ハリーが空飛ぶ車でホグワーツにやってきたという噂は瞬く間に広まった。
必要の部屋に集まった結社の面々もまた、その話題について思うところがあるようだった。
「今度こそウィーズリーも終わりだな。空飛ぶ車でブリテン島を縦断したんだ、クビじゃ済まないさ。今からあの連中が投獄された時の日刊予言者新聞の記事が楽しみだ」
「あら、その場合ハリーも退学では済みませんわよ?」
「それは……大丈夫だろう。僕が頼めば父上が手を回してくれるさ。父上はホグワーツの理事も務めているんだからな」
ダフネはドラコの自慢を聞き流して、羽根ペンを走らせた。
幸いにしてウィーズリー家の人間が逮捕されることはない。アーサー自らが作った法律のおかげで魔法のかかった車を所持すること自体は違法ではないし、その車を子どもが使ってしまったことへの監督責任は問われるかもしれないがそれだけだ。
ではハリーたちの罪が問われるかというと、そういうわけでもない。確かに未成年は学校外で魔法を使ってはならないことになっているが、これはあくまで杖魔法の話であって、魔法の道具の使用までは法の範囲外になっている。
そういうわけで、ハリーたちの無罪は確定している。
もっとも、ここ数日は忘却術師たちが寝ずに働く羽目になっただろう。国際魔法使い機密保持法の遵守のため英国魔法省に勤務する忘却術師たちは、魔法省で最も有給消化率が低いことで知られている。
「本当にミスター・ポッターとミスター・ウィーズリーは大丈夫なのか? つまり……これは国際魔法使い機密保持法の重大な違反となるだけではなく、未成年魔法使いの制限事項令にも反しているわけだから……」
「あなたが思っているほどのことにはなりませんわ、アーニー」
すでに状況は動いている。ウィーズリー家への恩を売る好機は見逃せない。
マグル製品不正使用取締局の重要性とアーサーの実験精神によってどれだけの危険な製品が商取引に甚大な被害を与えるより前に摘発されたかを、ダイアゴン横丁を代表してフローリアンが一筆書いてくれることになっている。
社交的なアーサーは当然その陳情に感謝するだろうし、フローリアンを通してダフネの存在を改めて認識するはずだ。友好的な人物として。
純血とマグル生まれの関係について、ダフネは新しい社会を構築することを構想している。純血という貴族によってマグル生まれという平民が保護される関係だ。
その点において、マグルに強い関心を抱く純血であるアーサー・ウィーズリーという人物には魅力がある。
「さて、できましたわ。上半期はこの副読本に沿って学習を進めれば変身術の授業に追いつけないということはないでしょう」
「ダフネってマジ最高! 早速刷っちゃおうよ」
「ちょっと、輪読で下読みしてからって約束でしょ」
ダフネが完成させた副読本にラベンダーが飛びついた。
過去問をただこなすだけではなく、授業に沿って補完できるなにかがあったほうがいいというのはラベンダーの提案だった。謂わば、量産化された『謎のプリンスの教科書』というわけだ。
クラッブとゴイルを中心に寮内の成績不良者への指導に慣れているドラコが要点を確認し、ダフネがそれを過去問から逆算して整理した。過去問の演習が成績優秀者になるための道筋だとしたら、この副読本は成績不良者から抜け出すための道筋だ。
もちろん、2年生が作った副読本では上級生にとっては説得力に欠ける。
この案がラベンダーから提出された時点でダフネはアーマンドにふくろう便を送った。その結果、彼の伝手で元試験センター職員などから副読本の監修として手伝ってもよいという快い返事を得られた。
さらに、ガウェインが「学生時代にこういう本があったらよかったのに」という形でOBとしてそれとなく推薦してくれることにもなっている。
ダフネたちが作り、権威が監修し、現役闇祓いが推薦する。
表向きの活動である勉強会は、着実に充実しつつあった。
「この副読本を使って、何人か勧誘したい人がいますの」
「拡大の時期ということですね」
「その通りですわ、フローラ。これまで声をかけていなかった純血旧家に積極的に声をかけていきます。ボーンズ、ロングボトム、アボット……」
「アボット?」
アーニーが不思議そうに声を上げてから、訂正するように咳払いをした。
「いや、咎めるわけではない。確かにアボット家は旧家だ。だが……」
「彼女は半純血ですわね」
「そうだ。僕はその、出自によって差別があるべきではないとは思う。だから、彼女が招かれることについて嫌というわけではない。しかし……趣旨に反するのではないかと思っただけだ」
冷静な指摘だった。
