世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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第93話:お前には負けない件について

 

 バルナハルトにとって、“悪魔四騎士”の名は決して軽いものではない。

 

 それは己の価値を示す地位であり、誇りであり――そして、本来ならあの女が座るべき椅子だ。

 断じて軽んじられていいものではない。

 ましてや、ただの人間だった小僧に汚らしい手段でその座を穢されるなど、耐えられるはずがない。

 

戦君の勲章は星屑のように(ウォー・バッチ・スターダスト)――‼』

 

 憤怒に染まった顔で、バルナハルトは四方八方に待機させていた権能へ号令を出した。

 

 星屑が一斉に迫りくる。

 仲間たちが身構える。

 しかし、地藤は焦ってはいなかった。

 

 強引に四騎士へと階位を繰り上げた地藤優斗にはいくつかの恩恵を受けていた。

 その一つが、魔力量の爆発的な上昇だ。

 原種の吸血鬼となったことで“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”をほぼ無尽蔵に使えるようになっていた地藤だが、それでも出力には限界があった。

 元人間ゆえに、魔力の“蛇口”がどうしても狭かったのだ。

 

 だが、四騎士の座を限定的に襲名したことで、その性能は激変した。

 

 ただでさえ多かった魔力量がさらに倍以上に跳ね上がり、水道の蛇口程度だった魔力の出口は、今やプールの排水口ほどに広がっている。

 入り口が広がれば、できることは一気に増える。

 地藤は銀と黒の翼を広げ、空へと飛び出した。

 

「“悪魔四騎士の屁理屈(ナイト・ワンダー・トリック)”――発動」

 

 存在の階位が上がったことで大幅に強化された権能が、空間に響く。

 

「“僕はこの世界まで“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”を使い、空間を切り裂いてやってきた。つまり、強化された今の僕なら、巨大な空間を切り裂くことができるはずだ」

 

 地藤はこの空間を見つけるため、オリジナルのバルナハルトと鏡のバルナハルトの“縁”を辿り、“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”で空間を切り裂いてここへ来た。

 その事実を曲解し、捻じ曲げ、屁理屈で現実を改変する。

 四騎士の魔力によって世界の法則が暴力的に歪んでいることを確認し、地藤は刀を振り上げた。

 

「斬り裂け、斬霧刀ッ!」

 

 虚空へ向かって黒刀を振り下ろす。

 切っ先の軌跡に合わせて空間に黒い線が走り、やがて罅が入り――()()()()()()()()()()()()()()

 

 地藤たちが出現した時の裂け目が“扉”だとするなら、今生まれたのは巨大な“()”だ。

 開かれた歪なる門は、ブラックホールのように迫り来る権能群を呑み込んでいく。

 

 防ぎきれない攻撃なら――他所へ飛ばしてしまえばいい。

 

 そんな大胆で適当な発想から生まれた地藤の防御手段は、驚くほど上手く機能していた。

 しかし、真正面からの攻撃は異空間へ通じる“門”に吸収できても、バルナハルトの攻撃は四方八方から降り注ぐ。

 故に、そこから先は他の四騎士たちの出番だった。

 

死王女の乱舞(モル・ヴェラ)――!」

 

 力を取り戻した死王女モルヴェリアが、嬉々として魔力を解き放つ。

 生まれた数千本の死の剣が射出され、バルナハルトの権能を次々と打ち消していく。

 その反対側では、赤髪褐色の少女――鏡のバルナハルトが淡々と力を解放していた。

 

戦君の勲章は星屑のように(ウォー・バッチ・スターダスト)――‼」

 

 自壊も厭わない本気のバルナハルトを完全再現することはできないが、彼女は本来バルナハルトへのカウンターとして生み出された存在だ。

 オリジナルの力が弱まっている今、彼女は自身の仕事に専念することができる。

 展開した数多の星屑を解放し、オリジナルの攻撃を次々と相殺していく。

 

穿光の砲陣(シルバー・バスティオン)――‼」

 

