犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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光の翳る太陽は
月の岩肌以外の
全てを拒絶する


太陽の墜落

 現世の戦いは熾烈を極めていた。

 尸魂界(ソウルソサエティ)から派遣された四人の死神、日番谷冬獅郎、松本乱菊、斑目一角、綾瀬川弓親はグリムジョーに代わりその席に着いた新たな第6十刃(セスタ・エスパーダ)、ルピ・アンテノールと交戦し、冬獅郎の卍解でもって辛うじて勝利と呼べる状態まで持ち込む。それでも全員が決して軽傷とは言えない傷を負っていることから、十刃(エスパーダ)に連なる者の力は凄まじい。

 第10十刃(ディエス・エスパーダ)のヤミー・リヤルゴは後から馳せ参じた下駄帽子の男こと浦原喜助と戦い、一対一という土俵もあって拮抗状態にあった。

 そして元第6十刃であったグリムジョーは、標的である死神代行黒崎一護と戦闘を開始。(ホロウ)化の能力を得た一護と互角の戦いを繰り広げる中、乱入してきた虚化の力を持つ死神、平子真子の襲撃を受ける。平子の虚閃(セロ)を受けたグリムジョーは、一護との連戦と隻腕というハンディキャップを差し引いてなお満身創痍といった状態にあった。

「咄嗟に自分の虚閃ぶつけて相殺したんか。やるやないか」

 虚の仮面を被った平子が住宅街に降り立つ。叩き落とされたグリムジョーは意地だけで立ち上がると、殺意を杖代わりにして斬魄刀を構え、そのものの名を唱えようとした。

「軋れ……!!」

 が、しかし、それを止める腕が背後から伸びる。ハッとしてグリムジョーが振り返った先には、第4十刃(クアトロ・エスパーダ)であるウルキオラ・シファーの姿があった。

「……任務完了だ。戻るぞ」

 冷淡な声と共に、黒腔(ガルガンダ)が開き反膜(ネガシオン)の光が破面(アランカル)たちを護るように降る。

 冬獅郎によって氷の中に閉じ込められていたルピも、反膜によって解放され黒腔へとその身を昇らせて行った。

「———残念だったね、隊長さん。ボクのこと……殺せなくてさ」

 挑発するような笑み。しかしその直後ルピは眉間に皺を寄せ、声を一段階低くして宣言する。次は必ず殺す。一際凄惨に、残酷に、残虐に殺し潰す、と。

「……しまった」

 黒腔へ消えて行く破面たちを見上げ、浦原は己の遅参と不手際を呪った。

 反膜の中を昇って行くウルキオラは、地上から自分たちを見上げる一護を見下ろす。その霊圧に、以前戦った時とは違う力の残滓を感じ取ると、一護が新たに戦うための手段を増やしたのだと悟った。しかし、そうだとしても、最早ウルキオラには、延いては藍染にとってもさしたる問題にはならない。

(終わりだ。最早貴様らに術は無い)

 太陽は既に、常夜の夜に堕ちたのだから。

 それは、グリムジョーと一護の戦いとほぼ同じ頃。穿界門の中で井上織姫と接触したウルキオラ、そして燦光する翠玉(エメラルド)の眼の女破面アメミト・レシェフは織姫に自分たちと共に来るよう命じた。彼女が仲間と呼ぶ者たちの命を、人質にして。

