犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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悪夢に塗れた不思議の国
夜の明けないネバーランド
ぼくらはみんな夜更かし上手
遊ぼう 永遠に
遊ぼう 命尽きるまで


奈落の国のアリス

 白い砂漠の上を、ワームのような(ホロウ)が進む。その背に乗るのは破面(アランカル)の三兄妹、ネル・トゥとペッシェにドンドチャッカと、虚園(ウェコムンド)への侵入者である死神代行黒崎一護、滅却師(クインシー)石田雨竜、人間茶渡泰虎。そして後から合流した二人の死神、朽木ルキアと阿散井恋次。

「じゃあ、オマエらを虚圏に向かわせたの、白哉なのか」

「ああ」

 ルキアと恋次は護廷十三隊六番隊隊長である朽木白哉の計らいで現世へ行き、そのまま浦原喜助によって開かれた黒腔(ガルガンダ)を通って虚園まで来たのだという。一護はあの白哉が随分丸くなったものだと感心した。

「ところで、なんとなく流れで同行している此奴らは一体?」

 ルキアは今更こんなことを言うのもなんだが、と前置きしてネル達を指す。何者とは失礼な、とネルはドンドチャッカの背後に隠れた態勢で言い返した。

「ネル・トゥ!!」

「ドンドチャッカ!!」

「ペッシェ・ガティーシェ!!三人揃って……」

「「「怪盗ネルドンペ(グレート・デザート・ブラザーズ)(熱砂の三兄妹)!!」」」

「揃ってねーぞ」

 決めポーズを決めて名乗り上げるネル達の声は驚くほど揃わず、三人は後ろを向いて揉め出す。一護は呆れ果てた生温い視線を向けると、ルキアに向き直って三人を指差した。

「……そう言うわけで、全員虚だ」

「どういうわけだ」

 現世に現れた破面や、普段相手取る虚と比べても異様に能天気なネル達に、ルキアは拍子抜けした気分になる。

 それが、致命的な油断だった。

「きたきたきた!」

「侵入者ー!」

「もうすぐかかるよー」

「じゃあ、みんないーい?」

「いつでもいいよー」

「それじゃあ、せーのっ」

「「「「鉤爪罠(ティジェラス・トランパ)!!!!」」」」

 一護達を乗せて進むワームのような虚、バワバワを取り囲むように、砂の中から恐ろしい数の昆虫の足のような爪が姿を現す。

「!!なんだ、これ!?」

「僕達を捕まえようとしている……!?」

「考えてる暇ねえぞ!構えろ!!」

 恋次の言葉で全員が一斉に得物を構えた。一護はネル達に危険だから伏せるように言い聞かせると、先手を撃つべく月牙天衝を爪目掛けて放つ。それに続く様に雨竜が銀嶺弧雀から神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を撃った。泰虎は巨人の一撃(エル・ディレクト)で二人の迎撃から漏れた爪を粉砕し、ルキアが袖白雪で残りを凍結させ、恋次が蛇尾丸でそれらをまとめて粉砕する。

「片付いたか……?」

 砕け散った爪を見届けて息を吐く一護。警戒を緩めず周囲を探ると、砂の下からクスクスと笑い声が聞こえてきた。

「やるねー」

「なかなかやるねー」

「でも、これで終わりと思われちゃったら心外だあ」

「心外心外」

「だから、おかわりだよ!」

 一護達を嘲笑うかの様に爪が再び砂の中から飛び出す。その数は先程の比ではなく、迎え撃つには手が足りない。

 バワバワの身体を爪が捉えた。悲鳴を上げるバワバワが砂に飲み込まれていく。

「ク……ッ!!全員、振り落とされない様にしっかり掴まるんだ!!」

 雨竜が叫んだ。バワバワの背中にしがみつく一護達は、無数の爪によって砂の中に引き摺り込まれる中で声を聞く。

「ずーっとずっと、遊ぼうよ。侵入者」

 そこで意識はブラックアウトした。

 

