その血は呪われている   作:海野波香

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 パーティーの帰り道、セストラルの馬車でダフネは眠るアステリアの髪をそっと撫でていた。

 飛ばすつもりがなければ、飛ぶ能力を持っていたとしてもマグル製品である車に魔法をかけること自体は犯罪ではない。アーサー・ウィーズリーは実にいい法律を作ってくれたとダフネは思う。

 ダフネがもう片方の手元で弄んでいたのは、1987年に発売された新型のレンズ付きフィルムだ。使い捨てカメラとも呼ばれるこれは、屋敷しもべ妖精に命じてマグルのゴミ捨て場から回収してきてもらった。

 

「それで?」

「なにがですの?」

「そろそろネタ明かしがあってもいいんじゃないか。今回はかなり協力したつもりだぞ?」

 

 カロー兄妹についての噂を流したのはガウェインだ。

 国際魔法協力部のゲストに近寄り、アミカス・カローについて「幼い無力な子どもに興味がある危険人物なため、あまり近寄らないほうがいい」と忠告する。そのゲストがスクイブの庶子を持っていることはあらかじめ確認を取ってある。

 あとはゲストが真偽を確かめるために噂をあちこちで広め、アミカスの耳に入って爆発する。ゲストはすでに誰から噂を聞いたかを()()()()()()()()()()から、足はつかない。

 そこにヘスティアが写真を持ってくる。

 

「壁に耳ありと言いますでしょう? ヘスティアは偶然現場の写真を手に入れたのです。幸運でしたわ」

「……連中はあれでも死喰い人としては上澄みの杖捌きだ。どうしてそんなことができた?」

「屋敷しもべ妖精って、本当に善良な生き物だと思いませんこと?」

 

 仕掛けはこうだ。

 屋敷しもべ妖精がカロー兄妹を見張る。屋敷しもべ妖精の魔法に対して魔法族は無力だ。もとより気配を殺して主に仕えることに長けた種族である屋敷しもべ妖精には卓越した隠密能力が備わっている。

 そして、カロー兄妹が魔法界全体で悪とされるような、世間体の悪い犯罪を行った瞬間にしもべからダフネに連絡が入る。

 あとはシャッターを切るだけだ。

 

「このカメラのレンズは、しもべの水晶体と結びついていますの。しもべが目撃したものを映すことができる。両面鏡の技術の応用ですわ」

「それは……なあ、魔法法執行部にそのカメラを売る気はないか」

「あら、私はマグル学の予習としてカメラの研究をしていただけでしてよ? 魔法法執行部の皆様にとっては、些か都合の悪い品物なんじゃないかしら。少なくとも法廷での証拠能力には疑いがかかりますわよね?」

 

 ダフネはカメラのレンズだけを魔法のレンズにすげかえた。

 レンズ自体はさほど珍しいものではない。魔法界でよく使われる義眼用のものだ。原作ではアラスター・ムーディがこれを元にした特製のものを使っていた。

 これはマグル製品の不正使用にあたる。本来であれば取締局に通報され、摘発されてもおかしくない。

 しかし、他ならないマグル製品不正使用取締局の局長であるアーサーが作ってくれた抜け穴のおかげでダフネはこれを研究の一環だと主張することができる。

 そして何より、アミカス・カローの凶行を撮影したカメラがこのカメラであるということを証明する技術は魔法界にはない。魔法族はマグルの写真を判別する必要に迫られたことがないからだ。

 それは同時に、マグルの技術で撮影された写真が法廷で証拠能力を疑われることを意味する。捜査に利用するのも違法捜査ということになるだろう。

 

「ぐっ……わかったよ。今回は何も言わないし、目を瞑る。でも、そもそもどうして()()()()()()()()()()()()()?」

 

 微笑んで、ダフネはカメラを置いた。

 そう、ダフネは最初からカロー兄妹を陥れる準備をしていた。

 カロー兄妹をマークしていたのはひとえに原作知識の賜物だ。

 1997年のホグワーツで彼らは暴虐の限りを尽くした。児童虐待に愉悦を感じるような者は味方にはいらない。それなら早々にアズカバンへと収監することで役立てたほうがいい。

 その一方で、カロー姉妹には可能性と魅力がある。

 カロー姉妹がダフネを頼る形を作ることで、カロー姉妹に恩を売りつつカロー兄妹を排除する。不要な危険物を排除するだけで有能な味方が加わるのだ。これほど嬉しいことはない。

 

