夏休みに向けて荷造りで慌ただしい中、ダフネはスリザリンの談話室でマーカス・フリントと向き合っていた。
「まあ、認めよう。お前はよくやった」
「お褒めに
ダフネは学年で同率首位を獲得した。
予想はしていたが、それでもハーマイオニーが素晴らしい努力家で秀才であることを再確認させられた。過去問、そして原作知識というアシストがあってなお単独首位を取ることができないとは。
「お前がマグル生まれに勝てなかったことについて疑問視する声もある。だが、100点満点のテストで100点を超えてみせたのはお前とあのマグル生まれだけだ。俺としては、お前は十分な成果を見せたと思っている」
「では、ご賛同いただけるのですね?」
「ああ。スリザリンのクィディッチチームはお前の主催する会に合流する。うちの馬鹿どもを頼むぞ、グリーングラス」
今年の目的はこれでおおむね果たされた。
クィディッチチームを足がかりにスリザリン内のめぼしい純血を結社に取り込んでいく。思想に共鳴してくれる者を中心に結社の一員として勧誘していき、そうでない者も結社の表向きの活動である自習コミュニティに参加させていく。
新興宗教が学習塾や勉強サークルの皮を被っているようなものだ。ただし、最終目的は崇拝や搾取ではなく、純血という属性を持つ魔法族の団結にある。
「それで、だが」
「はい、フリント先輩」
「これは上級生として、念のため確認しておくんだが……ポッターの件、お前は何をしていたんだ?」
ダフネは答えのかわりに微笑んだ。
ダフネは今年のスリザリンを救った女神だと噂されている。
今年、寮対抗杯は史上稀なグリフィンドールとスリザリンの2寮による引き分けという形で終わった。大広間の飾り付けもグリフィンドールとスリザリンの半々で彩られた。
危うくグリフィンドールの逆転優勝となるところだったのをスリザリンがなんとかギリギリまで逃げた形になる。その逃げに一役買ったのが、ダフネへの加点だったというわけだ。
ダンブルドアの言葉を、マーカスは復唱してみせた。
「愛と献身、そして友情と理性の見事な調和を讃えて……」
愛、献身、友情、理性。
一見、この言葉には何の中身もない。ダフネをよく知る者でもその全貌を理解するのには時間がかかるだろう。
「ダンブルドアの言葉が抽象的で理解できないのは今に始まったことじゃない。だが、当事者であるお前には意味がわかる。そうだろう」
「家族と友人のために私がこの1年たくさんがんばったことを褒めていただいた、それでは不満ですかしら?」
「ああ、不満だな。……だがまあ、それでいいのかもしれん」
マーカスは背もたれに寄りかかって、息を吐いた。
「確かに、俺の実家はマルフォイ閥に属している。だから、ドラコの伝手でお前が話を持ち込んでくること自体はおかしくはない。……だがな、お前がやっていることは普通、もっと上級生になって余裕が出てからやるものだ」
「お褒めの言葉と受け取っておきますわ」
「お前は……そうだな、不思議なんだよ。お前自身は取り立てておかしなことはしていない。それなのに、お前はいつも”魔法”の中心にいる。……ホグワーツにいるとな、だんだんわかってくる。たまにいるんだよ、そういう不思議なやつが」
やけに達観した物言いが面白くて、ダフネは笑った。
マーカスも冗談半分だったのだろう、笑って、それから大きく伸びをした。クィディッチで鍛え上げられた筋肉がローブの下でしなやかに動くのを感じる。おそらく彼のファンなのであろう女子生徒が、トランクケースを運びながらちらりとマーカスに目をやって頬を赤らめた。
スリザリンに限らず、厳しい選抜を経てチームに所属しているクィディッチチームのメンバーには一定数のファンがいる。これから彼らには客寄せとしての役割も担ってもらうことになるだろう。
「俺としては少し気に食わないがな。お前が可愛がっているハリー・ポッター、あいつはグリフィンドールのチームに入れておくにはもったいない選手だ」
「ハリーの飛びっぷりには私も驚かされてばかりですわ」
「飛びっぷりもいい、目もいい、しかしそれ以上にあいつには度胸がある。覚悟と言い換えてもいい。腕の一本をふっ飛ばしてでもスニッチを捕る覚悟だ。ああいう天性のシーカーが出てくると、他のチームは戦術を徹底することを求められるんだよ」
マーカスはうんざりしたように首を振った。
「もうグリフィンドールのチームを甘く見ていられる時代は終わりだ。……手段を選ばずいくなら、お前を使ってポッターの調子を崩させるんだが」
「あら、紳士のスポーツにしては尖った策ですわね」
「こういうやつだからな、お前は。俺もチームのボスだからわかる。お前は身内を傷つけるのが苦手なタイプだ、そうだろう?」
