ガラクタ×リベンジ〜イナズマだった者達へ〜 作:ハチミツりんご
_______英雄という生き物は、そこに『居る』だけで価値を産み出して行く。
水面に石を落とせば、そこを中心として波紋が広がるように。
一羽だけ、大空を切り裂くように飛ぶ鳥が酷く目を引くように。
不可能を成し遂げた途端に、指された後ろ指が賞賛の拍手へ代わって後を追う者が増えるように。
【イナズマイレブン】と呼ばれた彼等も、それに該当する事には揺るぎない。
《炎のエースストライカー》や《天才ゲームメイカー》の加入という要因はあれども、僅か数ヶ月で都内有数の弱小校が日本一へと輝き。
エイリア学園騒動を経てもなお隔絶した差のあった海外チームと互角に渡り合い、遂には世界を制した伝説達。
『円堂 守』という男を中軸にしたその集団は、文字通りに世界を変えたのだ。
日本スポーツ史に……否。世界の歴史に残る偉業。
イナズマイレブンが英雄と呼ばれる事に、違和感を抱く者なんて皆無であろう。
英雄が生まれれば、次いで現れるのは『模倣者』達だ。
罵倒や嘲笑の意味合いでは無い。
英雄の背中を見て、憧れを抱き歩き始めた者達。言い換えるなら、新世代。
英雄が不可能を可能に変えたあとは、決まってそういった者たちが現れる。
英雄の切り開いた道を途切れさせない為に。後続が走りやすい様に、地を固める為に。
そうして界隈は地盤が形成され、崩れにくくなる。崩れない地盤の上は、多くの選手達が走り抜けられる。走り抜ける選手が増えれば、突出した人間も必然的に増していく。
大多数の模倣者達によって、次なる英雄の産まれる場所が作られる。
そしてかつて英雄と呼ばれる為に必要だった実力は、今日では強者程度に収まっていく。
秘めたる力は努力によって当たり前へと変化し、選手個人のポテンシャルを余すこと無く発揮出来るメソッドが整えられる。
そんな環境においても、頭抜けた英雄は誕生する。
それまで築き上げた常識をひっくり返す技術や思考を持って生まれ、人々を熱狂させ、また模倣者達が固めていく。
_______繰り返す事、40年の月日。
日本という小さな島国のサッカーは、今では世界でもトップレベルとなった。
円堂 守から始まったその歩みは、未だ輝かしい英雄達を排出しながら先へ先へと進んで行く。
かつてとは比べ物にならない程の人が集い、金が動き、感情を揺さぶる。
日本サッカーは、間違いなく全盛期を迎えていた。
「…………!…………っ、………!」
進化は、正しさだけを運んでくる訳では無い。
かつての日本サッカーでは、必殺技をマトモに使える様になるのは中高生からが当たり前だった。
小学生では使える者の方が珍しく、中学でもチームによっては技を使えるのは1人2人という事だってある。
ほぼ全ての選手が必殺技を使えるようになるのは専ら高校時代であり、複数の技を完璧に使いこなすのは上位層のみ………なんてよくある話。
それが現代では、小学生であっても必殺技を扱うのは当たり前。中学生にもなれば複数の技を使い分ける様になり、高校生ではかつての伝説たち_______イナズマイレブンやそれに類するレジェンド達の必殺技を扱う実力者だって増え始めている。
時代が進む中で、必殺技に対する様々な理論の確立や、世界で戦ったプロ選手達が引退後に指導に回ることによる質の高い教育環境の樹立。
サッカーが始められる場所自体が大きく増え、同時に全国各地の有望選手の特集等も大々的に行われる程に、大きく変化しているのだ。
「………ョウ!大……ぶな…か!?」
故にこそ、起こった弊害。
眩しい場所を見るからこそ、よくある話だと目を逸らしてしまう小さな落とし穴。
「救急………!早………呼………!」
「ごめ…………!俺が…………しな………!」
現代サッカーが進化した事によって、数多の必殺技が強力なものへと変わっていった。
試合をすることも容易になり、近しい実力のチームを見つけるのも難しくなくなった。
だからこそ生まれる問題点。それは_______
「_______ショウッ!!」
_______選手の摩耗である。
☆☆★
「…………本当にいいのか、
「はい?」
難しそうな顔をした男性の前で、素っ頓狂な声をあげる。
不意を突かれたとかでは無い。単純に心持ちの違いだろう。
男性が握っている、進路選択の為の用紙。
そこに書かれた進学先は、普通の生徒ならばなんら問題の無い場所である。
【横浜附属
神奈川県に居を構える歴史ある高校であり、県下屈指の名門大学【横浜学園大学】の附属高校だ。
