スリザリン寮の談話室、その片隅にある密談用の個室が新学期初日からささやかな賑わいを見せていた。いや、賑わいと呼ぶには少々刺々しい空気だったかもしれない。
「どうしてよりにもよってグリフィンドールなんだ!」
ドラコが憤懣やる方ないといった様子で小刻みに机を人差し指で叩いていた。
そう、ハリーがグリフィンドールに行ってしまったことで、ドラコが企てていた「ハリー・ポッター純血化計画」は頓挫してしまった。
ドラコは先輩たちやOBたちの協力によってハリーにまつわる問題――血を裏切る者であったり、半純血であったりを解決するつもりでいたのだ。しかし、それはハリーがスリザリン生でなければできないことだった。
「いいではありませんか。彼がグリフィンドール初のスリザリン生に愛される生徒になるだけですわ」
「できるか、そんなことが? この二寮の確執は父上からよく聞かされている」
「できるできないじゃなくて、やるんでしょ」
ヘスティアがけだるげにそう言うと、隣でフローラが同意した。
「グリフィンドールに入学した生徒にも同学年の協力者はいます。ラベンダー・ブラウン。彼女は我々の理念に賛同してくれています」
「ハッフルパフに行った中だと有力なのはアーネスト・マクミランね。レイブンクローにはいない。というかあそこに行くようなやつはこういうことに興味ないでしょ」
入学前、カロー姉妹にはある仕事を頼んでいた。
それは協力者を増やすことだ。純血の同世代に声をかけ、結社の理念を表面的にでも伝え、共感してもらって協力を取り付ける。
特にターゲットとしたのが、社交界にさほど頻繁に出入りしていない無党派の純血だ。ブラウン家もマクミラン家も特定の派閥に積極的には属さず、個人的なつながりを大切にしながら自分たちのやり方で家を切り盛りしているところがある。
そういった家の子どもを引き込むのは、新生したことで旗色が不明瞭になったカロー家の姉妹だからこそできることだった。
「ご苦労さまでした、ヘスティア、フローラ」
「大した苦労じゃなかったわよ。私達にとっても横のつながりを増やすのは急務だしね」
「もしそうだとしても、頼んだことをこなしていただいたのならお礼はしなくてはいけませんわね。この貢献はいずれ形にして返しますわ」
ダフネの言葉にヘスティアが肩をすくめた。
カロー兄妹を陥れて以来、ヘスティアはダフネを尊敬しつつも警戒しているようなところがある。その距離感がかえって心地よく、ダフネはヘスティアのことを良き友人と思うようになりつつあった。
「それで、ハリーの件ですけれど」
「流れはあまりよろしくないかと。隣には血を裏切る者のウィーズリーが張り付いています」
「そうね……」
フローラの言う通り、状況はあまりよくない。
ただでさえウィーズリー家は血を裏切る者として避けられがちなのに、アーサー・ウィーズリーがモリー・プルウェットと駆け落ちした過去が純血旧家の大半の顰蹙を買っている。
ギデオン・プルウェットとフェービアン・プルウェットが戦死し、モリー・プルウェットが駆け落ちしたことでプルウェット家という聖二八族にも数えられる貴重な純血の旧家は断絶寸前に追い込まれている。
しかも、多くの旧家が不妊に悩まされる中、モリーは多産であるという点でも嫉妬を買っていた。
「ウィーズリー、ね……」
ダフネとしては、ウィーズリー家に思うところはない。
確かにプルウェット家の断絶は惜しいが、それはそれとしてアーサーとモリーの愛が勝ってしまったというだけだ。愛とはそれほどまでに強力な魔法なのだ。
そもそも、アーサーとモリーが駆け落ちした最大の理由は戦火が拡大するなかでいつまで生きていられるかを不安に思ってのことなのだから、それに加担していた元死喰い人の面々には糾弾する資格はない。
「血を裏切る者であり、純血旧家の末裔。ポッター家の新たな当主を導く友としては、中々相応しいのではなくて?」
「面白くない冗談だ」
そんなウィーズリー家の末弟がハリーのそばにいる。
不憫な話だが、誰よりもハリーに目をかけているドラコはハリーに近寄るのが難しくなった。親どうしの仲が悪いだけでなく、当人どうしの噛み合いも悪い。少なくともふたりは素敵なお友達というわけにはいかないだろう。
