その血は呪われている   作:海野波香

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 クリスマス休暇を目前にして、ジャスティン・フィンチ-フレッチリーとほとんど首無しニックが石になって発見された。

 たちまちのうちに恐怖を伴って噂が広まった。

 しかし、その噂はダフネが想定していたものとは少し、いや、かなり異なっていた。

 

「もう一度聞かせてくれるかしら?」

「は……先輩について、このような噂が広まっております。継承者はハリー・ポッターを隠れ蓑にして狡猾に事を進めていると。そして……グリーングラス先輩、あなたがその継承者ではないかとまことしやかに語られています」

 

 勉強会の教室で、ダフネは報告を受けていた。

 ブリジットは目の下に痣を作っていた。ダフネを悪く言う生徒と殴りあいの喧嘩になったらしい。勇敢にも、この1年生は上級生4人とやりあって1人をノックアウトし、減点と罰則を食らった。

 大鍋のフジツボを剥がす罰則でボロボロになった手に治癒呪文をかけてやりながら、ダフネは考えた。

 誰かが裏で噂を操作している。

 

「ハリーは今のところ疑われていないのね?」

「疑う者もいます。しかし、少なくない数の者が、ポッター先輩はそのような浅はかな人物ではないという旨の擁護をしています。もしポッター先輩が継承者なら、自分を不快にさせたと知れている相手ばかりを狙うのは馬鹿げている……と」

「なるほど。……なるほど」

 

 ハリーを擁護する誰かは、随分と()()()()()()()()()()()()()()()()らしい。

 そんなことを得意とする人物に心当たりがある。ロックハートだ。しかし、動機がわからない。なぜ彼がハリーを擁護する必要があるのだろうか。

 それに、ダフネが疑われている理由もはっきりとしない。

 

「許しがたいことです。グリーングラス先輩はそのような卑劣な真似をする方ではないと、僕は信じております!」

「ありがとう、ミス・トランブレ。……もう少し状況を把握する必要がありそうね」

 

 勉強会の出席者も今日はまばらだ。

 このまま状況が進めば、ダフネへの警戒心から勉強会が瓦解しかねない。もちろん、秘密の部屋にまつわるこの事件を解決してしまえば問題は解決する。しかし、肝心の日記帳が行方不明のままでは、どうともしがたい。

 

「他に、何か変わったことはなかった?」

「変わったこと、でありますか……ホグワーツは変わったことが多すぎて」

「そうね、摩訶不思議の城よここは」

 

 ダフネが笑って治療の終わったブリジットの手を撫でると、ブリジットは頬を赤らめた。

 

「か、変わったことと言えば! ……その、1年生の授業で少し変化が」

「変化?」

「闇の魔術に対する防衛術で、初めて実技がありました。この会で予習済みの簡単な呪文でしたが、それでもロックハート先生が授業で杖を振るのを初めて見ました」

 

 実技。

 ここ最近、ロックハートには驚かされ続けている。

 決闘クラブではあのスネイプの武装解除呪文を防いでみせた。もちろん手を抜いていたとはいえ、スネイプは戦争を生き抜いた決闘巧者だ。今度は授業で実技を披露したとなると、いよいよ彼に何か変化が訪れたと考えるよりほかない。

 大前提として、ロックハートは無能ではない。

 彼はレイブンクローの秀才だ。オリジナルの呪文を開発する程度の能力は持ち合わせていたが、自分が一番になれない領域では本気を出せないという悪癖が祟ってそれ以上の成績を修めることはなかった。

 そして、卒業してからは忘却呪文に頼りきりの生活をしていたせいで能力が衰えた。

 しかし、それはつまり能力さえ磨きなおせば彼はレイブンクローの秀才だったころの実力を発揮できるということになる。

 問題は、何のためにどうやって能力を磨いたかだ。

 

「ミス・トランブレ、ロックハート先生はお好き?」

「はい、いいえ。その、先生方のことを悪く言うべきではないかもしれませんが……僕はこう、ああいう軽薄な男は好きではありません。今日も授業の後、()()()()()()()()()()()()()()

 

 何かが引っかかった。

 ロックハートは確かに女性ウケのいい美貌と弁舌の持ち主だ。しかし、彼自身が積極的に女性に粉をかけにいくことがあっただろうか? 彼が求めているのは名声であって、誰彼構わぬ愛ではない。

 パズルのピースがはまっていく音がする。

 

「なるほど。もしかして、ハリーを擁護しているのは皆女子生徒だったりしないかしら?」

「……そうですね、考えてみれば仰るとおりです。僕はてっきり、彼女たちがその、ポッター先輩に好感を持っているのかと考えていました」

「ふふ、それはそれで面白いけれど……」

 

 どうやら、ロックハートがハリーを擁護させているという推理が有力なようだ。

 理由を見出そうと思えばいくらでも見出だせる。単にハリーがお気に入りで可愛がりたいからという彼の善性を信じる考え方もできるし、自分より目立っているハリーが気に食わないというわかりやすい考え方もできるだろう。

