その血は呪われている   作:海野波香

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補148

特集 魔法界に必要な手

 

 我々英国魔法族は、鬼婆に手を差し伸べられるほど衰退したのか。

 かつて、英国魔法界は楽園と呼ばれていた。グリンデルバルドの脅威が及ばなかった唯一の国であり、さらに遡れば愚かなマグルの魔女狩りに愛想を尽かした人々が駆け込む憩いの地だった。

 それが今や、孤児は飢え、寡婦は働き口も見つからず、ベッド代を払えずに病人から乞食へと落ちていく人々は珍しいものではなくなった。

 マグルの福祉事業に詳しいチャリティー・バーベッジ教授は次のように語る。

 

「私たち魔法族は、魔法が使えるという安心感のもとに生きてきました。それが次第に特権意識につながり、その果てに怠慢を招いたのだと言えるでしょう。マグルは魔法のまの字も知りませんが、それでも助け合うことに関しては私たちよりはるかに優れています」

 

 この語り口に反感を持った方もいらっしゃるかもしれない。マグルが優れているなどということはありえない。それについては同じ思いの方も多いだろう。マグルは魔法を使えないという一点において明らかに魔法族と異なりがある。

 福祉政策を巡っては近年少しずつ議論が交わされてきた。政界の有力者の中には「わざわざマグルの真似事をするほど我々魔法族は落ちぶれてはいない」と福祉政策を推進する者を嘲笑する姿も見られるという。

 しかし、果たして笑う彼らは1クヌートでも募金をしたのだろうか。

 我々日刊予言者新聞は、聖マンゴ魔法疾患傷害病院に対する寄付金額についての綿密な調査資料を入手した。

 この資料によれば、聖マンゴに長期入院する患者の数はある時期を境に大幅な増加を見せているにもかかわらず、1990年代に入ってから寄付金額は減少傾向にあるという。

 ある時期とは、言うまでもない。名前を言ってはいけないあの人が台頭し、多くの犠牲者が出たあの時代のことだ。今でも当時にかけられた呪いに苦しむ入院者は決して少なくない。

 聖マンゴの関係筋に取材してみると、驚くべき事実が見えてきた。

 

「受付に募金箱を設置していますが、1クヌートも入れられない日は数え切れないほどあります。昔は患者の家族や見舞客が惜しまず募金してくれたものですが、最近は身寄りのない入院患者が多いせいで、そういう筋が途絶えていますね。かといって値上げするわけにもいかない。経営は火の車です」

 

 暗い時代は終わった。誰もがそう思っていた。

 しかし、その陰で傷に苦しむ人々は減らないまま、それを支える家族や友人ばかりが減っていった。苦しむ人々は忘れ去られていったのだ。

 

「辛い話ですが、長期入院者の中にはベッド代が払えなくなって追い出される人もいます。患者を見捨てたいわけじゃない。だけど、今この瞬間にも新しい患者がやってくるのに、お金を払えない人をいつまでも置いておくわけにはいかないんです」

 

 関係者の眉間には深い皺が刻まれていた。それは彼が聖マンゴで経営に携わってきた年月の厳しさがそうさせるだけでなく、医療従事者としてのプライドが彼自身を傷つけているようだった。

 苦しんでいるのは病院の患者だけではない。

 ノクターン横丁に詳しいホグワーツの教育関係者は、驚くべき証言を我々に与えてくれた。

 

「そうさな、昔はノクターン横丁に出入りする子どもって言や、やんちゃな悪ガキどもだった。そいつらの襟首を掴んで目を離した親に突っ返すのが仕事だったようなもんだ。ところが……最近は親のねえ子がちいと多すぎる。ノクターン横丁じゃなきゃ生きていけねえような連中だ」

 

 親のねえ子。

 彼の素朴な証言を受けて、帯同していた若いカメラマンの魔女は絶句した。優秀な成績でホグワーツを卒業したばかりの彼女にとって、ノクターン横丁でしか生きられない孤児などというものは想像のしようがないのだろう。

 例のあの人が消え去り、英国魔法戦争が終結したとされるのが1981年10月31日のことである。このころに生まれた出自不明の赤ん坊や、幼少期に親をなくしてノクターン横丁に流れ着いた子どもたち。

 彼らは今や、ノクターン横丁の暗がりだけを居場所に生きている。そこには後ろ暗い仕事があり、出所のわからない食事がある。簡単な浮遊呪文すら教わらなかった彼らにとって、それだけが生きる術なのだ。

 そういった子どもたちに手を差し伸べたのが、あのデメテル・ザビニである。

 デメテル・ザビニの下でチャリティー楽団の運営をしていたジュリアナ・ファイジス女史は、涙ながらに我々の取材に応えてくれた。

 

