良い子はおうちへ帰りましょう
帰る家の無いぼく達は
一体どこへ行けばいい?
帰る家の無いぼく達は
一体悪い子なのかしら?
「ごめんね、お兄ちゃん」
昆虫のような翅を背中から生やした金髪ボブカットの少年、ピカロ・
一護の周囲には
「お兄ちゃんはミラ・ローズの敵だから、ぼくたちやっつけなきゃなんだ」
「敵だ敵だー!」
「やっつけるぞー」
「殺し合いごっこだー!」
ピカロ達が一護へ向けて小さな掌を翳した。それが
複数の閃光が一護へ向けて奔った。一護は月牙天衝で迎え撃とうと霊圧を斬月に喰わせようとして———しかし躊躇し、瞬歩でその場を離れて躱すことを選ぶ。
石英の巨木の根が、ピカロ達が放った虚閃によって砕け散った。
「くっ……!」
一護の頬を冷や汗が伝って落ちる。あと半瞬判断が遅ければ、粉微塵になっていたのは一護だったかもしれない。そう思うと心臓を鷲掴みにされるような感覚を覚えるが、それでも一護は迷ってしまっていた。
如何せん、ピカロ達の姿が妹達よりもずっと幼いこと。そして何より、ピカロ・
「逃さないんだからね!」
響転で一護に背後に、おかっぱ頭の少女のピカロ・
一護は咄嗟に斬月の刀身の身幅を、盾のように構えて防御姿勢を取る。受け止めた複数の虚弾が断続的に破裂した衝撃で、一護の身体は数メートル吹っ飛んだ。
踏み固められた白い砂の上を、吹き飛ばされた一護の健体が転がる。素早く体勢を立て直した一護は、迷いのある眼のまま斬月をピカロ達へ向けて構え直した。
「囲め囲めー!」
「一斉攻撃だ!」
ピカロ達が一護を再び包囲する。背中の翅の高速振動が強い音の波を生み、刃となって一斉に一護を襲った。
「……ッ、月牙……天衝……ッ!!」
振り絞るように放たれた、死なない為だけに最低限度まで威力を削り落とした月牙天衝が音波の刃と激突する。相殺の衝撃で白い砂が舞い上がり、周囲を取り巻く石英の巨木の幹の表層が剥がれた。
舞い上がった砂煙の向こうから、数人のピカロが一護に向かって弾丸のように突撃してくる。一護が身を捩ってそれを回避しようとした瞬間、左から冷気の津波がピカロ達を飲み込んで突き飛ばした。
「一護!!」
「ルキア!」
砂除けの外套の裾をほつれさせたルキアが、一護に駆け寄ってくる。先の冷気がルキアの放ったものだと悟った一護は安堵の息を吐いて、次に薙ぎ払われたピカロ達を案じた。
「一体何が起きたのだ?此奴ら、急に様子が変わって我々に敵意を向けてきたぞ」
斬魄刀を構えて、一護の背に自らの背を預けるように向けたルキアが問う。一護は視線だけでルキアの方を向くと、眉間に皺を寄せながら物憂げに瞼を下げた。
「……
「名付け親?」
聞き返したルキアに、石英の木の影から躍り出た数人のピカロの虚弾が放たれる。ルキアは自身の斬魄刀である袖白雪の冷気をぶつけてそれを相殺した。
「コイツら全員の名前付けた奴、
「……成る程。で、貴様なんと答えた」
「……剣を向けるなら、戦うって。子供相手だからって……いや、子供だからこそ、嘘ついたり誤魔化したりして、後で全てを知った時に悲しませるようなことにはしたくねえ」
一護の返答は、愚直で彼らしいものだった。ルキアはその真摯さを好ましく思うが、同時に戦場ではあまりに甘い。それこそが一護らしさではある為ルキアは呆れ果てたように溜め息だけ吐いてたった一言、実質苦言にならない苦言を呈した。
「……この大たわけ」
ピカロの一人が砂の上に転がった石英の樹皮を拾い上げる。両手でぐしゃりと握り潰すと、砕けた石英の樹皮は鋭角の頭をしたトンボの模型に造り替えられた。
「いっけー!
