その血は呪われている   作:海野波香

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書くの楽しくなってきたので連載に変えました。


003

 燦々と日が照らすテラス席はまるで夏の心地よさを独り占めしているかのようだった。

 見上げれば青空に花火。漏れ鍋の2階に突き刺さる光が窓で反射してキラキラと輝いている。フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーはダイアゴン横丁で最も美しい場所のひとつだ。

 

「高位にある人間は三重の下僕である。君主あるいは国家の下僕、名声の下僕、仕事の下僕」

「金言ですね、お姉様」

「ベーコンの言葉よ、アステリア。マグルにも歴史があり、そして家柄の高低があるという事実は興味深いわね。マグル学者はこういう研究はしないのかしら」

 

 ストロベリーサンデーをつつきながら語るにしては少々重い話題だったかもしれない。それでも、健気なアステリアは興味深げに頷いてくれる。なんと愛おしいのだろう。

 ダイアゴン横丁のフォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーといえば老舗中の老舗だ。なんせ店主のフローリアン・フォーテスキューはダイアゴン横丁商業組合の組合長を務めたことすらある。

 歴史とは偉大である。

 

「いやあ、最近の子は難しい勉強をしてるんだねえ。ベリーソースのおかわりはいるかい?」

「ぜひ。ミスター・フォーテスキューはマグル学へのご興味は?」

「学生時代は占い学を取ったよ、占いで一山当ててみたくてね。ご覧の通り、才能はなかったわけだけれど」

 

 肩をすくめて笑ってみせる気前の良さそうな中年こそがフォーテスキューだ。

 原作ではいまいち目立たない人物だったが、少なくともダイアゴン横丁の一等地でアイスクリームパーラーを経営できるだけの手腕はある。彼の作るサンデーはアステリアを虜にするほどおいしい。

 

「他に何を取ったか当ててみせましょう。占い学と……ルーン文字学ですわね?」

「おお! 正解だ」

「すごいです、お姉様!」

「大したことではないわ。デクスター・フォーテスキューは校長になる前、ルーン文字学の教授だったでしょう? 著書を読んだことがあるわ」

 

 いやあ、まいったなあと笑いながら頭を搔くその様子には一切の気負いがない。気持ちのいい男だ。

 先祖にはホグワーツの校長もいる由緒正しい純血の一族だ。マグルに与するような血を裏切る者でもない。しかし、闇の陣営に下ることなく、最後には誘拐され死んでいった。

 溶けはじめたストロベリーサンデーを銀のスプーンで絡め取りながら、ダフネはフォーテスキューに微笑みかけた。

 

「噂では、毎年ルーン文字学に誤った期待をして入ってくる生徒がいるとか」

「そうなんだよ! ルーン文字学に東洋の札術みたいのを期待してくる子が多いんだ。どちらかと言えば魔法史の発展科目なんだけどね」

 

 フォーテスキューの言う通り、ルーン文字学とは杖魔法とは別の魔法体系のことではない。ルーンを刻んだ石から立ち昇る魔法というのはいかにもマグル的で魅力的な妄想だ。

 誤解されがちだが、ルーン文字学とは「ルーン文字の読解」、つまりマグルの学校で言うところの古典に近い授業だ。グリーングラス家にもルーン文字で書かれた資料が眠っている。

 つまり、フォーテスキュー家はバチルダ・バグショットとは別の方向で魔法史を語り継いできた一族だと言える。

 

「私もホグワーツに入ったらルーン文字学を取ろうと思っていますの」

「いいね! 歴史はいい。無数の浪漫が君を待っているよ」

「古きを温ねて新しきを知ると言いますものね。……そういうわけで、そろそろ()()()()()()()()()()()()を」

 

 ダフネは今日、茶をしばきに来たわけではない。いや、アステリアが「甘いものが食べたい」とこぼしていたのが一番大きな理由だが、このアイスクリームパーラーを選んだ理由はそこではない。

 数週間の手紙のやりとりの末、フォーテスキューはダフネにあるものを貸し出すことに同意した。

 フォーテスキューは少し困ったように眉を曲げた。あまり気乗りがしないという様子だった。

 

