マーカス・フリントの価値を吟味するような視線が、ダフネに突き刺さっていた。
「お時間をくださって感謝いたしますわ、フリント先輩」
「御託はいい。それで?」
談話室の中央で、ダフネはスリザリンのクィディッチチームに囲まれていた。体格に恵まれ、ラフプレーに耐えうるよう鍛えられた彼らは、控えめに言っても威圧的だった。
傍目にはいじめと取られるかもしれない。
それでも、ダフネは笑みを絶やさなかった。これはチャンスだ。ここを押さえられれば、計画は一歩目を踏み出すことをできる。
「素敵なご提案を持ってきましたの」
「言ってみろ」
「成績を上げたくはありませんかしら」
チームメンバーの何人かが笑い、マーカスの睨みによって黙った。
各寮のクィディッチチームは週3回程度の練習に励んでいる。試合前はもっと追い込むこともある。時には早朝、時には門限ぎりぎりの夜、そんな時間に箒の上で神経を尖らせ、身体を動かし、ボールを追うのは並大抵の苦労ではない。
つまり、クィディッチチームのメンバーは必然的に成績が悪いのだ。
これはチームメンバー全員に共通する、都合の悪い事実だった。純血のみで構成される都合上、彼らは全員実家からいい就職先に入って家の格に傷をつけないことを求められている。
「煽りに来たのか。いい度胸だ」
「せっかくの機会を逃すおつもりなら、そうなりますわね」
「……なるほど、ただのチビではないらしいな」
ダフネはチビと言われるほど小さくはないのだが、マーカスの恵まれた体格から見れば誰だってチビだろう。
少なくとも話を聞くつもりはあるらしいと受け取って、ダフネは話を続けた。
「レイブンクローが他寮と比較して安定して好成績を収める理由をご存知ですかしら」
「そもそもあの寮はガリ勉ちゃんが行く寮だ」
「それでも、独学で授業に追いつけるなら条件は同じだと思いませんこと? 秘密があるのです」
ダフネはローブのポケットから羊皮紙を一巻取り出した。
それを受け取って、マーカスは薄っすらと笑みを浮かべた。どうやら彼も理解したようだった。
その羊皮紙はレイブンクローの寮内にのみ掲示されている勧誘のポスターだ。フローラがレイブンクローの先輩に話を通してくれたおかげで、この一枚を入手することができた。
「過去問を使った勉強会か」
レイブンクローは内向きの寮だ。
彼らは学びを深めることに躊躇しないが、その一方で学んだことを進んで発信しようとはしない。ましてや学んだことを活かして戦おうなどとはしないだろう。ハーマイオニーがレイブンクローではなくグリフィンドールに選ばれた理由のひとつがこれだ。
だから、レイブンクロー生が他寮の生徒と勉強会をするという例はほとんどない。必然的にレイブンクローで使われている教材はレイブンクロー独自のものになっていく。
その一例が過去問だ。
レイブンクロー寮内で代々受け継がれる過去問と、その集積を分析したことで得られる「傾向と対策」はレイブンクロー全体の成績向上に寄与していた。
「ええ。そして、私はより精度の高い過去問を入手しました」
「どうやって……なるほど。お前、面白いな。アーマンド・ディペットの伝手か」
曖昧に微笑んでおく。
こういうとき、アーマンドが後見人になっているだけで周囲は誤解してくれる。前校長という伝手はあまりにも有用だ。少なくとも生徒たちにとっては垂涎ものだろう。
マーカスは前のめりになり、羊皮紙をローテーブルに置いてダフネに続きを促した。
「私の目的は純血が重視される風潮を作ることです。つまり、純血の勉強会を作りたいのです。スリザリン生には、その中核を担っていただきたいのです」
「それで俺達か」
「普段御苦労なさっているのではと思いまして。もちろん、同じスリザリン生としての応援の意図もありますわ。差し入れのようなものとお考えいただければ」
誰だって成績は上げておきたい。プロプレイヤーになることができるのはほんの一握りだ。座学の成績さえよければ、プロプレイヤーになれなくとも安定した名誉ある職が選択肢に入ってくる。
しかし、クィディッチの練習には時間がかかる。
時間がないのなら、効率を上げるしかない。勉強を効率化する最大の手法、それは要点を押さえることだ。何が重視されていて、何が問われるのか。それさえ理解できれば、勉強は格段に効率化する。
そして、過去問とはこれまで重視されてきたこと、問われてきたことの集大成だ。同じ問題が出ることは少ないが、同じ出題意図が含まれることは多い。
「将来的には、純血の成績がいいのは当たり前という環境を作ります。そのうえで、半純血やマグル生まれが純血に教えを請う構造を生み出す」
「……お前、いい性格してるな」
