その血は呪われている   作:海野波香

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 パンジー・パーキンソンは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の校長アルバス・ダンブルドアを除かねばならぬと決意した。

 さすがに大げさかもしれないが、ダンブルドアに対する苛立ちが高まっていたのは確かだった。

 

「そ、その、本当に大丈夫なんだろうか、ダフネは」

「……あたしらが心配してもしょうがないでしょ」

 

 夕食の時間だが、ダフネは降りてこなかった。隣に座っておずおずと問いかけるミリセントの額を弾いて、パンジーは腕を組み考え込んだ。

 何かが起きている。

 パンジーは魔法運輸部事務次官の娘である。頭は悪いが、人を率いることについては父から大いに薫陶を受けている。女らしくないからとドラコに嫌われるのが嫌で隠しているが、いつかは自分も官僚として魔法界を仕切りたいという夢がある。

 だからこそ、パンジーの目と耳は不自然な情報の動きに気がついた。

 ダフネに関する悪い噂が広まっている。それも同時多発的にだ。これは一般的な情報力学的にはあり得ない動きだった。

 噂というものはある一点に発信源を持ち、そこから広がりながら拡散していく。蜘蛛の巣のような軌道を描くものだ。パンジーもそれを承知しているから、誰かの陰口を叩くときはできるだけ自分が中心だと悟られないように「聞いた話」という形を取ってきた。

 どんな蜘蛛の巣も手繰れば中央に行き着く。そう、そのはずなのだ。

 しかし、どうにも今回はそうではない。各個人がてんでばらばらに、それでいて一斉にダフネへ疑念を向けている。情報の流れが気持ち悪い。

 かつて父が語っていたのを思い出す。呪いであろうが、言葉であろうが、必ずそこには流れがある。その流れを辿れば必ず誰かがいて、何かをしている。それを見れば目的がわかる。そこで初めて何かを知ったということになるのだ。

 その点において、パンジーはまだ何も知らない。

 果たして、ダフネは何を知っているのだろうか。何を語らず、沈黙の中にいるのだろうか。友達を助けるため、パンジーは何をすべきで、何をすべきでないのだろうか。

 

「……ダフネがあたしらを巻き込まないって決めたなら、それを見守らなきゃ。友達だもの」

「そうか。そ、そうだな。うん、そうだ」

 

 間違いなく何かが起きているのだ。

 ダンブルドアが気づいていないのか、気づいていて放置しているのかはわからない。前者ならダンブルドアに気づかせない策を誰かが練ったことになる。後者ならダンブルドアがその策に乗っかっているということになる。

 あのアルバス・ダンブルドアにも気づかせない策を練ったのだとすれば、下手人は相当な手練だ。それほどの相手にダフネが睨まれるようなことをしただろうか。

 どんな事実が隠されているにせよ、パンジーは下手人が知れ次第とっちめるつもりでいた。ミリセントのパンチで頬骨を砕いてやるのだ。このパンジーの友達を傷つけることの罪深さを叩き込んでやる必要がある。

 

「そういえば、あいつもいないわね」

「あいつ?」

「ブレーズよ。あのナヨナヨ男」

「ぱ、パンジー、そういうのはよくないと思う」

「あいつなんかナヨナヨ男で十分よ。……そういや、罰則食らってるんだったかしら。あいつにしては気骨のあるところ見せたじゃない」

 

 パンジーは大皿からパンを二切れとチーズをいくらか、ブラックプディングも少し、そしてぶどうを一房取って皿に乗せ、ハンカチにくるんだ。

 

「それ、どうするんだ?」

「陣中見舞いよ。どうせトロフィー室でトロフィー磨きでしょう? 少しくらいつまむものがあってもいいと思わない?」

「ば、罰則中だからな……」

「でも可哀想じゃない、馬鹿どもからお友達庇っただけで罰則よ?」

 

 昼頃、ブレーズが騒動を起こした。

 正確にはブレーズの取り巻きだった女子たちが騒動を起こしたのだ。彼女たちはダフネを口々に悪く言っていた。ブレーズがそれを諌める際、噂を否定するようなことを口走った。真っ向から否定されたと感じた女子たちはヒステリックになり、掴みあいになった。

 スネイプが割って入ったころにはすっかり縮こまったブレーズが鼻血を流していて、その血を見たショックで女子生徒が一人失神した。スネイプは「騒ぎを起こし女子生徒を失神させた」としてブレーズに罰則を言いつけた。

 いつも気弱で人の顔色を伺っているブレーズにしては珍しいと、パンジーは感心した。

 親の派閥が違う関係であまり関わってこなかったし、自分に自信のない男は好みではないのだが、たまにはこういう気まぐれがあってもいいだろう。パンジーは差し入れを持っていってやることにした。

