その血は呪われている   作:海野波香

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 ドラコが初めてダフネ・グリーングラスと会ったのは、社交界デビューの日だった。

 初めてのダンスを終え、興奮と緊張で脳がどうにかなっていたとき、声をかけられたのだ。

 

「私とも踊ってくださらないかしら、ドラコ様」

「あー、もちろんだ、ミス……」

 

 ここでドラコは失態を犯した。

 ホストの息子であるにもかかわらず、ゲストの女性の名前を失念してしまったのだ。

 艶のある黒髪を編み込んで肩に流した姿は同じ5歳にしては大人びていて、気品があった。きっと高貴な身分、それも聖28族に連なるような純血の旧家に違いないとドラコは確信していたが、入場の時に彼女を見かけた記憶がない。

 彼女はくすりと笑って、手を差し出しながら囁いた。

 

「ダフネ・グリーングラスですわ。そのうち覚えてくだされば結構でしてよ」

「失礼……そのうち?」

「ええ、そのうち。長い付き合いになりますもの」

 

 流れはじめた曲に慌ててステップを踏む。

 ダフネはゆったりと構えてドラコのステップに合わせていた。ダンスに慣れているというより、社交界での振る舞いに焦る必要がないという雰囲気だった。

 アップテンポなワルツがふたりの呼吸を高めていく。それでもドラコは好奇心からダフネに問いかけた。

 

「長い付き合いになるなんて、どうしてわかるんだ?」

「あら、面白いことを仰るのね。同世代でお互い純血の旧家なのですから当然ですわ」

 

 ターン。

 くるりと回ってみせたダフネの足取りには躊躇いがなかった。よく練習していたのか、それとも踊るのが好きなのか。

 なんとなく負けた気がして、ドラコはわざとステップを早めた。

 

「あなたのこと、教えてくださる?」

「僕のことか。いいぞ、何が知りたい」

「そうですわね……今日のパーティーの食事で一番好きだった食べ物は?」

 

 答えられる質問が来て、ドラコはほっとため息をついた。下手な回答をしてあとで父に叱られるのは嫌だったからだ。

 とはいえ、今日は緊張で何も口にできていない。

 少し悩んでから、ドラコは昨晩つまみ食いしたお菓子のことを思い出した。

 

「フロランタンが好きだ」

「私も先ほど一切れいただきましたわ。温かみのある味ですわね」

「母上のレシピだからな」

 

 母の味だからおいしい。そんな非論理的なことを口走ってから、ドラコは少し恥ずかしくなった。目の前の少女に母親離れできていないと思われたら嫌だと思って、ドラコは思ってもないことを口にした。

 

「でも、おいしいのはしもべ妖精が作ってるからだ」

「そうかしら? 王であろうと百姓であろうと、自己の家庭で平和を見出す者が、いっとう幸せな人間である」

「は?」

「ゲーテですわ。……素敵な時間をありがとうございました、ミスター・マルフォイ」

 

 そこでダンスは終わった。

 お互いに礼をして分かれ、その後は少し緊張がほぐれたような心地でパーティーを過ごした。

 立食のメニューにフロランタンが含まれていたのは、社交界デビューで緊張する我が子を心配して母が好物を手配してくれたからだった。そうと知ったのは、翌年のことだった。

 それからダフネとは度々パーティーで顔を合わせた。中にはダフネが呼ばれていないこともあったが、呼ばれているパーティーでは大抵一緒に踊った。お互いにそれが気楽と思える仲になっていった。

 その過程で、色々な噂を耳にした。

 親が亡くなったという話も聞いたし、屋敷には歴代の魔法使いや魔女が膨大な研究成果を残しているという話も聞いた。しかし、一番気になったのはこの噂だった。

 

「本当なのか?」

「何がです?」

「噂だよ」

「私、これでも噂の多い女でしてよ」

「あれだ……呪いがどうとかの」

 

 血の呪い。

 遺伝し、発現するとやがて獣に堕ちるという恐ろしい呪いを患っているという噂を、ダフネは否定しなかった。

 庭に面したベンチに腰掛けて、ダフネは曖昧に微笑んだ。

 

「そうですわね。血の呪いは我が一族の宿痾ですわ」

「じゃあ……いつか発症するのか、お前も」

 