「まあ、あったにはあったけど……おじさんとしては、君にはまだ早いんじゃないかと思うんだよね」

「一応お伝えしておきますが、私は闇の魔術に関心を抱いているわけではなくってよ? これはあくまで歴史学的関心ですわ」

「まあ、うん、伝記の類だし大丈夫だとは思うけど……」

「お姉様、何のお話ですか?」

「ミスター・フォーテスキューの蔵書を借り受けたいというお話よ。ミスター・フォーテスキューはその筋では名の通った愛書家でらっしゃるのよ?」

 

 いやあ、と謙遜するように首を掻きながら、フォーテスキューが少し気まずそうに笑った。中年というのは蒐集家としては若手だ。一角の人物という扱いを受ければかえって気まずいことだろう。

 そんなフォーテスキューに対して、ダフネはある蔵書を借り受けたいという手紙を送った。

 

「大体、僕がこの本を手に入れたってどこで知ったんだい?」

「あら、火のないところに煙は立たないと申しますでしょう? この諺は時には煙を立てずに火を起こす難しさをも想起させるものです」

「参ったなあ」

 

 蛇の道は蛇だ。

 ダフネはボージン・アンド・バークスの店主に依頼してちょっとした買い物をするついでにガリオン金貨をいくらか積んだに過ぎない。ついでに最近の売れ筋を見てみたいとねだっただけだ。

 ボージンは取引記録を売ることに何の躊躇いも見せなかった。それはつまり、ダフネが取引記録を買ったことを誰かに売ることにも何の躊躇いも見せないということだが。

 

「どうやら随分と吹っかけられたご様子ですわね。経営が傾かないことを祈っておりますわ」

「そこまでバレてるのかい!?」

「いくら発禁処分で絶版とはいえ、伝記を一冊買うのにかかる値段とは思えませんわね。それほどまでに希少になってしまったのですね、()()()()()()は」

 

 腐ったハーポの伝記。

 他愛ない、本当に他愛ない伝記だ。性質としては娯楽小説に近い。ただ、その記述には間違いなくハーポを研究した者の知見が含まれていたという噂だ。

 闇に惹かれてちょっとした火遊びをするような人間に人気があり、そこそこの数が刷られたが、発禁処分になりほとんどが回収されてしまった。

 魔法界の発禁処分はマグル界のそれとは訳が違う。魔法による禁書だ。特殊な処理をしなければ本を開くことすらできなくなる。

 しかし、歴史を重んじるタイプの愛書家というのは、大抵の場合抜け道を知っているものなのだ。

 

「うーん……わかった! でも、本当に内緒だよ? それに、扱いには気をつけてくれ。読める状態の『腐食公ハーポ伝』は、たぶんイギリスじゃこれが最後なんだから」

「もちろんですわ。ご厚意に心から感謝いたします」

「はいはい。ちょっと待っててね」

 

 足音を立てて店の奥へと引っ込んでいくフォーテスキューは、少し呆れたように笑っていた。愛書家として、自分もこうして本をねだった経験があるのだろう。

 そう、ダフネの狙いはハーポの伝記だった。

 

「お姉様、本当にハーポにお熱ですね……」

「あら、ハーポはすごいのよ?」

「そんなに?」

「そんなに。悪人エメリックや極悪人エグバードのような闇の魔術師は所詮無法者の魔法戦士よ。けれどね、ハーポは自らの発明で歴史を変えたの。ハーポが人を殺さずとも、ハーポの発明が人を殺すのよ」

「お待たせ。随分と詳しいんだね? 実を言うと僕はこの本積んだままだったからさ。貸す前にざっと目を通したけど」

「受け売りですわ。ディペット先生から本物のバジリスクについての話を聞きましたの」

 

 適当についた嘘だったが、フォーテスキューは納得したようだった。

 イギリスで最後にバジリスクが目撃されたのは400年前。ディペットですらまだ生まれていないのだが、それでもそれなりの説得力はある。

 大体、バジリスクは作りやすすぎるのだ。鶏の卵をヒキガエルの下で孵すだけで生まれるなど、マグル界のあらゆる兵器よりコストパフォーマンスが高い。蛇語使いにしか従わないという点を除けば、とても便利だ。

