世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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ほのぼの日常(修業)回です。


第97話:修行をする件について

 

 修行。

 

 厳しい響きだが、同時に何とも心躍る言葉である。

 特に少年漫画を読んで育った人間にとっては、聞くだけでワクワクする単語に違いない。

 強敵を打ち倒すため、ひたすら己と向き合う時間。

 地道に、時に派手に技と力を磨き、そして目標を達成する。

 王道中の王道だ。

 

 ――ちなみに、“訓練”と言われると味気なく聞こえるのに、“修行”に言い換えた途端に心が燃え上がる気がするのだから、不思議なものだと思う。

 勉強も同じだ。“勉強”と言われたらやる気が出ないが、“頭の修行”と表現すればやる気が……出ないか。

 

 閑話休題。

 

 男の子のロマンを抜きにしても、修行の重要性は計り知れない。

 特にこの世界では、それが顕著だ。

 原作でも日常パート、戦闘パートに加えて修行パートが存在することからも、それは明らかである。

 

 修行を怠れば殺される。

 強くなることを諦めたら、淘汰される。

 大切な人を守りたいなら、泣き言を言っている暇などなく、強くなるしかないのだ。

 

「準備はいい? 優斗君」

「うん、いいよ」

 

 璃奈の問いに答える。

 “十六夜のエクソシスト”におけるストイックの代名詞であり、熱狂的な“修行マニア”の一人でもある天羽璃奈は、そっと構えを取った。

 

 ポニーテールにした艶やかな黒髪が揺れる。

 スポーツ用のTシャツに短パンという、一見すると色気がなさそうな格好が、逆に鍛えられた太ももを強調していて、目に毒だ。

 

 僕は見惚れている自覚を持ちつつ、必死に煩悩を振り払おうとしていた。

 修行中の璃奈は容赦がない。

 少しでも気を抜けば、隙を突かれてしまう――

 

「ッ!」

 

 ――なんてことを考えていると、目の前から璃奈が()()()

 

 次の瞬間、視界の端に影が走る。

 僕は上体を逸らし、長い美脚から放たれた蹴りを間一髪で躱した。

 

 いやぁ、危ない危ない。

 あのまま煩悩を退散させられていなければ、強烈な蹴りで頭がくるりと一回転していたに違いない。

 

 ゾッとしながら続けて放たれた回し蹴りを半身になって躱す。

 璃奈の動きは止まらない。

 蹴りを避けられた彼女は、間髪入れず近距離からコンパクトな打撃を放ってきた。

 

 僕は頭を動かして拳を避ける。

 そして一瞬の隙を突き、カウンターの拳を放つ。

 璃奈は後ろに頭を引いて難なく避けた。

 

 互いにプロの格闘家並みの動きをしながら、淡々と攻防を繰り広げる。

 

 璃奈はともかく、僕の方はつい数か月前まで喧嘩すらしたことがない学生だと言っても、誰も信じてくれないだろう。

 今更敢えて言うことでもないが――僕の戦闘能力の大部分は“悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)”による疑似エクソシスト化の恩恵が大半を占める。

 

『地藤優斗は悪魔と戦うエクソシストである。だって悪魔と戦ってるし、十字架持ってるし。もうそれでいいじゃん☆』

 

 ――という、なんとも大雑把なメフィラの屁理屈によって成り立っているのが現状だ。

 

 しかし、敢えて大雑把な判定だったのが功を奏したのか、僕の戦闘技術は璃奈から見てもなかなかのものらしい。

 さらに最近では、それに加えて“原種の吸血鬼”という種族特性まで加算されたお陰で、僕の身体能力は爆発的に上昇した。

 

 数キロ先まで見渡せる視野。

 車を軽々と持ち上げられる驚異的な膂力。

 銃弾が止まって見えるほどの動体視力。

 見えたと思った瞬間には身体が動く反射神経。

 

 身体が想像した通りに動く。

 なんでも見えるし、なんでも追いつけるし、(ほぼ)なんでもできる。

 

 それが今の僕だった。

 

「隙あり、だよ」

 

 考え事をしながら打撃を捌いていると、璃奈がするりと僕の懐に潜り込み――蛇のように絡みついてきた。

 組み技だ。

 超人的な動体視力と反射神経によってほぼすべての打撃を無効化されるので、戦闘方針を切り替えたのだろう。

 

 彼女と密着し、いい香りが鼻腔を擽る。

 いかん、いかん。

 修行の途中だというのに、そんなことを考えている場合ではない。

 

 璃奈の足払いによってマットの上に転がされた僕は、背後から関節技を決められるのを防ぐため、腕を動かして抵抗を試みる。

 二人でマットの上をのたうち回る時間が続く。

 その間、僕の背中には何やら柔らかい物体が密着していて――いかん、いかん! 集中しろ、地藤優斗!