 しかし、それだけならダフネが悪役にされる理由がわからない。

 どこかで噂が捻れたのか、それともロックハートが何か目的を持ってやっているのか。

 

「……少し、後手に回りすぎたわね」

「ロックハートを糾弾なさいますか? 僕は何があろうと先輩を支持します」

「ありがとう、ミス・トランブレ。でも、先生に歯向かうのは得策ではないわ。それに、先生だって悪意があってやっているわけではないのかもしれない」

 

 ダンブルドアを警戒しすぎたし、多忙を言い訳にしてしまった。ジニーが日記帳の保持者でないことを早期に確認できていれば、ダフネの計画はもう少しスムーズに修正できただろう。

 その反省を活かすべきだ。

 ダフネは立ち上がって、大きく伸びをした。凝り固まった背筋がほぐれていくのを感じる。

 

「んーっ……はあ。ロックハート先生の呼び出しに応じてみるのがいいかしら」

「呼び出し、ですか」

 

 ブリジットは怪訝そうに眉をひそめた。

 ダフネの名前を使っているのがロックハートなら、単にスケープゴートとしてダフネを使ったとは考えにくい。一個人、しかも生徒への攻撃は彼の名声を傷つけるからだ。そこには何かしらの意図がある。

 一方、誰かが噂に便乗してダフネを貶めようとしているのなら、ロックハートは激怒するだろう。彼は世論操作について自身が一角の人物であると自負している。彼は自分が一番になれる領域でしか本気を出せないのだから。

 ロックハートの意図か、それとも誰かのただ乗りか。

 事態をはっきりさせるためには、ロックハート本人に話を聞いてしまうのが手っ取り早いだろう。

 夕食までの時間にロックハートの執務室を訪ねてみようと思っていた、その時だった。

 

「ミス・グリーングラス!」

 

 教室に怒鳴り込んできた人影に、ただでさえ人気の少なかった教室は静まり返った。

 顔を怒りに紅潮させたアーニーが、ダフネに人差し指を突きつけていた。

 

「君はポッターと親しい。僕は君が密かにこの事件を解決しようと動いているのではないかと期待していた! それなのに……君が継承者とは、一体どういうことだ!」

「アーニー……どうやら誤解があるようですわね」

「誤解? ああそうだろうとも、僕は君を誤解していた! この、悪辣な陰謀家め!」

「無礼な! グリーングラス先輩を愚弄する気か!」

 

 ブリジットが杖を抜くと、アーニーは応じるようにローブの袖をまくり上げた。

 早速問題が発生しはじめた。

 どう反論すべきか。確かに、ダフネのポジションはとても怪しいものだ。他寮の生徒であるハリーと度々密会している。昨年度もドラコに「ハリーを操っているのではないか」と疑われた。

 ダフネが口を開こうとすると、背後から嘲るような笑い声が響いた。

 その笑い声に、アーニーは表情をますます険しくさせた。

 

「何がおかしい、ザカリアス」

「いや、失礼、あまりに滑稽だったもんですから。マクミラン先輩……あんた馬鹿ですよ。とびきりの馬鹿だ。勘弁してくれませんか、あんたが恥を晒すとハッフルパフの恥になるんだから」

 

 席を立ったザカリアスは、ダフネを押しのけてアーニーの前に立った。

 

「そりゃ、グリーングラス先輩は怪しい人ですよ。ホグワーツ中の馬鹿な純血を集めて勉強を教えようとしてるんだ。俺ならそんな面倒な真似、絶対にごめんですね」

「何が言いたいんだ、はっきり言ってみろ」

()()()()()()()()()()()()()()()。ちょっとでもグリーングラス先輩の顔色を見てみようと思わなかったんですか? ちょっと突くだけで倒れるんじゃないかってくらい疲れてるじゃないですか。まったく、ここは馬鹿の集まりだ、呆れるね」

 

 唖然とするアーニーを鼻で笑って、それからザカリアスは振り返った。

 その表情はなんとも言い難いものだった。勝ち誇っているようでいて、後悔の色も混ざっていて、しかし達成感を覚えながらも冷や汗をかいていた。

 ザカリアスはしばし黙って、それからダフネに向かって口を開いた。

 

「あんたも馬鹿だ。あちこち余計なことに首を突っ込んでいるから、手の負えないことになるんですよ」

「……あら、もしかして私って今お説教されてるのかしら?」

「説教? まさか。俺はただ、便利な副読本がもらえる会が潰れたら困るって言いたいだけですよ。それに、そこの猪みたいなフランス女と違って、俺は言葉で解決する賢さを持っている。……ハッフルパフの恥はスミス家の恥、そうでしょう?」

 

 ダフネの隣でブリジットが顔をしかめた。

 

