世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件 作:赤坂緑語
もう何回口にしたか分からないが、敢えてもう一度言おう。
この世界の主人公は、十六夜蓮である。
彼こそがこの世界で最も優れたエクソシストになれる素質を持ち、そして誰よりも強い心を備えた男の中の男だ。
率直に言って僕は彼のファンなので、ファン目線の依怙贔屓が全くないかと言われたら否定するのは難しいが……とにかく、彼が重要人物である点について疑いようはない。
基本的に原作“十六夜のエクソシスト”は、各章のイベントと強敵を乗り越えるごとに十六夜蓮の能力が強化されていく形式になっている。
よくある少年漫画方式だ。
強敵との遭遇 → 苦戦 or 敗北 → 修行 → 再戦 → 覚醒 → 勝利
この流れで十六夜蓮は自身の潜在能力を開花させ、世界最強のエクソシストへと至っていくわけだ。
では、原作から大きく乖離したこの世界における十六夜蓮の実力はいかほどなのか。
……正直なところ、かなり厳しいと言わざるを得ない。
ファンの色眼鏡抜きにしても、今の十六夜蓮はかなり厳しい状況だと思う。
己の祓魔器こそ覚醒させているものの、その能力を全て扱いきれているわけではなく、身体のキレもまだまだ。
強敵たちと相まみえたことはあるものの、中距離から斬撃をぶっ放しているだけで、結局止めを刺しているのはいつも僕。
十六夜蓮が戦うはずだった敵を倒しているのは全部、僕。
十六夜蓮が結ばれるはずだった天羽璃奈と結ばれているのも、僕。
そう、つまり――
「僕のせいでした! 本っ当に、申し訳ありませんでした――‼」
僕は全身全霊で頭を下げた。
十六夜蓮の家の方角に向かって。
本人に謝る勇気はなかった。
多分、「並行世界の貴方よりも今の貴方が弱いのは、僕のせいなんですぅ」なんて言ったところで混乱するだけだろう。
実際、何を言っているのか意味が分からない。
とはいえ、このまま主人公を未強化の状態で放置していいはずがない。
そこで、僕は別の人に頭を下げた。
「えっ、十六夜君に修行を付けて欲しい?」
「お願いしますッ! この通り――!」
僕は恋人である天羽璃奈に頭を下げていた。
よく下がる頭である。
きっと脳みそがパンパンに詰まっているから重いのだろう。
そう思いたい。
「急にどうしたの……?」
怪訝な目で見てくる璃奈に対し、僕はあれやこれやと言い訳を並べた。
悪魔たちは何故か十六夜蓮に執着しているだの、
僕の直感が彼は大物になると予感しているだの、
戦力は少しでも多い方がいいだの。
「うーん、まぁ、優斗君のお願いなら別にいいけど……」
と、あまり乗り気じゃなさそうな璃奈だったが、急に「あっ」と何かを思い出したような声をあげた。
「どうしたの?」
「そういえば、血の迷宮で十六夜君から直接お願いされたんだった。ここを出たら修行を付けて欲しいって」
「えぇ⁉ マジで⁉」
超大事な修行開始フラグじゃん!
「優斗君に聞いてみるって返事をしたんだけど……忘れてたな」
璃奈には珍しい、気の抜けたようなぼけ~とした顔でそんなことを言っている。
いや、忘れられたら困ると言うか、僕からすれば特に大事なことなんだけれど……残念ながら璃奈にとってはそうではなかったらしい。
「じゃ、じゃあ、OKってこと?」
「うん、優斗君がOKを出すならいいよ」
あっけらかんと言い放つ璃奈。
あくまでも僕の決定が判断基準なところが恐ろしいが……とにかく、これで主人公の強化フラグが立ったというわけだ。
早速、十六夜蓮に連絡をしようと携帯を取り出した。
「それにしても、そんな話をしていたなんて知らなかったよ」
「ごめんね、優斗君に隠し事をするつもりはなかったんだけど……」
申し訳なさそうな表情をする璃奈。
僕は慌てて手を横に振った。
「いやいや、気にしなくていいよ。忘れていただけなんでしょ?」
あの璃奈が物忘れなんて相当なものだが……まぁ、興味がないなら仕方がないか。
――ところで、ファンである十六夜蓮に興味がない、なんて言われると謎に傷つく自分がいるのはどうしたらいいのだろうか?