 

 僕は気合で己の情動をコントロールし、代わりに腕に力を込めた。

 吸血鬼の馬鹿力が発動し、完璧に決まりかけていた璃奈の関節技を引き剥がしていく。

 璃奈が息を呑む気配がする。

 歯を食いしばりながら必死に力を込めているようだが、生憎と力だけは僕の方が上だ。

 しかも、今は煩悩パワーも加算されている。

 

 璃奈も秘術で力を増強しているようだが、今の僕にパワーで勝てる存在は早々いない。

 完全に彼女の組み技を解除し、形勢逆転した僕は璃奈の上に馬乗りになり、そっと手刀を彼女の首筋に添えた。

 

「僕の勝ち、かな」

「……うん。私の負けだね」

 

 両手を投げ出し、璃奈は苦笑した。

 

 

 

◆◆

 

 

 降参した璃奈に対し、僕は笑いながらスムーズにその場から立ち上がった。

 危ない、危ない。

 今の姿勢が続いたら、色々な意味でヤバかった……。

 

 さり気なく手を差し出し、璃奈が立ち上がるのを助ける紳士ムーブで諸々を誤魔化しに掛かる。

 澄ました顔をしているが、内面はもう滅茶苦茶である。

 修行が足りないな。全く。

 

「いやぁ、やっぱり優斗君強いね……」

「ハハハハハ……」

 

 肩で息をする璃奈に対し、僕は何とも言えない表情をしながら頭を掻くことしかできなかった。

 格闘戦の技術においては、間違いなく璃奈の方が上だ。

 彼女と僕では積み上げてきたものが違う。

 付け焼き刃の擬態で追いつけるようなものではない。

 

 だが、そこに反則級の吸血鬼の力が加わることにより、状況は一変する。

 璃奈がどれほどテクニカルな格闘技を放ってこようとも、避けられる。

 人体構造として理に適った攻撃をされようとも、人外の挙動で躱せてしまえる。

 しまいには、絶対に決まったような締め技も、文字通りの力技で抜け出せてしまう。

 

 最近の戦いが身体能力や格闘技術を超越した次元のものばかりだったので、あまり実感する機会がなかったが、改めて確認するとこれはとんでもない能力だと思う。

 

 ――この能力を悪用してスポーツ選手になれないだろうか、なんて邪な考えが脳裏を過ったが、すぐに諦めた。

 

 この世界では、スポーツ界で明らかに突出した存在は教会のエクソシストたちがこっそり監視しており、悪魔と契約していないか、あるいは無意識のうちに霊力を使用していないかをチェックしている。

 

 悪魔と契約していたら即討伐。

 無意識のうちに霊力が溢れだすような人については、素質ありということで拉致監禁――げふん、げふん。勧誘活動を実施し、エクソシストにさせる。

 

 それが教会の方針である。

 

 程よく加減をするというのも難しい話だし、わざわざ教会の目を集めることに意味はない。残念だが、スポーツ選手になるのは諦めよう。

 

 だいたい、こんなのはドーピングみたいなものである。

 公平を期すためにも、僕は大人しくしておいた方がいいだろう。

 僕はスポーツマンシップを重んじる、公平で誠実な人間なのだ。

 ……嘘じゃないよ?

 

「とはいえ、吸血鬼の膂力頼りだったし、僕と同じくらいの力の持ち主が現れたら、あっさり負けちゃうと思うな」

 

 文字通り、力任せの戦い方をしているのが今の僕なので、同格の相手が現れたらそれで終わりだ。

 それこそ、同族である霧島先輩には勝てないだろう。

 種族も戦闘スタイルも同じ霧島先輩と修行をしたいと思った時期もあったが、璃奈のジト目に敗北して取りやめた経緯があることをここに記しておく。

 

「だから、今日も璃奈に色々と教わりたいな」

 