ダフネは目を瞬かせた。
確かに、ダフネは身内を傷つけない。しかし、それは利用価値を損なうことを避けてのことであって、何が何でも引き込んだ全員を守ろうなどという気持ちはない。
その様子を見て、マーカスは小さく笑った。
「先達として助言しておいてやる。お前は意外と自分のことが見えていないタイプだ。お前が思っているよりお前は優秀だし、お前が思っているよりお前は無能だよ」
「……金言を頂戴いたしましたわね」
マーカス・フリントという男を少しだけ舐めていたかもしれない。
ハリーがみぞの鏡から『賢者の石』を取り出せなかったこと、ダンブルドアがあっさりとダフネにニコラス・フラメルを紹介したこと、今年の終わりは計算外のことが少なくなかった。
もう少し客観視を磨いて自己評価を冷静に定めなければ、どこかで失敗するだろう。
ダフネが内心でそう目標を設定していると、マーカスは満足げに頷いた。
「お前の事情はよく知らんが、生き急いでいるからな。上級生としてなにか言ってやるべきだろうと思っていた」
「お気遣い、感謝いたしますわ」
「困ったことがあったら声をかけろ。勉強会のことでも、その先にある何かのことでも。もちろん、練習の見学だって歓迎だ。お前はプレイヤー向きじゃないが、リクルーターとしてはいい目をしているからな。それじゃ、良い夏休みを過ごせよ」
マーカスは立ち上がって、男子の寝室へ続く扉へと向かった。
どうやら、この1年で最大の失敗はダフネの悪癖――なんでも自分でこなそうとする癖が治らなかったところにあると言ってよさそうだ。協力者を増やすことだけではなく、その協力者に積極的に頼る癖をつけなければ、ダフネは孤独な戦いを強いられる。
本質的に、人は借りがある相手よりも、貸しがある相手を好む。負い目がある相手には接しにくい。それよりはむしろ、自分に弱みをさらけ出した相手のほうが扱いやすいと判断する。
ダフネはもっと積極的に人に頼るべきなのかもしれない。
「……孤独とは厚い外套である。しかも、心はその下で凍えている」
「――誰の言葉だ?」
ソファの上で振り向くと、ドラコが不満げに立っていた。
「コルベンハイヤーですわ」
「知らない名前だ」
「マグルですもの」
ドラコは先ほどまでマーカスが座っていた席にどかりと座って、腕組みをした。
「どうしましたの?」
「……悪かった」
「ドラコ?」
「悪かったって言ってるんだ。お前を疑った。まさか本当に賢者の石が隠されていて、お前がハリーと一緒にそれを守ろうとしていたなんて思わなかったんだよ」
ダフネは呆気にとられて、それから思わず笑った。
つまり、ドラコはわざわざ謝罪のために機を待っていたのだ。ダフネはそんなことでちっとも傷つきはしないというのに、少し疑って詰問したというだけのことがドラコにとっては大きな罪に思えたらしい。
そこで正面から謝罪することを選ぶあたり、ドラコはまだまだ素直な少年だ。よくも悪くも、ルシウス・マルフォイの薫陶はドラコの性根の部分には響いていないようだった。
「言っておくが、お前にも責任はあるからな。どうしてもっと早く僕に教えてくれなかったんだ?」
「あなたがミスター・ウィーズリーやミス・グレンジャーと仲良くなったら考えますわ」
「……お前が知っている情報を共有するくらいはできただろ」
確かに、ドラコを巻き込むこともできないわけではなかった。
すっかりスリザリン内の親ハリー派筆頭になってしまったドラコを悪役に仕立て上げるわけにはいかないが、スリザリンの協力者として早期から顔見せをすることでダフネ単体ではできない動きを実現できた可能性もある。
しかし、そのためには「血を裏切る者」と「穢れた血」に対するドラコの差別意識を改善する必要がある。マルフォイ家の教育が染み込んだ彼はそういった差別用語を平気で使うところがある。
それに、現時点でドラコがヴォルデモート卿に敵対姿勢を示すのはまずいのだ。復活した際にルシウスがあっさり殺されかねない。ダフネの計画にとって、ルシウスは絶対に外せない重要な駒だ。ここで頓挫するわけにはいかない。
どう答えるか悩んでいると、大きな帽子ケースを抱えてパンジーが転げ込んできた。
「ちょっとダフネ! あんた本当なの? 賢者の石を守って戦ったって! すごいじゃない、感動したわ! あんた、すごい! スリザリンの誇りよ!」
「パンジー……僕は今ダフネと大事な話をしているんだ」
「いいじゃない、一緒に話しましょうよ! ねえ見てこれ、おうちから持ってきた帽子! 校庭でピクニックする時かぶろうと思ってたのに、結局ずっとベッドの下だったの! おっかしい!」
ドラコはすっかり毒気を抜かれてしまって、大きくため息をついた。
「持って帰るのか、それ」
