その血は呪われている   作:海野波香

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 ハリーが狂ったブラッジャーに腕を破壊されながらもドラコと名勝負を演じ、ついにはスニッチを捕ってみせてから数日。

 つまり、コリン・クリービーが石化した姿で発見されてから数日ということになる。

 

「では皆さん、杖の振り方は覚えましたね? この『雄鶏の呪文』は寝ぼけている友達の目を覚まさせるのにぴったりな呪文ですから、しっかり覚えておくように!」

 

 フリットウィックの呪文学の授業では雄鶏の鳴き声を鳴らす呪文が、マクゴナガルの変身術の授業ではかけた対象の表面を鏡に変える呪文が教えられた。あちこちで雄鶏の鳴き声が響き、廊下では甲冑や絵画を鏡に変えて角の向こうに継承者(ハリー)がいないか確認する()()が流行った。

 これらは明らかに、バジリスクへの対策だった。

 つまり、教師陣の全員がそうであるかはともかくとして、少なくともダンブルドアはバジリスクが徘徊していることを認識している。

 バジリスクは眼光で生き物を殺す。その事実から考えると、石化とバジリスクを即座に結びつけることは難しいだろう。それでもダンブルドアはバジリスクへの対策を打った。何か根拠があったのだろうか。

 

「……そういえば、この方がいましたわね」

 

 トイレから聞こえるすすり泣きを傍目に通り過ぎながら、ダフネは仮説を立てた。

 もしかすると、ダンブルドアはマートル・ワレンの()()を行ったのかもしれない。

 マートルの遺体の状態と本人の証言があれば、何が直接の死因だったかは想像がつく。

 ダンブルドアがすでにかつての事件と結びつけて動いているのだとしたら、ここからの動きはある程度ダンブルドアの介入があることを想定したほうがいいだろう。

 そんなことを考えながら独り歩きをしていると、廊下の角で声をかけられた。

 

「よう、グリーングラス! ひとつ買ってかないか?」

「そこらのお守りとはわけが違うぜ、なんてったってワガドゥから取り寄せた本物だ」

「まあつまり、ワガドゥにも俺達みたいなやつがいるってことだけどな」

「ごきげんよう、双子のミスター・ウィーズリー。そうですわね、少し見ていこうかしら」

 

 空き教室の前で呼び込みをしていたフレッドとジョージに誘われて露店を覗いていく。

 今、ホグワーツではスリザリンの怪物除けのためにこういった怪しげな商品が多数取引されている。半ば恐慌状態に陥った生徒を食い物にする商売が好ましいとは思えないが、フレッドとジョージであればそんな面白くないことでは終わらせないだろう。

 ワガドゥから仕入れたという商品を失礼のない程度に冷やかして帰るつもりだったが、奥にいた人物に思わずダフネは声を上げた。

 

「あら……ミス・ジニー・ウィーズリー。ごきげんよう、調子はどうかしら」

「えと……こんちわ」

 

 気まずそうに会釈するジニーは、うっすら疲労をにじませていたが元気そうだった。

 広げられたラグの上に並べられた商品を挟んで、少し居心地悪そうに立ち尽くした彼女は首から看板をぶら下げている。

 看板には踊るような筆記体でこう書かれていた。

 

「ウィーズリーの素敵で愉快な魔法道具露店……店番さんということかしら?」

「は、はい、そうです、グリーングラス先輩」

「そんなかしこまらないで、一緒にお掃除を頑張った仲じゃありませんか。ダフネと呼んでくださいな。そのかわり、私もジニーと呼ばせていただきますわ」

 

 ジニーは曖昧に頷いた。

 奇妙だ。この時期、ジニーは兄弟のことを避けているはずだった。日記帳に依存すると同時に恐怖し、自分が犯した罪に怯え、誰にも打ち明けられずにいたのが原作のジニーだ。

 しかし、どうだろうか。

 兄たちの露店商売に付き合わされ、少し疲れてうんざりした表情を浮かべながらも店番の仕事をしている様子は、単にホグワーツの1年生として新しい環境に慣れていないだけの普通の子どもに見える。

 

「お元気そうで安心しましたわ。調子が悪そうという話を伺っていましたから」

「調子……? あっ、10月くらいに流行った風邪かな。あれはしんどかったけど、それからは元気。パーシーがやたら心配して、いっぱい薬を持ってきてくれたけどね」

「そうでしたか、いいお兄様を持たれましたわね」

「うちの連中はお兄様って柄じゃないよ。それより、何か気になる品はない? 売上がよかったら店番代弾んでくれるって約束なんだ」

 

 ジニーが少しはにかんで、照れ隠しのように店番の仕事に戻った。

 平静を装いながら、ダフネの背筋を冷や汗が伝った。

 まさか、()()()()()()()()()()()()()()のではないか。

 何かがおかしい。

 日記帳は確かにホグワーツに持ち込まれている。そうでなければ秘密の部屋を開けることはできず、バジリスクがミセス・ノリスを石化させることもない。これだけは絶対に正しい。