入学試験は優しく入る事自体は簡単だが、入学後の学業成績や部活動の実績、ボランティアへの参加率など学校側に認められるだけのモノを残さなければ卒業が出来ない。
その為試験の簡単さに釣られて入学し、怠惰な学校生活を送った結果卒業出来ず留年………下手をすれば退学手続きが必要になる様な生徒が毎年出てくる。
その分、卒業出来れば附属大学である横浜学園大学への内部進学の権利が与えられ、別大学に進む場合でも『油映の卒業生』という肩書きは高いネームバリューを発揮する。
生徒自身の自主性や管理能力が必要になるが、決して悪い進学先では無い。
寧ろ目の前の生徒は、キチンとした目標を持った上で油映を進学先に選んでいる。
その為、普通ならば行ってこいと太鼓判を押して送り出す筈だった。
普通ならば、だ。
「………待ってくれている学校も、あるんだろう?3年間治療に専念出来る環境を提供するって確約してくれるユースチームもあるって聞いたぞ」
「あー………そうですね。ギリギリまで待つからって言ってもらってる所は、実際あります」
少し気まずそうに頬を掻いた生徒の言葉に、男性はさらに眉間のシワを深める。
男性が彼の進学に難しい顔をしている理由。
それは単純な事で、わざわざ一般の試験で油映に進学せずとも、彼には華々しい進学先が幾つもあるから。
「………再三言われ続けているかもしれないけど。まだ諦めなくてもいいと、先生思うぞ」
勿体ない、と口から出かかった言葉を呑み込む。
然しそう思ってしまうのも仕方が無い。誰だって彼の実績を見れば、止めたくなるのも道理だろう。
「あはは、ありがとうございます。でも個人的には、良いかなって。治る保障もありませんし」
そして同時に、彼の進学を止められない理由も、男性は良く知っていた。
だからこそ、何を言うべきか。目の前の生徒に掛ける言葉に、詰まっていた。
「それにほら、油映で卒業したら横学の医学部推薦も貰えますし?スポーツドクター目指したいんですよ、俺!」
「………そっか。そっかぁ…………」
ケラケラと笑う彼の言葉に、男性は頷くしか出来ない。
彼を知っているからこそ。その笑顔と決断の重さが、肩に伸し掛るようだった。
「………分かった。受け取っておく」
「ありがとうございます!んじゃ、俺はこれで。失礼します、先生!」
綺麗にお辞儀をして、進路指導室から去っていく。
ピシッと伸びた背筋。中3にしては高く恵まれた体格。
制服の隙間から見える、身体を守る様な包帯を見送りながら、男性は机に視線を落とした。
「………なんでお前なんだろうなぁ。水鏡。なんでよりによって…………」
神様は理不尽だなぁ、と。
零れた震え声が、少年の耳に小さく届いた。
ブーブー、とポケットから音が鳴る。
「ん?」
進路指導室を出て少し。
学校指定のカバンを手に持って、内履きから外用の靴へと履き替えて。
さぁ帰ろうという矢先、慣れ親しんだスマホから電話の知らせだった。
画面に表示される名前は、【
またか、と少し顔を顰め、軽く頭を振ってから親指で通話ボタンを押す。
「おう。どったのツミちゃん」
『…………急にごめん、ショウ』
名前の『
努めて明るく電話に出たが、肝心の相手がどん底のように暗い。
まぁ、仕方が無い。自分の身に起こったことで、一番取り乱し自責の念に駆られたのは彼なのだから。
「なーにさ、暗ぇっての!別に何とも思ってないし、そもそも責任俺でしょ?怨むのもダサいじゃん」
『…………ゴメン』
「言葉詰まるとゴメンに走るのやめなー?」
いつも面倒臭い奴ではあるが、
その上信頼出来ると認めるまでは滅多に関わろうともしない性格のせいで、身内認定した相手への甘え方がスゴい。
この性格のせいで、何度チーム内でのコミュニケーションに手間取った事か。
その度に苦労させられたなぁ、なんて懐かしむように思い出す。
『ショウ、さ』
「おん」
『…………辞めないよね。サッカー』
「いんや、辞める」
ヒュッ、と息を飲む音が電話越しに聞こえる。
顔が青を通り越して白くなっているんだろうな。他人事のように思う。
まぁ実際、俺の心情を知らなければ嫌味にも聞こえるだろう。そんなつもりは毛頭ないが、これでメンタル崩されても面倒だ。
「あ、ツミちゃんのせいじゃねぇからな?元々考えてた進路に進もうと思ってさ!良い機会かなって」
『……………』
「スポーツドクター!前から医療系興味ある〜って話してただろ?」
コレは事実だ。前々から医学方面に興味はあったし、スポーツドクターという仕事は身近に触れて来た。