「ヘスティア、フローラ。これからはカローと言えばあのふたりのことを指すことになりますわね。家名の価値が相応しきところに収まるというのは本当に喜ばしいことですわ」

「……まだ子どもだ。味方を増やせとは言ったが、友達は大事にしろよ」

「あら、お忘れかしら? 私もまだいたいけな子どもでしてよ」

「君のような子どもがそうそういてたまるか」

「子どもはまだ鍛錬されざる思慮の泉を最も多く持つゆえに、すべての動物の中で最もずるく、すばしこく、高慢だ。プラトンもそう言っていますわ」

 

 カロー姉妹には早期から目をつけていた。

 原作知識によれば、ふたりはスラグ・クラブに招待されている。この事実から、いくつかわかることがある。

 まず、彼女たちの両親は死喰い人ではない。ホラス・スラグホーンは「親が死喰い人である」という事実を受けてドラコやセオドールをスラグ・クラブのメンバーに加えなかった。

 また、彼女たちの家系または彼女たち自身がなにかしらの有能さを発揮していることも間違いない。ホラスの嗅覚は有能な人材を的確に見分ける。

 ホラスは人材発掘の天才だ。その事実は彼がトム・リドルをお気に入りとしていたことからもわかる。

 未来の彼がカロー姉妹に目をつけたから、ダフネはカロー姉妹を青田買いすることにした。

 

「まあいい。しかし、局長があそこまで怒り心頭になるのは久しぶりだ。本当なのか? 妹が脅されてるとか、なんとか」

「嘘はついていませんわ。幼い少女がアミカス・カローの妻になるというのはそういうことでしょう?」

 

 もしカメラが捉えたのが他の罪状なら、また他の訴え方をさせていた。

 たとえば犯した罪が収奪なら本家の財産についてグリンゴットに一筆書かせて監査の手を入れてもいいし、殺人なら彼女たちの父親の死についての嫌疑をマスコミに垂れ込んでもいい。

 やりようはいくらでもあった。他のやり方の場合は今回のパーティー以外にもいくつかの手を打つ必要があっただろうが、どちらにせよ盤面は終局が見えていた。

 今回は最悪で最良のパターンを引いたというだけだ。

 

「……ディペット先生はこのことは知っているのか?」

「まさか。ニューイヤーパーティーを一緒に楽しみませんかとお誘いしただけですわ。隠棲していたとはいえホグワーツの元校長となれば、ホストは対応に回らなければなりませんものね」

「目くらましか」

 

 ルシウス、コーバン、デメテル。

 この3人を釘付けにする何かが必要だった。そうでなければルシウスが邪魔をしてくるし、カローの噂はコーバンにかき消されるか、デメテルに嗅ぎつけられて大事になる。

 

「あなたの動くタイミングは完璧でしたわ。ディペット先生にもあなたにも、今度何かお礼をしなくてはいけませんわね」

「そういうのはいい。それより、こういう危ない橋を渡るのはこれっきりにしてくれ。あまり度が過ぎると局長に報告しないといけなくなる」

「でも、嬉しかった。違いますかしら?」

「何が言いたいんだ?」

「あなたたち闇祓いはまだ戦争から抜け出せていない。元死喰い人を見るときの目、とても素敵でしてよ?」

 

 ガウェインは黙って視線を窓の外にやった。

 今回の作戦で一番重要だったのは、ルーファス・スクリムジョールにカロー兄妹逮捕を決意させることだった。マグルの写真という不十分な証拠だけで彼を動かすには、ある程度状況を整えなくてはならない。

 元死喰い人というだけで闇祓いたちは疑いを持って接する。

 児童への性犯罪という、露骨に神経を刺激する犯罪の現場を押さえられたのは僥倖だった。市民感情を考えればルーファスは急いで動かなければならない。

 

「……まあ、認めるよ。俺達はいつだって、逮捕できるなら死喰い人崩れどもを逮捕したい」

「これからいくらでも機会はありますわ」

 

 とはいえ、今回のような巡りあわせはそうそうないだろう。

 ニューイヤーパーティーという特殊な環境が計画を成功に導いた。三大派閥の首領が勢揃いし、闇祓い局局長が臨席していて、外国からのゲストが犯罪者と酒を飲み交わす。こんな機会が他にあるだろうか。

 加えて、マグルの写真という証拠もそうそう役に立つものではない。

 未来でハーマイオニー・グレンジャーがそうするように、魔法を使ってマグルの写真から自身の姿を消すことは可能だ。やろうと思えば内容を捏造することすらできるだろう。つまり、マグルの写真には証拠能力がほとんどない。

 今回うまくいったのは、ヘスティア自身が告発したからだ。妹を庇う幼い少女の勇気ある告発を無下にできる闇祓いがいるだろうか?

