犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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日没と共に降ろされるのは
夜の帳と月のランタン


破面の永い夜

 第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベルとその従属官(フラシオン)達が住まう虚夜宮(ラスノーチェス)の第三の宮は、五人全員で寝る為の巨大ベッドを備えた居住室の他に、従属官の一人シィアン・スンスンが集めた室内ゲームを保管する為の部屋がある。

 何で室内ゲーム置き場に一部屋丸ごと使ってるんだ、と言われそうだが理由は単純。スンスンが同じく従属官の一人であるアメミト・レシェフを伴って、こっそり黙って現世に買い漁りにいくからである。最近はテーブルトークロールプレイングゲーム、略称TRPGと呼ばれるゲームのルールブックを欲しがっているようだが、果たして彼女は何処へ向かっているのだろうか。閑話休題。

 さて、そんなほぼスンスンの私物専用倉庫と化している一室から居住室に持ち出されたのは、タワー状に積み上げた直方体の積み木を引き抜いては最上に積み上げてを繰り返し、バランスを失して崩壊させた者が負けとなる、イタリア発祥のホームパーティー御用達のアナログゲームの一つ。ジェンガである。

「ギャーーー!!!揺れてる揺れてる!!」

「ハリベル様そこ本当に抜けます!?抜けますそこ!?」

「騒ぐな集中させろ!後ちょっと……!!」

「ゆ、ゆっくり……!ゆっくりぃ……!!」

 崩さぬよう、ズレぬよう、三列並ぶうちの真ん中の一本をゆっくり慎重に、真っ直ぐ引き抜くことに全神経を集中させるハリベルと、悲鳴を上げるアパッチ、ミラ・ローズ、そして何故か井上織姫。固唾を飲んで見守るのはアメミトとスンスン。殺し合いよりもよっぽど緊迫した空気が室内を満たしていた。全員もれなくとても馬鹿。

 何故織姫が第三の宮にいるのか。当然アメミトとハリベルが連れてきたからなのだが、その経緯は凡そ一、二時間ほど遡る。

 

 グリムジョーの失われた左腕が織姫によって元の通りに復元され、力を取り戻したグリムジョーがルピを殺害。これにより実質的に第6十刃(セスタ・エスパーダ)に復帰した。歓喜の高笑いを響かせるグリムジョーをそのままにして、藍染がウルキオラに命じることには。

「ウルキオラ、君に織姫の世話役を任せてもいいかな?此処での生活に慣れるまでの間でいい」

「承知しました」

 織姫の世話役。いいや、監視役と考えていい。ウルキオラが頭を下げて承諾すると、それに茶々を入れる声が入った。

「先生ー、ウルキオラくんに女の子のお世話は無理だと思いまーす」

 右手を挙げたアメミトである。ウルキオラはアメミトを横目で睨みつけるが、アメミトはさして気に留める様子もない。そしてもう一つ畳み掛ける声が横から入る。

「先生ー、ウルキオラくんは確実に織姫ちゃんを泣かせるから駄目だと思いまーす」

 努めて平坦な声でハリベルが同じく右手を挙げながら言ったのに、織姫は耐え切れずに噴き出した。これはちょっと仕方ない。

 藍染は二人の茶々を受けて少し思案する。

「そうか。ならこうしよう。アメミトくん(・・)、ハリベルくん(・・)。ウルキオラくん(・・)を手伝ってあげてくれるかい?女性同士なら相談しやすいこともあるだろうしね」

 今度はヤミーが駄目だった。グリムジョーも思わず正気に帰って口を挟むべきか、指摘するべきか悩み出す。なお、藍染本人は自分の口振りが常と違ったことに全く気付いていない。おそらく完全に無意識。

 よし、言質は取った。そう言ってアメミトとハリベルが織姫の肩を掴んだ。

「というわけで、うちの宮に行くぞ織姫!ジェンガしようジェンガ!!」

「罰ゲーム用の最強クエン酸ジュースまだ部屋にあったか?」

「いっぱい残ってる」

「えっ、えっ、えぇ!?」

 そのまま脱兎の如く織姫を連れて立ち去るアメミトとハリベルを、グリムジョーは唖然としたまま見送ることしかできなかった。あれもう拉致じゃねえか、というツッコミは動揺のあまり喉から出てはくれない。

 置き去りにされた面々の間を妖精が通り過ぎてから、藍染は右手を顎に添えて、珍しいことに苦々しく自嘲を浮かべながら笑う。

「……先生、などと言われてしまったからかな。つい霊術院の講師をしていた頃の対応をしてしまったよ」

 とうとうヤミーが、膝から崩れ落ちるように笑い死んだ。

 