クリーム色の髪をしたそのピカロは、次々にトンボの模型を造り上げると一護とルキア目掛けて投げる。石英の樹皮で出来た羽を高速で羽ばたかせ、トンボの模型はミサイルのように曲線を描きながら向かってきた。
一護とルキアはそれぞれ月牙天衝と、次の舞・白漣でトンボの模型を撃ち落とす。中空を舞う砕けたトンボの模型の白い欠片を突き抜けて、極端にデフォルメされた
「なんだアレ!?」
「ク……ッ!!初の舞、月白!!」
ルキアが一護の前に進み出て、デフォルメされた
「ダメだよお姉ちゃん。痛いことしちゃ」
栗毛の少年の姿をしたピカロが、白い骨のような持ち手の絵筆を手にしてふわふわと舞う。ルキアは栗毛のピカロを見上げ、その姿に歯を食いしばった。
「
「お姉ちゃんも、向こうのお兄ちゃんたちも、みんなミラ・ローズの敵なんでしょ?じゃあ、ダメだよ。ここから出てっちゃ」
くるり、と栗毛の少年、ピカロ・
「
「無理言わないでよ
「二人ともケンカするなー!」
「ケンカするなら後にしなー!」
俄かに口喧嘩を始めそうになった
「……一護、このままでは彼奴らに、真綿で首を絞められるように追い詰められる。一旦恋次達と合流するぞ」
「賛成……には、まずアイツらを突破しねえと……」
一護はピカロ達を見遣る。
「
白い砂を霊子に変換し、自身の霊圧を混ぜ込んで作った絵の具をシアン、マゼンタ、イエローに染めて絵筆の穂に纏う。芸術家の短い腕が目一杯伸ばされ、宙を撫でるように絵筆を振るとキャンバスも無いのに絵の具を伸ばす音が木霊した。
そして現れたのは、丸みを帯びた輪郭の可愛らしい、しかし健体で四つ脚を持った獣。
「な……っ、巨大な猫!?」
「馬鹿!!どう薄目で見ても虎だろ!!」
二行で終わるコントのようなやり取りをして、一護とルキアは振り下ろされた絵の虎の前脚を左右に跳んで回避する。その行く手に先回るように、造形師の造った無数の石英の鳩がカタカタと音を鳴らして羽ばたいた。
やはり、簡単には合流させてくれないらしい。ザリ、とルキアは足を半歩分開いて斬魄刀を構え、眉間に皺を寄せた。
一方、茶渡泰虎と阿散井恋次も同様に豹変したピカロ達と交戦状態に入っていた。
「いっけ〜〜!
踏み固められた白い砂を突き破るように、幾つもの鉤爪が鎌首を擡げる。重たげな前髪で目元を隠した天然パーマの少年、ピカロ・
「クソッ!埒が開かねえな」
「ああ……此方は徐々に消耗していくが、向こうは何故か全員疲れ知らずだ」
頬を伝って落ちる汗を泰虎は拭う。きゃらきゃら笑うピカロ達は周囲をその背に生やした翅で飛び交い、泰虎と恋次を見下ろした。
「遊ぼ、遊ぼ」
「ずーっと遊ぼ」
「ミラ・ローズの敵は、みーんなぼくらのオモチャだよ」
「壊れるまで遊んであげる!」
ピカロ達が掌を二人に向ける。収束される霊圧が虚閃の予兆だと悟った泰虎と恋次は、背筋が凍る感覚を意識的に振り切った。ビビってる場合じゃない。撃たれる前に、動け。
刹那、ピカロが囲っていた一帯が一斉掃射された虚閃によって破壊された。
「ぐおぉあああ!!!」
「う……ぐぅ……っ!!」
泰虎と恋次の身体が衝撃で吹き飛ぶ。泰虎は踏み固められた砂の上を跳ねながら転がり、恋次はそのまま真っ直ぐに石英の巨木の幹に背中を叩きつけられた。
ドシャ、と落下した恋次を見下ろすピカロ・
「捕まえちゃうぞーっ」