複雑な心境すぎて、心が複雑骨折しそうです。
「……あっ、あれも言っておいた方がいいかなぁ」
「ん?」
十六夜蓮に対してメッセージを打っていると、再び何かを思い出したような声で璃奈がポツリと呟いた。
チラリと視線を向けると、璃奈は何も考えてなさそうな無表情で思い出したらしいことを口にした。
「私、十六夜君に告白されたんだ」
「あっ、そうなんだ」
「もちろん、断ったよ」
「そうか、そうか。それはよかった」
まぁ、十六夜蓮に告白されることなんて、よくあることですからね。
断ったと言うことだし、二股されていなかったようで安心したよ。
しかし、十六夜蓮もやっぱり男の子だねぇ。
天羽璃奈に惹かれるのはどの世界でも共通しているようで安心したよ。
うん、うん。
………………ん?
………………………………んん?
…………………………………………………………………………んんんん?
「はぁッ⁉」
冗談抜きで、今世紀で一番デカい声が出た。
◆◆
「修行に誘ってくれてありがとう」
「あっ、うん。いや、こちらこそ、うん」
「……どうしたんだ、天羽。優斗なんか変だぞ?」
「うーん、どうしたんだろう。昨日からちょっと様子がおかしいんだよね」
僕は叫びそうになった。
そりゃあ様子もおかしくなるに決まってんでしょ⁉――と。
十六夜蓮が天羽璃奈に告白した。
……僕からすれば、蓮が璃奈に恋愛感情を持っていたこと自体が驚きだった。
確かに最初は「璃奈ルートに進んでくれたらありがたいなぁ」なんて気持ちで余計なことをしまくっていたわけだが……まさか、そのツケがこんな形で回ってくるとは思わなかった。
璃奈はその記憶を半ば忘れるほど興味がないようだし、蓮は蓮で吹っ切れた様子でもう気にしていない。
この場で狼狽えているのは僕だけというのも、訳の分からなさに拍車をかけている。
っていうか、自分の彼女に告白したのが、自分がファンだったヒーローとか一体どういう状況なんだよ⁉ わけわかんないよ! 脳みそ溶けそうなんですけど⁉
いやホント、これから十六夜蓮のことをどういう目で見ればいいんだよ……。
「まずは霊力コントロールから訓練を始めようか。そこから身体強化、近接戦の訓練の順番で行くよ」
「あぁ、分かった。よろしく頼む」
動揺している僕を置き去りに、色々と吹っ切れた二人は淡々と修行の準備を始めている。
最初からこれが目的だったので別に文句はないのだが……やっぱり、なんだか複雑だ。
ちなみに、僕はこの訓練に参加するつもりはない。
璃奈は指導においても天才的な人物だし、そもそも僕は“偽”のエクソシストだ。
“
これを機に学ぼうかとも思ったが、今は蓮の強化が最優先なのだから、少し離れた場所で講義の内容を聞きながら後方腕組みをすることにした。
「うん、いいね。その調子」
「あぁ……!」
冒頭にも言った通り、十六夜蓮はエクソシストとしてこの世界でも最上級の素質を持っている。
今まで訓練なしで実戦に挑んでいたのが異常なだけで、こうして適切な指導を受ければ正しくその才能が開花していく。
幸か不幸か、強敵とばかり遭遇してきたので、既に心構えは十分だろう。
後はスキルツリーを伸ばしていく作業になる。
霊力コントロールの項目は本人の筋が良かったことからあっさりと終わり、身体強化も無意識のうちにしていたものを順序立てて璃奈が説明することでさらに精度が上がり、そしていよいよ近接戦の訓練となった。
「おおおおおお――!」
「もっとコンパクトに振らないとダメだよ。ほら、視線が露骨すぎる。それじゃあ敵に読まれるよ」
手渡された木刀を振り回す蓮と、華麗に二刀流で捌いていく璃奈。
的確な指導を受け、蓮は必死に修行の中で己の剣技に磨きを掛けていく。
色々と複雑な感情はあるけれど。
でも、こうして原作通りの風景を見られるのはファン冥利に尽きるというか、何だか安心できるような気持ちにさせてもらえる。
僕は道場の壁際に腰かけながら、ニマニマと気持ちの悪い笑顔で二人の修行を見守っていた。
「――しかし、こんなチマチマと棒を振って何の意味があるのですか? さっさとビームを撃ってしまえばいいじゃないですか」
「……」
「兄さんはあのバカでかい剣から斬撃を撃てるのですから、こんなことをする必要なんてありません。先輩もそう思いませんか?」
「……」
「……ちょっと、聞いてますか? この私が話しかけているのに無視とは、不敬ですよ。殺されたいんですか?」
