その血は呪われている   作:海野波香

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 ドラコにとって、アステリアはなんとも形容しがたい距離にいる存在だった。

 友達の妹。その程度の存在でしかないと思っていたアステリアは、次第にドラコの日常に踏み入ってきた。あるいはドラコが彼女の日常に踏み入ったのかもしれないが、それを認めるにはドラコのプライドは高すぎた。

 ともかく、ドラコはアステリアのことが嫌いではなかったし、なにかにつけて気にかける存在ではあった。

 そのアステリアがグリフィンドールなどという野蛮でろくでもない寮に組み分けられたのは、ドラコにとって並大抵でないショックな出来事だった。

 

「それで? 言い訳を聞こうか、アステリア」

 

 空き教室で身体を小さくしてしょげ返るアステリアは、まるで迷子の小鳥のようだった。

 入学して早々にトラブルを起こしたアステリアは、ドラコに泣きついてきた。姉に露見する前にこのトラブルを終息させたいという稚気がそうさせたのだろうが、悪い気はしなかった。

 騒動は一週間前の夕食にまで遡る。

 ホグワーツの屋敷しもべ妖精たちが作る食事に、少し毛色の違う料理が混ざっていた。チキンポットパイ。ホグワーツでも出ないわけではない料理だが、頻繁に提供されるわけではない。

 そのチキンポットパイは通常ホグワーツのレシピでは使われない材料、モッツァレラチーズが使われていた。グリーングラス家の屋敷しもべ妖精が作るチキンポットパイに使われているものと同じレシピであることを、何名かの生徒はすぐに気がついた。

 問題は、そのレシピが提供された理由にある。

 

「その、お友達に食べてほしかったんです。それで……」

「厨房への潜り込み方をウィーズリー家の双子に聞いた、と。まったく、あの家の連中は迷惑と騒音にかけて卓越したものがある。不愉快な連中だよ」

「先輩たちは悪くないんです! いや、その、少なくともその時点では悪くなかったんです……」

 

 そう、アステリアの「我が家のレシピを友だちに振る舞って仲良くなろう作戦」はフレッドとジョージが関わったことで大きく姿を変えた。

 何をどう作ったらそうなるのかドラコには皆目見当もつかないが、顔がブルーベリー色になるブルーベリーパイ、声が鶏になるチキンソテー、放っておくと大広間の天井を泳ぎはじめるニシンの燻製などが作られはじめたのだ。

 たちの悪いことに、フレッドとジョージは屋敷しもべ妖精たちに「生徒たちの中では今これが大変流行っていて、きっとみんな喜ぶ」というあながち嘘とも言えないことを吹き込んだ。

 これによって屋敷しもべ妖精たちはフレッドとジョージの指示通りにいたずら料理を量産し、食卓に届けているというわけだ。

 

「どうしましょうドラコ兄様……お姉様が食べてしまったらと思うと、アステリア、本当に気が気じゃなくて……」

 

 よほど不安のようで、ローブの袖を掴んで目を潤ませる様は庇護欲を刺激されるものがあった。

 では肝心のダフネがどうなっているかというと、彼女自身は案外楽しんでいる様子だった。先日はパンジーにチキンソテーを押し付け、彼女が鬨の声を上げるのを笑って見ていた。

 ドラコとしては、別に放っておいてもいいのではと思わないでもない。

 ウィーズリー家が騒がしいのは今に始まったことではないし、どうせ罰せられるのもウィーズリーの双子だけだ。アステリアにまで累が及ぶことはないだろう。

 むしろ気にするべきは、この件でアステリアが気に病んで落ち込むことだ。ダフネのことだ、アステリアが落ち込んだとなれば過剰な反応を見せるに違いない。本人は冷静なつもりでいるのだろうが、アステリアがグリフィンドールに組分けされてから挙動がおかしい。

 ダフネが機嫌を損ねようと知ったことではないのだが、機嫌の悪いダフネが暴走すると一番振り回されるのはドラコだ。早いうちに動いておいたほうがいいだろう。

 

「……ウィーズリーに悪戯をやめさせるのは至難の業だ。あまり期待はするなよ」

「ありがとうございます、ドラコ兄様!」

「期待はするなって言っただろ。まったく……それで、友達とはどうなんだ?」

 

 アステリアは嬉しそうに何度も頷いて、それからグリフィンドールでの暮らしぶりについて語りはじめた。

 

「お友達がふたりもできたんです! コレット・メリフルアさんとカイン・リヴィングストンさん! コレットは静かだけど言いたいことをちゃんと言うかっこいい子で、カインは勉強で一番になろうと一生懸命頑張ってるんです!」

 

 メリフルアという名前には聞き覚えがあった。父ルシウスが仕事で度々会っている大臣室の官僚だ。確か年の離れた妹がいるという話だったから、コレットというのはおそらくその妹だろう。

 問題はカイン・リヴィングストンだ。聖書由来の名前に耳慣れない家名、まず間違いなくマグル生まれか、そうでなくとも半純血だ。アステリアの周囲にマグル生まれがいることをダフネが好ましく思うだろうか?