 戦っているのは四騎士だけではない。

 天羽璃奈は的確な射撃で権能を撃ち落とし、

 

「斬霞刀・一の型『霧散残月』――!」

 

 霧島レイも刀を振るい、権能を切り裂いていく。

 

 四騎士三名に、エクソシストたち。

 いかにバルナハルトといえど、分が悪い戦力差が生まれつつあった。

 

 さらに――

 

「“悪魔四騎士の屁理屈(ナイト・ワンダー・トリック)”――発動」

 

 地藤優斗は静かに左腕を持ち上げ、指を擦り合わせる。

 そして、悪辣な言霊を紡いだ。

 

「“今、この空間には()()()()()()()()()()()。それは大いなる矛盾だ。矛盾は正されなければならない。消え去るべきは悪魔王の命に背き、現世ごと破壊しようとしている男性のバルナハルトの方だろう”」

 

 パチンッ、と指が鳴る。

 その瞬間、言葉が世界に浸透した。

 

『ッ⁉』

 

 バルナハルトの身体にノイズが走る。

 本来なら魔力干渉など受け付けない“戦君の紅蓮甲冑”だが――その防御を上から貫通し、地藤優斗の“悪魔四騎士の屁理屈(ナイト・ワンダー・トリック)”が彼をこの世界から退去させようと干渉してきたのだ。

 

『ッ! 舐める、な――!』

 

 バルナハルトは全身から紅蓮の魔力を放出する。

 それだけでノイズは一度引くが、すぐに押し寄せる波のように再び干渉が襲い掛かってきた。鬱陶しいにも程がある。

 

『おのれェ……!』

 

 地藤優斗にいいようにされている屈辱に歯を食いしばるバルナハルト。

 

 本来の彼なら、一度引くことも考えただろう。

 バルナハルトの恐ろしさは権能の強さではなく、それを使いこなす戦闘IQにある。

 冷静な彼なら、プライドなど気にも留めず撤退し、後日完璧な対策を持って再侵攻したはずだ。

 

 だが、今の彼は冷静ではなかった。

 

 己の心を最もかき乱す“あの女”の影がちらつく。

 その影を背負う少年が、よりにもよって、あの女の能力を使って四騎士を自称している。

 

 許せるはずがない。

 認められるはずがない。

 

 だから。

 

『オオオオオオオオーー!』

 

 バルナハルトは吠えた。

 やせ細った狼のように。

 喰らうことしか知らぬ獣のように。

 

『俺は、最強だッ!』

 

 ただ一つ、拠り所にしていた己の真価を叫ぶ。

 

『誰にも負けはせん! 立ち塞がるものは殴り、串刺しにし、穿ち、壊し、犯す!』

 

 これまでずっと、そうしてきた。

 それだけが正しいと信じてきた。

 

『俺こそが戦いの化身! 比類するものなき四騎士――紅の戦君バルナハルトだッ!』

 

 気炎を吐き、バルナハルトはさらに権能を生み出していく。

 とっくに限界は迎えている。

 だが、それでも譲れぬものがあった。

 

『地藤、優斗ォォォォォォ――!』

 

 狙うはただ一人。

 他の者に負けることがあったとしても、この男にだけは負けたくない。

 道連れにしてでも仕留めてみせる。

 その覚悟で、バルナハルトは力を振るう。

 

 執拗に周囲を取り囲むバルナハルトの権能。

 自分が標的にされていることを理解している地藤は、銀と黒の翼を大きく広げ――自ら、その中心へと突っ込んでいった。

 

 四騎士の力を手に入れたとはいえ、自殺行為にしか見えない特攻。

 冷静さを失っているバルナハルトは、その意図を読み取ることもできず、八つ当たりのように権能を乱射する。

 

 四方八方から迫りくる攻撃。

 先ほどのように空間を切り裂いて“門”を開く暇はない。

 そもそもあれは真正面からの攻撃を防ぐためのものだ。

 今の状況では役に立たない。

 

