ガラクタ×リベンジ〜イナズマだった者達へ〜   作:ハチミツりんご

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episode1

 

 

 _______疎らに埋まった教室を見て、教師が小さくため息をついた。

 

 

 

 本日の出席予定数に比べて半分にも満たない人数。

 仕方がないと言えば仕方がないのだが、かと言ってやる気が出るかと言われれば微妙だ。

 

 

 横浜附属油映(ユウツ)高校。

 そのまま『油映(ユウツ)』と呼ばれる事の多いこの学校は、日本の高校としては珍しく単位制を基本としている。

 

 まぁ平たく言えば、大学のようなものだ。

 

 卒業までに必要な単位を取得出来るのなら、時間割の組み方も自由。

 いつ休もうとも、どの授業を学ぶのかも自由。自主性と管理能力が必要不可欠だが、それらを持ち合わせていれば普通の高校よりも遥かに融通が効く。

 

 

 その為、必然的に生徒達に広まるのは『サボってもバレにくい授業』や『労力少なく取得出来る授業』。

 所謂、楽単(らくたん)なんて呼ばれる物だ。

 

 

 

「(そりゃあ地学なんて真面目に受ける子の方が少ないよなぁ………にしても今年は輪をかけて酷いけど)」

 

 

 日差しが爛々と窓を照らす7月半ば。

 春の入学式が終わり、早3ヶ月と少し。

 

 初々しい新入生達が油映の独特な緩い雰囲気に侵されるには、十分過ぎる時間だ。

 部活に所属した一年生が先輩から楽単を教わり、遊ぶ時間を増やす為に挙って応募しに来る。

 

 

 実際、本日は50人以上受けていなければいけないはずなのに、居るのは20名と少し。

 更に授業を受けている面々も、半分以上寝こけている。

 

 

 今年の新入生は果たして何人卒業に辿り着くのやら………なんて、ネガティブな思考が巡って来る。

 

 

 

「はい、じゃあ今日はこれまで。期限までに宿題は提出して下さいね」

 

 

 その一言で目を覚ました面々が、待ってましたとばかりに形だけの挨拶をして教室から去っていく。

 授業態度なんて細かに見ている訳でもないし、成績にマイナス影響を及ぼすことも無いが………それはそれとして、気分は良くない。

 

 

 

 

 

「…………先生。少し良いですか?」

 

 

 パッ、と我に返り、すぐさま笑顔で声の主を見やる。

 真面目に受けない生徒の事なんて、考えている暇は無い。普通の高校ならば事細かに指導することが求められるだろうが、油映高校では自己責任。卒業出来なかった場合も、教師があれこれ言われることは稀だ。

 

 それよりも、真面目な子に最大限のサポートを。

 目の前の体格の良い彼は、地学受講者の中でも数少ない優等生だった。

 

 

「はい、水鏡(ミカガミ)くん。どうかしましたか?」

 

「宿題なんですけど、実はもう終わっちゃってて………提出しても大丈夫ですか?」

 

 

 手渡されたノートを受け取り、パラパラと捲って内容を見る。確かに指定した範囲の宿題がキッチリ全問正解で記載されていた。

 普通ならば答えの丸写しを疑うところだが、彼には『信頼』がある。今まで真面目に受け続けてきたその姿から、真面目に予習していただけなのだろうと容易に想像出来た。

 

 

「はい、確認出来ました。大丈夫ですよ、預かっておきますね」

 

「ありがとうございます、伊佐先生。じゃあ自分、部活あるんで。失礼します」

 

「はい、失礼します。美術部でしたっけ?頑張って下さいね〜」

 

 

 ぺこりと一礼して鞄を左肩に掛け、去っていく。

 さりげなくズレていた机を直し、扉から出る際にも一度礼をしてから閉めていた。

 

 いつ見ても気持ちのいい生徒だ。後ろ姿を見送りながら、学生とはかくあるべし、なんて想いからウンウンと何度も頷いてしまう。

 

 

「あ〜ぁ、全生徒が彼みたいなら楽なんですけどねぇ………」

 

 

 態度は模範的、成績も優秀。元々はスポーツの方で名前が売れていたらしいが、詳しくは分からない。

 聞いた話では怪我で断念したのだとか。油映に通っているのも、付属大学の大学病院に通い易いから………という理由らしい。

 

