢なる王女による簒奪だ。
『今まで好き勝手やってくれたのォ……じゃが、それも終いじゃッ!』
空間掌握によって発動可能だった反則技『
そして――封じられていた力が解き放たれた。
『儂の力、復活!』
喜色の声を上げながら、死王女は人差し指を持ち上げた。
照準をバルナハルトへ合わせ、宣告する。
『
直進する死の線。何度も受けた技だ。
バルナハルトは咄嗟に鎧で受け止めるが、その鎧に微かな傷が走ったのを死王女は見逃さなかった。
『ふん。儂の技を弱らせ、猿真似をし、封じ、完璧に攻略したつもりになっておったようじゃが――貴様、死王女を舐め過ぎじゃ』
確かに死王女の能力はデバフを受けている。
だが、それがどうした、と彼女は鼻で笑う。
威力を減衰させられたのなら、さらに出力を上げればいいだけのこと。
彼女こそが、かつて魔界で“最強”を誇った悪魔の中の悪魔。
生あるものは逃れられぬ宿命、“死”を司る女王である。
さらに。
「斬霞刀・一の型『霧散残月』――!」
霧島レイもまた、己の技を完全に取り戻していた。
死王女の攻撃で怯んだ紅の戦君バルナハルトへ一気に接近し、必殺の剣技を叩き込む。
咄嗟に剣を召喚して受け止めたバルナハルトだったが、衝撃を吸収しきれず、甲冑ごと吹き飛ばされた。
四騎士が隙を晒す――その瞬間を、冷静に捉える狙撃手がいた。
「
天羽璃奈が空中で巨大な銃を構え、トリガーを引く。
バルナハルトの力によって封じられていた長距離砲撃が、ついに火を噴いた。
翡翠色の奔流が一直線に走り、バルナハルトの胴体へ完璧に直撃する。
『お、のれ……!』
肌を焼く破魔の力。
バルナハルトは甲冑の力を最大限に引き出し、全身へ魔力を巡らせながら破魔の奔流を必死に打ち消していく。
だが、回復する暇など与えられない。
怒涛の攻撃が次々と飛来する。
封じられていた力を取り戻したことで、エクソシストと悪魔の連合軍は完全に攻勢へ転じていた。
バルナハルトは、見下していた人間たちに押し込まれているという事実に激昂する。
しかし何よりも――鏡のバルナハルトによる権能相殺のせいで攻勢に転じられず、苛立ちだけが募っていく。
冷静さを欠いたバルナハルトが迎撃に気を取られていたその時――忍び寄る影があった。
「斬霞刀・一の型『霧散残月』!」
霧島レイ――ではない。
刀身は黒く、髪も黒い。
地藤優斗だ。
隙を晒していたバルナハルトの背後へ忍び寄った地藤は、無防備な首筋へ向けて渾身の斬撃を解き放った。
『ッ――‼』
いかに甲冑が頑丈でも、破魔の力を宿した特大の一撃を背後から受ければ踏ん張りは効かない。意識外からの斬撃に備えられるはずもなく、バルナハルトの身体が大きく揺らぎ、堕ちていく。
「みんな! 今です!」
地藤の合図と同時に、全員が一斉に堕ちゆくバルナハルトへ攻撃を叩き込んだ。
死王女の死線が奔り、
天羽璃奈の砲撃が炸裂し、
霧島レイの斬撃が閃き、
鏡のバルナハルトの権能爆撃が降り注ぎ、
そして地藤優斗の斬撃が重なる。
一体の悪魔に対して過剰ともいえる火力。
だが、誰一人としてやり過ぎとは思わなかった。
相手は四騎士――“紅の戦君バルナハルト”。
つい先ほどまで、たった一体で地藤たち全員を圧倒していた化物。
仕留めるべき時に仕留められなければ、やられるのはこちらなのだ。
『……ん』
権能を駆使し、甲冑の力を限界まで引き出し、降り注ぐ追撃を必死に凌ぎながら堕ちていくバルナハルト。
その黄金の瞳に、少年の姿が映る。
エクソシストと悪魔の連合軍をまとめ上げ、絶え間なく攻撃を浴びせてくる猪口才な存在。自らも刀を振るい、不敬にも四騎士へ挑む少年。
ふと、奴がメフィラと並んで歩いている瞬間を幻視し――
バルナハルトの中で、再び何かが
『……くだらん』
堕ちゆくバルナハルトは、ぽつりと呟く。
『くだらん』
一体、何をくだらないと思ったのか。