純血による結社。それがこの蒼の貴血の定義だ。純血友愛結社と言い換えてもいいそれは、純血の互助を主な目的としている。成績向上のための情報共有はまさにその一環として相応しい。
その趣旨を純粋に信じるのであれば、半純血やマグル生まれに声をかけるのは間違っているように思える。趣旨を順当に解釈するのならば、その先にあるのは純血による知識・技術の独占であり、半純血やマグル生まれの締め出しだからだ。
誰もがダフネの答えを待っていた。
「私はこの会を私達の代で終わらせたくはないと思っています」
「……つまり?」
「ハンナ・アボットを支援します。ただし、彼女を会員にすることはしません。彼女が純血と結婚して子を授かったら、その時にこの結社のありがたみを思い出すように。……彼女だけではありません、見込みのある半純血、マグル生まれが結社のありがたみを感じるように手を伸ばしていきたいのです」
いつか、子孫がホグワーツにやってくる。
それを考えるのなら、むしろ半純血やマグル生まれに支援の手を向け、子孫が純血を目指すように仕向けるのが得策なのだ。純血が拡大するためには、半純血やマグル生まれが純血を目指すよりほかないのだから。
アーニーは納得したように頷いた。
「失礼した。君の考えの方が僕よりよほど遠大なようだ」
「そんなことありませんわ。会の定義の純粋性を維持することは方針が迷子にならないためにも大切なことです。それでは、副読本のチェックを始めましょう」
それぞれ純血の生まれなだけあって、家庭学習で前半の予習程度は済んでいる。
全員がスムーズに確認し、自分の把握していなかった部分について多少の練習も挟んだうえで、問題ないという結論に至った。
「今日の議題はこれだけか?」
「新入生の勧誘についても早期に着手したいと考えていますわ。目ぼしい後輩を見つけたら、それとなく勧誘を始めてくださいな。ただし、あくまで純血社会という結社の理念に共感してくれる方を中心に」
「まずは勉強会のほうを宣伝して、そこから勧誘していく形がよさそうですね。スリザリンの新入生については私が周知をいたします。姉上、よろしいですね」
「任せるわ。一応、私はレイブンクローのほうに情報収集をかけてみる」
「じゃあ、僕はハッフルパフだな。いい後輩がいることを期待して待っていてくれ」
「それじゃ、私はグリフィンドールね。ま、ほどほどに頑張ってくるよ」
そして、新学期最初の蒼の貴血の会合は解散した。
部屋の場所を万が一にも特定されないよう分かれて出る。ダフネが順番を待っていると、軽く肩を叩かれた。ドラコだ。
「少し残れるか」
「ええ、構いませんわ。ヘスティア、フローラ、また後で」
全員が部屋を出ていくのを待ってから、ドラコは部屋の奥に戻るよう促した。
ソファにどかりと腰掛けたドラコは、何か悩んでいるようだった。
「どうしましたの、改まって」
「……お前はまだ、ウィーズリーをこの結社に入れたいと考えてるか?」
「不可能ではないと考えていますわ。ただ、まあ……彼らの性格を考えると、靡くのは兄弟たちのなかでも一部になるかとは思いますが」
一番の狙い目はパーシーだ。
権力欲と上昇志向が強い仕切り屋。選ばれたメンバーのための勉強会と言えば喜んで飛びつくだろう。
次点でロンも可能性はある。
すでにダフネとの関係で布石は打ってあるし、何より彼はハリー・ポッターの子分としてでない特別扱いに飢えている。ハリーにも参加できない勉強会は彼にとって魅力に映るかもしれない。
フレッドとジョージは難しいだろう。
彼らは面白さを優先する。それでいて正義感があり、ウィーズリー兄妹では一番父親に似ていると言える。それに、彼らはペーパーテストの成績を求めていない。
しかし、ドラコはそういう話がしたいわけではなさそうだった。
「そうか。……夏休み、ハリーはウィーズリーの家にいた。あの薄汚い、埃だらけの豚小屋だ」
ドラコははっきりと悪意をにじませてそう言った。
純血の旧家が使う英語で、「豚」という言葉は最大限の侮辱にあたる。豚は昔から魔力を持たない動物として毛嫌いされており、純血の子どもは生まれながらに豚を嫌がるという迷信まであるのだ。
しかし、語気の強さに反して、ドラコの表情には迷いが浮かんでいた。
「ハリーの前でウィーズリー家を悪く言った時、とても困った顔をしていた。父上からも言われたが、付き合いというものはある。たとえウィーズリーがろくでもない連中でも、ハリーにとっては……まあ、重要な位置を占めているのかもしれない」
「それで?」
「どうすればいいと思う。連中と仲良くしようだなんて微塵も思わないが、ハリーに不快な思いをさせたいわけではないんだ。でも、ハリーのそばにはいつも連中がいる……」
見方によっては微笑ましい問いかけに、ダフネはゆっくりと頷いた。