小さな手の動きに連動して、鉤爪が恋次目掛けて振り下ろされる。身体を貫かれる覚悟でせめて一矢報いんと、恋次は背中の痛みを振り切るように蛇尾丸を振り上げた。
次の瞬間、青白く輝く霊子の矢が鉤爪を次々に砕いて走り抜けていった。
「!!」
「ッ!今のは……!!」
恋次は矢が飛んできた方角を向く。その先にいたのは、白装束の
「無事……とは言い難そうだね」
銀嶺孤雀を構えた、石田雨竜だった。
「悪いな。素直に助かった」
「すまない……石田。子供の姿だからといって、油断すべきでないのは理解しているんだが……」
地面を転がされていた泰虎が砂まみれになりながら恋次と再度合流する。雨竜は緩く首を横に振って、ピカロ・
「気にしないでくれ。僕だって正直未だにやり難いよ。それより二人とも、気を付けろ……というのは、今更だね。強さを鑑みても只者ではないのはわかっているだろうから、結論から先に言おう。どうやらペッシェ曰くこの子達……元
「!?」
「マジかよ……ッ」
通りで見た目に反して霊圧が高く、一撃がやたらと痛いわけだ、と恋次は言葉無く納得した。それが総勢百人前後もいるとなると、自分たちが置かれた窮地を漸く理解する。
同時に、現在別の場所で別のピカロ達と戦闘に入っているであろう、一護とルキアを案じた。分断された状態でピカロ達と戦うのは、危険だ。正直、勝ち目が見えない。
「是が非でも合流しねえとだな」
「うむ……」
「僕も同意見だよ」
三人は揃って同じ方角を向く。ピカロの霊圧に囲まれた一護とルキアの霊圧がその先に感じ取れた。合流は難しいだろうが、分の悪い賭けでも仕掛けなければ、嬲り殺しにされるのは変わらない。
恋次が、霊圧を高め始める。
「卍解!!狒々王蛇尾丸!!!」
その名を叫ぶことで解き放たれたのは、大蛇の骨格のような姿の巨大な鞭。同時に、恋次の霊圧が見違えるほど増大した。
雨竜がそれに続くように銀嶺孤雀に
「わーっ、ダメだよお兄ちゃんたち!」
坊主頭の少年ピカロは砂の上に降り立って、小さな両掌を砂に突く。ズズ……ッ、と白い砂が盛り上がり、周囲の石英の巨木の表皮が剥がれて集まっていった。
「
雨竜達を囲むように、砂と石英で造られた分厚い壁が聳え立つ。だが、雨竜達は動揺など一切見せず、向かうべき方角を見据えた。
「狒骨大砲!!」
「
「
三人の渾身の一撃が、壁を粉砕する。その衝撃で壁を造り上げた坊主頭の少年ピカロを含む、周囲を取り囲んでいたピカロ達の小さな身体が飛ばされた。
「今だ!」
恋次の号令で、雨竜と泰虎が駆け出す。
一護とルキアに合流すべく、持てる力全てを使った最大速度で三人は走り去った。
石英のような質感の身体をした鳩の翼が、ルキアの死覇装の袖を裂く。丸っこい輪郭の虎の太い前脚が一護の斬月とぶつかり合った。
「う……ぐ……っ!クソ!頼むピカロ、退いてくれ!!」
一護が力任せに虎の前脚を押し返して斬り払う。それを見たピカロ・
現れたのは、実物よりも大きな角のバッファロー。
「一護!!」
「よそ見しちゃダメだよ、お姉ちゃん!!」
突き飛ばされた一護を案じる余り意識を逸らしたルキアの背後から、
「ク……ッ!破道の三十三、蒼火墜!!」
やや苦し紛れに放たれたルキアの蒼火墜と、
砂の上を三回転しつつもルキアは素早く受け身を取って膝を突き、すぐに前方へ目を向けた。袖白雪の鋒に冷気が走る。
「次の舞、白漣!!」
「!!
