犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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旅人よ
悪く言わぬから引き返しなさい
この空の下には何も無い
この地平の果てに楽園はない
故に旅人よ
何も見ずに引き返しなさい


踏み込む者、待ち構える者

 地鳴りを響かせて、常夜の空に覆われた白い砂漠の一角が崩れ落ちる。崩落したのは、虚夜宮(ラスノーチェス)に居を構える破面(アランカル)達が22号地底路と呼ぶ地下通路。そこへ続く階段に砂が湧き埋まると、一瞬の静寂が周囲を満たした。

 それを打ち破ったのは、砂の中から飛び出した三人組。口の中に流れ込んだ砂を吐き出しつつ、乱れた呼吸を整えるとそのうちの一人であるオレンジの髪をした死神———死神代行、黒崎一護は常夜の空に浮かぶ三日月に照らされた、白い砂漠を見渡した。

「なんつーか……淋しいとこだな……」

「植物はあるんだな……枯れてるが」

 浅黒い肌の大男、茶渡泰虎の言葉に白装束の滅却師(クインシー)、石田雨竜は近くにあった木の小ぶりな枝を一つ折って、その断面から見る性質に石英との類似性を見出して否を唱える。

 泰虎は他に何かないか周囲を見回す。と、信じられないものを見つけて息を飲んだ。狼狽えながらも一護と雨竜を呼び、見つけたものへ目を向けるように促す。そして三人ともが、息を飲むこととなった。

 視線の先に現れたのは、巨大な白亜の宮殿。

「これが、奴の言っていた"虚夜宮(ラスノーチェス)"ってやつか……」

「……でけえ……」

「本体もそれ以外も、恐ろしくでかいぞ……距離感がおかしくなりそうだ……」

 脳が紡ぎ上げた言葉はその程度。それしか出てこない程に三人は圧倒されていた。虚夜宮の大きさは三人の中で一番体躯の大きい泰虎の倍の高さがある石英の木ですら、針のように小さく見えるほど。

「…….とにかく、あの中の何処かに井上が居るって考えていいんだよな……」

 気が遠くなりそうになりながら、一護は結論付ける。雨竜もそれに同意した。他に人を隠せるような場所などないのだから当然だと。

「走るぜ。モタモタしてたら、またケンカふっかけられるかも知れねえからな」

 一護の言葉に雨竜と泰虎も同意した。意を決して三人は虚夜宮へ向けて走り出す。

 それを見ている何者かが、存在しているとも知らずに。

 

 一方、虚夜宮では藍染によって、十刃(エスパーダ)たちが会議の為集められていた。その議題とは。

「———侵入者らしいよ」

「侵入者ァ!?」

 虚園(ウェコムンド)に侵入した者たちへの、対処について。

「……22号地底路が崩壊したそうだ」

「22号ォ!?また随分遠くに侵入したもんじゃな!!」

「全くだね。一気に玉座の間にでも侵入してくれたら面白くなったんだけど」

「ヒャッハァ!!そりゃアいい!!」

「それ面白がれるの貴様らだけだろ、このマッドと戦闘狂が」

「ほんそれ。面倒ごとは勘弁願いたいものだ」

「……ウルセーなあ……こっちは眠みーんだ。高けえ声出すなよ……」

「テメエは万年寝不足だろーが」

 各々が好き勝手に喋りながら自分の席に着く。席順には特に序列を元にした決まりはないが、自然と座り慣れた席に腰掛けるのが通例となっている。元々十刃は、実力主義で入れ替わりが激しい地位だ。

 眠そうな顔をしているのが第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)、コヨーテ・スターク。

 尊大な態度の老人が第2十刃(セグンダ・エスパーダ)、バラガン・ルイゼンバーン。

 褐色の肌に金髪をした女破面が第3十刃(トレス・エスパーダ)、ティア・ハリベル。

 生物としては異様な程肌が白いのが第4十刃(クアトロ・エスパーダ)、ウルキオラ・シファー。

 桁外れの長身と眼帯が目立つのが第5十刃(クイント・エスパーダ)、ノイトラ・ジルガ。

 空色の髪を上げた粗暴そうな顔つきの第6十刃(セスタ・エスパーダ)、グリムジョー・ジャガージャック。

 大柄な体躯に修道者のような雰囲気をまとう第7十刃(セプティマ・エスパーダ)、ゾマリ・ルルー。

 桃色の髪に眼鏡のような形状の仮面の欠片が印象強い第8十刃(オクターバ・エスパーダ)、ザエルアポロ・グランツ。

 筒のように長い頭部をした第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)、アーロニーロ・アルルエリ。