 難しい問題だった。アステリアが友達と呼ぶのなら気にしないようにも思えるし、裏で手を回してふたりを引き離すようにも思える。

 結局、ドラコは素直に尋ねることにした。

 

「そのリヴィングストンというのはマグル生まれか?」

「そうなんです。でも、クラスで一番頭がいいんですよ! 女の子たちからも人気があるんです!」

「ふうん。グレンジャータイプってわけでもないのか」

 

 相槌を打ちながら、ドラコは脳裏にリヴィングストンの名をメモした。

 優秀なマグル生まれを抱き込んで利益を吸い上げるというのがダフネの計画だ。早いうちに目をつけておいたほうがいいだろう。ドラコとしてはマグル生まれなどいないほうが気分がいいのだが、結社の一員となった以上そうも言っていられない。

 

「グレンジャー先輩は私の勉強をよく見てくださるんです。私が授業で得点すると、カインは何も言わないけど少し悔しがってるんですよ。グレンジャー先輩に負けたと思ってるんだと思います」

「面白いやつだな。メリフルア家とは父上が付き合いがあるはずだ。今度連れてくるといい」

「はい! 兄様とも仲良くなってほしいです! ……仲良くと言えば、その、クラッブ先輩とゴイル先輩を最近見かけませんね?」

 

 ドラコはどう答えるか迷って、曖昧に唸った。

 最近、クラッブとゴイルの付き合いが悪い。確かに最近のドラコは彼らに対して面倒見がいいとは言えなかったが、だからといって鞍替えするほどのことがあったわけではない。

 あのふたりを世話できるほどの逸材がスリザリンに現れたかと言えばそういうわけでもなく、ただ単にドラコにかかわることが減ったという印象だ。そういう時期もあるだろうと思い、ドラコは気にしないでいた。

 

「まあ、あいつらも自分で生きるってことを模索してるんじゃないか? いつまでもペンをインクにつける方法を思い出してるんじゃ、大人になってからやっていけないからな」

「それは、そうかもしれませんが……最近、おふたりをブルストロード監督官の部屋でお見かけしたんです。料理の件で呼び出しを受けたことがあって」

「ブルストロードの?」

 

 ドラコは首を傾げた。

 ウィゼンガモット矯正局から派遣されてきたフラウィウス・ブルストロードは、監督官というポジションを与えられてホグワーツでの吸魂鬼の状態を監督している。

 それと同時にフラウィウスは少しずつ第二のフィルチのような仕事を始めていた。罰則や減点の権限があるわけではないが、彼はフィルチと違って魔法で違反行為の現場を押さえることができる。

 生徒の大半から厄介がられつつ、彼は冷徹そうな髭面をぴくりとも動かさずに日々の職務を遂行していた。彼の不気味さに、多くの生徒からミリセントへの同情が集まった。フラウィウスがミリセントの父親であることは周知の事実となりつつあった。

 そのフラウィウスが、クラッブとゴイルに一体なんの用だろうか。

 

「そのうち話を聞いておこう。……あいつらのことは別にいいんだ。それより、何か困ったことはないだろうな? グリフィンドールの粗暴な連中に傷でもつけられようものなら、ダフネが飛んでいくぞ」

「あはは……皆さん優しいし素敵な方たちですよ。ブラウン先輩とパチル先輩にも可愛がってもらってますし、最近はウッド先輩にクィディッチ観戦のコツを教えてもらいました!」

「クィディッチか。言っておくが、ダフネはスリザリンを応援するからな」

「うぐ……」

 

 アステリアは困ったように声を詰まらせた。

 姉離れしたようでいて全く姉離れできていないアステリアは、こういうことを言われると弱いのだとドラコはよく理解していた。ちょっとしたからかいだ。

 少しして、ドラコの視線に気づいたのか、アステリアはいじけたように頬を膨らませた。

 

「もう、ドラコ兄様の意地悪」

「クィディッチは戦争なんだ。僕は競技場でハリーとスニッチを奪いあうんだぞ? 少しでも応援してくれる味方は増やしておいたほうがいい」

「箒乗りってみんなそれなんですから。ドラコ兄様なんか、ブラッジャーにめったんめったんにされちゃえばいいんです!」

 

