その血は呪われている   作:海野波香

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 蒼の貴血(ブルーブラッド)が主催する勉強会は、寮を越えた純血の互助会として少しずつ成立しつつあった。

 中心となっているのはスリザリン生だが、次いでハッフルパフ生が多く、一番少ないのはグリフィンドール生だ。しかし、グリフィンドール生の参加者も確かに増えつつあった。

 参加条件に純血であることが含まれていることもあって抵抗を覚える生徒もいる。しかし、それは裏を返せば多数派を占めるスリザリン生の差別意識が他寮の会員に向きにくいことを意味する。少しずつではあるが、他寮の生徒がこのことに気づきはじめている。

 さらに言えば、学年同率首位を叩き出したダフネという看板には抗いがたい魅力があり、ロックハートに期待できないと気付いた者が少しずつ参加しはじめていた。

 

「盛況だな」

「ええ、ありがたいことですわ」

 

 練習終わりに立ち寄ったマーカス・フリントが結社謹製の副読本を受け取りながら笑った。

 空き教室の席は埋まりつつあった。過去問をもとにした演習問題を解く者、副読本を読みながら呪文を唱える者、向き合って座り互いに問題を出しあう者。

 今はまだ寮ごとで固まっているが、これから交流が増えていくことをダフネは期待していた。

 そして、意外な人物がその一歩目を踏み出していた。

 

「もー! どうしてわかんないかなあ。ビューン、ヒョイだって言ってるでしょ! あんたのはグルン、ストンじゃない!」

「そんなこと仰るなら先輩がやってみせてくださいませんかね」

「わかったわよ! ほら、見てて! ……絶対に目離すんじゃないわよ! そっちのあんたも1年生ね、よく見ておきなさい!」

 

 厭味な性格の後輩に、パンジーがガミガミと噛みつきながらも指導をしている。

 パンジーは当然スリザリン生だが、指導の相手はハッフルパフ生だ。周囲はこのふたりの組み合わせをハラハラしながら見守っていた。

 ただのいじめっ子だったころのパンジーから比べると、これは大きな変化だ。彼女はよい指導者ではないかもしれないが、今のところ立派な先輩として振る舞おうとしている。

 大前提として、パンジーは性格が悪い。

 それでも、彼女は少しずつ誰かを助けて感謝されるというこれまで経験してこなかった成功体験を積みつつある。それが彼女にとっていいことかはまだわからないが、このままいけば彼女を慕う後輩も少しずつ増えることだろう。

 

「お前の()()()()()にも一歩近づいたってわけか」

「さて、どうでしょう」

「ふ、まあいい。お前に少し訊きたいことがあってな。ドラコをうちのチームに入れることになった。他にも候補者はいたが……まあ、色々あった。最終的にドラコが適任だろうということになってな」

「それは素敵なお知らせですわね」

 

 マーカスは少し困ったように眉を曲げた。

 

「俺はあいつがチェイサー向きだと思っている」

「ええ、わかります。引き際を弁えてギリギリまで攻められる性格はチェイサー向きですわね」

「中々わかってるな。だが、あいつはシーカーがいいと言っている。確かに、シーカー向きの体格ではあるが……」

 

 ドラコがシーカーを望む理由を、ダフネはそれとなく把握していた。

 きっかけはボージン・アンド・バークスでハリーとドラコが出くわしたことにある。ハリーはドラコに「ライバルになったら嬉しい」と軽い気持ちで発破をかけた。

 今まで同年代の対等な友達というものに恵まれてこなかったドラコは、この「ライバル」というワードに魅了されたのだ。絶対にハリーと同じポジションで競いあいたい。そんな気持ちが働いているのだろう。

 そして、ハリー自身もそのエピソードをダフネに嬉しそうに語るほどドラコがライバルになることを望んでいる。

 

「あいつをよく知るやつの視点がほしい。お前はどう思う?」

「ドラコの逃げ腰な飛び方は、確かにシーカー向きではないかもしれません」

「そうだな」

「しかし、ドラコにはシーカーへの執念がある。戦いたい相手がいますのよ、彼。きっと、ポジションのためなら必死になれますわ」

 

 ニヤリと笑って、マーカスは顎を撫でた。

 

「そうだな。シーカーであり続けることの難しさを叩き込んでやれば使い物になるか」

「きっとお役に立ちますわよ」

「検討してみよう。邪魔をしたな、副読本をありがとよ」

 

 マーカスを見送って、ダフネは少し教室の様子を窺った。

 この勉強会は、今年度からホグワーツ公認のクラブということになった。紹介制かつ審査があることを除けば普通の勉強会だ。ダフネの成績など目立つ機会があったにはあったが、ホグワーツに多く存在するクラブ活動の中で取り立てて特徴があるというわけではない。

 結社の本質を知らない一般の参加者は呑気な顔で勉学に励んでいた。

 だからこそ、その中で起きた不穏なざわめきは、集まっていた生徒たちの耳目を引いた。

 