 急にダフネが汚らわしいものに思えて手を引っ込めてから、ドラコは自分がしたことの愚かさに気がついた。

 ダフネを傷つけたかもしれない。

 おずおずと彼女の顔を見ると、ダフネは少し真剣そうな表情でドラコを見つめていた。

 

「ドラコ。当家に遊びに来ませんか」

「お前の家に?」

「会わせたい子がいますの」

 

 ドラコは訝しんだが、母に外出の許可を取り、暖炉を借りてグリーングラス邸を訪ねた。

 グリーングラス邸は小さな落ち着いた屋敷で、直線を中心とした美しい装飾に彩られていた。しかし、どこか活気がなく、寒々しさを感じさせた。

 

「ようこそ、グリーングラス家へ」

「ああ、うん。それで、会わせたい人って?」

 

 ダフネが答えるより早く、階段を降りる音が聞こえた。

 それが出会いだった。

 

***

 

「どうしましたの、遠い目をされて」

 

 今や、ドラコとダフネはダンス中に相手から目をそらすなどという失礼をしても咎められない関係になっていた。

 広間に流れるハイテンポなワルツは昔と変わらない。社交界の音楽に革新がもたらされるのは100年後だろうか、それとも200年後だろうか。案外、1000年後の子孫も同じ曲で踊っているのかもしれない。

 

「……お前の卑怯さを思い出してたんだよ。呪いのこと話そうとしたら妹を盾にしたよな」

「あら、それで黙ったんですから実際有効でしょう?」

 

 クスクスと笑うダフネに軽く苛立って鋭いステップを踏むが、この抜け目のない女はその程度でダンスを乱してくれるような甘い存在ではない。

 ふたりが出会って以来、ドラコは一度たりともダフネに勝ったことがない。

 チェスでも、カードでも、ダンスでも、ダフネはドラコの一歩先を行く。こんな経験は初めてだった。いつもドラコは集団の一番で、輝いていて、讃えられる存在であるはずだった。

 

「ダンスが終わったらカードに付き合えよ」

「よろしくてよ。スナップ?」

 

 からかわれている気がして、ドラコは口を曲げた。

 スナップは子供向けのトランプ遊びだ。各自の山札からトップをめくり、すでに出ているカードと同じ数字のカードが出たら「スナップ!」と叫ぶ。最初に叫んだ者が表札を総取りできる。

 このゲームは魔法界でも人気があって、特に「スナップ!」の叫び声に反応して爆発する爆発スナップというおもちゃを使ったものが子供受けがいい。

 しかし、社交パーティーではスナップなどやらない。それは子供の遊びで、次代の魔法界を担っていく高貴な魔法族にはふさわしくないからだ。

 

「そんな子供っぽい遊びはしない。ホイストで勝負だ」

「じゃあペアを探す必要がありますわね」

「お前はアステリアでいいだろ。僕は……」

 

 こういう時、ほのかに劣等感を覚える。

 ダフネは立派だ。親が死んで、呪いも受けていて、社交界でもあまりいい扱いを受けていない。それなのに呼ばれればこうしてパーティーに参加して、妹の面倒を見て、しかも何をやってもドラコを上回っていく。

 それに対して、自分が今ホイストでペアを組めるのは間抜けでのろまなクラッブとゴイルだ。

 

「たまには普段遊ばない相手と組んでみたらいかが? たとえば、そう、ノットとか」

「ノット?」

 

 ドラコは思わず大きい声を上げそうになった。

 セオドール・ノットが悪いやつというわけではない。話はする程度の仲だ。

 それ以上に仲が深まらないのは、親の派閥が違うからだ。ドラコはもちろんマルフォイ閥にいる。それに対し、セオドールはヤックスリー閥にいるのだ。ノット家の研究資金はヤックスリー家から出ている。

 ドラコは父の政治手腕について詳しくないものの、絶対の信頼を置いている。だから、ノット家を引き抜かないということはマルフォイ家にとって必要がないのだろうと思い、関わらずにいた。

 

「呼んだか?」

「うおわ!?」

 

 ドラコは慌ててたたらを踏みかけた。ダンス中としてはあまりに滑稽な振る舞いで、耳が熱くなるのを感じた。後で母に叱責されるだろう。

 ちょうど後ろの組がセオドールだったらしい。ドラコよりも背が高く、痩せていて、細い金髪を短めに纏めている。母親に似た顔立ちもあってほっそりとしている。

 嫌いではないのだが、セオドールの容貌はドラコにとって少し妬ましかった。もちろん、父そっくりの自分の顔は大好きだが、それはそれとしてセオドールの色気のある大人っぽい顔つきは女の子に人気だからだ。