 集ったメンバーの中で最も背丈も幅も大きな第10十刃(ディエス・エスパーダ)、ヤミー・リヤルゴ。

 そして、唯一席に着かずハリベルの席の半歩後ろで従者の様に立つ、プラチナブロンドに燦光する翠玉(エメラルド)の眼をした第3従属官(トレス・フラシオン)、アメミト・レシェフ。

 十刃が一堂に介したこの空間に並の虚がうっかり間違って入って仕舞えば、その霊圧に押し潰されてひとたまりも無いだろう。それほどの圧がこの部屋にはあった。それを苦とせず平常通りの姿勢を崩さないアメミトの力は、言わずもがな。

 全員が着席したところで現在の虚園の頂点に座す死神、藍染惣右介とその重鎮、東仙要と市丸ギンが入室した。

「お早う、十刃諸君。敵襲だ」

 悠然と告げられる。

「先ずは紅茶でも淹れようか」

 給仕役の破面が紅茶を用意する。それぞれの前に紅茶が行き渡るのを確認した藍染は、飲みながら聴くよう促すと、東仙に命じて侵入者の様子を録画した映像を映し出させた。

「侵入者は三名。石田雨竜、茶渡泰虎、そして黒崎一護」

「!!!」

 オレンジの髪をした死神代行の姿を見たグリムジョーが目を見開く。

「……こいつが……」

「敵ナノ?」

 微妙に異なる二つの声音でアーロニーロが首を捻った。

「なんじゃい。敵襲じゃなどと言うからどんな奴かと思うたら、まだ餓鬼じゃアないか」

 つまらん、とバラガンは落胆した様に吐き捨てる。精々十数年しか生きていない人間など、最古級の最上級大虚(ヴァストローデ)にとっては産声を上げる寸前の赤子に等しい。

「ソソられないなァ、全然」

 ザエルアポロは早々に侵入者への興味を大きく削がれた様だ。

「……ちっ」

 ヤミーは侵入者と直接相対したことがある為だろうか、不機嫌に舌打ちする。

「侮りは禁物だよ。彼らはかつて"旅禍"と呼ばれ、たった四人で尸魂界に乗り込み、護廷十三隊に戦いを挑んだ人間達だ」

 藍染が補足した。へえ、と誰かが感嘆する声がして、興味深そうな視線が増える。

「四人……一人足りませんね。残る一人は……?」

 ゾマリが至極真っ当な疑問を呈した。

「井上織姫だ」

 間を置かず、ゾマリの疑問に端的に答えたのはウルキオラ。

「ふーん、意外とアグレッシブだなあの子」

 アメミトは現在同胞達に案内され、自身に割り当てられた部屋へ通されたであろう織姫の把握してる限りの為人と照らし合わせ、人は見かけによらぬものだと嘆息する。

「仲間を助けに来たってワケかよ。良いんじゃねえのォ、弱そうだけどな」

 ノイトラは鼻を鳴らして嘲笑した。完全に一護達を格下に見ている様子は普段の調子を思えば当然と言える。

「え、急に自己紹介してどうした?」

 碧玉を丸くして、ハリベルは本心から首を傾げた。恐ろしいことに、素である。

 ゴンッ、と鈍い音がしたので、スタークは目線を上座側に向けてみた。するとグリムジョーが顔からテーブルに突っ伏してしまっているのを見つけてしまったので、ああ、と全てを察した。女に振り回される者同士、気持ちはとてもよくわかる。

 ノイトラがハリベルを睨んだ。その視線にハリベルよりも、側に控えるアメミトの方が反応して腰に佩いた斬魄刀に手をかける。

「……ハリベル、テメエ……」

「なんで怒ってるんだ……別に本当のことしか言ってないだろ。アメミトに舐めプでボッコボコにされた癖に」

「……っンの……」

 厳密には腹に穴を穿ったんだが、とは流石にアメミトも言わないことにした。敢えて普段はそうしないだけで、アメミトはちゃんと空気の読める最上級大虚なので。

 ピキ、とノイトラの額に青筋が浮かんだ。ぶつけた頭を押さえつつ起き上がったグリムジョーは、ノイトラを一瞥して今にも激昂しようとしているのを諌める側へ回る。

「やめとけノイトラ。第3十刃とその従属官(フラシオン)が理不尽の言い換えなのは、アメミトと実際戦ったお前が一番わかってんだろーが。口でも腕っ節でも、逆立ちしたってテメエが勝てる要素一つもねーぞ」