 一方、虚夜宮(ラスノーチェス)

「まあ、素敵!とてもお似合いでしてよ、織姫さん」

「え、わ、ありがとうございます」

 井上織姫に用意された小さな宮の一室。そこに織姫は、第3従属官(トレス・フラシオン)の三人と一緒にいた。服は高校の制服から、用意されていた白い死覇装へ着替えている。スンスンを皮切りにアパッチとミラ・ローズも口々に褒めるので、織姫は少し照れて顔を赤くし俯いた。

「なんか、本当にお姫様って感じするな」

「なー。なんで事前に用意されたものが、こんなにサイズバッチリぴったりなのかは考えたくねえけど」

「それはそう。確かこっちにきてから採寸とかしてない……んだよな?」

 ミラ・ローズが織姫に確かめる。織姫がぎこちなく、していない、と返すと三人は一転して沈痛な面持ちになった。

「……つまり藍染、織姫のパーソナルデータを事前に把握してたって……」

「やめろアパッチ。それ以上はいけない」

 ちょっと怖いことに気付きかけたアパッチをミラ・ローズは止めた。深淵を覗き込むな。こっちも深淵から見られるぞ。

 そこに、割り込む声が一つ。

「ほう……存外、様になっているじゃないか」

 元々織姫の監視役もとい、世話役の任を請け負っていた第4十刃(クアトロ・エスパーダ)、ウルキオラである。

「わあ!い……いつからそこに!?」

「今だ。いちいち騒ぐな、鬱陶しい」

「いや、気配消して来たアンタが悪いだろアンタが」

 アパッチが織姫側に着くと、ウルキオラは無機質に凍てついた眼でアパッチを睨む。やれやれ、と肩を竦めるアパッチはそれをさらりと受け流し、気にするなと織姫を慰めた。

「そうだぞウルキオラ。大体、そんな遠回しな言い方じゃあ喜べるものも喜べんさ」

「よく似合ってるぞ、の一言くらい呼吸と同じ様に言えんのか?これだからノンデリ男は……」

 後から続けて入って来たのは、アパッチらと同じく第3従属官のアメミトと、第3十刃(トレス・エスパーダ)のハリベル。彼女らの失礼な言い草にウルキオラは冷え切った自身の血液の流れが速まる感覚を覚える。それが怒りであると目敏く教えてくれる様な勇敢で親切な者は、残念ながらこの場にはいない。