 そんなこんなで、有無を言わさず第三の宮へ連れて来られた織姫は、流されるまま第3十刃とその従属官達によるジェンガ大会に巻き込まれることとなった。現時点で三回ゲームを行い、今は四回目。戦績はアメミトが一回、ミラ・ローズが二回崩して罰ゲームのクエン酸ジュースを飲み干している。

 慎重に引き抜かれたジェンガが頂上にそっと積まれた。倒れる様子がないことを確認したハリベルはテーブルから一歩離れて、小さくしかし力強くガッツポーズを取る。手番が回ってきたスンスンは難しい顔をして、何処からジェンガを引き抜こうか悩みながら長い袖を捲り上げた。最初から袖短いの着ておけよ、という指摘は今更である。

 そんなわけで、第3十刃とその従属官達の空気に飲まれた織姫はすっかり、自分が敵地にいるということを忘却してしまっていた。最も、この状況でそれを忘れずにいられるような人間が、果たして存在するだろうかという問題はあるのだが。

 

 

 一方現世、空座町。

 グリムジョーとの戦いで重傷を負い、療養していた黒崎一護は悪夢に魘されてベッドから落下したことで目を覚ました。床にぶつけた頭を押さえて蹲っていると、はたと気付く。

 身体の傷が癒えている。全て。

「———……この、霊圧は……」

「———井上織姫だ。恐らくな」

 残された霊圧を感じ取る一護に、答えを明かす声。窓から入ってきた護廷十三隊、十番隊隊長を務める死神、日番谷冬獅郎である。

 緊急事態だと告げられ、一護は死神化して織姫の自宅へと飛んだ。既に現世に来ていた他の死神達の姿も、織姫の家に設置された通信モニターの前に揃っている。十三番隊所属隊士、朽木ルキアの案ずるような視線が一護に向けられた。モニターの砂嵐の音が、広くはない部屋を満たす。

「霊波障害除去は?」

「完了したようです」

 冬獅郎が自隊の副隊長である松本乱菊に確かめた。すぐさま繋ぐように指示を出し、モニターに映し出されたのは。

「!?浮竹……?」

 総隊長である山本元柳斎ではなく、十三番隊隊長の浮竹十四郎であった。

 浮竹曰く、織姫が現世行きの穿界門を潜る際に最後に見送ったのが彼であった為、代わってもらったのだという。

「……その反応を見ると、やはり彼女はそちらには到着していないようだな……」

 どういうことだ、と一護が当然の疑問を口にした。浮竹は目を伏せると、織姫につけた護衛の二人の証言から彼女が破面(アランカル)によって拉致、或いは殺害されたのではないか、という見解を述べる。

「俺だってこんなことは言いたくない。情報によれば彼女は破面の襲撃を受け、その後破面と共に姿を消した———」

「……ふざけんな!!!」

 浮竹が言い終わるよりも一呼吸分早く、一護が激昂した。証拠も無いのに勝手なことを言うな、と。一護は感情のままに右腕を掲げて見せつける。現世側の誰にも治せなかった傷が治っている。それが朝、目を覚ましたら完璧に治されていたのだと。

「ここに井上の霊圧が残ってんだよ!!これでもまだ井上が死んでるって……」

「そうか」

 老獪な声が、一護の弁を遮った。

 残念だ、と告げたのは総隊長である山本元柳斎。その言葉の意図を測りかねた一護は、鸚鵡のように聞き返す。

 元柳斎曰く、一護の話の通りであるならば織姫は生きている。が、同時に織姫は自らの足で破面の許へ降ったことを意味すると。拉致であれば、一護に構う猶予などあるわけがないのだから。傷を治すなど、以ての外。