 体格も良いし、あの真面目な性格だ。余程力を入れていただろうに、それが駄目になっても腐らないメンタル。

 

 元々高い水鏡への好感度が、また上がってしまった。

 一度好意的に見ると、全てが好意的に見えてしまう。教師として如何なものかとも思うが、自分だって人間だ。好意的な子の方が可愛いのは仕方ないだろう。

 

 

「にしても水鏡くん、なんのスポーツだったんだろう。肩や肘って言ってたし…………野球とか?」

 

 

 次の授業の準備しながら、ぼんやりと考える。

 

 と言っても、スポーツには詳しくない。足とかならどんなスポーツでも想像出来るが、そういった部位のケガとなると野球くらいしか頭に浮かばなかった。

 

 

 

『_______決まったァァァァッ!!名門《帝大付属》の一年、『月銀(ツキガネ) (ユカリ)』ッ!!鉄壁の《児嶋アンクルスユース》からまさかまさかの二得点目ェーーッ!!』

 

『いやぁ、鮮烈過ぎるデビュー戦ですねぇ!昨年のU-15代表組の1人………まさしくゴールデンルーキーッ!帝大付属のユニフォームがこんなに様になる一年生なんて前代未聞ですよ!!』

 

 

「おぉ〜………サッカーって普段全然見ないけど、夏になると不思議と見ちゃうんだよなぁ。昔の甲子園的な………」

 

 

 不真面目な生徒たちが、せめて眠らない為にとつけっぱなしにしているテレビから響く歓声。

 テレビにでかでかと映っているのは、綺麗な銀髪をたなびかせた一人の少女。

 

 夏場の時期になると、中学生大会のフットボール・フロンティア………そしてその高校版である、フットボール・フットボール・ハイスクールの二つは大々的に放送される。

 夏の風物詩みたいなものだ。特に普段サッカーを見ない層でも、何となくつけて何となく応援しているレベルで日本には浸透している。

 

 

「授業中に爆睡して遊び回ってるうちの生徒と、同い年の子が日本を湧かせてるなんて………見てる分にはいいけど、受け持ちたくは無いなぁ」

 

 

 そんな情けない言葉を零しながら、次だ次だとテレビから視線を離した。

 

 

 その瞬間。

 

 テレビに映った少女が、酷くつまらなさそうにため息を着いたのは。

 教師の目には、映らなかった。

 

 

 

★★☆

 

 

 

「ちゅいーっす、荒井センセー。授業終わったッスよ〜」

 

「おおおーーっ!!水鏡(ミィィカガミ)くぅんじゃないかァァーーっ!!」

 

 

 ガラリと扉を開けると同時に飛び込んでくる、妙にビブラートを効かせたデカい声。

 相も変わらずうるせぇな、なんて心の中で思いながら、後ろ手で扉をピシャリと閉める。

 

 

「先生、マジうるさいッスよね。そんなんだから部員居ないんすよ、美術部」

 

 

 呆れ混じりに、荒井と呼ばれた教師に苦言を呈する。

 

 『荒井(アライ) 正大(セイダイ)』。

 油映高校の教員であり、美術部ともう1つの部活を兼任して担当している、声量が並外れた御歳44歳。

 その声のデカさは、余りの煩さの為に美術部の部室が特例によって本校舎から遠く離れた建物の一室になるレベル。

 

 要するに、声がデカすぎて職員室から隔離された変な人なのだ。

 

 

 

「ぬぅん、デフォルト故に致し方なし!!だァァァが!!今は居るじゃあないか!!水鏡(ミィィカガミ)くぅん!!我が美術部の記念すべき部員第一号よぉぉーーーっ!!」

 

「先生の圧力に負けて入部したんだけどな!!」

 

 

 思い起こすはおよそ3ヵ月前。まだ水鏡が、入学したてのピカピカ1年生だった頃。

 

 

 入学したばかりで、新入生への部活動勧誘が盛んな時期。

 特に何処かに所属するつもりのなかった水鏡は、勧誘の多い正門を避けて帰ろうとした際に………たまたま隔離された一室にいた荒井に発見され、無言の圧力によって入部を余儀なくされたという過去がある。

 