 アメミトとハリベルは悠々とウルキオラの横を通り過ぎて、織姫の側へ寄った。上から下までまじまじと眺めて、アメミトは嘆息する。成る程、いいセンスだと。

「ていうか織姫ホントに可愛いなそれ。流石うちの服飾担当」

「あ、ありがとうございます。藍染……様が、用意してくれてて……」

「話変わってきたな。織姫、無理して敬称付けなくていいぞあんな奴」

「え、えぇ……」

「貴様らはもう少し敬意を持て。十刃(エスパーダ)とその従属官(フラシオン)だろう仮にも」

「残念でーしたー!部下でもなんでもなくただの協力者ですぅー!」

「貴様……」

 もうお前感情ちゃんとあるだろ。わざと揶揄うアメミトに対してドスの効いた声を向けるウルキオラに、ハリベルは呆れたように溜め息を吐いた。なお最初に煽ったのはコイツ。

「ハイハイ御二方、喧嘩すんなって。アメミト様はあんまり他の十刃煽るのやめましょうねトラブルの素なんだから」

 アパッチが二人の間に入って仲裁に入る。下手くそな口笛を吹いてアメミトは明後日の方向を向き、ウルキオラはそれを見て小さく舌打ちした。治安が悪い。

「はあ……まあ、いい。こんなくだらない話をしにきたわけではないからな」

「くだらないってなんだ。くだらないって」

「アメミト様話進まない」

 軽く食ってかかろうとしたアメミトの後頭部をアパッチが引っ叩く。この最上級大虚(ヴァストローデ)すぐ話を脱線させようとする。

「黒崎一護達が、虚園に侵入した」

「!?」

 ウルキオラに告げられた内容に、織姫は息を飲んで目を見開いた。

「なんの、為に……」

「何の為?決まっている。貴様を助ける為だ」

 黒崎一護、そしてその仲間達にはそれ以外に虚圏へ乗り込む理由は無い。ウルキオラはそう言い切ると、織姫の装いを改める。

「最も、貴様がそれを着ているということは、無意味な行動だ。身も心も、我らの同胞となったことを意味するのだから」

 織姫は俯いた。その後ろでアパッチとスンスンがヒソヒソと話す。

「死覇装ってそんな意味あったっけ?」

「あの人の中ではそうなんでしょうよ」

「だよなあ。アタシら別に藍染の同胞にはなった覚えねーし」

「ねー」

 ギ、と会話が聞こえていたらしいウルキオラが二人を睨みつけた。アパッチとスンスンはサッとミラ・ローズの背中に隠れると、そっと様子を伺うように頭だけ左右から覗かせる。女三人寄れば姦しいとは、現世の過去人もよく言ったものだ。

 ウルキオラは首を横に振って、余分な思考を振り払う。

「答えろ、女。貴様の全ては誰の為にある」

 織姫が両手を握りしめた。伏せた瞼を開いて、意を決したように喉から言葉を紡ぐ。

「……藍染様の———」

 だが、最後まで言い切ることはできなかった。何故か。

 ハリベルが、その先を言わせまいと右手で織姫の口を塞いだからだ。

「駄目だ、織姫」

 諭すような声音でハリベルは戒める。

「例え嘘でも、それは言っては駄目だ」

 ウルキオラの霊圧が突き刺すように荒れた。アメミトが一歩、織姫を庇う様に前に出る。一転して、一触即発かと思われる様な睨み合いの中、ハリベルは右手を織姫から離して静かにこう言った。

「織姫は織姫自身のものだ。誰にも渡すな。忠誠と隷属は違う。本心でないのなら、それを言ってはいけない」

「ハリベルさん……」

 碧玉がウルキオラに向けられる。

「お前もだ、ウルキオラ。糸繰人形の様に何も考えずに藍染に従うな。お前はお前の意思があるだろう。考えた上で委ねるのなら私も何も言わないが、そうじゃないなら口を出させてもらうぞ」

 ドッ、とウルキオラの霊圧が一瞬荒れ狂った。何も返さず、何も応えず、呼び止める声を全て振り切る様に、ウルキオラは踵を返して速足で宮を後にする。

 胸に空いた孔の淵が、ざわざわと奇妙な不快感を訴えるのに気付かないふりをして。

 

 

 子供の声がする。妹達は現世にいるはずなのに、一体誰が。そんな疑問を浮かべながら、死神代行黒崎一護の意識は急浮上した。

「あ、起きたー!」

 目を開けた瞬間視界に飛び込んできたのは、三つ編みを二つ揺らす黒髪の幼い少女。一護は驚いて飛び起き、尻餅をついた様な姿勢のまま数歩分後退する。

「な、こ……子供!?」

 きゃらきゃら笑う少女は一護の周りをぐるぐる走り回った。唖然としていた一護は、ハッとして仲間達を探そうと周囲を見回す。

「……なんだ、此処……!?」

 恐らくは地下なのだろう。上から白い砂が細い滝の様に流れ落ちて来ている。砂漠で見られた物よりもずっと巨大な石英の木が無数に聳え立ち、暗闇の中から最下級大虚(ギリアン)のものと思われる呻き声が聞こえて来た。