その為憧れはもちろんあったし、進みたい道の一つだ。可能性を途絶えさせない為にも、勉強だってしっかりやっている。
声がかえってこない相手に、明るく明るく話を続ける。
こいつが返事を返さないのなんて、いつもの事だ。
「やっぱスポーツ系なら横学が強いんだよなぁ。だからそこに推薦のある高校に………」
『………油映、だっけ。附属高校なんだよね』
「覚えてんじゃーん!ツミちゃんが興味ある事以外覚えてるって珍しくね?」
『ショウの事だから………覚えてるよ、全部』
昔から重い。非常に重い。
百善 一罪という人間に声を掛けたことは間違っていたとは思わないし、良い友人だとも思う。
それでもこの、身内だと判定した相手への感情の向け方だけは、どうにかして欲しいものだ。
これが世間では《ミステリアスな天才FW》だの《精密機械》だの呼ばれ、クソほどでかいファンクラブすらあるのだから驚くしかない。
『…………行くなよ、油映なんか。サッカー部無いみたいだし。神奈川なら《横浜ギガンツユース》か………部活に限定しても《
「ツミちゃーん、話聞いてたー?オレサッカー辞めるんだわ、ツミちゃーん?」
『俺と一緒に青森行こうよ。ショウも推薦貰ってたでしょ?俺からも話つけるし』
声のトーンが一段落ちる。先程まで申し訳なさそうに電話していた癖に、震えも止まって淡々と喋り始める。
また始まった、と思わず眉を顰めてしまった。
『もしかして、
「_______辞めろ
キョトン、とした顔を浮かべている。
見なくても分かる。何度も何度も見て来た表情。立ち会って来た場面。
これのせいで何度巻き添えをくらったことか。
神様というやつは、才能と共に性格まで与えてくれたら良かったのに。
『だって、そうでしょう?』
まさかこんな奴が。
『俺は、U-15のエースで_______君が、U-15の正キーパーなんだから』
_______《豪炎寺修也の再来》なんて、呼ばれているとは。
本家はもっと性格良いぞクソッタレ。
『俺らが揃えば同世代で負ける事なんてないよ。同じ代表組くらいじゃない、相手になるの』
「そういう話じゃなくてだなぁ………」
『あぁ、怪我の事?ショウ取ったら何処のチームも全力で治しに来てくれるよ。ブランクあっても、直ぐに追いついてくれるでしょ?だってショウだもん!』
高校ではアレをして、これをして_______ウキウキと弾む声で計画を語る百善に、思わず冷や汗が流れる。
別に恨んでいない。そもそもの原因は自分の管理不足で、彼の責任だなんて思ってもいない。
だから普通に電話にも出るし、申し訳そうな彼を暗くさせない為に明るく振舞ったつもりだ。
それなのに。
自身の放ったシュートで、再起不能に近い怪我を与えた相手に電話をして。
ごく当たり前のように未来展望について話す百善という人間が、酷く歪に見えて仕方ない。
『それとも、ショウは俺と勝負したい?それもそれで_______』
「あーツミちゃん!悪い、先生から連絡来てるわ!ちょっと切るな!また今度!」
『あ、ホント?ゴメンね俺も急に』
連絡なんてさっきやった。
それでもここで電話を切りたくなる気持ちを、どうか理解して欲しい。
『じゃあ、ショウ。待ってるからね_______ずっと、待ってる』
ツー、ツー、と鳴るスマホ。
ガックリと、強く力が抜けるのを感じた。
「……………アイツに誘われてサッカー始めたの、間違いだったかもなぁ………」
小学校も低学年。
転校してきて友達も居なかった百善に声を掛け、サッカーやりたいという彼に付き合う形でサッカーを始めた。
才能はあった。突き詰めるのは好きだった上に、目に見えて結果がついてくるので練習も苦じゃなかった。
感覚は理解出来ないので、兎に角理論を詰めた。指導者や、チームに所属していたスポーツドクターに聞いて回って。
その結果が、15歳以下の世界大会日本代表。
百善と共に、13歳から3年連続でスターティングとして出場し続けた時代の中心。
ポンッ、と音が鳴る。
頻繁に使っているメッセージアプリの音。嫌な予感と共にアプリを開く。
『_______辞めたら嫌だからね。青森に来るにしろ神奈川でやるにしろ、サッカーは続けて』
『全国で、待ってるからね。俺の円堂』
「……………どーしろっつーのよ」
頬をびくつかせながら、ポツリとこぼす。
彼の名前は、【
元世代別の日本代表、正GK。
現在、世代別の世界大会期間中に負った怪我によって戦線離脱中。
尚、その怪我が原因となり_______
「…………
_______必殺技、使えず。
治る見込み_______無し。