その血は呪われている   作:海野波香

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 ホグワーツ特急を降りるやいなや、ダフネは力強く抱きすくめられた。

 

「ちょ、ちょっと、アステリア」

「お姉様……お姉様が無事で、本当によかった……」

 

 どうやら少し泣いているようだ。

 もしやと思って振り返ると、後ろでドラコが目を逸らしていた。

 ダフネがルシウスとの賭けに勝った。それはドラコにとって敗北感を覚えるのに十分なことだったらしかった。最近は大人しくしていたはずだったが、どうやらアステリアへの密告という復讐を考えたらしい。

 実に効果的だった。

 

「お転婆が過ぎるな、ダフネ。俺も肝を冷やしたぞ」

「あら、闇祓いの仕事と比べたら楽なものではなくて?」

「言っておくが、あのアラスター・ムーディだってバジリスクと戦ったことはないんだからな? 来年度こそは大人しくしていろよ」

 

 呆れたと言わんばかりにため息をついたガウェインが、手で蛇を作ってみせた。

 

「バジリスクと戦っただなんてドラコ兄様から聞かされて、アステリアはもう心配で、どうにかなりそうで……」

「ごめんなさいアステリア、私にとっても予定外のことだったわ」

「そうでしょうとも! バジリスクと戦いにホグワーツに行きましたなんて言われたら、アステリアは本当に怒ってしまいます! プンプンです!」

 

 もう怒っている。

 ダフネがあやすように背中をさすると、アステリアは鼻をすすってもう一度ダフネにしがみついた。

 久しぶりに可愛いアステリアを堪能できるのはダフネにとっては間違いなく幸せなことなのだが、それはそれとしてこうもぐずられてしまうとお手上げだ。ダフネはアステリアの脇に手を差し込んで、その細い体を抱き上げた。

 

「わ、お姉様?」

「ふふ……ホグワーツの階段を昇り降りしているとね、少し身体が鍛えられるのよ」

「君ら姉妹はもう少し筋肉をつけたほうが健康的だとは思うがな。行こう、車を待たせてある」

「ごめんなさい、少し待ってくださる?」

 

 ダフネはアステリアをガウェインに預けて、下車する生徒たちの中からハリーを探した。

 あの三人組はどこにいても目立つ。ダフネはすぐにハリーたちを見つけ出すことができた。フレッドとジョージに揉まれながら何かを話している。

 

「――だからな、パーシーに先達としてガツンと言ってやってほしいんだよ」

「そう、なんてったってハリーは寮を跨いだ熱愛の当事者だ」

「ラブロマンスってやつだな、うん」

「本当に、本当にそういうのじゃないんだってば……ほら、ジニーが疲れてるよ、早くモリーおばさんのところに――ダフネ!」

 

 ハリーは地獄の中で助けを見つけたとばかりに目を輝かせて、大きく手を振った。

 どうやらパーシーの件でからかわれていたようだ。パーシーはレイブンクローの監督生であるペネロピー・クリアウォーターと密かに付き合っている。そのふたりのキスを目撃してしまったというのが、ジニーがずっと隠していた「秘密」だった。

 兄思いのジニーだったが、どうやらハリーと同じコンパートメントになったことでその「秘密」は暴かれてしまったようだ。この夏休みの間、パーシーの胃が持つことを祈っておこう。

 

「ごきげんようハリー、あなたを探していましたの」

「本当に? よかった、僕も帰る前に君に話したいことがあって」

「あら、そう? それならお先にどうぞ」

 

 背中にフレッドとジョージ、そしてジニーの視線が突き刺さる状況に居心地悪そうにしながら、ハリーはゆっくりと口を開いた。

 

「その、去年の夏休みに屋敷の片付けをした時、使い道がわからない品が沢山出てきたの覚えてる? あれをどこかに鑑定に持っていきたくてさ、ダフネさえよければ付き合ってほしいんだ」

「もちろん、喜んで!」

 

 後ろでフレッドが黄色い悲鳴を上げ、ジョージが口笛を吹いた。

 ハリーはやりづらそうにしていたが、それでもダフネが誘いに乗ったことで安心したのか、頷いて息を吐いた。

 

「実は、私からもお誘いに来たんですの」

「お誘い?」

「ええ。あなたの親戚に会わせるという約束をそろそろ果たそうと思って」

 

 そろそろハリーをアークタルスと会わせておくべきだ。

 なぜ今なのか。

 シリウス・ブラックが脱獄してからは、間違いなくグリモールド・プレイス12番地は監視される。その状況でシリウスと縁の深いハリーを連れ込めば、間違いなく闇祓い局は強行捜査に踏み切るだろう。