「デメテルは本当に素晴らしい人でしたわ。戦争で夫と息子を亡くし、魔法がうまく使えなくなった私に居場所と役割をくださった。この御恩は生涯忘れません。もし世間の言うように彼女が何かを企んでいたのだとしても、それは誰かのためであって彼女自身のためではなかったはずです」

 

 ファイジス女史は、英国魔法戦争の犠牲となった我が子の遺体と対面した時以来魔法の力が弱まってしまったのだという。こういった事例は本紙でも多く取り扱ってきたように、強いショックを受けて心が傷つくと我々魔法族は力を失ってしまう。

 うまく魔法が使えず、仕事に悩んでいたファイジス女史。一時期はマグルに紛れて洗濯工場で働くことも考えたが、その時にデメテル・ザビニと出会った。

 

「デメテルは何でも知っていました。とりわけマグルの社会に注目していたように思います。彼女が生まれたアフリカではマグルのやり方を取り入れるのは当たり前のことだと言っていました。生きたいように生きて人を助ける彼女は、私たちの誇りでしたわ」

 

 しかし、そのデメテル・ザビニは鬼婆であることを隠していた。

 これについて以前より彼女の活躍を紹介してきた日刊予言者新聞には多くの投書が寄せられたが、その多くは減刑を求める嘆願だった。

 我々は同じように減刑を求める人物に接触した。彼は全ての答え、その鍵を握っていた。

 

「母は、愛情深い人物でした」

 

 そう語るのは、デメテル・ザビニの息子、ブレーズ・ザビニ氏である。

 ホグワーツの3年生、まだ母の愛を求める年頃の青年は、涙を浮かべながら我々の取材に答えた。

 

「母の名声が高まるにつれて、多くの贈り物が届くようになりました。その中には呪いの品もあったのですが、母はいつも杖の一振りで呪いを解いてしまいました。ところが、いつの間にか母にも呪いの品だと気づかせずにそれは忍び込んでいたのです」

 

 デメテル・ザビニは呪われていた。

 もしこの証言が事実だとすれば、逮捕の正当性にも疑問が生じる。もちろん、彼女は治安を乱した。しかし、その意図が呪いによって歪められていたのだとしたら、罰せられる人物は他にいるということになるだろう。

 とはいえ、彼女が鬼婆であるという事実を隠していたことに変わりはない。人の生き肝を食らうとされる鬼婆には強い偏見の目が付き纏う。彼女たちが古くから魔法界の治安を乱してきた事実は覆らない。

 もしデメテル・ザビニが最初から鬼婆の姿で魔法界に現れたとしたら、我々は彼女の活動を真剣に支援したのだろうか。

 

「母の志に多くの人々が賛同してくれました。もちろん、心からの賛同ではなかったかもしれません。でも、僕は母を信じていますし、母が信じた彼らを信じたいです」

 

 この英国魔法界にデメテル・ザビニが不在になった今、福祉問題は早急に対策すべき課題となりつつある。

 魔法大臣コーネリウス・ファッジは昨夜の会見で、大臣室主導の福祉委員会が発足したことを報告した。しかし、ノウハウを持たない魔法省にどこまでのことができるのか、市民から疑問の声が上がっている。

 かつてデメテル・ザビニのサロンに集った名士たちは、今のところ彼女の後継者となろうという動きを見せていない。多くの紳士淑女に取材依頼を申し込んだが、返事を持って帰ってくるふくろうはいなかった。

 そんな中、我々日刊予言者新聞はブレーズ・ザビニ氏から興味深い情報を得ることができた。

 

「僕の信頼する友達、ダフネ・グリーングラスが母の事業を承継しようと頑張ってくれています。彼女は僕と同い年ですが、とても視野が広く、行動力のある人です。呪いに侵されてなお、母はダフネのことを気にしていました」

 

 世界はいまだ暗雲に包まれているが、その中で若き芽が育ちつつある。

 福祉。それは魔法族がずっと目を背けてきた大きな問題だ。我々はこれから魔法では解決できない問題に立ち向かわねばならない。

 日刊予言者新聞はこれからも、貧困や苦痛に立ち向かう人々に注目していく。

 

 日刊予言者新聞では、聖マンゴ魔法疾患傷害病院への募金を受け付けています。あなたの1クヌートが呪や病に苦しむ人々の明日につながります。

 その他の募金先については日刊予言者新聞までお問い合わせください。

 

(日刊予言者新聞 編集部)

 

***

 

【速報 魔法界に害獣の影!】

 

 週刊魔女では、以前より危険な魔法生物の脅威についてお知らせしてきました。

 突如として消えてしまったギルデロイ・ロックハート氏のような卓越した魔法の腕があれば話は別ですが、私たちには脅威に対する備えが必要です。編集部内のアンケートによれば、世の中にはドクシーすらまともに倒せない魔法使いが多いようです。

 ましてや、敵の中にはとても狡猾で、私たちの寝首を掻こうとしている悪党まで存在します。

 今回その恐ろしい連中について調査してくれるのは、おなじみリータ・スキーター記者です。

 