「なんだとグリムジョー!!」

 しかし残念ながら、火に油を注ぐかの様に逆効果で終わってしまった。ついに立ち上がって怒鳴り声を吐くノイトラに待ったをかけたのは、心底面倒臭そうなスターク。

「……ハア……全く、やーめろって。ハリベルもあんま煽んなよ」

「えっ、私が悪いのかコレ。トドメ刺したのグリムジョーだろ」

「……この天然煽りカスさあ……」

 止めた側の俺を巻き込むな、というグリムジョーの抗議は一旦傍に置いて、本気ですっとぼけるハリベルに頭を抱えた。卓上ゲームに熱中しているから出てくるわけじゃなかったのか、あの煽り。

「十刃諸君」

 一連の諍い未満のやり取りを気にしていない藍染は告げる。

「侮りは不要だが、騒ぎ立てる必要も無い。各人、自宮に戻り平時と同じく行動してくれ」

 敵は向こうからやって来る。ならば此方は座して待てばいい。藍染は余裕を持ってそう言い切った。十刃達は静かに耳を傾ける者と、不満を滲ませる者、それから藍染の話に興味のなさそうな者とに分かれている。

「恐るな。たとえ何が起ころうとも私と共に歩む限り、我らの前に敵は無い」

 藍染へ向けられたアメミトの翠玉は、心底つまらなさそうに鈍く瞬いた。

「しかし……22号地底路ねえ……」

 藍染らが退出した後、十刃達もまた自宮へ戻ろうかと動き出すその寸前。アメミトがポツリと溢した言葉。それに目敏く反応したのは、バラガンだった。

「なんじゃ、あそこに何かあるとでも言うのかアメミト」

 バラガンの尊大な態度が気に入らないのか、或いは昔から反りが合わないことからか、アメミトは露骨に不機嫌そうな顔をする。

「……誰に許可取って私に問い質してんだ、クソジジイ」

 燦光する翠玉がバラガンを睨んだ。眉を顰めたバラガンもまた、鋭い眼光をアメミトに向け苛立ちを露わにする。

「なんじゃと貴様……貴様とて儂とそう変わらんじゃろうに」

「あ?レディに対して歳の話すんのはマナー違反って知らないのか永年童貞(年齢イコール彼女いない歴)

「貴様……いい加減に……!!」

 激昂して立ち上がりかけたバラガンの死覇装の袖を、ザエルアポロが宥める様に緩く引いた。考え込む様子のハリベルに変わり、スタークがアメミトを嗜める。

「やめろって、アメミト」

「そうそう、バラガンもそうカッとなるものじゃないよ。今はね」

 フン、と鼻を鳴らしたアメミトは子供が拗ねる様にそっぽを向いた。ザエルアポロに水を差されたバラガンは、舌打ちして振り上げかけた拳を下ろす。

 そこで、黙して考え込んでいたハリベルが何かに思い至ったらしい。

「———……あ、そうか。そういう……」

 成る程、と繰り返すハリベルにバラガンが訝しげな視線を向ける。

「さっきからなんじゃ貴様といいアメミトといい。勿体ぶらんでさっさと口を割らんか」

「うるせえジジイ。そう大したことじゃないんだ。ただ……」

 アメミトといいハリベルといい、バラガンをジジイ呼ばわりするのは一体何の意地なのやら。双方の間にある過去のアレコレを詳しく知るわけでもないスタークは、額に手を当てて大きく溜め息を吐いた。

 ハリベルはチラ、とアメミトの様子を横目に見てから、言っても問題なさそうだと判断すると静かに口を開く。

「奴らが22号地底路から虚夜宮に真っ直ぐ来るなら、メノスの森の上を通るな……って」

 ああ、と何人かが納得の声を溢した。そして同時に、侵入者達にいっその事同情する。

「可哀想だね」

「本当ニ」

「……ああ、全くだ」

 アーロニーロの一見憐憫とも取れる言葉に、ハリベルも同意する。

「ミラ・ローズの目のない時のアイツら(・・・・)は、とんでもない悪ガキだからな」

 遊び殺されるぞ。そう言い切ったハリベルに、グリムジョーの視線が突き刺さった。

 