「これを渡しておく」

 ウルキオラが織姫に手渡したのは、シンプルなデザインをした銀のブレスレット。

「これを着けている間、お前の周囲に特殊な霊膜が張られ、俺たち破面にしかお前の存在は認識できなくなる」

 同時に、所持者の任意で物質を透過する力を持たせてある。つまり誰にも悟らせることなく、現世を離れることが可能というわけだ。

「身に着けて、離すな」

 それが威圧であることなど、誰の目にも明らかだろう。ウルキオラの言葉全てが脅迫に等しいのだが、それを指摘するような局面ではないことくらいはアメミトも理解していた。

「十二時間の猶予をやる。その間に、一人にのみ、別れを告げることを許可する」

 一人だけという制約を破れば、命令に背いたとして殺す、とウルキオラは警告する。逐一言葉がキツいんだよ、と流石にアメミトは呆れたように肩をすくめた。

 ウルキオラが背を向ける。現世で死神たちと交戦する破面たちを回収する為だ。そこでアメミトは少し待ったをかける。

「ウルキオラ、私ちょっと別行動していいか?」

 野暮用があるんだ、と続けたアメミトに、ウルキオラは訝しげな視線を寄越した。平然とした態度のアメミトにウルキオラは問う。

「……勝手な真似をするな、と言ったら」

「ティア以外が私の手綱を握れはしない、とだけ返そうか」

 単独行動を取るのはアメミトの中では最初から決まっていたらしい。グリムジョーによろしく、と手を振って、アメミトは個人で黒腔を開きその中へ消えて行った。

 アメミトという破面の理解出来なさに苛立ち舌打ちをしたウルキオラは、織姫に背中を向けたまま宣告した。

「刻限は零時。其れまでに、指示した場所に来い」

 一度も織姫を振り返ることはなく、ウルキオラは黒腔の奥へと姿を消した。

 

 さて、ウルキオラから離れ、勝手もとい別行動を始めたアメミトが向かったのはまさかの尸魂界。それも———瀞霊廷の上空である。

 霊圧は極限まで抑えた。伊達にかつてバラガンの追手から逃げ続けてはいない。用があるのは総指揮権を持つ者、即ち総隊長……ではなくその一つ下、隊長格である。

 探査回路(ペスキス)を研ぎ澄ませ、居場所を探る。現在瀞霊廷にいるのは八人。その内話し合いが出来そうなのは霊圧の質を見るに片手で足りる程度。さて、何処に降りるべきか。

 果たして悠長に思案しているのがいけなかったのだろう。或いは、死神たちに余程異変を感知するのが早くて上手い者がいるのか。そのどちらであっても、結果は大きく変わることはないのだが。

「現世だけではなく、尸魂界にまでその凶手を伸ばすか。破面」

「……話通じなさそうなのが来ちゃったなあ」

 黒い死覇装の上に白い隊長羽織。高価そうな襟巻きを巻いた男が背負うのは、六の文字。

 護廷十三隊、六番隊隊長を務める朽木白哉が、おそらくは何らかの手段でもってアメミトの存在を察知し現れた。

 アメミトは交戦の意思はないとして、ゆっくり両手を挙げる。だが、残念ながら白哉は鯉口を切り、その斬魄刀を抜いた。

「一応話だけするつもりで来たんだが、問答無用ということか?」

 確認の為のレスポンスパフォーマンス。声音からは余裕が消えることはない。何せアメミトは数百年程度しか生きていない死神など、幼児と同じとしか思っていないからだ。最古の最上級大虚(ヴァストローデ)とは、アメミトであれ、かつて虚園(ウェコムンド)の王を名乗ったバラガンであれ、大抵にしてそういう者である。

「貴様が最上級大虚であれば、腕を斬り落とすのみに留めるのも考えよう。しかし、無傷では返すつもりはない」

 三界を巡る魂魄のバランスを保つ意味でも、最上級大虚は迂闊に斬るべきではないと白哉も理解していた。よって、命までは獲らないというのが最大限の譲歩である。

 だがそれも、斬ることが出来るものなら通じる譲歩でもあった。

「生憎ですまないが、私も手ぶらでは同胞達に合わせる顔がなくてね。致し方無し、力づくでも話を聞いてもらおうか」

 挙げていた両手を下げ、腰に佩いた二刀一対の斬魄刀を逆手で抜く。白哉が瞬歩で踏み込み斬魄刀を振り上げた。

 アメミトは右手の斬魄刀を逆手から順手に持ち直し、白哉の剣を受け止める。左の斬魄刀は逆手のまま振り上げ白哉の胴を狙ったが、白哉はそれを左手で詠唱破棄した破道の三十二・黄火閃を放ち弾き飛ばした。

「チッ、やはりそう簡単に斬られてくれるほどアホではないか!」

 ヒュッ、とアメミトは攻撃を防がれたと見るとすかさず後方へ宙返りをして退がる。あまりにも自然体で侮られていたことを明言された白哉は腹に据えかねたものの、屈強な理性でその怒りを制し冷静に次の一手を撃つべく頭を高速回転させた。