 今でこそ隔離された教室で過ごす時間は悪くないと思っているし、絵を描くのも楽しくなっているが………声のデカイオッサンの無言の圧ほど気圧されるものは無い、なんて思ってしまうくらい必死の勧誘だった。

 

 

「ハッハッハァァーーっ!!スマンな!!先生一人さみしかったんだ!!!!」

 

「じゃあなんで正門で勧誘しなかったんすか」

 

「声がデカすぎて邪魔だって怒られたのさァァァァァァァァァーーーッ!!!」

 

「クソっ、納得しかない!」

 

 

 馬鹿ほどでかい声で悲しい事を言う荒井に、思わずツッコミを入れてしまう。

 

 とはいえ、変な人物ではあるものの良い人でもある。

 美術部の活動は水鏡の予定に合わせてくれるし、部費外でお気に入りの茶菓子や茶葉を購入して自由に振舞ってくれる。

 絵に関しても、全くのド素人である水鏡に分かりやすく丁寧に教えてくれる等、信頼できる人物なのは確かだ。

 

 

 声がデカすぎる、その理由だけで同じ教員たちから隔離されるのは、些か可哀想だとも思う水鏡だった。

 

 

 

「ところで水鏡(ミィィカガミ)くぅん!!見てくれ、私の描いた新作だ!!タイトルは………そうっ!!!《太陽の下の蜜月》っ!!!」

 

「学校で堂々と裸婦が交わる絵を描くんじゃねぇよ!!そして生徒に見せんな!!!」

 

 

 

 訂正。やはり変な人ではある。

 

 

 

「ぬぅん!!渾身の出来だと思ったのだが!!!」

 

「いや上手いとは思いますけど………上手いとは思うんスけど、なんか上手過ぎて生々しいんスよ、先生の絵」

 

「ハァーッハッハァーッ!!照れちゃうじゃああああ無いかあァァッ!!」

 

「うっわやっぱ煩ぇ〜〜このオッサン」

 

 

 美術部に所属はしているものの、未だド素人の水鏡に絵の善し悪しなんて大してわかるものでは無い。

 

 それでも、並大抵の努力で描けるものでは無い技術が詰まっていることくらいなら理解出来る。

 理解出来るが故に、その絵の生々しさが伝わってしまい、ドン引きしているのだ。

 

 

 ………まぁそもそも未成年の生徒に裸婦が交わっている絵を描いて寸評を聞こうとしているこのオッサンが変なのが主な原因なのだが。

 

 

 

「いやぁ!!つい最近までもう一個の部活の顧問として動いていたから久しぶりにこんなに絵の時間を取れてね!!思わず勢いで描きあげてしまったよ!!」

 

「あ〜、なんか忙しそうでしたもんね最近」

 

 

 ハッハッハ!と笑っている荒井の言葉に、そう言えばと頷く水鏡。

 

 入部して2ヶ月程は、時折居なくなるものの基本的に付きっきりに近い形で美術に関して教えてくれていた。

 しかしここ1ヶ月は随分と忙しかったらしく、美術部に顔を出すよりももう1つの部活に割く時間の方が格段に多かった。

 

 その間茶菓子を堪能していたので特に文句は無いのだが。

 寧ろ静かな分、勉強しやすくて良かったなんて思うほどだ。

 

 

「あぁ!!大会で勝ち上がってね!!私はそちらに関しては門外漢のド素人だが、大人が居なければ大会に出られないので顧問として祭り上げられたのさ!!実態はベンチでふんぞり返ってるだけの置物だとも!!」

 

 

 部活動にはよくある事だ。

 特に結果を出せていないチームなんかだと、未経験の教師が顧問として着くなんてザラにある。

 祭り上げられた、なんて言っている辺り、本人がやりたいのも美術部の方なのだろう。しかし、人が良いから其方にも大人として付き合っているのだ。

 

 

「なるほど。大変っすね先生も」

 

「子供達が頑張るのを見るのは好きなんだがな!!なにせ何をやっているのかが全く分からない!!()()()()()ってなんだレベルさ!!!」

 

「……………オフサイド?」

 

 

 ふと、聞き馴染みのある単語が荒井の口から漏れた。

 オフサイド自体は、色々なスポーツで聞くワードである。しかし日本においてその単語を使うスポーツは、とある一つが競技人口において群を抜いている。

 