「助けになったつもりだとでも言いたいのか、スミス」

「俺が口を挟んでなかったら追加の減点と罰則だっただろうな、トランブレ」

 

 睨みあうふたりの間に割り入って、ダフネはため息をついた。

 この後輩ふたりはなんだかんだ言いつつも会を大切に思ってくれている。しかし、それぞれのスタンスが違いすぎるせいで、同じ目的の下ですぐに衝突する。なんとか矯正しなければ、ダフネたちが卒業した後に会は崩壊するだろう。

 矯正すべきなのはダフネも同じだ。

 勉強会の運営と結社の活動推進だけでも手一杯なのに、ジニーの監視を始めとした日記帳絡みの物事をすべて一人でどうにかしようとしてしまった。散々指摘されてきた悪癖を治さなかった結果がこれだ。

 ダフネが両手で自らの頬を軽く打つと、ブリジットが心配そうにダフネを見上げた。

 

「……順番に片付けましょう。まず、アーニー」

「な、なんだ」

「私を疑うのならご自由にどうぞ。ただし、私は誓って無実ですし、ハリーもまた無実であると確信していますわ。真実は一般に中傷に対する最上の弁明である。リンカーンの言葉です。ええ、いいでしょう、私がこの事件を解決してみせます」

「先輩、そんな!」

「大丈夫です、ミス・トランブレ。ひとりで、とは言っていませんよ」

 

 ダフネがブリジットの手を握ると、ブリジットは不安げに濃いブルーの瞳を潤ませた。

 

「勇敢な行いでした。私を庇ってくれたこと、心から嬉しく思いますわ。でも、杖を抜くのは少し勇ましすぎですわね。拳や杖を振るうだけが勇気の示し方ではないことを、少しずつ覚えていってくださいまし」

「はい、その……申し訳ありませんでした」

 

 そして、ザカリアスに向き直ると、ザカリアスはいかにも「面倒事に巻き込まれた」という様子で表情を歪めた。

 

「ミスター・スミス。その優しさに免じて、数々の暴言は聞かなかったことにいたします」

「……そりゃどうも」

「私自身も疲れているだなんて考えてもいませんでしたわ、ありがとう。これからはもう少し、人に頼ることを覚えなくてはいけませんね。……というわけで」

 

 ダフネはもう片方の手でザカリアスの手を取り、無理やりブリジットの手とザカリアスの手を重ね合わせた。

 このふたりには協力による成功体験を積ませなくてはならない。ダフネたちが卒業した後、蒼の貴血(ブルーブラッド)はふたりの手に委ねられる。そのためにも、ふたりには協力の尊さを理解してもらうべきだろう。

 

「ふたりにお使いをお願いしたいのです」

「僕ひとりで十分です」

「同感ですね。こいつひとりで十分だ」

「……おい、そこは張り合うところじゃないのか」

「なんで俺がお前と張り合う必要があるんだよ」

 

 口論が始まりそうになったが、ダフネが黙って微笑んで待っていると、ふたりとも慌てて口をつぐんだ。

 

「ロックハート先生を訪ねて、『ハリー・ポッターが継承者だという噂は本当か』と質問してください。どんな返答があっても、そのまま私に報告すること」

「……それだけですか?」

「ええ。少し手間かもしれませんけれど、私を助けると思ってお願いできるかしら?」

 

 ブリジットは嬉しそうに、ザカリアスは渋々といった様子で首肯した。

 ふたりを送り出した後、ダフネは改めて扉の前で立ち尽くすアーニーと対面した。今すぐ出ていくべきか、逡巡している様子だった。

 ダフネは言葉を選びながら、ゆっくりとアーニーに語りかけた。

 

「アーニー、もし少しでも私が無実であることに期待してくれるのなら……あなたにお願いしたいことがあるのです」

「……言ってみろ」

「フィルチさんに確認してほしいことがあるのです。ミスター・フレッチリーとサー・ニコラスが発見された日、同じ廊下で水漏れがなかったかということを。ミセス・ノリスが石化した現場にも同じ兆候がありました」

「本当に……本当に、事件を解決するつもりなんだな? それによって冤罪を晴らすつもりだと?」

 

 ダフネが頷くと、アーニーはしばし悩んでから曖昧に唸った。

 

「……わかった、賭けてみよう。だが、もし君が本当に継承者なら、僕の親族はウィゼンガモットで君の裁判に全力を尽くすことだろう」

「では、あなたの賭けがうまくいくことを願っていますわ」

 

 アーニーを見送って、ダフネは今度こそ大きく息を吐いた。

 正直に言えば、この状況でクリスマス休暇に帰省を選ぶのは危険だ。しかし、校外ではデメテル・ザビニが今もなお動いていることを思うと、校外の出来事に対処する機会を逃したくはない。

 やらなくてはならないことが多すぎる。それならば、一歩ずつこなすしかない。

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