世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件 作:赤坂緑語
地藤優斗が放った剣閃が、バルナハルトの身体を切り裂く。
既にバルナハルトは満身創痍の状態であった。
自壊を厭わず権能を最大数まで展開し、世界を掌握するために膨大な魔力を放出し、さらに死王女やエクソシストたちの攻撃を全身に受け続けていたのである。
そんな状態でもなお、全員を圧倒するほどの力を見せていたバルナハルトの脅威は凄まじかったが――どんなものにも終わりはある。
命にも、戦いにも、終わりは来る。
己の限界をとうに超えていたバルナハルトに刻まれたその一撃は、正しく終幕を告げる一太刀であり――
『がっ――』
崩れる。
音を立てて崩れていく。
紅の戦君が。
四騎士最強の男が、崩壊していく。
刻まれた一撃が最後のトリガーとなり、無茶を押し通していたバルナハルトの身体に罅が走る。
先ほどまで狂気に駆られていた表情は、今は己の生命が終わりつつあるという恐怖で歪んでいた。
『ま、だ……だ……!』
だが。
そんな状態でもなお、バルナハルトは足掻いていた。
地藤優斗は目を見開く。
その尋常ではない諦めの悪さ。
地藤にとっては難癖ばかりつけてくる妙な男だったが――それでも確かに、バルナハルトは悪魔四騎士の頂点に立つ男だった。
「……もう、終わりにしよう」
地藤は静かに剣を構えた。
バルナハルトに敬意を払っての言葉である。
放っておけば全てを破壊しようとする彼を、生かしておくわけにはいかない。
だからせめて、少しでも早く楽にしてあげよう――それが地藤なりの慈悲だった。
『ふざ、けるな……! おれはまだ、終わっていない……! まだ、なにも
「……」
気に食わない全てを破壊し、この地位まで上り詰めてきたバルナハルト。
だが、彼の心は全くと言っていいほど満たされていなかった。
本当に欲しいものが何なのか。
己の心すら分からないまま、ずっと迷子になり続けていた。
一歩間違えばそうなっていた地藤は、思わず憐れみの表情を浮かべた。
同情せずにはいられない。
だが、同時に見てもいられない。
手早く終わらせようと、地藤は刀を振り上げ――
「……ちょっと待ってくれ」
静かな声が響き、地藤は手を止めて振り返った。
そこには、今回の戦いのキーマンである赤髪褐色の少女――鏡のバルナハルトがいた。
「……私に考えがある。コイツが拒否したり、暴れたら斬っていいから、少しだけ待ってほしい」
「……」
地藤は真紅の瞳で鏡のバルナハルトを見つめる。
黄金の澄んだ瞳はいつものように眠たげでやる気はなさそうだが――その奥には、力強い炎のようなものが渦巻いていた。
「……うん。分かった。だけど、危ないと思ったらすぐに介入するからね」
「どうも」
刀を下ろした地藤は二人から少し距離を取る。
だが、その視線は油断なく、消滅しかけのバルナハルトを睨み続けていた。
軽く手を振って礼を述べた鏡のバルナハルトは、浮遊しながら自身のオリジナルへと近寄る。
『なんの用だ……! 偽物風情が……』
「……消えかけているのにそのプライドの高さは、やっぱり四騎士って感じだな。私のオリジナルっぽくはないけど」
肩を竦めながら、鏡のバルナハルトは切り出した。
「提案がある」
『提案、だと……?』
意地で認めていないとはいえ、既に消滅しかけのバルナハルトに何を提案するというのか。鏡のバルナハルトは澄んだ黄金の瞳でオリジナルを見据えながら、その提案を口にした。
「お前、
『なに……?』
「お前の全てを残すことはできないけれど、鏡の存在である私と同化して、意識の欠片だけでも生き続けないか――って聞いているんだ」