 

 まさか、と思った、その時だ。

 

 

 

 

 バァンッ、という強烈な音を立てて、目の前のモノに穴を開けながら室内を何かが跳ね回る。

 床や壁を音を立てながらひとしきり暴れ回ったそれは、ポンポンと音を立てて床に止まる。

 

 

 白と黒で形成された、丸いボール。

 

 水鏡がよく知るそれは、どうやら風を通すために開けていた窓から綺麗に入り込んだらしい。

 

 

「_______サッカーボール?」

 

 

 なんでこんなとこで、と続けようとした所で、ハッと気がつく。

 

 

 このボールが放り込まれて、目の前のモノに穴を開けた。

 

 

 そう。水鏡の目の前にあった_______荒井が描いた渾身の絵に、大穴を開けたのだ。

 

 

 

「た_______《太陽の下の蜜月》ウウウウゥゥゥゥゥッーーーー!!?」

 

「うっわぁ………キレーなクリーンヒット」

 

 

 窓から飛び込んだサッカーボールは、見事な回転で荒井を避けて絵にだけ穴を開けた。

 狙ってやったのなら相当な器用者だが、窓からわざわざ飛び込んできた辺り偶然だろう。

 

 目の前で膝から崩れ落ちてオイオイと涙を流す教師を見て、ボールが飛んできた危険よりも同情が勝った。

 

 

「くぅ………!朱星(アケボシ)ぃぃぃぃぃぃぃッ!!!」

 

 

 袖で涙を拭った荒井は、そっと床に《太陽の下の蜜月》の残骸を置くとサッカーボールを掴んで窓から叫ぶ。

 

 どうやら下にいる生徒に呼び掛けているらしい。窓の外から、小さくない声で「ゴメンなさい!!!」と聞こえてきた。

 

 

「見ていない時にそこのゴールで練習するなと言っただろう!!!怪我は無いかァ!!!」

 

「無いっスー!!!」

 

「ならばヨォシ!!まだ続けるならケガしないように見ておくから、少し待ちなさぁい!!」

 

「すんまっせん!!ありがとうございまァァァす!!」

 

 

 

 馬鹿でかい声と馬鹿でかい声のやり取りを耳を塞ぎながら眺める。

 どうやら監視付きで練習を続けるのを許可したらしい。窓をしっかりと閉めた後、申し訳無さそうに荒井は水鏡の方を振り返る。

 

 

「済まない水鏡(ミィィカガミ)くぅん!!怪我は無かったか!?」

 

「お陰様で無事でした。今日はもう解散ッスか?」

 

「ぬぅん、頑張る生徒を放っておく訳にはいかないからな…………私がいない間、君をここで一人で描かせるのも申し訳無し………」

 

 

 どうやらボールを蹴り込んだのは、荒井が担当しているもう1つの部活の生徒らしい。

 絵をボールでくり抜かれてもちゃんと見に行こうとする辺り、もう1つの部活でも真面目に先生しているらしい。

 

 

「ぬ、そうだ!!水鏡くぅん!今日は風景画にしないか!!」

 

「風景画?」

 

「あぁ!!私が生徒を見ている近くで描くなら、疑問にもすぅぐに答えられる!普段はここで描いてばかりだからな、新鮮な経験にもなるだろう!私の予定に合わせるようで申し訳は無いが、どうだろう?」

 

 

 今日はもう解散か、と思ったが、荒井から予想外の提案が投げられる。

 確かに練習している近くで絵を描いて入れば、疑問を聞くのは容易いだろう。

 

 さっきのようなキックミスも、事前に分かっていれば簡単に避けられる。

 何か特定のものを描きたい訳では無いので、断る理由も無いのだが………。

 

 

 

「あー………荒井先生。一つだけ、良いっすか?」

 

「ぬ?」

 

「先生の担当してる、もう一個って…………」

 

「あぁ、そうだとも!!」

 

 

 ドン、と己の胸を叩いて、荒井は放り込まれたボールを掲げた。

 

 

 

 

 

 

「私は_______サッカー部顧問だっ!!」

 

 

 

 どうやら、この白黒球体は何処までも追いかけて来るらしい。

 

 思わず苦笑を浮かべる、水鏡であった。

 

 

 

 

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