 

「カロー姉妹とはいい友達になりたいものですわね」

「あまり無理強いはするなよ。確かに君はあの子達から見たら命の恩人かもしれないが、だからって忠誠を誓う義務はないんだ。君は例のあの人じゃない。人と向き合うってことを忘れないようにしろよ」

 

 例のあの人という言葉が耳に入ったのか、寝ているアステリアがむずがって身を捩った。

 倒れてきた頭を抱きとめてやりながら、ダフネは嘆息した。戦後生まれのアステリアですら、その名には怯える。マグルの子どもがブギーマンを恐れるようなものだ。

 もはや、多くの人々にとってヴォルデモートとは恐ろしい夢のようなものだ。

 

「すまない、気が利かなかった」

「いえ。……少し気になっていたのですが、闇祓いであるあなたすら彼の名を口にしないということは、やはり名前自体に魔法的な縛りがあったのですか?」

「詳しいな。それもディペット先生から教わったのか?」

 

 ヴォルデモートはグリンデルバルドとはまた別の形で人心を掌握する天才だった。

 自らの名乗る名前そのものに呪いをかけ、名前を呼ぶ勇気のある者から死んでいく環境を作り上げた。名前を呼ぶだけでやってくるという事実は人々の心を蝕む。

 ある種のイメージ戦略だ。

 名前を呼ぶだけで襲われる。人々は息を潜め、こそこそと「例のあの人」と名前を伏せて噂を語りあう。今でも多くの人々が名前を呼ぶ勇気を持てないのは、名前を呼ぶとあの死が再びやってくるのではないかという恐怖が残っているからだ。

 恐怖は時に正義よりも長く人を支配する。ヴォルデモートは為政者たりえないが、支配者としては卓越したところがあるというのがダフネの評価だ。

 

「ディペット先生を後見人に選んだって噂を聞いた時は何を考えてるのかと思ったが、歴史の証人に学ぶっていうのは面白いやり方だ」

「先生の書斎は本当に面白いですわよ。アステリアは『幻の動物とその生息地』のサイン入り初版本で魔法生物飼育学の予習をしてますわ」

「俺はそんなに本を読む方じゃないが、さすがにそれは羨ましいな……」

 

 期待をはるかに上回って、アーマンドの書斎は蔵書が充実している。

 アーマンドの監督下でという条件付きではあるが、ダフネとアステリアはすでに杖魔法の練習に取り組んでいる。現代の呪文集では取り扱っていない古い呪文も扱うことができるうえ、ホグワーツ元校長からの解説と指導も加わる。この上ない贅沢だ。

 まだ自分の杖は持っていないが、幸いにして両親の杖は副葬品とせずに相続した。屋敷しもべ妖精やガウェインがいるおかげで当局に検挙されることなく、安心して魔法を使うことができる。

 

「勉強、楽しいか?」

「ええ。今のうちにたくさん予習しておけば、ホグワーツをもっと楽しめますものね」

「そういう年頃っぽいこと言ってるときが一番安心するよ、俺は」

「あら、私はいつだって年頃っぽい女の子でしてよ?」

「あーあ、すぐそういう風に戻っちまうんだもんな」

 

 どちらともなく笑いあう。

 ダフネの計画は一歩ずつ進んでいる。味方を増やし、影響力を伸ばし、敵対勢力を削り、裏に表に手の伸ばせるところを増やしていく。

 肩にもたれるアステリアの柔らかな頬をそっと撫でる。

 この愛しい子がいつまでも笑顔でいられる世界を作るために、手を惜しむつもりはない。時には邪道に手を染めることもあるだろう。悪党の謗りを受けることもあるかもしれない。

 しかし、できるところまでは、アステリアが誇れる姉でいたいものだ。




いつも評価や感想ありがとうございます。励みになっています。
普段あまり評価を見ないようにしてるんですが、知らないうちにバーが真っ赤に染まっていてびっくりしました。読者の皆さんのあったかさの赤です。

政治劇というテーマ上、社会問題を含む繊細な話題に切り込むことがあります。読者の皆さんの心がざわざわするような題材を扱うときもあります。そんなときには無理して読まず、他に気分の向くことを楽しんでいただければいいなと願っています。
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