「縛道の六十一、六杖光牢」

 霊圧の帯が六本、アメミトを取り囲む。一瞬の内に帯がアメミトの身体をボルトのように固定し、白哉はそこを狙って破道の六十三・雷吼炮を撃った。

 直撃。光弾から爆ぜた雷が煙幕に絡みつくように散る。しかし、案の定ではあるものの、それを二つの剣閃が斬り裂いた。

「最上級大虚を相手にしている自覚はあるのか?」

 皮肉気に嗤うアメミトは右の斬魄刀の峰を肩に担いで、左の斬魄刀を握ったまま人差し指と中指を挑発的に上に向ける。

「無論。でなければ私はこうして、貴様と相対していない」

「成る程、それは通りだ」

「……が、どうやら貴様を放逐するには、殺さぬよう手心を加えるのでは不足らしい」

 白哉は斬魄刀の刃を下向けた。その声音に、明確な殺意を乗せて。

「散れ、千本桜」

 解号と共にその名を呼ぶ。斬魄刀の刀身が花弁のように小さく千々れ、アメミトを逃すまいと取り囲んだ。アメミトは斬魄刀に霊圧を圧縮し、迎撃の構えを取る。

「後悔と共に私の名を魂に刻み付けておけ。朽木白哉……四大貴族朽木家当主にして、護廷十三隊六番隊隊長の席に座す者だ」

 瞬間、花弁の刃が一斉にアメミトを襲い、ボタンの無い白いトレンチコート風の死覇装を裂いた。鋼皮(イエロ)の強度故に流血こそ免れているが、二刀ぽっちでは無数の刃に対抗する術を易々と見出せずにいる。

「成る程、これが死神の斬魄刀か……」

 灰の剣閃を右足を軸に回転しながら撃ち放ち、千本桜の花弁の刃を蹴散らした。しかし、散らした端から次々と無数の花弁がアメミトに襲いかかる。成る程、埒があかない。

 であらばこそ。

「これは、此方も名乗らねば不公平か」

 二刀の刃を身体の前で重ねる。燦光する翠玉の眼が、尸魂界の蒼穹を照らす太陽の光を反射した。諳んじるものは、欠落した心。

「風化しろ、灰嵐犴皇(セニーザ・チャカール)

 解き放たれたものは、虚としての本性。赤褐色の生体装甲(バイオアーマー)に連獅子のように変化した髪型。手の甲を飾る爪状の結晶は最初から鉤爪の形に展開済みである。

「それが、帰刃(レスレクシオン)か」

「如何にも」

 空気を切り裂く音と共に、鉤爪を振り下ろす。紅色を乗せた金髪が風に揺れる。

「死神達に知らしめておけ。私の名はアメミト・レシェフ……ただ一つの理想を追い求める、求道者だ」

 それ以上の会話は、今一瞬においては不要。

 先に動いたのはアメミトだった。

灰の三連剣閃(トリプル・コルテ・デ・セニーザ)!!」

 左右の鉤爪による三重の灰の剣閃が、千本桜の花弁の刃で出来た壁を斬り裂く。斬り裂いてなお勢いは衰えず、白哉は散らされた花弁を素早く掻き集めて防御した。

「破道の四、白雷」

 花弁の盾の僅かな隙間から、白夜の指先を起点に閃光がアメミトへ向けて放たれる。アメミトは右手から虚弾を放って迎撃した。ぶつかり合った霊圧が爆ぜて、決して小さくない衝撃が二人を襲う。

 響転(ソニード)で煙幕を迂回し、アメミトが白哉の背後を取った。鉤爪を振りかぶり、その背中を斬り裂こうとした、が。

「卍解、千本桜景巌」

 ノーモーションで、直前よりも勢力を増した花弁がアメミトの一撃を阻んだ。

「やっべ……っ」

 咄嗟に離れようとするアメミトに、白哉の右掌が向けられる。とちった、と思った時には瞬き一度分遅過ぎた。

「破道の三十三、蒼火墜」

 青い炎がアメミトに直撃する。間違っても女としては小柄とも華奢とも言えないはずの身体が、熱煙を上げて吹き飛んだ。

「虚園に逃げ帰るがいい」

 千本桜の花弁がアメミトの全方位を取り囲む。球形を成して鋼皮ごとその身体を斬り刻もうと瞬く間に収束した。

「吭景・千本桜景巌」

 白哉が右手を握り込むと同時、千本桜がアメミトを八つ裂きにした———筈だった。

 花弁の刃で出来た壁を、紅い鉤爪が黒い灰(・・・)を撒き散らしながら貫く。人一人が通れる広さの孔を穿ち広げると、翠玉の眼をした怪物が響転を用いて白哉の目と鼻の先まで高速接近。鋭い爪を備えた右手がその首を掴んだ。

「……っぐ、ぅ……っ!」

 ギリ、と握力だけで首が絞め上げられる。気管を通る空気が極端に減少し、白哉は音にならない呻き声を放り出した。

「これで漸く、まともに話が出来そうだ。しかし死神の斬魄刀には解放段階が二つあるのか……成る程なあ」

 あまりに平然としているアメミトの全身には、無数の擦り傷がついている。しかし、千本桜景巌の奥義の一つを受けておきながら裂傷の一つも見当たらない。

(これが、十刃(・・)か……!!)