『――――』
呆気にとられたように目を見開き、バルナハルトは硬直した。
鏡のバルナハルトは、その隙を逃さず提案の理由を続ける。
「私はお前をベースにして創られた鏡の個体だ。だから存在自体がとても不安定で……メフィラの気まぐれで、いつ消されてもおかしくない」
今はまだメフィラの契約と魔力によって生かされている鏡のバルナハルトではあるが……あの女の気まぐれ次第ではいつ「君、もういらないや」と捨てられてもおかしくないのが現状だ。
事実、大量の魔力を消費する鏡のバルナハルトは、この決戦が終われば用済みになる可能性が高いと冷静に分析していた。
「それに、こうして権能を使えていたのもお前との決戦という条件が揃ったからできたことだ。逆に言えば、私はお前以外との戦いではこの力を使えない。ただの、無力な悪魔の小娘なんだ」
天羽璃奈の屋敷での戦い、悪魔王との戦い――いずれの戦いでも彼女が非力だったのは、条件が揃っていなかったからだ。
そしてその条件は、オリジナルのバルナハルトが消滅すれば未来永劫満たされない。
無力な悪魔など、存在自体が悪だ。
エクソシストに狩られ、あっという間にこの世界から消えるだろう。
メフィラからすれば、それも計算のうちだったのだろう。
特定の瞬間のためだけに創り、役目が終われば無力な少女へ戻る――これほど便利な存在はいない。
「……私は別に、それでもいいと思っていた。やりたいことなんてないし、この世界は下らないし、人間は嫌いだし、悪魔も気に食わない。だから、役目が終わったらそこら辺で野垂れ死んでいればいいと思っていた」
思っていた――つまり、過去形。
鏡のバルナハルトは真っ直ぐにオリジナルの黄金の瞳を見つめた。
「……だけど、まだ生きていたいって思ったんだ。私は、まだ生きたい。生きて、自分が生まれた意味を見つけるまでは、死ぬことを許容できない」
『……』
「オリジナルであるお前を取り込むことができれば、私は“完全なバルナハルト”としてこの世界に存在を固定できる。だから――」
『ふざけるなッ!』
雷鳴のような一喝が落ちた。
消滅しかけの身でありながら、有り余る覇気は健在。
紅の戦君バルナハルトは憤怒に染まった表情で、さらに身体が崩壊するのも厭わず叫んだ。
『消えかけているからといって俺を侮辱するなよ小娘がッ! そのような貧相な女の姿になって意識の欠片だけ生き続けるなど、この俺にとっては紛れもない屈辱である! 消えるならさっさと消えてしまえ! 出来の悪い偽物がッ!』
取り付く島もないとはこのことか。
オリジナルのバルナハルトは、その高すぎるプライドを一切曲げず、鏡の自身へNOを突き付ける。
見守っていた地藤は溜息をついた。
「頑固だなぁ……ねぇ、鏡のバルナハルト。コイツを勝手に取り込んじゃうことはできないの?」
しれっとえげつないことを言う地藤に、鏡のバルナハルトは少し引きつつ首を横に振った。
「……こいつがオリジナルである以上、自我はコイツの方が強い。同意なしで融合して反発でもされたら、私の自我が食いつぶされかねない」
オリジナルと虚像という関係を抜きにしても、どちらの自我が強いかは誰の目にも明白だ。
産まれたばかりともいえる鏡のバルナハルトの薄い自我では、あっという間にオリジナルに上書きされてしまうだろう。
「じゃあ、どうするんだい? このままだと君は消えてしまうし――あっ、“悪魔四騎士の屁理屈”で何とかしようか?」
「……最後にはそれをお願いするかもしれないが、もう少し待ってくれ。奥の手があるんだ」
「奥の手……? まぁ、分かった。君が満足するまで粘るといい」