 このままでは直撃する。

 不死殺しの権能が混じる攻撃を喰らえば、いくら四騎士でも無事では済まない。

 

「“悪魔四騎士の屁理屈(ナイト・ワンダー・トリック)”――発動」

 

 地藤の口が動き、滑らかに言霊を紡ぐ。

 

「“地藤優斗はメフィラの契約者である。メフィラは彼に悪魔としての権能を貸し出す許可を出している”」

 

 迫りくる権能を前に、地藤は淡々と事実を告げる。

 

「“そのメフィラは今、“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”だけではなく、()()()まで手に入れている”」

 

 それもまた事実だ。

 彼女は“鏡の大公”からその力を簒奪し、

 その力をもって“鏡のバルナハルト”を創造した。

 

 つまり――

 

「“彼女の契約者にして、同格の四騎士でもある僕が、その力の一端を使えないはずがない。そうだろう――?”」

 

 強化された“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”が世界を騙す。

 ここではないどこかで、報せを受けたメフィラは唇を吊り上げて笑い――そのまま許可を出した。

 

『いいよ。僕の力は君の力だ。好きにするといい、我が愛しの契約者様』

 

 ここに屁理屈が成立する。

 飛翔する地藤優斗へ、新たな権能が貸し出される。

 

 その瞬間――四方八方から迫っていた権能が地藤に突き刺さった。

 

 不死殺しの槍が身体を貫き、雷が顔を吹き飛ばし、死の剣があちこちを串刺しにする。

 憎き人間を仕留めたバルナハルトは快感に顔を緩めた――が。

 

 パリンッ。

 

 鏡が割れるような音とともに、串刺しにされていたはずの地藤優斗が砕け散った。

 正確には、その()()が。

 

『なにッ――⁉』

 

 その光景を知っている。

 あれは間違いなく、“鏡の大公”の力だ。

 

 地上で蠢くエクソシストたちを一掃したと思った瞬間、世界が割れ、すべてが虚像だったことを知った――あの時と同じ。

 

 鏡の大公の力を奪った者の正体を、バルナハルトは知っている。

 故に、地藤優斗が何をしたのかを即座に悟った。

 

『貴様ッ! どこまで俺を愚弄すれば気が済むのだ――⁉』

 

 激昂したバルナハルトは、さらに苛烈な爆撃を浴びせる。

 だが、飛翔する地藤に命中したと思っても、すぐに鏡が割れる音とともに虚像であったことを知らされる。

 

『おのれッ! 猪口才な真似を……!』

 

 戦闘系の権能をコピーできる破格の力を持つバルナハルトだが――その反面、探知や索敵は滅法弱い。

 故に、虚像の真価を見抜く術を持ち合わせていないのだ。

 己の弱点を的確に突いてくる少年に歯噛みしながら、それでもバルナハルトにできることは権能を放つことだけ。

 

 迫りくる。

 あの少年が、翼を広げ、虚像を纏い、迫りくる。

 

『ッ! 好都合だ――!』

 

 バルナハルトは己の内に微かに生じた“恐れ”を気迫で塗りつぶし、“戦君の剣(ウォー・ソード)”を召喚して宿敵を迎え撃つ。接近戦の間合いまで持ち込んだ地藤優斗は、攻撃できない虚像を解除し、己の刀を振りかぶった。

 

 互いの刃が真正面から衝突する。

 鍔迫り合う刃。

 

 黄金と、真紅。

 

 刀身越しに、互いの瞳が交錯した。

 

『地藤、優斗ォォォォォォ――!』

「やぁ、バルナハルト。こうして真正面から話し合うのは初めましてだ、ねッ!」

 

 地藤は刀に力を込め、膂力で鍔迫り合いを押し切る。

 四騎士へと階位を上げたことで、その膂力も大幅に上昇していたからこそ可能になった芸当だ。

 

 しかし、バルナハルトもまた現役の四騎士であり、何より優れた戦士である。

 即座に態勢を整え、反撃の斬撃を放つ。

 地藤はそれを難なく受け止め、カウンターで斬撃を返した。

 空中で瞬く間に交錯する刃。

 斬撃で構成された嵐が周囲の空間を切り裂いていく。

 