 辛うじて白哉は自身の首を掴み上げるアメミトの腕を掴んで、引き剥がそうと抵抗する。残念ながら、この燦光する翠玉の眼をした女破面がただの従属官(フラシオン)であることなど、当然白哉が知る由もない。とんだ階級詐欺。

「まあいいや。そんなことより、私は別にアンタらと戦う為に尸魂界に来たわけじゃないんだよ。信じられないかもしれないがね」

 どういうことだ、と白哉の眼が訴える。

「この度は、アンタら護廷十三隊と取引に来たんだ。虚園の将来の為にね」

「なん……だ、と……?」

 力づくでアメミトの手から首をずらし、白哉は僅かに開いた気道から空気を取り込んで、掠れた声で聞き返した。

「アンタらが藍染を謀反人、或いは大罪人として討ち取ろうとしていることはおおよそ知っている。そして、私は藍染が何を目指しているのかを抽象的にではあるが知っている。これらを統合した結果、藍染が大願を成そうとアンタらが藍染を討ち取ろうと、どちらに転んでも虚園から藍染は去ることは必定」

 演技掛かったように左手を肩まで上げる。アメミトは燦光する翠玉をゆったりと細め、その視線が白哉を射抜いた。

「私が尸魂界に求めることは一つ。藍染が去った後の虚園への永年的な、政治的及び武力的不干渉(・・・・・・・・・・・)だ」

「……戦後、処理か……気が、ッグゥ……早いものだ……な……ッ」

 絞められては無理矢理緩めさせてを繰り返し、咽せながら白哉は皮肉った。

「どうせ本気でぶつかったらどちらが勝とうとも、まともに交渉に入るのに時間を要するだろう。お互いに自分たちの損害を賄うためにな。なら、事前に取り決めをしておくに越したことはない。何より、藍染の行動力は一度馬脚を動かし始めたら後はもう、最高速度を維持したまま止まらなくなるぞ」

 仮にも藍染の配下にも関わらず容赦のない物言いだ、と言おうとして、白哉はアメミトに腕の力だけで投げ飛ばされた。一瞬視界に映ったアメミトの表情から見るに、何かしら逆鱗に触れたと見える。何処だ。

「恩義はある。だがそれだけだ。私は別に藍染の目指すものに共感しないし、そもそも私には私の———いいや、私達の理想がある。共倒れになってやるつもりはマジで無い」

 受け身を取って、絞められていた気道が開いて急激に空気を取り込む量が増えたことで咳き込む白哉に、アメミトは滔々と語った。

「虚園の恒久的な平和。その為ならば私は藍染も、アンタらも、全て利用してやる心算だ」

 そう締め括って、アメミトは黒腔を開く。帰刃を解き白哉に背を向けてその向こうへ行く直前、顔だけで振り返った。

「返答の期日は藍染率いる私達破面と、アンタら死神が再び合い間見える時。どうか色良い返事を、期待しているぞ」

 その言葉を最後に、アメミトの姿は黒腔の中へ消えた。

 

 ウルキオラの定めた刻限。井上織姫は命令に従い、正しく一人で指定地点に姿を見せた。

「別れは済んだか」

「……」

 沈黙は肯定を意味する。僅かに俯き緊張した面持ちの織姫の肩を、尸魂界から戻って合流したアメミトは軽く叩いた。アメミトの死覇装は、予備のものを新しく着用している。朽木白哉との戦闘で裂かれた方は黒腔から直接虚園の砂漠に細切れにして捨てた。

 ウルキオラが開いた黒腔の中へ、三人は足を踏み入れる。黒腔が完全に閉じる寸前、織姫は悲痛な顔をして現世の、十六年生まれ育った街並みを振り返った。

 黒腔から直接虚夜宮(ラスノーチェス)の広く長い廊下に出る。その瞬間、アメミトとウルキオラの探査回路に引っかかる、とてつもない速度でこちらへ向かってくる最上級大虚(ヴァストローデ)級破面の霊圧。この時点で既にウルキオラには、藍染への報告をアメミトに押し付けてバックれる考えが一瞬過ぎった。忠誠心故すぐにそんな考えは頭から放り出されたのだが。可哀想。