 虚夜宮を目指して走り続けていた一護達だが、その途中、どれだけ走っても辿り着かないことに若干の焦燥感を覚えつつ、悲鳴を上げ始めた身体を勢いよく白い砂の上に倒した。常夜の空を見上げる一護は息を切らして、右手で汗を拭いつつ顔を覆う。

「くそっ……走っても走っても、近づいてる気がしねえ……」

 蜃気楼と言われた方がマシだとぼやくと、雨竜は呼吸を整えて反論した。

「蜃気楼じゃないさ。ここで蜃気楼が見える筈ない。わかりやすく蜃気楼の原理から説明してやろうか?そもそも蜃気楼というのは———」

「けっこーーーです!!」

 話があらぬ方へ向かい始めたのを一護が強制的に中断させる。今必要なのは決して蜃気楼の原理の知識ではない。

 盛大に息を吐き出す一護の手元に、小さな蜥蜴のような(ホロウ)が近付いてきた。一護がそれに気付いて目を向けると、虚は食べられると思ったのだろう。砂を掘って中へ潜り込むように逃げ出してしまった。

「意外とちっこい生き物なんかも居るんだな……」

 アイツら何食って生きてんだろ、と頭に浮かんだ疑問をそのまま口にする。それに推測ではあるものの、答えたのは雨竜。

「……虚園は随分大気中の霊子濃度が濃い……恐らく小さな虚なら呼吸するだけで十分な栄養が得られるんだろう」

 ヒュル、と雨竜は周囲の霊子を掌に集めてみせる。滅却師は霊子操作に長け、周囲の霊子を集めることで弓矢を形成する種族だ。霊子に満ちた虚園では、現世よりも同じ霊子収束でも規模が違ってくる。

「さっき戦ってみて確信した。コツさえ掴めば僕は虚園での戦いの方が現世や尸魂界より力を発揮できる筈だ」

 雨竜は不敵な笑みを浮かべた。一護はそういうものなのか、と何となしに理解したのかしてないのか曖昧な返答を返す。

「便利なモンだな。霊子が多くて調子が良くなるなんてオマエか虚ぐらいのモンじゃねーの」

「何!?」

 途端にやいのやいのと騒ぎ立て始めた一護と雨竜を他所に、泰虎は己の手をじっと見つめていた。何か自身の内側から溢れようとするものに、戸惑う様に。

「とにかく、霊子濃度が高いという事実は僕だけじゃなく、破面側にも利することは確かだ」

 藍染が破面化させた虚の数、統制の精度、いずれも未知数ではあるが、破面側にとって一護達は敵であり食糧であることには変わりない。霊子の濃い虚園においては、通常の虚であってもその力は現世のものとは段違いだろうと雨竜は述べる。

「あらゆる面で油断は禁物だ。注意深く———」

「長げーよ話が。先行くぜ」

「また君は言ってる側から!」

 長話が好きではない一護は、一刻も早く織姫を助け出すという理由もあって雨竜を置いて泰虎共々先を急ごうとする。そんな時、後方から何か大きなものが砂を這う音がした。

 次の瞬間。

「やああああああああ!!!」

「ばはははははははははははは!!!」

 人型の虚が二体、ワームの様な虚が一体、計三体の虚が、フードを被った小さな人間の子供のようなものを全速力で追い立てるのを、一護と雨竜、泰虎は目撃した。

「まさか……!僕らの他に人間が!?」

「考えんのは後だ!助けるぞ!!」

 人がいることに戸惑う雨竜に檄を飛ばし、一護は背負った出刃包丁の形をした斬魄刀、斬月を防刃布を巻いたまま抜く。瞬歩で子供と虚の間に割り込むと、斬月を大柄な方の人型虚へ振り抜いた。

「兄者ーーーーっ!!!」

 ヒョロ長い方の人型虚が叫ぶ。その背後から雨竜が弓を構え、泰虎は右腕を変化させて飛び掛かった。終わった、と絶望した虚は悲鳴を上げ、両手を挙げて降伏の姿勢を取る。

「ああ!痛い痛い!さきっぽが!!さきっぽがちょっとあたってる!!!」

「や……やめれーー!!やめてけろーーーーー!!!」

 止めを刺すかのような構えで虚達を脅す一護らを止めたのは、何故か追い回されていた子供の方だった。一護達が子供の方を向くと、子供はフードを脱いでその顔を見せる。

「ネルたつがあんたらに何スただ!!イズワルはやめてけろっ!!!」

 その翡翠の髪をした子供の頭にはヒビの入った仮面が被さり、額から鼻の右横にかけて大きな傷痕が刻まれていた。

「……オマエ……虚か!?」

 

