ある郊外の、暖炉がついた瀟洒な邸宅に集まった人々を、デメテルは満足げに見渡した。
魔法省官僚、マグルの富豪を先祖に持つ魔法使い、外国魔法族とのハーフ……皆、デメテルの支持者だ。デメテルの活動を支持し、適切な対価さえ示せばデメテルのために動く。
弱者がデメテルの駒だとすれば、彼らはデメテルの手札だと言えるだろう。
「こんばんは、皆様。集まってくれてありがとう。ああ、荷物はしもべに任せて。ええ、上着も」
彼らは魔法界のパーティーのマナーもおぼつかない。
上流階級の出身ではないからだ。
少し、政治の話をしよう。
デメテルは英国魔法界において純血であるとは認められているが、マルフォイやヤックスリーのように歴史の長い家というわけではない。したがって、ウィゼンガモットや国際魔法使い連盟のような真の権力者を目指すのには多少の無理が生じる。
その無理を押し通すもの。それは金だ。
なぜデメテルが弱者救済を訴えるのか。それは「慈善活動に金を投じている」という肩書がほしい者たちからたっぷりのガリオン金貨を搾り取るためだ。
「ああ、そこのしもべ、そろそろ皆様にグラスをお配りして」
「ただちに、奥様!」
戦災孤児や寡婦、傷病人。これらは皆、魔法族という意味で同胞である。その点においては純血もマグル生まれも関係ない。
誰かが彼らを助けなければならない。
しかし、それは面倒な仕事だ。できれば誰だってやりたくはない。特に労働者であるアッパーミドルにとっては、そのような慈善活動は物好きに任せて自分の仕事に打ち込みたいと思うのが当然だ。
だからこそ、慈善活動に打ち込んでいるというステータスは自らを上流階級に見せるために必須なのだ。
ルシウス・マルフォイが聖マンゴに寄付をするように、コーバン・ヤックスリーが魔法薬師に投資するように、慈善活動家に投資することで厄介な慈善活動を他人に任せつつ、自分は上流階級としてのステータスを手に入れたいと思う者は大勢いる。
デメテルはそこを突いた。
「それでは、皆様。『
デメテルがグラスを手にそう語りかけると、人々が慌てて立ち上がった。
「救われるべき者のために」
「救われるべき者のために!」
乾杯の音頭とともに、あちこちでグラスが乾杯で合わされる高い音が響いた。
ここに集まっているのは家格のない金持ち、成り上がりだ。
彼らの支持そのものはデメテルの影響力には直結しない。しかし、彼らが弱者救済の名目でデメテルに投じるガリオン金貨は、デメテルの影響力を大きく高めている。
弱者を救いたい金持ちから金を受け取って、かわりに弱者をまとめ上げる。金持ちも弱者もデメテルに感謝し、名声と富がデメテルに集合する。
財源と軍隊。
これこそが、デメテル・ザビニを三大派閥がひとつの長にまで押し上げた手法だった。
会を和やかに進行させながら、デメテルはこの会が順調に膨れ上がっていることによる達成感と充実感に浸っていた。
「デメテル様は先日も職を失ったスクイブを助けて聖マンゴの清掃員の仕事をお見つけになられたとか。さすがです」
「ミスター・カステリットが聖マンゴに伝手を持っていてくださったおかげですわ。そうでしょう?」
「え、ええ、もちろんです。この会の趣旨を全うしたまでですよ」
体格のいいスペイン系の魔法使いがおどおどしながら頷いた。
彼は聖マンゴの清掃員の枠が空いていることを知っていたわけではない。デメテルが「お金を積めば仕事を辞める人はどこでだって働いていけるが、今困っている人にはその仕事が必要だ」と囁いたのだ。
つまり、彼は金を積んで人をひとりクビにしている。
弱者を救済しているというステータスを得るためなら弱者を生んでも構わない。それが彼ら成り上がりの考え方だった。仕方のないことだ。そうしなければ彼らは上流階級になれないのだから。
「そ、そういえば、小耳に挟んだのですが……なんでも、また人狼が事件を起こしたとか」
話を変えようとした魔法使いがその話題を口にした途端、しんとあたりが静まり返った。
人狼。
