大前提として、ダフネは人を信じていない。
血の呪いは被差別階級だ。純血というステータスがグリーングラス家に利用価値を生んでいるだけで、誰もグリーングラス家を愛しはしない。それならば、ダフネには妹だけでいい。妹さえいればいいのだ。
しかし、妹を救うために人を信じる必要があるのであれば、不承不承ではあるが、信じられる相手を見つけようと思った。
「言っておきますが、絆されたわけではありませんわよ。利用できるものは利用する、それだけですわ」
「素直に甘えていいんだぞ?」
ニヤつくガウェインの脛をテーブルの下で思い切り蹴飛ばしてやると、ガウェインは苦しそうに呻いた。
せっかくのディナーを台無しにするべきではないが、これくらいの攻撃はしても許されるだろう。侮辱には毅然とした態度で臨む。それがダフネの基本姿勢だった。
いいだろう、ガウェインのことは多少信用してもいい。
しかし、ダフネはまだ他の大人たちを信用する気にはなれなかった。腫れ物に触れるように接してくるディペット、どこか冷めた目で見てくるフォーテスキュー、取引以外の話をしないグリンゴット、全員信用には値しない。
「お姉様とガウェインさんが仲良しになったみたいで、アステリアは嬉しいです!」
「ああ、アステリア……今日だけはあなたの無邪気さが憎たらしいわ。えい」
「きゃ、あはは、お姉様ったら、もう、苦しいです!」
隣に座るアステリアの腋を盛大にくすぐってやる。たまには姉の偉大さを思い知らせてやらねばなるまい。
「……そうですわね、ひとりでできる計画ではないというのは自覚していました。頼るに値する人物を見つけられなかっただけで」
「急に辛辣じゃないか」
「この計画は適切な人選があって初めて成り立つものですもの」
「じゃあ、どうするんだ?」
「身内を増やしますわ」
ダフネがそう言い放つと、ガウェインは少し困ったように眉をひそめた。
身内であれば信用できる。それは盲信ではない。いざというときに裏切られても諦めがつく限界のライン、それがダフネにとっては身内だったというだけだ。
利用価値ではなく、志でともに戦っていく身内。それを増やしていかねばならない。
「身内って言ったって……悪いが、君の立場はあまりいいとは言えないぜ?」
「ええ、闇祓いに睨まれるほどですものね」
「まあ、うん、俺にそれを言われると困るんだが……」
なぜダフネが闇祓いに警戒されなくてはならないのか。それは死喰い人の一部が見せる狂信に由来する。
魔法省の大半はヴォルデモートの死を疑わないでいるが、それはそれとして残党がヴォルデモートの復活を企図して起こす事件には神経質になっているのだ。
そして、血の呪いの研究成果には少なからず、命や肉体に関係する闇の魔術が含まれている。
しかもグリーングラス家には過去に自暴自棄になって闇に走った魔女が複数存在するのだ。心中は察するに余りあるが、それはそれとして厄介な先祖だとダフネは苦々しく思っている。
この状況でどう身内を増やしていくというのか。
「……この手はあまり使いたくなかったのですけれど」
「なにか策があるんだろう?」
「ええ、まあ……」
スリザリンに行けば、君は真の友を得る。
組分け帽子の歌を思い出す。あのおんぼろ帽子はあれでホグワーツ創設者のひとりゴドリック・グリフィンドールの帽子である。由緒正しき知恵の帽子だ。その言葉を信じてみるのもなしではない。
ただ、「学校に行って友達を作ります」と口にするのが妙にプライドを刺激して、ダフネは躊躇っていた。
「えっと……お姉様はお友達を増やしたいのですよね?」
「おと……まあ、そうね」
「それなら、ホグワーツに行くのが一番です! だって、ホグワーツでは同い年の皆様と一緒に暮らすのでしょう? きっとお姉様が好きになれる方がいるに違いないです!」
ダフネの天使が天啓を運んできてくれた。
ひょっとするとアステリアは本当に天使なのかもしれない。イタリア魔法省に連絡して天使が一体逃げ出していないか確認を取るべきだろう。
