その血は呪われている   作:海野波香

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 クリスマス休暇がやってきた。

 

「アステリア!」

「お姉様、苦しいです……」

 

 念願の妹である。

 律儀にも9と3/4番線まで迎えに来てくれた愛しいアステリアを抱きしめていると、呆れた様子で頭上から笑い声が響いた。

 

「おいおい、ほんの4ヶ月で参ってるのか? トロールを相手に立ち回った勇気もここでは型無しらしいな」

「うるさいですわよ、ガウェイン。姉妹の感動の再会を邪魔しないでくださいませ」

「お姉様、アステリア潰れちゃいます……」

 

 アステリアをぺしゃんこになるまで抱きしめてから、ダフネはようやく帰路についた。

 

「お姉様は無謀です! トロールに立ち向かうだなんて! 身長が4メートルもあるんですよ! アステリアの3倍以上ですよ、3倍以上!」

「ごめんなさいアステリア、必要に迫られてのことだったのよ」

 

 手紙でも散々怒られたというのに、どうやらアステリアはまだ怒り足りないようだった。

 トロールの一件はホグワーツ内外にちょっとした騒ぎを生んでいた。

 実のところ、ホグワーツでこういったトラブルが起きること自体はさほど珍しくはない。野生の魔法生物が迷い込むこと自体は往々にして起こりうることだ。それが偶然凶悪なトロールだったというだけのことでしかない。

 世間は母校を懐かしみつつ、ガウェインのようにこう口にするのだ。

 

「しかし、先生方が対応するより早く生徒が出くわすなんてことは初めて聞いたな。絵画にゴースト、ホグワーツには山ほど警報が置かれてるわけだが」

「ええ、びっくりでしたわ」

 

 トロールの()()ルートはまだ明らかになっていない。

 これはつまり、ホグワーツをよく知る内部の手引があったことを意味する。トロールが自ら警備の目をくぐり抜けるような判断を下すわけがないし、よしんばそんな奇跡が起きたとしてトロールが全ての絵画を避けられるはずがない。

 ダフネは誰が手引したかよく知っている。しかし、証拠がない。

 人気のない路地に回してもらったセストラルの馬車に乗り込みながら、ダフネはどこまで説明すべきか考えを巡らせた。

 

「ま、元気そうでなによりだ。こればかりは手紙じゃわからないからな」

「ええ。妹の世話をありがとう、ガウェイン」

「仕事だからな。行くか、色々聞きたい話も積もってる」

 

 自動で目くらましの呪文が発動し、外側からは透明になった馬車が空を駆けていく。ここからは家まで一直線だ。

 駅前で買ったミンスパイをかじりながら、一行はグリーングラス家の邸宅まで空の旅を楽しんでいた。

 

「それで、ホグワーツは順調か?」

「ええ。結社の理念に賛同する会員も順調に増やせていますし、先輩たちの中にも印象を受けいれられつつあります。計画は順調に進んでいますわ」

「そうじゃなくて、友達ができたとか、勉強がうまくいったとか」

「そうですよ、お姉様がホグワーツを楽しんでくださるのがアステリアには一番です!」

 

 このふたりはどうもダフネがホグワーツに遊びに行っているとでも思っているようだ。

 

「残念だけど、そんな暇はないの。やるべきことがいっぱいで、頭がパンクしそうだわ」

「だからこそ、助けてくれる人を見つけるべきじゃないか」

「結社で十分でしょう。大体、同学年に期待することじゃありませんわよ。あなたはホグワーツの1年生を過大評価しすぎですわ」

「ハリー・ポッターはどうなんだ?」

 

 ダフネが黙ると、ガウェインが我が意を得たりとばかりにニヤリと笑った。

 ハリーは確かに聡明だ。勉強ができるという意味ではなく、冷静にさえなれれば万物を見通す視野を持つことができる。特に人の心理を読み解くことについては生まれついての開心術士と言っていいレベルで鋭い。

 しかし、それだけだ。

 彼はまだ普通の少年に過ぎない。これからたくさんの冒険を経験して、能力を磨き、名実ともに英雄となっていく。

 ダフネはその道筋をある程度サポートするつもりでいた。

 