一人で見守っていたはずなのに、気が付けば隣から聞き覚えのある勝気な声が聞こえる。
僕はゆっくりと首を動かして横を見た。
鮮やかな赤の長髪。
猫のように大きな赤の瞳が、不機嫌そうにじっと僕を見つめている。
僕は首を傾げ、純粋な疑問を口にした。
「……なんでいんの?」
「ッ! なんて失礼なことを言うのですか⁉ 不敬ですよ! 不敬すぎます! 不敬されたいんですか⁉」
最近の彼女の流行語は“不敬”らしい。
あまりに使い過ぎて、“不敬されたいのか”なんて新種の動詞まで生み出してしまっている。
多分、死王女様に影響されたのだろう。
ちなみに、彼女がここにいる理由を真剣に考察してみたが、すぐに「大好きなお兄ちゃんに付いてきただけ」という真っ当な結論に落ち着いた。
相変わらず兄妹仲がよろしいで何よりだ。
顔を真っ赤にして、なんでも殺せる人差し指を僕に突きつけながらあれやこれやと文句を言う彼女を横目に見ながら、僕はもう一度溜息をついた。
「……どうしたんですか、先輩。間抜け面がいつにもまして間抜けですよ」
一人で百面相をしていた僕を見かねたのか、唯ちゃんが気遣うようなことを言ってくれる。
ちなみに言葉はだいぶきついが、これでも彼女からすれば最大限気を遣っているのである。
ツンデレって難しいね。
「いや、色々と知らないところで知らないことが起きていたことを知ってね……それで取り乱していた自分を恥じていただけ」
修行が足りないのは蓮ではなく、僕の方だったのかもしれない。
自嘲気味な笑みを浮かべていると、
「ふん、何に悩んでいるかと思えば、そんなことですか」
唯ちゃんは鼻で僕の悩みを笑い飛ばした。
「全てを知ることなど出来ないのですから、動揺することなど当然のことでしょう」
「……仮に。仮にだよ? 何かのきっかけで全部を知ることができたのなら――」
「それはありえないでしょう」
悪魔四騎士、死王女モルヴェリアをその身に宿す少女は、ハッキリと断言した。
「何故なら、一人の人間が知れるのは、その人の視点だけだからです。……兄さんは私のことをよく知っていますが、それでも私の苦しみや喜びの全てを知っているわけではありません。私が話せば少しは知れるかもしれませんが……それでも、全ては無理でしょう」
当人にしか分からないことがある。
嘗て、狭い病室の中で永遠と苦しみ続けていた少女は、少し遠い目をしながらそう言った。
「私たちは少しのことしか知らない……知らないなりに、知っていることを活かしていくしかないんですよ」
その言葉は、嘗て“原作知識”という名の全知全能を得た気になって暴走した過去の僕によく刺さる言葉だった。
同時に、悩んでいる今の僕にも深く響く言葉だった。
「確かにそうだね……僕たちは、全部を知っているわけではないし、知れるわけでもない。都度、目の前の困難にぶつかっていくしかないんだよね」
僕には知らないことが多い。
俯瞰的な知識を持っているお陰で“知った気”になっていることも多いけれど、それでも知らないことの方が圧倒的に多い。
全知全能の神ではないのだから、一から積み上げていくしかないのだろう。
目の前で必死に修行をしている主人公、十六夜蓮のように。
「ありがとね、唯ちゃん」
お礼を言うと、唯ちゃんは少し頬を赤くしながらそっぽを向いた。
「ふん、ようやくいつもの小憎らしい顔に戻りましたか。まぁ、その方が先輩らしくていいです」
「ありがとうね、唯ちゃん。心配してくれて」
「し、心配⁉ そんなことした覚えありませんがッ! 不敬されたいんですか⁉」
「いや、不敬されるのはやめておくよ……」
結局“不敬”の詳細内容は分かっていないが、僕が大変な目に遭うことだけは分かっているので謹んでお断りしよう。
触らぬ死王女様に祟りなし、だ。
「――何の話をしていたの?」
壁際でいつの間にかいた唯ちゃんと話していると、無表情の璃奈が二刀流を携えながら近づいてきた。
蓮は道場の床に寝転がって苦しそうな呼吸をしている。
どうやらひと段落ついて一時休憩中らしい。
何やら璃奈の機嫌が悪いのを察して、僕は唯ちゃんが余計なことを言う前に口を開いた。
「どうせ先のことなんて何も分からないんだから、修行して備えるしかないよねって話をしていたんだ」
「……そういう話でしたっけ?」
首を捻る唯ちゃん。
僕はそういう話だと解釈しました。
同じ話をしていたとしても、捉え方が互いに違うことはよくあることだ。