「ほんとーーにっ、申ス分けあるまスんでスたっ!!」

 白い砂の上に両手をついて、子供と三体の虚が深々と頭を下げる。所謂、土下座である。

「ネルたつの無限追跡ごっこがまさか、そんな誤解を生むだなんてつっとも思いませんで……」

「ごっこって……オマエちょっと泣いてたじゃねえか」

 誤解したことこそ非はあるものの、一護は少し虚達の遊びは本当に遊びだったのかと疑念を口にした。実際、客観的に見ると相当鬼気迫る勢いだったので。

「はいィ!ネルはドMだもんで、ちょっと泣くぐらい追っかけてもらわねえと楽スくねえんス!」

「ガキになんつー言葉教えてんだ!」

 一護の拳骨が大柄な方の人型虚に振り下ろされた。虚である以上、見た目と年齢がイコールではないとはいえ、明らかに教育に悪い。

「その"ネル"ってのが君の名前かい?」

 雨竜が確認する。子供は元気よく無邪気に笑顔で肯定した。

「ネルは破面のネル・トゥと申スまス!!」

「……破面……!」

「ネルの兄のペッシェです」

「その兄のドンドチャッカでヤンス」

「そんで後ろのデケえのが、ペットのバワバワっス!」

「待て待て待て待て」

 一護は堪らずタイムをかけた。

「何スか?」

「破面に兄妹とかペットとかあんのかよ!?」

「失礼な!あるスよそんくらい!」

 ドンドチャッカ曰く偶然この白い砂漠で出会って、たいそう可愛らしかった為に兄となったのだという。それは兄妹とは言わないのではないかと一護が指摘すると、三人はアイデンティティの崩壊を起こしかけた為已む無く一護は兄妹であることを認めることにした。

 バワバワの背に乗って、一護達とネル達は一路虚夜宮へ向かう。何故かネルは、胡座をかく一護の足の上に座っているが、一体何が理由で懐かれたのか一護にはわからない。

 それはさておき如何せん、一護にはネル達が本当に破面なのか疑わしく思われた。何せ、ウルキオラやグリムジョー達とは雰囲気がまるで違う。具体的には、自分たちを脅かす程の圧がネル達には無い。

「そりゃそーっスよ!現世に行ったのは"数字持ち(ヌメロス)"のヒトたちっスもん!」

「ヌメ……?何だそりゃ?」

 一護の疑問にネルが答えて曰く、"数字持ち"とは大虚(メノスグランデ)以上で破面化した者を指すらしい。十刃の直接的な支配下にある、二桁の数字を名乗ることを許された戦闘のエキスパート。ネルは自分をゴミ虫だと自虐しながら解説した。

「つーか、そんなコト言ったらあんたたつの方がよっぽど破面っぽくないじゃねっスか!面はねーし黒いキモノ着て、なんつーか死……」

 そこまで言いかけて、ネルは硬直する。恐る恐る震えながら、一護らの職業を問うた。

 それぞれ死神代行、滅却師、人間と答えると、一気に絶望的な顔になる。

「あああああ死神だァ〜〜〜〜!!ワルモノだァ〜〜〜〜!!おかスーと思ったんだァ!!フツーの破面は虚夜宮に行きてえなんて言わねえもの!!助けてミラ・ローズ様ー!こーろーさーれーるー!!」

「いや……別に殺しゃしねえよ……」

 落ち着けって、と怯えるネルを宥める一護の後ろで、泰虎はネルが口走った名前を意識に引っ掛けた。

「ミラ・ローズ……?」

 泰虎の疑問に誰かが答えるよりも早く、白い砂漠の一部がうねりをあげる。何処からともなく届く何者かの声が、一護ら一行の鼓膜を揺さぶった。

『死神なんぞに殺されずとも……このわしがぬしらを捻り殺してくれる!!この白砂の番人、ルヌガンガがな!!』

 姿を現したのは白い砂でできた軀の、バワバワよりも遥かに巨大な虚。ルヌガンガと名乗った虚はネル達を侵入者である一護と内通していると見做すと、弁明しようとするネルには一瞥もせず容赦無く殺意を向けた。