『貴様はッ! 貴様だけは許さん……!』

「なんで許してくれないのか理由を説明してよッ!」

『そんなものは俺も知らぬッ!』

「理不尽すぎない⁉」

 

 剣戟の最中で交わされる会話。

 地藤のもっともな指摘に対し、バルナハルトは言葉ではなく斬撃で返した。

 

 地藤は空中で身を捻って攻撃を回避し、反撃の突きをお見舞いする。

 武骨な剣で受け流され、即座に反撃が飛んでくる。

 地藤もまた素早く剣を引き戻し、剣戟を受け止めた。

 

 鍔迫り合いとなり、膠着状態に陥る。

 

 バルナハルトは黄金の瞳に憤怒の炎を宿しながら地藤を睨みつけた。

 

『貴様は四騎士の名を侮辱し、そして俺を侮辱したッ! 貴様を殺す理由など、それで事足りるッ!』

「……じゃあ、メフィラは関係ないと?」

『関係など、ないッ!』

 

 力強く断言するバルナハルト。

 だが、その言葉が虚勢であることを地藤は見抜いていた。

 

「嘘は、良くないよッ!」

『黙れッ!』

 

 バルナハルトの背後に権能が渦巻く。

 こんな近距離で発動させれば、発動者であるバルナハルトとて無事では済まない。

 だが――地藤を道連れにできるのであれば構わない、というのが彼の心境だった。

 

 だが。

 

死王女の指先(モル・ヴェス)――!」

戦君の勲章は星屑のように(ウォー・バッチ・スターダスト)――‼」

穿光の砲陣(シルバー・バスティオン)――‼」

 

 遠方より飛来した数多の攻撃が、あっという間にバルナハルトの権能を射抜き、破壊した。

 参戦してくるつもりかと警戒するが、彼女たちの援護射撃はバルナハルトの権能を破壊するに留まり、真正面から斬り合う二人に干渉する素振りはない。

 単純に二人の戦闘スピードが速く、誤射の可能性があるため手を出しづらいのだろうが――バルナハルトは、地藤優斗が何かを言ったのだろうと直感していた。

 

『貴様……!』

「あなたとメフィラとの間に何があったのかは知らないけれど――」

 

 憤るバルナハルトに対し、地藤優斗はあくまで冷静さを保っていた。

 剣戟を受け止めながら、真紅の瞳で真実を告げる。

 

「僕に八つ当たりしたところでどうにもならないよ」

『ッ!』

 

 バルナハルトの表情が歪む。

 地藤は油断せず鍔迫り合いを保ちながら続ける。

 

「だってそうでしょう? あなたが話をしたいメフィラはここにはいない。直接話ができないんなら、あなたの想いだって通じない。話し合わなきゃ――話し合ったって通じないことの方が多いのに、メフィラと関係がある僕に恨みを抱いたって、どうにもならないじゃないか」

『…………れ』

「あなたは諦めることすらできず、ただ自分勝手に暴れているだけだ」

『…………まれ』

「そんなんじゃあ、いつまで経っても願いが叶うことなんてない――」

『だまれェェェェェ――‼』

 

 血を吐くような声が響き渡った。

 

『なぜ……なぜ、貴様が……!』

 

 バルナハルトは荒れ狂う魔力を放出し、地藤を強引に弾き飛ばした。

 空中で体勢を整えた地藤は咄嗟に刀を掲げ、猛然と斬りかかってきたバルナハルトの斬撃を受け止める。

 

『どうして貴様なのだッ!』

 

 ――どうして、メフィラは地藤優斗を選んだのか。

 

 魂を剥き出しにしたようなその叫びには、疑問、嫉妬、そして……憧憬が混じっていた。

 

(あぁ、そうか)

 

 地藤優斗は理解した。

 

(そういうことだったのか)

 

 ようやく、バルナハルトの“核”が見えた。

 