 

「あんたも来るでしょ?」

「え? ああ、うん、行く。でもちょっと待ってくれ、もう少しマッシュポテトを食べたい」

「あんたって食い意地張ってるわよね。ならあたしもぶどう少しつまんどこうかな」

 

 しばらくして、ミリセントがマッシュポテトを2回おかわりしてからふたりはトロフィールームに向かった。廊下は冷たく、空気は湿っていた。パンジーがまとわりつく不快感を蹴り飛ばすようにつかつかと歩くと、ミリセントはその後ろを慌てて追いかけた。

 

「どいつもこいつも、ダフネの悪口ばっかり言って。シューダンヒステリーよ、シューダンヒステリー」

「あっ、それは母上に教えてもらったことがあるからわかるぞ、うん。集団ヒステリー。あれだな、パニック状態の発作が感染していくんだったな」

「そうなの? じゃあなんか違うわね。あんたのお母さんって何してる人なの? マグル生まれなのよね?」

「それは、その……」

「あ、いたいた! ブレーズ!」

 

 トロフィー室の扉は開かれていた。

 その奥で汚い襤褸切れを握りしめて額に汗を伝わせながらトロフィーを磨いていたブレーズは、パンジーの声に慌てた様子で顔を上げた。

 

「パンジー? ミリセントも。どうしたんだい、こんなところで」

「こんなところで、じゃないわよ。はい、差し入れ」

「わあっ、いいの? 僕腹ペコで……ありがとう、いただくよ」

 

 さっと皿を受け取った手つきはつい先程まで罰則を受けていて空腹だったとは思えないほど優雅で、ブレーズが浮かべた儚い微笑みは慈愛に満ちていた。パンジーは少しだけ、彼の取り巻きが彼に向けている感情を理解した。

 磨き途中のトロフィーを隅に寄せ、パンにチーズを載せて齧りはじめたブレーズは、ほっと息を吐いた。

 

「ああ……ホグワーツのご飯ってなんでこんなにおいしいんだろう」

「腕のいい屋敷しもべ妖精はだいたいホグワーツに流れたもんね。前の戦争でアズカバンに放り込まれた家のしもべ、ほとんどがホグワーツ行きになったらしいじゃない?」

「なるほど、そういうことがあったんだ。僕のママは前の戦争の時はイギリスにいなかったから。僕のことも、ギリギリまでワガドゥに入れるか迷ってたんだって」

「あー、そういやそうだっけ。……いや、そんなことはどうでもいいのよ。あんた、ダフネのこと庇ったんでしょ? ダフネに気でもあるの?」

 

 パンジーの問いかけに、ブレーズは思わずといった様子で咳き込んだ。

 慌ててミリセントが長テーブルから拝借してきた水差しを差し出すと、ブレーズはそれを受け取って水を口に流し込んだ。

 

「げほっ……滅多なこと言わないでよ、殺されちゃうよ」

「ダフネに? あんたの取り巻きに?」

「りょ、両方」

「ダフネがそんなことするわけないでしょ!」

「ひいっ、ごめんなさいごめんなさい」

 

 パンジーに胸ぐらを掴まれると、ブレーズは慌てて許しを乞いだした。

 当然、ダフネがそのようなことをするわけがない。ダフネは深窓の令嬢なのだ。確かに勉強会を主宰したり社交界で飛び回ったりと活発なところはあるが、本質的にはリンゴ畑を手入れして読書をするのが大好きな女の子でしかない。

 最近のダフネを見ていると心配になる。ドラコはダフネのことを陰謀家だと言うが、パンジーにはダフネが無理をしているように思えてならなかった。最近は特に疲れた顔をしていることが多い。

 だからこそ、今この状況でダフネの敵に回らなかった者の顔はよく覚えておく必要がありそうだとパンジーは直感していた。

 

「でも、それならなんでダフネを庇ったのよ。あんたそういうタイプじゃないと思ってたわ」

「僕はただ……ダフネと約束してるだけだよ」

「約束? 何の約束よ」

「内緒……」

「ぶつわよ。ミリィが」

「わ、私がか」

 

 するりと猫のようにパンジーの手をすり抜けたブレーズは、シャツの襟を整えると小さくくすりと笑った。

 

「でも、そっか、君たちはダフネのことを信じてるんだね」

「当たり前でしょ。なんで疑う必要があるのよ」

「君は強いなあ……ちょっとだけ、ダフネが羨ましいよ。いい友達がいるんだね」

 