 堪らず一護は画面越しに、元柳斎に噛みつこうとした。それを立場が悪くなるだけだと止めたのは、六番隊副隊長の阿散井恋次。

「……お話はわかりました、山本総隊長」

 恋次は一歩、前に出る。

「それではこれより、日番谷先遣隊が一、六番隊副隊長阿散井恋次。反逆の徒、井上織姫の目を覚まさせる為虚園(ウェコムンド)へ向かいます!」

「恋次……!」

 驚く一護に、恋次は横目で笑む。だが。

「ならぬ」

 ただ一言、却下。

 破面側の戦闘準備が整っていると判明した以上は、日番谷先遣隊は即時帰還。尸魂界(ソウルソサエティ)の守護につけとの命令である。

「それを証明するように、現世のみならず尸魂界にまで、破面は現れたのだ。井上織姫の失踪と連動するようにな」

「「「「「「「!!!」」」」」」」

 全員が息を飲んだ。

「現世だけじゃなかったのか……」

 十一番隊第五席、綾瀬川弓親が眉間に皺を寄せる。ルキアは心臓を掴まれるような心地を覚えながらも、元柳斎に確かめる。織姫を見捨てろと言うことか、と。

 元柳斎はそれに、是と答えた。一人の命と世界の全てを、秤にかけるまでもない。

「……恐れながら総隊長……その命令には……従い、かねます……」

「……やはりな」

 不服を滲ませるルキアの反応に、元柳斎は想定内のこととして呟く。

「———手を打っておいてよかった」

 その言葉と共に後方から穿界門が開き、中から隊長羽織を着た二人の死神が現れた。

 十一番隊隊長、更木剣八。そして六番隊隊長、朽木白哉である。

「……そういうわけだ。戻れ、お前ら」

「手向かうな。力尽くでも連れ戻せと命を受けている」

 恋次とルキアは何も言えない。隊長格が二名も遣わされたということは、それだけ強制力のある命令だということに他ならないからだ。それを受けた一護は、両手を握り締めてせめて、虚園への行き方を教えて欲しいと。

「井上は俺達の仲間だ。俺が一人で助けに行く」

 尸魂界の援助は求めない、とも告げる。だが、元柳斎はそれを拒んだ。

「おぬしの力はこの戦いに必要じゃ。勝手な行動も、犬死にも許さぬ」

 命があるまで待機せよ。そう締め括って通信は切れた。ルキアがその背を案ずるように、一護を呼ぶ。穿界門が閉じる寸前に、短い謝罪が一護の耳に届いた。

 

 穿界門の中、沈鬱な空気で満たされながら日番谷先遣隊は帰路に着く。その道中、ルキアは白哉が時折襟巻きに覆われた自身の首に何度も手を当てていることに気が付いた。

 思い切って、ルキアは白哉に問うてみた。

「兄様、その……先程から首をしきりに気になされていますが、どうかしましたか?」

 白哉の視線がルキアに向く。

「……井上織姫が完全に失踪する少し前に、尸魂界に破面が現れたと言っただろう。その破面と、相打った」

「!?」

「な……っ」

 ルキアと恋次だけでなく、冬獅郎、乱菊、そして十一番隊第三席の班目一角と弓親も息を飲んだ。剣八だけは、フン、と鼻を鳴らして機嫌を損ねるような仕草を見せる。

 白哉は続けた。珍しく苦々しい表情をして。

「おそらく十刃(エスパーダ)だろう。奴は私の奥義を撃ち破った上で、取引をしろと言った」

「取引……?いや、んなことよりも……奥義って、まさか隊長の卍解を!?」

 信じられない、と恋次の顔と声が雄弁に語る。ルキアもまた同様に、そんなことがあり得るのかと目で訴えた。

「……認め難いが、擦り傷ばかりでまともに血を流した様子もなかった。腕の一本は斬り落とす心算だったのだがな」

「なんと……」

 白哉の左手が無意識に斬魄刀の柄に伸びる。千本桜景巌の花弁の刃の壁を貫いた紅い鉤爪。僅かに飛び散った黒い灰。そして奇怪な輝きを放つ翠玉(エメラルド)の眼。白哉は十刃という脅威をその肌で感じ、覚えたのだ。

「奴は言った。藍染が野心を叶えようとも、我ら護廷十三隊がそれを挫こうとも、虚園から藍染という支配者が去ることには変わりない。故に、奴は藍染が消えた後の虚園への、尸魂界側からの不干渉を要求した」

 恋次が首を捻る。何故その破面が藍染がいなくなることを前提として動いているのかもそうだが、何より要求の意図が読めない。

「不干渉……も何も、三界の魂魄バランスを考えたら手を出す理由がないじゃないっすか」

 確かに、とルキアが頷く。白哉は目を伏せて恋次の疑問に答えた。

「……不干渉とは、何も武力的な意味だけではない。政治的にも(・・・・・)手を出すな、と奴は求めてきたのだ」

「せ、政治的……?」

 ルキアが繰り返す。静かに聞いていた冬獅郎が、何かを納得したように成る程な、と呟いたのを乱菊が聞き取った。

「今の虚園には、藍染が作り出した破面が跋扈している。(ホロウ)のみならず、破面達が現世と尸魂界に気の向くままに現れ猛威を振るう可能性を無視できないと四十六室が判断すれば、虚園を尸魂界の管理下に置こうとする動きが出るだろう。奴はそれを危惧したようだ」

「死神の支配を受ける気は無い、ということですか」

 ルキアの解釈に白哉は小さく頷くことで肯定した。それに口を挟んだのは、一角。

「いや、けどよ。今だって虚園は藍染……死神に支配されてる状態ですよね?死神の支配を受けたくねえのに藍染の下には着いてるって、矛盾してるじゃねえすか」

「あ、そうか」

 弓親が握った右手を左の掌にポンと打ちつける。一角の指摘もその通りではあった。死神からの支配を拒むと言いながら、今破面達は各々の理由で藍染に従っている。その矛盾は一体どう説明するのかと。