(コイツは、僕と()()()――)

 

 嘗ての記憶が蘇る。

 

 地藤優斗の原罪。

 “世界のため”と必死に言い訳しながら、自分の本心を覆い隠した日々。

 十六夜蓮に嫉妬し、思い通りにならない世界を憎んだ。

 自分が正しいと思い込み、相手を顧みずに誤った道を突き進み――結果的に、全てを失いかけた。

 

 言うなれば、バルナハルトは誤った道を突き進み続けた地藤優斗の()()のような存在なのだ。

 何も顧みず、全てを破壊し尽くし、その果てに何も残らなかった存在。

 

 だとしたら。

 

 ――コイツは、気に食わない。

 

 同族嫌悪と言えばそれまでだが、

 自分が辿っていたかもしれない末路を見て愉快になる人間などいない。

 

 だから。

 

「なぜ、どうして……そんなこと、僕には分からないし、言っても意味のないことだよ」

 

 地藤優斗は真紅の瞳で真正面からバルナハルトを睨みつける。

 

「絶望する気持ちは分かりたくもないけど、()()()……だけどね、それで周りに八つ当たりして、全部を壊して……それで、どうなるんだ? どうにもなりはしないだろう」

『ッ! うるさいッ! 俺は俺の思うようにやるだけだッ!』

「……そうか。じゃあ、はっきりしたね」

 

 結論は出た。

 

「お前には、()()()()

 

 地藤優斗は刀を握る手に力を込め、力強く宣言する。

 

「お前には、絶対に負けないッ――!」

 

 何故なら、地藤優斗は既にそこを乗り越えている。

 過去の自分に、誤った末路に、負けるわけにはいかないのだ。

 

『ほざけッ! 小僧ッ!』

 

 負けるつもりがないのはバルナハルトも同じ。

 剣を振り上げ、地藤優斗へと真正面から戦いを挑む。

 

 四騎士たちの剣が振り上げられ、空中で真正面から衝突した。

 小細工など何もない、力任せの剣技。

 互いの魂をぶつけ合うような、荒々しい剣技が空間を揺らす。

 

『オオオオオオオオ――!』

「ッ!」

 

 嵐のような連撃を放ち続けるバルナハルト。

 対する地藤優斗は――やはり冷静だった。

 真正面から受け止めるのではなく、荒々しい攻撃を受け流し、流れるような動きでカウンターを放つ。

 バルナハルトは捉えどころのない地藤の剣技に苛立ちを募らせながらも、力で押し切ろうと猛攻を続ける。

 

 力と、技。

 絶望した悪魔と、希望を見出した少年。

 対照的な二人の剣戟が、崩れ始めた世界の中で響き渡る。

 

 刃と刃が幾度となく交錯し、火花が散り、空間が震え、空気が裂ける。

 隙を見て互いの拳が飛び出し、強かに互いの顔面を打ち付ける。

 殴られた瞬間、空気が震え、衝撃が波紋のように広がる。

 だが、二人とも恐ろしいほどに打たれ強い。

 

 殴られれば殴り返し、斬られれば斬り返し、拳と刃が交互に飛び交い、空中で二つの影が激しくぶつかり合う。

 

「斬霞刀・一の型『霧散残月』――!」

『斬霞刀・一の型『霧散残月』――!』

 

 銀霧を纏った同じ斬撃が生まれ、真正面から衝突する。

 地藤優斗は銀と黒の翼から魔力を噴き上げ、空中でバランスを取りながら鋭い犬歯を剥き出しにした。

 

「また猿真似か、お前……!」

『この俺に技を見せた貴様らのミスだッ!』

 

 同等の力を発揮し鍔迫り合う中――不意に、バルナハルトは邪悪な笑みを浮かべた。

 

『ついでに、これも貴様の言う猿真似だッ!』

「ッ!」

 

 二人を取り囲む圧倒的な数の権能。

 地藤は目を見開いた。

 この距離で解放すれば、地藤だけでなくバルナハルト自身も――

 