思おうとしたのか。
『くだらんッ‼』
自らの怒りの源泉を理解することすらなく、バルナハルトは怒りのままに――
全てを解放した。
『オオオオオオオオ――‼』
空間をビリビリと震わせる獣の咆哮。
迸る、尋常ではない魔力。
バルナハルトの全身から無秩序に溢れ出した魔力が、雷撃となり、炎となり、風となり――嵐のように周囲を破壊していく。
地藤は追撃を取りやめ、すぐさま翼を広げて撤退した。
「これは……⁉」
地上へと堕ちていたはずのバルナハルトの身体が、何かに引き上げられるようにして空へと持ち上がっていく。
そして――
『
星屑が展開された。
だが、その規模はこれまでとは比べ物にならない。本来なら空に浮かぶはずの星屑が、ありとあらゆる場所に散りばめられ、地藤、天羽、死王女、霧島レイ、鏡のバルナハルト――彼ら全員を包み込むように四方八方へ展開されていく。
これがすべて放たれれば最後、助かる術など存在しない。
彼らだけではない。
間違いなくこの世界そのものが破壊され、現世にまで飛び火するだろう。
限界まで展開された星屑に空間は悲鳴を上げ、ところどころに亀裂が走り始めていた。
さらに恐ろしいことに――星屑の数は、まだ増え続けている。
『オオオオオオオオ――‼』
獣のような咆哮を上げながら、バルナハルトは限界のその先まで魔力を放出する。
空間の支配権を奪い返すため、死王女との綱引きに使っていた魔力すら投げ捨て、己の器に罅が入るほどの出力を叩き出していた。
自壊すら厭わない、最大の攻撃。
圧倒的な魔力量に空間が悲鳴を上げ、夜空に大きな罅が生じる。
「……おい! これ、まずいぞ! コピーしきれない……!」
鏡のバルナハルトが悲鳴を上げた。
権能特化で生み出された彼女ですら、空間崩壊を招きかねないほどの本気を出したバルナハルトの容量には追従できない。
必死に星屑を複製し続けているが、半分ほどしか再現できていない状況だ。
『小僧! 空間掌握に魔力を回している以上、儂でもあれは撃ち落としきれんぞ!』
バルナハルト最大の奥義を力技で封じている死王女にも、余裕など一切なかった。
『このままでは、あの小僧にこの空間ごと吹き飛ばされかねん! そうなれば奴の容量で現世ごと木端微塵じゃ! じゃから、その――なんとかせい!』
「ま、丸投げですか……⁉」
『貴様が生んだ因縁であろうが!』
嘘である。
原因の一端が自分にあることをすっかり忘れたモルヴェリアは、不敵な態度を崩さぬまま告げる。
『仮にも四騎士の一角であるこの死王女に勝利して見せた男であろう? なれば、儂より劣る小僧にも打ち勝ってみせよ』
「いや、別に貴女に勝利したわけでは――」
『えぇい! ごちゃごちゃとやかましいのぉ! いいからさっさと何とかするのじゃ! 儂だけでなく、皆がそう望んでおる』
死王女が周囲へ視線を巡らせる。
つられて地藤も見渡すと、そこには同じく地藤を当てにして集まってきた仲間たちの姿があった。
天羽璃奈、霧島レイ、鏡のバルナハルト。
地上では十六夜蓮やユリウスたちが必死に撤退しているのが見える。
確かに、この状況をひっくり返せるとしたら――ただ一人。
『さぁ、我が愛しの契約者様――いつものように世界を救ってくるといい』
何度も世界を救ってきた地藤優斗しかいない。
「優斗君……」
どうしたものかと考え込んでいた地藤の名を呼ぶ、凛とした声。
そこには、不安そうな表情をした彼の恋人がいた。
彼女がどうしてそんな顔をしているのか。
地藤には容易に想像がついた。
『信じても、いいんだよね……?』
不安で揺れる瞳。
地藤優斗以外の全てが嫌いだと、子供のように泣いていた彼女。
天羽璃奈は心配でしょうがないのだ。
また地藤が無茶をしないかどうか――自分の前から居なくならないかどうか、心配で仕方がない。