チームメンバーたちはピンときていないようだが、マーカスはにやりと笑った。
半純血やマグル生まれが純血に教えを請う構造。それはつまり、平民が貴族に傅く構造ということだ。純血を誇る生徒にとってはこれ以上ない快楽だろう。そのうち、教え導くことそのものが快感に変わっていく。
ここではまだ計画の全体は明かさない。
しかし、「純血の地位向上」というニュアンスだけは込めておく。そのほうが伝わりやすい。ましてや、ただの勉強会より遠大な計画のほうがモチベーションは高まる。
「いいだろう。チームメンバーから留年生を出さないようにとスネイプ教授にもご指導をいただいたばかりだ」
「ご賛同いただいて嬉しい限りですわ」
「まずは結果を出せ。その過去問でいい成績を取ってこい。結果が出ればお前の計画に乗ってやる。お前の言う構造を作るのを手伝ってもいい」
ダフネはにっこり笑って頷いた。
マーカスを納得させるのには小テストの成績程度では不十分だろう。期末試験で圧倒的な好成績を取らなくてはならない。それこそ、ハーマイオニーに並ぶくらいの。
姉が計画のために勉学に励んでいると聞けば、アステリアはさぞ喜ぶだろう。彼女はダフネが普通の子どもらしい生活を送ることを望んでいる節がある。ダフネとしては、アステリアが幸せに生きる道筋さえ整えられるなら退学になったとしても構わないのだが。
「きっと年度末に驚かせてみせますわ」
「その意気は買う。……もう話すことはないな」
「ああ、これは余談ですが……フリント先輩は卒業後はナショナルリーグに?」
マーカスは意外そうに眉を上げた。
「興味があるのか?」
「社交、狩り、クィディッチ。昔から純血がやることと言えばこの3つでしたでしょう」
「まあ、そうだが……」
社交、狩り、スポーツ。これが英国上流階級の伝統的な生き方だ。そして、その生き方を継承した純血旧家の多くは社交、狩り、そしてクィディッチに没頭した。
しばらくダフネの体型を観察してから、マーカスは首を横に振った。
淑女に対してはあまりにも失礼な態度だったが、ダフネは気にしなかった。オリバー・ウッドのことを思えば、これくらいのクィディッチ狂いはまだマシなほうだろう。
「軽すぎる。それに骨が薄い。ブラッジャーが掠めるだけで骨折するだろう。やるとしたらシーカーだが……プレイヤーには向いてないな」
「ええ、自分でもそう思います。もっぱら観戦趣味ですわ」
「そうか。見学にはいつでも来い。女子の応援があればこいつらの士気も多少は上がるだろう」
なんともありがたい言葉だ。フリント家はマーカスに社交界で適切に立ち回るための言い回しを教えなかったに違いない。
とはいえ、スリザリンのクィディッチ選抜チームと親しくしておくことに損はない。彼らは全員が純血のスリザリン生で、しかも他の寮生から人気がある。もしかしたら他寮にもファンがいるかもしれない。
もし彼らの中からプロプレイヤーでも出ようものなら、その価値は計り知れない。
英国魔法族にとってのクィディッチプロプレイヤーとは、英国マグルにとってのマンチェスター・ユナイテッドの選手のようなものだ。あのルード・バグマンが魔法界の人気者であることは、何らおかしなことではないのだ。
「楽しみにしておりますわ」
「ああ。それじゃ、吉報を期待しているぞ」
マーカスを先頭にチームメンバーたちが去っていくのを見送ってから、ダフネは息を吐いた。
がたいのいい男たちに囲まれると、さすがに息が詰まる。社交界とはまた別の緊張感があった。たくましさは時に圧迫感を生む。
パタパタと駆け寄ってきた足音に顔を向けると、そこには蒼白な顔をしたパンジーがいた。
「ダフネ、大丈夫? ひどいことされなかったわよね?」
「ええ、大丈夫ですわパンジー。フリント先輩はそんなに怖い方ではなくてよ」
「でも、あの囲まれ方!」
パンジーは素直でいい子だ。
原作の7年目、ホグワーツの戦いで「ハリー・ポッターを突き出して降伏しよう」と提案したように、パンジーには少し情勢を読めないところがある。なんでも自分の常識で測ってしまうタイプの、よくいる普通の女の子だ。
身内に甘く、下に見た相手を全員馬鹿にし、誰かの愚かさや醜さをあげつらうことでしか自分の位置を再確認できない幼稚な人格。典型的ないじめっ子だと言っていい。
純血社会はそんなパンジーも肯定する。
パーキンソン家は聖二八族に数えられる純血の旧家だ。どれだけ愚かだろうと、パンジーの血には価値がある。純血社会が続く限り、彼女は生活に不自由しない。
「本当に大丈夫? ワリントン先輩の笑い方、すごく冷たかったわ。あたし、ダフネがぼこぼこにされちゃうんじゃないかと思った……」