地藤は再び鏡のバルナハルトから離れ、二人を見守る位置についた。
その隣には、翼を生やした天羽璃奈と霧島レイが寄り添う。
二人とも油断なく武器に手を掛け、いつでもバルナハルトを撃墜できるよう備えている。
死王女もまた腕を組み、興味深げに事の推移を見守っていた。
皆が見守る中、最初の提案を断られた鏡のバルナハルトは再びオリジナルへと近寄る。
バルナハルトは諦めの悪い虚像を鼻で笑った。
『ふん、俺に何度擦り寄ろうとも無駄だぞ、小娘』
「……お前にとっても益のある話をしようと思ったんだけどな」
『俺に益だと? ……俺を侮辱するのも大概にしろよ、小娘。俺はこの身体で四騎士の頂点に君臨してきた男だ。欲したものは全て力づくで手に入れてきた、真の勝者であるこの俺を満足させられる益を、貴様のような半端な小娘が提供できるはずが――』
「――私、メフィラに可愛がられているんだ」
時が、止まった。
『……なに?』
思わずバルナハルトは聞き返した。
消滅しかけの身体を前のめりにし、耳を傾ける。
予想通り話に食いついてきたオリジナルに向かって、鏡のバルナハルトは続けた。
「鬱陶しいくらいベタベタ触ってくるし、あれやこれやと構ってきて、私としてはウザいんだが……お前的には、嬉しいことなんだろ? これ」
『――――』
再び絶句し、言葉を失うバルナハルト。
自分は、そんなことをしてもらった記憶がない。
遠い、遠い過去には似たようなことがあったかもしれないが――もう、その時の記憶はほとんど残っていない。
メフィラがどんな顔で笑っていたのか。
どんな風にちょっかいを掛けてきたのか。
その手はどんな温度だったのか。
彼には、思い出せない。
だが、紛いなりにも同じ“バルナハルト”であるはずの彼女は、その全てを享受しているという。
話を聞いたバルナハルトの心に、揺らぎが生まれる。
何者も――自分自身さえ寄せ付けなかった巨大な自尊心に、ひびが入る。
その心に、流星のような一筋の憧れが生まれて――
『……ふん、くだらん』
心に降ったはずの流星を、バルナハルトは肥大化した巨大なプライドで握り潰した。
『それがなんだというのだ』
心が悲鳴を上げている。
だが、それを見て見ぬふりをする。
『俺には何の益もない話だ』
これまでと同じように、封殺する。
代わりに自尊心が膨れ上がっていく。
彼は己の星をエゴに食わせ、ここまで強大に成長してきた。
その在り方は、そう簡単に変えられるものではない。
『断じて断る――』
「こら、バルナハルト」
その瞬間だった。
バルナハルトの頭上に、黒い刀身が叩きつけられた。
斬られたわけではない。
地藤が黒刀を逆手に持ち、刃ではなく峰で思い切りバルナハルトの頭を小突いたのだ。
間抜けな打撃音が響き、バルナハルトの頭上に星が散った。
『痛ッ⁉』
「まったくもう、大事なところでこれなんだから……」
四騎士の頭を峰打ちで叩くという前代未聞の暴挙をやってのけた地藤は、刀の柄で自分の肩をトントンと叩きながら、呆れたように言った。
「さっき言ったばかりじゃないか。素直になりなよって」
『き、貴様……! 俺をなんだと――』
「素直になれない、自称最強こじらせコピーおじさんでしょ?」
『こ、こじらせ……⁉』
あまりにも酷い蔑称に言葉を失うバルナハルト。
消滅しかけの状態と、鏡のバルナハルトからの衝撃的な提案の連続で、彼の思考は完全にオーバーフローしていた。
「――真面目な話、ここで彼女の話に乗らないなら、君はここで僕に斬られて終わりだよ」
『ッ!』
冷酷な声で告げる地藤の表情は真剣そのもの。
そこに嘘偽りは一切ない。