そんなことを考えながら呆けていると、ガウェインが小さく声を上げて笑った。
「どうやら図星って顔だな。いいじゃないか、俺も賛成だ。大人相手にやりあってるよりそのほうが健全だよ」
「……否定はしませんけれど」
ホグワーツに入学するだけで、大きなアドバンテージを得られる。それはダフネも認めている。
結局のところ、英国魔法界で最も大きな力を握っているのは学閥なのだ。同じ学校の仲間、同じ寮の同胞という親しみが魔法界をつなぐ網となって機能している。
国内最大の教育機関であり、全寮制であり、当代の校長は歴史に名を残した英雄。これだけでもう十分すぎるほどにホグワーツとは社交の場になっている。
「第一目標はホグワーツでうまくやること、それでいいだろ?」
「……それはそれとして、入学までに計画を進めておかないと。3年生になるまでは外出制限がありますもの、手痛い遅れを取ることになりますわ」
今のうちに手を付けておくべきことは少なくない。
授業や課題で余計な時間を使わないために、予習は徹底しておかねばならない。今以上にディペットの下で予習に励むことになるだろう。教科書以上の知識を頭に入れておくために、本格的に彼の書斎を漁るべきかもしれない。
結社の立ち上がりを早めるために、資金についてはグリンゴットの意見を聞いておかねばならないだろう。グリーングラス家の私財を元手に運用すべきか、あるいは何か他の手段で稼いでおくべきか。いずれにせよ専門家の意見がほしい。
他にも確保しておきたい人脈は少なくない。
「ああ、それから……ガウェイン」
「なんだい?」
「これは仮定の話ですが……もしヴォルデモートが生きていたら、あなたは戦いますわよね?」
ひよこ豆のスープを口に運んでいたガウェインが盛大にむせた。紳士としての矜持があったのか、流石に噴き出しはしなかったが、それでもひどく苦しそうだった。
「げほ……な、何を言って」
「生存の可能性を示す根拠はいくつかありますが……子どもの私が言っても荒唐無稽ですから、上には報告いただかなくて結構ですわ」
「お、お姉様、闇の帝王が生きているって……本当なのですか?」
「大丈夫よ、アステリア。仮に生きていたとしても、あなたには指一本たりとも触れさせはしないわ」
怯えた表情のアステリアを慰めながら、ダフネは考えを巡らせた。
現時点で闇祓いをアルバニアに派遣することで、衰えた状態のヴォルデモートを狩り出すことは不可能ではない。今のダフネでも全てのコネを総動員すれば数名の闇祓いを送り込むくらいはできるだろう。
しかし、おそらく闇祓いは現場で捕縛ではなく殺害を選択する。
そうなると都合が悪い。分霊箱が残ったまま、いつ復活するともしれない亡霊のような存在に成り果てられると困るのだ。原作の知識が全て役に立たなくなり、戦いが泥沼になるのは避けたい。
「もしヴォルデモートが世に現れたら、討滅の旗頭になっていただきます。ゆくゆくは闇祓い局局長、いえ、魔法法執行部長ですわね」
「本気で言ってるのか!」
「ええ、本気ですわ。私の結社に加わった者が出世する、その最たる例として存分に働いていただきます」
考えてみれば、ガウェインを出世頭にするというのは悪くない選択だ。
そもそもガウェインは原作でも闇祓い局局長になっている。うまく功績を上げつつ生存すれば、必然的に同じ地位は手に入る算段だ。これを逃す手はない。
原作ではスクリムジョールも最後までハリーを裏切らなかった。魔法省という陣営にはそれなりの期待が持てる。
問題は戦後だ。親ダンブルドア派の支配下では純血社会は生き延びられない。第二次英国魔法戦争が終わるまでに魔法省内部に純血派を生み出しておかねばならない。
「はあ……本気なんだな、その、結社がどうとか」
「ええ、本気ですわよ。あなたは創設メンバーのひとりということになりますわね」
「今のところ嬉しくないな」