 生憎とダフネは蛇語使いではない。バジリスクが役に立つことは当分ないだろう。

 それよりも重要なのが、「分霊箱」という単語が載っているかどうかだ。

 分霊箱。そのキーワードを解禁できるかどうかで、これからのダフネの計画は大きく変わってくる。

 

「ハーポの発明した魔術の中には今も使われているものがありますでしょう? 対策を考える上で、魔術のルーツを辿るのは闇の魔術に対する防衛術の王道ですわ」

「ちょっと古臭いやり方だけどね。チョコスプレーのおかわりは?」

「いただきますわ」

 

 姉妹でひとつのサンデーをつつきながら、ダフネは企みを膨らませていた。

 分霊箱について記述があるとされる本は3冊ある。『最も邪悪なる魔術』、『深い闇の秘術』、そしてこの『腐食公ハーポ伝』だ。

 闇の魔術に関する本を読んだと公言するのは印象が悪い。たとえそれが血の呪いを研究した先祖が遺したものだと主張しても、ダンブルドアは闇から生じたものを認めはしないだろう。

 それに比べれば伝記は幾分扱いが軽い。ハーポ自体は蛙チョコカードにもなっている有名人だ。伝記が出ることはおかしなことではない。

 

「ミスター・フォーテスキューのような親切で知的な紳士の助力があれば、私としては心強い限りですわ」

「いやあ、知的って柄でもないが……」

「それに、私が何を読んでいるかわかったほうが()()()にも都合がいいのではなくて?」

 

 一瞬の沈黙。

 相手を多少賢い子ども程度に見て油断していたからこそ、生まれてしまった「反応できない」という反応。それが答えだった。

 本を借りるために会いに行く? それだけで済ませるほどダフネは暇ではない。

 ここからが本題だ。

 

「テラス席は漏れ鍋の2階から視線が通る一等地。アイスクリームパーラーは常に客入りのいい商売ではないのに、冬場も開店されていますわね? 随分と太いスポンサーがいるようですこと」

「……はは、そこは僕の腕って言ってほしいなあ」

「私のおねだりに応えたのは釣り餌。()()()は私が魔法省やホグワーツに庇護を求めなかったことに疑念を抱いている。違いますかしら?」

 

 フローリアン・フォーテスキューは不自然な人物だ。

 アズカバンからシリウス・ブラックが脱獄したあと、家出したハリーを2週間もの間実質的に保護していたのはフォーテスキューだった。

 原作によれば、フォーテスキューは30分ごとにハリーにサンデーのおかわりを提供し、魔法史の宿題を手伝った。これはただの客に対する態度ではない。

 なぜハリーをその場に留め置く役割を担ったのだろうか?

 そして、フォーテスキューの最後は光の陣営としての戦死でもなければ、無辜の市民として虐殺されたわけでもない。死喰い人に誘拐された末、密かに死んでいった。

 常識的に考えて、利用価値のない人間を誘拐するだろうか?

 ロンドン唯一の魔法族の街、その門を管理する漏れ鍋。そこは暗黙の了解として行政との連携を取っているに違いない。

 では、その漏れ鍋から監視できるように作られたアイスクリームパーラーが代々フォーテスキュー家によって営まれているのは偶然だろうか?

 

「魔法法執行部ですわね。でも、あなたの歩き方は訓練された闇祓いのそれではなかった。民間協力者。そうでしょう?」

「お姉様、それは!」

「静かに、アステリア。騒ぎになると都合が悪いのはお互い様なのよ」

 

 フォーテスキューは笑みを浮かべたままだったが、その瞳は溶けかけのサンデーを凍らせてしまいそうなほど冷たかった。

 ややあって、フォーテスキューはゆっくりと息を吐いた。

 