「黒崎!」

「!石田、無事だっ……」

 一護は雨竜の声がした方を振り返って、絶句した。何故か。

「……何やってんだ、オマエ」

 二、三人ほどの子供達を足に、腹に、そして肩にしがみつかせた状態でプルプルと震える雨竜の姿を見つけてしまったからである。何やってるんだ、本当に。

「目を覚ました瞬間この子達に群がられてね。此処にいるということはネルと同じく、間違いなく(ホロウ)ではあるが……子供のおねだりは無碍にはできないだろう」

「いやまあ、それはそうなんだけどよ」

 下に双子の妹がいる兄である一護は、雨竜の言葉にしどろもどろになりながら肯定を返す。子供達は雨竜の白装束のマントを引っ張ったり眼鏡を取ろうとしたりと、無邪気にやりたい放題していた。

 動揺が消えて落ち着いたことで、漸く一護は慣れた霊圧がそう遠くはないがあちこちに散っているのに気付く。ついでに、その側に必ずと言って良いほど子供達とそのまま同じ霊圧がついていることにも。

「えぇーっと、オマエ……虚、何だよな?」

 できるだけ優しく、一護は三つ編みの少女に訊ねる。少女はそうだよ、と返すと、くるりとその場で一回転した。

「私たちはピカロ!破面No.102のピカロ!そして私はピカロ・先導者(ギアー)よ!」

「……102?」

 一護は目を丸くして聞き返す。ネルの話では、破面の数字持ち(ヌメロス)は二桁の数字を名乗るはず。だが、少女———ピカロは102という三桁の数字を名乗った。何より、私たちとは。

 一護がその疑問を口にしようとする直前、ズベシャアッ!という音と共にペッシェが数人の子供達———格好がピカロ・先導者(ギアー)と同じなことから、この子達もピカロだと思われる———に飛びかかられて顔から倒れ込んだのが見えた。とても痛そう。

「だ……大丈夫かオマエ……」

「い……一護か……いやすまん、ピカロ達と遊ぶといつもこうなのだよ」

「コイツらと知り合いなのか?」

 キャーッ、と歓声を上げて蜘蛛の子を散らす様にペッシェから離れていく。よろよろと起き上がったペッシェはヘトヘトな様子でその場に座り込んだ。

「諸縁あって、たまたま地上でミラ・ローズ様と遊んでいるピカロに巻き込まれたことがあってな。ネルも楽しそうだったので、都合が合えば一緒に遊ぶことがあるのだよ」

「……そういや、ネルもそのミラ・ローズって奴に助けを求めてたな。何者だ?」

 一護と質問にペッシェは、ああ、そういえば一護達は知らないのかと手を打つ。

「ミラ・ローズ様は第3十刃ティア・ハリベル様の従属官であり、百人前後いるピカロ達それぞれの名付け親だ」

「……従属官……!?」

「名付け……え、百人!?」

 驚愕する二人を気にせず、ペッシェは髪をピカロの一人に引っ張られながら続ける。

「そもそもピカロとは、子供の魂を核とする群体の中級大虚(アジューカス)を藍染様が破面化したものでな。その為"個にして群"という特性を持つ。つまり、この場にいる全員がピカロという破面を構成する一部ということだ!」

「そ、そんな破面がいるのか……」

 一つの群れそのものが一体の虚、という存在があり得ることにも驚いたが、雨竜はそれよりも気になることがある。

 そもそも、此処は一体何処だ。

 雨竜が問うより先に、ペッシェは続ける。

「そしてピカロが何故三桁の数字を名乗っているのかだが、それは———」

「もう駄目でヤンスーーー!!!」

「どぉわあーーーー!!!!!」

 ペッシェがピカロの数字についての疑問に答えようとした最中、ドンドチャッカが後ろから飛び込んできてそのガタイでペッシェを押し潰した。ペッシェに群がっていたピカロ達は寸前でさっさと逃れている。賢い。

「……大丈夫か、オマエ」

「ダメかも……」

 防刃布に覆われたままの斬月の鋒でペッシェを突きながら一護が確認すると、ペッシェは右手を挙げて無理を宣言した。ペッシェを押し潰すドンドチャッカを追いかけていたのか、数人のピカロが駆けつけてくる。