この『もっと光を』にとっての難題だ。人狼は感染するうえに、環境に恵まれないせいで粗暴なものが多い。人狼という課題は会を団結させるための障害に適していた。
しかし、今日の会で人狼の話題を出すことには別の意味があった。
「あ、あの、私も仕事柄噂を耳にすることがあるのですが……その人狼はデメテル様から施しをいただいたにもかかわらず、魔法使いの敷地に侵入して子どもに乱暴を働いたとか」
魔法省職員のローブを着た魔女が気まずそうに声を上げた。
そう、デメテルが差し向けた人狼だ。
デメテルが送った警告をダフネは受け取っただろうか。ちょうど彼女がホグワーツから帰ってくる前日に事件が起きるように仕組んでおいた。彼女は後悔することだろう。手の届かないところに弱点を残していくしかないのなら、大人しくしておくべきだったのだ。
なぜここまで過激な警告を送ったのか
それでもダフネに釘を刺したのは正解だったと思っている。
デメテルは大げさに嘆いてみせた。
「ええ、残念です……彼には狼人間登録簿への登録を強くすすめたのですよ。明日には魔法省に行って登録すると、約束してくださったのに……」
「やはり、人狼など信じるべきではないのでは。呪いで性格が変わるなどよくあることでしょう、人狼は呪いを受けた時点で人間ではないのです」
「ミスター・リスゴー、そのような言い方は……彼らもまた被害者で、犠牲者なのですよ」
「しかし、事実としてデメテル様の名声が汚されたのですから」
「皆様、落ち着いてくださいな。私の名声なんてどうでもいいんだわ、大事なのは彼が苦しんだ末に罪を犯したということ。哀れな人狼を私は救えなかった。もっと頑張らなくてはいけないわね」
こういっておけば、あとはそれぞれが出資を増やしてくれる。
誰も人狼に近寄りたくなどない。しかし、人狼を救わねばならないということは頭の片隅では理解している。そうなると、デメテルに金を積んで委託するしかないのだ。
人狼をひとり使い捨てるだけで、デメテルは追加の金貨を得ることができた。
魔法省は人狼を信用していない。それに、デメテルが人狼への救済に積極的なことは周知の事実だ。だから、魔法法執行部の人間がデメテルに辿り着くことはない。浮浪者が徘徊の末に侵入した、それだけのことで片付くだろう。
「それで、その……デメテル様。最近の我々の活動は、魔法省の皆様には……」
「ええ、もちろん声は届いているわ。最近は魔法法執行部のルーファスに内勤の席を用意していただけないかとご相談しているのよ? 前向きに検討してくださっているご様子だったわ」
「スクリムジョール局長に? それは、それは……」
そう話すと、マグルの富豪を先祖に持つリスゴーが安堵したように笑った。
彼のように、魔法省にポストを求めるが成績が振るわなかったというような者は大勢いる。そういった者をデメテルは拾い上げ、魔法省に送り込み、政界の情報源としている。
もっとも、彼が求めている魔法法執行部のポストはそうそう手に入りはしないだろう。
ルーファス・スクリムジョールはデメテルを警戒している。夫たちを殺害した証拠は
「弱者に手を差し伸べ、政界の人々とも対等に渡り歩き、そのうえこの美貌! デメテル様の活力は一体どこから湧いてくるのですかな?」
「そうね……やっぱり愛かしら。夫の、そして息子からの愛よ」
「なるほど……尊いお言葉ですな」
口先では褒め称えながら、眼はギラついている。
弱者救済による慈善活動というパイは取り分が限られている。グリンデルバルドとヴォルデモート、ふたつの戦争が過去になりつつある今、人の手を借りなければ立ち上がれないような弱者というものは減りつつある。
よほどの愚か者でない限り、そろそろ気づきつつあるだろう。
この活動にはタイムリミットがある。
戦争で傷つき魔力を失った魔法使いや魔女も、大切な者を喪った親や子も、長く癒えない傷や呪いに苦しんでいた傷病人も、立ち上がりつつあるのだ。そうなれば、誰を救えばいい? 慈善活動というステータスを与えてくれる手頃な弱者はどこにいる?