 今のブラック家に探られて痛む腹はないが、それはそれとしてハリーにブラック家への悪印象を付けさせたくなかった。

 

「このキングスクロス駅まで出てこられますかしら。案内いたしますわ」

「もちろんだよ! あー、でも、午後からとかになっちゃうかな。ダーズリーに言いつけられた仕事をやっつけてからになっちゃうと思うし」

「構いませんとも。夏休み、会えるのを楽しみにしていますわ。……ふふ、デートですわね」

 

 ダフネが微笑むと、ハリーの周囲でいくつも歓声が上がった。ジニーが恐ろしいものを見る目でダフネを見上げた。

 

「で、デートって……」

「冗談ですわ、冗談。でも、それくらい楽しみしているのは、本当、ね?」

「う、うん。それじゃ、またね!」

 

 少し強引に見送られて、ダフネはハリーたちと別れた。

 駅はひどく混雑している。当たり前だろう、4寮7学年、合計1000名もの生徒とその保護者が汽車を降りているのだから。

 この中のおおよそ140名前後がホグワーツを去り、来年また新しい生徒たちが同じ程度だけやってくる。ホグワーツはずっとそれを見送り、迎え入れてきた。

 この1年、ダフネはどこまで味方を増やせただろうか。

 

「――先輩!」

 

 駆け寄ってきたひとりの少女が、息を切らしながらダフネの手を掴んだ。

 きらびやかな金髪を汗で額に張り付かせた彼女――ブリジットは今年の功労者と言っていい。ブリジットがロックハートのもとで日記帳を見つけ、さらにブレーズとロックハートのつながりを発見してくれたことで状況は大きく改善された。

 

「あら、ブリジット」

「夏休みに入る前にお目にかかりたいと思っていたのですが、最後の最後で運が向いてきました。あの……これ!」

 

 掴まれた手に何かを握らされた。

 見てみると、どうやら招待状のようだ。封蝋にはトランブレ家の紋章ではなく、彼女のイニシャルであるBが捺されている。個人的な招待ということだ。

 

「ぜひ、その、食事でもと思いまして……ご迷惑でなければですが。父の件についても、改めてお詫び申し上げたく」

 

 思ったより懐かれたようだ。

 ダフネより少し背の高いブリジットは、キラキラと目を輝かせながらダフネを見下ろしている。初めて勉強会にやってきたときから変わらない、まっすぐで一生懸命な瞳だ。

 ブリジットの愚直さはダフネも嫌いではない。性格の相性さえなんとかなれば、ザカリアスとは互いを補いあういいコンビになるだろう。蒼の貴血(ブルーブラッド)の次世代を担うのに適したいい人材を得られたことを、ダフネは安心していた。

 

「いいわ。ちょっとこの夏は予定が詰まっているから……そうね、うまく調整しましょう。ふくろう便を送るわ」

「ありがとうございます! では、僕はこれで! 本当に楽しみにしていますからね!」

 

 満面の笑みを浮かべながら、ブリジットは駆けていった。

 悪くない気分だった。よく懐いた犬のようだ。感情表現が直球なのは父親譲り、というともしかすると気分を損ねるかもしれないが。

 招待状をポケットに入れて、ダフネはようやくアステリア、ガウェインと再び合流した。

 あとは帰るだけだ。

 

「用事は済んだか?」

「ええ。夏休みの約束を何件か取り付けてきましたの」

「友達か?」

「そうですわ。ハリーと、あと後輩のブリジット・トランブレ」

「トランブレ……ああ、聞き覚えがあると思ったらダミアン・トランブレの縁者か」

「あら、お知り合い?」

 

 ダフネからトランクケースを受け取って、ガウェインは肩をすくめた。

 

「去年だったかな、魔法ゲーム・スポーツ部に入局してきたんだよ。デメテル・ザビニの推薦だ。奇抜な特許庁で法務をやってる」

「奇抜な特許庁? 変わったお名前ですね」

 

 アステリアがガウェインを見上げた。

 

「ジョークグッズとか、おもちゃとか、実用性というより面白さを優先した製品の特許を扱ってる。頭の回転は悪くないんだが、あの部署の人間特有の、こう……面白ければいいという考えがだな……俺達魔法法執行部の仕事を増やすんだよ……」

 