かといって、ドラコは原作通りの役割を担うのも難しい。
ハリーと敵対する理由がないうえ、今の彼は原作よりも落ち着きがある。結社というやりがいのある遊びを見つけたことでいじめに手を出す気がなくなっているのではないか。ダフネは最近のドラコのことをそう分析している。
「ウィーズリーを結社に引き込むわけにはいかないの?」
「冗談じゃない、血を裏切る者だぞ」
血を裏切る者。
これは純血がどうこう、マグル生まれがどうこうとはまた別の難しい概念だ。
血を裏切るとはつまり、純血魔法族社会を裏切るということだ。純血の権威を示したリストにケチを付けて他の純血の正統性を揺らがせたり、マグル生まれを贔屓して魔法族に犠牲を生んだり、そういった悪行から生じた蔑称なのだ。
ハリーとロンは先祖に血を裏切る者を持つという点で同じだ。
「あら、それを言うならハリーもそうでしてよ」
「彼は……違うだろ。そもそも一族のことを何も知らないんだぞ、彼は」
ハリーへの同情で目が曇ったドラコには両者が全く別物に見えているらしい。
もっとも、ドラコの考えにも一理はある。
先祖が血を裏切る者だからといって、その一族がいつまでも隅に追いやられて然るべきとはならない。ハリーはヴォルデモートの討伐という功績で一族の罪を清算したと言うこともできるだろう。それだけの偉業を彼は成し遂げたのだから。
一方、ロンやその両親は先祖の意見に同調している。
アーサー・ウィーズリーが局長を務めるマグル製品不正使用取締局は、魔法法執行部において事実上の物品に関する監査部局として機能している。マルフォイ家が代々蒐集家であることを理由に、アーサーはマルフォイ家を敵視している。
親どうしの関係から独立した純血コミュニティの創造。結社の目的を考えれば、まずはこの難題を乗り越えねばならなかった。
「人は自分の選んだ隣人ばかりでなく、神が送ってよこした隣人とも住まねばならない」
「何だって?」
「フルシチョフですわ。ウィーズリーもまた隣人、善隣とできるのならそれに越したことはありません。少なくとも、悪意を低減することくらいはしてみせましょう」
それなりの大仕事になるが、やれることはある。
パーシー・ウィーズリーは権威に弱い。
フレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーは面白いほうに傾く。
そして肝心のロン・ウィーズリーは貧しさにコンプレックスを抱いている。
彼らの根本に共通する正義感とマグルへの隣人愛を思えば結社の中枢に加えるのは難しいが、それは結社の一員として抱き込むのが不可能であることを意味しない。
ダフネはウィーズリー家を攻略する手段を模索するつもりでいた。しかし、そこにドラコが待ったをかけた。
「僕は嫌だ。もっと他にやるべきことがあるはずだ」
「たとえば?」
「……そう、先輩たちの取り込みだよ。これこそ急務だろう? 僕達より先に卒業してしまうんだから」
急場しのぎの言葉にしては的を射ていた。
ダフネが頬杖をついて息を吐くと、フローラが静かな目でダフネを見つめた。
「いかがいたしますか。先輩たちに提案できるほどの利益を私達はまだ生み出せていないのでは」
「悩ましいところですわね。今動いても私達に魅力はない、かといって今動かなければ先輩たちは卒業してしまう」
この結社は、フリーメイソンを模している。
フリーメイソンは友愛団体だ。中世の石工を起源とし、仕事に関する情報の独占と共有によって結社のメンバーが優先して豊かになれるようにしていた。
情報の独占と共有という特徴の関係上、結社のメンバーが少なければ少ないほど意味が薄まり、多ければ多いほど形骸化する。その性質は魔法族の結社であっても変わらない。
そして重要なのが、独占し共有すべき情報がなければ結社に意味がないということだ。
「どうするの?」
「手はあります。ホグワーツならではの情報を活かしますわ」
ダフネの頭脳には
「レイブンクローに協力者がいないのはかえって好都合ですわね」
「というと?」