『貴様を殺せるなら些末事だッ! さぁ、苦痛に歪んだ顔でこの世を去れ――!』

「歪み過ぎだろ、お前……!」

 

 焦りを滲ませる地藤の声。

 外側から見ていた女性陣が慌てて援護射撃を放つものの、密かにリソースを全てこちらへ回していたバルナハルトが自壊覚悟で展開した権能の数は圧倒的だった。

 周囲をぐるりと取り囲む権能はまるで外壁のようで、生半可な攻撃では突破できまい。

 己の勝利を確信したバルナハルトは叫ぶ。

 

『俺の勝ちだッ!』

 

 それは同時に己の死を意味していた。

 だが、今のバルナハルトにとっては、目の前の少年を道連れにすること以外に目的などない。

 故に、躊躇なく権能を解放する。

 

 地藤優斗に避ける術はない。

 空間を切り裂いて出現させた“門”も、鍔迫り合いに持ち込んだことで発動を封じられている。

 そして今は刀身が実体化している以上、虚像でもない。

 

 冷静な戦闘IQの一端を取り戻していたバルナハルトは、()()()()()()()――近接戦によって“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”が封じられること――を見抜いていた。

 故に、この瞬間を狙っていたのだ。

 

(あぁ……これでようやく、終われる)

 

 最後の瞬間、バルナハルトの脳裏に浮かんだのはそんな感慨だった。

 

 自分は疲れていたのかもしれない――

 今際の際になってようやく気付いたバルナハルトは、鈍感な自分自身に苦笑しながら、終わりを迎えようと目を閉じ――

 

『悪いが……チェックメイトじゃ、バルナハルト』

 

 ――死王女の声が響いた。

 同時に、空間の位相が変化する。

 

 バルナハルトは思わず動きを止め、周囲を見渡した。

 

 彼が展開した権能が、一つ、また一つと消滅していく。

 燃え尽きる流星のように、星屑が消えていく。

 

『こ、これは――!』

「悪いけど、この空間は完全に乗っ取らせてもらったよ。死王女様と、僕と、鏡のバルナハルトでね」

 

 鍔迫り合いながら、地藤はなんてことない表情で答えを口にした。

 自分が付け狙われていると分かっていながら、どうして単騎でバルナハルトへ戦いを挑んでいたのか。

 

 その理由が――これだ。

 

「僕に時間を取り過ぎたね。貴方の敵は、ここにいる全員だというのに」

 

 時間稼ぎ。それが地藤の役割だった。

 幸いにも地藤は(無意識のうちに)バルナハルトの地雷を踏み抜き続けており、何もしなくとも勝手に地藤だけを狙ってくれるようになっていた。

 そうなれば、他の面々の手が空く。

 地藤自身が悪魔四騎士へと階位を上げるという反則のお陰で大幅に強くなったこともあり、気がつけばバルナハルトは地藤以外の四騎士たちを自由にさせてしまっていた。

 

 死王女モルヴェリア、鏡のバルナハルト、そして地藤優斗。

 悪魔四騎士のうち三体が協力し合うことで、空間の所有権をバルナハルトから簒奪することに成功したのである。

 これでもう“戦君の帝国領域(ウォー・ドミニオン)”は発動できず、星屑も今までのように桁違いの数を展開することはできない。

 

 展開できている僅かな権能も、天羽璃奈と霧島レイによって即座に撃ち落とされていく。

 キングの周囲に駒はなく。

 正しく死王女の言う通り、“チェックメイト”だった。

 

『ッ! 貴様ッ!』

「言っただろ――」

 

 冷徹で冷静な声が刃の向こうから響く。

 一瞬、周囲に意識を割いていたバルナハルトは対応が遅れた。

 いつの間にか鍔迫り合いを抜け出していた地藤は、バルナハルトの剣を見事な剣技で弾き飛ばし、刃を振り上げていた。

 

 そして――

 

「――お前には、負けないって」

 

 この戦いの幕引きとなる一閃を放った。

 

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