その血は呪われている   作:海野波香

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 ハリーとハーマイオニーが大広間に着いたころ、大広間では組分けが終わったところだった。

 最後の1年生がレイブンクローの席に座った後、不思議なことに、フリットウィックとマクゴナガルはその場に立ったままで、組分け帽子を片付けようとしなかった。

 しばらくして、大広間の扉がもう一度開いた。

 そこに立っていたのは、アステリア・グリーングラスだった。ひとりで立たされていることに恥ずかしそうにしながらも、アステリアは毅然とした表情で前を向いていた。

 

「ブラック=グリーングラス、アステリア」

 

 マクゴナガルが厳かに名前を呼び上げると、大広間にどよめきが広がった。

 

「ブラック? 今ブラックって言った?」

 

 囁きが広がる。

 当然だ。今ブラックは魔法界で一番話題になっている名前なのだから。脱獄したシリウス・ブラックの行方と彼の冤罪疑惑は毎日の報道を騒がせていた。

 そして、古い家々の出身である生徒たちにとってはより深い意味を持っていた。ダフネによれば、ブラック家とはかつて王家を名乗ったほどの勢力を誇った、伝統と格式ある純血の家なのだ。しかし、その家は廃れて久しく、もはや潰えたとすら思われていた。

 そのブラック家が蘇ったのだ。

 好奇の視線が突き刺さる中、アステリアはひとりで組分け帽子の下へ向かった。

 

「なんで後から来たんだと思う?」

「私たちと同じじゃないかしら。つまり……時間割のことか、もしくは吸魂鬼と何かあったかよ」

 

 ハリーとハーマイオニーがロンの確保しておいてくれた席に座ったところで、アステリアの頭に組分け帽子が被せられた。

 しばらく、大広間を沈黙が包んだ。

 ハリーがちらりとスリザリンのテーブルに目をやると、ハリーと同じように今到着したばかりのダフネが席についたところだった。彼女も吸魂鬼と何かがあったのだろうか。それとも、ハーマイオニーのように時間割のことで何か呼び出されたのだろうか。

 沈黙はかなり長く続いた。

 

「ハットストールだわ」

「ハットストールって?」

「組分け困難者よ。いくつかの寮に適性があったりして、組分け帽子が決めかねているの」

 

 帽子の下でアステリアが何事か小さく口にし、そして頷くと、帽子は叫んだ。

 

「グリフィンドール!」

 

 一瞬の沈黙。

 誰もが耳を疑った。今、グリフィンドールと言ったのか? ダフネの妹、ブラック家の後継者が、グリフィンドールに?

 ややあって、歓声が上がった。

 帽子を脱いだアステリアは戸惑ったようにスリザリンのテーブルを見てから、ゆっくりとグリフィンドールのテーブルへとやってきた。

 大変なことになった。アステリアがグリフィンドールに組分けされてしまった。つまり、ダフネとは別々の寮に。

 拍手を送りながらダフネの方を見ると、ダフネは呆然としながらもなんとかアステリアに拍手を送っていた。どうやら彼女にとっても想定外の出来事だったようだ。

 

「アステリア様、こちらに!」

 

 ブリジットが声をかけ、アステリアはブリジットの隣に座った。

 

「とんでもないことになったぞ……グリーングラスのやつ、3日ともたずに組分け帽子を燃やしちまうに違いない」

「ダフネってそんなに妹さんのことを大事にしてるの?」

「うん、ダフネにとって一番大事な家族だからね。でも、びっくりだなあ……グリフィンドールに来るなんて」

 

 ダンブルドアが挨拶のために立ち上がると、ハリーはお喋りをやめた。

 吸魂鬼がコンパートメントに入ってきて以来ずっと落ち着かなかった気持ちが少しずつ和らいでいくのを感じる。ダンブルドアにはそういう、人を心の底から安心させる力があった。

 

「おめでとう! 新学期おめでとう! 皆にいくらかお知らせがある。ひとつはとても深刻な問題じゃから、皆がご馳走でぼーっとなる前に片付けてしまうほうがよかろうの……」

 

 ダンブルドアは小さく咳払いを挟んだ。

 珍しく、ダンブルドアはいつもほど上機嫌ではなさそうだった。ホグワーツで誰よりも鼻歌が似合うあのダンブルドアが、薄っすらと微笑んでいるだけだった。どうにもハリーにはダンブルドアが怒っているように感じられてならなかった。

 

「ホグワーツ特急での捜査があったから皆も知ってのとおりじゃが、我が校はただいまアズカバンの吸魂鬼たちを受け入れている。魔法省のご用でここに来ておるのじゃ」

 

 ダンブルドアは教員席にちらりと目をやった。

 そこで初めて、ハリーはそこに見覚えのない魔法使いが座っていることに気づいた。なぜ今まで気づかなかったのだろう、そう思わせる長身の逞しい男だった。彼は険しい表情で大広間を見渡していた。

 