 しかし、今のジニーは()()()()()()()

 

「あの、ダフネさん?」

「……ええ、ごめんなさい、ちょっとめまいがしただけ。そうね、このトルコの邪視守りをいただこうかしら。石の色が綺麗ですし、プレゼントにちょうどいいわ」

「それでいいの? 地味じゃない? こっちのは紐を引っ張るとすごくうるさい悲鳴上げるし、これなんか危険って判定した相手に膿汁ぶっかけてくれるし」

「ええ、まあ、見方によっては実用的でしょうけれど……静かな部屋に飾れるものを探していましたの。何か包むものはあるかしら?」

「ふーん、静かな部屋ね……待ってて、ジョージがどっかからくすねてきたのがあるから」

 

 澄んだ濃いブルーの邪視守りをライラック色の包装紙で包んでもらいながら、ダフネは考えを巡らせた。

 少なくとも、ホグワーツに日記帳が持ち込まれていることは間違いない。それはルシウスが接触した人物で、なおかつ日記に依存するような人物だ。

 果たして、それはジニーなのだろうか。それとも。

 

「……そういえば、ちょっと伺いたいことがありまして」

「何? あ、値引きはしないからね」

「ええ、それは結構ですけれども……入学の少し前、ダイアゴン横丁でお父上がミスター・ルシウス・マルフォイと喧嘩になったとか」

「え? ああ、()()()()()()()()()()()()。でも、言いあいになっただけ。それがどうかしたの?」

 

 言うべきか。

 ダフネは頭を抱えたくなるほど悩んだ。

 ここで日記帳のことを探れば、まず間違いなくダンブルドアはダフネが日記帳のことを探っていると気づく。そうなれば、なぜルシウスの計画を知っていたのかということになる。

 できればダンブルドアに警戒はされたくない。

 しかし、日記帳は一度行方不明になってしまえば見つけるのが困難な分霊箱の筆頭だ。多少古臭いだけで、見た目はただのノートと変わらないのだから。ここで情報を失うわけにはいかない。

 もし発見までに日記帳のトム・リドルが十分な力を取り戻してしまったら、ハリーだけでは手に負えなくなる。事件を無事収束させるためにも、リスクを冒してでも日記帳を追跡する必要があった。

 

「……その後、何かおかしなことはありませんでしたか?」

 

 ジニーはしばし手を止めて、考えるように視線を宙に這わせた。

 

「……あっ、そういえば本屋で買い物してた時に気づいたんだけど、()()()()()()()が荷物の中に交じってたかな」

 

 それだ。

 

「見覚えのない本……それはどうされましたか?」

「商品が交じっちゃったんじゃないかと思って店員さんに渡したよ」

「店員に?」

「うん。そのあとはわかんない、ママがロックハートにハグしてもらって大騒ぎになっちゃったから。はい、品物。5シックルね」

 

 ダフネはめまいを耐えながら代金を支払った。

 厄介なことになった。

 ダフネの思考が高速で回転し、そして答えに辿り着いた。

 ハリーがドラコに声をかけたことで、ルシウスのタイムスケジュールが本来のものとは違う形になったのではないか。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 これはルシウスのミスだ。まず間違いなく意図的ではないだろう。ハリーがいたことで、原作とは違うタイミングでルシウスがウィーズリー一家と対面したのだ。その結果、日記帳はジニーの手元に残らず、書店の店員に渡されてしまった。

 古びた日記帳だ。ワゴン品に回されでもしたら、誰が買ったかわかったものではない。

 

「あの、さ」

「なんでしょう?」

「……その、私も訊きたいことがあって」

 

 ジニーはあたりをきょろきょろと確認して、フレッドとジョージが呼び込みのために教室から離れていることを確認してから、顔を真っ赤に染めてダフネを手招きした。

 ダフネが身を寄せると、ジニーは声を潜めてこう尋ねた。

 

「は、ハリーと付き合ってるんですか?」

「……なんですって?」

「だ、だから……ハリーのか、か、彼女なんですか!」

 

 思わず気が抜けて、ダフネは笑いをこぼした。

 

「な、な、何笑って」

「残念ながら、答えはノーですわ」

「残念ながら……」

「今のところは、とも付け加えておきましょうか」

「今のところは……!?」

 

 百面相するジニーをからかって遊びながら、ダフネは気持ちを落ち着かせた。

 どちらにせよ、ホグワーツで事件が始まっているということは日記帳がホグワーツの中にあると思って間違いない。ここだけは確かだ。

 ダンブルドアに警戒されないように情報を集め、持ち主を特定すること。そして、その持ち主を監視すること。困難を極めるだろうが、不可能ではない。誰かはわからないが、少なくとも持ち主は日記帳に依存し、それを使っているのだから。