彼女にそんな顔をしてしまったことが申し訳なくて――だけど、言葉に出したからには応える義務があると自身を奮い立たせる。
地藤は微笑んで見せた。
「大丈夫だよ、璃奈。何とかして見せるから。僕を信じて」
「……うん。分かった。信じているよ、優斗君」
地藤は力強く頷き、夜空に敷き詰められた星屑を見上げた。
そして、夜空へ手を伸ばすように左手を掲げ――
「“
取り戻したその力を、静かに発動させた。
♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰
“
戦うことしか知らなかった幼い頃、彼が無鉄砲に突進を仕掛けると、あの女はいつも悪戯っぽく笑いながら、その単語を呟いた。
そうして気が付けば、彼は地面に這いつくばっていた。
もう随分と昔の話だ。
彼が幼く、彼女がまだ四騎士だったあの頃。
今にして思えば――バルナハルトの望みはあの時間にあったのかもしれない。
あの頃へ戻ることこそが、彼の唯一の望みだったのかもしれない。
そんなことを不意に思ったのは、あまりにも懐かしいその言葉を、今また耳にしたからだ。
「“
あの女だけが使えたはずの権能。
バルナハルトですらコピーできなかった特別な力。
彼の権能は“武器として認識できる攻撃性能の権能”しか複製できない。
発動条件によって姿を変えるこの権能は、どうしても扱えなかった。
だからこそ、これは特別なものだと思っていた。
あの女だけに許された、唯一無二の力だと。
だが、その力が使われている。
あの女ではない、ただの少年に。
元は人間だという、名も知らぬ少年に。
バルナハルトの胸に、再び激昂が走る中、メフィラの権能を使用する地藤優斗は死王女モルヴェリアへ視線を向け、問い掛けた。
「“地藤優斗は、四騎士死王女モルヴェリアに勝利した――これは事実か?”」
『
苦々しい表情ながら、死王女はそれを認めた。
単純な戦闘能力なら死王女の圧勝であり、それは今も変わらない。
だが彼女は敗北した。
地藤の命を奪えず、厄介な契約まで結ばされたのだ。
これを敗北と言わず、何と言うのか。
死王女は潔く己の敗北を認めた。
あのプライドの高い死王女が敗北を認めたことに衝撃を受けるバルナハルトだが、すぐにそんなものはどうでもいいことだと切り捨てた。
今の四騎士最強はバルナハルトに他ならない。
だからこそ、今となっては全てがどうでもいい。
死王女も、メフィラも、どうでもいいのだ。
だから、全てを粉砕すべく、権能を解放しようとして――
「“地藤優斗は、四騎士メフィラの加護を受けた人間であり、彼女と
『――』
地藤優斗が紡いだ言葉に動きを止められた。
あの少年とメフィラが対等だと? そんなことがあるはずが――
「“
『……』
バルナハルトは想像してしまった。
メフィラが、気まぐれで権能を貸し出すのかどうかを。
あの悪魔は気分屋に見えてその実、合理的な悪魔だ。
自身に益があると思ったことにしか手を貸さない。
それはつまり、地藤優斗であれば“
『ッ!』
思わず歯を食いしばるバルナハルト。
衝動的に権能を解放して全てを破壊しようとするが、地藤の言葉でまたも動きを止められることになる。
「“さらに、地藤優斗は
『な、に……?』
恐ろしいことに、紛れもない事実である。
地藤は己の彼女にちょっかいを掛けた悪魔王に激怒し、その顔面を殴りつけ、挙げ句の果てに魔界へ強制送還するという偉業まで成し遂げている。
あまりの暴挙に思わず動きが止まるバルナハルト。
そして、地藤優斗は結論を口にした。
「“これまでの実績を省みるに、地藤優斗には資格があるはずだ。悪魔たちの頂点――
『――――』
言葉を失うとは、このことだ。
バルナハルトはあまりの馬鹿馬鹿しさに――あまりにも傲慢極まりないその言動に絶句し、声を失った。
悪魔と契約しただけの元人間風情が、四騎士に成り上がるだと?