「まあ、そんな物騒なこと仰らないで。心配してくれてありがとう、パンジー」
残酷な話だ。
ダフネのために泣きべそをかけるこの少女に「いじめはよくないことだよ」と戒め、諭してやる大人はひとりもいなかった。パーキンソン家という権威に逆らうほど大人は愚かではないし、パンジー個人に興味を持つほど彼女は魅力的ではない。
きっとパンジーの親は娘に賢さを期待していないのだろう。花嫁は愚かな方が愛されるという盲信が、パンジーを作中随一の憎まれ役に仕立て上げた。
「ねえ、パンジー。あなたは優しい子だわ。私を心配してくださったからそんなことを仰るのだものね」
「うん……」
「でも、フリント先輩やワリントン先輩がそんなことを言われていると知ったら、きっと悲しむと思うの。違うかしら?」
「そうかも……」
「怖いと思うのは自由ですわ。本当はね、私もちょっとだけ怖かったんですのよ? でも、それを表に出すのは失礼なこと。だから、このことはふたりだけの内緒、ね?」
ダフネがパンジーの手を握ってやると、パンジーは鼻をすすりながら頷いた。
パンジーには賢くなってもらわなければならない。
せっかくのパーキンソン家令嬢という駒を気性難だけで捨てるほど、ダフネは贅沢者ではない。多少扱いづらい駒でも、使い道はあるのだ。
「あなた、もう天文学の宿題は終わっていて? 私、これから片付けようと思っていましたの。付き合ってくださる?」
「うん、あたしもやる」
「そちらにいらっしゃるあなたも、よければいかがかしら?」
柱の近くでこちらを伺っていた高身長の女子生徒が、肩をびくりと跳ねさせた。
「わ、私か」
「ええ。ダフネ・グリーングラスと申します。同じ一年生のミリセント・ブルストロードさんでしょう?」
「そうだが……」
ミリセントは少し気まずそうに表情を歪めた。
彼女はまだスリザリン寮に馴染むことができていない。完全に浮いているというほどではないが、彼女の抱える事情を知る生徒からは冷たい扱いを受けている。
「ぜひ仲良くしたいと思っていましたの。ホグワーツで新しくできるお友達って新鮮ですわ」
ミリセントは社交界にいなかった。
それは彼女が半純血だからだ。聖二八族であるブルストロード家の直系子孫でありながら、彼女は純血ではない。ブルストロード家は家系を存続させるために血を濁らせることを選んだとして軽蔑されている。
もはやブルストロード家は純血ではない。
その事実がミリセントの価値を低くしていた。スリザリン生のうち純血主義に傾倒している者はそれとなくミリセントを嘲り、そうでない者もできるだけ関わらないようにしていた。
「そうか、その……よろしく」
「ええ、よろしく。お友達が増える時って、いつでもドキドキするものね。そう思わないかしら?」
ミリセントはまるで壊れた機械のように頷いた。
社交界にも出してもらえず、かといってマグルと親しくするわけにもいかず、その結末にあるのは口下手で不機嫌で暴力的な不良娘だ。混血のブルストロードという立場が彼女の人生を狂わせてしまった。
しかし、今ならまだ彼女の人生を変えられる。
「さあ、一緒に宿題をやっつけましょう。天文学ってどうしても後回しにしがちですの、私」
「わかる! 見て書くだけってなんかつまんないのよね」
「あ、わ、私も……」
三人で寝室へ上がり、宿題と教科書を取り出しながら、ダフネは思案した。
ミリセントが厚遇されれば、同じように純血を諦めた元純血の旧家たちに希望を持たせることができる。
多くの場合、純血とは三代にわたって魔法族であることを意味する。親から祖父母の代に至るまでひとりもマグルが含まれていなければ、ひとまずは純血として扱われる。
もはやブルストロード家は正統な純血ではないが、もう一度純血を目指すことはできるはずだ。
「あんた、そんなちゃちい望遠鏡使ってるの? だめよ、天文学は道具けちっちゃ何も見えないんだから! しょうがないわね……あたしのを貸してあげるから、今日の宿題はこれで片付けなさい!」
「あ、ありがとう」
ダフネが友達だと言えば、パンジーは素直にミリセントを身内にカウントする。そして、パンジーの身内であれば少なくとも1年生には受け入れられる。
もちろん、ミリセントは結社の中枢には踏み入れさせない。それでも、ブルストロードという家名を再興させる意志さえ持たせれば、ミリセントは魅力的なサンプルになる。
利用価値がある限り、ダフネは誰も見捨てない。
いつも感想、評価、ここすき、誤字報告ありがとうございます。
帰省のため数日間感想返信、誤字報告の反映が遅れると思います。予約投稿してあるので更新はされます。