 素直な気持ちで言うと、璃奈は顔を綻ばせた。

 彼女はなんでもすぐに覚えられる万能の天才である。

 天才というのは得てして人に教えるのが苦手な人種だと認識しているのだが――璃奈は“教える”ということにおいても天才的だった。

 

 おまけに、元来の世話好きが相まって、彼女は人に物を教えるのが好きである。

 エクソシストにならなかった世界線では教師になっていたというのも納得だ。(ちなみに医者というルートもあるらしい。どちらもよく似合う)

 

「分かった。それじゃあ、さっきの関節技から教えるね」

「お願いします、()()

 

 璃奈が目を見開いた。

 じーっと僕を見つめる瞳が少し輝いている。

 

「先生……」

 

 そっとその響きを口にしてから、彼女は微笑んだ。

 

「うん、いいね。これから訓練の時には私のことをそう呼ぶように!」

 

 この世界でも、彼女が平和に教師になれるような日は来るのだろうか。

 ふと、そんなことを思い――

 

 いや、僕がそれをもたらさなければならないのだと決意し、静かに構えを取った。

 

 

◆◆

 

 

 

 

 くんずほぐれつの――げふん、げふん。

 至極真面目な格闘技の練習を終えた僕たちは、一休みをしていた。

 

 ちなみに、今いる場所は古典的な()()である。

 

 元々は天羽家が所有している土地の一つに建設された剣道の道場だったらしいのだが、門下生がいなくなって取り壊しになりかけていたところを璃奈が拾い上げたらしい。

 既に師範も門下生もいないが、璃奈が自主練をするためだけに保有し続けているのだとか。

 お金に余裕があるからこそできる、贅沢な練習場である。

 

 壁には木刀などが掛けられていて、床にはマットが敷かれている場所もある。

 僕と璃奈は最近、ここで朝方に修行をするのが日課になりつつあった。

 平日であればこの辺りで切り上げて学校に登校するのだが、今日はまだ時間があるのでこうしてゆっくりしていられるというわけだ。

 

「どう? 何となく感触は掴めてきた?」

「うん。お陰様でコツは掴めてきたかも」

 

 何度も言うが、今の僕の身体能力は異常だ。

 運動神経については間違いなく生物的にトップクラスで、ほぼ思い通りに身体を動かせると言ってもいい。

 そんな僕からすれば、前世で苦戦していたであろう複雑な格闘技もすんなりと身体がラーニングできていた。

 形になるのも、そう時間は掛からないだろう。

 

「良かった。それじゃあ、次は武器ありの訓練と行こうか」

「うん」

 

 頷くと、璃奈は立ち上がり、壁に掛けてあった木刀を手に取ると僕に手渡してきた。

 

「はい、優斗君」

「ありがとう」

 

 僕は一本受け取った。

 璃奈は二本の木刀を壁から手に取った。

 

 互いの“獲物”を再現した形だ。

 僕は刀で、璃奈は双剣。

 

 ――ちなみに、二刀流に挑戦したこともあるが、あまりにも難しすぎて早々に断念した。

 

 残念ながらそっちの才能はなかったらしい。

 ちなみに、璃奈は僕よりも悔しがっていた。

 一緒に二刀流をしたかったらしい。可愛い。

 

 どうせ刀を使うならと()()()にも挑戦したこともあるが、吸血鬼特有の異様に鋭い犬歯が柄に食い込んで口から刀を剥がせなくなるという、クソ恥ずかしい黒歴史を生んだので二度とやるつもりはない。

 あれは本当に恥ずかしかった……。

 

 閑話休題。

 

 道場の真ん中に移動し、互いに剣を構える。

 耳に痛いほどの沈黙が満ち――同時に地面を蹴って接近した僕たちの獲物が衝突した。

 

 璃奈は、僕が断念した二刀流で流れるような連撃を繰り出してくる。

 僕はそれを捌きながら、カウンターで大きな一撃を与えようとする。

 

 一撃の重さは、僕の方が上だ。

 単純に膂力が上なのもあるが、それ以上に一つの剣を両手で握って振り下ろしているというのが大きい。

 

 双剣は手数が増えるが、どうしても一刀の威力は下がる。

 璃奈もそれは理解しているので、僕のカウンター攻撃は受け止めず、回避に専念し、カウンター後の僕の隙を突こうとしてくる。

 僕もそれを理解しているので、カウンターが躱された瞬間には即座に神経を尖らせ、超人的な反射神経で璃奈の攻撃を回避する。

 

 息が張り詰めるような攻防戦が続く。

 