人間って難しいね、唯ちゃん。
――まぁ、僕たちどっちも人間じゃないんだけどね。ハハハ。
「……確かに修行は大事だよね。次から実戦形式に移るんだけど、優斗君も一緒にやる?」
「蓮の基礎訓練はもういいの?」
「うん。一旦、これくらいでいいかな。今日だけで全部を鍛えられるわけではないしね」
僕は視線を十六夜蓮へ向けた。
汗だくで道場の床に沈んでいる原作主人公。
密かに心の中で合掌してから、僕は頷いた。
「なるほどね。そういうことなら、是非参加させてもらうよ」
「――ほう? 実戦形式ですか。確かに剣を振っているだけでは強くはなれませんからね」
僕の立ち上がる動作に合わせて、隣の人影も重い腰を上げた。
腕を組みながら尊大な口調で言い放つ赤髪の少女。
僕は嫌な予感を覚えながらゆっくりと隣を向いた。
「えーと、唯ちゃん……?」
「対悪魔を見据えた実戦形式なのであれば、ここに
彼女の身体が黒い衣に覆われていく。
死王女としての豪奢なドレスを身に纏った少女は、軽い口調で死刑宣告を放った。
「い、いやいや! いきなり四騎士相手は無茶でしょ⁉」
「流石は四騎士とばかり戦っている先輩が言うと説得力がありますね」
「うぐっ……!」
言われてみれば、確かに四騎士とばかり戦っている気がする。
なんなら、一時的には僕が四騎士になったりもしていた。
「だ、だけど、流石に訓練相手に死王女様はきついんじゃ……」
死王女様は文字通り、全てを“死滅”させる存在だ。
最近は戦う相手が上澄みばかりだったり、何らかの制約を受けるせいでいまいち実感が湧かないが、本来は手加減して放ったビームで璃奈も蓮も消し炭になってしまう。
そんな“実弾しか使えません”みたいな人を修行に参加させるわけにはいかない。
そこら辺を死王女様と唯ちゃんの機嫌を損ねないように心底説明すると――
「はぁ……私たちも舐められたものですね」
唯ちゃんは額に手を当てながら、やれやれと首を振った。
「私たちを誰様と心得ているのです? 手加減くらいできるに決まっているじゃないですか。その気になれば、相手を殺さないビームだって撃てますよ。ほら」
「うわぁ⁉」
「優斗君っ――!」
唯ちゃんは軽い仕草で人差し指からビームを放った。
何度も喰らってトラウマになっているビームを前に、反射的に悲鳴が漏れてしまうが――
「あれ、死んでない……?」
軽く吹き飛ばされはしたものの、僕は死んでいなかった。
なんなら、身体に傷すら残っていなかった。
唯ちゃんは腕を組みながら不敵な笑みを浮かべた。
「私たちは“死”を操る女王です。当然、相手を死なせないコントロールだってできます」
「そ、そうだったんだ……」
目から鱗が落ちる、というべきか。
原作知識のせいで“死王女様は相手を殺すことしかできない”なんて先入観を強く持ってしまっていた。
『全てを知ることなど出来ないのですから、動揺することなど当然のことでしょう』
『私たちは少しのことしか知らない……知らないなりに、知っていることを活かしていくしかないんですよ』
唯ちゃんが教えてくれた訓戒が、早速脳裏に浮かび上がる。
僕は苦笑した。
「……確かに、知らないことばかりだな」
「優斗君……?」
心配そうに覗き込んでくる璃奈に大丈夫だと笑い掛けながら、僕は立ち上がった。
「せっかく死王女様が悪魔役をやってくれるのだし、遠慮なく相手をしてもらおうかな。いいよね、璃奈」
「まぁ、優斗君がいいならいいけど……」
璃奈はどこか釈然としない表情ながらも頷いた。
「ありがとう。――蓮、そろそろ起き上がれそう?」
「あぁ……余裕だ」
全然余裕そうな表情ではないが、本当にダメならダメと言うだろう。
主人公らしい根性を見せる蓮に頼もしさを感じながら、僕は木刀を手に取った。
「――さて、3対1だけれど、卑怯とは言わないよね?」
「まさか」
僕の挑発を鼻で笑い飛ばし、死王女と化した十六夜唯は指を鳴らした。
その背後に数百の剣群が生まれる。
「私は死王女ですが……卑怯とは言わないですよね?」
ニヤリと不敵に笑いながら腕を組む悪魔四騎士。
僕は左右に並び立つ璃奈と蓮に視線を向け、力強い頷きが返って来たのを確認してから――
「まさかッ!」
四騎士へ挑むべく、一歩を踏み出した。
なんかずっと修業してんな......って感じですが、十六夜蓮の修業風景は必ず描写したいと思っていたので、ここに挟ませていただきました。