「ところで、会の規模も大きくなってきたところですし、もっと手を広げていくべきなのではとご提案させていただきたく……」
「ほう、ミスター・ハインズ、とおっしゃると?」
「マグル生まれが持ち込む偏見ですよ。くだらない話ですが、肌の色や生まれた国、性別で差別する文化があるそうじゃありませんか。魔法界ではそうならないよう、先んじて――」
デメテルは激情を隠しながら、小さく咳払いした。
「ミスター・ハインズ。私はアフリカ系で女性です」
「え、ええ、そうです」
「私が救うべき者に、そのような弱者に見える?」
「まさか! で、でも、あなたのように強い方ばかりというわけでもない。そうでしょう?」
危うくグラスを握りすぎて割るところだった。
デメテルはそっとグラスを置いて、立ち上がった。人々が恐れをなしたようにデメテルを見上げていた。その恐れが心地よくて、少しだけデメテルの怒りは収まった。
「これから虐げられるかもしれないからと手を広げるより、まずは虐げようとする者の愚かさを正すことから始めなくてはいけません。それが正義を振るうということよ。違うかしら?」
「そ、それは、そうだが、しかし」
「しかし?」
魔法使いはしばし言葉に詰まって、それから小さく謝罪の言葉を呟いた。
まだ生まれていない差別のために声を上げるより、これから生まれるかもしれない差別の芽を潰すほうがよほど社会のためになる。本来、弱者救済とは予防であるべきなのだ。
そう、それこそが弱者救済で、デメテルのやりたかった――
「――様、デメテル様?」
「……ごめんなさい、少しめまいがしたの。大丈夫、お話を続けて?」
デメテルは頭を振って、集まった協力者たちの会話から次の活動の種を探った。
繰り返すが、彼らは成り上がりだ。
マルフォイ閥に取り立てられるほどの家格は持ち合わせていないし、ヤックスリー閥の経済的支援を受けて何かを返せるほどの能力も発揮できていない。彼らにあるのは、金を稼ぐ能力だけ。
金を稼ぐ能力というのは、魔法族にとって本質的には無価値だ。
衣食住の大半が魔法で賄える以上、その日の糧を得られるだけの稼ぎがあれば日々は成り立つ。魔法はその最大のツールで、金を稼ぐ能力よりも特殊な魔法を使えたほうがよほど日銭を稼ぐ役に立つ。
マグル界であれば上流階級の仲間入りができたであろう彼らは、魔法界では豊かなだけの落ちこぼれだ。
「ああ、そういえば、職場でこんな噂を聞きましたね。なんでも、ハリー・ポッターがウィーズリー家に保護されたとか」
「……ウィーズリー家に?」
「ええ、魔法法執行部内で何か動きがあったそうです」
デメテルはしばし考えた。
政治的な能力は持たない、経済的にも貧しい、歴史という長所すら血を裏切る者という汚点で消えてしまった哀れな一家。それがウィーズリー家だ。
その彼らがなぜ、今になって盤上に上がってくるのか?
アーサー・ウィーズリーが勤めるマグル製品不正使用取締局は魔法法執行部の部局だ。手駒を送り込めていない魔法法執行部の情報はデメテルには入ってきにくい。
「ハリー・ポッターも可哀想なものです。戦災孤児というだけでも可哀想なのに、なんでもマグルの親戚に育てられているとか。ウィーズリー家で少しでも羽を伸ばせるといいのですが」
「……ええ、そうね」
ハリーはダフネと親しい。
闇祓い局にはダフネと懇意にしている若手の闇祓いがいる。
偶然だろうか、それとも。
ぬるくなりはじめたシャンパンで喉を潤しながら、デメテルはダフネにどう圧をかけていくべきか再び検討しはじめた。