地藤は言葉通り、バルナハルトを躊躇なく斬るだろう。
今それをしないのは、鏡のバルナハルトの提案に“利点”を感じているからに過ぎない。
――同時に、メフィラの指示に従っていただけとはいえ、これまで自分を助けてくれた鏡のバルナハルトへの“恩返し”の意味も含まれていた。
だが、それを口にすることはしない。もし言えば、後ろでさり気なく銃を構えながら事の推移を見守っている彼女――天羽璃奈を、きっと嫉妬させてしまうだろうから。
『だ、だが! この俺に小娘の身になれというのか⁉』
「メインの意識は鏡の方なんだから、君は夢でも見ているような心地でいられるんじゃないかい? 自分が少女だっていう羞恥心も、いくらか紛れるでしょ。……多分」
他人事だからか、地藤は適当なフォローを入れる。
『そこの小僧の言う通りじゃぞ。メイン人格を尊重するのであれば、元の自分との乖離は多少薄れるものじゃ。ソースは儂』
バルナハルトが顔を引き攣らせる中、意外なところからさらなるフォローが入った。
死王女モルヴェリアである。
現役の四騎士でありながらホムンクルスである十六夜唯の身体に憑依し、さらに彼女をメイン人格として立てている死王女は、図らずもバルナハルトが危惧している点を最も理解している存在だった。
『死王女……』
同じ四騎士であり、さらに全盛期の彼女に勝利したことがないバルナハルトにとって、死王女は正しく頭が上がらない存在だ。
そんな彼女の言葉には、自然と耳を傾けてしまう。
『それにな――』
不意に、死王女モルヴェリアは慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべた。
『――儂は貴様のことを弟のように思っておった。四騎士の同僚ということもあるし、貴様には生き残って欲しいのじゃ』
『モルヴェリア……』
感激したように表情を緩めるバルナハルト。
その顔を見た死王女の口元が――ニチャア、とこれ以上ないほど邪悪に歪んだ。
『その無っ様な小娘の姿でなァ! ギャハハハハハ――!』
『き、貴様ァ……!』
鏡のバルナハルトを指さしながら爆笑する死王女。
腹を抱えて笑い、涙まで浮かべている。
地藤は呆れたように天を仰いだ。
うーん、これは間違いなく悪魔ですわ。
「えーと、死王女様、大事な場面なので煽るのは止めてもらえませんか……?」
『ギャハハハハハハハ――! これが笑わずにいられるか⁉ こんな滑稽なことは早々あるまい! よいぞ! もっとやれェ――!』
完全にやかましい野次馬と化した死王女は、ゲラゲラと笑いながら手を叩いている。
もうこの悪魔をまともに取り合うだけ無駄だと悟った地藤は、彼女を完全に意識の外へ弾き出し、改めてバルナハルトへ向き直った。
「それで、どうするんだい? このまま無為に消え去るのか、それとも鏡の自分と同化して、メフィラに可愛がられながらこれから先を見守るのか――選ぶのは、君だ」
『……くだら――』
「くだらない、なんて言葉で切り捨てるのは止めなよ。鏡のバルナハルトは自分なりに色々と考えて、自分なりの答えを出して、自分を曝け出しているんだ。歪んだプライドで自分に蓋をしている君と違ってね。その姿勢には敬意を払うべきだ」
『ッ! 貴様ァ――!』
激昂するバルナハルトに向かって、地藤は決定的な一言を放った。
「お前、自分にも負けるのか?」
『――――』
その言葉は、刃より鋭くバルナハルトの胸を刺した。
誕生の経緯こそ歪であれど、鏡のバルナハルトは紛れもなく“バルナハルト”だ。
その自分が己の心を曝け出し、弱さも願いも認めているというのに――お前は日和るのか。
自分に、敗北するというのか?