「ねえねえドンドチャッカー、もっと遊ぼうよー」

「あれ?オレンジの死神起きたんだ!」

「え?ホントだー!遊ぼ遊ぼ!」

「鬼ごっこしよー」

 ピカロ達は一護の姿を認識するとドンドチャッカには興味が失せた様で、一転して一護に群がり始めた。子供、そういうとこある。

「どうすんだよ、これ……」

 一護は途方に暮れてしまった。一刻も早く虚夜宮へ乗り込み、織姫を助けなければならないのにこんなところで足踏みしている場合ではない。とはいえ、相手は破面とはいえ子供である。兄である一護には、彼らのお願いを振り払うことは難しい。

 おかっぱ頭の少女ピカロが一護の黒い死覇装の袖を引っ張った。

「ねえねえ、死神のお兄ちゃん。私と追いかけっこしよ!」

「へ?」

「私が追いかけるから、お兄ちゃんが逃げてね?いくよー」

「待て待て待て、まだやるとは言ってねえって……!」

「あー!追跡者(ペルセギア)ずるいずるい!ボクたちも追いかけっこするー!」

「増えた!!」

 数人のピカロが後に続く様に一護に群がる。金髪のボブカットの少年ピカロが、一護の腰に抱きついて顔を見上げて来た。

「お兄ちゃん、ぼくも一緒に逃げるから、一緒に遊ぼ?」

「追いかけっこすんのは確定なのかよ……」

 最早観念してピカロ達と遊ぶしかないらしい。いずれにせよ、此処から地上へ戻るには足であるバワバワを探す必要もある。それには、ピカロ達を満足させて解放してもらう他ないだろう。彼らが名乗った三桁の数字の理由が気になるものの、一護は腹を括って拳を掌に打ち付けた。

「うっし!オマエ、名前はなんていうんだ?」

隠密師(エスコンデール)だよ!ピカロ・隠密師(エスコンデール)!」

「そうか。じゃあ隠密師(エスコンデール)、一緒に逃げながら俺の仲間を探すのを手伝ってくれねえか」

「いいよ!」

 よし、と一護はピカロ・隠密師(エスコンデール)を抱き抱える。おかっぱ頭の少女ピカロ、ピカロ・追跡者(ペルセギア)が十を数えるうちに走り出し、逃げるふりをしながら他の面子を探し始めた。

「おおう……見事に遊ばれてんな全員……」

 霊圧を探って走り回ってみれば、皆一様にピカロ達に振り回されているのを確認できた。泰虎は身体が大きいからか群がって来たピカロにアスレチックの様によじ登られているし、ルキアは栗毛のピカロに絵のダメ出しをされてショックを受けている。恋次はどうやら追い回されている様で、ピカロ達は逃げる恋次に虚閃(セロ)を撃っていた。とても危ないが大丈夫なのか。

「お兄ちゃん、あっちに隠れれば意外と見つからないよ」

「ん、わかった。サンキュな」

 隠密師(エスコンデール)が指差したのは石英の巨木の盛り上がった太い根。現世の大木と同じ様に重なり合った根の、人一人分と少しだけの隙間に一護とピカロ・隠密師(エスコンデール)は身体を滑り込ませる。

「ぼく、かくれんぼ得意だから、隠れるのにぴったりな場所たくさん知ってるんだよ」

「へえ、そうなのか。すげえな」

 一護は抱き抱える姿勢でピカロ・隠密師(エスコンデール)の頭を撫でた。隠密師(エスコンデール)は嬉しそうにクフクフ笑うと、一護の顔を見上げる。

「あのね、お兄ちゃん」

「どうした?」

 すっかり幼かった頃の妹達に接する時と同じ様な態度になった一護は、優しい眼差しをピカロ・隠密師(エスコンデール)に向けた。隠密師(エスコンデール)は手遊びをしながら口をまごつかせると、おずおずと問いを投げかける。