 ブレーズはどこか遠い目をしてそう言った。

 ふと、パンジーは目の前の青年のことをあまりよく知らないことに気がついた。よくつるんでいる男友達というものもいないように見えるし、取り巻きの女の子たちと何をしているという様子もない。ただ日々を無為にやり過ごすような退屈さ。

 思わず、パンジーはブレーズの背中をひっぱたいた。

 

「いっ、たあ……」

「何抜かしてんのよ。あんたはダフネを庇った! あたしはあんたに飯をやった! ならあたしたちはもう友達でしょうが!」

「うん、ごめん、言ってることはすごく嬉しいんだけどとっても痛かった……じんじんするよ……」

「情けないわねえ、男なら痛いとか言わないの! ミリィに引っ叩かせなかっただけよしと思いなさい!」

「パンジー、私がやったら折れてしまうと思う、うん」

 

 はたかれた背中をさすって目尻に涙を浮かべながら、それでもブレーズは曖昧に笑った。

 

「うん、はは、ありがとう。そっか、友達か」

「あんたって友達いないの?」

「すごい直球なこと聞くね君。いないわけじゃないけど……セオとか、よくしてくれるしね」

「セオドール?」

 

 意外な名前というわけではなかったが、あまり見ない組み合わせだった。

 セオドール・ノット、正確にはセオドール・ノット・ジュニアだが、彼は魔法道具技師である父親がヤックスリーをスポンサーに選んだ関係でヤックスリー閥にいる。あまりパーティーにも顔を出さない彼とのダンスは社交界の乙女たちにとっての憧れだ。

 長身で色白、理知的なセオドールと小柄で弟系な可愛さのあるブレーズは対極的だが、だからこそ通じ合うものもあるのだろうか。

 パンジーがそんなことを考えているうちに、ブレーズはパンジーが持ってきた食べ物を平らげていた。

 

「ありがとう、本当においしかったよ。そろそろトロフィー磨きを終わらせなきゃ」

「魔法学校の罰則で杖を使っちゃいけないのって本当に理不尽よね。フィルチのやつ、自分と同じ苦しみを生徒に味わわせたいだけよ絶対」

「はは、そうかも。……そうだ、夕飯のお礼ってわけじゃないけど、何か僕にできることはある?」

 

 パンジーは顎に手を添えてしばし考えた。

 今、パンジーが何よりも求めているのは情報だ。ダフネに向けられている疑念は生徒内の噂に限った話ではなく、教師たちの接し方もどこか硬さを感じるものになっている。

 もしこの状況が特定の誰かによって引き起こされた陰謀なのだとしたら、パンジーがすべきことはひとつだ。

 

「噂を集めてほしいんだけど、できるわよね?」

「噂?」

「ダフネのことを悪く言っていない生徒の噂。喧嘩したとか、反論したとか、なんでもいいわ。流れに逆らうやつは必ず波風を立てる。絶対に目立つってことでしょ?」

「……そっか、なるほど。()()()()()()()()()()を見つけておきたいんだね?」

「そう!」

 

 ブレーズは深く頷いた。

 

「わかった。やってみるよ」

「そうこなくっちゃ。期待しててあげるから、頑張んなさい」

「うん。その……友達のためだからね、頑張ってみるよ」

 

 はにかむブレーズを見ると妙にそわそわして、パンジーはもう一発ブレーズの背中をひっぱたきたくなった。しかし、流石にそれは可哀想だと思いぐっとこらえ、かわりに置いたままだった皿を拾ってハンカチにくるんだ。

 この調査がいいほうに転ぶかはわからない。今、ダフネは敵だらけのなかで必死にもがいている。この状況を是正しようとする動きが見えないことから察するに、ダンブルドアにも期待できない。

 しかし、それでも何かをしてやりたいと思うのが友達というものだ。

 パンジーは馬鹿な小娘だった。漠然と父のような官僚になりたいという気持ちを抱いていたが、賢さはそれに追いついてなかった。いつかはマルフォイ家に嫁に行って、そのまま家庭に入るものだとばかり思っていた。

 そのパンジーの可能性を開いてくれたのがダフネだ。ダフネはパンジーに学ぶことそのものを教えてくれた。人を教え、導くことを教えてくれた。これに報いることができないのなら、それは友達とは呼べないだろう。

 

「よし、そろそろ行くわ! 罰則ちゃちゃっとこなしちゃいなさい!」

「はは、そうだね、ちゃちゃっとこなすよ。ありがとう。ミリセントも、来てくれてありがとう」

「ああ、うん、頑張れ」

 

 パンジーはミリセントの手を取り、寮のある地下牢に向かって歩きはじめた。

 不思議と少しだけ気分がいい。

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