「まずは学生の一番苦労するところから突こうと思いますの。……全生徒が喉から手が出るほどほしいもの、それは過去問。まずは学生の自習サークルから始めるということでいかがかしら?」
ダフネが着目したのは、後に発足するダンブルドア軍団の座学の弱さだ。彼らは魔法戦士として有能だったが、その一方で座学的な基礎理論をおろそかにしている。
これにはホグワーツの授業、特に闇の魔術に対する防衛術の授業に問題がある。ダフネたちの世代はもっとも重要な初年度の座学教育をヴォルデモートに憑依されたクィレルによって潰されている。あるいはそれもヴォルデモートの計画なのかもしれないが。
そこで、ダフネが座学を補完する。
レイブンクロー生やハーマイオニーにはわからない、
説明を聞いて、ドラコがニヤリと笑った。
「なるほど。純血だけが好成績というわけか」
「最終的には、私達の手を離れても純血の生徒が過去問を元にした教材を更新できるようにします。そして、半純血やマグル生まれの生徒が純血の生徒に教えを請う構造に」
「それは、過去問の入手を通じてコネクションを作るためですか」
ダフネが頷くと、フローラは満足げに目を閉じた。
「表向きは補講寄りの自習サークル。そこから有能な人材を引き抜き、コネクションを築いていくということですね」
「そのとおりです、フローラ」
「安心しました。姉上、この策はうまくいきそうです」
「ええ、そうねフローラ」
結社の表向きの姿が勉強サークルである最大のメリットは、教師に咎められないということだ。マグルやマグル生まれ贔屓のダンブルドアでも介入は難しい。将来的にアンブリッジがやってきても座学サークルはむしろ奨励されるだろう。
その裏で、ダフネたちは純血の家々を味方に引き入れ、マグル生まれや半純血のスポンサーとなる。そこから富が発生するようになれば、大人の社会ともやりあえるようになっていくだろう。
それに加えて、マグル生まれや半純血を教え導くことで純血のあるべき姿を身体に叩き込むという意図もダフネは抱いていた。
「安心したよ。お前のことだから、突拍子もないことを言い出すんじゃないかと思っていた」
「あら、そのほうがよろしかったかしら」
「冗談じゃない」
残りの問題は会合の場所だった。
しかし、それも原作がすでに解決してくれている。
「会合場所ですが、8階の『バカのバーナバス』がトロールに棍棒で打たれている壁掛けの向かい側に隠された部屋があります。そこを使いましょう」
「遠いな。そのへんの空き教室じゃ駄目なのか?」
「その部屋は特別なんですの。そこなら絶対に情報が漏れませんわ。それに、備品を用意する必要もありませんし、今回の計画にはピッタリと言えますわね」
必要の部屋は情報を隠すという点で特に優れた魔法の部屋だ。
もちろん、必要の部屋自体の情報も結社の共有情報になってくるだろう。過去問を用いた補講用には空き教室を借り、純血だけの秘密会合では必要の部屋を使うというわけだ。
「なんか……いいな、こういうの」
「どうしました?」
「いや、なんでもないよ」
あえて口には出さなかったが、ドラコはまるで普通の少年のように目をキラキラとさせていた。ダイアゴン横丁で親に箒をねだるときよりもよほど子どもらしい、素直な表情だった。
こういうところがあるから、ダフネはドラコに期待してやまないのだ。
原作知識とは関係なく、人間的な部分でドラコには好人物になる可能性が秘められていると感じられる。今はまだ嫌味で高慢な男の子だが、その鼻っ柱が折れればいつかは、と期待させてくれるのだ。
「それで、最初はどこから手を付ける?」
「過去問については一旦私に任せていただけるかしら? ヘスティアとフローラは各寮の協力者とつなぎを怠らないでくださいませ。ドラコには声をかけてほしい相手がいますの」
「いいぞ、誰にだ?」
ダフネはにっこりと笑った。
ドラコの夢を叶え、純血の家々に利益を示し、結社の名を上げる。
そんなことができたら、まさに魔法だ。
「確か、スリザリンのクィディッチ選抜チームは全員が純血なのでしたね?」
水を高く売るならば、砂漠で売るのが一番いい。