 拗ねて顔を背けたアステリアは、すっかり年相応の女の子だった。

 この小さな女の子がブラック家の跡取りで、魔法界を変えようと企む革命家で思想家の妹であるなどと誰が考えるだろうか。誰もがアステリアを前にすれば油断する。それがアステリアの強みだ。

 ドラコはポケットからメープルビスケットを取り出し、包装紙を開いて半分に割った。そして片割れを口に放り込むと、顔を背けたままのアステリアがぴくりと動いた。

 

「うん、母上の焼いたメープルビスケットはいつ食べてもうまい」

 

 ドラコが包装紙に載せた片割れを差し出すと、アステリアは黙ってそれをかっさらった。

 

「お行儀が悪いぞ、アステリア」

「これは分けっこじゃなくて意地悪なドラコ兄様へのお仕置きだからいいんですー。……おいしい! ナルシッサおばさまのお菓子はいつだっておいしいですけれど、これは本当に絶品です!」

「そうだろう?」

 

 すっかり機嫌をなおしたアステリアはぶんぶんと頷いた。

 華奢な姿に騙されがちだが、ダフネはあれでなかなか食道楽なところがある。グリーングラス家の林檎を加工した品々は食通たちが高く評価しているし、屋敷で振る舞われる食事にも侮れない深い味わいがある。

 そんな姉に育てられたアステリアもまた、食にはかなりうるさいほうだ。そのアステリアが母の手作りお菓子をおいしいと笑うことに、ドラコは密かな喜びを感じた。

 

「僕はそろそろ寮に戻る時間だ。お前も寄り道せず寮に帰れよ。厨房でつまみ食いもなしだ」

「兄様、私のこと食いしん坊だと思ってるでしょう!」

「認識が合っているようでよかったよ」

「もう。おやすみなさい、ドラコ兄様」

「ああ、おやすみ、アステリア」

 

 アステリアを見送ってから、ドラコはしばし悩んで、寮とは反対の方向へ足を伸ばした。

 気になったのはフラウィウス・ブルストロードのことだ。彼の評判は決してよくはない。ブルストロード家の跡取りでありながらマグル生まれの魔女を娶った異端。矯正局などという物騒な仕事に文句も言わず従事する危険人物。

 それでも、ドラコの幼少期の記憶にはうっすらとフラウィウスが笑っている姿が残っていた。

 確か、ダフネと一緒にブルストロード家の屋敷を探索していた時のことだったはずだ。こっそり開けた扉の向こうで、フラウィウスが誰かと話して笑っていた。

 その時の彼は朗らかで、どこにでもいる普通の市民だった。

 そんなことを思い出しながら、ドラコはフラウィウスの部屋の扉をノックした。

 

「入れ」

 

 扉を開ける。

 羊皮紙が積まれた机。魔法省式の紙飛行機が飛び交い、本棚には法律についての本が並んでいる。普通の生徒ならあまり出入りしたいとは思わないだろう空間だ。

 その机に向かって、フラウィウスは何か作業をしていた。

 

「マルフォイか。悪いが授業の準備で手が離せん」

「そのままで結構です、監督官。最近、クラッブとゴイルがこちらにお邪魔したようですが」

「ああ、あいつらか。ちょっと勉強の相談に乗ってやっただけだ」

 

 嘘だ。

 クラッブとゴイルが勉強の相談などするはずがない。彼らは馬鹿すぎて自分が馬鹿であることに気がついていないのだから。

 しかし、ドラコは否定せずに頷いた。

 

「監督官はいつまでこちらに?」

「シリウス・ブラックが逮捕されるまでだ」

「それは、それは……矯正局はお忙しいのでは」

「代わりはいる。当方にはシリウス・ブラックの捕縛だけでなく、その後の取り調べを円滑に進めるための()()()()も命じられている」

 

 なぜウィゼンガモットがわざわざ矯正局の人間を送り込んできたのか、これではっきりした。

 ウィゼンガモットはシリウスが都合の悪い証言をしないようにしたいのだ。彼が無罪だったとしても、脱獄の罪を問う流れで有耶無耶にしてしまおうという算段なのだろう。

 

「それを生徒に話してもよろしかったのですか?」

「普通の生徒には話さん。お前にも手伝ってもらいたい。お前の友人、ダフネ・グリーングラスにも」

 

 そこで初めて、フラウィウスは顔を上げた。

 ブルーの瞳が静かにドラコを見ていた。ちらちらと燭台の火が揺れ、瞳の奥に何かを照らし出そうとしていた。

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