「――君、先輩相手に失礼だと思いませんか!」

 

 グリフィンドールの生徒が立ち上がって、パンジーに噛みついていたハッフルパフ生を一喝した。

 中性的な美形の女子生徒だった。金髪に碧眼、頬骨のラインがはっきりしていて、大陸系、おそらくフランスの血が濃いことを感じさせる顔つきだった。

 

「なんだよ。自分の勉強に集中したらどうだ?」

「集中できないから申し上げているのです。先ほどから聞いていればうだうだと自分の失敗を棚上げして……それでも紳士ですか。恥ずかしくないのですか!」

「紳士ねえ……」

 

 ハッフルパフ生はそのグリフィンドール生のつま先から脳天までをじろじろと見て、鼻で笑った。

 

「紳士の何たるかをフランス人に語れるとは思えないね」

 

 周囲がざわめいた。

 普通、魔法族は相手の人種や国籍について口にすることはしない。古くから魔法によって世界規模でつながってきた魔法族が生み出した教訓だ。相手の国を批判するとしても、それはたとえば英国魔法使いが合衆国魔法省(MACUSA)を批判するような形にしかならない。

 しかし、このハッフルパフ生はそういう攻撃にも躊躇いがないようだった。

 

「ちょっと、やめなさいよ」

 

 さすがにまずいと思ったのか、パンジーが制止をかけた。

 しかし、もはやその程度で止まる喧嘩ではなかった。

 

「黙っていてください先輩、これはこいつと俺の話だ。ふっかけてきたのはこいつなんですからね」

「あんたね、何様のつもりで」

「失礼、先輩。どうかご容赦を。僕にはこの無礼者が我慢ならないのです」

 

 今にも杖を抜きそうなほどふたりは睨みあっていた。

 パンジーが助けを求めるようにダフネを見ている。勉強会全体に互助の精神を植え付けたいダフネとしては積極的な介入はしたくなかった。

 しかし、このまま放置しても事態は改善しないだろう。それならいっそ、別の目的を果たしてしまうべきか。

 ダフネはため息をついて、ふたりの間に入った。

 

「ふたりとも冷静に、どうぞ冷静になさって」

「なんだ? ……ああ、あなたでしたか」

「グリーングラス先輩!」

 

 周囲が露骨に安心した空気を発しているのを感じながら、ダフネはふたりを諌めた。

 

「ミスター・スミス? 弁明を聞かせてもらいましょうか」

「俺はただ……指導してやるって出てきた割に説明がわかりづらいパーキンソン先輩に、より具体的な説明を求めてただけですよ」

「ものには言い方というものがありますわ。美徳とは、おのが報酬なり。オウィディウスの言葉です。先達を尊重し、敬うことはあなたにとっても利益を生むはずですわ。あなたがヘルガ・ハッフルパフの名に恥じない美徳を身につけることを願っていますわよ」

 

 ハッフルパフの1年生――ザカリアス・スミスはやりづらそうに顔をしかめて、曖昧に返事をした。

 スミス家はヘルガ・ハッフルパフの直系に連なる古い純血の一族だ。少し前の世代なら、コレクターで資産家のヘプジバ・スミスが有名だっただろう。彼女はハッフルパフのカップを求めるトム・リドルに殺害されたが、その血は途絶えていなかった。

 ヘルガ・ハッフルパフの直系という血には大きな価値がある。

 ダフネとしても彼には期待している。しかし、どうにも性格に難がある。原作でもダンブルドア軍団に参加しながらもハリーに反抗し、悪態をつき、最終決戦では1年生を押しのけて我先に逃げ出したような生徒だ。

 あるいはこの会で彼が成長するかもしれない。ダフネはその可能性にこそ期待していた。

 そして、ダフネはもうひとりの1年生に向き合った。

 

「ミス・トランブレ。まずはあなたの勇気を讃えましょう。パンジーのために立ち上がってくれてありがとう。あなたのような勇敢な会員を招けて私は幸運でしたわ」

「いえ、自分は会の一員として役目を果たしただけであります!」

「そうかしこまらなくていいのですよ? そのかわり、私に向けてくださっている敬意と同じくらい、周囲の仲間を大切にしてあげてくださいな。私を含め、ここにいる全員が未熟で、成長途中で、これから学んでいく者なのですから」

「は、承知いたしました!」

 

 グリフィンドールの1年生、ブリジット・トランブレが姿勢を正してハキハキと返事をした。

 どうにもやりにくい。

 ブリジットはフランスの純血旧家トランブレ家の分家の生まれだ。

 リタ・レストレンジの異母弟コーヴァス・レストレンジ5世の母クラリス・トランブレの生家で、フランスでは非常に豊かだったという。

 しかし、「だった」とつくとおり、グリンデルバルドの大戦で当時の当主を喪って家が傾いた。そこで、家人の一部がイギリスに疎開してきたというわけだ。

 そのままイギリスに定着した分家の生まれであるブリジットは、英国魔法界においては所詮フランスの家と軽んじられていた。はるか昔にフランスから渡ってきたマルフォイ家やレストレンジ家がいるからこそ、格の違いが際立ってしまっている。