「この件について、ウィゼンガモット矯正局のミスター・ブルストロードからご説明いただけるそうじゃ」

 

 ブルストロードと呼ばれた男は立ち上がり、ゆっくりと前に出た。

 威圧感のある男だった。白髪交じりの黒髪を撫でつけ、髭が口の周りを囲っている。濃いブルーの瞳が冷たく生徒たちを見下ろしていた。

 

「ブルストロード? それってスリザリンの……」

 

 ロンの呟きで気付いたハリーは、ちらりとスリザリンに座るダフネの方へ視線を向けた。そこには同じ濃いブルーの瞳をした、体格のいい女子生徒が座っていた。確か名前はミリセントといっただろうか。パンジーと一緒によくダフネの周りにいる女子生徒だ。

 ミリセントの表情は不思議だった。きっと壇上に立っているのは彼女の親族だろうに、彼女は絶望したような表情を浮かべていた。

 

「諸君」

 

 ブルストロードは両手を広げ、大広間の生徒たちに語りかけた。よく通るバリトンボイスで、どこか棘があった。

 

「ご紹介に預かった、フラウィウス・マニウス・ブルストロードだ。当方はウィゼンガモット法廷の要請を受け、諸君が吸魂鬼との間に()()()()()()()()を起こすことがないよう、諸君と吸魂鬼の関係を取り持つ目的で派遣された」

 

 大広間はかすかにざわついた。

 

「諸君と吸魂鬼の関係を取り持つ? どう見たって友だちになりたいタイプじゃないぜ」

 

 ロンの言葉に頷きながら、ハリーはじっと壇上の男を見た。

 吸魂鬼はハリーにとって新鮮な恐怖だった。あれほど恐ろしい経験をしたことは今まで一度もなかったと断言できるほどだ。

 その吸魂鬼との関係を取り持つと言われても、ハリーが望むのは彼らが一日も早くホグワーツを去ることだけだった。

 

「吸魂鬼は優秀かつ厳格な看守だ。諸君が言い訳やお願いをしても、吸魂鬼は決して首を縦に振らない。悪戯や変装、目くらまし呪文、透明マントの類も吸魂鬼を前には意味をなさない。試そうとも思うべきではない」

 

 フレッドとジョージが肩をすくめた。

 ハリーはどきりとした。透明マントがあれば、吸魂鬼がいてもホグズミード村に行けるのではないかと思っていたのだ。しかし、それはもしかするとかなり危険な行為なのかもしれない。

 

「当方は基本的にはホグワーツ内の巡回を行うが、空いた時間で社会経験の不足した諸君に講義をするよう当局から依頼を受けている。諸君がウィゼンガモットの業務とその伝統に関心と尊敬を抱いてくれるよう、尽力するつもりだ」

 

 ブルストロードはそう言い切って、わずかに頭を下げた。どうやら会釈したつもりのようだった。

 まばらな拍手が響いた。ダンブルドアの盛大な拍手が虚しく響くほどだった。明らかに彼は歓迎されていなかった。驚くべきことに、スリザリンからすら歓迎されていなかった。

 そしてブルストロードが席に戻ると、ダンブルドアが話を引き継いだ。

 

「皆、気を付けて生活することじゃ。さて、楽しい話に移ろうかの。今学期から、嬉しいことに新任の先生を2人お迎えすることとなった。いや、厳密に言えば2人と2人で4人かのう」

 

 ダンブルドアがそう口にすると、教員席でひとりの魔女がクスクスと笑った。

 ひと目見てわかったし、ハリーは彼女がここにいることを知っていた。ミリセント・バグノールドだ。大広間に集まった生徒たちの半分は彼女を見てざわついていた。しかし、残りの半数は彼女が誰なのかわからない様子だった。

 

「あれって……嘘でしょ、じゃあ、本当に?」

「ハーマイオニー、誰なのさあの人。闇の魔術に対する防衛術の先生ならルーピンなんだろ? フーチの後釜にしちゃクィディッチ慣れしてそうだし」

「冗談でしょロン、本当に知らないの? 私が知ってるのに!」

 

 ハリーがふたりのやり取りにニヤニヤしていると、ダンブルドアが教員席の方を手のひらで指し示した。

 

「まず、ルーピン先生。ありがたいことに、空席になっている闇の魔術に対する防衛術の担当をお引き受けくださった」

 

 リーマスが立ち上がり、微笑んで会釈をした。

 パラパラと、あまり気のない拍手が起こった。それでも何人かは熱心に拍手を送っていたので、ブルストロードのときより寒々しくはなかった。きっとホグワーツ特急での活躍を目撃した生徒がハリーたち以外にもいたのだろう。

 

「なお、ルーピン先生は()()()()()()()()を抱えてらっしゃってのう。月に一度通院治療がある関係で、毎月一度は外部講師をお招きする運びとなった。皆も彼女の名はよーく知っておろう。ミリセント・バグノールド女史じゃ」

 