 さもありなん。おそらく魔法事故惨事部の仕事も増えていることだろう。

 ルード・バグマンに代表されるように、魔法ゲーム・スポーツ部は娯楽に特化した部局だ。その部局内に特許庁を置けば、当然そういった事態を引き起こす。

 何よりたちが悪いのが、彼らは法に反さない賢さを有しているということだ。

 まだ法で定められていない領域だから。前例のない製品だから。彼らは巧妙な言い訳で法をかい潜る天才だ。もしフレッドとジョージがいたずら道具店を開いていなければ、彼らに最適のキャリアは魔法ゲーム・スポーツ部だったに違いない。

 

「そういえばニューイヤーパーティーでアステリアと一悶着起こしたんだったか。お前にはこう、訳ありの友達が多いな」

「あら、そういう方に寄り添えるところは私の美点だと思わなくて?」

「利用してるの間違いじゃないことを祈っとくよ。さ、乗って」

 

 ガウェインが手を差し伸べると、黒のヴァンデンプラス・プリンセスが自動でドアを開いた。中は空調が効いているようだが、車の性能というよりは魔法によるものだろう。

 

「あなた、免許は持っていますの?」

「魔法法執行部員は全員教習を受けてる。向こうの大臣や要人を護送することもあるからな。一番運転が上手いのはシックネス副長で、その次がアーサーだ」

「あなたは?」

「真ん中よりは上ってとこだな。シートベルト締めたか? 安全関係の魔法は大体かけてあるけど、マグルの警察に見つかると面倒だからな」

 

 後部座席でシートベルトを締め、アステリアの手を握る。

 ようやく機嫌を取り戻したアステリアは嬉しそうにダフネの手を握り返して微笑んできた。この微笑みの瞬間を切り取って太陽のかわりに置けば、いらなくなった太陽でエネルギー問題は全て解決するに違いない。それほどの輝きだ。

 

「それでお姉様、夏休みのご予定はもうお決まりなのですか?」

「ええ。アステリア、ギリシャに興味はあるかしら?」

「ギリシャ! キメラや海馬(ヒッポカンポス)、それにグリフィンライダー隊の国ですね!」

 

 魔法生物飼育学に傾倒しているアステリアにとってギリシャは夢のような国だろう。

 ギリシャは危険な魔法生物の宝庫だ。キメラにマンティコア、グリフィン、三頭犬、ヒッポカンポス。ギリシャの固有種だけでこれだけの種が現存している。

 特にグリフィンはギリシャ魔法界の象徴とも言われており、ギリシャ魔法省は魔法法執行部の外局としてグリフィンライダー隊を有する。ルシウスに頼んでグリフィンライダー隊の演舞飛行のチケットを押さえておくべきかもしれない。

 

「勉強熱心で偉いわ。ルシウスおじさまとちょっとした賭けをしていたのだけれど、それに勝ったおかげでギリシャ旅行に連れて行っていただけることになったの」

「賭けを? ルシウス・マルフォイと?」

「ええ。ちょっとギリシャに会いたい人がいるの」

「会いたい人……まさかお前!」

 

 ガウェインは声を荒げそうになったが、ダフネがアステリアの髪を撫でながらミラー越しに視線を送るとなんとかその怒気をこらえた。

 腐ったハーポに会いに行くという予定はアステリアには秘匿しておいたほうがいいだろう。分霊箱などという破綻した下らない術についての知識はアステリアには不要だ。

 

「1日はルシウスおじさまと仕事の用事で抜けるけど、それ以外は観光する余裕がありそうなの。帰ったら荷造りよ」

「わあ、素敵です! お揃いの帽子を買いに行きましょうね!」

「ええ、地中海の日差しに負けないようにしなくちゃいけないわね」

 

 ギリシャ、ギリシャと鼻歌を奏でるアステリアに不足していた栄養が満たされていくのを感じる。

 今のうちにアステリアの可愛さを満喫しておきたかった。結局、ダフネはアステリアを養子に出す以外の効果的な選択肢を見いだせずにいる。この話題はきっと彼女を傷つけるだろう。

 ゆっくりと車が走っていく。物語もゆっくりと進んでいる。もはや前世で手に入れた原作の知識は半分以上が役立たずになりつつあるが、それでもダフネは前進し続けなければならない。

 

「……次の1年も忙しくなりそうね」

 

 車窓に街並みが流れる。

 1993年、ロンドンは少し色褪せていて、それでもなお華やかだった。




秘密の部屋編、完結です。
プロットをしっかり組み立てたいこと、以前活動報告でご報告したような事情がいよいよ迫ってきたことから、アズカバンの囚人編の更新開始まで少しお時間をいただきます。
気長にお楽しみいただければ幸いです。
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