「どうせ来学期も同じ寝室でしょ? だからね、置いていっていいかスネイプ先生に聞きに行こうと思って!」
「一緒に行きましょうか?」
「いいの? やった! 今年度の英雄様と一緒なら、スネイプ先生も駄目とは言わないわよね!」
何がそんなに嬉しいのか、パンジーはやたら上機嫌だった。
ドラコに目配せすると、肩をすくめてから「話は終わっていないからな」と目で訴えかけてきた。ダフネが笑って頷くと、ドラコは渋々立ち上がって寝室に戻っていった。
談話室を抜け、地下牢にあるスネイプの執務室へ向かう。
パンジーは地下牢の鉄格子を指でなぞって鼻歌を奏でていた。
「何か楽しいことでもありましたの?」
「友達が学年トップで、しかも校長に直接点数をもらったんだもの。機嫌もよくなるってものだわ!」
「あら、嬉しいことを言ってくださるわね。でも、学年同率トップよ」
「グレンジャーのことなんて気にしなくていいわ! あんなつまらない穢れた血のガリ勉と違ってダフネはいろんなことを頑張りながら試験もやっつけたんだもの」
「パンジー、その呼び方はあまり上品ではないわよ」
ダフネが窘めると、パンジーは不満げに鼻を鳴らした。
「あたし、グレンジャー嫌い」
「あら、どうして?」
「知ってるのよ、あたし。ダフネにずっと目をかけられてるのに、なんもお返ししないどころか張り合ってるでしょ? ああいう恩知らずが一番嫌いなの」
「まあまあ」
なんともスリザリンらしい互助精神だ。
ダフネはなおもハーマイオニーの悪口を言い立てるパンジーを宥めながら、なんとかスネイプのいる執務室へ辿り着いた。
「失礼します。先生、いらっしゃいますか?」
魔法生物のホルマリン漬けが漂う不気味な執務室の奥で、スネイプは心底嫌そうな顔で何か書き物をしていた。もっとも、スネイプが心底嫌そうな顔をしているのはいつものことだが。
「何かね。我輩が忙しいということを見てわからないほどの愚か者ではないと期待したいが」
「先生、あの、置いていきたい荷物があるんですけど、寝室に置いていってもいいですか?」
「寝室は君の私的な物置ではない」
そう切り捨てられて、パンジーは薄っすらと涙を浮かべた。
パンジーは甘やかされて育った子どもだ。最終的には泣けば通ると思っている。しかし、残念ながらセブルス・スネイプという男はそういう子どもにこそ容赦がない。
「ここは君の家ではないし、我輩は君の親ではない。理解できるだけの頭があるかね? ないとすれば、ホグワーツは君に何を教えたのか疑わしいものですな」
「はい、その……ごめんなさい、先生」
「繰り返すが、我輩は忙しい。まだ何か用があるのかね」
パンジーは帽子ケースを抱えて逃げるように駆けていった。
確かに、パンジーを窘める大人が必要なのは確かだ。寮監という立場はパンジーの甘えた部分を律するのに適している。スネイプは立場を全うしたと言えないこともない。
しかし、1年生に対する態度ではない。ダフネは後でパンジーを慰めるのにそれなりの時間を使わなければならないだろう。
「手厳しいですわね」
「我輩の寮に愚か者は不要だ。入りたまえ、君に用がある」
招かれるままに、ダフネは彼の執務室に入った。
音を立てて沸き続ける大釜、震える骨格標本、整然と並べられた試験管からは煙が昇り立つ。硫黄臭さの中によくできた魔法薬特有の透き通った香りが幾重にも混ざっていて、頭がくらくらする。
スネイプは机から羊皮紙を取り上げると、苛立たしげにそれを突き出した。
「校長から君の紹介状を任された」
ダフネはそれを受け取り、確認した。
確かにそれは紹介状だった。ダフネの成績や学習状況、素行など、様々な情報が端的にまとまっていた。意外にもスネイプは偏見を排除して丁寧に紹介状を仕上げてくれたらしかった。
そして、紹介状の宛先はニコラス・フラメルになっている。
「我輩としては、君の意欲に期待したいものですな……余計なことに関心を示して脱線するようであれば、紹介状に誤りがあったということになる」
「精一杯励みますわ。感謝いたします」
無感動な瞳がダフネをじっと見つめていた。
その奥にある深い疑念を肌で感じながら、ダフネは彼に微笑みを返した。
いつも感想、評価、ここすき、誤字報告ありがとうございます。
おかげさまでモチベーションがとても上がっています。
様々な謎を残しつつ、ひとまずここで賢者の石編を完結とし、明日から秘密の部屋編に入りたいと思っています。
今のところストックがありますが、いよいよスケジュールが不安定になってきたので更新がない日が続くこともあるかと思います。ご容赦ください。
明日はいつもの19時更新に加えて、18時半に独自要素のある登場人物や設定の紹介を投稿します。