「先も言ったが、あの破面は今の藍染、つまり死神の支配を一時的なものと確信している。それが永久的なものになる可能性を排除しようとした、と言ったところか……」

「面倒臭え話だぜ。支配だの政治的不干渉だの、まどろっこしい。全部まとめてぶった斬っちまえば済む話だろ」

 剣八の欠伸混じりに放たれた短絡的な発言に、白哉はカチン、と頭の中で火打ち石が打ち鳴らされるのを感じた。鯉口を鳴らし、左の親指で鍔を押し上げかけて———六秒思い留まってから、細く長く息を吐き出す。

「いずれにせよ、奴は我ら護廷十三隊と藍染の率いる破面達による決戦を確信していた。備えておけ、恋次、ルキア」

 若干の腑に落ちなさを抱えながら、ルキアと恋次は視線を下向けて沈黙を返した。

 

 

 ガシャン、と積み木が崩れる音がする。テーブルの上に散乱した細長い直方体の積み木に、織姫は頭を抱えて膝から崩れ落ちた。

「うわーーーん!!!!あと少しだったのにーーーー!!!!!」

 嘆く織姫にミラ・ローズが背中を撫でて慰める。大人気なくハイタッチをするアメミトとスンスンを横目に、アパッチは織姫にそっと黄色い飲み物の入ったグラスを差し出した。

「はい、コレ罰ゲームのクエン酸ジュース」

「うぇーん、これ絶対めちゃくちゃ酸っぱいよー!ミラ・ローズさんもアメミトさんも翻筋斗打ってたし!」

「そら食堂にあった中で最強にキツいのだからな。推奨希釈度の五倍くらい濃くしてるし」

「ほら観念して飲めって」

「ひーん!アパッチちゃんの鬼ー!悪魔ー!ゴエティアの三十四番目ー!!」

「なんて???」

 情けない表情でグラスを受け取った織姫は、意を決して中身を煽る。瞬間、舌の上を満たした強烈な酸味。生理的に咽せた織姫は咄嗟にアパッチにグラスを押し付けると、そのまま倒れ込んで床を転がりテーブルの足に頭をぶつけてしまった。とても痛い。

「大丈夫か?」

「……大丈夫じゃ、ないです……」

 ハリベルに返された言葉は、痛みですっかり涙声になっていた。

 次のゲームやろう、とアパッチ達がジェンガを積み直す。織姫はハリベルに支えられながらなんとか立ち上がり、口直しの水が用意されたテーブルへ向かう。グイッと一気に、喉に刺激を与えないよう常温で置かれた水を飲み干して、大きく息を吐き出した。

「織姫さん、始めますわよー」

「え、あ、はい!」

 ゲームの準備が整ったらしい。スンスンに呼ばれて織姫はジェンガを積み上げたテーブルに戻る。ハリベルが肩を回し、アメミトは腕を伸ばした。アパッチは両手首と足首をブラブラと揺らし、ミラ・ローズは腹に右手を添えて深呼吸をする。スンスンは無意味に首を回して、織姫はジャンケンする時って虚園でも現世とやることあんまり変わらないんだなあ、と内心で思いつつ両手を握っては開いてを繰り返した。ノリが休み時間の学生(一人は現役女子高生ではあるのだが)。

「「「「「「最初は最下級大虚(ギリアン)!!!」」」」」」

 一斉に両手で握り拳を作って、鼻の前で直列に並べた、その時。

 

 ———ズン……ッ。

 

「!?」

「お?」

「……」

「えっ!?」

「な……ッ」

「……!!」

 大気中の霊子が震える。それが意味することは、虚園への招かれざる客の来訪。

「……来たか」

 一人、長椅子に椅子に腰掛ける藍染が呟いた。侵入者が誰であるのか、最初から知っていたかのように。

 無秩序に通じた黒腔(ガルガンダ)が開き切るよりも早く、ガラスを突き破るようにして現れたのは。

 人間、茶渡泰虎。

 滅却師(クインシー)、石田雨竜。

 そして死神代行、黒崎一護。

「要」

 藍染が何処も振り返ることなく呼びつける。暗がりの中からそれに応えるように、東仙要が音も無く姿を現した。

「十刃達を集めてくれるかい?」

「……わかりました」

 東仙は指示を受け取ると、すかさず天挺空羅で十刃達へ召集をかけた。




織姫と第3組、打ち解けるのが早すぎる
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