「のいてろ」

 一護が構える。霊圧を斬月に圧縮し、一気に振り抜いてその斬撃を飛ばしてルヌガンガの上半身を真っ二つにした。月牙天衝である。

「よし!」

「イキナリだ!ふいうちだ!!ズルっこだ!!!ワルモノ〜〜〜!!!」

「ウルセーな。いいだろ、助けてやったんだから。大体、真っ正面から斬ってんだから不意打ちじゃ……」

 非難するネル達に一護は文句を言うなと反論しかけて、しかし、斬り伏せた筈のルヌガンガが倒れていないことに音で気付く。視線を戻せば、ルヌガンガの身体は逆再生のように元通りにくっついていた。

『不意打ちして尚反省無し……益々許せぬ!』

 砂の拳が一護達を襲う。斬撃は今の通り。雨竜の弓矢も穴が空くだけで、泰虎の拳は体格差があり過ぎる。とにかく逃げる他ないと判断して、ネルは一護に言われるがままバワバワを叩いて撤退を促した。

『逃すか!!!』

 ルヌガンガの口が異常に大きく開く。咆哮と共にバワバワの全身を飲み込んであまりある程巨大な蟻地獄が現れた。

「ネル!!あいつ何か弱点とか無えのかよ!?」

「わわっ……ワルモノに教えるワケにはいかねっス……!」

「アホか!?このままじゃオマエらも砂に呑まれんだぞ!!」

 一護に頬を引っ張られたネルは涙目になりながら、水と答えた。だが、此処は砂漠である。水場など何処にもない。

 そう、水場は。

「———次の舞、白漣」

 聞き馴染みしかない声が一護の耳に届いたと思った、次の瞬間。ルヌガンガの身体が瞬きする間に凍りついた。

 一護はルヌガンガを覆った氷の向きから逆算して、声と冷気の主のいるであろう方向を向く。果たしてそこに、彼女らはいた。

「ルキア……!恋次……!」

 白い砂漠の丘になったところに立っていたのは、朽木ルキアと阿散井恋次。一護は二人の姿を認めるとバワバワから飛び降りて、一目散に駆け出した。

「ルキア……恋次……オマエら……」

 恐らく無理をして駆けつけてくれたであろう感謝と、無理をさせてしまった申し訳なさが綯い交ぜになりながらも、手の届く距離まで一護が二人に近付いた、次の瞬間。

 ルキアの右ストレートが一護の顎に直撃した。次はお前の番だ、と言うようにルキアが恋次と手を打ち合い、恋次の左の拳骨が一護の右頬を殴り倒す。

 後から追いかけてきた雨竜と泰虎に案じられる一護は、砂の上に倒れ伏していた。

「たわけっ!!!何故勝手に虚園へ入った!何故私が戻るのを待てなかった!?」

 ルキアが叱りつける。一護はよろよろと上半身だけ起き上がると、戻ってくるかもわからなかったのだから仕方がないだろうと返した。ルキアは最初から、恋次共々どんな手を使っても必ず戻るつもりだったと声を張り上げる。

「何故、貴様はそれを待てぬ……!何故、貴様はそれを信じられぬ……!我々は……仲間だろう、一護……!」

 座り込んだままの一護に目線を合わせるよう、ルキアが膝をついた。一護はキョトンと目を丸くすると、ルキアが自分を仲間と言ってくれたことが嬉しくなって、俯いた。

「解っておれば良いのだ」

 立ち上がったルキアに手を引かれ、一護は立ち上がる。織姫を助ける為に、ルキアと恋次を加えた一行は再び虚夜宮へ向けてバワバワを走らせた。

 

 一護達は気付かない。彼等を観察する目があったことを。

「ねえ、あれネルドンペじゃない?」

「ネルドンペだねぇ」

「死神と一緒にいるよ?」

「裏切ったのかなあ?」

「脅されてるのかも!」

「じゃあ助けなきゃ!」

「なんか張り切ってる子いるんだけどー」

「コイツネルのこと好きだもん。しょーがないよー」

「ちょっと、やめなって」

「準備できたよー!」

「よーしっ、それじゃあみんな」

「「「侵入者達と遊ぼっか!」」」

 一護達は、気付かない。




次回、悪ガキ襲来
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