 彼は私の訪問を喜び、少し窮屈だが居心地のよさそうな居間へと招待してくれた。提供された紅茶は薄く、彼の苦境を感じさせる。

 

――それでは、自己紹介をお願いします。

ルーピン:ライアル・ルーピンです。魔法生物規制管理部で狼人間関係の仕事をしていましたが、今は退職して妻とふたりで暮らしています。

 

 ライアル・ルーピン。

 人好きのする笑顔を浮かべているが、その裏で彼は多くの闇と戦ってきた。彼自身その闇に蝕まれ、今ではこうして多くの親しかった人々との関係を絶ち、魔法界の知識がないマグルの妻に癒しを得て生活している。

 彼が一体どのような闇と戦ってきたのか。その事実は、長らく隠されてきた魔法省の戦いを明らかにするものだった。

 

――狼人間とはどのような存在?

ルーピン:恐ろしい怪物です。人のように賢く、獣のように凶暴。噛まれれば多くは死に至り、そうでなくとも同じ狼人間になる。駆除されて然るべき存在です。

――魔法省が狼人間を駆除しない理由は?

ルーピン:なにかとうるさい人がいるんです。慈善家の類ですね。連中の甘い考えのせいで、捕獲部隊の隊員が月に何人食い殺されていることか!

 

 魔法生物と共存しようという変わった考えの魔法使いや魔女は少数ながら存在している。

 彼らはトロールと相撲を取ったり、ドラゴンと添い寝しようとしたりと意味のない勇気を発揮して命を落とすわけだが、それでも死に損なった人々は他人にまでそれを強制し、あろうことかそれを「権利」や「多様性」といった耳障りのいい言葉でコーティングしてしまう。

 しかし、その裏で狼人間捕獲部隊の隊員のような犠牲者が多く出ている。この事実は、間違いなく報道されて然るべきだ。なぜメディア各社はこのことに沈黙を貫いているのか。何か不気味な圧力を感じてならない。

 

――プライベートな質問をさせてください。それだけ名誉ある職をやめた理由は?

ルーピン:逆恨みで襲われたんです。まだ小さかった息子が犠牲になりました。

――お悔やみ申し上げます。

ルーピン:とんでもない! 息子は生きています。今はホグワーツの教授をしていますよ。でも、あの子が恐ろしく怖い目に遭ったのは確かです。私はいまだにあの子が噛み殺されている夢で目が覚めることがあります。

 

 子どもであろうと容赦せず食らう残虐な生き物、狼人間。

 かつては魔法省も彼らを救おうとした。元は人間である彼らは変身さえしなければただの人間なはずだ、と期待したのだ。しかし、その期待は裏切られた。

 

――狼人間登録簿という制度がありますね?

ルーピン:あれはひどい失敗でした。狼人間なんて大半が手のつけられない残虐な荒くれ者です。ほんのわずかな狼人間が登録簿に参加しましたが、それも制度を悪用しようという狡猾な連中でした。登録に来たと偽って魔法省に入り、魔女を噛もうとしたやつもいましたね。

――狼人間を救う手段はない?

ルーピン:呪いが解けない限り、それはありえないでしょう。そして、狼人間は呪いを解こうとしていない。聖マンゴに狼人間がかかるところを見たことがある人がいますか? 私は聞いたこともないです。

 

 恐ろしい狼人間は私たちのすぐそばにも暮らしているのだという。

 それだけではない。筆者がキャッチした情報によれば、魔法省は近々登録簿について大幅な改正を行う予定でいる。鬼婆や混ざりものといった危険因子をまとめて管理できるようにするのだ。直近でも鬼婆による大規模なテロ騒ぎがあったばかりであり、迅速な対応が求められる。

 筆者は改正案について草稿を手に入れたが、その中に奇妙な一文があった。魔法省は血の呪いにかかったマレディクタスを管理下に置こうとしている。

 

――血の呪い、マレディクタスについてはご存知ですか?

ルーピン:とても危険な呪いです。かかった者、つまりマレディクタスは感情が興奮するたびに獣へと変身します。興奮した獣が何をするかは、言うまでもないでしょう。

――つまり、狼人間と似たようなもの?

ルーピン:大枠では、そうです。これは元同僚から聞いた話ですが、ホグワーツにもマレディクタスの生徒がいるそうです。私が親なら同じ寮には入れさせたくないですが。

 

 話は尽きなかったが、マグルの妻がマグル界特有の病気にかかっていると伝えられたため、安全上の観点から辞去せざるをえなかった。

 狼人間、鬼婆、血の呪い。我々の社会には多くの害ある獣が潜んでおり、それらは時に社会そのものへ牙を剥こうとしてくる。決してそれらの陰謀に屈さないよう、常に杖を磨き、備えなければならない。

 

(文:リータ・スキーター)

 

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