そんなこと、許されるはずがない。
だが、地藤優斗は止まらない。
世界の法則を捻じ曲げ、歪め、破壊する。
それこそが、彼と彼の契約者の本領なのだから。
「“紅の戦君バルナハルトよ。あなたは、地藤優斗が悪魔四騎士に名を連ねることを認めるか?”」
『認めるはずがないッ!』
血を吐くような声で、バルナハルトは断言した。
当然だ。
誰が認めるものか。
こんな茶番、まかり通っていいはずがない――
「……
その言葉は、己がもっとも忌むべき存在から発せられた。
バルナハルトの写し身たる、小柄な少女――鏡のバルナハルトの口から。
「“バルナハルトの許可を得た”」
『ふざけるなッ! 俺はそんなこと断じて認めんぞ⁉ だいいち、その小娘は虚像であろうがッ!』
「“悪魔王の命令に従い、現世を破壊することなく戦君としての力を振るっているのは彼女だ。彼女こそが四騎士に相応しい。だから、僕は彼女こそがバルナハルトだと断じよう”」
暴論。
暴論以外の何物でもない。
バルナハルトは口汚く地藤を罵り、星屑を解放しようとするが――死王女、鏡のバルナハルト、天羽璃奈、霧島レイが咄嗟に地藤を守るために動く。
仲間たちに守られた地藤優斗は、これまでにない規模で“
「“死王女モルヴェリアよ。貴女は、地藤優斗が四騎士に名を連ねることを認めるか?”」
『業腹じゃが……
現役の四騎士にして、かつて“最強”の名を冠した死王女モルヴェリアが――その存在を認めた。
世界は“名”と“実績”を重んじる。
死王女の計り知れないネームバリューと実績が、地藤の屁理屈に強引な信憑性を与えていく。
「“如月メフィラに関しては言うまでもない。現四騎士である彼女は、僕を対等だと
現役四騎士のうち、三名がその存在を認めた。
一名は虚像とはいえ、認知は認知だ。
つまり。
「――地藤優斗は四騎士ということになる」
ただの屁理屈だったはずの“嘘”は、“真”へと変わる。
屁理屈が実を結び、現実を改変していく。
怒りで我を失ったバルナハルトのミスを突いた機転。
ここが現世ではない空間だからこそ可能となった反則。
諸々の条件が噛み合い、地藤優斗は四騎士の条件を満たしていないにもかかわらず――限定的に
純正の悪魔でもない人間が。
原種の吸血鬼混じりの混血が。
悪魔たちの最上位へと上り詰める。
悪い冗談だ。だが、その冗談は――限定的に現実となる。
そして――
【地藤優斗は、悪魔四騎士の一員となった】
『ふざ、けるなッ――‼』
己が勝ち取った誇りある絶対の地位――四騎士。
その座を穢そうとする者がいる。
ただの屁理屈で、その座へ上り詰めようとする者がいる。
そんな狼藉、許せるはずがない。
バルナハルトは瞳を血走らせ、必死に訴える。
『そもそも貴様! 悪魔ではないだろうッ! 吸血鬼混じりの人間の分際で、悪魔四騎士を名乗れるはずがなかろうがッ! 第一、四騎士の座は既に埋まっている!』
「ん? 純正の悪魔しか四騎士を名乗れないって、誰が決めたんですか?」
『なに――?』
「いや、だって“悪魔四騎士”と言っているだけで、悪魔の四騎士である必要性があるとはどこにも書いていないですし。“悪魔の契約者”だって、条件を満たせば四騎士になれるでしょ。それに座の話ですが……悪魔王が兼任するくらい条件が緩々なら、一人くらい増えても大丈夫だと思います」
『――――』
バルナハルトは再び絶句した。
屁理屈が過ぎる。
そんな馬鹿な、とツッコミを入れずにはいられない暴論。
だが――そんなバカげた屁理屈を通すのが、
事実、地藤優斗の魔力は信じられないほど跳ね上がっていた。
死王女モルヴェリア、如月メフィラ、紅の戦君バルナハルトと比べても遜色ないほどに。
「まぁ、そんなわけなんで、新参者ですがどうぞよろしくお願いしますよ――」
己の戦闘能力を上昇させることに成功した地藤優斗は、不敵に笑い、
銀と黒の翼を大きく広げた。
「――先輩ッ!」
新たなる悪魔四騎士が飛翔する。
星屑が解き放たれ、四騎士たちによる戦いの幕が――今、切って落とされた。