『……認めるのも癪だが、俺は決して不敗ではなかった』
今でこそ四騎士最強として君臨する紅の戦君バルナハルトだが、その道のりは決して順風満帆ではなかった。
大器晩成型の能力ゆえに、彼は長い、長い年月を戦いに費やし、敗北を積み重ねながら己を鍛え上げてきた。
だからこそ、彼は敗北を嫌悪しなかった。
時に敗北を受け入れ、時に敗北を糧にし、そうして今の強さを築き上げた。
『だが――自分に負けるのは、流石に看過できんな』
敗北を知る男だからこそ、絶対に敗北してはいけない相手も知っている。
今、目の前にいるのは“自分自身”。
鏡の自分が曝け出した弱さと願いに背を向けることは、自分の魂を裏切る行為だ。
バルナハルトは、長年膝を折り続けてきた最大の強敵――己の巨大なプライドに立ち向かい、そして初めて勝利を収めた。
悪足搔きのように四騎士としてのプライドを庇おうとする自分自身をねじ伏せ、静かに、しかし力強く告げる。
『鏡の俺よ。お前の提案を受け入れよう。俺の力を全てお前に譲渡する代わりに――お前の意識の欠片として存続し続ける……それが、
結局、最後までメフィラのことを口にしなかったのはご愛嬌だろう。
地藤は呆れたように笑みを浮かべたが、野暮なことを言うことはなかった。
オリジナルの同意を勝ち取った鏡のバルナハルトは、静かに、力強く頷いた。
「……分かった。その……ありがとう」
『自分に礼を告げる馬鹿がどこにいる。黙って受け入れろ。お前は、俺なのだろう?』
消滅間近でありながら、その威厳は衰えない。
鏡のバルナハルトは自然と背筋を伸ばし、再び頷いた。
「……手を」
『あぁ』
オリジナルのバルナハルトは、紅蓮の甲冑に包まれた手を差し出す。
その手を握る少女の褐色の掌。
二人の視線が交錯する。
男と女。
青年と少女。
外観はまるで違うのに、その黄金の瞳はまったく同じで――これから融合するというのに、二人の間には恐れも違和感もなかった。
やはり、同じ存在なのだと妙な確信を得ながら、鏡のバルナハルトは静かに言霊を紡ぐ。
「……私、鏡のバルナハルトはオリジナルと同化し、新たなるバルナハルトとして生まれ変わる」
世界への確かな宣言。
オリジナルのバルナハルトは厳かに頷いた。
『認めよう。俺は、鏡のバルナハルトと同化し、新生する少女の欠片としてあろう』
悪魔四騎士の一人、紅の戦君バルナハルトが、確かに少女の宣告を認めた。
その名は力そのもの。
世界に対して絶大な権力を有する巨大な名が、静かに、しかし確かに終わりを受け入れた。
虚像とオリジナル。
双方の合意を経て、儀式が始まる。
消滅の末路を辿り、徐々に身体が崩壊しかけていたバルナハルトの粒子が、目の前の少女へと流れ込んでいく。
歪な光景でありながら、しかしどこか自然で、必然のように見えた。
己の力が少女へと流れ込んでいく様を見守りながら、バルナハルトの心は穏やかだった。
長い年月、戦い続け、憎み続け、求め続け、そして迷い続けた心が――ようやく静かに落ち着いていく。
ようやく終われる。
いや――ようやく、本当の望みが始まるのだ。
それを自分が直に体感することはできないが――敗北した者としては、望外の幸せなのだろう。
目を閉じるバルナハルトの脳裏に、消えかかっていた遠い過去の姿が鮮明に映し出される。
彼はただ憧れていた。
悠然と佇むその女性に。
不敵に微笑むその姿に。
隣に立ちたくて、認めてもらいたくて、必死になって――
だが、自分の気持ちを伝えることは、終ぞできなかった。
戦い続けることでしか自分を証明できず、
誇りを守ることでしか自分を保てず、
憧れを憎しみに変えながら、それでも心の奥底ではずっと願っていた。
――あの人の隣に立ちたい、と。
結局、彼自身は最期の時を迎えるまで、自分を省みることはできなかった。
だが、この少女は違う。
彼女の物語は、これから始まるのだ。
『あぁ……俺が終わって、お前が始まるんだな……』
紅の戦君は終わる。
そして、新しいバルナハルトが始まる。
自分が歩めなかった道を、
自分が掴めなかった願いを、
自分が伝えられなかった想いを――
この少女が、いつか見つけてくれるのだろう。
『あとは、任せたぞ――』
その言葉を最後に、紅の戦君バルナハルトはこの世界から消滅した。
自身の拠り所であった力を託し、
その意思を、純粋な少女の一欠片へと変えながら。