 ダフネはそんな彼女を応援したいと思っていた。冷遇されている者ほど、出世は華々しく見えるものだ。彼女はいい広告塔になる。

 特に接点があったわけではないのだが、グリフィンドールの1年生からラベンダーが勧誘してきた彼女はダフネのことをやけに尊敬しているらしく、貴人に接するが如き態度でダフネを敬ってくれる。気持ちはありがたい一方、極度な美化は危険な傾向でもある。

 

「パンジー?」

「……私悪くないもん」

「ええ、あなたは十分よくやっているわ。友達としてとても嬉しく思います。だから、そんなに悲しい顔をなさらないで?」

 

 すっかり拗ねてしまったパンジーを慰めながら、ダフネはこれからのことを考えた。

 将来有望か、そうでなくとも育てがいのありそうな後輩は見つかりつつある。一癖も二癖もある若者たちだが、御しきれればきっとダフネの力になるだろう。

 

「それじゃあ、私も参加してよろしいかしら? 浮遊呪文の復習をしておきたいなと思っていたところでしたの。ね、いいでしょう?」

「……先輩がそう仰るなら、ノーはありませんよ」

「ありがとうございます! ご指導のほど、よろしくお願いいたします!」

 

 ザカリアスとブリジット、生意気と生真面目で相反するこのふたりは、今のところダフネが目をつけている中では一番の有力株だ。今のうちに可愛がっておくべきだろう。

 

「まずはふたりがどこまでできるか見せて下さいな」

 

 ダフネが促すと、ふたりはそれぞれ机に置かれた羽根ペンに向かって杖を構えた。

 ふたりはそれぞれ呪文を唱えたが、羽根ペンは微動だにしなかった。

 その様子を見て、成功しないおおよその見当がついたダフネはまずザカリアスの後ろに回り、背後から彼の杖腕に手を添えた。

 

「ちょ、ちょっと、先輩?」

「杖の振り方が大振り過ぎですわ。ウィンガーディアムのGARの発音で勢いがつきすぎてしまっているのね。1年生は呪文を教わる前に身体に振り方を慣らす練習があったと思うけれど……退屈だったかしら?」

「そ、そういうわけじゃ……」

「力を抜いて。匙でスープを掬うような自然さで、手首は返さずに……そう、お上手! もう一回、滑らかに運びながら持ち上げる感覚で……そう!」

 

 ザカリアスは耳を真っ赤にしながら、しかし、何度かの練習で自然に杖が振れるようになった。

 杖捌きは呪文の発音と並んで魔法族の命だ。杖捌きの癖は魔法の癖になり、そして決闘巧者ほど相手の癖を突くのがうまい。

 ダフネが背中から離れると、ザカリアスは安心したように息をついた。

 

「次はあなたね、ミス・トランブレ」

「……は、はっ! よろしくお願いします!」

「緊張しないで。あなたの場合、少し発音に癖があるのね。響きもどこか雅で、私は好きですわ。ご実家では皆様フランス語で話されるのかしら」

「はい、いいえ、フランス語を使うのは父だけです!」

 

 ダフネが杖腕に手を添えると、一瞬ブリジットの背筋がビクリと跳ねた。

 

「大丈夫ですわ、深呼吸して。リラックス……第2節のLが欠落してリエゾンしてしまっているのね。あなたの発音だとウィンガーディアメヴィオーサ。私が正しい呪文をゆっくり唱えるから、復唱してみてくださいな」

「は、はい!」

 

 杖腕にそっと力を添えながら、ダフネはブリジットの耳許に唇を寄せた。

 緊張でこわばる腕をほぐしてやるように指先で軽く揉むと、こそばゆそうに身体が震える。

 

「ウィンガーディアム」

「うぃ……ウィンガーディアム」

「レヴィオーサ」

「レヴィオーサ」

「続けて。ウィンガーディアム・レヴィオーサ」

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」

「そう、お上手! それじゃあ、実践をしましょうか。さ、羽根ペンに狙いを定めて」

 

 ダフネはふたりから一歩離れて、小さく手を叩いた。

 これで悪い癖は改善できた。今なら成功するはずだ。呪文学の初歩であるこの呪文で早いうちに成功体験を積んでおいたほうが、魔法を学ぶことそのものへの意欲が高まるだろう。

 まだ顔が赤いままのふたりが顔を見合わせて、それからおずおずと机に置かれた羽根ペンに向かって杖を構えた。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

 

 浮かび上がったふたつの羽根ペンに、教室中から拍手が上がった。

 ここまで丁寧に教えれば、ふたりとも悪い気はしないだろう。いずれ結社に勧誘するかもしれないふたりだ、しっかりと可愛がっておかねばならない。

 

「あんたって、結構ツミツクリってやつよね……」

 

 後ろで見ていたパンジーがこぼした一言には、あえて触れなかった。

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