「誤解しないでほしいんだけど、僕の本業はあくまでアイスクリーム屋さんだ。甘くて冷たいものでみんなを笑顔にしたいだけなんだよ」

「ええ、もちろんですとも。おいしいストロベリーサンデーでしたわ」

「ありがとう。……まいったなあ、スクリムジョールにどやされるよ」

 

 現闇祓い局局長の名前が出てきたことで、ダフネの推理は確信に変わった。

 誰も考えすらしないだろう。みんなに愛される陽気なアイスクリーム売りのおじさんが、実は魔法法執行部の民間協力者などとは。

 

「ディペットじいさんを選んだのは賢かった。マルフォイやヤックスリーに頼るよりはよっぽど賢い」

「お褒めにあずかり恐縮ですわ」

「だからこそ、君たちは目立ちすぎたんだ。君の一族の研究成果には闇の魔術も含まれてる。君たちの、その……呪いについては同情するけど、それはそれとして君たちのご先祖の中には自棄を起こした人もいただろう?」

「警戒されて当然、返す言葉もございませんわね」

「いや、君のような子どもを警戒するなんてスクリムジョールの被害妄想だと思うけどね!」

 

 大正解だ。

 そう内心で嘯いて、ダフネはサンデーの盛られたガラス皿から溶けたミルクアイスを掬った。

 グリーングラス家は決して闇と交わらなかったわけではない。血の呪いの研究を進める中で禁忌に手を染めた者もいれば、フォーテスキューの言う通りどうせ治らないのだからと自棄を起こした者もいる。

 ダフネはどちらでもない。

 しかし、それはダフネが無害であることを意味しない。

 そのすべてを溶けたミルクアイスと一緒に飲み込んで、ダフネは微笑んだ。

 

「全部バレてたのか。一体どこで気づいたんだい?」

「乙女の勘ですわ」

 

 ダフネには原作知識というワイルドカードがある。このテーブルでダフネに負けはないのだ。

 もちろん、原作でフォーテスキューが魔法省の関係者であることはどこにも明示されていない。これはダフネが前世の知識を駆使した結果の妄想に過ぎなかった。

 しかし、シリウス・ブラックの脱獄に際してファッジが直々に保護と監視を任せた人物が無関係であるはずがないという予想は立てられる。

 あとはいくつかの情報収集。

 ボージンが「ダフネ・グリーングラスは取引リストを買いました」と告げ口した相手が闇祓いだったのが決定打だ。母の葬儀に来ていた彼の顔はよく覚えていた。

 しかし、そんなことをわざわざ説明してやる義理はない。

 

「そりゃ勝てないや。ちなみにだけど、黙っててくれたりは……」

「もちろん。ただ、相応のご協力をいただければですけれど。私、持てるコネは持っておく主義ですの」

 

 フォーテスキューは困ったように笑って、それからちらりとアステリアを見た。

 アステリアは何が何やらという様子で、サンデーを食べる手もすっかり止まっていた。しかし、それでも姉が何か大切な話をしているらしいということだけはわかったのか、真剣そうな表情でわかったように頷いてみせた。

 その様子があまりにおかしくて、ダフネは思わず笑い声をあげた。

 

「なっ、なん、お姉様!」

「もう、アステリアったら。わからないときは素直にわからないと言っていいのよ?」

「もう……じゃあ、何のお話だったのですか?」

「こちらのミスター・フォーテスキューにお友達を紹介してもらいたいというお願いをしていたところよ」

「お友達! お姉様はお友達が多くてすごいです、アステリアも見習わなければなりませんね」

 

 無邪気なものだ。この性格なら友だちなど100人でも1000人でもできるに違いない。

 フォーテスキューは安心したように笑って、それから頷いた。

 

「君なら大丈夫そうだ。よし、本当の望みを言ってごらん。僕にできる限りのことをしよう」

「ご厚意に感謝いたしますわ。では、そうですわね……」

 

 スプーンに残ったストロベリーソースを舐め取って、きっと今、自分はひどく悪辣な笑みを浮かべているのだろうなと自覚しながら、ダフネは笑った。

 

「ゴブリン連絡室室長、カスバート・モックリッジ様に繋いでいただけるかしら。ゴブリンと秘密の商談をしたいの」

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