「できるだけ支えてあげたいとは思っていますわ」

「お、いいじゃないか! そういう話を聞きたかったんだよ」

「彼は過酷な運命の下に生まれたようですから」

「そういう話じゃないんだけどなあ……」

 

 ハリーを支えるメリットは大きい。

 そもそも、ハリーは政治的なスタンスを明らかにしていない。強いて言えば純血至上主義へのカウンターとして親マグル心理を抱えていた程度で、闇祓い局局長として特定の層を擁護するような姿勢を示したことはない。

 彼はよくも悪くも政治のような難しいことを考えるのが苦手な若者だ。純朴とも言える。そういうとき、彼はいつも自分の偏見と他者の頭脳で判断しようとする。

 そしてそれはつまり、ダフネがそばにいればハリーに純血派閥の価値を認めさせるのも可能だということを意味するのではないか。

 ハリーには期待していた。ハーマイオニーがいる以上、ハリーを純血側に引き込むことはできない。純血主義はハーマイオニーの不利益だからだ。しかし、ハーマイオニーが派閥としての純血を認めるきっかけになることはできる。

 

「見どころのある生徒は多いですわ。マクミラン、ブラウン、フリント……」

「こうも純血が並ぶと壮観だな。もっとこう、プライベートのお友達とかいないのか?」

「そうですよお姉様、安心して話せるお相手とか!」

「あなたたちは私に何を期待しているのかしら……?」

 

 安心して話せる相手などいはしない。たとえドラコであっても安心して話すことなどできはしない。

 ダフネの一挙手一投足は常に失敗の可能性とつながっている。蝶の羽ばたきが竜巻を起こすように、ダフネの一言がヴォルデモート討伐の失敗を招きかねない。そうなれば純血社会の再興も何もあったものではないだろう。

 もしかしたら、すでにどこかで失敗を犯しているかもしれない。そう思うと、ダフネの寝付きはどうしても悪かった。

 原作知識は糧でもあり、枷でもある。

 

「ああ、でも、お友達はできましたわよ」

「どんな方ですか?」

「ミリセント・ブルストロードさんよ。ブルストロード家の方だけど、生まれに複雑な事情があってパーティーの類にはいらっしゃらなかったの。これから仲良くできたらと思っているわ」

「……なんだろうな。いい話のはずなのに背筋が寒いぞ」

 

 馬車がロンドンシティの上空を抜けた。

 話は次第にホグワーツのことから、世情のことへと移っていった。

 

「ザビニのやつがなんとしてでも魔法法執行部のバックオフィスに人員を送り込もうとしてる。ファッジに試験制度を用意しろってごねてるよ。やつの目論見はなんなんだ?」

「お得意の保険金殺人をノウハウ化して信奉者に使わせるおつもりなのでしょうね」

「それって……大犯罪じゃないか!」

「6度も成功体験を積ませた魔法法執行部の落ち度ですわ。帰ったらスクリムジョール閣下に改めて注進してみては?」

「その閣下が一番ご執心なんだよ、やつの逮捕にな」

「デメテル様って恐ろしい方ですね……自分を愛してくれる殿方をお金のために殺してしまうなんて、残酷にもほどがあると思います」

 

 なんと優しい言葉か。アステリアに悪い男が言い寄ってきたら、その時こそダフネは本気で政治をやることになるだろう。そんな男は失脚して全財産を失い路頭に迷って当然なのだ。

 隣に座るアステリアの髪を撫でながら、ダフネは考えた。

 ヴォルデモート的な純血至上主義ではなく、団結した純血派閥による純血社会を構築するためには、まず既存の派閥を解体および吸収合併していかなくてはならない。

 現代の純血派閥は大きく3つに分かれている。

 ルシウス・マルフォイ閥。

 コーバン・ヤックスリー閥。

 デメテル・ザビニ閥。

 マルフォイ閥については目処がついている。そう遠くない段階でマルフォイ閥を味方につける策をダフネは練っている。

 一方で、一番切り崩しが難しいのがザビニ閥だった。

 

「どうする気なんだ? 君の野望を達成するには、ザビニを攻略する必要があるはずだ」

「大多数の専制は集合化された専制である。バークですわ」

「つまり?」

「ザビニ閥が少数派である限り、彼女たちは支配者にはなりえない。民主主義というのはね、ガウェイン。多数派を取った者が勝ちというシンプルなゲームなのですわ」

 