 ダンス相手のパンジー・パーキンソンが少しうっとりとした目をしているのも、ドラコとしては気に食わないポイントだった。

 

「あとでホイストをしましょうというお誘いよ。またあとで、セオドール」

「お誘いをどうも、ダフネ」

「あら、あたしも混ぜてよね!」

 

 そういうわけで、ホイストの卓が決まってしまった。

 少し気まずい思いをしながらリズムを取り戻し、ダフネのターンに合わせる。腕の中に戻ってきたダフネがいつになく深い笑みを浮かべていたので、ドラコはどきりとした。

 

「パンジーを取られてご不満?」

「……別に、パンジーとはそういうのじゃない」

 

 親同士が乗り気だと、子供はかえって気まずいのだ。

 パンジーは可愛いし、楽しそうに喋るし、元気があっていい子だ。ドラコも仲良くしているつもりだし、このまま親の言う通り結婚するのかもしれないなとも思う。

 しかし、それは結局のところ同じ派閥の純血だからという話であって、たとえばヤックスリー閥のカロー姉妹やミリセント・ブルストロードと結婚したいと言ったら、きっと両親は難色を示す。

 

「親に決められたお相手では満足できない?」

「……もう少し自由に楽しみたいんだよ、普通はそうなんだろ?」

「あら、今日は素直ですのね」

「アステリアのが感染ったのかもな。あいつは素直すぎる。ちゃんと教育してるのか?」

「あれがアステリアのいいところだと思わなくて?」

 

 再びターン。

 ダンスは佳境に入っていた。

 

「もし、派閥なんて関係なく純血の家々が手を取り合って暮らしていけたら、素敵だと思わないかしら」

「……それは、まあ、そうだ。でも、父上がそんなの許さないだろ」

「そうかしら? ホグワーツでならできると思いませんこと?」

 

 それはドラコも少しだけ思っていた。

 ホグワーツになら自由があるかもしれない。そこでは好きなように友達を作って、好きなように遊んで、好きなように学べるのだ。

 少し姿勢を崩してドラコにもたれかかったダフネが、ドラコの耳許で囁いた。

 

「噂では、私達と同じ代でハリー・ポッターが入学してくるとか」

「……本当か?」

「同世代なのは確かですわ。……ああ、でも、彼の母親はマグル生まれでしたから、きっと苦労するでしょうね」

「僕達が助けてやればいいだろ」

 

 ポッター家は歴史の長い家だ。

 純血でなくなったのは残念だが、それでもその歴史には敬意を評したいと思っている。彼が望むのなら、()()()()()マルフォイ閥に入れるようドラコが手引してもいい。

 

「ええ、そうですわね。魔法族の救済は純血の責務ですから」

「……珍しいな、お前が血の責任なんて口にするのは」

「最近、色々と考えることがありましたのよ」

 

 噂では、ダフネは最近新しいパトロンを見つけるのに必死になっている。

 それは血の呪いを解くためであるとも言われているし、親が死んで生活が苦しくなったのだとも言われている。

 しかし、友人であるドラコから見て、ダフネにそういった類の焦りはなかった。

 

「それって、最近お前があちこちうろついてる話と関係してるんだろ」

「あら、鋭い」

「何を企んでるんだ?」

「もう少し固まったら真っ先にお話しますわ」

「約束だぞ?」

 

 微笑んで頷くダフネに、思わずドラコは少し鼓動が早くなったのを感じた。

 クラッブとゴイルに不満があるわけではない。父から与えられた関係とはいえ、世話を焼いていれば愛着も湧く。

 しかし、それはそれとしてダフネという友達は一緒に悪巧みができる貴重な仲間だった。

 

「また踊りましょう、ドラコ」

「そうだな、また」

 

 曲が終わり、ペアが分かれる。

 この不思議な友達をいつか打ち負かしてやりたくて、ドラコは友達を続けているのかもしれない。




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転職活動のあれこれで忙しいので2/17~3/1は不定期更新です。さすがに更新がゼロということはないと思いますが、期待せずに待っててね。
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