 大広間が爆発したのではないかと思うほどの悲鳴と喝采が響いた。

 それはそうだろう。前大臣が外部講師とはいえ授業をしてくれるのだ。これほどのビッグネームはなかなかない。ハリーが拍手を送ると、バグノールドは一瞬ハリーに視線を向けて微笑んだ。

 ハリーはバグノールドが講師を引き受けるまさにその現場にいたのだ。あとでロンとハーマイオニーに教えてやろうと決めているうちに、ダンブルドアは次の講師を指し示した。

 

「ところで、先日ご多忙なバグノールド女史に全てを任せるのはどうかという()()をいただいてのう。検討の末、ミスター・ブルストロードにも教鞭をとっていただくこととなった。貴重な機会じゃ、皆よく学ぶように」

 

 誰もダンブルドアの言ったことを聞いていない様子だった。

 

「あのバグノールド? 『パーティーを止める権利は誰にもない』の、あの?」

「そうよロン、ミリセント・バグノールド前大臣。例のあの人と戦った偉大な魔法大臣よ。ああ、なんてことでしょう、回顧録を読んだのに家に置いてきたわ! サインをもらいたいのに!」

 

 興奮冷めやらぬ中、もっと嬉しいニュースをダンブルドアが運んできた。

 

「もうひとりの新任の先生についてじゃ。ケトルバーン先生は魔法生物飼育学の先生じゃったが、残念ながら前年度末をもって退職なさることになった。手足が一本でも残っているうちに余生を楽しまれたいとのことじゃ」

 

 確かに、言われてみれば教員席に継ぎ接ぎだらけのケトルバーンがいなかった。別段関係のある先生ではなかったが、評判は良かったのを覚えている。

 ダンブルドアの続きの言葉に、ハリーたちは飛び上がって喜んだ。

 

「そこで後任じゃが、嬉しいことに他ならぬルビウス・ハグリッドが、現職の森番役に加えて教鞭を執ってくださることになった」

 

 喝采が上がった。

 特にグリフィンドールからの喝采ときたら、バグノールドの時の数倍にも及ぶほどだった。音の雨を浴びせられながら、ハグリッドは夕日のように真っ赤な顔色で嬉しそうに頬を緩めさせていた。

 

「さて、これで大切な話はみな終わった。さあ、宴じゃ!」

 

 目の前の金の皿、金の杯に食べ物と飲み物が現れ、そこでハリーはようやく自分の空腹を自覚した。

 マッシュポテトをたっぷりすくい、サーモンフィッシュケーキを3つも皿に取り、それから最低限サラダを持ってきたところで、少し離れた席に座っていたシェーマスに声をかけられた。

 

「聞いたぜハリー、社交界デビューだって? 古い家ってすげえよなあ」

「まあちょっとだけね。そんなに出入りするつもりはないんだけど」

「マジ? 僕なら絶対のぼせ上がって入り浸っちゃうけどな」

 

 楽しくなかったと言えば嘘になる。

 ダンスは愉快だったし、知らない世界の話をたくさん聞くことができた。パーティー慣れした大人たちの話は面白く、一晩で尊敬すべき大人が一気に増えたような気分だ。

 それでも、パーティーでの話を真に受けないようにとダフネに釘を刺されている以上、ハリーは社交界の大人たちのことをできるだけ信じすぎないように頑張ることにしていた。

 

「やっぱ社交界の飯っておいしい? ホグワーツと比べたらどっちがいい?」

「うーん、どっちもおいしかったけど……」

「ホグワーツのご馳走と同じくらいうまいのが出るのか! いいなあ……あとで話聞かせてよ!」

「いいよ、後でね」

 

 どうやら注目されてしまっているようだ。

 ハリーは気まずい思いをしながらマッシュポテトにフォークを差し込んだ。そことなくテーブルマナーを意識しなければならないような気がして、自然と背筋が伸びた。

 その様子を見ていたロンが、呆れたように眉を曲げた。

 

「おいおいハリー、王族の前でご飯食べてるんじゃないんだぞ」

「うん、でもなんか……視線が気になって」

「視線? 君にぶっ刺さる視線なんか毎年のことだろ! まったく……ハーマイオニーもなんか言ってやれよ」

「あら、マナーをしっかりするのはいいことよ? 誰かさんと違ってね」

 

 口元をローストポークのソースでベタベタにしたロンは、嫌そうに頭を振った。

 

「ホグワーツだぞ、ホグワーツ! ここでは口うるさいママもいない、自由じゃないか!」

「自由と無秩序は違うわ、ロン」

「ついでに言えば、僕は母さんのかわりにお前を見ているからな」

 

 パーシーにとどめを刺されたロンは、力なくうなだれた。

 その様子にクスクスと笑いが起きた。パーシーすらも笑っていた。ジニーは兄の醜態を恥ずかしそうにしていたが、それでも笑っていた。

 いくつかのハプニングはあったが、新学期は和やかに始まった。

 

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