 ザビニ閥には明確な弱点がある。

 それは、弱者の代表者でありながら弱者を救済しないという点だ。デメテルは弱者を支持基盤にしている。それはつまり、弱者が弱者であり続けることを前提とした権勢でしかない。

 他の者が弱者を救ってしまえば、ザビニ閥の権勢は揺らぐのだ。

 

「元来、慈善活動とは高貴な身分の義務でした」

「……純血旧家にそれをさせるって? 無茶を言うな」

「あら、できないとお思いかしら? ホグワーツではすでに萌芽しつつありますのよ?」

 

 ダフネが蒼の貴血(ブルーブラッド)の最初の活動を勉強会に設定したのには、学校内で動きやすいという以外にも理由がある。

 成績優秀者の多くは内心で自分の知恵をひけらかしたいという欲に駆られている。ハーマイオニーが誰にも彼にも望まれてもいない音声ガイドをしていたように、人間の内側には知識を露わにして称賛されたいという欲が眠っているのだ。

 そして、「純血だけが知る秘密の教材」で成績を伸ばした暁には、誰しもが自分の優秀さを喧伝したくなるだろう。さらには、教材を手に入れることができた自分の特別さも。

 その心理を突く。

 

「手紙でもお伝えしたとおり、結社は勉強会を開きます。しかし、結社だけが勉強会を開く権利を有するわけではない。おわかりですわね?」

「……純血がマグル生まれや半純血に勉強を教えると?」

「最初のうちはうまくいかないこともあるでしょう。純血の生まれの子どもにも体面というものがありますものね。しかし、教材があって、結社がそれを奨励したならば?」

 

 ガウェインが唸った。

 現状、純血旧家の多くは貴族気取りと揶揄されることはあっても、貴族ではない。

 しかし、振る舞いを改め、マグル生まれや半純血に貴族と認められれば、改革はスムーズに進むだろう。

 

「それに、出会いの機会も増えますものね」

「であっ……おいおい、純血とマグル生まれをくっつけようって言うのか、君は!」

「そのほうが健康ですわ」

 

 ダフネは「純血でいたほうが有利な社会」を作る。それは決して、「純血でいなければ罰せられる社会」ではない。

 マルフォイ家がそうであるように、相応の対価を支払えばマグル生まれや半純血の血を取り入れながら純血旧家として振る舞うことはできる。遺伝子異常のことを考えるのであれば、むしろそのほうが健康的だとすら言える。

 健全な純血社会を作るためには、むしろマグル生まれや半純血と結婚する機会が生じたほうがいいのだ。

 

「驚いたな……てっきり、純血性にこだわるものだと思っていたが」

「重要なのは純血というステータスですわ。金を払ってでも純血の看板を買いたいと思える環境を作ること。それこそが真のゴールです」

「それは、まあ、そうなんだが……」

 

 梳かし終わった髪にリボンを結わえてやっていると、アステリアが爆弾を放り込んだ。

 

「じゃあ、ハリーさんとお姉様が結婚しても問題ないですね! 生まれてくる子は純血ですし!」

「……あ、アステリア?」

「……おやあ、君にしては珍しくない動揺具合じゃないか。さては何かあったな?」

「何もありませんわよ! 何も!」

 

 思わず大きな声が出た。

 ハリーは確かに素敵な少年だ。まっすぐで、一生懸命で、苦悩しながらも結局は進むことを選べる勇気が備わっている。運命に苦痛を感じつつも投げ出さない覚悟は、見ていて輝きすら感じるほどだ。

 それでいて、彼には人を思いやる心がある。

 あの日、図書館で手を重ねた時、ダフネは――

 

「……彼は運命に縛られている。その運命を利用させてもらいたいと思っているだけですわ」

 

 全てはアステリアの幸せのためだ。

 賢者の石を手に入れる。血の呪いを治し、純血社会を再興する。もしハリーが障害となれば、その時は排除するだけだ。そこに何の躊躇いもありはしない。

 雲を抜け、馬車の窓を(みぞれ)が打ちはじめていた。

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