 そして霊圧の持ち主は、案の定すぐにその姿を三人の前に現した。

「戻ったか、アメミト!怪我はない……か……」

 褐色の肌に色の濃い金髪、碧玉の眼をした女破面。第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベルは響転で三人の前に飛び出してきた。まず真っ先にアメミトに大事はないかと確認を取ろうとして、アメミトとウルキオラの後ろに控えめに立ち尽くす織姫の姿を認めると声が尻すぼみに小さくなる。そして———。

 

 乾いた打撃音が、虚夜宮に響き渡った。

 

 藍染の座す玉座の間に、四人の破面が待ちかねていた。一人でに開いた扉から、ウルキオラ、アメミト、織姫、そして何故かハリベルが入室する。待ちかねていた破面の一人、グリムジョーは半身で振り返ると、スン、と眉間に寄せた皺すら無くした真顔になった。

「……アメミトお前……なんで顔に紅葉はっつけてんだよ」

「はは……いやぁ……」

 グリムジョーが指摘した通り、アメミトの左頬には紅葉のように平手打ちで赤くなった痕がついていた。アメミトは困ったように笑って金髪を掻き上げる。

「女心って、難しいな」

「いや、テメェも女だろうが」

 ウルキオラは細かい他者の機敏に興味が無いので役に立たない。ヤミーは純粋にアホ。ルピは帰還してから不機嫌そうだしワンダーワイスは碌に口を聞けないので論外。第3従属官(トレス・フラシオン)の一人であるエミルー・アパッチがいない今、ツッコミができるのはグリムジョーただ一人だった。災難。

「あー、その……なんだ。お前がアメミトに手ェ上げるなんざ珍しいな。どうした」

 そっとアメミトから視線をずらし、グリムジョーはハリベルの方へ話を振った。ハリベルは少しバツの悪そうに溜め息を吐く。

「……脊髄反射で、平手打ちしてしまってな。すぐにそもそもの原因は乳児誘拐を指示した藍染だと思い至って、今反省しているところだ」

「えっ」

「言いてえことはいろいろあるがそもそも、その女は乳児じゃねえ。長くても百年そこらしか生きられねえ現世の人間と、下手すりゃ千年万年単位で生きる虚の規格を同じにして考えんな」

 織姫が宇宙を背負った猫のような顔をした。まさか高校生にもなって乳児扱いされる日が来るとは思いもしなかったので。なお現世で普通に生きていたら当然されない。

 流石にちょっと可哀想に思ったグリムジョーが正論を挟み込んで遠回しにフォローを入れた。獣なりの良識である。

「ようこそ。我らの城、虚夜宮へ」

 それら一連のやり取りをまるで気にもせず、いっそ何事もなかったかのように藍染が切り出した。嘘だろ、とグリムジョーは流石に信じられないものを見る目で藍染を見上げる。

「井上織姫、といったね」

「……はい」

 いろんな意味で困惑したまま織姫は返事をした。心情的に敵地にいるということへの緊張感よりも、居た堪れなさの方が勝っている。

「早速ですまないが、織姫。君の力を見せてくれるかい」

 藍染の視線は織姫から少し逸れて、破面達に向けられた。

「どうやら君を連れてきたことに、納得していないものもいるようだからね」

 仕方のないものを見るような目で藍染が注視したのは、不機嫌なルピ。

 ルピは藍染を恨みがましく見上げると、一瞬歯軋りをしてから重苦しく口を開く。

「……当たり前じゃないですか。ボクらの戦いが全部、こんな女一匹連れ出す為の目眩しだったなんて」

「すまない。君がそんなにやられるとは予想外でね」

 藍染の言葉に白々しさを感じたアメミトが呆れたような見下げたような顔をした。

「うーわ、どの口」

「こら、アメミト」

 思わずといった調子で吐かれたアメミトの言葉を、ハリベルが肘で脇腹を突くことで諌める。グリムジョーはその様子に変な感嘆を覚えた。すごいなアイツら、紅葉張り付けた側と張り付けられた側なのにいつも通り仲良しこよししてやがる。隣にいるウルキオラの目が死んでいるのはいつものこと。

「そうだな……」

 藍染は少し息を抜いてからアメミトを一瞥して、すぐに気を取り直したように思案する。そして、右手でグリムジョーを、正確にはグリムジョーの失われた左腕を指した。

「君の力を端的に示す為に、グリムジョーの左腕を治してやってくれ」

 それに対し、ルピが遂に爆発した。

 グリムジョーの左腕は藍染の部下であり虚園統括官でもある東仙要によって、跡形もなく消滅させられている。斬り落とされただけで縫合すれば元に戻せたヤミーと違って、取り返しなどつくわけがない。普通なら。