「友情は瞬間が咲かせる花であり、時間が実らせる果実である」
「知らない言葉だ」
「コッツェブーですわ、ドイツの劇作家。あなたがウィーズリー家を嫌うのは、お父上がウィーズリー家と親しくないからでしょう。あなた自身はまだウィーズリー家のことを何も知らない、違いますかしら?」
「……知れば仲良くなるとでも?」
「少なくとも、知らない人とは友達にはなれませんわよ。お互いを知って、胸の内を素直に語りあって、それでも駄目なら隣人としてほどよく距離を取ればよろしいのではなくて?」
ドラコはなおも悩ましげに唸っていたが、表情からはいくらか険しさが抜けていた。
噂によれば、ダイアゴン横丁でアーサーとルシウスがあわや殴りあいというところまで睨みあったという。原作と違って本当に殴りあいにはならなかったようだ。しかし、ハリーの前で対立が示されたのは確かだと言える。
つまり、ハリーは板挟みになっている。友達の親同士が不仲であるせいで友達同士が不仲であると気づけば、ハリーはダフネに相談してくることだろう。
そして、その時もしかすると、ドラコとロンの関係は多少なりとも改善されるのかもしれない。
「まあ、考えておいてくださいな。私は不可能ではないと思っていますわ」
「……頭の片隅くらいには入れておいてやる。だが、言っておくが、僕は父上がそう仰ったから嫌いなんじゃないぞ。僕はちゃんとウィーズリーが嫌いなんだ」
「はいはい。では、私は少し見直すことがあるのでお先にどうぞ」
ドラコは鼻を鳴らして、必要の部屋から去っていった。
面白い展開になった。ハリーのためとはいえ、あのドラコ・マルフォイがウィーズリー家のことを考えるようになるとは。
ダフネはソファの背もたれに寄りかかって、大きく伸びをした。
「始まりましたわね」
事態が動きはじめた。
日記帳。
ヴォルデモートの分霊箱で唯一、攻勢の役割を担った分霊箱だ。初めての分霊箱に魔法的な加工まで施すとは、トム・リドルの才覚は恐ろしいものがある。
日記帳に封じられた魂は自律思考している。ルシウスは日記帳の命令に従い、秘密の部屋を開きホグワーツにおけるダンブルドアの治世を崩壊させるために日記帳を送り込む。そして日記帳はジニーという宿主を得て秘密の部屋を開き、バジリスクを呼び起こす。
ルシウスはおそらく、それが分霊箱であるという事実を教えられていない。
ヴォルデモートは偏執病に陥っている。真の意味で信じている臣下などひとりもいない。だから、自身の不死の源である分霊箱については、たとえルシウスやベラトリックスに対してでも教えていないはずだ。ただ、それを守れとだけ命じるだろう。
だからこそ、ルシウスは日記帳からの命令をヴォルデモート本人からの命令だと解釈し、これ幸いと日記帳を手放した。旧主との縁を切りつつ、自らの理事としての権力を高めるために。
ルシウスの判断はある意味で正しく、ある意味で間違っている。
「どう動くべきか……」
ソファの上で足を揺らす。
秘密の部屋を巡る一連の事件について、ダフネはさほど警戒していない。
この事件は特性上、純血を狙うことができない。どんなに都合が悪くとも、スリザリンの継承者は純血を殺害することができないからだ。それはサラザール・スリザリンの方針に反する。
だから、ダフネの計画に関わってくる人々の大半は関係がない。
問題はその後だ。
確かに、日記帳という見えない刺客によって繰り広げられる悲劇は恐怖そのものだ。ダンブルドアの退陣を迫るにはちょうどいい材料だろう。原作のルシウスは常識の範囲内で非常にうまく立ち回った。まさかスリザリンの怪物がただの子どもに倒されるなど、思ってもみなかっただろう。
しかし、この計画の失敗は約束されている。
ハリーは秘密の部屋を見つけるし、バジリスクを倒すし、日記帳を破壊する。
そうなるようにダフネが支え、導く。この結果は覆らない。
そして、その時こそ、ルシウスに隙が生まれる。
「取れる駒を取りこぼさず、ですわね」
ソファから飛び降りる。
まずなによりも、ジニーから目を離さないことだろう。
ダイアゴン横丁の騒動が原作通り起こった以上、日記帳もジニーの手に渡っているに違いない。ジニーの周辺をそれとなく監視し、万が一にも日記帳が他者の手に渡った場合は監視対象を変えるようにしなくてはならない。
この一年も、ダフネにとって実りある一年になるだろう。
後輩世代の原作キャラが異常に少ない&ハリーが組分けを見逃している年は名前だけ出ているキャラすらほぼいないということで、後輩世代は今後オリキャラだらけになります。
できるだけ原作や映画に登場する家で断絶していなさそうなものから選ぶつもりです。