 

「いい買い物をさせていただきましたわ。また機会があれば」

「……はあ、あんたいい性格してるね。少なくとも、この教室ではまたはないと思うよ。フィルチさんがそろそろ来ると思うし」

「あら、新入生にしてはいい勘をしていますわね」

「兄さんたちに鍛えられてるからね!」

 

 自慢げな笑みは、間違いなく日記帳などに汚されていないまっすぐな輝きだった。

 ダフネは露店を後にし、包装されたプレゼントを手の内で転がしながら廊下を歩いていた。ゼロからのスタートだ。頭をリセットしなくてはならない。

 もはや今年いっぱい原作の知識は役に立たないと思ったほうがいいだろう。最悪の場合、本当の意味での犠牲者が出るかもしれない。そうなれば、ホグワーツの閉鎖が現実のものとなりかねない。

 極論、死者が出ること自体はダフネにとってさほど痛手ではない。ダフネの協力者は純血で占められている。協力者が死ぬ可能性は低いと言える。

 

「……しかし、見過ごすわけにはいかない」

 

 廊下でぽつりとこぼした、その一言が全てだった。

 ルシウスの計画のせいで死者が出たとなれば、ダンブルドアのルシウスに対する態度は決して軟化しないだろう。ルシウスを味方に引き込む計画を企てているダフネとしては、ルシウスがこれ以上罪を重ねるのは都合が悪い。

 頭を悩ませながら談話室に帰ると、ダフネを待っていた人がいた。

 ミリセント・ブルストロードだ。

 

「ダフネ! その、遅かったな」

 

 露骨にほっとした様子で息を吐く彼女の顔色は悪かった。

 コリン・クリービーが石化した状態で発見されてからというもの、ミリセントはずっと怯えていた。彼女は半純血だからだ。

 半純血だからといって狙われるとは限らないと何度も諭したが、効き目は薄かった。ミリセントは自身の出自を恥じている。ブルストロード家という古い血が自分のせいで穢れたと考えていて、その罪が今裁かれると思っているのだ。

 

「ちょっとお買い物してきましたの。ミリセント、これはあなたに」

 

 包みを手渡すと、ミリセントは怪訝そうにしながら包装紙を開いた。

 中に入っているお守りは、実際のところ、よくある土産物でしかない。偶然にもバジリスクの武器である邪視を除けるお守りだったから買ってきたが、効果があるかは疑わしいところだ。

 それでも、ミリセントは嬉しそうにそれを手にとって、吊るす用の紐を引っ張り、なんとか首からかけてみせた。

 

「に、似合うかな……?」

「寝室に飾れればと思って見繕ったのですけれど……身につけていたほうが安心かしら」

「うん、安心だ。安心……」

 

 ミリセントが大きく頷くと、首元で邪視除けのお守りが小さく涼しい音を立てた。

 

「そうね、少し奇抜ですけれど……よろしいのではなくて? ホグワーツにはもっと奇抜な方がたくさんいらっしゃるもの、それくらいおかしくはないわ」

 

 これで、ミリセントがダフネの庇護下にあることを示すことができた。

 どこまで効果があるかはわからない。しかし、日記帳の持ち主がどこにいるかわからない以上、ダフネは守るべき人物をしっかり身内として示しておく必要があった。

 

「ダフネ、その……私がこんなことを言うのはおこがましいかもしれないが……」

 

 ミリセントが長身をかがめて、心配そうにダフネの顔を覗き込んだ。

 

「顔色が、その、あまりよくない。休んだほうがいい。うん」

「ありがとう、ミリセント。そうね、夕食まで少しソファで休もうかしら。お喋りに付き合ってくださる?」

「もちろんだ!」

 

 暖炉にほど近い、ちょうどいい温かさのソファに腰掛ける。

 少し気疲れしているようで、意識がふわふわする。このまま眠ってしまいそうだ。

 

「最近の授業はいかがかしら? 何か困ったことはない?」

「そうだな、その……闇の魔術に対する防衛術が、ちょっと難しい」

「あら、そんなに難しかったかしら」

 

 ダフネは授業を思い返す。

 スリザリンの授業で()()()()()()()()()()再びピクシーを解き放ってからは、教科書に沿ったことが中心だ。ペーパーテストの小テストばかりで、実技は全くない。

 

「その、あれだ。教科書は面白くて、全部読んだ。でも、()()()()()()()()……」

「確かに、あれは暗記していないと中々難しいですわよね。対策という対策もありませんし……」

「ま、まあ、私の勉強不足だ。もっと頑張るよ」

 

 それから、授業のことについて他愛ない会話を交わし、夕食の時間がやってきた。

 何かが引っかかる。

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