 剣の技量に関しては、今のところそこまで差はない。

 璃奈は銃が主体になっている関係上、剣の修練度をそこまで高められてはおらず、僕は疑似エクソシスト化で誤魔化してはいるものの、数か月前までは素人だった少年だ。

吸血鬼の人外身体能力もあって、ようやく璃奈と同等レベルまで水準を引き上げられているのが現状である。

 

 ――ちなみに、公式設定では璃奈が剣だけに集中してスキルツリーを伸ばした場合、作中でも五本の指に入るレベルの剣士になっていたらしい。

(ちなみに、一位には不動のヤバい奴がいる。外伝作品の奴なので、出会わないことを心の底から願っている……)

 

 母親から銃主体で訓練を施されており、剣術に関してはほぼ独学で学んで霧島先輩相手に張り合えるまでになっているので、確かに才能があるのだろう。

 僕の彼女の潜在能力が恐ろしいです。

 

 璃奈に「今からでも剣に集中しない?」と言おうか迷ったこともあるが、今の彼女はエクソシストとして完成に近づいている状態だ。

 近・中・遠、全てのバトルレンジで優位を取れ、臨機応変に戦える彼女の強みは計り知れない。

 この間のバルナハルト戦においても、何度彼女の遠距離砲に助けられたことか。

 

 血の滲むような努力の末に今の領域にまで到達した彼女に対して、敬意を欠くようなことはしたくない。

 だから、せめてこうして同レベルの相手と打ち合うことで、何とか剣のスキルツリーをもっと伸ばせないものかと密かに思っていた。

 

「ッ!」

 

 璃奈が放ってきた一撃に、敢えてカウンターをそのまま合わせに行く。

 すると、彼女の木刀がすっ飛んでいった。

 動体視力と身体能力に物を言わせた奇襲だったが、上手くいったらしい。

 

 僕は勝ちを確信しながら剣を突き出す――が。

 

「……罠だったか」

 

 それよりも先に、僕の喉元に璃奈の剣が突きつけられていた。

 敢えて一刀を捨てることで状況を打破しようとした璃奈の策だったらしい。

 

 璃奈は唇の端を持ち上げ、クールな笑みを浮かべた。

 長いポニーテールも相まって、剣士女子感満載の彼女。

 

 ――その姿を見た僕の脳裏に、突如、存在する記憶が溢れだした。

 

 ・黒髪が美しいポニーテールの少女

 ・凛々しい表情

 ・刀

 

「……そっか、初期設定では剣士だったんだっけ」

 

 すっかり忘れてしまっていた。

 今でこそ銃がメイン武器のキャラクターとして認知されている天羽璃奈だが、開発陣が明かした初期設定では()()だったらしい。

 凛とした表情がデフォルトで、笑う時には女の子らしい可愛い笑顔で笑う魅力的な少女。

 

 ちなみに、剣士設定ではなくなった理由は一つ。

 霧島レイとキャラが諸被りしていたからである。

 

 どちらが先に生まれたキャラなのかは分からないが、凛とした剣士枠は一人でいいという判断になったのだろう。

 その後、璃奈は銃と剣を両方扱うオールラウンダーなキャラ属性へと変わっていき――そして今の彼女へと至った。

 璃奈がこの世界の中で屈指の剣の才能を持っているのは、そもそもが剣士だったという設定の名残なのかもしれない。

 

 まぁ、何にせよだ。

 

「私の勝ち、かな?」

「うん。僕の負けだ」

「やった!」

 

 小さくガッツポーズをして喜ぶ彼女の笑顔。

 天羽璃奈らしいとしか言いようがないその顔を見れたのだから、どんな経緯があったにせよいいか……なんて思いながら、僕は木刀を下ろした。

 

 

 

 

 ちなみに、主人公である十六夜蓮だが、初期設定では拳にメリケンサックを嵌めて戦うステゴロ上等の不良系主人公だったらしい。

 悪魔が相手とはいえ、戦闘時の絵面があまりにもあれだということで没になったらしいが……正直、それも見てみたいと思う僕だった。

 




天羽璃奈が剣士だった設定はマジです。
本当の初期設定では、左手に銃を、右手に剣を持ったヤーナムの狩人スタイルでした。

匂い立つなぁ…堪らぬ血で誘うものだ…えづくじゃあないか…
意訳:(ダスクブラッド楽しみですね)
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