冷気の波が
「やはり、あの人形を造るピカロが厄介だな」
「絵を描く方も大概だろ」
ルキアの背中を守るように、後退してきた一護が構え直す。手勢をインスタントに増やす能力を持った敵の厄介さは、押して測るべし。本体を叩くには先に、造られた軍勢を蹴散らすしかなかった。
「合わせろ、一護」
「おう」
一護が九十度、身体をルキア側に向ける。二人同時に斬魄刀を構え、石英の模型と動く絵に守られるピカロ達を見据えた。
「押し通らせてもらう。次の舞、白漣!!」
「悪い、ピカロ……!月牙……天衝!!!」
冷気と月の牙が津波のようにピカロ達に押し寄せる。
冷気を受けたピンクの象が凍りつき、砕ける。カブトムシの模型の群れは、斬撃の形をした圧縮された霊圧に破砕された。それを見た
「一護!!」
「黒崎!朽木さん!無事か!?」
「やっと合流できたか……!」
そこへ、別の場所からピカロ達の攻撃を振り切って来た泰虎、雨竜、恋次が合流した。三人を追いかけて、散り散りになっていた残りのピカロ達も集結する。
ザッ、と合流に成功した一護達は、互いの背中を庇い合う陣形を組んでそれぞれの得物を構えた。それを取り囲むピカロ達は可愛らしい顔を不機嫌に歪めて、一護達を見下ろすように睨め付ける。
ピリピリと双方の霊圧が突き刺され合う中、石英の木の陰から割り込んだのは。
「だ、だ……ダメッス〜〜〜!!!」
「「「!?」」」
泣きべそをかいて、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃに汚したネルだった。慌ててペッシェとドンドチャッカも飛び出して来て、危ないからと抱えて離れさせようとしたものの———ネルの真剣な様子を見て思い留まったのか、そっと手を降ろして数歩退がる。
「お願いっス、ピカロ〜〜〜!一護たつとケンカするの、やめてけろ〜〜〜!!!」
「ネル!?」
両手を懸命に大きく振って、宙に浮くピカロ達に必死で説得を試みるネル。ピカロ達はそれぞれ近くにいる個体同士で顔を見合わせて、小声でなんで、と疑問を口にし合った。
眼鏡をかけた七三分けの赤毛の少年ピカロ———ピカロ・
「なんで止めるの、ネル」
「お兄ちゃんたち、ミラ・ローズの敵なんだよ」
「やっつけなきゃ」
「そうだそうだー!」
「敵だぞー!」
「でも……でもダメっス!一護は死神だけど……ワルモノかもだけど……それでも、優すいから、一緒にいて楽すいから……だから、仲良すのみんなとケンカするのはネル……イヤっス〜〜〜〜!!!」
口を大きく開けて、大声で泣き叫んだネルは服の裾を握り締めたままその場に崩れ落ちた。それを目の前で見た
助けを求められたピカロ達は一斉に視線を忙しなく動かして、どうしよう、と困り果てた様に響めいた。ピカロ達の殺気が霧散したことに気付いた一護達は、唖然として得物の鋒を僅かに降ろす。泣きじゃくるネルを見かねた一護は斬月の防刃布を巻き直して背負い、片膝をついてヒビの入った頭蓋骨の様な仮面に覆われた頭を撫でた。
「ありがとな、ネル」
「ひっぐ……ゔぅ……っ、いつぃごぉ……っ」
「あ、あう……ネルゥ……」
ヘロヘロという擬音が付きそうな軌道で
「ネル〜」
「泣かないで〜」
「ボクも泣きたくなっちゃうよぉ」
「うえーん!」
「もう泣いてるやついるぅ」
数人のピカロが一護が側にいるのも構わずネルに駆け寄り、抱き締めたり頭を撫でたりする。先程まで一護達を本気で殺そうとしていたとは思えない程、その様子はいたって普通の子供だった。
「ピカロ」
ネルに釣られて泣き出す個体も出始めたピカロ達に、一護は真剣な目を向ける。ピカロ達は一様に泣き腫らした、或いは泣く寸前まで涙を堪えた顔を一護に向けた。
「