「お兄ちゃんは死神なのに、どうして虚圏に来たの?」

「!!」

 子供特有の直球な質問に、一護は面食らった。そして、そういえばピカロはネルと同じく、これでも破面だったなと思い出す。

「……仲間を、助けに来たんだ」

「仲間?」

「ああ。大切な……仲間なんだ。だから、本当は急いで虚夜宮まで行かねえとなんだけど……っ」

 そこまで言いかけて、一護は息を飲んだ。

 ピカロ・隠密師(エスコンデール)の眼が、(ホロウ)そのものの色を宿していたからだ。

「じゃあ、お兄ちゃんはその仲間を助けるために、ミラ・ローズと戦う?」

 子供らしい無邪気さは声音から消えた。一護は冷や汗が頬を伝って落ちていくのを感じ、しかし平静を保つ様努めて答える。

「ああ。ソイツが俺たちの前に立ちはだかって、剣を向けるなら」

「……そっか」

 隠密師(エスコンデール)はするりと一護の膝の上から抜け出すと、踏み固められた白い砂の上を数歩歩いた。そして木の根の隙間に収まったままの一護を振り返ると、その霊圧が膨れ上がる。

「じゃあ……お兄ちゃんは、ちゃんと敵だね」

 それに呼応する様に幾人かのピカロが集まって一護を取り囲んだ。

 

 一方、ピカロ達にオモチャにされているペッシェとドンドチャッカの様子を、岩に腰掛けて眺めていた雨竜はそういえば、聞きそびれていたことがあったと口にする。

「ペッシェ、さっきピカロの数字が何故三桁なのか説明しかけていただろう」

「ん、ああ!そのことか」

 蟻のような仮面を引っ張られながらペッシェはポンと手を打った。

「では説明しようではないか。ネルが言った通り、数字持ちは基本的に二桁の数字を名乗り、その中でも別格の力を持つ十人が十刃として1から10の数字を与えられる。ここまではいいな?」

 ペッシェの確認に雨竜は頷く。

「そして、十刃は一度その席に着いたらずっとその地位を保証されるわけではない。虚、ひいては虚園は実力がものを言う社会だ。当然、後からより強い者にその席を奪われることもある」

 ペッシェは石英の大木に貫かれる、暗い天井を見上げた。その雰囲気がどこか遠いような気がした雨竜は、首を傾げる。

「十刃の席を奪われた者は当然数字を剥奪される。そして烙印のように、三桁の数字を新たに付けられるのだよ」

「……待ってくれ。ピカロは確かNo.102だと……」

 確かめるように反芻する雨竜に、ペッシェは肯定を返す。三桁の数字は十刃の席次の剥奪を示す烙印。ピカロは破面No.102。つまりは———。

「下一桁から判る通り、ピカロはかつての第2十刃———十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)の破面だ」

 ドッと雨竜の全身から緊張による汗が噴き出した。それと同時に、周囲のピカロ達の様子が一変する。

「敵?」

「やっぱり敵だった?」

隠密師(エスコンデール)が確信したみたい」

「じゃあもういいよね?」

「うん。やろう」

「敵はやっつけなきゃ」

「ミラ・ローズの敵はあたしたちの敵だもんね」

「待っててね、ネル。今こいつらやっつけるから!」

「張り切ってるやついるぞー」

 ザワザワと、殺意が雨竜に突き刺さる。恐らく別のところでも、殺意を伴い態度の一変したピカロ達に囲まれた仲間達に緊張が走っていることだろう。

 霊圧の上昇と共に、全てのピカロ達が一斉にその名と言霊を唱えた。

「「「「「遊べ、戯擬軍翅(ランゴスタ・ミグラトリア)」」」」」

 奈落の底で、命をかけた"遊び"が始まる。




難産でした。第3主従すぐ脱線する
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