「正直な意見を聞かせてほしいのですけれど、あなた自身は純血社会についてどうお考えですの?」
ダフネがそう問いかけると、ガウェインは思案するように顎を撫でた。
「まあ……君の考えを聞いたうえで言えば、悪くはないと思ってるよ。純血が支配する魔法界は危険だが、純血というグループは生き残ったほうがいい……ってくらいかな」
「妥当なところですわね。本会の原則もそうなる予定ですわ。理念はよし、あとは財源と象徴……」
「あの、お姉様?」
「どうしたの、アステリア?」
首を傾げながらダフネを見上げるアステリアのなんと可愛らしいことか。まるで無垢な小鳥のようだ。
しかし、アステリアが発した問いかけはダフネに衝撃を与えた。
「アステリアは難しいお話はわからないのですけれど……純血の皆様が仲良く、楽しく暮らしていければよいのですよね?」
「そうよ、賢いわねアステリア」
「その……そうしようとすると、たぶんマグルの皆様やマグル生まれの皆様から奪おうという考えの方が出てくるような気がして……ごめんなさい、お姉様! 差し出がましいことを言ってしまいました!」
マグルから奪う。
これは一見、甘美な考えだ。マグルは容易く魔法で騙すことができる。証拠も残らない。
マグルを奴隷とし、魔法族が豊かになるという構造はグリンデルバルドが描いた絵図そのものだ。つまり、この思想には一定の求心力がある。
そして、この思想は幼いアステリアでも思いつく程度に「魔法族なら誰しも一度は考える策」だ。それはすなわち、共感性が高いことを意味している。
だからこそ、この思想をどのようにして排除するかが難題だ。
「ガウェイン、どう思いますかしら」
「あー……つまりあれだろ、君の結社がグリンデルバルド的な思想に傾かないようにしたいんだろ」
「理解が早いですわね」
「もしそうなったらなんとしてでも阻止するのが俺達闇祓いの仕事だからな。君が俺を誘ってる時点で、その道には進まないってことはわかってるさ」
そう、マグルからの収奪とは罰せられるべき悪なのだ。
法の話をするのならば、国際魔法使い機密保持法に違反する。マグルを食い物にしているという事実が露見した時点で、間違いなくアズカバン送りになる。
また、政治の話をするのならば、弾圧の火種になる。マグル界と魔法界を隔てるものは魔法だけであり、「悪の魔法族」の存在にマグルが気づいた時点で苛烈な弾圧と内紛が始まることだろう。
露見しなければいいと言う者もいる。どんな犯罪もそうだ。しかし、もはや金と人の動きは魔法で誤魔化せる次元にはない。
「まず何よりも君がしっかりと手綱を握ることだな。俺にはどうしようもないよ」
「ええ……難題ですわね」
問題なのは、これをホグワーツの級友たちに理解させ、その中から同盟者を見つけていく必要があるということだ。
あのドラコに「マグルから奪ってはいけません」と教えることができるだろうか? ダフネには自信がなかった。結局のところ、立場ある大人の魔法族を相手にしているほうが楽なのはそこの分別が備わっているからだ。
「……楽しんでやる苦労は苦痛を癒すものだ」
「なんだ?」
「マクベスですわ。シェイクスピアくらいお読みになったほうがよろしくてよ。まあ、前向きにやるしかありませんわね。同盟者を育て、使える手札を増やし、盤面を充実させていきましょう」
「お姉様が楽しそうで、アステリアは嬉しいです!」
当然、アステリアにはこの計画の目的は一生明かされない。アステリアが幸せになるために必要のない情報だからだ。表向き、この結社についての計画は「純血のための計画」ということになる。
困難な道になるだろう。
それでも、ダフネは前進するしかないのだ。
「次の予定は何なんだ?」
「そうですわね……来週には大事な予定が入っていましたわね」
アステリアに目を向けると、彼女は目をキラキラと輝かせた。
「アステリアの社交界デビュー。場所はマルフォイ家の本邸ですわ」