「……ほんとう?」
ピカロ・
「ほんとうに、殺したりしない?」
「約束できる?」
「破ったら虚閃千発だからね!」
「ああ、約束する。もし不安なら、指切りもするか?」
そっと一護が右手の小指を差し出した。それにピカロ・
「「ゆーびきーりげーんまん、嘘つーいたーらはーり千本飲ーます。ゆーび切った!」」
骨張った一護の小指と、細く柔い
———
プライベートな時間も必要だろうと、あの後また集まって遊ぶ約束を取り付けつつそそくさと帰宮したアメミト達は、思い思いに余暇を潰していた。アパッチは食堂に行ってしまったし、スンスンは気が付いたら部屋から消えている。簡易キッチンで紅茶の準備をしているのはミラ・ローズだ。
ベッドの縁に腰掛けているアメミトは、クロスワードパズルに苦戦しているらしい。眉間に皺を寄せるアメミトの後ろからハリベルが覆い被さる様に背中に抱きついているが、重くはないのだろうか。
不意に、ペンを持つアメミトの手が止まった。燦光する
「……ピカロ達に絡まれてた割には、来るの早いな」
「ん……もう来たのか。まだのんびりしていてくれてもよかったんだが」
「それはティアの都合だろ」
コツン、とアメミトが右手の人差し指と中指の第二関節でハリベルの額を叩いた。痛い、と呻いたハリベルの文句を軽く流して、クロスワードパズルを閉じる。
忙しくなりそうだ、と内心溜め息を吐くと、簡易キッチンの側の戸棚の中を探すミラ・ローズの独り言が聞こえた。
「どうかした?フランチェスカ」
「んー、いや、大したことじゃないんですけど……アメミト様とハリベル様、アタシのクランチチョコの箱どこ行ったか知りません?」
ガシガシと癖のついた髪を掻くミラ・ローズは、まだ中身残ってた筈なのにとぼやく。
「私は知らないなあ。ティアは?」
急に話を回されたハリベルは、殆どアメミトに凭れかかる様な姿勢を解いて仮面の欠片に覆われた口元に手を添えた。
「私も知らない……補充忘れてただけとかじゃなくて?」
「それが、確かに昨日残り確認した筈なんですよ」
おかしいなあ。心底不思議そうに首を傾げるミラ・ローズに、二人は差し合わせたかのように顔を見合わせてやれやれと肩をすくめる。何が起きても、この主従は平時と変わらぬ余裕を崩すことはない様だった。
一方その頃、食堂に来ていたアパッチは飲み物の棚から煎茶の葉の缶を引っ張り出し、薬缶をコンロにかけて湯が沸くのを待っていた。ホイッスルによく似た音が薬缶から鳴り響き、アパッチはコンロの火を消す。
「あれ、干し柿もう無いじゃん」
もう随分と慣れた手つきで急須に湯を注いで、出来た煎茶を湯呑みに注いだアパッチは、市丸が好きに持って行っても構わないと置いて行った干し柿が後二つになっているのに気が付いた。
最後の一つは市丸に譲ろう。そう考えてアパッチは一つだけ干し柿を手に取る。もっとたくさん食べたい気持ちはあるが、元々これは市丸の物で、自分は善意で分けてもらっているに過ぎない。
「今度作り方教えてくれるって言ってたし、折角だからいっぱい作って置いときたいよなあ」
最初にこの食堂で遭遇してから、密かに数度程繰り返された茶会は、アパッチにとって楽しみの一つになっている。何度目だったかに、市丸が干し柿の作り方を教えてくれると言ってくれたので、少しだけ浮かれていた。
それ故に、気掛かりなのは侵入者の存在だ。
十中八九、侵入者の目的は織姫だろう。こちらは———というよりも、藍染は確実に下位の
それはつまり、虚夜宮が戦場になるということ。途端に憂鬱に襲われたアパッチは、視線を下に向けて溜め息を吐く。
「……さっさとゴタついてんの、終わんねえかな」
ぽつりと溢された曖昧な望みは、暗がりの奥に溶けて消えた。