「消された物をどうやって治すんだ!神じゃあるまいし!!」

 そう、神でもなければ完全に消滅したものを元通りに復元することなど不可能である。アメミトは一瞬、ルピの言葉に———より厳密には、ルピが無意識的に口走った"神"という言葉に眉を顰めた。

「……双天帰盾」

 失礼します、と一声かけてから織姫は双天帰盾をグリムジョーの左腕にかける。

「私は、拒絶する」

 橙色の霊圧がグリムジョーの左腕を覆うと、その"修復"、或いは"復元"を始めた。

「おい聞いてんのか女!命惜しさのパフォーマンスならやめとけよ!できなかったら、お前を殺すぞ!!」

 ルピの脅迫めいた怒声は敢えて無視する。織姫は自身の有用性を示すことが最善である以上、余計なことを気にかけている余裕はないと理解していた。

 ルピの喚き声に近い怒声が、段々小さくなっていく。当然だ。失われたはずの、跡形もなく消滅したはずのグリムジョーの左腕が、ビデオテープの逆再生のように元の姿を取り戻していったのだから。

 遂にグリムジョーの左腕が完全に復元される。グリムジョーは戻った腕が正しく動くのか、手を握っては開いてを繰り返すことで確かめると、驚嘆に目を見開いた。

 何をした。ルピが耐え切れずに叫んだ。無理もないとは思う。その場にいた殆どの者の理解を超えているのだから。

「わからないかい?」

 藍染は出来の悪い生徒を相手取るように述べる。例え殆ど死に体であっても回復、修復を可能とするこの力は、霊圧の膜が及ぶ範囲にある対象の状態を巻き戻しているようなものだと。それは負傷に留まらず、攻撃という行動にさえ作用する。

「ウルキオラはこれを時間回帰、或いは空間回帰と見た」

 ウルキオラが短く肯定した。

 あり得ない、とルピが叫ぶ。人間にそんな高次元の力が扱えるわけがない。それはそうかもしれないとは、ハリベルも思う。それが普通の人間ならば、の話だが。そして恐らくは、織姫は普通の人間の範疇に無い。

「その通りだ。どちらも違う」

「え、違うの?」

 キョトンとしたアメミトが聞き返した。時間回帰でも空間回帰でもないのなら、一体何だというのか。その答えは。

「これは、事象の拒絶だよ」

 全員が———ワンダーワイスは一人平常通りに明後日の方向に意識が飛んでいるが———息を飲む。

「それは時間回帰や空間回帰よりも更に上……神の定めた事象の地平を、易々と踏み越える……神の領域を犯す力だよ」

 誰一人言葉が出ない。アメミトは燦光する翠玉の眼を伏せて、由来の知れない心の細波に両手を握り締めた。

「……それはまた、とんだトリックスターだ」

 ポツリと、アメミトが溢した言葉にハリベルは首を傾げる。そんな中で、グリムジョーは何かを考えるように視線を下向けると、織姫に呼びかけた。

「おい女」

「え……?」

 織姫が動揺の混じった視線をグリムジョーへ向ける。グリムジョーは織姫に背を向けて、数字が剥ぎ取られた痕を親指で指した。

「もう一ヶ所、治せ」

 首を傾げつつも織姫はグリムジョーの背中の傷に双天帰盾をかける。復元された"6"の数字が存在を主張した。

「…….何のつもりだよ、グリムジョー」

 忌々しげな顔のルピに、グリムジョーは歯を見せつける。そして、次の瞬間。

「あっ」

「あーあ……」

 肉が潰れる音と、骨が砕ける音がして、ルピの腹をグリムジョーの右腕が貫いていた。唖然としていたルピは何が起きたのかを理解すると、グリムジョーを睨みつける。

「そういうことだ。じゃあな、元6番」

 そう言って腕を引き抜いたグリムジョーは、そのまま手を止めることなく虚閃を放ちルピの上半身を消し飛ばした。

「戻った……戻ったぜ力が!!」

 歓喜に打ち震える。失われたものを取り戻した喜びから来る高揚感と、もう二度と手放すまいとする狂気的な執着。

「……俺が第6(セスタ)だ。第6十刃(セスタ・エスパーダ)、グリムジョーだ!!」

 高笑いを響き渡らせて、豹が再びその席を勝ち取った。




アパッチとグリムジョーの相席○堂見たい……見たくない?
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